ファーランの弟が生きるためにどうにか頑張るお話。 作:霜月@
馬が駆ける音が聞こえる。
門の向こうには、かつて人々が住んでいた場所、ウォール・マリアがあった。巨人の襲来により放棄されたこの場所は、あの時の惨劇のままである。
連絡手段もなく、この広い壁外での活動では、エルヴィンが考案した『長距離索敵陣形』が有効であった。
『長距離索敵陣形』とは空めがけて信煙弾を撃つことによって、簡易的に連絡を取り合う。陣形全体に伝える必要がある為、一人が撃ったら隣の配置についてる兵士が撃ち、さらにその隣の兵士も撃つ、というようにし、エルヴィンと陣形全体に、波紋・波状型に伝えていく。こうすることで、巨人との戦闘を避け、目的地まで進むことができる。
ヴィーネはこの陣形の三列六・伝達を任されていた。
「長距離索敵陣形、展開!」
エルヴィンの掛け声で、陣形が広がっていく。
「…クリスタ、また後で」
「うん、無事でいてね…!」
近くにいたクリスタに声をかけ、ヴィーネも離れていった。
*
壁外調査開始から随分時間が経った。
ヴィーネは配置通りに進んでいくが、1体の巨人が前方から迫っていた。
通常種だと確認し、赤い信煙弾を発射する。そして戦闘を避けるため、そのまま馬で逃げていく。
「ヴィーネ!」
巨人を撒いて元の配置へ戻ろうとすると、誰かがヴィーネの名前を呼んだ。声の主を探そうと振り向くと、ライナーが来るのが見えた。
そこで馬のスピードを落とし、ライナーと並走する。
「無事だったか…」
「…なんとか。だけど巨人の数が増えていってる。きっと初列に何かがあったんだと思う」
「ああ…とにかく今は急ぐぞ」
初列索敵班は巨人を見つけ次第、信煙弾を発射する役割を担っている。したがって一番命の危険性があるのだ。しかし、信煙弾が確認出来ていない。
_____…なんだか嫌な予感がする
そんな事を思っていると、黒い信煙弾が上がるのが見えた。
「奇行種……」
ヴィーネがそう呟くが、そのあとすぐにヴィーネとライナーはアルミンらしき人物を見つけた。
周りに馬がある様子はない。
「あれ、アルミンか…?」
「…そうみたいだ。行こう」
アルミンのそばまで行き、ヴィーネがアルミンの名前を呼んだ。
「ヴィーネ!ライナーも…!」
「立てるか!?…いや、とにかく馬がないんじゃ壁外じゃ生きてられねぇぞ!」
そういってライナーは、予備の馬をアルミンに渡した。そしてまた馬を走らせる。
「…黒の信煙弾を確認したが…あのいいケツした奴がそれか」
「こっちには見向きもしない。しかも女型ように見えるけど…」
ライナー、ヴィーネが目の前を走る、奇行種らしき巨人の感想を口にする。
しかし、アルミンは奇行種じゃないと首を横に振る。
「あれは…巨人を纏った人間だ!」
「なんだって…!?」
アルミンの言葉に驚愕するが、アルミンは「あ、」と何かを思い出したように言う。
「ちょっとまって。先に煙弾を打たないと…!急げ、あっちに…緊急事態を…!」
緊急事態の意を持つ、黄色の信煙弾を取り付けようとするが、手が震えて上手く取り付けられないようだ。焦っていると、後ろから煙弾を打つ音が聞こえた。振り向くと、アルミンの代わりにジャンが信煙弾を打っていた。すると右翼側から同じく黄色の信煙弾が上がっているのが見える。
「作戦遂行不能な痛手ってことか…!」
ライナーが言うと、後ろから追いかけてきたジャンが、ヴィーネ達に追いついた。
「右翼索敵が、一部壊滅したらしい!巨人がわんさと来たんだ」
ジャンが言うには、突如右翼側に足の速い巨人が何体も襲ってきたらしく、今は何とか食い止められているが、もう索敵が機能していないということらしかった。
「既に大損害だが…下手すりゃ全滅だ…!」
ジャンの眉間にシワがよる。
「あいつが来た方向からだ…まさか…あいつが巨人を率いてきたのか…!?」
そう言って女型の巨人を見たアルミンに続き、ヴィーネ達も女型を見つめる。今まで気づいていなかったジャンが、驚きの声をあげる。
「なんであんなところに巨人がいるんだよ…奇行種か!?」
「いや…違うんだ。あいつは巨人の体を纏った人間…エレンと同じことが出来る人間だ…」
さっきも聞いたその言葉に、ライナーが問いかける。
「アルミン、どうしてそう思うんだ?」
「…巨人は人を食うことしかしない。その過程で死なせるのであって、殺すこと自体が目的じゃない」
「……あいつは食わずに殺したってこと?」
今度はヴィーネが尋ねると、アルミンはそれに頷いた。
「急所を狙われた途端に、先輩を握り潰し、叩きつけた。食うためじゃなく、殺すために殺したんだよ。他の巨人とはその本質が違う。超大型や鎧の巨人が、壁を破壊した時に、大勢の巨人を引き連れてきたのは、きっとアイツだ」
シガンシナ区、ウォール・マリア没落時、巨人は想定より遥かに多く、人々が避難する間もなかった。
「目的は一貫して、人類の攻撃だ。……いや、どうかな。誰かを探してるんじゃないかって気がする…もしそうだとすれば、探してるのは…エレン?」
「エレンだと?リヴァイ班なら、あいつが来た右翼側を担当しているはずだが」
「え、右翼側…?」
ライナーの言ったリヴァイ班の配置に、ヴィーネが疑問を抱く。
「…僕の企画書では左翼前方辺りだけど」
「俺のは左翼後方になってたが…どういうことだ?」
「……僕は右翼前方……いや、そんな前線に置かれるわけがない」
どうやらそれぞれの企画書には、エレンの配置が異なっているようだった。
「じゃあ、エレンは何処にいるってんだ…」
「この陣形の、一番安全な所にいるはず…」
「…中央の後方辺りだね」
ヴィーネがそう言うと、アルミンは頷いた。
「お前ら、今は考え事をしている暇はねぇぞ!」
ジャンが話を止める。
「奴の恐怖の度合いを煙弾で知らせるなんて不可能だ!そのうち司令班まで潰されちまう。そうなりゃ、陣形は崩壊して全滅だ」
「何が言いたい」
「つまりだな…この距離なら、まだ奴の気を引けるかもしれねぇ」
女型は今でも目の前を走り続けている。ヴィーネ達が追いかけているというのが正しいのだが。このままでは、中央まで入られてしまう。それはどうしても避けたかった。そのため、ジャンはここである程度時間稼ぎをしようというのだ。
「…奴には本当に知性がある。あいつから見れば、僕等は文字通り虫けらだ。叩かれるだけで潰されちゃうよ…」
アルミンの脅しとも取れる言葉に、ジャンは苦笑した。
「まじかよ…はは、そりゃおっかねぇな」
「……ジャン、随分変わったね。昔はもっと自分中心だったのに」
「お前、本当にジャンなのか?」
ジャンの変わりように、3人は驚く。
訓練兵時代からジャンは、自分の安全の為に憲兵に行くと豪語し、自分の利益の為に動く男だった。それが調査兵団に入り、ここまで変わるなんて。
ヴィーネとライナーの言葉に、またジャンは苦笑した。
「失礼だな……俺はただ、誰のものとも知れない骨の燃えカスに…がっかりされたくねぇだけだ」
そしてジャンは顔を険しくさせ、3人の方を向き叫んだ。
「俺は今何をすべきかが分かるんだよ!これが俺たちの選んだ仕事だ!力を貸せ!」
少しの間沈黙が流れた。
「……僕は付き合うよ。初めての壁外調査で全滅とかごめんだからね」
初めにヴィーネは口を開く。
君らはどうする?とヴィーネが聞くと、少し間が空いてから、アルミンがフードを被り口を開いた。
「フードをかぶるんだ!深く、顔があいつに見えないように!あいつは、僕らが誰か分からないうちは下手に殺せない!」
「成る程、エレンかもしれん奴は、下手に殺せないと踏んだか!」
アルミンの言葉に、ライナーもフードを被る。ヴィーネも何も言わずにフードを被った。
「アルミン…お前はエレンとつるんでばっかで気持ち悪りぃと思ってたけど…やる奴だと思ってたぜ…」
「え?ああどうも…でも気持ち悪いとかひどいな…」
悪口なのか褒めているのか、とにかくアルミンの言ったとおり、ジャンもフードを被る。これですぐには誰か分からないはずだ。女型の巨人の時間稼ぎが始まった。