ファーランの弟が生きるためにどうにか頑張るお話。 作:霜月@
◼︎食堂・外
夕食は食べてしまったが、サシャが生きているかどうかだけを確認しようと、食堂の外まで来た。
……初日で死体は見たくない。
「……あ、」
金髪の女の子が歩いていた。手にはパンと水。
彼女はサシャに分けてあげようとしたのか。お人好しだな。
「えっと…貴方もあの子に分けようとしてたの?」
「…いや、僕は様子を見に来ただけだよ。倒れて死にそうなら担いであげようかと思って。」
「そうなの?優しいんだね。」
この場合、パンと水を持っている彼女の方が優しいのでは無いだろうか。
様子を見に来ただけって、色々とつっこまれそうなんだが。
「ありがとう。でも君がパンと水を持っているおかげでなんとかなりそうだね。」
恐喝の場で芋を食べてた度胸のある子だ。多分食べれば帰れるだろう。
「じゃあ僕は戻るけど…よければついて行こうか?」
一応礼儀として聞いておく。女子を一人にするのはダメだって兄さんが言ってたな。どんな経験したんだ。
「ううん、大丈夫!寮から近いし。気遣いありがとう。えっと……」
「ヴィーネ・チャーチ。君は確かクリスタ・レンズだっけ。」
「ええ。よろしくヴィーネ。」
お互い名前を覚えて、僕は寮に戻る。
…羽が舞っているようだったな。あれが女神ってやつか。
寮に帰ると、明日に備えて寝ている人や、まだ話している人に分かれていた。
寮は個人部屋ではないから、とても人数が多い。
ある程度区切ってはいるけど、一部屋20人以上はいる。
……僕も眠くなってきたな。もう寝よう。
*
「……おお」
翌日、立体機動の訓練が始まった。
最初はバランスをとることからだ。あまり難しいことでは無いな。結局教えてもらえなかったから、少し感動している。
「何をしているエレン・イェーガー!!状態を起こせ!」
隣から教官の怒号が聞こえてきた。
声の方向を見ると、この前の駆逐の子、エレンが逆さまにぶら下がっていた。
周りがくすくすと笑っている。あんなに巨人を駆逐すると言っていたのにもかかわらず、基本中の基本である立体機動のバランス適性が出来ないとなると、笑い者になってしまうのは致し方ない。
「ヴィーネ、だったよな!すげぇうまいって聞いたぞ!なんかコツとか無いか!?」
「……コツって言われても。強いて言うなら前と後ろに体重をかけ過ぎないことだね。」
「それが上手くいかねぇんだよ…あ"ーどうすれば!」
望んだ回答を渡せないでいると、エレンは唸って悩み出した。頭に包帯を巻いていて、少し血が滲んでいるから痛々しい。助けてあげたくなくもないが、生憎無理だ。
「お前らなにやってるんだ?」
エレンが僕とアルミンの前で頭を抱えていると、身長の高い二人が話しかけてきた。彼らも恐喝を受けていなかった。きっとあの惨劇に遭った者だと思う。
二人は僕の寝床の隣だと言って、登って僕の近くに腰を下ろした。
「あー…確か、ライナーとベルトルトだっけ」
「おう。お前はヴィーネだったか。よろしく頼む。」
「ッライナー!ベルトルト!お前らもすげぇ上手いんだよな、教えてくれよ!」
「ああ、その話をしてたのか。…すまんが、ぶら下がるのにコツがあるとは思えん。期待の助言を与えられそうに無いな。」
それを聞いてエレンがガックリと肩を落とした。アルミンが仕方ない、明日に賭けようと慰め、二人は自分の寝床に戻ろうと、足を立たせた。
「…あ、あの、君達は、シガンシナ区の出身だよね?」
「そうだけど……?」
「じゃあ…巨人の恐ろしさも知っているはずだ。なのに…どうして兵士を目指すの?」
唐突な問いに二人は顔を見合わせいた。そして、帰ろうとしていた体を再び戻して、アルミンが口を開いた。
「僕は、エレンやと違って直接巨人の脅威を目の当たりにしたわけじゃないんだ。ただ……あんな滅茶苦茶な奪還作戦を強行した王政があることを考えると、じっとしていられなかっただけで……」
「奪還作戦?」
僕がどういうものかを問うと、アルミンは少し不思議そうな顔をして、丁寧に教えてくれた。
アルミン曰く、『奪還作戦』というのは、ウォール・マリア陥落から一年前…僕が地上に出る少し前に行われた反攻作戦のことらしい。
人口の約二割を投入して、領土奪還と称して巨人に総攻撃を仕掛けたが、作戦は失敗しウォール・マリアとシガンシナ区は放棄され、人類は領土の3/1と人口の二割を失った。作戦には失業者や難民化したウォール・マリア住民らが駆り出されるも、ほとんどが戦死し、生存者はわずか百数十名のみであったという。表向きでは「奪還作戦」としているが、実態としては大量の失業者や難民を意図的に減らす「口減らし」や「棄民」の意味合いもあった。
「…二人はどこ出身なの?」
「僕とライナーは…ウォール・マリア南東の山奥の出身なんだ。」
「えっ、そこは…」
「ああ…川沿いの栄えた町とは違って、すぐには連絡が来なかった。なにせ、連絡より先に巨人が来たからね。」
ベルトルトが話した話もまた悲惨であった。恐喝されていなかったもの達は巨人との遭遇で、なお生き残れた人達なのだろう。
「おい、なんだってそんな話を…」
「ごめっ……つまり、僕が言いたかったことは、君達は彼らとは違うだろって事なんだけど…」
「彼ら?」
「…何も知らずに、ここにいる人達。」
そう言われて、辺りを見渡す。そこには談笑している他の訓練兵の姿があった。
ベルトルトは、彼らがここにいる大半の理由が『世間的な体裁を守るため』であり、ウォール・マリア陥落以降、『12歳になっても生産者に回る者は腰抜け』と反転した世論に流されて訓練兵になった人が大勢だという。
「けれど…僕も彼らとそう変わらない。安全な内地で暮らせる憲兵団狙いで兵士になった。それが駄目だったら全て放棄するかもしれない。僕には……自分の意志がない…」
「自分の命を守ることも立派なことだと思うよ。」
俯いて自嘲するように言うベルトルトに、アルミンが言う。
ベルトルトの言い分も分かる。自分の命を守って何が悪い。
「俺は帰れなくなった故郷に帰る…俺の中にあるのはそれだけだ。」
ライナーのその言葉には、強い意思があった。
エレンでさえその気迫に少し驚いていた。
少しの間沈黙があったが、すぐにアルミンが喋り出す。
「…そういえば、ヴィーネも恐喝されていなかったよね?どこの出身なの?」
「あ、それ俺も気になってたんだ。マルコに聞かれた時もよけやがってさ!」
「お前も巨人と遭遇したのか。」
4人が一斉にこちらを見る。…やっぱり来たか。
「…言わなきゃいけない?」
「出来れば言ってほしいな。君とも仲良くしたいんだ。」
アルミンが笑って言う。
…嘘を付くことでもないし。まぁ、目立つだろうが…言っても良いだろうか。
「…僕は地下街出身なんだ。」
「はぁ!?地下街出身!?」
エレンが大声を出すと、談笑していた人らがこちらを見た。
周りから「地下街だってよ」などと声が聞こえる。
「地下街って…ウォール・シーナじゃないか…!」
「間違ってはないけど、正確にはその下だよ。だから僕は巨人なんて見たことないんだ。ベルトルトの言う、何も知らずにここにいる奴だ。」
「えっ…あ、ごめん……」
ベルトルトが少し落ち込んだように見える。そんなつもりは無かったのだけれど…
「責めたわけじゃないよ。ただ、本当に僕は何も知らないんだ。」
「そっか、だからさっき僕に奪還作戦の事を聞いたんだね。」
「うん、僕が地上に来たのはそれより少し後だと思うから。」
アルミンが納得したように頷く。
今の僕は本当に無知だ。多分、周りよりも。…リヴァイさんに話を色々聞いとけばよかったな。そういえばあの人、聞かないと教えてくれないんだった。
「地下街はどういうところなんだ?」
ライナーが尋ねる。知らない人も当然いるだろう。
「犯罪ばかり起きていたかな。日光が届かなくて、足も悪い人も沢山いる。貧富の差も大きいから餓死する人も少なくないよ。」
とりあえず知っていることを話す。実のところ、僕も全部は分からない。広すぎで全体が分かる人なんて皆無だ。
「地上へ行くにも階段の通行料が必要だし、地上にすむには居住権が必要だし。…ウォール・シーナには選ばれた人間しか住めないからね。金を手に入れるために僕は盗みもしたし、体も使ったよ。」
地下街のことを話すと、4人は少し顔を歪めていた。
僕にとってはあれが日常であった為、あまり異質だとは思わなかった。
「どうして地上に出れたの…?」
「兄さん達が頑張ってくれたおかげで。…今はもういないけど。」
「!それって…っ」
「…地上の居住権が貰える、ある依頼をこなしに調査兵団に入ったら、巨人に食われたんだってさ。」
家族を失った点ではエレンと同じだけど、僕の場合目の前で見たわけではないから、エレンの方がよっぽど辛いと思うけど、と付け足すと、エレンは見たとか見てないとか関係ないだろ、と否定した。
……地下街や兄さんの話は、もうしたくないな。
ずっと泣くのを堪えて、泣かないできたのに。もう泣きそうだ。
さりげなく話をずらす。
「…エレンはさ、どうして兵士になったの?」
僕が尋ねると、エレンは少し考えた後、口を開いた。
「俺は……殺さなきゃならねぇと思った。奴らをこの手で皆殺しにしなきゃならねぇ…そう思ったんだ。」
「…巨人と遭遇しても、心が折れることはなかったのか?」
「ああ…でも今は兵士になれるかどうか、だけどな。」
エレンが言いづらそうに目を逸らす。その光景を見てにアルミンが苦笑いをした。
「お前は?やっぱりお兄さんの仇か?」
「それもあるけど……僕は守られてばかりだったから、大切な人を守れるようになりたいよ。」
僕は子供で、非力だ。だから周りに守られてきた。
もうこれ以上、大切な人を失いたくない。そう思って兵士を選んだ。
盗みとか体を使うとか、せこいことじゃなくて、もっと強くなりたかった。
「立体機動の適性は完璧なんだ、お前なら出来ると思うぜ。」
「…エレンも、そんな強い目標があるなら、適性なんて簡単だと思うよ。」
僕がそう言うと、エレンの顔が少し明るくなったような気がした。
「そうだな…まずはベルトの調整から見直してみろ。明日はうまくいく。」
ライナーがアドバイスをすると、ますますエレンの顔が明るくなった。
どうやら立ち直れたみたいだ。
「ああ…!ありがとう!」
「準備はいいか、エレン・イェーガー!」
そのまた翌日、適正判断が始まった。
エレンは不安そうな顔をしていたが、覚悟を決めているようでもあった。
「エレン…大丈夫かな…」
「分からないけど、とにかく見守るしかないよ。」
「そうだね……ああ心配だ。」
アルミンが心配そうな声を出す。
近くで見ているライナー、ベルトルトも同様に心配そうだった。
「お願いします!」
エレンの声で、適正判断がついに始まった。
体が徐々に浮かんでいく。…僕も少し心配になってきた。
地面から足が完全に離れ、目標の高さまで上がった。昨日までならそのまま真っ逆さまだったが、今のエレンは静止したままだ。
周りからも歓声が上がる。
「ぐっ………う、わぁ!?」
静止出来たと言っても少しの間で、また真っ逆さまに倒れてしまった。
「降ろせ」
キース教官の指示がはいり、エレンは地面に跪いた。
「俺はっ……」と顔が真っ青になっているエレンを見て、キース教官は補助をしていたトーマスに声をかけた。
「ワグナー、イェーガーとベルトを交換しろ」
「…?ハッ」
エレンもトーマスも、教官の意図が分からないままベルトを交換した。
そしてもう一度適性を始めると、今度は上手く静止できていた。
「装備の欠陥だ。ここが壊れるなど聞いたことがないが…新たに整備項目に載せる必要があるようだ。」
「えっ…と、ということは…」
「…合格だ。訓練に励め。」
教官の言葉を聞いて、エレンは両腕をあげて喜んだ。
目でどうだ!と言っているのが分かる。目線の先はもう一人の幼馴染のミカサか。
「目でどうだ、っていってるよ」
「…違う、これで私と離れなくて済むと思って…安心してる。」
それは本気で言っているのか。ミカサの思考はあまり読めない。
とにかく、こうして僕達は正式に104期訓練兵となった。