提督が来た。どうせ今日も間違えるんですね、そうなんですね。
……間違えなかった、間違えないのは、良いことだけど
な、な、な、なんで指輪?提督は大淀のことを?そうなのかな、そうなんですか!?
だって指輪って!指輪って!そ、そんなの
「まだ早すぎです!」
提督業の朝は早い。
朝、五時半。俺はキッチリ目を覚ます。今日も目覚ましに勝った。最近の趣味は目覚まし時計を出し抜いてやること。目覚まし時計のタイマーを切りベッドから抜け出し歯を磨き顔を洗う。
急いでニュースを見ながら食事。朝のニュースでは限定海域戦争の戦況が告げられている。今の所互角。互角なのは良いことだ。戦力に差が無ければお互い迂闊には動けない。安全な状況と言える。
のんびりしている暇はない。急いで制服を着込む。夏なので白い半袖の開襟シャツだ。両肩には階級章。今の時代服装は自由で私服でも構わないのだがこちらの方が気に入っている。そして鏡の前に行く。入念に髪型、制服、制帽のチェック。時間をかけ制服にほつれや糸ぐすが無いかボタンが取れてないか確認する。革靴も磨く。顔が写るまで磨く。
提督業は身嗜みに始まり身嗜みに終わる。
そんな事を誰だか言っていた。そして、それは正しい。
女は、怖い。
たとえそれが人類が産み出した人工生命体だろう深海棲艦だろうと変わらない。女はよく見ている。寝癖なんか付けていった日には何を言われるか分からない。
この間、時間が無くて寝癖まま指揮所に行ったら天龍にモニター越しに怒られた。物凄く怒られた。挙句の果てに艦隊一同となって怒り始めた。みるみる士気が低くなり白けた目でこちらを見る艦娘達。
艦娘にも願望がある。その願望とは格好良い提督の下で美しく戦いたいというものらしい。それはそうだ。俺だって自分が艦娘だったら格好良い提督の下で働きたいと思う。だがそんな事で士気がガタ落ちになるのはどうなんだ。たかだか寝癖ぐらいで。
士気が下がると商売上がったり。これは文字通りの意味である。士気が下がると艦娘はどうしようもなくなる。その日、身を持って知った。
格手のしょうもない砲撃に被弾する艦娘達。
こちらの砲撃、雷撃は一切当たらない。
片っ端から中破ないし大破する艦娘達。
轟沈寸前の天龍。
阿鼻叫喚の妖精達。
その日以来俺は早起きになった。俺の提督業と艦隊のために。
提督業は身嗜みに始まり身嗜みに終わる。
何処の誰が言い出したか知らないが、それは正しい。
朝八時を回ろうとしている。そろそろ出掛けないと。戸締まりをして家を出る。木漏れ日から見える朝日が心地よい。俺は愛用の原付きバイクに乗る。シートが膝の下より低く全体が小さい。ハンドルが畳めるようになっている。HONDAのモンキー。50年以上前に生産ストップとなってしまったが今尚有志によって部分が供給されてる。エンジンをキックでかける。今のバイクから見るとおもちゃに見えるキャブレター仕様の車両だ。うむ、今日も調子がいい。
林道をバイクで走る。トコトコエンジン音をたてて走る。エンジンヘッドに当時同型のエンジンを積んでいたカブ、その郵政仕様のハイカムを組んでみたがアタリだ。スプロケットは変えたが排気量そのままでキャブもマフラーもノーマル。たが上は回るようになった。下もそこそこ我慢出来る。次は何処をいじろうかな。マフラー、いや音が五月蠅くなるのは嫌だしここは足回りだな。
そんな事を思いながら職場に向かう。俺の職場、俺の戦場、そして朝の大淀さんとの戦いが待っている。
この国で一番高い山がある、その周りには五つの湖がある。そのうち一番大きい湖の湖畔に俺の職場がある。家は回りの林の中。愛車で10分くらい。ちなみに一人暮らし。
大昔の提督は海まで通っていた。だか今は通信技術の進化により何処でも指揮を取れるようになった。元々は艦娘の訓練施設であり産まれたばかりの艦娘達が提督の元に送られる前の最終調整に使われたりしていたらしい。改装されて内陸部に住む提督のための施設となった。この国中にこのような施設がある。丘の提督も今や珍しく無い時代だ。
林道を抜ける。そこはもう湖。水深が深いため水はとても青い。湖畔を沿うように道路が走っている。ただし、人はいない。
昔は観光が盛んでここはボート遊びのメッカだった。シーズンになると沢山の釣り舟やヨット、モーターボートや水上バイクが走っているのが見えた。しかし時代が変わった。この国で一番高い山が世界遺産登録されたのだ。国としてはいい事なのだろう。だが地元の観光としてみると最悪だった。ここはその山に近い。その山から見える景観が悪いという理由でモーターボート、水上バイク、ヨットや釣り舟に至るまで全面的に禁止になり地元の観光業はトドメを刺された。此処に住んでいた住人達も離れていく。最後に残ったのは美しい山、美しい湖。生い茂る林。そしてただっ広い道路だけであった。最後に軍が訓練所建てたという訳だ。
こんな辺鄙な所に住むのは軍属か余程の変わり者だけである。俺は両方。提督業に就いてるし町中だとバイクの騒音などで非常に騒がれる。俺みたいな奴にとってここは天国であった。
そうこうしている間に職場に着く。湖の道向かいに大きい四階建ての木造造り建物とコンクリート造り一階建ての建物が並んでいる。駐車場は馬鹿みたいに広い。廃館になった旅館と潰れたコンビニだろうか。そう、此処が俺の職場。こんな所が艦娘艦隊指揮所なのであった。
車が三台並んで駐車してある。とりあえず駐輪場にバイクを止める。念のためハンドルロック、駐輪場の屋根の柱とホイールにチェーンロックを通し鍵をかける。仮にも軍の施設にバイク盗みに来る奴はいないと思うが、まあ、バイク乗りマナーというやつだ。
さて、此処でもう一度身嗜みをチェックする。…よし。制帽をキッチリ被り広い駐車場を歩き出す。土地が余っていれば駐車場も広い。元コンビニ側に20台、元旅館は100台駐車できる。昔は利用者が沢山いたのだろうか。とにかく歩く。
元コンビニの手動ドアを開け中に入る。中は資料館になっていて元の棚を理用して限定海域戦争についての資料がびっちり並んでいる。おかげで中は狭い。元レジの所にいる男性が挨拶する。
「おはようございます。身分証を拝見します。あとここにサインをお願いします。」
「おはようございます。」
受付の男性に身分証を出す。そして書類にサインをする。
「佐藤提督ですね。それでは奥にどうぞ。戦果を期待しています。」
「座っているだけさ。」
軽く返し奥にある鉄製の観音開きのドアに向かう。向こうは待合室になっている。ドアを開けると制服を着た初老の男性が一人タバコを吸っている。
「おう、佐藤か。早いな」
タバコの煙をゆっくり吐きながら初老の男性はラフに挨拶。
「おはようございます、柳提督」
直立不動になり敬礼、挨拶をする。
「右も左も提督だらけなんだからそんなもんいらんわ。」
そんな事を言いながら柳さんは笑っている。
「ちと早いが下行くか。」
タバコの火を灰皿で消しながら柳さんは言う。自分も続ける。
「はい。行きましょう。」
そう言って二人で更に奥に向かう。そこには蛇腹式の鉄ドアがついた古いタイプのエレベーターがある。階数の表記が一階と地下一階しかない。さながら秘密基地への入り口といったところか。ドアの横の開閉レバーを下げる。蛇腹がガチャガチャと音をたてながらスライドしドアが開く。柳さんが乗り込み俺も乗る。壁面は黒い木製でよく磨かれて顔まで映りそう。床には真っ赤な絨毯。建物の外見には見合わず中々凝った造りだ。レトロな感じが素晴らしい。自動ではドアが閉まらないので内側にある開閉レバーでドアを閉じる。中立になっている昇降ハンドルを左に傾けるとブーンと機械音が鳴りエレベーターはゆっくり下降を始める。
「民間からやってきてどれくらいになるんだっけか。」
柳さんが話しかけてくる。
「はい。今年の夏で半年目になります。」
俺は答える。そうか、半年目か。と柳さんは呟いている。自分でももうそんなになるのかという気分になる。なんだか月日が経つのが早い。まだ若いつもりなんだが。
「ならぼちぼち大型艦も考えんと。許可はまだ下りないのか。」
流石に提督とはいえど艦娘をポンポン製造していい訳ではない。許可が必要である。製造するには資材が必要で、その資材は無限では無い。軍から補給され、かつ上限がある。上限があるのは提督による無責任な艦娘の大量製造を防ぐためでもある。ましてや大型艦にもなると通常の艦娘より大量の資材を投入せねば製造出来ない。
製造出来たとしても今度は維持に資材が必要になる。これは艦娘すべてにいえる。一度出撃すれば燃料を消費し砲を打てば弾薬が必要になる。当然戦闘にだせば破損する事もあり艤装の修理にも資材、今度は鋼材が必要になり艦載機等を使えばボーキサイトと呼ばれる物も必要となる。彼女達は人と同じく生活をするので住む施設も必要になる。
つまり、あれだ。艦娘は、金がかかる。艦娘からの志願制度、つまりドロップもあるのだが編入し運用するのにも許可が必要である。
艦娘をポンポン製造しバンバン出撃させてガリガリ損耗させていたのはとうに昔の話である。
「佐藤は確か若い連中の中じゃ結構上の方じゃなかったか?」
柳さんは痛い所を突いてくる。俺は頭を掻きながら
「戦績はいいんですが損耗率も結構上の方でして。」
柳さんは納得した顔。
「ああ、なるほど。道理で。駆逐や軽巡ならまだともかく大型艦で同じ事やられたら大変なことになるからな。」
「ごもっともです。家の艦娘はどうもムラっけが強いみたいで。いい時はいいんですが悪い時は最悪です。」
渋い顔で俺は答える。大体あの寝癖云々と大淀さん絡みなんだが。
「まあ、あんまヤバくなったら言ってくれ。修理資材位なら回してやる。」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。」
柳さんはいい人だな。お礼を言いながらそう思う。
エレベーターの機械音がだんだん小くなる。昇降ハンドルが自動的にニュートラルの位置に戻り下の階に着いた事を示す。本来なら自分で昇降ハンドルを操作しなくてはならないのだが素人が変に弄ると事故に繋がるので停止だけは自動で行われる。開閉レバーを操作しドアを開ける。悪いなと言いながら柳さんが先にエレベーターを降り、俺も続けて降りる。
エレベーターを降りると広く長い廊下になっており湖の方角に向かって真っ直ぐ伸びて30から40メートルはありそうだ。内装はエレベーターと合わせてレトロな雰囲気。床は真っ赤な絨毯が敷き詰められ壁面の壁紙は白く窓等は一切ない。天井の白熱電球が淡い光を放っている。廊下の向こう端に扉がありそこを抜けると個人指揮所となる。いざという時は湖水を落とし完全に封鎖するため湖の地下にあるという訳だ。
両壁に沿ってずらりと女性達が壁に背を向け等間隔に並んで立っている。見事な出迎えだ。その数およそ30名程、全員青いセーラー服を着ている。彼女達は皆寸分の違いなく同じ顔をして同じ髪型であり同じ眼鏡をしている。背丈まで一緒。完全にクローンであることが解る。今は見慣れたが初めて見た時は怖かった。奥で怪しい儀式でもやってるのかと思った程だ。
この内地で会える唯一の艦娘。提督業に付くもの誰もが絶対にお世話になる任務娘もとい看板娘。彼女達こそが、新鋭軽巡洋艦大淀。大淀さんである。
大淀さん達が一斉に直立、敬礼、挨拶をする。
「おはようございます。」
声までみな同じである。合唱団なんか作るといいかもしれない。全員同じ音域になるが。
「おう。」
「おはよう。」
とりあえず挨拶。挨拶は大事だ。大淀さん達は敬礼をとく。
さて、ここからが問題だ。
朝の大淀さんとの戦い。それは、この中から自分の大淀さんを見つけ出す事である。
ベテランの提督でも大淀さんの識別は難しい。海から来た提督ならなおさらだ。向こうではまず同一艦がこれだけ一斉に揃う事がまずない。大淀さんともなれば尚更珍しい。一つの艦隊に同じ艦娘を入れるのは原則禁止であり製造の時にたまたまダブったりもしくはドロップした時くらいしかない。それでも30体もダブらないだろうが。
艦娘にも個体差がある。それは身体的にでは無く精神的に差がありその差は性格や仕草、服装や髪型に表れる。同じ艦娘でも明るい性格だったり暗い性格だったり怒りっぽかったり泣き虫だったりと様々だ。セーラー服やブレザーをキッチリ着こなしてるのもあれば大胆に改造してお前誰だよと言いたくなるのもいる。無論あまり派手にやると違法改造となるのだが最近はテレビ中継が多いのもあって規制が緩くなっているので割と簡単だ。戦闘タイプの艦娘ならば。
だが大淀さんは違う。大淀さんは基本的に非戦闘タイプで性格に大きな差が出にくい。元々艦隊旗艦を担う艦娘だけあって性格は非常に真面目で勤勉。その真面目さ故に制服を改造したりしないしむやみに髪型を変えたりしない。眼鏡も律儀に支給品を使いメイクまで統一されている。口調も柔らかく穏やかだ。そして、皆美人。例えるなら美人の一卵性何十つ子姉妹が一斉に集まっているのだ。
海から来た提督もこの大淀さんの群れを見ると匙を投げる。固まる。絶対、固まる。自分が見慣れた大淀さんが寸分違わず何十人といるのだ。むしろ恐怖を感じる。しかもタチが悪いとは言わないが本人達は間違えて貰いたくないそうだ。着任して直ぐに身を持って知った。
とりあえず大淀さんに声をかける俺。
驚愕の表情で俺を見る大淀さん。
周りを見渡すと他の大淀さん達も驚愕の表情。
突然向こう端の大淀さんが泣き崩れる。
泣き崩れた大淀さんの肩を抱き慰める大淀さん達。
一緒に泣く大淀さん達。
その時初めて大淀さんを間違えた事に気付く。
なんとか謝り通したがその日一日中泣き顔の大淀さん。
なんとか指揮を取るが瞬く間にモニター越しの天龍達にもバレて怒られる。
士気はガタガタになり片っ端から中破、大破していく艦娘達。
轟沈寸前の天龍。
その日以来、大淀さんを間違えないように対策を練る事となった。俺の提督業と艦隊と大淀さんの笑顔のために。
「お前、大淀達を見るといつも固まるな。」
柳さんは呆れた表情でそう言った。
「少々トラウマ気味で。」
そう返すが柳さんはスタスタ行ってしまう。五メートルも歩くと大淀さんが一人列を離れ柳さんの後を付いて行く。
さて、大淀さんを探さねばならない。大淀さんを間違えない方法。まず根本的に選ばないという手がある。ここに来るほとんどの提督がこの手を使う。そうすると大抵大淀さんの方が自分から出て来て付いて来てくれる。先程の柳さんみたいに。向こうは絶対に提督を間違えたりしないし精神的に大変楽である。
俺もやらかした後日一度そうした。
……誰も付いて来ない。
しょうがないから先に指揮所で待っていたがいっこうに大淀さんは現れない。他の提督も大体付いたし、あれ、休みなのかとか思って廊下に戻ってみる。そこにはただっ広い廊下の隅っこで一人ポツンと立っている大淀さんが見えた。よく見ると泣いている。猛ダッシュで駆け寄るがもう遅い。その日は地獄だった。
いつも同じ場所にいてくれるように頼んでみた
……全然違う場所に立っていた。どうやら到着順に並んでいるらしい。案の定他の大淀さんに話しかける俺。泣き出す大淀さん。その日もまた地獄だった。
片っ端から大淀さんに声もかけてみた。
……大淀さんたちはイタズラ好きだった。どの大淀さんに話しかけても自分ですと言って俺を混乱させた。結局大淀さんが泣き出すまで気が付かなかった。むやみに話しかけるのはまずい。その日もまた地獄だった。
あえて遅く来て他の提督が来るのを待ち最後の一人になった所で話かけるのも試した。
……間違えはしないのだが廊下で一人ポツンと待つ大淀さんを見るのは忍びない。その日一日中暗い顔だ。天龍達には遅いと言われた。士気も上がらすグダグダになるのでこの手は駄目だ。別の方法を考えよう。大淀さんには笑顔でいてもらわないと。
指輪とかアクセサリーをプレゼントしてそれを身に着けてもらうのも試した。
……大淀さんが言うにはそういうのを身に着けるのは原則禁止だそうだ。風紀が乱れるとの事で。真っ赤になってまだ早いですと怒りだしてしまった。結局受け取ってもらえず別の方法を探すことになった。
ならば風紀に問題がないものを渡せばいいのかと思いファイルとバインダーを買って渡してみた。いつも書類の束を持って大変そうだったからだ。これはアタリだった。ぱっと見ただけで見分けがつく。大淀さんも喜んでる。だが数日も経つとあること気付く。他の大淀さん達も同じのを買ったらしい。つまり、流行ってしまった。この辺りに店は少ない。当然被る。何故そういう所は女性らしいのだ。案の定、また間違えて声をかけて大淀さんを泣かす俺。うん、なんだろう。俺が泣きたい。でも確率は上がった。もう少しだ。
ならどうしたものだろう。大淀さんに渡せる物でかつ被らない物。その夜とりあえず家の中を物色。何かないか。ギターやらエフェクターやらアンプやらバラバラになったまだ組んでる途中のカワサキやら。流石にこれは渡せない。天龍は喜びそうだが。後は工具とか電子機器のジャンクと古いパソコンか。本とかそういうの物は一切無い。そして汚い。なんと生活感のない家だと思っているとふとあるものが目に付く。データの管理とか書類作成ならいけるはず。問題はバッテリーか。携帯か何かをバラせばいいだろう。早速携帯を叩き割りバッテリーを外す。裏蓋を外しそのまま取り付け。バッテリーのサイズが違う。…なるほど。新しいバッテリーの方が小さくてかつ容量が大きいのか。時代の進化は凄い。端子の形状も違うからリード線伸ばしてハンダで直付け。小さいのはいいが隙間が出来てマラカスみたいにカタカタ鳴るのでテープで仮止めし、裏蓋を閉めテスト。電源が入るか。入った。よし。OSは古いが問題なく動く。むしろ動作が軽い。後は適当にカバーをつけ完成。大淀さんに渡すのが勿体無い気もするが、まあいいだろう。これなら被らないし怒られない。古いものなので喜ばれもしないが。それは古いタブレットだった。ケースカバーが真っ赤なので一発で目につく。
次の日の朝なんとか引き当てた大淀さんに渡してみると大淀さんは予想外な事にとても喜んでくれた。以外と骨董品が好きなのかもしれない。胸元に抱きながら笑顔で大切にしますなんて言ってくれた。携帯を一台潰したがこの笑顔が見れたなら安いものだろう。その日から毎日持ち歩いてくれてる。道具を大事にできる娘はいい娘ですよ。うん。
そんなこんなで今日に至る。そして今。
自分の顎に手を当て大淀さんを一人一人ジックリ見ていく。持ち物も含めてジックリと。大淀さんのセーラー服は変わった構造をしてるなとか大淀さんのスカートは袴みたいだなとかその位置の肌が露出しているということは下は履いていないのではないかなどと考えてると目の前の大淀さんの顔が赤くなっている。ジックリ見過ぎたらしい。素早く離れる。そして廊下の中央まで来て気がつく。
タブレットを持った大淀さんがいない。いないのだ。
念のため端まで行って確認。しまった、えらく喜んでたから持って来なかった時の事を考えてなかった。また廊下の中央まで戻る。緊張のせいか動悸が激しくなってきた。足元を見る、上を見る。さて、どうしよう。他の提督連中が来るまで待つか。……いや、時間を無駄にしたくない。何より大淀さんには笑顔でいてもらわないと。ならばやる事は一つ。
状況確認。ざっと見たところ手ぶらが六割手持ちが四割。多分手持ちにいるから確率的には悪くない。とりあえず手持ちの大淀さん達を片っ端から見ていこう。エレベーター側まで戻る。
こちらの意図に気付いたらしく大淀さん達はしきりに服装を正したり髪を直したり手鏡を取り出してメイクを直したりしている。君達は気合入れなくていいから。只でさえ少ない個性を消さなくていいから。そんな事を思っていると一人挙動不審の大淀さんがいるのに気付く。下を見たり、上を見たりファイルをしきりに開いたり閉じたり。ファイルが開いた瞬間。
今一瞬赤いのが見えた!確かに見えた。ファイルに挟んでいたのか。
ダッシュで近寄って挨拶。
「おはよう、大淀さん。」
どうだ、当たりか、はずれか。大淀さんは酷く動揺した様子。瞳が揺れている。ファイルを胸元に抱き下を向いてしまう。間違えたか。だとすればどこかに泣き出している大淀さんがいるハズ。周りを見回す。いない。大淀さん達は皆興味深そうにこっちを見てる。見られても、困る。
「……ます。」
目の前の大淀さんが小声で何か言った。良く聞こえない。
「どうしたんだ。」
優しく促す。大淀さんは顔を赤くして。
「違いますっ!」
そう言いながら大淀さんは指揮所に向かって走り出した。流石は艦娘足が早い。指揮所の扉が乱暴に開けられ中へ消えていった。呆気に取られる俺。これは新しいパターンだ。間違えたか。周りを見回す。大淀さん達も呆気に取られている。と、すれば間違えてはいない。多分。だが何故あってるのに逃げる。
俺の行動に何か問題があったのか。行動を振り返ってみる。エレベーターから降りて片っ端から大淀さん達を一人一人ジックリ。あの素敵な腰回りを見てたら大淀さんが真っ赤になってたな。……ジックリ?。
ふと気が付く。あれ、これってセクハラでは。冷静になって考えると変態の行動ではないか。
うーむと唸りながら一人一人ジックリ大淀さん達を品定めする俺。
街中なら一発で警察か運営を呼ばれるだろう。明らかに不信人物だ。児童買春を疑われても文句は言えない。俺は堂々とセクハラをしていたのか。それなら理解出来る。俺が大淀さんでも同じ行動をとる。いや、殴る。これは重大な責任問題だ。辞職も覚悟せねばならない。
自分がとんでもない行動をしていた事に気が付き重い足取りで指揮所に向かう。心なしか大淀さん達の目が哀れみをはらんでいる。天龍がまた轟沈寸前になるのか。すまない、天龍。いや、指揮を執ることもできないか、さらば、天龍。
扉を開ける。また長い廊下がありズラリと個室のドアが並んでいる。艦隊指揮は基本的にこの個室で執るのである。
一番奥のドアが半開きになっているのが見える。あそこか。重い足取りで近づく。中から話し声が聞こえる。この声は天龍と大淀さんか。半開きのドアに頭だけ突っ込む。部屋の電気はついてない。中の大きなモニターには天龍の心配そうな顔が映っている。大淀さんは机に突っ伏している。二人で何か話していたらしい。
「お、ていと。」
天龍が喋り切る前にモニターが切られる。大淀さんは立ち上がりファイルを両手で持ち自分の顔を隠しながら小さい声で違います、違います。と呟いている。いや違わないだろう。ウチの天龍だったし。とりあえず中に入る。大淀さんは大きく後退。部屋の隅まで下がってしまう。この状況はまずい。大淀さんに襲いかかろうとしてるように見えてしまう。部屋の電気をつけあまり刺激しないようにゆっくり近づく。大淀さんはまだ顔を隠している。いかん、大淀さんが震え出した。ここまで大淀さんを怯えさせていたのか。
「……おはよう、大淀さん。」
とりあえず挨拶。なんで挨拶してるんだと自分でも思う。大淀さんは顔を隠しているファイルを少しずらして目元だけちょこっと見せながら呟いた。
「……おはようございます。提督。」
しばしの沈黙。大淀さんがまた顔を隠してしまう。沈黙のままではいけない。意を決して沈黙を破る。
「すまない、大淀さん。」
制帽を脱ぎ頭を下げる。大淀さんの動きがピタリと止まる。だが、顔は見せてくれない。頭を下げたまま、更に続ける。
「俺は大淀さんにとても失礼な行為をした。言い訳はしない。」
「あの、」
大淀さんが何か言おうとするが俺は続ける。
「これを期に提督業を廃業しようと思う。今までありがとう。そして今まで辛い思いをさせてすまない。いや、すいませんでした。」
言い切って頭を上げる。大淀さんはファイルを胸元まで下げ驚いた顔でこちらを見てる。
「大淀さんには俺を殴る権利がある。運営に訴える権利もある。さあ、好きにしてくれ。」
俺は目をつぶる。艦娘に殴られたらただでは済まないだろう。良くて半身不随、悪くて即死。だが、仮にも提督を名乗るのなら逃げる訳にはいかない。さあ、こい。殴れ、殴ってくれ!
……五分経っただろうか、十分経っただろうか、はたまた一分か。痛みも衝撃も来ない。恐る恐る、目を開ける。大淀さんは俯いたまま動かない。
「済まない。」
それしか言えなかった。いきなり殴れと言われても困るだろうし大淀さんの性格を考えれば人を殴るなんて出来ないこと分かっていた筈だ。いや、そもそもこんな変態提督一分一秒と一緒に居たくないだろう。せめてスカートの秘密を知りたかったよ。いや、この変態提督め。自分で自首しよう。大淀さんに背を向けふらふらと歩き出す。目の前が真っ暗だ。頭がぼんやりしている。大淀さんが何か言ってるがよく聞こえない。ドアノブに手をかける。
その瞬間、空いている左手に激痛が走る。ぐ、と自分の口からうめき声がでる。あまりの痛みで一瞬何が起きたか分からない。頭が晴れる。
「待ってください、提督!」
普段からでは考えられないほど大きな大淀さんの声がすぐ近くから聞こえる。左手が痛い。万力で締め付けられてるみたいだ。振り返ると大淀さんが俺の手を両手で握っている。細身の体では考えられないほどの力だ。左手に感じられるのは痛覚のみ。
「私が至らないせいですか。そうなんですか。」
声のトーンが落ちて、俯いたまま、大淀さんが言う。つい、痛みで正直になる。
「い、いや、君は悪くない、わるいのはむしろおれのほうでで。」
更に手に力を込め、大淀さんが言う。
「提督に悪いとこなんてありません!なんで、なんで辞めるなんて言うんですか!」
大淀さんの声が大きくなる。もはや叫びだ。俺の左手もミシミシと悲鳴を上げる。く、砕けるんじゃないか。
「それわわ、おれががきみたちにセクハラををを。」
さらに正直に言う。痛みで上手く話せない。く、砕ける。大淀さんがバッと頭を上げ必死の形相で叫ぶ。
「誰がそんな事を言い出したんですか他の提督さんですか私達大淀のなかにはそんなことを言う人はいません!」
左手はさながら至近距離の絶叫で耳までいたくなってきた。
「し、ししかしきみたちをまいあさまいあさひとりひとりじっくりみててて。」
こう答えるのが精一杯だ。真っ直ぐ立ってられない。思わず体がくの字に折れる。これだったら一思いに首がもげるほうがいいのではないか、マジで。
「提督が私達を見分けようと毎朝毎朝頑張っているのはこの支部の大淀だったら誰だって知っています。他の提督さんはそんな事してくれません!」
してないのか!そりゃそうだ!めんどくさいもんね!痛みに耐えながら爆弾発言にびっくりする。俺の左手を自分の胸に抱き寄せ大淀さんは続ける。
「私達艦娘の同一艦が人間の方達には見分けがつかないことは知っています。それでも提督は見分けてくれようと、間違えないようにと頑張ってくれてます。提督だけなんです!」
「いや、けっこうしたごころも」
つい出てしまったが大淀さんには聞こえていない。
「提督は私に贈り物だってしてくれました。ゆ、指輪は突然で、断ってしまいましたが、そのホントに嬉しかったんです!」
「どどとどういたしましててそろそろはなしてくれるとありがたいいい。」
「みんなだって羨ましいって言ってくれます。提督は他の大淀にだって人気なんです。人気があるんです。ホントなんです。それをセクハラだなんて、この大淀が許しません。私が一緒に抗議します。断固抗議します。だから!、だから……」
最後は小さい声だった。大淀さんは遂に座り込んでしまう。俺も痛みと大淀さんに引っ張られ座り込む。左手は相変わらず痛いままだが大淀さんの手の感触が伝わってくる。大淀さんの手は小さく、冷たい。だがとても力強い。
「だから、やめないでください。」
俺の目を見て大淀さんは言った。大淀さんの瞳は涙で溢れている。力尽きたかのように俺の胸にもたれかかり、左手を握りしめたまま泣き始めた。
「……あははは、痛え……」
左手の痛みに負けたのか、大淀さんの熱意に負けたのか俺も泣いた。泣き止むまで手を離してくれなかった。
二人して散々泣いてどれくらい経ったか。ドアにもたれかかるように二人して並んで座っている。
「男の人が泣くのを初めて見ました。」
「女の人が大泣きするのを初めて見た。」
二人でそんな事を言う。お互い小さく吹き出し、一緒に笑う。
「手は、大丈夫ですか?」
首を傾げ心配そうに大淀さんが聞く。
「砕けるかと思ったよ。さすが艦娘、凄い力だった。」
笑いながら左手を振って答える。砕けてはいない。ヒビくらい入っているかもしれないが。大淀さんはうなだれながら言った。
「ごめんなさい。」
また泣かせる訳にはいかない。すぐに続ける。
「あそこまで必死に艦娘にお願いされたら提督として聞かない訳にはいかないな。」
「じゃあ」
大淀さんの目をまっすぐ見る。大淀さんの期待に満ちた目。
「これからもよろしく。大淀さん。」
「はい。提督。よろしくお願いします。」
大淀さんはまた涙を浮かべ、だが笑顔で答えた。
時計を見る。とっくに昼は過ぎている。天龍はキレてるだろうな。まあ一日くらいいいさ。足元に落ちている制帽を拾い重い腰を上げ立ち上がる。ずっと座っていたせいで節々が痛い。大淀さんも立ち上がる。伸びをしながら周りを見回すと机の上に置かれたファイルが目につく。ファイルに挟まれたタブレットが横にはみ出している。
「俺もこれに頼らないといけないんだから、まだまだだよな。」
そんな事を言いながら机に近づき制帽を置く。ファイルからタブレットを抜き出し手に持って大淀さんに見せてみる。ふと上を見る。あれ、何故大淀さんはタブレットを隠したんだ?大淀さんを見る。
大淀さんが目を見開いて固まっている。口も半開きだ。だんだん小刻みに震えはじめる。すでに涙目になっている。
「いや、落ち着け、落ち着け、泣くんじゃない。」
手のひらを大淀さんにぴしっと見せながらどう、どうとなだめる。
「あ、あの……」
いかん、このままではさっきのリプレイになってしまう。大淀さんのそばに行き床にあぐらで座る。大淀さんにも座るように手で促してみる。大淀さんは見の前で正座で座る。下を向いてしまう。これでは説教するみたいだ。さっきみたいに大淀さんの横に座り直す。大淀さんはまだ正座。大丈夫、怒らないと言いポツポツ質問してみる。
「重要書類でも無くした?」
首を降る、違ったか。
「スケジュールでも忘れた?」
またまた首を降る。大淀さんに限ってそれはないか。
「開発か製造に資材の桁を二桁くらい間違って突っ込んだ。」
またまた首を降る。ギャグのつもりだったんだが。
「えーっと。」
しまった。もうネタが尽きた。普段俺以上に優秀だから考えつかない。タブレットをくるくると回し考える。タブレット?
「バックアップとってないのに重要なデータが消えた!」
自身を持って言ってみる。大淀さんがビクッと体を震わせる。そしてゆっくり首を降る。あれ、外した。だがタブレットに関する問題なのか。
「うーん、画面でも割った?」
カバーを開く。画面は無事だし傷もない。だが大淀さんはふるふると震え始める。画面云々なのか。
「あとは電源くらいか。」
「ご、ごめんな、さい。」
電源、電源ね。
「昨日の夜ベッドの上に、こう、ポンって置いたらいきなり画面が真っ暗になって……」
大淀さんはそう続けるが俺の興味はタブレット移る。
「それで、その充電も出来なくなってて……」
話を聞きながらタブレットを調べる。電源が入らない。はて、テストした時はちゃんと動いてたが。
「それで、それで、なんて言えばいいのか分からなくて……い、言い出せなくて、その、ご、ごめんなさい」
聞き流しながら考える。バッテリーは携帯潰して入れたやつだし寿命ってことはないハズ。
「……あの、提督?」
もう一度外見を確認。画面に傷は無し、本体角も傷は無い。赤いケースカバーにも傷は無い。大事にされていたらしく大淀さんにあげた時より綺麗になっている。
「提督?聞いてますか?」
もう一度電源を入れる。画面は真っ暗なまま。バッテリーの電圧と電流は同じものだったしリード線伸ばして端子に半田で直付けしたし。
「む、無視しないでください。怒ってるんですか?怒ってるんですね?」
いきなり画面が真っ暗とか言ってたからバッテリー周りなんだろうが。コンデンサーでも破裂したか。
「怒ってるんですね、だから無視するんですね。そうなんですね。でも無視するなんて酷いです……」
えーと破裂だと流石に部品がないな、そもそも小さすぎて俺の技術じゃ半田付けできないし。
「お願です、無視しないで下さい……」
泣きそうな声が聞こえるし肩を揺すられてるみたいだがそれどころではない。揺する?小さい破片でも音くらいするかな。タブレットを振ってみる。
……カタカタ
音がした!更に振る。
……ガタガタ
何か大きいものか、そこまで考えて気が付く。
「あ”」
声が出てしまう。ま、まずい。
「て、提督?やっぱり怒って」
急ぎケースカバーを外そうとする。固くはまっていて外れない。力を込める。
「あの、な、何を。」
それどころではない。力を込める。バチンッと大きな音とともにケースカバーが外れる。
「ひいっ」
大淀さんが悲鳴をあげる。だからそれどこではないというのに。タブレットの裏蓋を外そうとする。くそ、こっちも硬い。
「や、やめてください。やめてください。こわさないで、壊さないで!」
そんな事を言いながら大淀さんがタブレットを奪おうとしてくる。たまらず立ち上がる。距離を取ろうとすると腰元にしがみつかれた。か、硬い。隙間に爪が入ればっ。
「謝ります、謝りますから、お願い……やめて……」
パンッと音がなる。外れた。バッテリーを凝視する。
バッテリーは仮止めのままだった。
仮止めのテープが外れバッテリーが横に縦にとスライドしリード線に負担をかけ、最後に半田がとれてしまったと。
なんというアホな。組み立てのミスだった。大淀さんにしがみつかれたまま床に崩れ落ちる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
大淀さんの声が聞こえる。泣いているみたいだ。
「ごめんなさいごめんなさい。」
俺も泣きながら謝る。なんてこった。大体俺のせいだった。
結局さっきのリプレイとなった。二人仲良く床に座り込み鼻を啜っている。訳を話した。直るんですねと喜んでいたのだがが思い出したように大淀さんは頭を横に向け頬を膨らまし言った。
「提督に無視されました……」
泣きはらして真っ赤になった目で鼻を啜りながら言われると中々辛い。痛いところを突いてくる。
「す、すまない。」
「無視されたんです……無視されたんです!」
怒らしてしまったらしい。まだ横を向いている。どうしたものか。
「た、タブレットの修理は必ず。そ、そうだ、いっそ最新の空間投影式の」
「これがいいんです。絶対直してください。」
大淀さんの機嫌が悪い。半眼になって俺を見ている。
「な、直すのはいいんだがまたこういうことがあるかもしれないし、いっそ新しい方が。」
「これがいいんです!」
こちらを向き床を叩きながら言われてしまった。たまらず聞き返す。
「な、何故?」
大淀さんは顔を真っ赤にして顔を横に向け言う。
「絶対真似されませんから。」
それはそうだ。古いものだし簡単には手に入らないだろう。
「し、しかしそれでは俺の気が。」
格好つけてそんな事を言ってしまう。
「し、知りませんっ。」
今度は正座して体ごと横を向いてしまった。さて、どうしたものか。ビクビクしながら俺は言った。
「あー、えーと。そ、そうだ、いまからその買い物だ!買い物に行こう!大淀さんの好きなものを何でも頼んでいいぞ。食事もしよう!ツーリングでもいいぞ。あれでもこの辺店があったっけあら、あれ、えと。俺に出来ることなら何でも言ってくれ。」
まずい、混乱してきた。話してから気がついたが店といっても相当走らないといけないような、隣町でも山一つこえないと。そんな事を考えてると大淀さんがポツリと言った。
「何でもですか。」
ま、まずい。俺は今とんでもないことを口走ったような。
いつの間にか大淀さんの顔が目の前にある。大接近していた。間違いが起きてしまいそうだ。この距離はまずい。たまらず身を引き答える。
「ギター持って銀行強盗してこいとかでなければ。」
引いた分接近してきながら大淀さんが言う。
「だれもそんなこと言いません!……この間の指輪は、どうしましたか?」
「へ?」
「指輪です!」
変な声が出てしまった。指輪っていつぞや断られた指輪か。俺が黙ってると大淀さんがスッと身を引き小さな声で言った。
「他の娘に、あげたんですか。」
暗い声でそんな事を言い出す。特に考えず答える。
「いや、家にあるけど。」
大淀さんの顔がパッと明るくなり、そして赤くなり、俯く。たしか箱に入れっぱなしだったはず。俯いたまま大淀さんが続ける。
「な、なら」
「なら?」
頭を上げ真っ赤な顔で俺の目を見て大淀さんは言った。
「なら、大淀に……大淀に下さい!」
「な、な、な、何ぃ!ずるいぞ、大淀ばっか!」
声がした瞬間、指揮所のモニターが突然付き真っ赤な顔した天龍がどアップで映る。
「何ぃ!」
再び声がした瞬間、勢い良くドアが開き柳さんと柳さんの大淀さんが入ってくる。
開いたドアのむこうは大淀さんと提督の群れでいっぱいだ。目を輝かせこちらを見ている。突然の出来事に思わず大淀さんを抱き寄せ立ち上がり抗議する。
「な、何だぁ!天龍?いつから。柳さんも何してるんですか!」
何が起きてるんだこれは。柳さん達はガッツポーズしてるし天龍は悶絶してるしというか聞こえていたのか!
「指輪だぞ!指輪なんだぞ!ずりぃよ大淀ばっか!断れ!断ってくれ!そして俺にくれよぉ!」
「まさかお前大淀に手を出すとは!渡すのか渡さないのかどっちだ!」
二人がまくし立てる。大淀さんを抱いたまま更に抗議する。
「何を言ってるんですかあなた達は!手を出すってなんですか!部屋から出なさい、出て下さい!」
だが無意味だった。二人して更に続ける。
「うるせぇ!黙れ断れ!俺にくれぇ、俺にぃぃ!」
「うるせぇ!黙ってみてられるか!渡すのか渡さないのか!」
だ、駄目だこいつら、天龍はモニターの向こうで喚いているし柳さんは何故かノリノリだし。たまらず大淀さんを見る。俺の胸元にいる大淀さんは耳まで真っ赤になってあわわわなんて言ってる。大淀さんまで駄目になってやがる。意味が分からず取りあえず叫ぶ。
「渡すも何もあれは大淀さんの為に用意したものです!さあ出なさい今すぐ出なさい!」
「じゃ、じゃあ。」
胸元から声が聞こえる。熱っぽい表情と潤んだ瞳で俺を見ている。あれ、なにかしくじってるような。だがその表情を見たら出る返答は一つ。
「う、受け取ってください。」
「はい!はいっ!」
そう言いながら大淀さんが俺に飛びつき首に腕を回し抱きつく。大淀さんの背に手を回し受け止めたが、く、首が痛い、すごい力だ。もげる。大淀さんは頬ずりしてくる。
「うわわわ狙ってたのにいいぃああたつたあああぁ。」
モニターの向うの天龍が大声で泣き出した。何泣いてるんだあいつは。
「おお!言った、言いやがったぞこいつ!こいつめ!こいつめ!めでたい、めでたいぞ!」
柳さんが歓声を上げるバンバンバンバンと俺の肩を叩く。同時に廊下にいた大淀さん達と提督達の群れがなだれ込んできた。提督達は柳さんを先頭に笑顔で万歳を始め大淀さん達はキャーキャー言いながらおめでとうおめでとうと何故か祝福している。部屋の隅に追いやられ抱きつかれたまま思う。
指輪ってそんなにめでたい物だったっけ?
思わず呟いてしまったが鳴き声と歓声と万歳でかき消されてしまった。この日、この支部で艦隊指揮を執るものはいなかった。
指輪の意味を知るのはしばらく経ってからである。
目が覚める。時計を見るともうすでに昼。もぞもぞとベッドから抜け出す。あれ、上半身が裸だ。頭が痛む。最近寝不足ぎみだ。夜はほどほどにしよう。そんなことを思いながらリビングへ向かう。家の中が綺麗だ。一人暮らしをしていると掃除してる暇がなかったものだが一人増えただけで違うものだ。リビングに置いてあるソファーに辿り着き頭から倒れ込むと、後ろの方から大淀さんの声がする。
「おはようございます、提督。」
うつ伏せのまま片手を上げ答える。大淀さんは優しく笑う。
「しっかりして下さい。天龍が見てますよ。」
天龍、天龍がなんだって?
「あんなやつほっとけ……コーヒー。」
頭を上げる。目の前に大淀の顔がある。かがみ込んで俺にキスをしてくる。何故か俺の足元の方向を指差している。
「起きろ変態提督!見せつけてんじゃねえよ畜生!」
声と同時に尻に痛みが走る。蹴られた。
「い、いたい」
思わず口から出る。凄い力だ。続いて、二発、三発。
「なんで裸なんだよ、この、この変態!起きろ!」
「が、いて、分かった、分かったって。」
いい加減尻が砕けそうだ。身を起こしてソファーに座る。天龍が真っ赤な顔してにらんでいる。
「おはよう天龍。なにつっ立ってるんだ。」
大淀さんがマグカップを3つ持って来た。一つは俺、一つが大淀さん、一つが天龍。大淀さんが俺の隣に座る。天龍が間に割り込んで座る。仲良く三人並んで座る。俺と大淀さんはコーヒーを飲みながら真ん中の天龍の頭を二人して撫でる。天龍はマグカップを両手で持ち真っ赤な顔して唸っている。
あのあと指輪の意味を知った。知った時にはもう遅い。だが、断る理由も俺にはなかった。
元旅館で式を挙げた。大淀さんの艦娘登録をまだ廃艦してないので籍はまだ入れてない。人間名もまだ決まっていない。結婚(仮)とはよく言ったものだ。あの場にいた大淀さん達と提督達が全員出席した。俺の艦隊も出席した。盛大な式だった。大淀さんがあんなに綺麗だとは知らなかった。
俺は指揮所を自宅に移した。そのおかげで昼まで寝ていられる。時代の進化は素晴らしい。そのうち携帯でも指揮が執れるようになるそうだ。艦娘達の反応も悪くない。どうやら男の人の私服が珍しいらしい。服装についてとやかく言わなくなった。
湖の指揮所にはたまにしか顔を出さないが何でも大淀さんから提督に指輪をせがむことが流行ってるそうだ。柳さんも指輪をせがまれたらしい。年の差は大丈夫なんだろうか。少し不安になる。
天龍は休暇を取った。長い休暇だ。後日泣きながらボロボロの格好で家を訪ねてきた。歩いて海から来たらしい。なし崩しに家の居候となった。バイクやらギターを一日中いじ繰り回している。まあ一足先に娘が出来たと思えばいいか。
そして大淀さんは愛用のタブレットを持って俺の家に住むこととなった。そのおかげで大淀さんを間違えることももう無い。泣かせてばっかりだったが今思えばもう少し反応を見ておくべきだった。それとなく大淀さんに伝えてみると真っ赤な顔して忘れて下さい忘れて下さいと言われた。その反応がとても可愛らしい。たまにこう言って大淀さんをからかうことにしている。
「さて、ボチボチ提督をやろうかね。」
ソファーから立ち上がる。
「はい!」
大淀さんも立ち上がる。
「うっしゃあ!」
なぜか天龍も立ち上がる。やることないだろ?お前?
今日も提督業が始まる。
後書き こんなとこまで読んでくれる人に感謝を!
こんにちは、こんばんは、はじめまして、いつものと言います。
おっちゃん!いつもの!
そんな感じの人です。
仕事の合間にポチポチやりながら何とか仕上げてみました。いや、休み時間だよ!サボってないよ!
気がつけば夏が終わり秋になってしまいました。短い夏でしたね。夏の間に富士河口湖の博物館に行ってきました。ゼロ戦ですよ!ゼロ戦!隼はまだ復元作業中で完全未塗装でリベットのおばけ状態でした。一式陸攻もあるよ!そしてなぜか置いてある魚雷!いやあ大きいですね!
この国でも戦争があったんだなとしみじみと感じさせてくれるそんな場所でした。
つぎは早めに書けるといいなあ、ではまたそのうち!失礼します。