コミュ障な八幡の日常録 作:學畜A
パスカルは『人間は考える葦である』という手稿を残してこの世を去った。
何故人間が葦に例えられているのか、それはパスカルがそれを語る前に死去してしまった為に憶測でしか語られていない。
だがその中の一節にはこの様なものがある。
ナイルの河畔に生える葦は強い風が吹くと、本体は弱いので直ぐにしなって曲がってしまう。風には抵抗出来ないのである。一方堅く強い樫の樹は風に強く一度に折れることは無いが、繰り返し風に吹かれる事である日突然根本から折れてしまうのだ。しかし葦は風が吹けば身を任せて自らしなり、一見風に敗北させたように見せかけ、風が止むと自分の力で再び元の形に戻ってしまう。
そんな葦の姿を自然の起こしうる災いや運命に対し無力であるが、それと真っ向から対立せずに順守して従い、それが過ぎれば以前のように自身の足を使い立ち上がり、またその後も考えることで学習をする賢明な人間に例えたものであるというものだ。
しかし、俺には別の意味合いもあるように思える。
それは、人間は葦と同等の存在であって決して自然界の中で特別なものではないと言う考えだ。確かに人間は今や昔では想像をもし得ないほどの発展を迎えており、人間の長所である思考力も磨かれていく一方ではある。だが、もし人間以外の生物が大幅な思考力や洞察力の底上げをされてしまえばどうなるのか?
…その答えは人間は蹂躙される、だ。
人間は様々な現象に興味を持ち深く考えること事ができるという一点を極めて、現在の食物連鎖の最上位に位置している。しかし例えばライオンや虎、海中ではシャチやサメなどが思考の重要性を覚え、人間と同じように明確な意思疎通をするための会話や巧妙な罠など張れるようになったらこの自然界はどうなるか。最初は長いスパンを掛けて得た知恵を有している人間が有利だろう。だがそれも十年ほどしたら分からなくなる。種族間戦争は激しくなると言っていいだろう。人間は絶滅するとまでは行かなくとも、多くの人が死に手に入れ整備した土地も再び自然へと姿を変えていくと思われる。他の種族が人間並みの思考力を持てばそれ以外に大きな特徴の無い人間が淘汰されるのは自明の理なのだ。
つまり、結論から言えば、俺みたいなコミュ障とクラスで一番のリア充は以上の記述と比較すればその差異など合ってないようなものであり、要するに人間は思考力を除いてしまえば実質的に人類みなほぼ平等である。よってたかが一年間の思い出など誰も彼も似たような記憶しかないので言及する必要性は皆無である。
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「比企谷…。この文章、もっとどうにかならんのかったのか?」
現代文教師兼生活指導担当の平塚先生は頭を痛そうに抱えながらそう問う。…はぁ、嫌だなぁ…帰りたいなぁ、ベットで早く転がりたい。ほんと人と話すのとかマジ勘弁してくれよ…こちとら立派なコミュ障だぞ?両親や妹とも最低限の会話しか成立させられてないのに、こんな美人教師とマンツーマン会話とか絶対無理。旅立ちの日に御三家貰ってそのまま四天王に挑むくらいは無謀だからなこれ。だから頼むから何も聞かず俺を家へと返してくれ頼むから。
そうは願っても何も現状は改善されないので、仕方なく声帯を震わせ声を出す。
「無理、です。…すみません」
取り敢えず謝ることにする。これがコミュ障が日常的に取るべき最善の行動だったりする。形だけでも謝ってしまえばそれ以降その件について引きずることも無く、また話す機会も無くなるからだ。会話の機会は出来るだけ潰していく、これコミュ障の基本な。
因みになぜ生活指導担当の教師に放課後の職員室までお呼ばれしたかと言えば、先日書かされた『高校一年生を振り返って』という作文に俺の本心を書いたからだ。誰だよ本心を言えば通じ合えるとか言った奴。通じ合うどころか一方的に慈愛の目で見られてるんだけど。俺凄い居心地悪いんだけど。こんな事になるんだったら普通に教師が好みそうなフェイクの事実を並べて印象に良い言葉で作文を構成するんだった。…今から言っても既に遅いが。
「全く君って奴は…君の去年の担任から聞くところによれば、学内で殆ど会話をしてないそうじゃないか?君の個人情報を見る限り精神病でも無いようだし、…それとも意図的に口数を減らしているのか?」
「違い、ます」
…そう、全く違う。掠ってすらいない。
俺は確かに精神病を伴っているわけでは無いが、別に自分から進んで会話を拒否している訳でもない。ましてや会話が嫌いって理由でも無い。ただ、漠然とした会話に対する拒絶的感情が勝手に俺の心中に溢れ、それに俺はなすがまま従ってるに過ぎない。他ならぬ自分自身の事の癖に、その深くは理解していない。未熟さ故の咎と呼べるだろう。
…まあ、こんなの全てコミュ障の戯れ言なんだろうがな。結果的には過程が何だろうとどちらも同じだ。
そう俺は今まで考えていた下らない自身の理論を一蹴する。
「…まあいい、それはひとまず置いておくとしてだ。まずは君の処分についてだ」
…は?処分?いやちょっと待て待て、普通作文で少し変なものを書いたくらいなら書き直して再提出で全部まるっと解決する話だろ…なのに何処分って?俺まさか停学?そんな理由で停学になったら俺恥ずかしさで死ねるからな。明日とかクラスメイトに担任が「後、今この場に居ない比企谷君の事ですが、比企谷君は先日書いた作文について題意を満たしていなかった為に数日停学になります」とか言われたらもう俺この高校でやっていけない気がする。まあ多分、いや絶対「えっ比企谷って誰…??」みたいな雰囲気になるだろうから実際はあんまり今までと遜色無いかもしれないが。そう考えると停学という免罪符を持って堂々と家に籠もれて外界との縁を切れるから寧ろラッキーなのかもしれない。さあっ、俺の安寧の為に停学を宣言してください平塚先生…!!
そうして次に平塚先生が発した言葉はそんな俺の願いとは対極の位置にあるものだった。
「まあ聞き給え比企谷。君にはこの巫山戯た作文の罰としてとある部活に所属して貰う。異論反論抗議口答えは禁止だ、それじゃあ行くぞ」
いや、だから少し待ってくださいって…!
そんな俺の儚い願望が通じたのか、椅子から立ち上がり一人で歩いた挙句職員室の入り口から半身出ていた平塚先生はこちらへと振り返る。
「…どうした?早く来い比企谷、時間は有限なんだ」
ゾンビの徘徊する学校ですら夢も希望もあるのに何でここには強制力と苦痛しかないんだよ…!
平塚先生に付き添い無言で歩いて1分と少し、どうやら目的の場所に着いたらしく平塚先生の足はとある教室の前で一度止まる。確かこの教室は普段から空き教室で、授業ですら使うこともない所だったはずだ。そんな教室になぜ…?
「入るぞー」
そんな疑問を浮べている間にも平塚先生は扉をスライドさせてズカズカと室内に入ってしまう。…これってどうすれば良いんだ?俺も教室入って良いの?完全放置じゃね俺?
そんな戸惑いを感じていると、中から凛として透き通った声が聞こえてくる。
「平塚先生、入るときはノックをお願いしたはずですが…?」
「ノックをしても君は返事をした試しが無いじゃないか?」
「それは平塚先生がノックをする間も無く入ってくるからです」
まあとにかく、教室に入ってみると、先程から何故白衣を着ているのか不思議に思っている平塚先生に加え、その奥に一つポツンと椅子を起きそこに座って本を読んでいただろう女子生徒の姿がある。膝の上に読みかけだっただろう本を起き、今まで平塚先生に向けていた視線を突然乱入してきた此方へと向けてくる。
すると不意に視線が交わってしまう。そこから伺える端正な容貌はまさに氷のように冷徹な美少女という言葉が一番似合うだろう、…ただ名前は全く知らない。というか同じクラスでも知ってる奴居ない俺が違うクラスで知ってる人間がいる道理は無いまである。すると何時だったか、小町が「コミュ障で更にぼっちだなんてお兄ちゃん、それ学生生活詰んでゲームオーバーしかけてるよ」と発言していたことを思い出す。違うぞ小町、コミュ障でぼっちなんじゃない。コミュ障だからぼっちなんだ。
「それで平塚先生、この無感情そうな目をした人は?」
再び平塚先生に視線を戻して女子生徒はそう告げる。おい、何だよ無感情そうって。そんなの家族にも言われたこと……………あるな。
少し泣きそう…。
「ああ、彼は入部希望者だ。…おい、自己紹介をしろ比企谷」
尚後半の台詞は俺に向けて小声で言い放ったものである。でも残念ながらこのやり取り、絶対あの女子生徒に聞こえてるんだよなぁ…証拠に滅茶苦茶不審な目でこっちガン見してるし。小声で言うなんならもっと図書館で会話するくらいボリューム下げて話せよなマジで。
この状況に遺憾の意を示したいところではあるが、まあ何事も意思疎通から始まるのは人間社会の基本である。なので平塚先生に言われるがまま自己紹介をするため勇気を出して身じろぎすらせずに椅子に座る女子生徒の方に顔を向ける。
「…比企谷八幡、です。できれば帰りたい、…です」
やべ、間違えて意思疎通どころか初対面の相手に自分の要望を押し付けちゃったんだけど…この少女には俺がコミュ障って事でここは1つ場を抑えてもらいたいものだ。
しかし更に怪訝な表情するだろうと思っていた俺の予想とは裏腹に、目の前に少女はなぜか納得したという表情を表に出す。
「…貴方がこの高校で一番ミステリアスと言われてた人ね」
えっ何それ八幡知らない。何だその思ったより悪くない評価。正直周りからはコミュ障でキモい根暗なオタクと思われているかと思ってたんだが…。
「まあそんな訳で、この部で彼のコミュニケーション障害や捻くれてしまった感性を更生してほしい。それが私の依頼だ」
その言葉に椅子に座る女子生徒は口を閉ざす。恐らく依頼を受けるかどうか悩み始めたのだろう。
「…というか、依頼とは…、何の事ですか…?」
俺は今度こそ小さな声で平塚先生に話しかける。それに平塚先生も小声で返す。
「この部活は奉仕部と言ってだな、困った人に対し魚をあげるのでは無くその方法を教える、まあつまり依頼者の依頼を根本的に解決するのが部活動なのだよ」
何それ、超面倒そうだな…。つまり一時的な解決は駄目で、問題を提示されたらその奥底までしっかり解決してアフターケアまでするって感じか?しかも奉仕って言葉からして依頼者からの対価は無いんだろ…今も悩んでるこの女子生徒って意外と物好きなのかもしれないな。
平塚先生の言葉にそう考えていると、今まで悩んでいた女子生徒がきっぱりとこう口にする。
「分かりました、その依頼承ります」
「…そうか。なら頼んだぞ、雪ノ下」
そう手を上げて部屋から出ていく平塚先生。いやおい、依頼対象放っといちゃうのかよ…しかも初対面同士残して。もっとアフターケアをしっかり用意することを要求したい。
後、この女子生徒の名前雪ノ下って言うんだな。頼むからそういう基本的な情報も教えておいてくれよ、この先の会話に差し支えるから。いやもう俺がコミュ障って時点でこれ以上無いくらい差し支えまくってるけどさ。というかもうアフターケアでもビフォーケアでも何でもいいから言い出しっぺの責任として多少のケアくらいはマトモにやってくださいお願いします…!
あまり更新頻度は上がりません。御了承下さい。