善十坊の殿   作:てふてふ男爵

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初めまして、てふてふです。
原作五巻からです。
五巻を思いだしながら読んで頂ければ良いと思います。

途中で朝倉義景が信奈を襲うシーンが原作引用で出てきますのでご注意ください。



織田に仕えて…
人生の転機 (一話)


武田信玄と相良良晴、滝川一益が温泉で会い、良晴が信玄に天命を教えた時に信玄は恐怖を捨てた。

死、という恐怖と向き合い独りにして打ち勝った。

もうなにも怖いものが無く、完璧で…そして孤独な信玄がそこにいた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

俺は逃げていた。

あれは無理だ。

「何て奴だ」

そう、戦国最強の騎馬隊を擁する甲斐の虎、武田信玄を暗殺しようとしていた。

俺は織田信奈をうち損じた為、後もなかった。

だが俺は撃とうとした瞬間理解した。

撃てば俺が死ぬ、と。

松永久秀に脅されたとはいえ、武田信玄を殺し、杉谷善十坊という名前を残す。

そう決心をしていた。

そんな決心は圧倒的な存在感と心の臓が締め付けられるような恐怖で一瞬にして折れた。

そして暗殺者の誇りもかなぐり捨て音を殺しながら林の中を駆けていた。

 

「もう…帰る場所もない」

俺はもうどこにもいく宛がなかった。

そこで、ようやく理解した。

未来人の相良良晴が言ってたことを。

ー歴史は変えられねえうんぬんかんぬん

それは…暗殺者なんていう俺のようなちっぽけな存在で…歴史を変えるような大きな事ができるはずがないと。

 

【杉谷善十坊】という暗殺者の陰は無く、そこには鉄砲の腕が取り柄の濁った目をした男がいた。

 

善十坊は甲賀にいた頃に身に付けた変装の技術を使い別人のようないでたちであった。

そして…何を思ったか姉川の地へと足を運んでいた。

 

相良良晴…織田信奈。

この目で奴等が『本物』かどうか見定めたかった。

そして、善十坊は己の運命を変える出会いをするのであった。

 

 

十二月二十三日、相良良晴と滝川一益が姉川に到着した数時間後、善十坊も姉川付近に到着した。

その時織田家は津田信澄の捨て身の訴えにより浅井軍が敗走し、相良良晴の策により持ち直していた。

そして良晴が朝倉義景による信奈の危機を知り本陣へと全速力で駆けていた。

 

両軍共にぎりぎりの消耗戦であり、繰り出せる手勢は小姓でさえ良晴の機転でなした「方円の陣」に参加させてた。

織田信奈は本陣に独り物思いに耽っていた。

(勘十郎はだいじょうぶなのかしら。サルが加勢に行ってくれたから、命だけはとりとめてくれるはずだけど)

敵味方の怒号が入り乱れた騒乱の中ー。

今、本陣に据えている信奈を守れるのは信奈自信しかいない。

戦国大名の孤独ーいかに強気な信奈といえど、広い陣幕の中で一人ぼっちで座っていると、否応なしにそれを感じざるを得ない。

 

(ヘンね。以前にもこんな危機があったような気がするわ)

あれは、龍神が出るという池に行った折りに今川義元の部隊に急襲された時だったかしら。

あの時は陣幕の中にいきなり敵兵が押し入ってきてー。

ゆらり。

背後に人が入って気配がした。

「犬千代なの?」

振り返ろうとした。

 

違う。

 

犬千代じゃない。

 

この、まがまがしい【気】は!?

 

「朝倉義景、参上いたした。かねてより申し上げていたとおり、あなたを越前一乗谷のわが邸宅へお連れ申し上げる」

「~~~!?」

 

後ろから伸びてきた男の手に、口を押さえられた。

急いで太刀を抜こうとした腕にも、もう一本の手が伸びてきて、手首の骨が折れんばかりの力で握りしめられてしまった。

(まさか。まさか、大将自らが。気でも狂っているの!?)

朝倉義景は、織田軍の足軽に変装して、混乱する本陣へと大胆不敵にも乗り込んできたのだ。

その腰には、見知らぬ武将の首がひとつぶら下がっている。

「この首だけの男は余の家老である。大手柄を立てた者は、名も無き足軽であろうとも本陣の大将に直接声をかけてもらえる。悪い習慣だぞ、信奈。やんごとなき姫としたことがはしたない。尻軽にもほどがある。-お仕置きが必要だな」

「!?」

 

自分の家老の首を落としてまで、この本陣へ!?

(信じられない。狂ってる!しかも、せっかく本陣まで辿り着いたのにわたしを殺そうとしないなんて!?離して、離してよ!気持ち悪い……!)

 

激しく抵抗しているうちに、信奈は芝の上に押し倒されてしまった。

血にまみれた朝倉義景が、信奈の細い身体の上へとのし掛かってきた。

視線が合った。

背中が、ぞくっ、と震え上がる。

貴族然とした端正な顔立ちの朝倉義景だが、その血走ってギラギラと輝く視線は異様だった。

信奈を凝視しているようで、その実、何ものをも見ていなかった。

 

「美しい。吐く息の香りすら、他の女とは違う。その瞳。余を仇と憎み必ず殺すと思い定めるその意思の力にあふれた瞳だ。ははっ、はははははっ!」

肝臓のあたりに、思いきり拳を叩き込まれた。

息が、詰まった。

なおも、義景の手に歯を立てて抵抗しようとすると。

こんどは右の頬、左の頬と、次々に平手で撃ち抜かれた。

「…う……う、あ……あ……」

恐怖しか感じられなかった。

あまりにも異様な状況に心がついていくことができず、全身から力が抜けていくのがわかった。

「余はこの戦の帰趨などに興味はない。織田信奈をわがものにするためだけに、ここまで兵を進めてきた」

「そんな……そんな馬鹿な事のために、何人の兵が死んだと…」

「家臣が主君のために戦って死ぬのは本望というもの。このまま拐っていくべきところだが、もはや我慢できぬ。今この場でそなたをわがものにしてしまうとしよう。-生娘であろうが、余の言葉の意味はわかるな。余の子種を孕ませてやろう。この姉川の陣中で」

「……い……い、いや……いや……!」

「光栄に思え。絵物語以外の女人に余が心惹かれたのは、そなたがはじめてだ。互いに異性を知らぬもの同士、戦陣の中で密事に耽る。『源氏物語』にもこのような場面はあるまい。まことに風流な出会いではないか」

義景の唇が、舌が、信奈の白い頬の上を這おうと急接近してくる。

 

(いや……!)

 

助けて。

 

その瞬間、轟音が鳴り響いた。

朝倉義景の眉間を鉄砲玉が貫き、崩れ落ちた。

 

(た……す…かっ、た。で…でもなんで??)

陣に、衣服に血がびっしょりついた、血塗れの男が現れた。

 

 

 

 

――善十坊は姉川付近に辿り着いた。

織田軍の死んでいた足軽の鎧を見に纏い、戦場を見渡していた。

そして、織田軍が限りある兵を一点に集めて陣形を作っているのがわかった。

見ると、本陣からも兵が出ておりがら空きになってることも理解した。

善十坊の鍛え上げられた視力に本陣に織田軍の足軽の格好をした者が数人近づいているのがわかった。

「あの足捌き……忍びの者だ!」

俺は何か考えるまでもなく駆けていた。

決して気づかれないようにしながらも、全速力で千歩近く離れた『敵』に近づいていた。

 

自分でも何故こんなに必死に駆けているか分からなかったが…自分が殺せなかった者を他の奴等に殺されるのは嫌だという自分の気持ちはわかった。

 

残りの距離が目測で数百歩というところで一人だけ陣に入って行ったのが見えた。

俺はその距離を一気に詰め、陣幕の裏手に廻った。

見張りをしていた忍びの者に忍び足でそっと近づき、懐に隠してあった忍び刀で喉を一突きして声を出させる間も無く絶命させた。

返す刃でもう一人の忍びの心の臓を突き刺した。

「が…はっ。あ…あぁぁ」

忍び刀を上下に抉り、一気に引き抜いた。

血が吹き出て、返り血を浴びた。

それをも気にせず足音を押し殺して陣幕に近づいた。

その時狂ったような声が聞こえた。

 

「-生娘であろうが、余の言葉の意味はわかるな。余の子種を孕ませてやろう。この姉川の陣中で」

 

 

ただ忍び寄り、この男を殺すことも出来た筈であったが。

 

即座に善十坊は背中に背負っていた鉄砲を取りだして、二十歩以上『標的』から離れた陣の入り口で鉄砲に早合を込めて、火蓋を閉じ火縄を挟んだ。

「……い……い、いや……いや……!」

 

織田信奈を襲う男の眉間に狙いを定める。

 

「光栄に思え。絵物語以外の女人に余が心惹かれたのは、そなたがはじめてだ。 (……まだだ)

互いに異性を知らぬもの同士、戦陣の中で密事に耽る。『源氏物語』にもこのような場面はあるまい。まことに風流な出会いではないか」

織田信奈の顔が恐怖に凍りつき、男が襲おうとした瞬間。

 

狙いをつけて引き金を-引いた。

 

轟音が鳴り響いて、男…朝倉義景はここに死んだ。

 

俺はまだ怯えがあり蒼白な織田信奈をみて、いつもの不敵さや俺が暗殺失敗するきっかけになった笑顔が頭によぎってしまい頭をふった。

そのまま、男に近寄り顔を確認した。

…………朝倉義景。

血走った目のまま絶命している朝倉義景の首を刀で切り離した。

 

その時。

「信奈ァァァァァァア!!」

相良良晴が近づいてきたが俺の持っている首を見て急停止した。

「ど、どういう状況だ??」

元々の猿顔がひどく間抜けになっているのを尻目に俺は陣を後にした。

俺は織田軍が方円の陣を敷いて敵と対峙している場所に近づき…右手に持った首を掲げ-有らん限りの声量で叫んだ。

 

「朝倉義景の首を獲ったぞー!敵の総大将を仕止めたぁぁぁぁ!!」

戦場が一気に静まり返った。

俺を敵味方を問わずこの場の全員が俺を見た。

そして…朝倉軍の武将が崩れ落ちるのをみて、織田軍は鬨の声を上げた。

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー」

いち早く混乱を脱した柴田勝家が叫んだ。

「今ここで敵の総大将は討ち獲られたぁぁ。一気に畳掛けろぉぉ」

朝倉軍は士気が崩壊し、敗走する朝倉軍を織田軍が追撃した。

武器を捨て一目散に逃げる朝倉軍は織田軍の諸将の活躍により全滅の憂き目にあった。

 

朝倉軍が敗北したあと一人の姫武将が善十坊に話しかけた。

「よくやった!どういう経緯で討ち取ったかは解らんが、血塗れになりながらも奮闘した働きあっぱれだ。姫様にもよーく、いってやる!」

そういった姫武将は満面の笑みで俺を見た。

 

-眩しい。

輝かんばかりの笑顔は、濁りきった目にはとても眩しく映った。

そこで俺は疲れが一気に押し寄せ、気を失った。

 

姫武将……柴田勝家は急に倒れた男に駆け寄って息があることを確認し、安堵した。

勝家は男嫌いではあったが誇りある武人である。

傷ついた兵士を男だからという理由で放っては置けない。姫様、ひいては織田軍の為に戦い、手柄を立てて、傷ついた兵士を労わない筈がなかった。

「…よくやった。今は休め。」

部下を呼び勝家は目覚めたらつれてくるように伝え、信奈のところに向かった。




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