第3話完成いたしました。
時間があまり経過しませんが、そもそもこの作品はある一日に起こったことを描くものですので・・・・・・
それでは今回もどうぞよろしくお願いします!
希ちゃんと別れた後、私は少し早足で自宅に戻った。
背中にじっとりと汗をかいていることがわかる。
時計は9時半をすこし過ぎたあたりだ。この炎天下で1時間以上も歩いたのだから無理もないことだった。
エアコンのスイッチを入れ、冷蔵庫から麦茶を取り出して一息に飲んだ。
椅子にもたれかかり、ふうっと息をつく。
日曜だというのに両親は仕事で出払っており、部屋は静まりかえっていた。
真姫ちゃんのバッグにはお弁当が入っていた。
つまり、まだ時間がある。
とりあえずシャワーで汗を流すことにした。
程よく冷たい水を浴びながら、これからのことを考えた。
真姫ちゃんの不安を取り除くために必要なこと。
どうすればいいのかは、わかっているつもりだ。
きっと穂乃果ちゃんでも、そうするんじゃないかな。
体の内側が熱くなっていることにふと気が付いた。
もうすこしシャワーを冷たくした。
シャンプーとリンスを間違えてしまい、もったいないなあと思いつつ洗い流した。
やっぱりいつもの私とは、少し違っているみたいだ。
体をふいて着替えた後、穂乃果ちゃんに電話をかけた。
ついさっき希ちゃんに言ったことと同じことを伝えるために。
ところがなかなか彼女は電話にでなかった。穂乃果ちゃんのことだからまだ寝てたりして。
ゆるんだ表情で寝息をたてている彼女を想像しつつ、起きたら電話ください、とメッセージを送っておいた。
次は海未ちゃんかな。
でも彼女はこの時間は何かのお稽古中かもしれないと思い、先に凛ちゃんに電話することにした。
いや、もしかしたら凛ちゃんもまだ寝ているかも・・・・・・
ここは花陽ちゃんにしておこう。
絵里ちゃんとにこちゃんには希ちゃんから連絡してくれるそうだ。
四回コールした後、花陽ちゃんは電話に出てくれた。
「もしもし、おはようことりちゃん。」
「おはよう花陽ちゃん。やっぱり、花陽ちゃんなら起きてると思ってたよう。」
「もう十時になるし、さすがに起きてるよ~。」
私たちのリーダーはまだ夢の中みたいだけど。
「うん、あのね花陽ちゃん。お願いがあるの。今日ね・・・・・・」
うん、うん、と生真面目に相槌を打ちながら、花陽ちゃんは真剣に私の話を聞いてくれていた。
「そうだったんだ・・・・・・うん、わかったよ!凛ちゃんには私が電話しておくね。」
「うん、ありがとう。それじゃあまたあとでね。」
その後海未ちゃんに電話をかけてみると、予想に反してすぐに出てくれた。
いつもの礼儀正しい話し方。
どうやら今日はお稽古はなく、さっきまで作詞についての本を読んでいたところらしい。
最初は乗り気じゃなかったけど、やっぱり彼女は、フレーズを連想して紡いでいく作業が好きなのかもしれない。
昔彼女がポエムを書いていてたことについては、触れないでいてあげなくちゃいけないけれど・・・・・・
海未ちゃんも私の話を承諾してくれた。
作詞担当として、パートナーである作曲担当の真姫ちゃんをほっとけないみたいだ。
「大丈夫ですよ。真姫ならきっとわかってくれるはずです。そんな心配が杞憂だってこと、真姫に教えてあげないといけませんね。」
さて、あとは穂乃果ちゃんに連絡がつけばいいのだけれど、いつ起きるかなあ。
時刻は10時20分を少し過ぎたところだった。今更ながら空腹感を覚えた。
朝食がおざなりだった上に散歩に行ったのだから無理もないことだった。
冷蔵庫からビスケットの残りを取り出して齧りながら、先ほどの希ちゃんとの会話を思い出していた。
希ちゃんはこう言っていた。
真姫ちゃんは自分の曲の出来が悪いことで、ライブがうまくいかず、メンバー間に不和が生じることを恐れていると。
確かにひとつの曲を披露するとき、最初にオーディエンスの印象に残るのは歌詞よりもむしろメロディーラインだろう。それはダンスの振り付けにもダイレクトに関わってくるものだから、とても大切な要素であることは間違いないと思う。
私の担当はライブ用の衣装づくりだ。
客観的に考えてみたら、それだってライブの見栄えを大きく左右するものひとつに違いない。
曲のイメージを損なわないということも衣装が負う責任のひとつだとも思っている。
ところが、私はあまりデザインに苦労したことがなかった気がする。
みんななら何を着ても可愛い、と思ってしまっているからなのかも。
机にビスケットの欠片がぽろぽろとこぼれている。
それは、希ちゃんが集め、再び風に散らされた落ち葉を思い出させた。
ティッシュを一枚取りその上に欠片を集め、くるんで机に置いておいた。
捨てるのは、なんだか忍びなかった。
空腹感が収まると、今度は軽い眠気がやってきた。
そういえば今日は早起きだったから。
しばらくはこらえていたけれど、やがて耐えられなくなってソファーに横になった。
穂乃果ちゃんはまだ起きないのかなあと思いつつ、少し目を閉じると眠りはすぐに訪れた。
夢は眠りの入り口ですぐに私を捕えた。それは少し奇妙な夢だった。
一人の子どもが歩いていた。顔はよく見えない。
髪の長さから考えて、おそらく女の子ではないかと思う。
その空間では私は単なる視点として存在し、すごく高い場所からその光景を見ていた。
少女は一本の真っ白な道を歩いているようだ。
その闇の空間にはその道以外のものは存在せず、私にはまるで星を奪われた夜空に稲妻が走ったように見える。
恐らく少女にとっては、それは平面も同然の空間だった。
やがて彼女は分岐点にたどり着いた。道が二つに分かれているのだ。
少女はしばらく立ち止まっていたが、やがて一方を選び歩いて行った。
しばらくすると、再び道は二本に分かれた。
というより、何もない闇からふっともう一本の道が浮かび上がってきたのだ。
少女はまたも一度足を止め、後ろを振り返る素振りをみせたが、やはり前を向き、新しい方の道を進み始めた。
今までの道が直線であったのに対し、その道は何だか曲がりくねっていた。
その道では彼女は何故かご機嫌な様子で、足取りも軽く、時にはスキップさえしてみせた。
しかし突然、平らなはずの道で少女はつまずいて転んでしまった。
少女は立ち上がり再び進み始める。そして、やがてあることに気が付いたみたいだ。
その道はだんだんと幅が狭くなっているのだ。今では最初の半分くらいの幅になっている。
少女はそれでも進み続けるのだが、道はやがて歩くことができないくらいの細さになっていった。
少女は何だかこわくなってしまい、立ち止まってそのまま座り込んでしまった。
夢は長い間その場面の状態でフリーズしてしまい、視点としての私はそれを見つめているしかなかった。
電話のなる音と上着のポケット越しのバイブレーションが、私をその短い夢から引きはがした。
半目で携帯の画面を見ると、着信は穂乃果ちゃんからだ。
「もしもひぃ・・・・・・おはよう穂乃果ちゃん・・・・・・」
寝起きではどうしても舌がうまく回らない。
「ごっめーーんことりちゃん!!!今起きたところだよ!!電話くれたよね!なにかあったの!?」
穂乃果ちゃんは寝起きでも元気いっぱいだった。
時計は11時ぴったりを指していた。
眠れないよりかはいいのかも知れないが、さすがに寝過ぎじゃないかな、と心配になってしまう。
「海未ちゃんからも着信があったんだけど、この時間まで寝てたって言ったら海未ちゃん怒りそうで・・・・・・絶対「穂乃果!一体どれだけ寝てるのですか!!」とか言われちゃうよお・・・・・・」
どうやら海未ちゃんの方からも穂乃果ちゃんに電話してくれていたようだ。
穂乃果ちゃんの言う通り、きっと海未ちゃんは怒るに違いない。
この二人では今日の睡眠時間はきっと倍近く違うんじゃないかな。
「あはは。ちょっと相談があったの。海未ちゃんもおんなじ事で電話したんだと思うよ。」
「そっかあ。じゃあお昼ごはん私の家で食べようよ!海未ちゃんも呼んで!そのときに三人で話そうよ!」
「いいの?それじゃあお邪魔しちゃおうかなあ。」
「うん!じゃあ12時くらいに来てね!・・・・・・それと、海未ちゃんにはことりちゃんから知らせてほしいな~、なんて・・・・・・」
笑いながら、わかったよ、じゃあまた後でね、と伝え、電話を切った。
いたずらが母親に発覚してしまった子どものようだった。
海未ちゃんに電話をかけると、やっぱり彼女はまったく穂乃果は、とか何とか呟いていた。
彼女もまた、いたずらっ子の母親みたく思えて、私はおかしくって笑ってしまった。
通話を終えるとほとんど同時に、花陽ちゃんからメッセージが届いた。
凛ちゃんに連絡がついたとのことだ。
今このメールが届いたということは、凛ちゃんも穂乃果ちゃんと同じくらい寝ていたということだろうか。
いつも思うけれど、凛ちゃんは穂乃果ちゃんはちょっと姉妹っぽい。
その後希ちゃんからも同様のメールが届き、8人とも都合がつくことがわかった。
穂乃果ちゃんの家に行くまでにまだ30分近く時間があった。
テレビを付けると、有名な女性料理研究家が夏野菜を使った簡単レシピを紹介していた。
世界は掛け値なしに夏なのだ。
適当にチャンネルを変えてみたけれど、気の利いた番組というのは見つからなかった。
テレビを消して、洗面台に行って顔を洗い、冷たさで眠りの欠片を追い払った。
真姫ちゃんは今頃どうしているだろうか。
鍵盤に手をかけて深く溜息をついているだろうか、それとも曲はすでに完成しているのか。
あるいは少し早めの昼食をとっているだろうか。
私はあまりポジティブなイメージを浮かべることができなかった。
きっと彼女の探すメロディーはまだ彼女の中から発掘されずにいる。
求めれば求めるほど、それは心の奥底に沈み込んでいく。
彼女の顔は悲痛にゆがめられ、目は伏せられがちになる。
じっとしていられなくなり、制服に着替えるとすぐに家を飛び出してしまった。
約束よりも早くに穂乃果ちゃんの家についてしまうだろうが、足を動かさずにいられなかった。
黒のローファーはいつもより強くアスファルトを鳴らしていた。
相変わらず日差しは強烈だったけれど、彼女に必要なのはきっと温度じゃないあたたかさなのだ。
きっとみんなならそれを彼女に伝えることができる。もしくは、その存在を思い出させることが。
歩いている間、私はそんなことをずっと考えていた。
蝉たちは姿は見せないで、その声だけで存在を証明していた。
彼らの鳴き声に迷いが感じられず、それがほんの少し気に障った。
はい。第三話、読んでいただいてありがとうございました。
ことりは普段甘々な話し方ですが、心の中ではこんな風に物事を考えているのかもしれませんね。
次の投稿でこの作品は完結の予定です。
投稿の際は活動報告やTwitterでお知らせさせていただきます。
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