「憂鬱よ、さようなら」はこれが最終話となるのですが、8000字近くなってしまったため前編と後編に分けることとしました・・・・・・
それでは、最終話前編、どうぞ。
最後までお付き合いいただけたら、これほどうれしいことはありません!
夏場に早足で歩くのは実はなかなか大変なことで、さっきシャワーを浴びたところだというのにもう汗ばんでいることがわかる。その不快感と、穂乃果ちゃんの家に早く着きすぎてしまうということもあって、私は通り道の焼き菓子店に入った。店内はひんやりと冷たく、砂糖とバターの柔らかく甘い香りが満ちていた。どうして甘いものって、人を幸せにしてくれるのだろう。しばらく冷たさと芳香を堪能し、お菓子の詰め合わせをひとつ購入して店を後にした。
外に出ると温度差に愕然とし、店内に戻りたくなるがもうあまり時間がない。少し長居してしまったようだ。今度は意識的にゆっくりと歩き出す。穂乃果ちゃんの家に到着すると、いつものように彼女の母が迎えてくれた。白のシャツ上に緑のエプロンという出で立ちだ。
「あらことりちゃんいらっしゃい。もう海未ちゃんも来てるわよ。上がって上がって。」
にっこり笑って手招きをしている。そういう仕草はどことなく穂乃果ちゃんに似ているような気がする。
「こんにちは。お邪魔します。」
中へ入ると、穂乃果ちゃんと海未ちゃんは既に食卓についていた。今日は雪穂ちゃんはいないみたいだ。
「おはようことりちゃん!!座って座って!雪穂は朝から亜里沙ちゃんと一緒に図書館に行ってるんだって。」
もう12時だが、彼女にとっては起きてからまだ1時間くらいしか経っていないのだ。そういえば雪穂ちゃんたちは今年高校受験であり、頑張って二人で勉強しているのだろう。
「そうなんだ。それで、どうして穂乃果ちゃんご飯前にお団子食べてるの?」
食卓には彼女の母が用意してくれた焼きそばがあったが、彼女の前にはそれに加えてお団子の串が2本あった。
「だって朝食べてないからお腹へっちゃって・・・・・・えへへ。」
「やっぱり私が電話した時はまだ寝ていたのですね・・・・・・」と海未ちゃん。呆れたご様子。
「だってお母さんも雪穂も起こしてくんないんだもん!」穂乃果ちゃんはぷりぷり可愛く怒っている。
そこに、ちゃんと起こしたわよーと穂乃果ちゃんのお母さんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。ありがとうございます、と私と海未ちゃんが言うと、ゆっくりしてってね、と店先に戻っていった。
食事中はいつも通り他愛もない話に終始した。最近暑すぎるとか、数学が難しいとか、まだ宿題やってないとか、まったく穂乃果は、とか、そんなこと。
「そういえば、二人とも何かお話があったんじゃなかった?」
食べ終えてしまった後しばらく3人でテレビを見ていたところ、穂乃果ちゃんが唐突に言った。その通りだ。別に焼きそばにつられてここに来たわけではないのだ。おいしかったけれど。
「そうなの。私、今日の朝たまたま真姫ちゃんに会ったんだけど、作曲ですごく悩んでたみたいなの。」
「え?どこで真姫ちゃんに会ったの?」
「神田明神だよ。今は学校で作曲してると思う。」
穂乃果ちゃんは最後のお団子をほおばりながら目をまん丸くしている。
「じゃあこれからみんなで学校に行って、真姫ちゃんを応援するんだね!!」
「そうです。その能天気さを真姫に少し分けてあげてください。」ちょっと辛辣な海未ちゃん。
「ひどいよ海未ちゃん!私だって悩むことくらいあるもん!!」
「悩み事のある人間はそんなに寝られません!」
いつも通り2人が軽く揉めあい、いつも通り私はそれを見つめている。時々こんな2人がすごく羨ましく感じることがある。これは2人には内緒だけれど。
「それで、学校にはいつ頃行くのですか?」海未ちゃんが話を戻してくれた。
私としては、さっきお菓子も買ったしおやつがてらに3時頃かなと思っていたのだけど、
「すぐに行こう!早く真姫ちゃんに会いたいもん!」と穂乃果ちゃん。
「こういうときって、1人でいるのってよくないと思うもん。みんなに会えば、真姫ちゃんもきっと元気になるよ。」
こういうところが穂乃果ちゃんのいいところだと、心底そう思う。思いついたことをすぐににできて、それを実行しようとするところ。私にはすごく難しいことに感じられる。
「じゃあμ’sグループでそう伝えるね!」と穂乃果ちゃんがおもむろに携帯を取り出す。
「待って穂乃果ちゃん!それだと真姫ちゃんにも知られちゃうよ!」
慌てて穂乃果ちゃんの手を抑える。
あっ、そうだった、えへへと穂乃果ちゃん。
「まったくそそっかしいですね。」
海未ちゃんは目を伏せて溜息をつく素振りをみせているけれど、彼女だって本当は穂乃果ちゃんのこういうところが好きなのだ。
絵里ちゃんたち5人には3人で手分けして電話をすることにした。昼食後すぐだったので少し気が引けたけれど、みんなはどうやら穂乃果ちゃんならそうするだろうと思っていたらしく、すぐに来れるということだった。いつも一緒に過ごしているだけのことはある。1時半に校門の前に集合ということになり、ここを出るまでにはあと20分ほどの時間があった。
3人とも電話を終えて、テレビを見るともなくみていたところ、海未ちゃんがバッグから歌詞ノートを取り出した。ペラペラとノートをめくり、オレンジの付箋がついたページにたどり着く。そこには「僕らのLIVE 君とのLIFE」の歌詞が凛とした文字で書き連ねてある。
「私としては良い感しで歌詞が書けたと思うのですが、曲がつけにくいのでしょうか」
海未ちゃんは人差し指の腹で歌詞をなぞりながら少しうつむいて呟いた。その隣のページには使いたかったフレーズがいくつも並んでいるらしく、幾度となく消しゴムでこすった跡が散見される。
「真姫ちゃんもすごく良い詞だと思うっていってたよ。私もそう思う!」
それだけに真姫ちゃんは作曲に神経をすり減らしているのだが、これは言わないでおいた。
「そうだよ!!やっぱり海未ちゃん作詞の才能あるんだよ!私の思った通りだね~。」
ふふん、と鼻を鳴らし、穂乃果ちゃんは得意げに続く。
「最近は少し慣れてきたと思うのですが、最初の作詞はすごく苦労しましたよ。それでも素敵なものになったのは、やっぱり真姫が素敵な曲を付けてくれたからです。」
まるで自分に言い聞かせるように海未ちゃんは言った。放たれた言葉には、謙遜に見せかけた傲慢は微塵も感じ取れなかった。
すると穂乃果ちゃんが突然立ち上がって、
「そんなことない!海未ちゃんの作詞も真姫ちゃんの作曲もすごいよ!ことりちゃんの衣装も!ぜーんぶμ'sには必要だもん!!」
両手を広げてくるくる回りながら穂乃果ちゃんは続ける。
「早く真姫ちゃんのところに行こうよ!もしかしたら曲もできてるかもしれないし!」
「じゃあちょっと早いけど行こっか。みんなも早めに来てくれるかも。」
「その前に穂乃果は寝間着から制服に着替えてください。」
おおっ、そうだった!と穂乃果ちゃんが二階にぱたぱたと上がっていくのを見送ると、私と海未ちゃんは自然と顔を見合わせた。彼女ははあ、と肩をすくめて見せ、私は首を少し傾げてえへへ、と返す。まるで一種のルーティーンのようないつものやり取りだけれど、私はこれがすごく好きだ。たぶん、海未ちゃんも。
約束のおよそ5分前に音ノ木坂に到着すると、そこにはもう絵里ちゃんと希ちゃんがいてこちらに手を振っていた。その後すぐににこちゃんが現れ、しばらくすると凛ちゃんと花陽ちゃんが一緒にこちらに向かってくるのが見えた。凛ちゃんはどうしてか制服ではなくジャージを着ている。彼女は左手で花陽ちゃんの右手をつかみ、大胆なストライドでこちらに駆けてくる。花陽ちゃんはされるがままだ。
「間に合ったにゃー!!」
凛ちゃんは私たちの前で急ブレーキをかける。きらきらと汗の光る笑顔には疲弊の影は一切見られなかった。一方花陽ちゃんは両手を膝について苦しそうな様子だ。凛ちゃんのペースで一緒に走ってきたのだから無理もない。
「凛ちゃんなんでジャージきてるん?」
希ちゃんがおそらくみんなが抱いていた疑問を口にしてくれた。
「制服は洗濯しちゃったにゃ。」と凛ちゃん。
確かに、制服以外で学校に入れる服装はジャージだけかもしれない。
「皆揃ったことだし、そろそろ行きましょ。」
絵里ちゃんはいつものほんの少し鼻にかかった優しい声で言った。花陽ちゃんが回復するまで待ってあげていたのを私は見逃さなかった。
ラケットがテニスボールにヒットする音や、ザッザッという陸上部のランニングのリズムに紛れて、私たちは校舎に入った。体育館の近くではシューズのスキール音とボールが床に叩きつけられる音が聞こえた。とりわけ耳に残るのはビーッというタイマーの電子ブザー音だ。こうして部活動の声を聴いていると、この学校が廃校寸前の状態にあることをつい忘れてしまう。私たちがそれが現実になるのを防ぐことができたら、もっとこの学校は賑やかになるのだろうか。
「にしてもすぐに全員集まるなんて、あんたたち暇なのね。」
にこちゃんが言うと、穂乃果ちゃんがむっとなって応える。
「私だって予定くらいあるもん!!暇じゃないもん!」
「穂乃果は今日昼まで寝てたじゃないですか。」
「それはその、雪穂が起こしてくんないんだもん!!」
穂乃果ちゃんはさっきとおんなじ事を言っている。
「凛も今日はたくさん寝たにゃー。」
凛ちゃんは正直だ。
「あんたたち、もっと私みたいにアイドルとしての自覚を持ちなさいよ!」にこちゃんは人差し指を立てて振り回しつつ語気を強める。
「にこちゃんだってさっきすぐ電話出たくせにー!!暇なくせにいー!!」
「そうにゃそうにゃ!!バカにするなにゃ!!」
穂乃果ちゃんと凛ちゃんはシンクロしたみたく両腕を上に挙げてぷんすか怒っている。
「この3人はあいかわらずやんな。」
希ちゃんはこの光景を後ろから見て楽しんでいる。
「ちょっと3人とも。教室で勉強してる3年生もいるんだから静かに、ね。先輩のことも考えなさい。」
絵里ちゃんが優しくたしなめるが、私も3年生よ!とにこちゃんはますますご立腹の様子だ。
なるべく音をたてないようにそろそろと階段を上がっていき、私たちは音楽室のある3階へたどり着いた。
最終話前編、読んでくださりありがとうございました。
さてさて、あとは後編を残すのみになりました。
自分としては、お話としては綺麗に切り取ることができたと思います。
後編もぜひぜひよろしくお願いいたします!
それでは。