憂鬱よ、さようなら   作:ハルカナツキ

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こんにちは。ハルカナツキです。

「憂鬱よ、さようなら」これで完結です。
最初から読んでくださっている方々には本当に感謝しております!

それでは、ラストまでお付き合いください。


4:黄色の温もりの部屋 後編

 廊下を歩いて音楽室へ近づいていくと、ピアノが聞こえてきた。それは紡がれたメロディーというよりはむしろぶつ切りのフレーズというべきものだった。やはり曲はまだ未完成なのだ。数秒間音が聞こえるとピアノは止まり、その後類似したフレーズが再び数秒間流れてくる。彼女の10本の細い指は完璧を追い求めて鍵盤の上を旅している。間違った音の配列を奏でるたびに、それは彼女の心の行方を惑わせているみたいだ。

 

 

 私たちはしばらくの間、それ以上前に進めなくなっていた。みんな、真姫ちゃんが本当に真剣に作曲に取り組んでいてくれていると心の底から実感していた。彼女とて、いつもすんなり曲を完成させているわけではないのだ。彼女が私たちに完成品として提示してくれる曲の裏には採用されなかった無数のメロディーが眠っている。私たちはそれに気づくことはなかった。

 

 

 耳を澄ませていると、やがて長い沈黙が訪れた。

 

「みんな、行こう。」

 

 穂乃果ちゃんが真剣な顔でつぶやく。そのあと向日葵みたいないたずらな笑顔を作り、凛ちゃんと顔を見合わせ、二人で音楽室に突撃していく。

 

 ばたばたと走っていき、ドアを勢いよく開くと、2人は真姫ちゃんに飛びついていった。

 

「「真っ姫ちゃーーーん!!!」」

 

 

 真姫ちゃんは鍵盤から視線を上げて、目をまん丸くしたが、もう遅かった。穂乃果ちゃんは後ろから、凛ちゃんは右側から真姫ちゃんに抱き付いて離れない。

 

「真姫ちゃんお疲れ様~~みんなで遊びにきたよお~」

 

「真姫ちゃん頑張っててえらいにゃ~」

 

 穂乃果ちゃんは顎を真姫ちゃんの頭にのせ、凛ちゃんは頬を真姫ちゃんのそれにすり寄せている。

 

「ちょっ、ちょっと!!離れなさいよ!」

 

 真姫ちゃんが顔を真っ赤にして凛ちゃんの肩をぐいぐい押さえている。彼女の眼はすこし赤く充血していた。

 

 入り口でのぞいていた私たちも中へ入っていく。

 

「真姫、応援に来たわよ。お疲れ様。ちょっと休憩しましょ?」 絵里ちゃんはいつになくお姉さんぽい。

 

「3人とも仲良しさんやなあ。」

 

「にこにーも応援に来てあげたわよ。喜びなさい。」

 

「真姫ちゃん大丈夫?ことりちゃんがお菓子買ってきてくれたから一緒に食べよ?」

 

「真姫、お疲れ様です。たまには息抜きも必要ですよ。」

 

 みんなが次々に声をかけると、真姫ちゃんはこっちを向いて一瞬頬を緩ませたが、すぐさま恥ずかしそうに口を閉じてぷいっと横を向いてしまった。流し目で私の方を向いているのがわかったので、にこっと笑って見せ、差し入れのお菓子の袋を持ち上げてみせた。

 

「音楽室じゃ食べられないから部室行くよ真姫ちゃん!」

 

 そう言いながら穂乃果ちゃんは真姫ちゃんを後ろから羽交い絞めにし、ピアノから引きはがした。

 

「じ、自分で歩けるわよ!離しなさいよー!!」

 

じたばた手足を動かしつつも真姫ちゃんは穂乃果ちゃんのなすがままになっていた。

 

 部室に着くとみんなはそれぞれ定位置に座った。絵里ちゃんと希ちゃんが飲み物と紙コップを用意してくれていたらしく、各自自分の好きなものをコップについでいった。

 

「真姫ちゃんは何にする?」花陽ちゃんが黙ったままで座っている彼女に問いかける。

 

「じゃあ、紅茶にしようかしら・・・・・・」

 

 人差し指で毛先を弄びながら彼女は応えた。

 

 私は買ってきたお菓子をみんなに配っていった。さまざまなものが20個の詰め合わせで、1人に2つずつ配り終えると、残った2つは袋の中に隠しておいた。

 

「みんなジュースもった?それじゃあ乾杯!!」

 

 何に乾杯なのかは謎だけれど、そんなことは大切じゃない。みんなかんぱーいと声をそろえてコップを高く上げる。一口目だけそろえて飲むと、あとはみんな好きに雑談を始めた。

 

 にこちゃんと花陽ちゃんはいつもの様にコアなアイドル談義を展開していた。私はにこちゃんが部室に持ち込んだアイドル雑誌を希ちゃんと一緒に覗き、この衣装がかわいいとかこの子が可愛いとかそんな話をしていた。真姫ちゃんの方をちらり見ると、凛ちゃんの数学の宿題を手伝ってあげているようだ。これくらい自分で解きなさいよ、とか、やっぱり真姫ちゃん天才にゃーとか、そんな声が聞こえてくる。私たちの正面では、穂乃果ちゃんが絵里ちゃんと海未ちゃんにこれまた数学の宿題を教わっている。絵里ちゃんは口元に微笑をたたえているが、海未ちゃんは対照的に厳しい面持ちだ。宿題は自分の力でやるものです、一度は自分で解いたのですか、公式くらい暗記してください。そんなことを言いながら、彼女が目の端で真姫ちゃんの方を気にかけているのがよくわかった。

 

 海未ちゃんだけでなく、本当はみんなそうなのだ。今この場に全員がそろっていることが何よりの証拠だ。そしてみんなそんなことは態度に表わさないようにしている。触れることが怖いのではなく、触れないでおく方がよいとみんなは知っているのだ。正確には、直接は触れる必要がないことを、かもしれない。

 

 

 部室の空気はいつもの様に親密さに満ちていた。そこに、だんだんと赤さを増していく陽光が溶け出して、ぼうっと黄色く光っているような気さえする。ここは2種類の温もりがブレンドされた空間だった。

 

 

 突然、真姫ちゃんが椅子からすくっと立ち上がった。ガタッと割に大きな音がしたものだから、みんなで一斉にそちらを振り向く。彼女は少し息を吸い込んでこう言った。

 

「・・・・・・音楽室に行きましょ。ちょっと皆に聞いて欲しいの。」

 

 

 全員で音楽室に向かった。真姫ちゃんはピアノの前に腰を下ろし、鍵盤にそっと手を置いた。私たちは立ったままだ。彼女はすうっとゆっくりと呼吸をし、閉じられた目が開かれると、指が動き出した。それは実際には1分に満たない短いものだったが、不思議な奥行きのあるものだった。音の連なりはなぜかか人の心を動かすことができる。まだ単音を繋いだだけの彼女のピアノも、その例外ではなかった。

 

 

 音が鳴りやむと、私たちはパチパチと真姫ちゃんに拍手を送った。

 

「まだ全然完成してないけど、その、どうだったかしら。」

 

 彼女の指は鍵盤を離れると、すぐに緩やかにカーブする赤色をいじり始めた。

 

「もちろんすごく良かったよ!!たらら~んたらたったった~ん♫ってところがかっこいい!」

 

 穂乃果ちゃんは身を乗り出し、一緒に聞いてた私たちもよくわからないようなことを言う。

 

「さすが真姫ね。すぐにでも踊ってみたくなるような曲だったわ。ハラショーよ!」と絵里ちゃん。

 

「凛も早く踊ってみたいにゃー!!」

 

 凛ちゃんはぴょんと跳ねて絵里ちゃんの左腕に飛びついた。

 

 

 そんな風にみんな次々に感想を口にし始めると、校内アナウンスが入った。

 

「本日の教室利用は17時までです。あと30分で下校時刻ですので、忘れ物のないよう注意してください。」

 

 同じ内容が2回述べられた後、ぶつっと小さくマイクの落とされる音が聞こえた。いつの間にかもうそんな時間になっていたのだ。

 

「それじゃあそろそろ帰りましょ。また明日の朝、階段でトレーニングよ。」

 

 胸の前で両手を合わせて絵里ちゃんが言った。私たちは部室に戻って後片付けをし、校門まで一緒に歩いた。途中で希ちゃんが私の肩をたたいて、耳元でそっと囁いた。

 

「大丈夫そうやね、真姫ちゃん。」

 

 私は前を向いたままで、うん、と頷いた。ふふっとお互いに笑みをこぼした。

 

 

 既に17時近いとは言え、7月の太陽はまだしばらく引っ込む気は無いみたいだ。角度の浅くなった光は私たちの背中をとらえ、影を前に長く伸ばしている。

 

 

 校門前でいつものように挨拶を交わした後、二手に分かれてそれぞれの帰路につく。その後、すぐに私は真姫ちゃんに駆けより、残ったお菓子の袋を渡した。

 

「真姫ちゃん、これあげるね。家で食べて?」

 

 受けとった後、彼女はほんの数秒何か言うことを考えているようだった。

 

「あ、あの、ことり。今日は」

「じゃあまた明日ね。真姫ちゃん。」

 

 私は途中で遮って振り返り、帰る方向の同じ穂乃果ちゃんたちに追いついた。帰り道では適度な追い風が吹いていて、足取りが軽やかになった気がした。

 

 

 

 家に着いて手と顔を洗った後、二階へ上がっていき自室のベットに仰向けに倒れこんだ。いつもはすぐに制服から部屋着へ着替えてしまうのだが、今日はどうしてかそんな気分になれなかった。

 

 ふと、昼間見たあの奇妙な夢のことを思い出す。なんだか示唆的で、記憶に残る夢だった。あの少女は再び立ち上がり、歩き始めることができるのだろうか。あの道は再び広がりをみせてくれるのだろうか。

 

 

 

 短く携帯が鳴り、ゆっくり目が開く。どうやらまた少し眠っていたようだ。画面に目をやる。メッセージの差出人は真姫ちゃんだった。

 

<今日はありがとう。皆に送るのも恥ずかしいから、ことりにだけ。また明日。おやすみなさい。>

 

 微笑みは私の心の真ん中から湧き水の様に持ち上がってきた。ことりにだけ、かあ。本当は私は何も特別なことはしてないのに。

 

<お疲れ様。また明日ね。おやすみなさい。>

 

 返事を送信して立ち上がり、カーテンを開ける。さすがに外は薄暗くなっていて、消え入りそうな月の姿を見ることができた。風が強くなっていて、薄く細い雲はだんだんとお互いの距離を縮めていき、やがて重なって見えた。

 

 

 制服の背中はしわになってしまっているだろうが、そんなことは何故か気にならなかった。それよりも今は、この気分のままで眠りにつくことの方がよほど大事なことなのだ。目を閉じて、枕に頭をうずめる。その眠りは、夢を引き連れてはこなかった。あの少女も今は立ち止まって少し休むべき時なのだ。

 

 

 

 

 




最後までお付き合いありがとうございました。
初投稿ということもあり、20000字にも満たない短い話でしたが、完結させられてよかったです。


次回は何を書こうかと現在検討中ですが、次回作も是非読んでくださいね~

ハルカナツキでした!
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