翌朝。
「団長さ~ん」
耳元から聞える甘い声に重い目蓋を開けると、
「せ、セントポーリア!!」
俺の上に馬乗りになっている彼女。副団長の仕事の一つらしいのだが、出来ればやめてほしい。朝の生理現象が……。
「ん?」
無垢な笑みを浮かべながら小首を傾げるセントポーリア。可愛い。ようやくどいてくれた彼女は、部屋に備え付けられているクローゼットを開ける。
「お着替えの手伝いもしますね~」
「い、いやいや。一人で着替えられるから!」
なんとかセントポーリアを一度部屋から追い出し、支給された服に着替える。花騎士たちの服にも込められている魔法によって、劣化や汚れを寄せ付けない団長服らしい。白を基調とした軍服のような装いだ。姿見で確認してから、ドアを開けて執務室へと入る。
「紹介しますねぇ。マニュちゃんたちです~」
セントポーリアの白い指の先に浮かんでいる赤、青、黄、紫の妖精のような生き物。ゲームでは強化素材として存在したマニュだ。そんな彼らが長方形に陣を描くと、そこにホログラムのようにスクリーンが生まれた。
「マニュちゃんたちが陣を組むと、遠隔地との連絡や各種指示が出来るようになるんです。騎士団の編成なんかも、この画面から出来ますよぉ」
ゲームとの齟齬は彼らが解消するということなのか。ひょっとして、艦これなんかもこんな感じになっているのかな? それはさておき、
「なんと言うか、書類いらなくないか?」
「えっとですね、マニュちゃんにも種・蕾・花のランクがありまして、出来ることに制限があるんです。もちろん、団長さんのマニュちゃんは花ランクですけど、彼らにしか書類のやり取りが出来ません。なので、紙媒体もきちんと使われているんですよ~」
ふぅん。色々あるんだなぁ。
「末端まで行き届いている種マニュちゃんに出来るのは、マスターとなる花騎士のバイタル状態を団長さんに伝えることくらいなんです。蕾になると映像と音声で送れるので、各班に一組は蕾マニュちゃんが同行するんですよ~」
なるほど、それが戦闘時の画面としてここに映されるのか。進化竜の扱いはどうなっているんだろう?
「取り敢えず今日は害虫の被害報告もありませんしぃ、私もいる花組斬撃クラスの戦闘訓練を見学しに来てください」
そんな感じでセントポーリアに今日の予定を告げられる。これって、ナズナの仕事じゃないのかな?
「うん、分かった。何時ごろだ?」
この世界の時計はアナログではあるが、読み方は地球と同じだった。十一時半に行けばいいらしい。四時間目、だろうか。それまで何をしようか。そう考えていた時、コンコンと執務室のドアがノックされた。返事をしてから入室を促すと、昨日は見ることのなかった神妙な面持ちのナズナがやってきた。椅子に座るよう促すと、彼女はあのぉ、と前置きしてから話し始めた。
「昨晩の記憶がすっぽり抜けていて、気付けばベッドで……服装もひどくて。あげく、ひどく気分が悪いんです。あの、ひょっとして……団長さんと一線を越えてしまったのでしょうか。この気分の悪さはつわりなのでしょうか!?」
「んな訳あるかぁあああ!!! ただの呑み過ぎと二日酔いだ!!」
思っていた以上にナズナがポンコツで叫ばずにはいられなかった。
「そんな……私、二日酔いなんて初めてで……もう、そういうことなんですね」
……どうして二日酔いだけでそこまで落ち込むのか、いや待てよ。上司が加齢で酒に弱くなったと愚痴を零していた。つまり……こう見えてナズナって――
「団長さん、なにか失礼なことを考えていませんでしたか?」
「い、いや、なんでもない!」
知らぬ間に、彼女のポシェットから取り出された三本のナイフが俺の眼前にあった。……ゲームではずっと非戦闘員だった彼女だが、この殺気はヤバい。
「ん、んっと。そうだナズナ、聞きたいことがあるんだ。いいか?」
「誰かのプライバシーに関わるものでなければ」
「……書類に各花騎士候補のバストサイズまで載せたお前が何を言う?」
「いえいえ。あくまで私は団長さんが知っておくべき情報を詰めただけですよ。まぁ、それはさておきです。何を話せばよいのでしょうか?」
「俺がスプリングガーデンにいる理由だ。何故、俺が騎士団長として呼ばれたんだ?」
「そうですねぇ。あまり多くは語れませんが、各国の基盤となる世界花……その世界花のお告げ、でしょうか」
「そんなんでいいのか?」
神様的な存在によるお告げ、俺が最も信用ならないと思っている類だ。
「いいと思いますよ。千年前の惨劇を繰り返さないためにも、私たちをまとめる存在というのが必要でしたし」
「まとめる?」
「はい。ここの卒業生は各国に戻って貴族に仕えたり、そもそも貴族の方だったり、放浪の旅をしながら傭兵紛いのことをしたりと、そういう風に生きています。ですが、これからの時代、兵力を束ねて立ち向かわねばならない時が来るかもしれません。そこで、千年前のようにカリスマ性を備えた長が必要だったんです。とはいえ、スプリングガーデンの男性たちは、女性しかなれない花騎士に守られてきた存在です。どうにも、強気になれないのです」
「だから、外の世界から……ということか」
「物分りが早くて助かります。ただ、その早さを夜は控えてくださいね」
「うるせぇ! あぁ、もういい。悪かったな、二日酔いだってのに。下がっていいぞ」
「では、部屋で休ませてもらいます。失礼しました」
退室だけはきちんと済ませたナズナを見送り、腕を組んで考え込んでみる。俺が彼女たちの為に出来ることは何か。上司として、男として。取り敢えず、セントポーリアたちの授業を見に行くまでにするべきことは決まった。
「とは言っても……決めることは決まったが実際に何をすればいいんだ?」
ゲームでは贈り物をして好感度を上げていた。やはり贈り物は大事だと思う。とはいえ、物を大量に貰うというのはかえって迷惑だ。するとマニュたちが陣を組み、一つの画面を見せてくれた。
「こ、これは。好感度じゃないか。基本的にみんな50パーセントなんだ。セントポーリアとブルーロータスが高め。若干名低いのがいるけど、納得だな。へぇ。ゲームと違ってやっぱり俺の言動で好感度は変わるようだ。気にしておこう」
マニュたちは自ら声を発することはできないが、ホロ画面に文面を映せるようで、彼らとの意思疎通に困ることはない。あと、驚いたことに彼らが表示する画面の右上の端に時刻がデジタルで表記されているのだ。なんというタブレット感。
「そういえば!」
俺はあまりできなかったキャラクター毎のクエストで、団長とミントが組み手をしていた。俺自身、剣道は三段まで取得したが……花騎士候補生に指導できるかどうか、しかも彼女らの剣術は不思議なものだからなあ。取り敢えず、一度寝室に戻ってクローゼットとは別の棚を開ける。そこにあったのは、木製の武器だ。剣、槍、槌なんかがある。槌の先端部は木ではなく布っぽい。まぁ、訓練用の武器なのだから当然か。剣はさまざまな形状のものが複数本あり、ナイフ程度の長さから長刀サイズのものもあるし、先を丸くしたレイピアっぽいものもある。取り敢えず、シンプルな木刀を一振り取り出して、制服を脱いでから素振りを始める。身体的に強化されている訳ではないだろうが、心なしか振りやすい。手に馴染む感じがする。何らかの魔法がかけられているのだろうか。まぁ、なんだ。取り敢えず、彼女らのためにまずは自分を鍛える。当面の目標はこれに尽きるだろう。マニュたちに十一時になったら教えてくれと頼んで、ひたすらに剣を振った。少年心が疼いて他の武器も試してみたが、思った以上に自分が振り回されている感じがする。
「ぬ!? もうこんな時間か。シャワー浴びなきゃな」
よほど集中できたのか、マニュが時間を教えてくれるまでの時間が一瞬に思えた。俺は急いで執務室側の扉とは別にある扉を開ける。そこは洗面所になっていて、奥は浴室だ。どういう原理かは知らないが、やはり日本人たるもの風呂があると聞くと無性に嬉しくなる。シャワーや水道設備は日本と大差ない。女性の多い空間だ。体臭を気にかけるのは最低限のエチケットだ。好感度にも響いてくるだろうし。
「さてと、行くか!」
シャワーを浴び、服装も正した俺は執務室を出て、花騎士候補生の訓練場へ向かった。
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