川神院へ帰宅した天と百代。
「お帰りなさい、お姉様に天さんっ!」
満面の笑顔で両手を精一杯に広げる一子がお出迎えである。その愛らしくも無邪気な振る舞いに、普段はやや憂鬱そうな百代の相好はみるみる崩れ
「ただいまー、一子ー。いい子にしてたかー?」
左手で一子を抱き寄せ、右手でお日様の色と匂いのする赤い髪をワシャワシャとかき撫でる。
苦しいわー、お姉様ー!
と叫びながらも目をつぶり心地好さげにする一子。
美少女二人が抱き合い笑顔で慈しみあう姿は世界はまだまだ美しい可能性に満ち溢れていると見る者に感じさせるのだった。
「……」
「……」
それを見守る天と一子と一緒に出迎えに来ていた釈迦堂。
おもむろにお互いが向かい合い、両手を広げる釈迦堂と両腕を大鷲の様に広げ、突撃体制をとる天。
「釈迦堂殿ー!」
「天ー!」
ボクシャー
じゃれあう姉妹の横で、何故か互いの頬にクロスカウンターのストレートを叩き込みあう男が二人。
世界は暴力で成り立っていると思わせる酷い絵面だった。
「で、何で二人で玄関先に倒れてたんだネ?」
「百代と一子の仲の良さを見て釈迦堂殿との仲の良さも見せるべきかと思って……」
「男と抱き合うとか拒否反応しか出ねえよなぁ……」
介抱してくれたルー師範代の前で正座しながら、天と釈迦堂は世界はこんなはずじゃない事ばかりだと嘆くのだ。
「お姉様、アタシあの二人が何をしたいのかよく判らない時が多いわ」
「あの二人自身判ってないだろ。その場のノリとテンションで突き抜けるタイプだから」
「流石、お姉様!同類相憐れむ、って事ね!」
「……ちなみにそれ言ったの誰だ?」
「天さんと釈迦堂師範代よっ!」
一子の言葉に正座しながら凄い勢いで振り返る釈迦堂と天。
「ゲェッ!」
「た、他人には言うなと固く誓ったではないか一子ぉー!」
蛙が潰れた様な声を出す釈迦堂とブルータスお前もかとばかりに叫ぶ天。
そして、
「さあ、貴様の罪を数えるがいい」
顔に黒い影がかかり、瞳だけが赤く光るラスボス武神ご降臨である。
「うむ、一言だけだ百代」
「よかろう、聞いてやる」
「ラスボスというより血に狂ふ武神って感じだぞ?」
後日の釈迦堂曰く
「あの時のモモの正拳は威力だけなら免許皆伝だった」
ちなみに周りへの被害は天が開発した防御術によって防がれた。釈迦堂と天の犠牲によって……
「何で、俺まで服が破れてんだよ……」
「すまぬ釈迦堂殿。範囲攻撃は周りの人間の服も巻き込まれるのだ……」
「やっぱ天才だわ、お前」
仲良く半裸になる天と釈迦堂であった。
さて、実質的な被害は男二人の服だけなので着替えるだけで準備は万端。川神院の修行は今より始まる!
「じゃあ適当に感謝の正拳突き一万本な」
「やれるけどもうちょっとやる気出してくれ」
とある漫画を読みながら百代に指導する釈迦堂と
「シュワァ、シェアッ!」
「天さんの動きが見えないわ……」
「なるほど、修行内容も見えなければ何処でやっても同じという事ネ」
全身ブレた写真の様に高速で動きながら他流派の門内で堂々と鍛練に励む天。
川神院の師範代にすら目視出来ない速さで動く天がようやく止まり……
「ふうっ、ビリーズブートキャンプは疲れるな」
思っくそ鍛練内容を暴露していた。
「……一子相伝の暗殺拳って何なんだろうな」
「他人に教えなきゃラジオ体操も一子相伝の鍛練方法なんじゃね?ほれ、右によれてんぞ」
寝転がりながらもしっかり見ている釈迦堂と背中を煤けさせながら鍛練に励む百代であった。
夕飯前の間食として天の買ってきたコロッケを談笑しながらかじり、型を繰り返す川神院一同。
天もそこに加わり、南斗流の型と比較し組み手で検証し合う。
奥義ともなれば話は別だが、鉄心やサウザーも若かりし頃には組み手で互いの技術を競い合わせたという。
戦後の混乱とそこに生まれた闇、それに立ち向かう為の必然であったが、それが平和の世に人同士の交流に繋がってきた。
全てを己の目で見て、体で触れてきた鉄心の白い眉の下で光るものがあった事を知る者は居なかった。
夕食前に汗だけ流し、一同は席につく。
「むう、この漬物。ただ者ではないな」
鋭い眼光で右端の漬物の入った小皿に箸を向ける天。みなぎる闘気が周りの空気を歪ませ、天の体格が何倍にも膨れ上がった様に見える。
「何で夕飯相手に闘気を出すんだよ」
バリバリと漬物を噛みながら白米を掻き込む百代。
「おいしいわっ、焼き鮭が美味し過ぎるわっ!」
「もっとゆっくり噛んで食べるネ」
「ったく、夕飯の時まで忙(せわ)しねぇなぁ」
「ほっほっほ、よく食べよく動きよく考えよく遊ぶのが修行の秘訣よな」
犬の様に鮭に覆い被さりながら箸を動かす一子に丁寧な作法で食べるルー、釈迦堂は味噌汁をすすりながら呆れた様にしており、鉄心はゆっくりと晩酌の杯を重ねる。
会話こそ少ないが、川神院の夕飯の席は何ともゆったりした空気の中で進んでいくのだった。
夕飯も終わり、一時の談笑を経て川神院の修行は更に加熱していく。
組み手や体に負荷をかける鍛練の替わりに型を繰り返す時間が増える。
人間は寝ている間にその日の情報を脳が整理していると言われる。夢はその副産物とも言われている程だ。
型を繰り返し、その意味を理解し、体に馴染ませる。これが一番辛い。
型とかフォームとか言われる『効率的な体の動かしかた』とは、すなわち人間の自然な動きに則(のっと)った動作を無理矢理違う形に変える事を意味する。
歩く動作一つとっても、やや内股寄りにして、足先を内側に向けた方が運動効率が飛躍的に跳ね上がる。腹筋を締め、頭の先から背筋と踵を一直線にしたいわゆる良い姿勢の方が体の可動領域が増える。
そんな、普通ではない体の動かしかたが武術の型であり極意なのである。
だから、
「帝王に構えは無いのだ!」
見事な仁王立ちを決める天も辛く苦しい修行の果てに会得した型を繰り返すのだ。多分、趣味ではない。
「帝王に……」
「なあ、天」
「何だ百代」
「その構えするのにその掛け声は必要なのか?」
正拳突きの型を一子と繰り返していた百代が悲しそうな表情で天に聞く。一番近くに居たので特に被害が大きいのだ。
「あうー、耳がキーンとするわー」
隣で一子が耳を押さえながら目を×(ばってん)にしている。
「まあ、声は出さなくても可能だぞ」
「そうか、近所迷惑だから声出さずにやれ」
「了解した」
そして再び型稽古に戻るのだが、
「……(バッ!、ドヤァ)」
「……(サッ!、ニタァ)」
「……(ザッ!、ヌフゥ)」
「ごめん、やっぱ声出していいや」
「そうか?後、百回はする予定だが」
「構える度にドヤ顔したりニヤニヤ笑うのがキモい、後こっち見んな」
「天さん、顔が怖いわ」
涙目の一子とゲンナリする百代であった。
夜の修行も終わり、大浴場でゆったりと湯に浸かる百代と一子。
夜通しの荒行などもあるが、年に数度だけで川神院は基本的に早寝早起きである。
「あ~、疲れがとれるな~」
「はふ~……」
お互いに肩を寄せ合い、頭を預け合いながら目を閉じる姉妹二人。
そんな大浴場の外では、
「食らうがいい!必殺十字極星サーブ!!」
「だが甘いネ!カットサイドカウンターヨ!!」
「抉れやぁ!リングホロウショット!!」
「まだまだじゃ、毘沙門スマッシュ!!」
「ヒュー、見ろよ。ピンポン玉が弾丸みたいだぜっ!」
「やはり師範代レベルになるには自らの体だけでなく外部にも気を伝播させなければならない、か」
「しかもラケットにも気をまとわせ、ピンポン玉を砕けぬ様に変形させぬ様に打つ度にお互いに気を込め直しているぞ」
「真、恐るべしは南斗の将星の才よ。あの歳にしてあの技術を会得しているとわ……」
「ううむ、このような気の修行方法があるとわ……」
マジ顔で実況なんだか解説なんだかしている川神院の内弟子達の後ろで、百代と一子が牛乳を並んで一気飲みしているのだった。
「プハー、この一杯がたまらんなっ!」
「お姉様みたいに、ないすばでーになりますようにっ!」
「るおおおおっ!フハハハハハ、勝利の二文字は帝王にこそ相応しい!!フハハハハハ!」
「速さでは勝っていたネ……卓球道はまだまだ奥深いと言う事カ……」
「しゃあああああ、ジジィ破れたりっ!」
「くうっ、儂も老いたか……だが次はないぞいっ!」
「フハハハハハ、負け老いぼれの遠吠えが聞こえるぞっ、釈迦堂殿!」
「全くだ、年寄りは縁側で介護されとけばいいのになぁ!」
肩を組んで高笑いをする天と釈迦堂が毘沙門天に吹き飛ばされ、半裸になる一秒前の事であった。
天と釈迦堂の貴重な犠牲により川神院にすきま風が発生する事は無く、各々が床につく頃。
「もう、寝るか」
両手を上に挙げ、伸びをする百代。
「ふわー、お休みなさいお姉様、天さん」
眠たげにアクビをする一子
「うむ、今日もよき日であった」
頬杖をつきながら片目をつむる天
各々が自室に戻る中で、それぞれの明日を夢見る。
「明日もゆーおうまいしん、頑張るわ」
「明日も制圧前進、我が道に迷いなし」
二人に迷いは無い。
「明日こそは……」
一人はまだ見定められぬ己を見つけ出す為に。
川神市は静かに眠りにつくのだった。
釈迦堂が誰だこれ、状態に。
悪役顔同士で仲が良いのでしょう。
大浴場とか卓球の道具などが原作であるかは不明、この作品の創作です。
夕飯とかも魚食っていいのか、とかありますが、他の人は精進料理とかで脳内補完でよいかと。
次回は本編無し。
北斗の拳のゲームや北斗の拳キャラの解説などが入ります。
ネット用語やネタの解説などもあるので、これが判らない、などあれば活動報告に専用の場所を作るのでそこに書き込んで貰えれば順次追加していきます。