運動の秋は終わりを告げた。
南斗天と川神百代の足に生涯忘れ得ぬ小石と砂利が脛(すね)に食い込む武術家も涙目になる痛みを残して……
「もう、短距離走で他の選手を吹き飛ばしたりしないよっ!」
川神百代は反省してるのか微妙な元気一杯な姿でそうコメントした。
そして、
「フハハハハ、いらっしゃいませー!」
筋肉ムキムキの天がエプロン姿で笑顔を振り撒いていた。
「意外と悪くないな」
「ウソぉっ!!」
芸術の秋、文化祭到来!
川神中学において夏休み明けに運動会、間髪入れずに文化祭という流れは例年通りのタイムスケジュールである。
夏休み明けに鈍(なま)った体に渇を入れ、勉強に身を入れる為に愛校心を育(はぐく)む為に全体一致の精神で文化祭を行う。
夏休み明けの全国一斉テストは散々だが、冬休み前には驚異的な偏差値の向上が認められる川神中学ならではのイベント編制である。
運動会での興奮冷めやらぬ文化祭は生徒達の意欲も高く、フリーマーケットやお決まりの展示会でお茶を濁す部活動やクラスの出店は一つも無く、様々な趣向を凝らし、最早奇抜の域に突き抜けた出店が目白押しなのも特徴であった。
天と百代の所属するクラスもその例に漏れず、男子は半袖Yシャツにジーンズとエプロン。女子はヘソ出し短パンの軽装という健康的な爽やか軽食喫茶店で出店をすると相成(あいな)った。
最初は執事服やらメイドさんやらあったが、動きやすさや見た目のイメージ統一をはかり、爽やかさを前面に押し出す戦略に決まったのである。
そんな中、個性を出すために自前のエプロンを持ち寄った結果、筋肉モリモリの劇画顔にピチピチの半袖Yシャツ、ミッシリと筋肉の詰まった逞しいジーンズ、猫の愛らしいアップリケをあしらったエプロン姿の南北斗鳳凰拳伝承者が誕生したのである。
「いや、頼り甲斐のある酒場の親父みたいな感じでワンチャン……」
「どう見ても荒くれ酒場の暴君だろう……」
ノンアルコールワインを手慣れた仕草でテイスティングし、キュッと一息に飲み干す天。味が気に入ったらしく、映画の最初にマフィアのボスが浮かべる様な悪役感タップリの笑顔を披露していた。
「まあ、天さんは小さい子にトラウマ与えかねんから、接客は無しだけどな」
「なにィっ!」
驚きに振り返った天がバランスを崩して膝から崩れ落ちるのだった。
テッテレー
時は過ぎ、文化祭当日。
「わー、川神中学は派手だねー」
蒼く長い髪をなびかせて板垣辰子がニコニコしながら出店を見回していた。目線を動かす度にポヨポヨ揺れる双丘に川神中学の男子の視線は上下に動く。
「やべぇ、何だあの母性は……」
「川神中学ランキング二大巨頭の揚羽さんと百代ちゃんを上回る、だと!?」
「はぐれんじゃないよ、師匠達から何かあったら地獄の特訓するって脅されてんだからねっ!」
ギラリと眼光鋭く板垣亜巳が目を光らせる。
化粧こそ薄いが、切れ長の目と近づくもの全てを切り裂く様な近づき難い雰囲気があった。
「スジ者のお姉様が何故、中学の文化祭に……」
「姉妹にしちゃ似て……似て……母性は姉妹だな」
「おぃ、竜兵。あれ、何かな?」
「……俺に聞くなよ。亜巳ねぇにでも聞いとけ」
ピンク色のツインテールを跳ね上げながら、チョロチョロとあっちこっちに動き回る板垣天使をTシャツとジーンズのみのいかにも不良でございますといった格好の板垣竜兵が面倒くさげに目を細くする。
「あの集団レベル高過ぎだろう。天使かあの娘(こ)は」
「むぅぅ、百代ちゃんの妹の一子ちゃんにも劣らぬ無邪気な笑顔……いいねっ!」
「うーむ、あのゴッツい兄ちゃんがいなきゃ声をかけるんだけどなー」
何やら注目を集める板垣姉弟達がゾロゾロと進む先には
「ぬぇい、南斗回転生地回し!」
「す、すげぇ!回転が見えない!電動ノコみたいな音までしてるぜ!!」
「フハハハハ、いつもより多く回しておりまーす!」
教室の前でピザの実演調理をする南斗天の姿があった。
「あ、久しぶりー」
「む、誰だ?」
辰子がかけた声に顔を向ける天。
「あ、天さん。余所見すると……」
チュイン!
小麦粉から作られたとは思えない音を立てて、ピザ生地が竜兵を襲う。
「はっ?」
瞬間、首を傾げた竜兵の頬を切り裂き、後ろのコンクリートの壁すら切り裂き、半ばまで埋まりながら回転を止めるピザ生地。
竜兵の頬がザックリと裂けて、血が一筋流れ落ちた。
………………
「四名様、いらっしゃいませー!」
「ごまかせるかー!!」
いつもの三白眼過ぎ口だけ笑って目が笑っていない笑顔で元気に接客する天に竜兵の怒りの拳が突き刺さるのだった。
何やかんやで、天と百代のクラスが出店している喫茶店に入り、テーブルに座る板垣姉弟。
「フハハハハ、我のおごりだ。存分に食らい尽くすがいい!」
お冷やを出しながらメニューを配る天に竜兵はジト目で応える。
「天君、オススメはー?」
早速、メニューに目を通し始める亜巳と天使と対称的に竜兵は面倒くさげに椅子にもたれ、辰子はテーブルに突っ伏しながら天に顔を向ける。
「……ピザとか?」
「殺しかけた本人を前に、あの殺人ピザを食わそうとするお前がスゲェよ……」
しれっ、とする天に竜兵が深い溜め息をつく。
「あ、そうそう。そう言えば前から言おうと思ってたんだけど」
首を突っ込む様にメニュー表を覗き込んでいた天使が天に顔を向ける。
そして、背中に手を回しスルスルとゴルフクラブを引き出す。
(明らかに背丈より長いような……)
そんな周りの視線を受けながら、天使はゴルフクラブを横に振りかぶり……
「ウチと名前被ってるじゃねぇか!このドサンピンがー!!」
野球のバッドを振る様に天へと殺人スイングをぶちかます!
「危ない」
ヒョイとばかりにゴルフクラブを片手でつまみ、何事も無かった様に前菜のサラダをテーブルに並べる天。
天使は天にゴルフクラブを持たせたまま、姉達と共にサラダに手をつける。
「あ、このドレッシング旨いな」
「全然足りねぇぞ」
「馬鹿だね。この後にメインが来るんだよ。黙って食いな」
「うー、眠くなってきたよー…」
「フハハハハ、この後はピザとノンアルコールワインとコーンスープを出すからな。楽しみにしているがいい!」
和気藹々とする雰囲気に天が片手で持つゴルフクラブのシュールさが際立つ。
(ねぇ、あれってツッコミ入れた方がいいんじゃ……)
(入れるべきだが、どこからツッコむべきか。名前被りのとこか、ゴルフクラブを出したとこか、天さんがアッサリ止めたとこか)
(仲がいいんだか悪いんだか判断しづらいなぁ)
手を出したいが出せないもどかしい空気が蔓延する教室とうって変わって調理室では。
「百ちゃん、八番席オーダー完了。セットはこれでお願いね!」
「こっちも完了。教室に持って行ってくれっ!」
「ほいさっ、任せとけぃ!」
次々と出来上がる料理を川神百代が教室へと運んでいた。
教室から入ったオーダーを携帯を介して調理室で受け取り、熱々の料理を超人的な速さで百代が教室に運ぶ。
他の出店では真似出来ない本格的な料理と出来たてでの提供を可能とした完璧なシステムは意外にも天が考案したものである。
「我が運べば正に出来たてホヤホヤよ!」
フハハハハ、と高笑いと共に満面の笑みを浮かべるウザいドヤ顔の残像を残しながら料理を運ぶ天の姿は都市伝説のターボばばあを彷彿(ほうふつ)とさせ、高笑いの騒音被害も含めて速攻で禁止された。
後釜として百代が運ぶ事で落着し、百代が持て囃される横で天は地面に片膝をつきながら「無念っ!」と、悲嘆に体を震わせていた。
ヘソだし短パンの黒髪美少女が高速で料理を運ぶのは、一種の大道芸染みた面白味もあって昼を少し回った所で材料も尽き、苦渋の選択として近隣の店を天に買い出しして貰った分も無くなった。ちなみにやはり近隣から犬猫が吠えて五月蝿いとか、子供が泣き止まないとかの苦情が殺到して百代と板垣姉弟から天にフルボッコという名のお仕置きがあったが、皆が目を離した隙に体力満タンで復活しているのが聖帝クオリティー。
ジョインジョインセイテェー。
「フハハハハ、久方ぶりに会った友人と親交を深める機会に恵まれるとはなぁ、日頃の行いが良過ぎるのも考えものだなぁ!!」
「なぁ、百代さんよ。こいつのウザさはどうにかならんのか?」
竜兵が辟易(へきえき)した顔で天を親指で示す。その先には自分の話題が出た事に食い付く、三白眼過ぎて目だけ笑っていない様に見える満面のドヤ顔笑みを浮かべる天の姿が!
「……凄く残念だけど、川神院の総力を持ってしても、どうにもならなかったんだよ……本当にどうにも……」
一気に三十歳位老け込んだ顔で涙まで浮かべる百代。板垣姉弟全員で百代に謝る位に疲れきった顔であった。「ま、まあそれはともかく!」
涙をぬぐい、気を取り直して辰子に向き直る百代。
「しばらく見ない間に腕を上げたみたいじゃないか辰子」
百代から見た辰子の気配は以前の散漫とした撒き散らすものではなく、大きい湖を思わせるゆったりとしながら深く沈む底が知れない器の深さをかんじさせた。
「うん、ラオー様は厳しいけどやさしーよ」
「え、マジで?」
辰子と百代が声のした方を見ると、わざとらしく顔をあさっての方向に向けて口笛を吹く天の姿が。ちなみに口笛は吹けてないので、ヒューヒューと陸に打ち上げられた魚の様に息を吸って吐いているだけである。
その頭をガシリと両側から掴み、ゴキリと音を立てて辰子と百代が両側から天の目前に顔を寄せる。
「今の発言は何かなー、北斗神拳に弟子入りを薦めた南斗天くんー?」
「ちょっと顔貸せよ、なあ天」
二人の美少女にキスしちゃう位に顔を寄せられる天はもう目が泳ぎまくりの冷や汗ダラダラである。
両側から掴まれた頭がミシミシと軋んでいく、正に「あべしっ!!」五秒前。天の明日はどっちだ。
千尋の谷に落としたら弟片手に登ってきた。
生きる伝説ラオウの逸話は数知れないが、最初から色々クライマックスなのは有名である。
「まず間違いなく天下を取れる位には弟子を厳しく育てると思っていた」
百代と辰子と言う豪腕タッグに吹き飛ばされ、ねじ伏せられて地面に伸びている天の辞世の台詞となった。
「まだだ、まだ終わらんぞっ!」
ジョインジョインセイ……
「もうそれはいいから」
軽やかに百代に殴り飛ばされて聖帝は二度空を舞う。
「ラオー様は私が『ラオー様みたいにムキムキになった方がいいでしょうか?』って言ったら……」
ラオウ、二メートルオーバーのムキムキ世紀末モヒカンが女装しているのを想像する。
「そのままのうぬでいろっ!!」
「って、言ってくれたよ?」
のほほん、と何処か嬉しそうに言う辰子に天と百代が顔を寄せ合って小声で言葉を交わす。
「ラオウさんがどんな人かあまり知らんが、少し天然入ってるのはよく判った」
「というか、ラオウ殿は何故女装したヒャッハー野郎を想像したんだ。トラウマでもあったのか」
「あー、私も似た様なのあったなぁ」
亜巳も頭をかきながら、辰子の言葉に頷く。
(今ので結構、お腹一杯なんだが……)
(たまに会った同門ではないが、同じ世界に身を置く同志の日常をよく知るいい機会……と、思っておくのだ百代)
二人の思惑を知ってか知らずか亜巳が語るに……
「トキ先生、秘孔の突き方はこうでしょうか?」
「うむ、位置は良いが突き方が甘いな、こうだ!」
「うわらばっ!」
「うん、間違ったかな?」
「まあ、すぐ治してたから大事なかったけどねぇ」
完璧に見えるけど意外と隙があって親しみ易いよ、と亜巳は普段の鋭い雰囲気を裏切る柔らかな笑みを浮かべている。
(……完全に別人な件について)
(それ、言った方が良いんじゃないか?)
(多分、外せない用事があるが弟子の修行も怠れない、とか思い詰めて代役を頼んだんだろう。トキ殿は真面目だからな)
(真面目という単語の意味が私の中で完全に書き変わったぞ今)
うむむ、と唸る百代と天の横で
「ああ、そういやぁジャギ師匠も……」
「俺もジャギ師匠が……」
天使と竜兵の上げた言葉に百代と天の顔が盛大にひきつるのだった。
文化祭前半終了!
後半を待て!!
ジャギ様の小噺(こばなし)はまたいつか。
後半戦はラブくしたいが、コメディだけでいいかな(脱力)
文化祭、バンド、イチゴ味。うっ、頭が痛い。