真剣で帝王に恋しなさい(イチゴ味)   作:yua

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多分なシリアスとラブ臭を含みます。
殴り用の壁もしくは人形を用意する事をお勧めします。


08帝王文化・後半戦

「むっ、そろそろバンドライヴが始まる時間か」

 

時計に目をやる天に百代も

 

「おっ、もうそんな時間なのか。辰子達も一緒に見ないか?」

 

体育館に足を向けながら言う百代に

 

「学校に来る位だからドマイナーなんだろうねぇ」

 

「あんまり騒がしくないのがいいなぁ、ふわー」

 

チクリとキツい亜巳に欠伸をする辰子。

 

「ウチはヘビメタとか聴いてみたいなー。ギュイーン、ワーオ!って感じの!!」

 

「退屈なら出ればいいしな」

 

結構ノリノリな天使と竜兵。

 

「うむ、まあ会場の雰囲気にノッて楽しむのもマナーと言うものよな」

 

「高笑いするなよ」

 

「む、うむむ。善処しよう」

 

ギリリと尻を百代につねられながら天達は体育館に移動するのだった。

 

 

『さあ、今日来てくれたのはー……南斗de5menの皆さんだー!!』

 

体育館に設置されたステージ上で舞い翔ぶのは何処かで見た様な知り合いっぽい人達でした。

 

「なあ、天。あれってお前の……」

 

何処と無く気まずそうに天をチラ見する百代に天は

 

「なあ、百代よ。我はさっき言ったよな」

 

「えっ?」

 

「会場の雰囲気にノッて楽しむのがマナー、だと」

 

百代の方に顔を向けず体を震わせる天の強がりに百代は

 

「ああ、そうだな」

 

今日は精一杯天と楽しんでやろう、と決意したのだった。

 

「フハハハハ、愚民共よ!ノッているかー!!」 

 

『イエーッ!!』

 

「フハハハハ、イエーッ!!」

 

「イエーッ!!」

 

「何か天も百代も異様にノリノリじゃないかい?」

 

「仲良しさんだねー」

 

「イエーッ、フーッ!!」

 

「イエーッ、イエーッ!!」

 

板垣姉弟もノリノリで楽しんでいました。

 

「所でさ、天」

 

「ぬ、何だ百代よ」

 

「これってライヴだよな」

 

「うむ、そう聞いている」

 

「さっきから曲は流れてるけど、明らかに女性の声だよな」

 

「うむ、そしてこの南斗de5menに女性はいない」

 

「楽器もサックスを力一杯吹くだけだったりな」

 

「うむ、基本飛んで跳ねて石持ったりバイク乗ったりだな」

 

「……」

 

「……」

 

「フハハハハ、イエーッ!」

 

「イエーッ!!」

 

「ノリノリだねー、二人とも」

 

「何かヤケクソっぽくなってないかい?」

 

「イエーッ!ゴッスゾ、ゴラァ!イエーッ!」

 

「イエーッ!イエーッ!」

 

力一杯ノリノリで楽しみました。

 

ライヴも終わり、文化祭も終盤。

校庭で焚かれるキャンプファイアーに仮面の男がガソリンをぶっかけ、何故か屋上まで跳躍して火を投げ入れて去っていった。

 

「何かジャギ師匠みたいな事する奴も居るもんだなー」

 

「全くだ。世の中広いぜ」

 

天使と竜兵のノホホンとした反応を

 

(本人だな)

 

(前回、話に出れなかったからな)

 

百代と天は深く詮索する事無く、スルーした。

 

「百代、ちょいと天を借りるよ」

 

亜巳が腰に手を当て斜に構えながら

 

「フハハハハ!ホッ、ハッ!」

 

何故かマジ顔でファイアーダンスを披露している天を親指で示す。

 

「ああ、別に……何でわざわざ私に断りを入れるんだよ」

 

訝(いぶか)しげに首をひねる百代。

 

「だってアンタは天の面倒役だろう?」

 

面白そうにクックッ、と小さく笑う亜巳。

 

「そんな役目はゴメンだね。私はさっさとアイツをぶっ倒して武者修行の旅に出たいんだからな!」

 

鼻息も荒く火が手に燃え移り、凄い風切り音を立てて手を振り回して火を消している天を睨む。

亜巳は更に笑い深め、百代の耳元に口を寄せる。

 

「素直にならないと伝わらない事もあるんだよ」

 

耳をくすぐる熱い吐息に身を震わせ、百代は驚いた顔で亜巳を見る。

亜巳の顔はもう笑っていない。

百代から、同じ女から見ても整い過ぎていて冷たさを感じる美しさがキャンプファイアーの火に彩られ、強い陰影を描く中に自分にはない『大人』の色気が強く、強く百代に刻みつけられた気がした。

 

「じゃあ、天は『貰って』いくね」

 

貰って、と言う言葉に百代は胸の奥にチクリとした痛みを感じた気がした。だけど、それがどんな意味を持っているのか百代にはよく分からなかった。

ただ、キャンプファイアーの横で天に柔らかな笑みで話しかける亜巳と、それに親しみのこもった笑顔で応える天を見るとどうしようもなく、胸が締め付けられるのだった。

 

 

「天、今いいかい?」

 

片手を挙げながら声をかけてきた亜巳に天は振り返る。

 

「亜巳か、構わんぞ。ショーも終わった所だ」

 

「えらく焦げ臭いけどね」

 

笑う亜巳に天は焦げた跡のついた片手を振る。

 

「ふん、薄皮一枚軽くなった程度よ」

 

強がりではなく、本当にそう思っているのだろう。

キャンプファイアーを見る天の横顔は自信と自尊に溢れた真っ直ぐな目をしていた。

 

(うーん、やっぱり好みの顔じゃないねぇ)

 

中学生とは思えない風格の有りすぎる劇画顔。野太く力強い声に、鍛え上げられた肉体。

それはそれで男らしい特長だが、亜巳が異性として好ましいかと言うとまた別の話である。だが、

 

「ねぇ、天。私はあんたに感謝しているんだ」

 

「むっ?」

 

天の隣に立ち、一緒にキャンプファイアーを見ながら亜巳は話しかける。天は少し驚いた様に亜巳へと顔を向けた。

 

「あんたと会った時はもう家に何も無くてね。金も食い物も、親も……これからどうするか、って希望もさ」

 

視線をキャンプファイアーに戻し、天は亜巳の話を静かに聴いている。

 

「だから妹達を連れて家を出たけど、どうしようかなんて何も考えられなくて……あのチンピラ共に絡まれた時はもう『奪うしかないんだな』って思ってた」

 

それは、天性の暴力があった故の結論。

何も無い自分が妹達を養うには、持っている他人から力付くで奪うしかないという最も簡単で、最も選んではいけない手段。

それまで理性で押し止めていた亜巳を後押ししたのは、幼い妹達を守るという意志。

両親の暴力から、世間の冷たい目から、そして妹達の将来が健やかである為に嵌めていた理性のタガが外れた瞬間に、その男は現れた。

どう見ても悪人顔で服のセンスも最悪で、性格は傲岸不遜で高笑いも五月蝿い亜巳の好みとは全く違う年下の男の子。

自分も年上に見られるが、そんなレベルを超越した南斗天という男の子はあっさりと自分の苦境を救ってしまった。本人は道端の小石を拾った程度の反応しかしてないが、亜巳にとっては自分と妹達の未来を救いあげてくれたヒーローだった。

 

「だからさ、有り難う。天のお陰で私は今、お天道(てんと)さんに顔向け出来て、真っ直ぐに立って歩けるからさ……本当に有り難うございました」

 

天の正面から頭を下げる亜巳に天は小さく頷き、

 

「愚民を真っ当な道に導くのも帝王の義務だからな」

 

呟く様に言った天を見上げる亜巳。

天は顔を背け、耳まで真っ赤にしていた。

照れているのか、この『男の子』は。

傲岸不遜で自信家で出来ない事など無いと言わんばかりの生きざまを見せるこの南斗天という男が、亜巳には今はしっかりと中学一年生の年下の男の子に見えていた。

 

「天、ちゃんとこっちを見ておくれよ。お礼のしがいが無いじゃあないか」

 

口の端を意地悪く歪ませて亜巳は天の顔をこちらに向かそうと両手で天の顔を挟む。

 

「いや、礼はしっかり受け取った。問題ない」

 

「それじゃ、私の気が済まないのさ。ほら、こっち向きな!」

 

腕組みをし、亜巳から逃げる様に上半身を反らす天に抱きつく様に身を寄せる亜巳は笑っていた。

無邪気で清らかな可愛い笑顔を少しだけ横目で見て、天は更に顔を熱くするのだった。

 

 

亜巳の魔の手から逃れた天は人影の少ない校舎裏で竜兵から缶コーヒーを渡され、石段に腰を降ろしていた。

 

「……苦ぇな」

 

「次からは砂糖とミルクたっぷりにするんだな。無論、我のもな」

 

「おごるのは今回限りだ」

 

お互いに顔を向けず、缶コーヒーを一すすりして苦味に顔をしかめる。

 

「……なあ、天さんよ。あんた位に強くなるには何年ぐらいかかるもんなんかね」

 

竜兵が何気ない風にそう言った。

だが、そこに込められた感情は生なかなものではない。同じ男だから、同じ道を志すからこそ天にはその言葉に込められた必死の感情がよく理解出来た。

 

「良き師に恵まれ、良き強敵(とも)に出逢い、良き死闘にて生き残れれば丁度、十年ほどよ」

 

グビリ、と缶コーヒーを飲み干し竜兵は

 

「長ぇな、長過ぎるぜ天さんよ」

 

缶を握り潰した。

 

「なに、夢中になれば光の矢の如くよ。少なくとも我は長過ぎるとも短すぎるとも思っていない」

 

「それは……」

 

既に持っているものの余裕ではないか。

そう、言おうとして竜兵は天の顔を見て言葉を飲み込んだ。

寂寥。

そんな一文字が最も相応しい顔だった。

南斗鳳凰拳の師弟愛は他流派でも知られる程に親密である。

オウガイ、サウザー、天。

この三代は特にそれが顕著であった、と言われている。

サウザーと天は生まれ持っての才能が歴代でも一、二を争うと言われ共に幼少から世に出た。

傲岸不遜な彼等の振る舞いは勘違いされ易いが、何よりも愛深く、誰よりも愛に生きるが故に帝王として誰よりも高見にあり、それ故に特別な誰かを作る事は無い。無慈悲に残酷に他者に平等に傲岸不遜に振る舞うのが、この不器用な師弟の南斗鳳凰拳を継ぐ者の悪癖なのだ。

同じく不器用な男に過ぎない竜兵はだから、

 

「ヒョウ!」

 

潰した空き缶を空に投げ、手刀で八つに分割して見せる。

 

「それは……」

 

驚きに目を見開く天に竜兵は見下した笑みを見せつける。

 

「北斗と南斗、両方学べば半分位で追い付けるな」

 

何とも傲岸不遜、天をも恐れぬ傲慢無謀な言い様。

一つの流派すら人生を懸けて会得するそれを同時に身につけ、追い付くと言ってみせる若さ。だが、それがそれこそが

 

「フハハハハ、よかろう。竜兵、さっさと我の境地にまで来るがいい。そこで更なる境地がある事をその身に刻み付けてやろう!」

 

帝王の身を熱くたぎらせる。

共に拳を交わし、語り合うその時を渇望し、期待するのが心を熱くざわめかせる。

 

「くはっ、そん時は俺の拳で地面の味を知る時だぜっ!」

 

不器用な男が不器用な男の寂しさを忘れさせる、せめてもの強がりと決意。

それが自分と家族の人生を救ってくれた男への最上級の礼になると信じて、男は決意するのだった。

 

 

「おうっ、天。何処行ってやがったんだよっ!」

 

竜兵とキャンプファイアーの燃え盛る校庭に戻れば板垣天使(エンジェル)が走り寄ってきた。竜兵は手を軽く振りながら離れていく。

 

「フハハハハ、男同士の語らいだ」

 

あーん、と下から睨み上げ天使はうろんげな表情になる。あの口より先に手が出る竜兵に話す言葉があるのだろうか。

 

「いや、そんな事ぁどうでもいいんだよっ!」

 

考えるのを止めて左手を腰に当て、右手で天を指差す。

 

「ウチと名前被りしてるってのが解決してないんだっ!天が名前変えるまでウチは帰らないからなっ!!」

 

天使はエンジェルと言う自分の名前が気に入っておらず、身内にすら天(てん)と呼ばせている。南斗天と居るとどちらが呼ばれたか判らない事も有り得るので気に入らないのだろう。しかし、

 

「……我と居る時は天ちゃんと呼ばれているではないか」 

 

南斗天はその外見と同世代とは一周りどころか十周りも違う風格から、さん付けされる事が多い。間違っても天使の様に天ちゃんと呼ばれた事は一度もなかった。

 

「ーーーっ!!それでもウチが気に入らないんだよっ!」

 

姉達と違い、童顔で体つきも幼いせいで年下扱いされる天使にとっては天の周りから一目も二目も置かれる扱いもまた、自分のコンプレックスを刺激する一如(いちにょ)になっている。

言ってしまえば、子供特有の八つ当たりで癇癪で理不尽なワガママなのだ。

 

「ふむ……我としては似合った名前だと思っていたんだがな」

 

だから、天の一言は意外でつい引き込まれてしまったのだ。

 

「そんな訳ないだろ。ウチは天使って柄じゃ無いし。優しくないし、面倒見もよくないし。き、綺麗でも可愛くもない……し」

 

亜巳は外見こそ冷たく見えるが弟妹達の面倒をしっかり見る事の出来る女性的な優しさが。辰子は周りを和ませる包容力があった。ざっくばらんで開けっ広げな性格をした天使だが、身近な同性と自分を較べる事はごく当たり前にあった。

巳(へび)に辰(りゅう)。

姉達が優しさや女性らしさとは遠い勇ましい名前を持ちながらも、女性的な魅力を持つのに対して自分は天使と言う優しさと清楚を体言した様な名前なのにその名前とは程遠い性格なのも天使のコンプレックスになっていた。だから、

 

「天使とは人間に罰を降す傲慢で自分勝手なものであろう?それに比すれば天使(エンジェル)など可愛いものよ!」

 

フハハハハ、と両手を左右に開き背をのけ反らせて高笑いする天。

 

「えっ、いや可笑しくないか、それ」

 

口ごもり、左右の手を絡ませる天使。

 

「まあ、世間一般の認識はともかく」

 

天は中腰になり、下から覗き上げる様に天使に視線を合わせる。

 

「我が知る天使は生意気だが腕が立つ、まだまだ未熟なひよっ子よ!」

 

ニヤリ、と言わんばかりの子憎たらしい笑み。

迫力のある悪役顔で浮かべる笑みは何とも憎たらしくて、腹が立つ顔だったが、

 

「う、うるせぇ!ウチは天使(てんし)じゃなくて天使(エンジェル)だっつぅの!」 

 

ゴシゴシと目をふき、天使は叫ぶ。

 

「フハハハハ、さもあらん。名が体を現すのではない、その人間の生きざまの後に名が広まるのだ。我と居る時にちゃん付けされぬ様に生きて見せよ、天使(てんし)!!」

 

フハハハハ、と高笑いしながら去っていく天に中指を立てて睨み付けながら天使は口の端が持ち上がるのをどうしても止められずにいた。

 

(ちくしょう、格好いいじゃねぇか!)

 

名前をどう呼ばるのではなく、どう呼ばれる生き方をするのが大事。

 

天使の小さな胸に染み渡る様に入ってきたその言葉に天使はどうしようもない心地好さと、自分の体の奥に火が灯った様な熱さを感じていた。

 

「見てろよ、天。お前に天使様って呼ばれる様に成って見せるからよ!」

 

何をどうすれば良いかは判らない。

だが、聞くべき人は教えてくれる人は幾らでも周りに居る。それすらも、あのデカく、居丈高で、どうしようもなく格好いい背中の男が与えてくれた出逢いなのだ。

自分に期待しているのか興味があるのかすら、今はまだ判らない。

だが、自分の天使の生きざまを見たいとは言った。

それに応えられる位。いや、あのラスボスみたいな悪役顔と三白眼を驚きと尊敬に見開かせる位にデカい生きざまを見せてやりたい。

そう、天使は心に誓ったのだった。

 

 

キャンプファイアーの火も陰りが見え始めた頃、辰子と天は校庭の端にある芝の高台に並んで座っていた。

 

「ふわー、今日は楽しかったよー」

 

ぐっ、と両手と背を伸ばし辰子は息を吐き出す。

 

「フハハハハ、我が川神中学のO☆MO☆TE☆NA☆SHI(おもてなし)は気に入って頂けたかなっ!?」

 

「うん、バンドとか面白かったねー」

 

「お、おう……」

 

何とはなしに意気消沈する天と、んー、と胸一杯に息を吸い込む辰子。

天は何処か遠くを見て顎を撫でている。

そんな天を見て、辰子は腕を組み、うーん、と顔をしかめる。そして、ポン、と手を打ち天の膝元に飛び込んだ。

 

「むっ!?」

 

「えへへ、天君の太ももは固いねー」

 

ゴロゴロと頭を転がす辰子に天は所在無げに手を浮かし迷わせた後に顎にまた戻し、ため息をつく。

そんな天の頬に辰子は寝転がりながら右手を当てる。

 

「悩み事あるなら、聞いたげるよ。天君?」

 

「ふ……む」 

 

幾ばくかの逡巡(しゅんじゅん)を繰り返した後に、天は辰子を見下ろしながら訥々(とつとつ)と語りだした。

 

「北斗神拳に貴様らを導いたのは正しかったのか、考えていた」

 

噛み砕く様に、それでも奥歯に挟まるためらいを吐き出す様に天は言う。

 

「あの時、他の手立ては考えつかなかった。今も、他の道は思い付かない」

 

ためらいに言葉止まる天の頬を辰子はゆっくりとほぐす様に撫でる。

 

「百代の妹である一子を見ていると、つい貴様らを思い出すのだ。我が導いたからこそ、今があり、更に先もある、と」

 

決断に後悔は無い。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ。

この生き方に迷いは無い。だが、

 

「はるか先にまで道は続いていく。それを我は背負えるのか、それを我は導き続けられるのか……」

 

人生八十年と言われる昨今、自分の生きてきた数倍の年月を他者にあてがう。

その先の見えない恐ろしさよ、その遠すぎて見えない終着点が望まざるものであった時の苦しみ。

それを想像するだけで、天は背中に冷たいものが流れ、心臓が固く動きが鈍り、息は浅く短くなっていく。

帝王として在るべき姿に憧れはすれど、たった四人の人生を背負うだけでこの重さ。

天はそれを担うには未だ幼過ぎた。

 

「天君は優しいねー」

 

フワリフワリ、と天の頬を撫でながら辰子は笑う。

全てを許し、全てを包み込む様な柔らかい笑み。

 

「道を示したのは確かに天君だけど、その道を歩くって決めたのは私達なんだよ」

 

しかし、それでも他に道はあったのではないか。

あるいは人が人を打倒する修羅の道ではない、そんな道が。

 

「あるかもねー」

 

「ならば……」

 

「あんまり私達をなめてると痛い痛いするよ!」

 

パシッ、と天の頬を叩く辰子。

驚きに目を見張る天。その赤く染まる頬を優しく撫でながら辰子は嬉しげに笑う。

 

「ラオー様やトキ先生にジャギ師匠が居て、亜巳ねぇやリューヘーや天ちゃんが居る。毎日大変で、毎日楽しくて、悲しい事も苦しい事も一杯あるけど……」

 

辰子は胸に両手を当てて、目を閉じ、柔らかく口許に笑みを浮かべる。

 

「全部、ぜーんぶ私のものなんだよ。天君には一欠片だってあげないんだから」

 

その辰子の柔らかく、それでいて鋼の様に堅い意思が込められた言葉に戸惑う天。

えへへ、と辰子は天を下から見つめながら笑いかける。

辰子なりの気遣いだったのだろう。

最初の道こそ定めたのは天だが、その後に続く道を歩むと決めたのは自分の自分だけの意思だと。

辛く苦しい修行も天の為ではなく、自分が選んだ生き方なのだと。

そう、天に伝えたかったのだろう。

いつしか、力が抜け柔らかくなった天の膝枕に頭をのせたまま辰子は寝息を立て始めていた。

 

キャンプファイアーの火も消え、空には真ん丸の満月と満天の星空が輝いていた。

あの星の数だけ宿星があり、あの星の数だけ様々な生きざまがある。

そんな中で南斗の将星は昨日より一際強く輝いているように見えるのだった。

 

 

板垣姉弟達と別れ、天と百代は川神院の帰途についていた。

 

「久し振りに会えたからもうちょい話したかったなー」

 

「うむ、まあまた会う機会もある。それまでにこちらも怠けて笑われぬ様に精進せねばな」

 

殊勝な天の言葉に百代は眉をしかめ、横から天の顔を覗き込む。

いつも通りの悪役顔。

だが、昨日までと違い何処か張り詰めた部分が抜けてサッパリとした自信に溢れている様に見えた。

 

「むーん、つまらん!」

 

グニッ、と天の顔を両手でつかみ引っ張る百代。

 

「な、なにゅをすりゅかみょみょよ!(な、何をするか百代)」

 

「亜巳や辰子達と何か話してただろう。エロかエロな話なのか?それともラブかラブい話題か!?」

 

「ラブもエロも無いわっ!!」

 

天が百代の手を振り切りながら叫ぶ。

そんな天をジー、と睨み付ける百代。

 

「ほんとーか?」

 

「……無論」

 

フイッ、と顔を逸らす天。

 

「お、お前その反応って事は……」

 

「し、知らん。知らんぞ、我は何も知らんのだぞー!」

 

逃げる様に走り出す天を追い、百代もまた走り出す。

 

『幼くして帝王の道を歩む事を決意した男の姿を百代に見て貰いたい』

 

鉄心が天を通して何を見せたいのかまだ何も判らない。

 

『貰っていくよ』

 

亜巳が言ったあの言葉がまだ上手く自分の中で消化出来ていない百代は、

 

(分からない。自分の事も、天の事も……) 

 

走る天の背中を見ながら

 

(取り合えず、こいつの生きざまってやつを誰よりも近くでずっと見ていてやる!)

 

そう、決意するのだった。

 

南斗の将星の横で大きく輝かんとする星が強く、強く光った様に見える夜だった。




長くなった……。
シリアスは多分、これっきり。
次からはスッキリと制圧前進していきます。
辰子と百代のヒロイン力半端ない。
後、お気に入りが何か千件越えててビビりました。
読んで下さる方々に楽しんで頂けるよう精進していきます。

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