準備
玉座の間での宣言から数日後。
ナザリック地下大墳墓九階層第九階層のアインズの部屋にある執務室。ここでアインズ、はくたく、アルベド、デミウルゴスが議論を交わしていた。アインズとはくたくが提示する策に守護者二人が助言を行い、それを元に修正案をまとめていく。粗方の作業が終わり、残すは二つとなった。一つ目は補給について。
「食糧、ポーション、スクロールに必要な資材はどうなっている?」
アインズの問いにアルベドが応える。
「食糧に関しては備蓄およびナザリック内の自給自足体制が整っております。ポーションに関しても今のところは問題はありません。スクロールについては素材の問題が」
「現地の羊皮紙が使えないのだったな」
デミウルゴスが報告書を読み上げる。
「はいアインズ様。セバスがエランテルで購入した現地の魔術師が使うスクロール用の羊皮紙は第一位階までしか魔法を込められませんでした。カルネ村でルプスレギナに買い取らせた複数の家畜から作成した物も同様の結果に終わったと、司書長からの報告が上がってきております」
はくたくがデミウルゴスに疑問を投げかける。
「現地人はその羊皮紙でもう少し高い位階の魔法を込められているのにどうして我々は出来ないんだ?」
「我々とはスクロールの製法が違うのかもしれません」
「我々と似た魔法を使うのにか…。そういえば例の青いポーションの解析はどうなった?」
「例のポーションは製法も使用する素材も全く違うということしか分かっておりません」
「そうか、製法のことは置いといて、アインズさんスクロールの皮の問題どうします?」
話を振られたアインズは暫く考えた後提案する。
「代替品が見つかるまでは高位階を込められる皮の使用は凍結すべきだと思います」
「自分はスクロールを種族ペナルティで全く使えない為専門外です。アインズさんがそう判断するならそれでいいと思います」
「分かりました。アルベド、司書長にドラゴンハイドの使用を制限するように伝えろ。そして代替素材の捜索はデミウルゴス、お前に任せる」
「「畏まりました」」
デミウルゴスは遠隔地でアインズが倒し名声を上げるための魔王をでっち上げることになっている。その一環で羊皮紙の代替品も探してもらおう。
今人間と接触する任務に就いているのは三人。カルネ村の護衛兼監視役のルプスレギナ、商家の令嬢と執事として今はエランテルに滞在しているセバスとソリュシャン。また準備が整い次第シャルティアを実力者の確保を目的としてナザリックの外に派遣する予定だ。
はくたくはシャルティアが血を見ることで狂乱状態になるペナルティを所持していることが気になったが、それについてアインズが呼び出したシャルティアに問いただすと「だいじょうぶでありんす」と答えていたので気にしないことにする。自分の案のほうが優れていると思わない限りアインズの判断に口を出す気はない。
(さて、次が最後の議題だ。揉めないと良いけど)
はくたくがそう思う中アインズが最後の議題を話始めた。
「最後に、情報収集とアインズ・ウール・ゴウンの名声を高める一環としての冒険者モモンについて」
捕えた陽光聖典からこの世界にも冒険者が存在する事は分かっている。強力な冒険者は尊敬され更に高額の報酬とギルドの情報網を利用する事が出来る。しかも流れ者が多いため前歴は問われない。人間社会に潜入するにはうってつけだ。
「私が冒険者モモンとしてエランテルで活動する訳だが、私の相棒としてはくたくさんをハク、冒険者仲間としてナーベラルをナーベとして同行させる」
「どうして私を同行させてくれないのですか?私の防御スキルは冒険者としてもお役に立つと思うのですが」
「それは・・・」
アルベドがアインズに抗議する。アインズは初日のお忍び視察の事でセバスとアルベドにやんわり咎められたらしく、上手く返せない。幾つかの理由を挙げるがアルベドは納得していない。はくたくも説得するが―――
「アルベド、アインズさんを余り困らせるな。陽光聖典からの聴取で悪魔は人間にかなり忌避されている。私は魔獣だが、ビーストテイマーが冒険者組合にテイムした魔獣を登録する事が出来るから街に同行できるのだ。彼らの言だと悪魔を従える冒険者はまず居ない。だから―――」
「だからこそ悪魔をも従える冒険者モモンという箔が付きます」
「むむむ・・・・」
そこまで新人冒険者がやるのは怪しまれないか?はくたくはそう思うがアルベドを説得できそうにないので声には出さない。アインズとはくたくの説得が続くがアルベドは折れない。仕方ないのでアインズが命令しようとすると、デミウルゴスが何かをアルベドに囁いた。その途端アルベドの表情が険しい表情からいつものアインズを見る時の微笑みに変わる。常人よりもアインズの聴覚は鋭いがデミウルゴスが何を話したかは分からない。だが更に聴覚が鋭いはくたくはデミウルゴスがなにをアルベドに囁いたかを聞いた。
「これはウルベルト様が話していた事だがね、理想の妻『せんぎょうしゅふ』というものは夫が出張する間家を大切に守り帰って来た夫を出迎えるものらしい。ここはアインズ様が不在の間ナザリックを完璧に管理する方が、アルベドがアインズ様の理想の女性に近づくと私は思うよ?」
(いいぞデミウルゴス。夫婦は共働きが当たり前だしたっちさんみたいに嫁さんが専業主婦はステータスだったけど、理想の妻とはまた違うような・・・?まあとにかくナイス!)
はくたくはこれを機に話をたたみに掛る。
「その様子だと分かってくれたようだな?アルベド」
「はい、はくたく様。私がナザリックに残りアインズ様の御帰りを待つ。それでいいですねアインズ様?」
「う、うん。我々が不在の間ナザリックを頼むぞアルベド」
「話すべき事も終わったしじゃあ自分はもう行く事にするよ」
話すべき事は全て終わったと判断したはくたくは席を立つとアインズが問う。
「はくたくさん何処に行くんです?」
「第六階層でコキュートスを待たせているんです。外に出る前にちょっと戦闘の勘を取り戻そうかと」
「待たせたようで済まない。思ったより議論が長引いてな」
「はくたく様トオ手合ワセデキルノデアレバ、幾ラ待トウトモ」
第六階層の闘技場の通路ををはくたくが歩く。その後ろにコキュートスと救護班として治癒魔法が使えるメイド服を着た二足歩行の犬、メイド長のペストーニャが従う。
「そうか?戦闘の勘を取り戻すためにお前に無理を言っていると思っていたが」
「至高ノ御方の模擬戦ノ相手ヲ務メルノハ名誉ナ事デス」
「そういうものなのか?」
「ハイ」
闘技場に入場したはくたくとコキュートスが向かい合う。ペストーニャは観客席で待機している。
はくたくは身体を少し巨大化させ、コキュートスとルールを確認する。
「施設を破壊する類の攻撃は使用禁止、どちらかが『参った』と言うまででいいな?」
「ソレデ問題ゴザイマセン。…はくたく様ハ全力ヲ出セル様ニハシナイノデスカ?」
「元のサイズになるとここを壊しかねない。闘技場に自動修復機能はあるが、下手をすると外に出ているアウラとマーレを呼び戻さないといけないからな。それは避けたい。まあハンデと受け取ってくれ」
はくたくは面頬を装着しグレートアックスを構え、コキュートスも複数の手にそれぞれ武器を構える。
「それじゃあ始めようか」
数十分後、決着はまだ付いていなかった。
手数で攻めるコキュートスに対しはくたくは攻撃を受け流しながら
はくたくの体には無数の傷が走る。傷は骨が見える程の深手の為回復は遅い。甲羅はひび割れ、片目は潰れている。コキュートスも外皮鎧の至る所がひび割れそこから青い体液が滲む。大顎の右側を毟り取られ、尾とメイスを掴んでいた腕の一本は切り飛ばされ地に転がっていた。
二人は互いにけん制攻撃を交えながら会話する。話の雰囲気は日常会話のそれだが交える武器の速度は速い。
「流石ハハクタク様。堅実ナ戦イブリ」
「そう褒めてくれるのは嬉しいがいいのか?時間はこっちの味方だぞ」
「ナラバ、攻メサセテ戴ク!」
はくたくは<再生>のスキルを一時的に潰れた目に集中させる。全身の傷から痛みが走りこから再び出血するが無視する。目を回復されアドバンテージを失いたくないコキュートスが仕掛ける。目が再生する間の僅かな時間はくたくは全力で攻撃を受け流す。
繰り出されるハルバードを斧で弾き、小太刀の連続切りを爪と体捌きで最低限の傷で受け流す。コキュートスの本命は潰れた目の死角からの大太刀、斬神刀皇。
はくたくはコキュートスが繰り出す必殺の斬撃を避けない。斧を手放し踏み込み間合いを詰め、手甲で受ける。
コキュートス必殺の斬撃は手甲で弾かれた。
「ムッ!」
いかにコキュートスが所持する二十一の武器の中で最も切れ味が鋭い刀とはいえ、物打ちを外しては神器級のはくたくの防具を斬る事は出来ない。コキュートスは小太刀を振るおうとするが、それよりも速くはくたくの拳がコキュートスの脇腹にめり込み、コキュートスは吹っ飛ばされる。
はくたくは壁に叩きつけられたコキュートスに追い打ちをかけず、手放したグレートアックスの所まで行き足で蹴り上げ再び手に取る。潰れた目には既に輝きが戻り、全身の出血も治まっている。
斧で肩をトントンと叩きながらコキュートスに声を掛ける。
「これで目も治った。コキュートス、そろそろ参ったを言ったほうがいいんじゃないかな?」
「ソレヲ言ウニハ未ダ早イカト」
「ほう」
コキュートスが起き上がる。ハルバードと小太刀をしまい、三つの手で斬神刀皇を構える。
「スキル発動…
コキュートスから闘気が迸る。
(これは不動明王撃の構え。職業<アスラ>の一日一度きりのスキル攻撃で賭けに出るか)
「それが奥の手かコキュートス」
「三毒ヲ斬リ払エ・・・・・倶利伽羅剣!!」
地を蹴ったコキュートスは一瞬で間合いを詰め、スキルで最大強化した全力の一撃をはくたくに振り下ろした。はくたくはその一撃を左の掌で受ける。手甲ごと斬り裂かれる左腕で無理やり太刀筋を反らしつつ、右手の斧でコキュートスの腕を斬り飛ばす。宙にコキュートスの三本の腕と斬神刀皇と、衝撃に耐えきれなかったはくたくの左腕が舞った。
不動明王撃の衝撃で闘技場を土煙が覆う。暫くし土煙が晴れると、そこには全ての腕を失ったコキュートスと、斧をコキュートスの首に当てているはくたく。
「参リマシタはくたく様。マサカハンデ付キデ圧勝サレルトハ。流石ハ至高ノ御方デ有ラレマス」
「圧勝か?結構危ない場面もあったと思うがな。これで模擬戦は終わりだ。ペストーニャ、コキュートスの治療を行え」
「はくたく様ガ先デハ?」
「<再生>のスキルがある私よりお前が先だ」
「ゴ配慮有リ難ウ御座イマス」
はくたくは面頬と斧をしまい、吹き飛ばされた左腕を探す。左腕は闘技場の隅に転がっていた。左腕を拾い肩の切断面にぐっと合わせる。少しすると左腕が繋がり、再び動くようになった。
コキュートスを見るとペストーニャの治癒魔法をによって既に全快している。こちらに治癒魔法を掛けようとするペストーニャを手で制し、普段のサイズに戻りながらコキュートスに近づく。
「はくたく様、治療はよろしいので?・・・・わん」
「ペストーニャノ治療ヲ受けナイノデスカ?」
「いや、一つ検証をしようと思ってな」
はくたくはインベントリからアルミホイルに包まれた大きな塊を取りだす。アルミホイルを解くとその中には巨大なステーキが入っていた。
「ソレハ・・・肉?」
「エンシャントドラゴンの特大ステーキだ。ここに来る前に料理長に焼かせておいたが、ちょうど肉汁が落ち着いた所だな」
はくたくは肉に齧りつく。それを見ているコキュートスとペストーニャの目が驚きに変わる。はくたくが肉を喰らう度に<再生>で治癒されていた傷の治りがどんどん早まっているからだ。はくたくがステーキを食べ終わる頃には負傷は全て癒えてしまった。
「ユグドラシルのドラゴンステーキのバフ効果は体力と防御力の上昇。それに加えて自分はワールドイーターのスキルでリジェネ効果の強化が出来るのを確かめたかったのでね。それには傷を受けないと始まらないだろう?ペストーニャに無駄働きをさせる訳にもいかないからな」
「戦ウ前ニ食ベテオケバ戦イヲ更ニ有利ニ出来タノデハ?」
「仲間とPKをしていたころは、戦闘の前に食事やポーションでバフを重ねがけしていたがこれは模擬戦だからな。それに、それぐらいのハンデは必要だったろう?」
「確カニ。流石ハ至高ノ御方、ソノ力ニ改メテ感服致シマス」
コキュートスとペストーニャが頭を下げる。
「頭を上げよ。それではペストーニャは仕事に戻ってくれ。コキュートスも・・・そうだ、コキュートスも体が汚れているし一緒に風呂に行かないか?」
「御手合ワセ戴イタ上ニ其処マデシテ下サレル訳ニハ」
「…嫌か?」
「滅相モナイ!!ソノ様事ハ御座イマセン!」
「じゃあ決まりだな。行くぞ」
第九階層の大浴場に二人の声が響く。
「昔メンバーによく言われたんだが…外皮鎧は裸じゃないよな?」
「ソノ通リデス!私モ同僚ニ何度モ裸ト言ワレタ事ガ」
「お前も言われたのか!俺たちは全裸の変態じゃないよな!違うよな!」
「はくたく様ノ仰ル通リデス!我々は変態デハナイ!」
「だよな!胸をはだけさせた骸骨や何も着てないスライムに言われたくないよな!」
何故か闘技場で戦うよりも風呂場での会話が二人の信頼関係を強くした。
外皮鎧は全裸じゃない!
コキュートスのスキルはドラマCDで使ってたやつを適当に補完しました
グレートアックスはアルベドの持つバルディッシュと似たような長柄の斧ですが、バルディッシュのような三日月の刃ではなくて普通の片刃の斧が付いているのをイメージしてもらえれば。