エ・ランテルは三重の防壁によって大きく三層の区画に区別されている。外側は軍事区画。中央は行政区画。そしてその間の居住区画だ。その居住区画で最も広く日中は露店とその客がひしめく中央広場で、アインズとはくたくが群衆の目を一身に集めていた。
『この街に来てからずっと注目されていますね』
『いいじゃないですかモモンガさん。冒険者として群衆の耳目を集めておいて損は無いですよ』
『そうですけど、落ち着きません』
二人は一店ずつ店を回って店主から商品の詳細と値段を教えて貰う。それをメモしつつ必要だと判断すれば購入して無限の背負い袋に入れていく。店を一周した二人はベンチに腰掛け、<伝言>で分かった事を話し合う。
『ここは食べ物が多いので余り収穫はありませんでしたね』
『聞いた事も見た事もない作物や品種が多すぎます』
『ですが幾つか分かった事もあります。市場を回って分かったんですが、魔法か何か別の原因で元いた世界の中世よりも食事の質がいいです。それに砂糖や塩、香辛料の値段が思っていたよりも安い』
『作物の質は分かりますが、調味料がそんなに重要なんです?』
『塩は海田を使って精製するのはかなり手間ですし、岩塩でも産地から輸送コストがかかります。砂糖や香辛料はここの気候を考えると、ずっと南方の作物なので貴重品の筈なんですが』
『詳しいですね』
『ゲームの説明の受け売りなんですけどね』
はくたくがユグドラシルから浮気していたゲームの一つに大航海時代の船乗りを体験するゲームがあった。そのゲームから昔は砂糖や香辛料が貴重な貿易商品だった事を思い出したのだ。
『はくたくさんは果物を買ってましたがどうしてです?』
『単純に味見したかったから』
『本当に言ってますかそれ?お金を無駄遣い出来ないんですよ』
『冗談ですよ。今から理由を説明しますから』
はくたくは袋から緑色の熟れて無さそうな、オレンジに似た果実を取りだす。
『オレンジという名前ではありませんが、我々の世界のオレンジに似ています。モモンガさんは気付きませんか?』
オレンジをアインズに投げる。
『只の熟れていないオレンジじゃないですか?・・・いやもしかして』
『そうです。その状態で熟れています。これはユグドラシルのオレンジです』
『黄色から緑に熟れるのなら・・・確定ですね』
オレンジはユグドラシルの初期のアップデートで食物と栽培植物として追加されたが、実装ミスで成長期と収穫期の色が逆になっていた。開発はそれをネタとして修正せずを仕様にした。はくたくはアインズからオレンジを返してもらい、ナイフでスマイルカットにし食べる。
(育て方が悪いのか味はかなり劣るけど、ナザリックのオレンジと同じだ)
『ナザリックのオレンジに近い味がします』
『自分たち以外の誰かがオレンジをこの世界に持ち込んだ?』
『そうとしか考えられません』
二人は新たこの世界に他のプレイヤーがいるかもしれない証拠を手に入れた。この辺りで集める情報は集めたと判断し、二人は<伝言>の会話を打ち切り立ち上がる。
「さて、夕方までもう少し時間があるがどうするモモン」
「ここで売っていない武器や防具を買いに行こう」
はくたくは組合で貰ったエ・ランテルの概略図を開く。武器や防具は鍛冶屋街で買えるようだ。
「鍛冶屋街は・・・こっちだな。先導するから付いてきてくれ」
二人は立ち上がり鍛冶屋街へ歩き出した。
エ・ランテルにある製造に職人が必要な品を扱う店舗は、職業ごとに集まって区画を形成している。その区画の一つの鍛冶屋街を二人は歩いていた。扱われる商品は需要と供給の関係で革と鋼鉄を使用した物が殆どだ。それの製造販売と修理が職人たちの仕事の大半となっていた。品ぞろえの中にアダマンタイトはおろかミスリル、オリハルコン製の武具でさえ数えるほどしかなく、それらもショーケースの肥やしか貴族の儀典用の実用性に乏しいものだった。エンチャントを施した武具を売る店も一つ二つ回ってみたが、二人の目を引くようなものは無い。はくたくはアインズに確認する。
「エンチャントされていたアイテムはどうだった?」
「大したものは無かった。幾つか知らないエンチャントもあったが、我々が知るエンチャントのマイナーチェンジ版と言った感じだった」
はくたくが周囲を見回して店舗の感想を述べる。
「どの店も初心者向けの商店って感じだ」
「組合の説明だとここにはエ・ランテルが軍事拠点という関係で王都よりも優れた職人もいるって話だったが」
「それを踏まえると、単に王国の技術力が低いという事じゃ・・・ん?」
はくたくは開けた場所に人が集まり、何か騒いでいる事に気付いた。
「あそこで何かやっているようだ。行ってみないか?」
広場では即席の台の上で一人の男が口上をあげていた。隣には何かが書かれた看板と武骨なミスリル製の
「モモン、あれに挑戦してみないか」
「あの試し切りに?」
「街を練り歩いただけで騒ぎになるんだ。ここで一発成功すればいい感じに名を売れるぞ」
「ふむ・・・やってみるか」
二人が台の男に歩み始めると自然と群衆が道を開けていく。アインズが口上を上げる男に話しかける。
「試し切りをやりたいんだが」
男が群衆に宣言する。
「新たな挑戦者が現れました!立派な鎧を来た冒険者です!この挑戦者は見事金貨十枚を得る事が出来るのか!」
アインズは男に銀貨を渡し、試し切り用の武器を取った。取ったのは用意された武器の中で一番大きい両手剣。試し斬りに使用した者が居ない為刃零れはない。アインズは鎧の前に立ち剣を構え、
「ハアッ!」
という気合の一声とともに鎧に振り下ろした。ガギィという音がし、鎧に数センチ刃が食い込む。
(背中のグレートソードなら真っ二つに斬れただろうけど・・・今のモモンガさんはレベル30の剣士だから少し荷が勝ちすぎたかな?)
「さて、斬る事は出来たのだから金貨十枚を戴こう」
どうやら男はアインズが鎧を斬る事が出来るとは思っていなかったようだ。苦し紛れの言い訳をする。
「は、刃が少し喰い込んだだけで、これでは着用者は傷付かないし斬ったとは言えない」
「汚ぇぞ!」「さっきと話が違うじゃねえか!」「俺達を騙す気か!」
群衆が男にブーイングを始める。この男はどうやら自分たちが来る前にかなり儲けていたようだ。このままでは男は群衆によって台から引き吊り下ろされるだろう。はくたくは跳躍し台に上がる。周囲が自分に注目してから男に尋ねる。
「なあ、着用者が傷付く斬り方をすればいいんだな?」
「ああ。そうだ」
「モモン、銀貨をもう一枚渡してやれ。この鎧を男が言い訳出来ないように斬ってやろう」
アインズは男にもう一枚銀貨を渡してから群衆に提案する。
「彼は私の友人で、私よりも武器の扱いに長けています。彼が鎧を斬る事が出来たならばこの場は丸く収めて、この男に危害を加える事は止めてもらいたい」
はくたくは見回して群衆が提案に同意したのを確認した後に、用意された武器の中から片手用の戦斧を手に取り感触を確かめる。
(造りは悪くない。これならいけそうだな)
はくたくは戦斧を右手に握り、全力で鎧に袈裟斬りを繰り出した。群衆は戦斧の軌道を捕えられず一瞬はくたくの右腕が霞掛かるのが見えただけだ。キンッという音が響き、一瞬の間をおいて鎧の右肩から左腰に綺麗な一本の亀裂が走り鎧の上半身が地に落ちた。鎧が地に落ちたと同時にはくたくが使っていた戦斧はバラバラに砕け散る。群衆は目撃した物の衝撃からか誰も声を発しない。ミスリルの全身鎧はアダマンタイトに劣るとはいえその防御力を考えれば、鋼鉄の武器で一刀両断にされるなど有り得ないのだ。
「肩から腰に掛けて真っ二つ。誰かがこれを着ていたら死んでるだろう。これで文句はないな?」
「は、はい!」
男はアインズに金貨が入った袋を渡す。アインズは中に金貨が十枚入っている事を確かめると懐にしまった。
「確かに金貨十枚貰い受けた。ハク、もう夕方だから宿屋に帰るとしよう」
「分かった」
二人は広場を後に宿屋へと向かった。彼らの姿が見えなくなってから群衆は稼ぎ扶持を失って茫然とする男を放置して、今見た光景について議論を始めた。
「ちょっとやり過ぎてしまいました。あれでは冒険者モモンより自分が強いという事になってしまいます」
「まあ実際私はステータス的にはレベル30代の戦士で、はくたくさんはレベル100じゃないですか」
夜、宿屋の部屋で二人は演技を止めて歓談していた。ナーベラルの<
「戦士化魔法使って普通に鎧を着てもいいんじゃないですか?」
「それも考えましたが、一回戦士化魔法を解かないと緊急時の対応が出来ませんから」
アインズは一時的にステータスを戦士ビルドに変更し、戦士系武器の装備制限を解除する魔法を持っている。だが使用中の常時MP消費と魔法使用が制限される事を考慮してそれは使わず<
「それもそうか。ナーベラル、シャドウデーモンから報告はあったか?」
「はい」
ブリダはあの後薬師リイジー・バレアレの元にポーションを持って行き鑑定を依頼した。リイジーはポーションを鑑定すると非常に驚き、それを真なる神の血を示すと言った。効能に金貨八枚、付加価値を含めて合計金貨三十二枚を買い取り代金としてブリダに提案し、ブリダがそれを拒否すると金貨一枚と引き換えに渡したアインズ達の情報を受け取った。
「・・・との事です。アインズ様、はくたく様」
「釣りは大釣果といった所かな」
「真なる神の血、だから我々の赤いポーションは貴重ではあるけれども異端の品や禁製品、という訳ではないようですが」
「とはいえこれもマジックアイテムと同じく貴重過ぎて金策には使えませんねアインズさん」
金貨三十二枚。現地の金銭感覚は身についていないが、市場を見て回ったおかげでそれがかなりの大金という事は分かる。現地では製造できない貴重品、そんな物を市場に大量に流せば競合する業者から目を付けられてしまうだろう。
「それでシャドウデーモンはどうします?」
「これ以上ブリダを尾行しても意味はありませんし、明日彼女が冒険者ギルドに行けば、上位クラスの冒険者の誰かが感知しかねません。引っ込めましょう」
アインズがシャドウデーモンに撤退命令を出す。
「撤退命令を出しました。そう言えばナーベラル、定時報告でアルベドは何か言ってなかったか?」
「はっアインズ様。アルベド様はナザリックでせんぎょうしゅふとしての任を全うしているとのことです」
「・・・・・」
アインズの口がパカリと空いた。不審に思ったナーベラルが聞く。
「アルベド様に何か問題が?」
「いっいや問題はない。ないとも」
「それでアインズさん明日はどうするんです?」
はくたくは固まりそうなアインズに話しかける。
「あっ明日は冒険者組合で簡単な仕事を受けてみようかと」
「分かりました。ではそれまで時間がありますしちょっと出かけてきます」
はくたくは窓を開ける。
「ちょっと何処に行くんですか?」
「ここで寝るのも味気ないんで城壁の上で夜空見ながら野宿でもしようかと」
こんな場末の宿よりも、満点の夜空の方が何倍も価値がある。
「・・・何かあったらすぐに戻ってきてくださいね」
「分かりました。夜明け前には戻ります」
はくたくはそう言うと窓から道路へと音もなく降り立ち、闇の中へと消えて行った。
はくたくは深夜のエ・ランテルを誰にも気づかれることなく進む。街にはポツリポツリと<永続光>による街頭があるのみでかなり暗い。夜目が効く者でなければ素早く動く影が何なのか分からないだろう。もし通行者がいても鋭敏な五感と感知系のスキルで会わないように避けていく。そうして進んでいき一番外側の城壁の内壁までたどり着いた。エ・ランテルの一番外側の城壁は分厚く、一定間隔で円形の監視塔がある。はくたくは一息で外壁の上部通路まで跳躍した。周囲を観察し夜警の兵士から見つからない場所を見つけるとそこに移動して寝っ転がる。城壁からエ・ランテルの外を見れば、まばらに開拓村や農地はあるものの殆どは月明かりに照らされた森と平原が果てしなく広がり、宝石のようにきらめく満点の夜空と合わさって最高の風景をはくたくに見せていた。
(最高の景色だ。それ以上に言うべき言葉は無いよ)
はくたくはインベントリからワインと無限の背負い袋を取りだす。袋から昼間に市場で買っておいた酒のツマミになりそうなものを出し、それを肴にワインを飲み始める。宿屋を出たのは夜景が見たいというのもあったが飲食不要なアインズと不要になるアイテムを着けたナーベラルの目の前で酒盛りは気が引けたのだ。
(本当はモモンガさんと酒盛り出来たらいいんだけど・・・実際モモンガさんはこっちに転移してきてから自分が享受してる恩恵の大半を感じる事が出来ていない。これは近いうちにどうにかしないといけない案件だな)
はくたくは夜景とツマミを肴にワインを一瓶飲み干すと、夜明け直前まで眠った。夜明け前に酒が抜けきっているのを確認してから酒盛りの片付けをし、街の人々に気づかれないようにひっそりと宿屋へと戻って行った。