カジットは刺された肩を押さえながら大きく喘ぐ。先程から驚異的な能力を見せつけていた女冒険者が、クレマンティーヌと戦っている男の声聴いた途端身に着けていたものを変え、さらに<
「転移魔法を用いた奇襲がお主の切り札か」
「そんなわけないでしょ?こういう風に殺せるという実演をしただけよ」
カジットはその言葉の意図を理解できない。この女はまだ隠し玉を持っているというのだろうか。
「魔法で儂を殺せるとでも?魔法に対する絶対耐性を持つこのスケリトル・ドラゴンを倒せるものか!」
「スケリトル・ドラゴンの能力は第六位階以下の魔法の無効化。つまりそれ以上の魔法を使える私の攻撃は無効化できない」
「第七位階魔法が使えるだと!馬鹿を言うな!」
カジットは吼える。そんなはずがないと。だがナーベラルの両手に間にのたうつ電撃がそれが偽りでないとカジットに訴えてくる。
「
ナーベラルが<
「選手交代だナーベラル」
カジットはいきなりあらわれた巨大な化け物への恐怖から、ナーベラルに差し向けようとしたスケリトル・ドラゴンを引き戻す。はくたくとナーベラルはカジットを完全に無視して会話する。ハムスケはここに来る前に邪魔にならないように冒険者を留める任務を与えて置いてきた。はくたくはナーベラルがあの服を着ているということを、アインズがこいつらを始末するから正体を隠す必要はないと指示したと判断する。
「雑魚アンデットの相手も飽きた。スケリトル・ドラゴンを見てこちらの様子を見に来たんだが、あの男は誰だ?」
「あの男はカジットという者でこの騒動の首謀者の内の一人と思われますはくたく様」
「ふむ、漆黒の剣を殺した刺突武器使いはアインズが相手をしているのか?」
「はい。アインズ様はクレマンティーヌという女と戦っております」
「状況は大体わかった。おいお前」
「なっ、何だ」
はくたくに急に話しかけられたカジットはビクリと反応する。
「お前たちが召還した雑魚にも飽き飽きしていたところだ。ナーベラルに替わって相手をしてやる」
「・・・・・・」
カジットははくたくの声に答えない。すぐさまスケリトル・ドラゴンに乗り空へ逃亡を始めた。
「第七位階を使う魔法使いに、アンデットの大軍を蹴散らす化け物だと…」
カジットは上昇するスケリトル・ドラゴンの背中にしがみつきながら呟く。カジットは二人組の冒険者が来てから<
「五年かけた計画を破棄するのは口惜しいが、あのような規格外が現れたなら仕方あるまい」
カジットは歯噛みする。五年の歳月をかけた街の人間をすべて殺しその負のエネルギーを以て自身をアンデットとする計画が今水泡に帰しようとしている。クレマンティーヌはあの戦士を倒したとしてもおそらく逃げられないだろう。カジットが今後の展望と、とりあえずはどの隠れ家に身を寄せるかを考えていると、下から冷たい声が響いてきた。
「逃げられると思ったのか?」
次の瞬間強烈な衝撃をうけカジットは宙に投げ出される。穴だらけになったスケリトル・ドラゴンと共に落下する彼に理解できたのは、スケリトル・ドラゴンが巨大な何かに貫かれ滅ぼされたという事だけだった。
はくたくはスケリトル・ドラゴンに乗って逃げようとしたカジットを甲羅の棘を飛ばして撃墜した。カジットは<
「どうしてあのカジットとやらは戦わずに逃げたんだ?」
隣にいるナーベラルに尋ねる。
「はくたく様の威容に恐れをなしたのかと。はくたく様から逃げ切れるわけが無いという事を理解できない辺り所詮は
「そうか」
(ハムスケの一件があってから少し見た目に自信を無くしていたが杞憂だったかな)
はくたくが体を縮めながらうめき声がする方向に進むと、手足が折れ曲がったカジットが這っていた。その無様にはくたくは少し落胆する。
「ユグドラシルではスケリトル・ドラゴンを召還する魔法は記憶になかったから期待していたが、<
「ぐっ・・・・」
「この男の切り札は先程のスケリトル・ドラゴンかと」
はくたくがカジットに投げ掛けた声に後ろからナーベラルが答える。
「そうでもないかもしれんぞ?」
はくたくは這いつくばるカジットの上から優しく言葉をかける。声音は優しいがこの状況では挑発であり侮蔑だ。
「ほらさっさと手足を治してかかってこい。もう少し歯ごたえがあるものを出してみろ。例えばそうだな…スケリトル・ドラゴンが呼べるなら
「化け物め・・・突然現れたおぬしらなんぞにわしの悲願を・・・阻止されるとは・・・」
はくたくは涙を流しながら呻くカジットに大きくため息をつく。
「悲願が何か知らんがろくでもないことだろう?そんな事知るか。ナーベラルこいつを始末しておけ。マジックアイテムがあれば回収しろ」
「はっ・・・至高の御方を化け物と言った罪、その命をもって償え
戦闘音が聞こえてくる方向にアインズがいるとあたりを付けたはくたくはその方向に歩き出すが、その前にナーベラルに指示しておく。
「こういう事をする奴だ、賞金首かもしれん。首実検が面倒になるから電撃は止めておけ」
「畏まりました。それでは・・・<
(よりによって<溺死>か。組合に見せる死に顔が余りよろしく無い事になりそうなんだが。まあナーベラルの獲物を横取りした訳だし好きにさせてやろう)
はくたくがアインズに向かって歩き出すと後ろの方から、カジットがたてる断末魔のゴボゴボという音がしばらく聞こえていた。
(なんで剣捨てて抱きしめてるんだ?)
アインズとクレマンティーヌを見たはくたくはそう思った。しかもアインズは鎧を解除している。
「これはこれは愛の営みを邪魔したかな」
「はくたくさん?違います!これはそう言う奴では」
「あっそ」
アインズが否定する。両目に刺突剣が刺さっているのは何かのギャグなんだろうか。
「ナーベラルと一緒にカジットを始末したんでこっちに来たんですが、コイツが漆黒の剣を殺した奴で?」
「ええ。そうです」
「さっきから何を…な、なんで!外せない!」
いまアインズの拘束から逃げようとしているのがナーベラルが言っていたクレマンティーヌという奴だろう。
「アインズさんそいつを抱きしめている訳ですがどうするんです?」
「もう少し弱ければ漆黒の剣の短剣でトドメを刺そうと思ってたんですが、強さに免じてこのままへし折ってあげようかと」
「放せえぇぇええええ!」
アインズが漆黒の剣がお揃いで持っていた短剣をインベントリから取り出し再びしまう。はくたくとアインズが会話をする間もクレマンティーヌは必至の形相で逃れようともがいている。
「一応彼らの敵討ですから殺すのに異存はないですけど、その殺し方はちょっと…」
「何か問題でも?」
「組合が首検証する時にあまり好印象をもたれない死体になる気がするんですけど」
ああ、とアインズが頷く。
(自分よりかはモモンガさんそういう方面に気が効きそうなもんなんだがなあ。漆黒の剣殺した件結構怒ってたのか)
「そいつの強さはどれくらいですか?」
「王国戦士長と同等くらいです。いや、スピードならこいつのほうがすこし上です」
(ガゼフと同等なら結構貴重じゃないか)
「武技とか体験したいんでそいつとちょっと戦ってみたいんですけどいいですか?」
「別にいいですよ」
アインズがクレマンティーヌを放す。クレマンティーヌはアインズが落としたスティレットを拾い素早く下がる。はくたくは提案する。
「クレマンティーヌだっけ?自分に一太刀入れる事が出来たら見逃してやっても良いぞ」
「…それは本当?」
「嘘だったほうがいいのか?」
「・・・・・」
クレマンティーヌは無言でスティレットを構えた。
(魔法詠唱者と本気で戦士ごっこをした後でも心を折れずに闘う気があるというのは感心するな)
「アインズさん漆黒の剣の短剣を貸して下さい」
「・・・・?分かりました」
アインズがはくたくに短剣を投げる。はくたくは短剣を受け取るとインベントリにしまい、ポール・アックスを構える。
(ガゼフクラスという事なら最初は手加減してやるか)
「それでは行くぞ」
はくたくは一気に間合いを詰め牽制の突きを繰り出す。クレマンティーヌはそれを全て紙一重でかわしていく。はくたくが突きクレマンティーヌがかわす、それを数度繰り返す。
「そちらから攻めてこないのか?」
はくたくの挑発にクレマンティーヌは乗らない。というよりも乗る事が出来ない。
(攻められないないんだよ。こいつ身体能力は
クレマンティーヌは心の中でそう毒づく。アインズも身体能力は常軌を逸していたがはくたくのように武器の扱いに熟練してはいない。長物の懐に潜り込もうにも間合いを把握して隙のない攻撃を繰り出されては難しい。
「ならばこちらから行くぞ」
はくたくはポール・アックスを大きく振りかぶり致命的な速度で斧刃をクレマンティーヌに叩きつける。スティレットで受ければ剣と腕を破壊するだけの威力がある一撃だ。はくたくの脳内には彼女が取るであろう回避行動とそれへの対応が既に練られている。だがクレマンティーヌは回避行動を取らない。<不落要塞>ではくたくの一撃をスティレットで弾き返した。
(武技だな。だが―――)
一気に間合いを詰めるクレマンティーヌを、はくたく弾き返された勢いのままに一回転しつつ尻尾で迎え撃つ。クレマンティーヌは突進体勢から<流水加速>を発動させその尻尾を掻い潜り、回転の勢いを生かして再び襲い来るポール・アックスを大きくバックステップしかわした。
(反応速度向上の武技はガゼフが使うのをみていたが、やはり身を以て体験するのは大きいな)
その後もはくたくは手加減して戦う事で武技をクレマンティーヌから引き出していく。しばらくして彼女から学ぶことは無くなったと判断したはくたくは彼女に宣言する。
「これが武技かいい経験になった。時間も押しているしそろそろ終わりにしようか。…本気で来い」
クレマンティーヌははくたくから遊びの雰囲気が消えたのを感じる。
(今までは手加減だったって事ね。このままで終われるか。一杯食わせてやる)
スティレットに込めた魔法は使いきったが只のスティレットでも目の前の魔獣は何かを用いて攻撃を無効化した骸骨とは違って、当たりさえすれば殺す事は出来なくても傷付けるくらいは出来る筈だ。それに戦士の勘が一撃当てたら見逃すという目の前の魔獣の言葉は真実だと教えてくる。一撃当てれば生き残りの目はまだある。だがその一撃が果てしなく遠い。
「行くぞ」
深呼吸をしたクレマンティーヌは身を沈め、今までと同じく武技<疾風走破><超回避><能力向上><能力超向上>を展開しながら突進する。先ほどと同じようにはくたくが繰り出すポール・アックスを<不落要塞>で弾く。弾かれた勢いを利用してもうポール・アックスが襲いかかってくる。それを<流水加速>でかわし、はくたくが回転しながら繰り出す尻尾の一撃を再び<不落要塞>で弾く。武技の連続仕様で体が悲鳴を上げるがクレマンティーヌは意に介さない。そして回転の勢いをのせたポール・アックスの最後の一撃を<流水加速>で避けついにスティレットの間合いにまでたどり着いた。
「食らえ!」
クレマンティーヌは全身全霊を込めてスティレットを突きだす。狙うははくたくの目。極限まで高められた間隔の中でゆっくりとスティレットがはくたくの目に迫り―――その感覚の中でクレマンティーヌは驚愕する。引き延ばされた時間の中でさえ目で追えないスピードではくたくが手にした黒い短剣でスティレットをいなしたのだ。腕を突きだし切った状態で圧縮されていた時間が再び進み始める。
「いい夢は見れたか?」
(不味い―――)
クレマンティーヌがスティレットを引き戻すよりも速く強烈な衝撃が彼女を襲った。クレマンティーヌの視界の中で天と地がぐるぐる回る。クレマンティーヌは視界が高速で回転するという事は自分が怪力で殴り飛ばされ宙を回転しているからとぼんやり理解する。
(やっぱりあの魔獣も、
半ば諦観に支配されつつある彼女の意識は、投擲され自身に高速で飛来する黒い何かを胸に受けると闇の中へと沈んで行った。