オーバーロード 破壊の魔獣   作:源八

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帝都

バハルス帝国の首都アーウィンタール。活気あふれる大通りを周囲の視線が集中する二人組がいた。

二人組の一人は女性。地味な旅装に身を包み、チョーカーと眼鏡を身に付けている。艶やかな黒髪は夜会巻きに纏められている。そして十人が十人振り向くほどの、知的さを漂わせる美貌を周囲に漂わせている。仕立てはいいものの地味な衣装はその美貌を損なう事もなく、かえってその美しさを際立たせている。

 

もう一人は男性。男の身長は百八十センチ前半・歳は二十代前半だろう。黒髪に若干日焼けした健康的な肌は帝国出身ではなく南方の出を想起させるが、暗緑色の目がその男の出自を不明にしている。こちらも女性と同じく地味だが仕立てのいい旅装を身に付けているが、さらに武具を着こんでいる。

 

手甲と足甲を付け、背に長物の斧を背負い、腰には二振りの投げ斧。さらに投げナイフを複数、肩に掛けた革ベルトに固定している。軽装の戦士といった出で立ちだ。

 

多くの見物人は彼らを冒険者とみなしたが、目ざとい者は冒険者が常に首から下げているプレートがない事に気がつき、彼らを冒険者ではなくワーカー、冒険者組合を通さずに汚れ仕事を含む多様な仕事を請負う者たちと予想した。もしくは、闘技場で選手になろうとしている者か。彼らは帝国闘技場がある方向に向かっていた。

 

 

 

 

人間に変装したはくたくは周囲を見回しながら帝都の大通りをゆっくりと進む。隣には冒険者に変装したプレアデスのユリが付き従う。熱気に満ちた街を見回してはくたくはユリに話しかける。

 

「ユリア、帝都はなかなかいい街だな」

「そうですかジョン?特に目を見張るものはあるように思えませんが」

 

二人は本名をではなく、ユリは一字付けくわえてユリア、はくたくはジョン・ドゥ(名無しの権兵衛)から取ってジョンという偽名で呼び合っている。

 

「確かに、我が家(ナザリック)と比べればこの街は取るに足らない場所だろうさ。いい街、というのは少し前に見て来た比較対象(エ・ランテル)と比べて、だな」

 

はくたくは軽く石畳を踏みカツンと音を立てる。

 

「市内や街道の道路がきちんと舗装されている。商業にしろ軍事にしろ道路は欠かせないが、敷石舗装と泥の道では輸送効率が段違いだ」

 

弱兵の王国は敵に利用される事を恐れ街道整備が殆ど進んでいない。強兵の帝国はその心配もなく街道整備を推し進めている。道路を整備すればより早く軍を動かせ、侵攻も防衛も素早く行える。商業を活性化出来るオマケつきだ。はくたくは次に警邏として巡回している騎士を見る。

 

「警邏が巡回し治安もいい。兵士の装備や錬度も王国の衛兵とは雲泥の差だな」

 

王国では衛兵の武装が統一されていなかったのに対し、帝国ではどの騎士も同じ防具と武器を支給されている。それだけ大量の装備を一度に用意できるだけの国力を有している証拠だ。

 

「それに人々の活きがいい。景気が良いのだろうな」

「なるほど。流石ですね」

 

はくたくはぷらぷらと手を振る。

 

「お世辞はよせ。その辺を見て適当に思いついた事を言っているだけだ。うちの内政に詳しい奴(デミウルゴス)に比べさせればもっと気が付く事があるだろう」

「そうですか」

「・・・・」

 

はくたくはユリをまじまじと見る。

 

「何か顔についてますか?」

「いやな、エ・ランテルに連れて行ったお前の妹はもしかしてこういう事(演技)が苦手だったのかなと」

 

帝都に来てから幾つかあった、ナーベラルならば殺気を放ったり演技が崩れそうな場面でもユリは平然としていた。不快感を覚えたかもしれないが、少なくとも表には出していない。呼び名を間違ったり、事前に打ち合わせていた演技から外れる事もなかった。

 

「…妹が何かやらかしたのなら、後で私から言っておきますが」

 

ユリの眼鏡がキラリと光った。はくたくはユリがナーベラルを叱ったら色々と不味い事になる予感がした。

 

「いや、その必要は無い。あれは・・・そうだな・・・」

 

はくたくはナーベラルの不審行動の原因が何かについて思案する。

 

「お前の妹は少し仕事について気負い過ぎなのだ。そのせいで心に余裕がなく、演技が硬くなっている。それに、自分が行きたがる上司(アルベド)が睨みを聞かせている。そんな状況では多少は甘く見てやらないとな」

「そうでしょうか?仕事はきっちりこなすべきと思いますが」

「モモンが言っていたんだが、先日、しつこく言いよってきた貴族を腕を締め上げるだけで追い払ったそうだ。少し前なら手討ちにしてただろう。成長しているのだからもう少しすればヘマもしなくなるだろう。さらにプレッシャーを与えるような小言はもう少し待ってやってくれ」

「分かりました。ジョンがそこまで言うなら仕方がないですね」

 

ユリがふぅと溜息をつき、はくたくは胸をなでおろした。

 

 

 

 

はくたくは闘技場で選手としての登録と説明を受けている。手続きは、試合の中で負った負傷にたいする免責誓約書などこまごました契約書類にサインし、さらに参加出来る競技などについての説明を長々としてから、ようやく終わった。

 

「―――以上で説明を終わります。何かご質問はありますか?」

 

受付嬢が質問を促す。はくたくが聞きたい事は二つ。

 

「今日の出場枠はあるか?」

「少々お待ちください」

 

受付嬢が横に積み上げられている書類をめくり始める。少しして返事が返ってきた。

 

「トーナメント前座の一対一の試合枠が空いています」

「ではそれに参加しよう。それとここには併設の賭博場があると聞いたんだが、自身の勝敗に賭ける事はできるか?」

 

選手は腕に覚えのある者ばかりだから似た事をよく聞かれるのだろう。受付嬢はよどみなく答える。

 

「大丈夫です。ですが、出場者とその関係者は自分が負ける方には賭ける事ができません」

「当然だな」

 

自分で負ける方に賭けてわざと負ける事を禁止するための措置だろう。

 

「質問は以上だ」

「それでは、こちらが登録証のプレートと試合登録の割符です。試合時間の一時間前までにこれを持ってここに戻ってきてください」

「分かった」

 

はくたくはカウンターにおかれた登録証と割符を受け取る。

 

「試合まで少し時間がありますが、どうします?」

「そうだな…」

 

後ろで控えていたユリが尋ねる。さてどうするかと考えるはくたくの鼻が、屋台から漂う匂いを捕えた。

 

「小腹もすいたし観客向けの屋台を回ってみるか」

 

 

 

 

闘技場に併設された賭博場。張り出された午後の対戦表を前に、博徒が熱を持った議論を繰り広げていた。

 

「今回も武王がトーナメント最安牌だな」

「そりゃそうだろうがお前オッズが低くて賭けにならぇよ」

「違いねえ」

 

「おい、午前の魔獣戦闘に出てた<フォーサイト>は何処の冒険者チームだ?帝国のチームじゃないだろ」

「冒険者じゃなくてワーカーらしいぜ」

「ワーカーか。また試合に出るかもしれないし要チェックだな」

 

「おい、このエルヤーと対戦するジョンって奴は誰だ?」

 

ある男が対戦表に記された一つの名前を挙げる。

 

「いや、知らないな」

「登録表に名前がない。だとすると今日登録した新顔だな」

「誰か見た奴いるか?」

「見てない」「俺も」「同じく」

「今日登録した奴なら見たぞ」

 

見たと言った博徒に周囲の博徒の視線が集まる。

 

「どんな奴だった?」「戦士か?魔法詠唱者(マジック・キャスター)か?」

「斧を持っていたから戦士だと思う。あと隣にすげぇ美人がいた」

「美人?」

「ああ。そこらの貴族なんて目じゃねえ美人だ」

「他には?」

「すげぇ量の飯を食ってた」

「・・・はあ?」

「いや凄かったんだって!屋台のメニュー全部食ってたんだ。ありゃ二〇人前はあったな」

「それはすげぇけど、強さと関係ないじゃねぇか!」

「そいつが誰か知らんが、エルヤーの勝ちは変わらんだろうよ」

「<天武>のエルヤーな。アイツ、いけすかないが無敗だからな」

 

直ぐにジョンの名前は忘れられ、別の選手へと話題は移っていく。

もっとも、忘れられたのもそこに一人の美女が現れるまでの事だったが。

眼鏡をかけた美女が賭博場に足を踏み入れた。その余りの美貌に、博徒の視線が彼女に集中する。鉄火場には場違いな美貌を周囲に振りまきながら、美女はカツカツと受付カウンターまで進む。そしてカウンターにずっしりした革袋を置いた。

 

「ここで闘技場の選手に賭けられると聞いたのですが」

「はい」

「トーナメント前座のジョンとエルヤーの対戦で、ジョンの勝ちに賭けます」

「幾ら賭けますか?」

「その革袋に入っている中身全てです」

「えっ」

 

受付が革袋を開くと中には王国金貨がぎっしりと詰まっていた。

 

「お、お客様、額に間違いはございませんか?」

「はい。ジョンの勝ちに王国金貨250枚を掛けます」

 

念を押す受付に当然のように美女は応える。その言葉を聞いた周囲にざわめきが広がる。

 

「畏まりました…では試合後の払い戻しにはこの札をお持ちください」

 

受付から札を受け取ると美女はわき目も振らずに賭博場を出て行った。あの美女と、彼女に金貨250枚を賭けられたジョンとは一体何者なのか。賭博場は彼女が消えた途端、議論が爆発した。

 

 

 

 

『紳士淑女の市民の皆様、栄光ある帝国闘技場へようこそ!午前の部最初の試合はエルヤー・ウズルズ選手とジョン・ドゥ選手のエキシビジョン・マッチです』

 

マジックアイテムで拡大された音声が五万人の観客を収容する円形闘技場に響き渡る。はくたくは持ちあげられた格子戸を潜り、広場へと進み出る。闘技場は異様な熱気に包まれていた。

 

(ユグドラシルのPVP大会とは大違いだな。あれは…もう少し醒めてた。まあこっちでは本物の命と金が賭けられているから当然といえば当然か)

 

はくたくは闘技場の中央へとゆっくり進む。はくたくが中央の指定位置に着くと、向かいには既に対戦相手のエルヤーが試合開始の合図を待っていた。司会が口上を述べている間、手持無沙汰になったはくたくは対戦者に声を掛ける。

 

「これが初試合なんだ。どうかお手柔らかに頼むよ」

「・・・・」

 

エルヤーははくたくの声を無視し、嘲りとも侮蔑とも取れる表情を向けている。

 

(?)

 

はくたくにそういった顔を向けられる理由に心当たりは無い。首を傾げ、もう一度話しかける。

 

「聞えなかったのか?お手柔らかに、と言ったんだが?」

「・・・・」

 

エルヤーは答えない。

 

(なんだコイツ。ちょっとおちょくってみるか)

 

PVPにおいて利用規約に引っ掛からない範囲での挑発はよくあることだ。

 

「何か言ったらどうだおい?耳が聞こえないのか?それとも喋れないのか?」

 

はくたくのあからさまな挑発にエルヤーが反応した。

 

「人間モドキが私に話しかけないでもらいたい。その目と髪と肌。どうせ南方の野蛮な劣等種でしょう?」

 

(ああ、そっちの線だったか)

 

はくたくは眼前の男の態度に納得がいった。この世界の人間は生存領域をモンスターや亜人に圧迫されている。

そのせいか、人間以外に差別感情を持っている者がそこまで珍しくない。ここまであからさまにする人間は少ないが。

 

「これは劣等人種こときが人間様にお声をおかけして申し訳ございませんでした」

 

エルヤーに笑みを浮かべながら慇懃無礼に礼を返す。

 

「・・・二度と軽口を叩けないように切り刻んで差し上げましょう」

 

一見冷静を装っているが、ば内心怒り心頭なのがバレバレである。

 

「おおそれは怖い」

「無敗の私に何時までその減らず口が開けるか楽しみですね」

 

(聞きもしないのにベラベラと喋ってくれるな。初試合が無敗記録持ちとは運がいい)

 

エルヤーが無敗記録持ちならば、ジョンが勝った場合の払い戻し倍率は相当高いだろう。

 

『―――果たしてこの無名の新人選手は無敗記録を誇るエルヤーを破る事が出来るでしょうか?もしくはエルヤーの無敗記録がまた一つ伸びるだけなのか?この一戦目を離すな!』

 

試合開始の銅鑼が大きく鳴らされた。

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