モモンガの部屋の前まで来たはくたくは扉をノックする。来客の確認に来たメイドにモモンガに会いに来たと伝える。少ししてメイドが再び扉を開けたので中に入り応接間でモモンガを待つ。応接間のソファーに腰掛けて待っていると人払いを済ませたモモンガが対面に座った。
「さてモモンガさん今後について話し合いましょうか」
「はい・・・ってはくたくさんなんか酒臭いですよ?」
モモンガの目が若干厳しい。緊急事態に飲酒は何事だといった感じだ。はくたくは急いで釈明する。
「すみません、気つけに一杯と思ったら美味しくてつい。酩酊効果は無効化されてるから酔っぱらってないですよ」
「そうですか。じゃあ本題に入りましょう」
まずは二人が今までに把握した事の確認から始める。はくたくは闘技場の戦闘と百科事典の内容を参照した結果、転移前に獲得している特殊能力や性質を今も受け継いでるという事を伝える。モモンガも似たような事を行っておりこれについては確実だという事が分かった。確認した仕様を実演する為はくたくはインベントリから一つかみのユグドラシル金貨を取りだす。
「見ててくださいモモンガさん」
はくたくは金貨を口の中に放り込み、バリバリと噛み砕いてから飲み込む。金属の味が口内に広がるが、不思議と美味しく感じる。
「うえーそれ体大丈夫なんですか?」
「・・・金属は結構イケます。多分そこらへんの土も栄養に出来そうな感じですね」
次にモモンガがグレートソードをドレスルームから持ってくる。
「これの装備に必要な筋力の条件は満たしているので持つ事は出来ます。しかし」
モモンガが剣を上下に持ちあげる。だが両手で握り構えを取ろうとするとモモンガの手から剣が滑り落ちる。横から見ているとモモンガが剣を持つ手を急に手放したようにしか見えない。
「こうやって『装備』しようとするとこの通りです」
「しっかり握っているのに落としてしまう?」
「ええ。装備に必要な筋力を満たしているのに。スタッフは振るう事が出来ました」
モモンガが取り落としたグレートソードをはくたくが拾い上げる。はくたくは剣を両手で握り構え、振る。同じように片手でも構え、振る。何の問題もない。
「自分は戦士系のスキル持ってるから使えるのか。モモンガさんスタッフ貸してくれません?」
「ええ、振ってみてください」
モモンガにグレートソードを返し、替わりにスタッフを受け取る。魔法効果はないが殴打ダメージに特化したものだ。必要筋力を満たしているので当然持つことはできる。だが構えようとするとスタッフを取り落としてしまう。拾い直し両手で握り構えようとしたが同じ結果に終わる。はくたくはスタッフを拾いモモンガに返す。
「スタッフを装備出来るクラスを取得していないとはいえ変な感じです」
「これが似たような形状でもクラブなら」
「装備出来るんでしょうね。これをどう解釈すればいいんでしょうか」
「ゲーム内で得た能力を行使できるが、同時にゲームの内容に縛られている」
「そういう事でしょうね」
「情報が足りないですしとりあえずそういうものだとしておきましょう」
二人は再びソファーに腰掛け議論を始める。とりあえずは偵察と情報収集、周辺地理の把握に努める。人間の国家があるなら敵対行動は慎む。自分たちと同じように転移してきたプレイヤーがいたなら敵対せず協力関係を築く。それが無理なら最低でも中立関係を目指す。自分達のようにギルドメンバーが転移してきているのか、転移してきているかもしれないギルドメンバーを探すためにどうするか。
様々な基本方針を二人はすり合わせていく。直近の方針として人間国家が存在するなら接触を持ち、なるべく高い地位で庇護に入る。転移してるかもしれないギルドメンバーに気付いて貰う為に名声を各地に広める。守護者に防衛能力と忠誠度向上の為に
以上の事が決まった。
「なんか穴だらけな気がしますね」
「仕方ないですよ。こんな事考えるの初めてですし」
「まあ困れば守護者にも意見を聞いてみましょう」
「そうですね。ああそうだはくたくさん」
そうモモンガが言った後はくたくの脳内にモモンガの声が響く。
『今後自分たち以外がいる場所で相談する時はこれを使いましょう』
『これは…魔法の<
モモンガは魔法<伝言>を使えるがはくたくは使えない。モモンガに<伝言>を使って欲しい合図を幾つか決める。一通り話が終わった二人は溜息を吐く。
「肉体的にはともかく精神的に疲れました」
「ええ。私はアンデットなので疲れは気分の問題でしょうけど」
「それは羨ましい。新しい体にも慣れましたかモモンガさん?」
「ええ、この見た目にはどうにか。しかし…」
「どうかしたんです?」
「実は…」
モモンガは平坦な声で自分の精神状況を話す。感情の激しい起伏が抑圧されて平坦な物へと変わる。食欲も睡眠欲も感じない、性欲も殆ど無い。
「それはなんと言うか、大変ですね」
「まあ慣れでしょう。はくたくさんは?」
はくたくも自分の状況を話していく。力に漲る四肢や尻尾を操る感覚。人間だった時より鋭敏で拡張されている五感。モモンガのような感情抑制はないが、戦闘時に恐怖や怯えを全く感じなかった事。そして生命を殺戮する事への充足感。
自分達は一体何になったというのか。
互いの状況を話し終えた二人は無言になる。雰囲気を変えようとはくたくが質問する。
「そう言えばモモンガさんアルべドの事話す時何か隠していません?」
モモンガがビクリと反応する。やはり何かある。
「あー、モモンガさんもしかしてアルべドに何かやらかしましたか?」
「ええ、はくたくさんに説明しようと思っていました」
モモンガははくたくにサーバーダウン直前、アルベドの設定を閲覧した時に設定文の「ちなみにビッチである」を「モモンガを愛している」に書き換えた事を白状した。はくたくはアルべドの一連の行動を思い出す。乳揉みOK、私の初めて、私の愛しいお方。
(うわーないわー。まあゲーム終了直前の衝動的な行動を責めても仕方ないよね。でもさっき飲酒咎めた分の仕返しくらいはしてやろうかな?)
「あーあタブラさんアルべド寝取られちゃいましたね。いやこれはどっちかというと
『タブラさん娘を下さい!』案件かなー?」
「ああああすみません!すみません!出来心だったんです!」
モモンガは両手で頭をながら身悶えしている。精神抑制も働いているようだが何度も感情が湧きあがっているようだ。
「今年はしっとマスクが増えないよ!!やったねモモンガちゃん!」
「あばばばばばばばばば」
ひとしきり笑った後、酒の件の仕返しを終え満足したはくたくはモモンガを許す。
「いやーこっち来てから一番笑わせてもらいましたよ」
「本当にすみません。タブラさんになんと言えば…」
「アルべドの件はもうなるようにしかならないでしょう」
はくたくはモモンガに提案する。アンデットとはいえ気分転換は必要だ。
「モモンガさん、ちょっと二人だけで気分転換に外に出てみませんか?」
「それ守護者やメイドたちが共を付けたがるんじゃないですか?」
「極秘でやる事があると言えばいいし、もし誰かに誰何されてもお忍びで視察という事なら邪魔は入りませんよ」
「そうですね。じゃあ地上に近い中央霊廟に行きますか」
モモンガが外で待機していたメイドを呼び戻した後、極秘の用事だから供は許さないと告げた。その後二人は
だがお忍び視察という名目の気分転換は早くも失敗する。転移した途端デミウルゴスの配下三体に出食わしたからだ。配下の三体は、凶悪な悪魔のイメージまんまの
『はくたくさん、これは一体?』
さっそく<伝言で>モモンガがはくたくに話しかけてくる。
『厳戒態勢という事でアルべドとデミウルゴスが配置を変・・・あ、デミウルゴスですよ』
魔将の後ろにいたデミウルゴスがこちらに近づいてくる。魔将もデミウルゴスの後ろに従いこちらにやってくる。距離が詰まるとデミウルゴスが上品な動きで片膝を付き、魔将もそれに倣う。
「これはモモンガ様にはくたく様。近衛も連れずにここにいらっしゃるとは、一体何事でしょうか?」
『思ってたよりはるかに早くばれちゃいましたね?どうしますモモンガさん』
『打ち合わせ道理お忍びで視察に来たという話で行きましょう』
「さっそくお前たちに見つかってしまったな」
「私とモモンガは仕事の進捗具合の確認と労う為にこっそり見周りをしようと思っていたのだ」
(大丈夫かな?別に変な事言ってないよな)
はくたくとモモンガの不安は杞憂に終わる。
「なんと我々を労う慈悲を与えてくださるだけでなく、その為に供を付けないとは。このデミウルゴス御二方の深い配慮に感服いたしました」
『どうやら成功したみたいですね』
『よし、これで外に行け』
「ですが、やはり供を連れずに、となりますと私も見過ごすわけにはまいりません。ご迷惑とは重々承知していますが何とぞこの哀れな物に寛大なる御慈悲を賜りますようお願い申し上げます」
『あーやっぱり供を付けてほしいみたいですね』
『じゃあ一人だけ許可してみたらどうです?モモンガさん』
「ならば一人だけ同行を許すぞデミウルゴス」
「私の我が儘を受け入れてくださり、感謝いたします」
デミウルゴスは後ろに控える魔将に指示を出す。
「ではお前たちはここで待機し、私が何処に行ったか説明しておけ」
『『お前が来るんかい!』』
二人は同時に脳内で叫ぶ。
「うむ、シモベも同意したようだし行くか、モモンガ。供をせよデミウルゴス」
頭を下げるデミウルゴスの横を二人が抜けるとデミウルゴスが立ち上がり従う。二人はデミウルゴスを連れ巨大な霊廟を出ると、そこには満点の空が広がっていた。
「綺麗だな」
「ああ・・・」
モモンガとはくたくは短く言葉を交わすが、その裏では<伝言>で会話する。
『うわー!!こんな綺麗な空は初めて見ますよモモンガさん!』
『ユグドラシルや六階層の空も素晴らしかったですが本物がこれほどとは・・・』
『空気も美味しいです、本当に美味しい。外で人口心肺無しに過ごせるなんて夢みたいです』
『ちょっと空飛んでみません?』
『いいですねえ。魔法お願い出来ます?飛行のマジックアイテム持ってますけどデミウルゴスもいますし』
『分かりました』
モモンガが<
「ブルー・プラネットさんがここにいれば何て言っただろうか・・・」
ギルドメンバーで最も自然を愛した男。彼はせめて仮想の世界ではと第六階層の夜空を作り込んでいた。はくたくは彼がメンバーを相手に第六階層の夜空を用いて天体の講義をしてくれた事を思い出す。彼ならこの夜空を見てなんと言うのだろう。はくたくはブループラネットの天体講座を思い返しながら、彼に教えられた星座が無いか探す。だが北半球南半球どちらの有名な星座も満点の夜空には存在しなかった。
(あるべき場所に星が無い。ここは地球ではない、いや魔法が使えるんだから別次元の可能性も高いのかな?)
「現実の世界とは思えない・・・キラキラしていて宝石箱みたいだ」
「ええ本当に。ブループラネットさんがここにいないのが残念だ」
「この世界が美しいのは、御二方の実を飾るための宝石を宿しているからに違いないかと」
後ろからデミウルゴスの御世辞が聞こえてくる。
「この美しい宝石箱が私たちの為にあるか。どう思うモモンガ?」
はくたくはモモンガに問う。
「この世界が宝石箱ならこの宝石は我々で独占すべきものではないな。ナザリック地下大墳墓を、そしてわが友たちとこのアインズ・ウール・ゴウンを飾るものだろう」
「なんと魅力的な御言葉。御二方が望まれるのならば、ナザリック全軍を持ってこの宝石箱をすべて手に入れてまいります。それを御二方に捧げる事、このデミウルゴスこれに勝る喜びは御座いません」
二人は目を合わせる。部下は二人が命じれば本気で世界征服するつもりなのか?
『これ
『流石に雰囲気読んで言った冗談でしょう』
「この世界の事が全く分からない状況でその発言はどうかな?我々はこの世界ではちっぽけな存在の可能性もあるぞ?ただ・・・・うん。世界征服なんて面白いかもな」
「世界征服か。ロマンはあるなモモンガ」
デミウルゴスの期待に応えた演技をするモモンガにはくたくも合わせる。世界征服、それは男のロマン。だが当時の「世界」を征服した帝国がどうなったかなんて、歴史を紐とけば幾らでも出てくる。世界征服に現実的なメリットなど存在しない。知恵者の設定のデミウルゴスなら分かっているはずだろう。
景色を楽しむために振りむかなかった二人は、結局デミウルゴスが二人の言葉にどのように反応したか、気付く事は無かった。
夜空を十分堪能したモモンガとはくたくは、地上でナザリックの隠蔽工作をするマーレを陣中見舞いの為に地上へ降下を始める。所用が出来たデミウルゴスと途中で分かれた二人はマーレの近くに降りる。二人が着地する前にこちらに気づいたマーレが駆け寄ってくる。急いだ駆け足の為かスカートがぴらぴらと揺れている。
(うーん見えそうだ。いや見たいわけではない!断じて!!)
制作者ぶくぶく茶釜のアウラとマーレの完成お披露目に呼ばれたときの事を思い出す。そういう趣味は持ち合わせていないはくたくは性別設定ミスじゃないのか?と他のメンバーに漏らした所を茶釜に見つかり滔々と説明された事を思い出す。その説法には何故か茶釜のリアル弟であるメンバーペロロンチーノも加わっていた。
(男の娘だっけ?あんなに可愛いのに男・・・男・・・)
はくたくは男の娘概念について考えるのを止め、マーレとアインズの会話に加わる。
「今私とモモンガはお前たちの働きを見廻っているところだ。ナザリックの為に働くお前たちを労う為にな。何故供をつれていないと聞いていたな?それが近衛を付けてない理由だ。供をゾロゾロと引き連れていればお前たちも心休まるまい」
「そういう事だマーレ。見た所完璧に使命を果たしているようだな。我々が満足しているという証に何か褒美を与えようと思っている」
「あ、ありがとうございます。モモンガ様、はくたく様。で、で、でも褒美なんてもらえません!僕たちは至高の方々に使えるためにいるんだから、仕事をこなすのは当たり前です!」
一応確認をするためにはくたくは合図の一つを出す。頭の中に<伝言>のネットワークが繋がる間隔を感じてからモモンガに話しかける。
『モモンガさん褒美で
『はい。でもなんか受け取りそうにない雰囲気ですね』
『ならこれからも忠誠を尽くすことへの褒美として渡しましょう』
『その線で誘導してみます』
<伝言>の回線を切ったモモンガはマーレに提案する。
「そうか?ならばこうしよう。今後も我々に忠誠を尽くし、忠実に使命を果たしていく事に対する褒美を兼ねていれば問題ないだろう?」
「も、問題ないんでしょうか?」
はくたくもマーレの背中を押す。
「ああ。問題は無いとも。モモンガ、アレを渡そう」
モモンガが
「そ、そ、それは至高の方々しか所持を許されない至宝の一つ!う、受け取れるはずがありません!」
合図しなくても今度は<伝言>が飛んでくる。
『これ受け取れないって言ってますけどどうします?』
『指輪を渡す目的と、他の階層守護者にも渡す事を説明してそれでも駄目なら命令って事で押し切りましょう。ナザリックの防衛能力強化のために階層守護者にはどの道渡さなければならないですしね』
「私とはくたくで決めたのだが、何らかの襲撃の時には各階層守護者には各階層の指揮官になってもらう。その際本部である10階層に転移出来ない、撤退できないというのは非常に不味い。だからこの指輪を渡すのだ」
「で、ですがなんでぼくが…もしかして他の守護者にも渡すんでしょうか?」
(お?いけそうな雰囲気だ。けしかけるか)
はくたくが後押しをする。
「その予定だ。だがマーレ、その働きぶりを評価してお前が最初だ。褒美として最初に受け取る栄誉を与える」
「で、ですけど…」
「臣下の身では受け取れないというお前の気持ちも理解できる。だが命令として受け取れ。これを用いてナザリック、そして私やモモンガの為に貢献せよ」
モモンガから
(結婚指輪じゃないのに…骨と魔獣だけど一応男のはずなのに…)
はくたくが再び茶釜に説法された男の娘概念について思い出していると後ろから声がかかった。
「モモンガ様。それにはくたく様」
振りむくと月明かりの下に神々しい女神がいた。その後ろにはデミウルゴス。月明かりを背に舞い降りてくるアルベドの美しさに、はくたくは記憶にある彼女の残念美人像を一時忘れた。
「デミウルゴスから仔細聞き及んでおります。我らを労うために供を付けずお忍びで見周りとはそのご配慮、守護者一同感謝の極みでございまうぇええ!!!」
話の途中で突如アルべドが目を零れ落ちそうなほど目を剥き、ギョロリとマーレの指輪を見る。顔は一瞬で再び元に戻ったが、視線はマーレの薬指の指輪から離れない。
「ど、どうしたアルベド」
「・・・・何かございましたか、はくたくさま?」
指輪、薬指、モモンガを愛している。これらからはくたくは一つの結論を導き出す。マーレが危険だ。とりあえずここから離れさせよう。はくたくは<伝言>の合図をさりげなく出しながらマーレに話しかける。
「マーレよ邪魔をしたな。休憩を取ったのちに再び作業に戻ってくれ」
「は、はい!ではモモンガ様、はくたく様、失礼します」
走り去るマーレを見ながら<伝言>が繋がるとはくたくはすぐさまモモンガに命じる。
『緊急事態です、モモンガさん。今すぐアルベドに誉める場所見つけて指輪を渡してください』
『え?本来の予定では・・・分かりました』
遅れて察したモモンガはアルべドに話しかける。
「それでアルベドはここに何のようだ?」
「はい、デミウルゴスからモモンガ様とはくたく様がこちらに視察でいらっしゃると聞きましたので、ご挨拶にと。ただ、このような汚い格好で申し訳ございません」
はくたくの目にはアルベドの服は特段汚れているようには見えない。はくたくはモモンガがアルベドに上手い事返すように祈る。
「アルベドよ、お前の輝きはその程度の汚れで損なわれるようなものではない、相変わらず美しいままだ。確かにお前のような清廉な美女を駆け回らせるのは悪いと思っている。だが今は非常事態だ。申し訳ないが今少し我慢してもらうぞ」
「モモンガ様、あなたの為ならば幾ら駆けようとも問題はございません!」
『モモンガさん今です!指輪を渡しましょう』
「お前の忠義、感謝するぞ。そうだ、アルべドよお前にも渡す物がある」
「―――何を・・・でしょうか?」
目を伏せ感情を抑えてはいるが期待しているオーラがダダ漏れだ。モモンガは
「守護者統括のお前にもこれは必要だからな」
「…感謝いたしますモモンガ様」
はくたくとモモンガは指輪を受け取ったアルベドを観察する。アルベドは指輪を両手で握りしめ少しうつむいている。感情を抑えててはいるが、口元は痙攣し翼がビクビクと震えている。おそらく指輪を貰った事が余程嬉しいのだろう。
『とりあえずどうにかなったし、ここから撤退しましょうモモンガさん』
『え、ええ・・・』
「それではアルべドよこれからも忠義に励めデミウルゴスには―――」
今デミウルゴスにアルべドと同じように指輪を渡すのは得策ではない。
モモンガの発言にはくたくは口を挟む。
「またの機会だ」
モモンガははくたくに合わせる。
「そうだな、デミウルゴスにはまた後日としよう」
「畏まりましたモモンガ様、はくたく様。御二方からかの偉大なる指輪を戴けるよう努力してまいります」
「よし、ではすべき事も済んだ。私たちは九階層に戻るとするか」
アルベドとデミウルゴスが頭を下げたのを目にした二人は
を起動させ転移する。転移する直前はくたくは「いよっしゃああああああ!」という声を聞いたような気がした。
第九階層の入口に転移した二人は歩きながら<伝言>で会話する。
『アルベドが指輪を見た時はどうなるかと思いましたよ』
『アルベドには自分の所へ報告に来た時に渡す手筈でしたからね』
『気分転換に外に出たのにここまでトラブルになるとは。ちょっと軽率でした』
『いやいや、私も夜空を見てかなり気分が良くなりましたから謝らなくていいですよ』
『そう言ってくれるとありがたいです。モモンガさんはこの後どうします?自分はちょっと寝ようかと』
『自分は
『分かりました。疲れないとはいえあまり根を詰めないで下さいね。何かあったら困りますし』
『そうですね。適度に休憩を取る事にします。では、はくたくさんまた明日』
二人は指輪でそれぞれの自室へと転移した。
はくたくは自室に戻ると併設された浴室の用意をメイドに指示する。大して汚れてないとはいえ、寝る前に風呂に入らないのはなんとなく嫌な感じがしたからだ。十分後、メイドから準備が出来たと伝えられた浴室に向かうのだが、後ろからメイドが付いて来ている。
「・・・どうして付いてくる?」
「はくたく様の背中を流すのを手伝おうかと」
(色々とお付きのメイドが世話を世話をしてくれるのも悪くはないが風呂場にまでついてこられるのはちょっと気が休まらないな…)
「今日は一人で入る。不要だ」
「畏まりました」
九階層の41人の部屋はロイヤルスイートをイメージしたものになっているが、各ギルドメンバーの趣味に沿ったカスタムが施されている事もある。自室のデフォルトの浴室は高級ホテルのジャグジー付き風呂だが、はくたくの自室の浴槽は石造りの伝統的な温泉旅館の風呂を模したものになっている。
浴室に入ったはくたくは体を洗おうと持ち込んだタオルに石鹸を付けようとして気付く。タオルは鱗や突起がある自分の体を洗うのに適していない。たおるが鱗や突起に引っ掛かかってしまう。どうしたものかと周囲を見回し、いい物を見つける。風呂場に備え付けられたボディブラシだ。石鹸を付け泡立てたブラシで手足と胴体を洗った後、取手付きブラシで鏡を見ながら甲羅を磨いていく。十分洗ったと感じたはくたくはシャワーで泡を流す。
風呂に入る準備が出来たはくたくは浴槽の前に立つ。このように並々と湯が湛えられた風呂に入るのは初体験だ。日本で水は貴重なため都市部ではスチームバスにしか入れない。汚染されていない温泉を利用した浴場もあるが、そういう場所はかなり高額な料金を取られる。それに旅行は昔ほどメジャーな娯楽ではない。温泉旅行などしようものなら温泉に入る為だけに殺風景な景色を延々と見る破目になる。それならば仮想世界を楽しんだ方がよっぽど娯楽になるというものだ。
意を決しはくたくは足を湯に付け、そしてそのまま体をザブンと湯に沈める。大量の湯が零れ浴室に湯気が充満する。足を伸ばしリラックスする。
「あー極楽極楽、って言うんだっけ?確かこういう時は」
昔見た資料映像を思い出しながら一人呟く。水が貴重で無かった昔はこのような大量の水を用いた入浴法がメジャーだったらしいが、当然だなと思う。スチームバスとでは気持ちよさが全く別物だ。湯の温かさが全身を通して体に染みわたっていく。
少し子供っぽいと思ったがある事をやってみたくなった。湯の中に潜り浴室を泳いだり、バシャバシャと湯を飛ばす。ひとしきり遊び満足したため浴槽の端にもたれかかり、はくたくは考え事を始める。
(最初はとんでもない事に巻き込まれたと思ったがこういう体験が出来るなら、全部が全部悪い事ではないな。明日の朝食も酒の旨さを考えるとかなり期待できそうだ)
(アルベドの件は…モモンガさんに言った通りなるようにしかないだろう。モモンガさん案外スケベだしもしかしたら今頃アルべドとお楽しみかも)
(いや、確か性欲が殆ど無くなったって言ってたからそれはないな。アンデットの体はメリットもデメリットも大きそうだったな。…そう言えば自分の性欲はどうなった?)
自分の性欲はどうなっているのか。はくたくは自分の下腹部を意識しながら観察する。腹部はなめらかな鱗に覆われてつるりとしている。生殖器や排泄口の類は一見見当たらない。
性器は本能的にその手の目的に使用する物が体内に格納されている事がなんとなく分かる。性欲の確認は風呂で背中を洗わせるためにメイドに水着でも着せて、一緒に入浴してみれば分かるだろう。だがそれでメイドにムラムラした場合、自分は異種交配を好む変態になるんじゃないか、という疑問が沸き起こる。それについてはなるようになるさと深く考えず、はくたくは次に排泄口が無いという事を考える。モモンガと違い物を食べるのに排泄をするための穴が無いのはどういう事か。そういえば異変が起こった時から数時間たっているが、便意や尿意の類は全く感じない。自分が食べた物は質量保存を無視して何処かに行っているのだろうか。これは
そういう事を考えていると体が芯まで温まる。はくたくは浴槽から上がり風呂場を出る。脱衣所で体を拭こうとするが、一人ではタオルで上手く背中を拭けない事に気付く。仕方が無いのでメイドを呼び背中を拭かせる。いい年して背中を拭いてもらうのは少し気恥ずかしいが、先程メイドは背中を流そうと付いてきたのだから変な行動ではないだろうと考えた。体を乾かした後メイドに朝までモモンガや守護者からの用以外は取り次ぐなという事と、モーニングコールをするように指示し主寝室に入る。そのままベッドに倒れ込み目を閉じる。
精神的な疲れからか、すぐさま睡魔が襲って来たはくたくは考え事をする間もなく眠った。