エスデスがタツミを好きになる?そんな話は知らないです(笑)
そんな感じな勢いで書いた結果がこうなりました。
至らぬところは多々ありますが暖かい目で見てください。
冷めた目で見るのはエスデス様だけで十分です。
帝国最強への道程
帝歴1024年
静寂が覆う帝都…その路地裏で1人の男が返り血のようなものを服に付着させながら歩いていた。
「ふう、あいつもいい加減俺の性格を理解してくれてもいいんじゃないか?」
月明かりに照らされ現れた男の姿は実年齢25歳の身なりには到底見えず、浮浪者のそれと変わらない出で立ちで壁に背を預け走り続けてきた体力を敬う様に息を整えていた。
「ん?なんだ……?」
夜空に溶け込む様に動く気配、数は6。こんな気配を消すのに特化した人物は宮殿でも数えれる程だが、まさか俺を追ってきたのかと長く伸びきった青い髪をかきあげ、同じような青い瞳を気配の感じた方へ向ける。
「ブドーにしちゃあ気配は小さい、エスデスに比べたら…うん、あいつは匂いで追ってくるからな……」
今帝国側にいる者で自分を捕まえられるのは2人、革命軍の情報はまだ詳しくは分からないが有力なのはナッちゃん……ナジェンダ率いるナイトレイドの数名だろうか。
「…いったな。どこに向かってるんだ?」
6人の気配が完全に自分から離れていくのが分かり自分の追手では無いと分かれば、ナイトレイドだと一縷の望みをかけてその後を闇に紛れるように追いかけていった。
「それじゃあシェーレ、手筈通りに。」
私、マイン、シェーレ、レオーネ、ラバック、ブラートの6名は依頼で受けたある貴族の一家の暗殺をしにきていた。
目的の数は8人。家主にその妻と娘、護衛の5人だ…ボスもなぜこの仕事に6人も出したのか分からないが仕事は直ぐに終わると予想していた。帝具持ちはおらず護衛の実力も知れている。油断は禁物だが大丈夫だろうと思っていた。
「はい、それでは先に行かせていただきます。」
シェーレには一番依頼の多かった家主の妻をいち早く殺すように頼んだ。薬などを用い地方から出てきた若者に投与…そして病気になった者を観察して日記に書いてたのしんでいるとか。家主はレオーネに任せて私は娘のアリアという女を探すことにした。ちなみにブラートとラバックには護衛の排除を任せた。
「すいません。」
目の前には真っ二つになったこの家の婦人。運が良かったのか直ぐに見つけたため胴体を切り離してあげた。
あとはアカメたちが仕事を終えて戻ってくるのを待つだけ…そう思っていたのに。
「っ!?なに!?」
気配を全く感じさせず何か鈍器で殴られたようなと、気づいた時には私は壁に激突し血を吐いていた。
「ふぅ…手加減できてたか?」
男の声が近づいてきていた。姿は見えないが気配を掴むことはできたためそちらに目を向ければ、そこには何処かで見たことある男が立っていた。
「エムル……さん?」
その男のこちらを見る瞳に、ああ、あの人だと笑みを浮かべ私は気を失った。
「何が娘だってぇの。その娘のやってること知らないわけじゃあるまいし。」
私の目の前で息絶えた1人の男、この家の家主は両目を開いて何か懇願するように虚空を見ていた。
後は娘のアリアだけか…そんな事を考え歩き出した瞬間、殺意の篭った視線に緩みかけた体に力を入れなおした。
「誰だ!」
拳を握り廊下の先に目を向けた。姿は見えないがいる…尋常じゃ無い殺気に久し振りに全力が出せると笑みを浮かべた瞬間だった…帝具『百獣王化ライオネル』の力で鋭くなった嗅覚の中、少し土と血が混じった匂いがしたが根本的な体臭に目を見開き、ああ、この匂い……あの人…生きてたんだ…そう思って握り拳を解いてしまったのが災いし私の腹に向かって拳を振り抜かれたのが分かった。
「レオーネ……、何油断してんだ。」
意識が無くなる程の打撃を久しぶりに受けたレオーネの姿に、昔から知っている少女の面影を見て床に座る男。
手加減したとは言え自分の一撃にあそこまで無防備だったのは何故だと考えるが、まあ今はいいと男はレオーネの腹…自分の拳で打った部分を見てみる。
撃った場所は青く変色をしており吐血をしていた為どれだけの衝撃がレオーネを襲ったかが分かるが、今は治療道具も無ければそんな治療行為をしている暇はない。まあライオネルの変身が解けてないなら治癒には問題ないだろう。
屋敷周辺に感じている強い気配は後2つ…ナイトレイドなら後はアカメとブラートだろうと立ち上がれば闇に溶け込む様に気配を消してレオーネの側を離れた。
「にー…ちゃん………」
レオーネの口から溢れた言葉を聞く事なく。
「アカメ、こっちは済んだぜ。」
「そうか。後は娘のアリアだけだな。」
ブラートとラバックが護衛を仕留め終わったのか私の元にやってきた。ラバックの帝具【千変万化クローステール】が動いているのを察するに侵入者が居ないか罠を張っているんだろう。
「さっき1人だけ侵入者が。動きが早すぎて罠が追いつかないし、もしかしたら鉢合わせするかも。」
ラバックは想定外の事態に悪態をつきながらクローステールに意識を向けていた。ナイトレイド6人に対して1人の侵入者ならどうにかできるだろうと思い私はアリアの居場所を探すため、そして一番見つけるのが早い可能性のあるマインの居る木に登った。
「マイン、侵入者を見つけたら足止めを。姿を見られたら葬って構わない。」
「OK。あ、アカメ…アリアを見つけた。」
侵入者の事を伝えたかったのもあるがアリアを見つけれたのなら一石二鳥だろう。帝具【浪漫砲台パンプキン】を構えたマインの見据える先にアリアを見つければ直ぐに異変に気付いた。
「マイン、あの男は?」
アリアの後ろ、護衛とは違うようでアリアの後ろを付いて行っているのだが、まるで気配を掴ませないその雰囲気に1度目を離したら見つける事が困難になりそうだと目を凝らした。
「え?男?そんなのいる?」
どうやらマインからは見えないのかパンプキン越しに見ているマインは首を傾げていた。あれが侵入者なのかもしれない…アリアを葬るのはいいが仕事の邪魔をしている事には変わりないからか帝具【一斬必殺村雨】を抜き構えればマインの隣から一気にその男に向かって飛んだ。
「え!?」
後一メートルにも満たない時、その男が急に発した気配に驚きを隠せなかった。
1年前…ある事件をきっかけに死んでしまったと思っていたあの人にも気配が似ていたからか村雨を構えていた体勢が崩れてしまいその男の真上にお尻から落ちてしまった。
「っ、!ひゃん!?」
むんずと掴まれたお尻と胸、背中に感じる圧迫感、落ちて怪我を…最悪村雨の剣先が自分に触れてしまうと思いつい目を閉じてしまった事が悔やまれる数秒だったが、この感触に顔が真っ赤になっていくのが分かれば直ぐに目を見開いた。
「アカメ、大丈夫か?」
流石に受け止めてしまった。上空から襲ってくるのは分かったがまさかバランスを崩し落ちてくるとは思わなかったからだ。これでは実力を試そうとしていた自分がバカじゃないかと溜息をつき一緒に落ちてきた村雨を素早く握り地面に突き刺せば、顔を真っ赤にするアカメをお姫様抱っこしていた状況から地面に下ろしてやった。
「な、なんで…なんでエムル兄さんが?」
未だに視線を彷徨わせ自分の無防備な姿をどうにかしたいと地に刺してある村雨に目を向ければ、恐る恐るといった様子でこちらを見上げてきた。
その間にブラートが仕事を終わらせたのか少女の叫び声が聞こえると同時に、自分の体に見えにくい糸が絡んできたのが分かった。
「クローステール。」
この帝具の使い方を教えてやったのは自分だ…殺傷力もあるがこれを解くのは難しくはない。絞め殺される前に帝具持ちを倒せばいいだけなのだから。
「はあぁぁ!!」
「むっ!」
帝具持ち2人、1人は糸で身動きを封じもう1人は透明化してそいつを確実に殺す。戦術を未だに生かしている2人には少し笑みを浮かべ、『それは格上には通じない』と思い出させてやる。
クローステールが巻き取るより早くラバックの腹部に回し蹴りを食らわせた後、襲いかかってくるブラートの気迫を横目にもう一発ラバックの脇腹に蹴りを加える。クローステールの糸が緩むのと同時に糸から抜け出し風を切る音と共にラバックのクローステールの糸を掴み横へと投げれば、透明化したブラートに引っかかったのかクローステールが動き出すのが分かった。
「ラバ!目を覚ませ!くっ!?」
身動きが取れにくくなったのか気絶したラバックを起こそうと声を荒げるブラートだが、その隙を見逃すはずもなく【悪鬼纒身インクルシオ】を纏ったブラートの頭に向かって拳を振り抜いた。
「お願いパンプキン!」
パンプキンを構えたマインが姿を現した事で自分のピンチを糧にする…まあ怒りや悲しみでも威力の上がる精神力を糧にするパンプキンが巨大な咆哮を上げ襲い掛かってきた。
だが射撃主が姿を現していいのは敵を撃ち抜いてからだ…それもガードが居ない射撃手なんてのは格好の餌だろう。パンプキンの巨大な咆哮を上空に飛びかわせばマインに向かって滑空を始めた。
「エムル兄さん!マインには!」
これ以上仲間に被害を入れられては隊長代理としては見てはいられない。マインに今でも襲いかかろうとパンプキンの咆哮をかわし滑空を始めた男を兄と呼ぶアカメ。
まあナイトレイドの仕事は既に終わっているため暗殺の後はただの戯れ…アカメに言われたからか仕方ないと言わんばかりにそのまま着陸をすれば未だにパンプキンを構えているマインの頭の上にポンと手を置いた。
「えっ?あ、あれ?」
「つぅぅ、インクルシオが砕かれるなんてどんな腕力だよ……って、え?あ、兄貴!?」
「う、うわぁ!ク、クローステールがぁぁ!」
三者それぞれ何がなんだか分からないという顔をして、マインはパンプキンを持ちながら夢でも見ているかのような惚けた表情を男に向けて、ブラートは体にインクルシオを纏いながらも剥き出しになった自分の顔を掌で覆いながら歩いてこればその男の姿に口を大きく開けて驚いており、ラバックは目を覚ましたのかブラートが抜け出した際に絡まったクローステールの糸を解いていた。
「……兄さん!」
「うお、いきなりなんだよアカメ?」
目に涙を浮かべながら男に抱きつき兄さん兄さんと連呼するアカメに最初は驚いていたが、次第に服が濡れてくるとマインの頭から手を離しアカメの体を抱きしめてやれば小さくただいまと呟いた。
「で、シェーレとレオーネは暫くベットから起き上がれず、ブラートは更に修行をすると言って山籠り。ラバックはクローステールのメンテに。」
「アカメ、マイン……エムルに抱き着きたい気持ちは分かるがまずは離れてから報告をしたらどうだ?」
ナイトレイドのアジト、帝国領土の中でも危険種が徘徊する山と森に囲まれた場所にそれはあり、先刻の仕事を終え帰ってきた7人に対して労いの言葉をかけるより早く、先頭を歩く1人の男に抱きついたナイトレイドのボス…ナジェンダは咳払いをして自分が座る椅子へと腰掛けた。
「じゃあアカメ、後はお願いね。」
「なっ!?マイン!兄さんを独り占めするのは許さない!」
報告義務があるのは隊長代理であるアカメだろうと、マインはアカメの手を掴みエムルに抱きついている手を離してやれば手を振り意地悪そうな笑みを浮かべエムルを連れて行くマインを恋敵のように睨み手を伸ばした。
キリ…キリ………キリ
そんなアカメの肩を掴む手がナジェンダの方から伸びてきた。昔妹に手痛くやられたため義手へと交換になった手だが、使い勝手の良さと気配を探れるような物ではないためこれにはエムルも反応がやや遅くなる。
そんなナジェンダは報告と書かれた顔でアカメを見ていた。そのあとはマインに連れて行かれたためエムルは見ることができなかった。
「マイン、お前少し身長伸びたんじゃねぇか?」
連れてこられたのは訓練所だった。昔ならここでブラートが良くも悪くも奇襲をかけてきたが、今は山籠りしているし無駄な体力は使わないなとコキンと首を鳴らせば、その数センチ横をマインが手に持っているパンプキンの銃弾が通っていった。
「1年も経ってればあたりまえでしょ!て、てか…む、むねも……多少は………」
久しぶりの再開なのにいきなり身体的特徴の話題になれば顔を真っ赤にしながらエムルにパンプキンを向けていた手を下ろし、片手で自分の自己主張の『少ない』胸を触り縁側に座った。
「……そうだな、まあ大きくはなってる。」
そんなセリフを吐いたエムルの耳スレスレにまたもやパンプキンの銃弾が飛んできた。今度のは先ほどより大きめだなと淡々とした感想しかでないエムルだったが、流石にマインが何を言いたい…言って欲しいか察したため横に座り昔からしているようにマインの頭を撫でて、また狙撃の腕が上がったなと言った。
「っっう、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
またかとエムルは面倒くさそうに腰に抱きついて泣きわめくマインの頭を撫でて溜息をついた。未だに泣き続けるマインの頭を優しく撫でながら、あの妹も悲しい、寂しいとかの哀の感情を最近出していないので、そろそろ吐き出してもいいんじゃないかと思っていた。
「はぁ。」
泣き疲れたのか眠ってしまったマインを自室に寝かせに行き、まだまだ子供だなと思っていた時だった…遠くから自分を見ている視線に気付き窓の外に目を向ける。
どうやらあいつは意識を取り戻したかと笑みを浮かべ窓を開け身を乗り出す。足の筋肉と受け身の体制を取れるよう全身に新たに血を流動させればその視線の先、ライオネルの力を使いこちらを見ていたレオーネの目の前まで跳躍し向かった。
「にーちゃん、また体鍛えた?」
役100メートルは離れていた場所から一瞬で目の前まで来たにーちゃん、エムルにまだ完全に傷は癒えてないのか苦笑いを浮かべながらそんな事を聞いた。勿論聞くまでも無かったが聞かずにはいられなかった。
「まあな。最近までしつこい奴に追われたりしてたからな。」
それは体を鍛えたと言うのか定かでは無いが、この人が言うならそれはもはやトレーニングなんだろうと…帝具を使用せずこの身体能力を持つエムルを恨めしそうに、だがやはりこの人には敵わないかもと思う自分が居てヤキモキしていたレオーネの頭に手が乗る。
「にーちゃん、おかえり。」
「……おう。あ…レオーネ、シェーレはどうだ?」
ここナイトレイドはナジェンダをボスとして作られた暗殺集団だが、ラバックとブラート以外はエムルが集めた人材だ。気になるのも仕方ないと思うがレオーネは目の前の女より他の女かと呆れた顔でエムルを見ていた。
「にーちゃん、シェーレに何したの?医療班も手を尽くす事も無いぐらい軽い怪我だけ。外傷は脇腹に青あざ。内傷は無いって言ってたけど。」
そこはエムルもよくは知らない。手加減は勿論昏睡させるような攻撃はしていないからだ。
後日目を覚ましたシェーレはエムルを見て嬉しすぎて気絶したと語った事から、しばらくエムルと接触をするなとナジェンダに言われたのは別の話。
詳しい話はブラートが山籠りから降りてきてからにしようとナジェンダが言ったことで、ラバックは話が進まないと困っていたナジェンダを見て一人ブラートがいるであろう小さな山へと来ていた。
アジトからは遠くなく、最悪呼び戻せるようにとブラートがラバックに教えた場所だった。
「ブラートさん!どこですか!」
ラバックは切羽詰まる勢いでブラートを捜していた。彼は最悪の現状を打ち砕いてくれる漢を早くアジトに連れていかなければと焦りに焦っていた。
「エムルが戻ってきた。これを気に私は彼への気持ちが抑えきれなくなってしまった。」
「ナジェンダ、行こうか。」
「はい、あなた。」
後ろで鳴るのは教会の鐘。純白のウェディングドレス…いや、黒もいいがやはりドレスは白だろうとそんなことを思いながらラバックは花婿のエムルが抱きかかえている純白のウェディングドレスを着ているナジェンダを見て死んでいた。
「やばい!非常にやばい!ありえない未来じゃない、だってエムルさんだぜ?あのエムルさんだ……なんか色々面倒くさそうな顔しながらもやることやってるエムルさんだ!うあぁぁ、なんであんなのがいるんだよ!くっそ、やっぱエムルさんが居なくなって意気消沈していたナジェンダさんに告白……いや、それはダメだ。やっぱ恋敵は倒してなんぼ!正々堂々エムルさんと勝負し」
「勝負はいいが、その時は本気でな。」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
やはりエムルには勝てず結婚式には参加できないのか!などともう妄想が別の所へ行っていたと思いきや、クローステールで作った糸の足場を我が物顔で走っているエムルに後ろから声をかけられた。
確かにクローステールの使い方の基本は教えてもらったがあんたのじゃないよ!という顔でラバックは自分の上を跳躍で飛んで先に行く道を塞ぐエムルを見て、ああ死んだと思った。
「だから、俺はナっちゃんを好きになんか」
「そのナっちゃんはやめてくださいよ!なんか気高いイメージのナジェンダさんが一気に可憐な少女になっちゃうじゃないですか!」
ラバックは前を走る男に血の涙を流しながら文句を言った。ナっちゃんってなんだよ!とラバックは思っていた。
確かに自分に比べたらナジェンダとの関係は少しは長いだろうが、それでも自分のイメージをガラスに向かって全力で拳で砕くような感じで破りにこないでと思っていた。
まあこんな人じゃなきゃあのエスデスの兄は務まらなかったんだろうが。
「いやいや、あいつは昔からおにーちゃんおにーちゃんって呼んで可愛かったぞ?」
「知らないっすよ!!なんの情報ですか!!」
ラバックはエムルが嫌いだ。
そりゃあ1年前、ブドー大将軍に殺されそうになった時は助けてもらったしそのせいで死んだとも思っていた…それとは関係なく、この人は女の子に対して直球なのだ。
こっちは色々言葉を考えたりしてるのに、エムルはその直球だけであのエスデスやナジェンダの顔を真っ赤にさせたのだ。まあ確かにあれは可愛かったっちゃあ可愛かったけど
「ちょ!?エムルさんいきなり何を!」
なぜかエスデスの事を考えた瞬間顔スレスレに拳が飛んできた。風圧で髪が何本か持ってかれ、ひらりと落ちてきた葉が霧散したのを見てちびりそうになった。
「いや、なんかムカついたから。」
この人はシスコンじゃないのか?とたまに思う。エスデスを悪く言われると言った本人はまず行方不明となったし、エスデスに惚れた馬鹿な男は告白しに行った次の日「エスデス様エスデス様」と虚ろな目で虚空を見て、エムルを見た瞬間漏らしていた。
『本当シスコンすよね、エムル様。』
なんて言った日にはその日はエスデスを見る事なく、次の日腰がガクガクなエスデスの姿がエムルの隣にあったなんてのは超級危険種に会う確率と同等らしく、見た日は生きて帰れないと言われている。
「はあ、てかなんの用ですか?ブラートさんなら連れて帰りますから、会議室でちょっと待っててくださいよ。」
ラバックは一刻も早くブラートとエムルを引き合わせたかった。なら何故そんな言い方をしたのか…まあ簡単に言えばそれで見つかるからだ。
「ブラート、早く帰ってこないとお前の部屋の中に超級危険種突っ込むぞ!」
「ちょっ!?なんで部屋に!?」
ブラートは訳が分からないと言った顔で現れた。エムルからしてみれば超級危険種などいい訓練相手レベルなためそんな難しく、エムルは昔こいつはいい訓練相手になると超級危険種を連れてきた事があった。つまり自分が満足しなければ他者にかかる迷惑など関係無いようで、それで帝都を混乱に陥れた事がある。
ただ言った事はなし遂げるので超級を部屋に入れるなど言った日には本当の超級が部屋に押し込まれる事になると冷や汗をかいて戻るからやめてくれと伝えた。
「てか、エムルさんが入れる超級って?」
ラバックは気になった。エムルが超級を名乗る事が許される生物はなんなんだと気になったのだ。帰ってきた答えは
《超級危険種:ガントロニア》
地中に住む超級で、通った場所には病原菌やカビ、毒ガスが吹き出てそれを吸うと体内から腐敗し死ぬ。それぐらいしか分からない…分からないというのは目撃情報が3件だからだ。見たものは当時のブドーにエスデス、そしてエムルだったらしい。
地下深くにいるのは分かっても地中に潜り移動するガントロニア、たとえ居たのが分かったら何としても気付いたら直ぐに逃げろという対策の仕様がないその生物は、今はどこにいるのか分からないと言うエムルの表情を見る限り、自分たちでは手に負えない生物じゃないかとブラートとラバックは顔を蒼白にしながらアジトへ戻る事にした。
「さて、全員揃ったな。」
エムル、ブラート、ラバックが会議室に入ると既にナイトレイド全員が席に座っていた。
ブラートとラバックが静かに自分の定位置へ座ればナジェンダは立ち上がりまだ席が無い否、席が無くなったエムルの肩を掴み皆の方へと向けさせた。
「みんなも覚えてるだろうがエムル、自己紹介をしてくれ。」
ナジェンダは新たなメンバーを加えるような口調でエムルにそう言った。勿論エムルは全員知っているし各々が知らないあんなことやこんなことまで知り尽くしている。もちろんナイトレイドメンバーも各々がエムルに対しての印象がある。
アカメは暗殺部隊の活動中から…まあその時勧誘したのだが。
マインとレオーネはスラム街で暗躍中にエムルに確保され革命軍に連れて行った。
ナジェンダ、ブラート、ラバックは軍役になった頃から。特にナジェンダは一時期自分の下で働いていたぐらいだ。
シェーレは街で襲われそうになっていた時。
それでも皆エムルに対して一つの共通認識がある。それは兄のような人。
自分にもし兄が居たら。それがエムルに対しての第一印象だった。
「まあ、それじゃあ改めて……エムルだ。帝国軍将軍にして将軍エスデスの兄。好きな食べ物はエスデスの手料理。嫌いな食べ物はエビルバード希少種の肉、あれは不味い。いや、料理の仕方だろうがあの肉だけは好きになれん。趣味はトレーニングとエスデス弄り。最近までのブーム特級の調教だな。この前宮殿に連れて行ったらブドーに殺されちまった特級はなかなか良かったんだが。これから…いや、改めてよろしく頼む。」
途中何人かが笑いを堪えたり失笑したり、時には頬を膨らます嫉妬心の持ち主がいたが、エムルの自己紹介は無事に終わりエムル復活祭が開催されたのは語るまでも無い。
大陸の遥か北。北の辺境…そこにはパルタス族という危険種狩りをして生活する民族があった。
「エムル!そっちにいったぞ!」
「馬鹿野郎っ!!今エムルは五体相手にしてんだぞっ!なんで自分で片づけねぇんだっ!」
「いいよ、長。もう終わった。」
エビルバード五体を汗ひとつかかず刈り終えたエムルは、追い込まれた末エビルバードと対峙しているエムルを傍目に自分は逃げれると思ったエビルバード希少種に向かって駆け出した。
「あ、帰ってきた!」
青い髪に青い瞳、この世の摂理は弱肉強食だと教わってきたその少女は、常に強者であり弱者を蹂躙する兄のような人が帰ってきたのを見て走り出した。
腹違いの兄ではあるが幼い頃から狩りの仕方に武器の作り方、勉強だと言われてきたもの全てその兄のから教えてもらった少女、エスデスは駆け寄ってくる娘に笑みを浮かべ持っていたエビルバード希少種の屍体を下ろし両手を広げる父でもあり長でもある男の横を素通りし、一番後ろでつまらなさそうに警戒の任をしていたエムルの目の前で立ち止まった。
「おかえり、おにーちゃん!」
「ただいまエスデス、だけどまずは長に挨拶するべきじゃないのか?」
エスデスが満面の笑みと少し赤く染まった頬をエムルに向けおかえりと言うと同時に、希少種を下ろし娘を抱きしめる準備ができていた父親はエムルに怒りの目線を向けながらそう言った。
「えー、だってお父さんただエビルバード持ってるだけじゃん。どうせエビルバードは全部おにーちゃんが殺したんでしょ?うあっ!!」
強者はおにーちゃんだ。弱者を持ち運びするのは従者かなんか?とイタズラな笑みを父に向けたエスデスは、直後頭に走った激痛に目に涙を浮かべた。
「エスデス、確かにエビルバードを仕留めたのは俺だが希少種は皆で殺したんだ。だから俺たちは全員強者なんだ。それに、親父…長に向かって言っていい言葉じゃない。」
それはフォローのつもりか?と長はエムルを睨むが、エスデスの頭を拳骨でグリグリと痛めつけるエムルの姿にそろそろエスデスも兄離れをしてもらわないと、と溜息をついてエムルに離してやれと言った。
「おにーちゃん、まだ怒ってる?」
エビルバード5匹と希少種1匹。持ち帰ってきた今日はまるで宴会のようで、エスデスもおにーちゃんが狩ってきた獲物という事で何時もより食べて飲んでいた。
おにーちゃん、エムルは18歳であり自分より3つ上だ。そう、たかが3つ違うだけで自分にできない事をするエムルにエスデスは嫌われたくはなかった。兄の言うことなら全て従ってきたし、真似をしろと言われたら近付けるまで努力した。
初めて狩りをしに行った時、兄がいなかったら弱者になっていた。
エスデスにとっては兄、エムルの存在は自分の事を父より考えてくれる大切な人だった。
逆に父は自分より優秀で強者な兄は運が良ければエビルバードの餌にならないかと考えるほどエムルが嫌いだった…理由は聞いた事がないが。もちろん兄がエビルバードの餌になった日にはこの村は終わりだねと笑いながら言ったら青い顔をした父を覚えている。
「なんだ?怒って欲しいのか?」
「や、やだ!」
兄のお仕置きは父より過激だ。2年前それで死にかけたし兄に恥ずかしい姿を見せた事がある為、兄に怒られる=兄に全てを曝け出し渡すと同義だった。
「別に怒らないよ。そんな怯えられたら悲しくなるだろ?」
それでは弱者じゃないかと今年に入り兄に怒られないようにしようと誓ったのにもう12回も怒られた。怒られたくないがために兄から離れ、あれはしないでと懇願するようにエムルの顔を見るエスデスに少し眉を下げエムルはつまらなさそうに自分の分の食事を終わらせて。
「おにーちゃん悲しむの?」
目を丸くしこの世の終わりなんじゃないかという表情でエムルを見た。悲しむ…それは弱者の考えだ。そんな弱者思考は捨てろと言った本人が弱者思考に染まっていく。それは怒られるより恐怖だった。兄が弱者になる…そんな事は未来永劫あってはならない。エスデスは怯えてないと言っていつものように兄の膝の上に座った。この頃からエスデスの世界は弱肉強食と兄と別に考えていた。兄はそんな世界に収まらない…強者なんて絶対的強者の兄からしたら弱者なのだ。幼い頭で考えぬいた結論に浸透していた。
「エスデスもそろそろ一人で狩りに行ってもいいだろうな。」
「ほんと!?じゃあ私エビルバードの希少種狙う!」
兄はエビルバード5匹と希少種を1匹倒したのだ。せめて自分は希少種だけでも狩りたいとエムルの膝の上ではしゃいでいた。
「エスデス?」
どうやらエスデスは喋り過ぎたのか疲れて自分の膝を枕にし寝息を立てていた。
エスデスが希少種を狩るのは造作もないだろう。自分の弟子として、そして大切な妹として育ててきたのだから。
「エムル、入るぞ。」
エムル一人しか住まない部屋、今そこにエスデスとは違うもう一人の存在が増えた。
エスデスがもぞりと体制を変えエムルの体に幼い体が押し付けられるとともに、入ってきた長にエスデスが離されるのは同時だった。
「ん、あ、おにー……ちゃん?」
まだ寝足りないからか寝ぼけた顔で離れていくエムルの顔を見て、ああ、おにーちゃんが遠いなどと考え少し浅い眠りへと移った。
「エムル、今日は見事だった。長として礼を言わせてくれ。」
「いや、当然の事をしただけだ。」
仲間の不始末を片付けてくれた少年に頭を下げる長に、エムルは特に気にしていないと伝え毛布に包まったエスデスを見た。
「……エムル、あの話はエスデスしたのか?」
「後数日だし、狩りに出かけて死んだ事にでもするつもりだ。」
長はエムルに懐いているエスデスが20を過ぎるまでは村を出るのはできればやめて欲しかった。昔から手の焼かされる娘だったが、今では立派な狩猟者だろう。最初は何か欠落しているようにも見えたがそれは杞憂だったのか、兄の真似をする妹のような姿を見ては安堵したもので、それはもちろんエムルのおかげであると認めていた。もし両者にその気があれば二人の関係がどうなろうと自分は見守ると伝えた事もある。
エムルの事は好きか嫌いかで聞かれたら嫌いだ…それはただの娘を取られたくないという父親のわがままでしかないのも分かっていた。
「お前が村を出ると知ったら、エスデスはお前に着いて行くと言いかねない。確かにエムルがこの村からいなくなるのは好ましくは無いが、それでもお前の事だ…帝都には行くんだろ?」
「ああ、当然だろ。見た事無い危険種もいるだろうし。強い奴は居そうだ。親父が言ったんだぜ?」
エムルの目標は聞いた事が無いが、強くなるという一点に対してはどんな過酷な状況だろうとやってみせるのがエムルの良いところだろう。まだ10歳だったエムルが特級危険種を数匹狩ってきたのは今でも覚えている。
「………決心も変わらないようだし、俺はそろそろ行く。エムル、村を出るときは俺に一言言っていけ。」
「ああ。」
エムルは強くなりたいだけだった。
まだ4歳の頃、目の前で父と母を食われたときは笑いが出た。こんな弱い生物が親か。と……。
弱肉強食の世界に産まれながら弱者となった両親を哀れむわけでもなく、ただ弱者になりたくない一心で体を鍛えてきた。
5歳から本格的に体を作る事を考え8歳の頃特級危険種を狩り始め2年で蹂躙できるようになるまでの期間は自分を鍛えていたという実感があった。そんな頃に…丁度10歳になった日、長から自分が本当の父親だと言われそこからは自分を鍛えるより他者を鍛える才能もあると気が付けたのは父と妹のおかげだった。
「ん……」
先程まで兄の体に包まれるように気持よさげに寝ていたエスデスが、自分が握っているのは兄の毛布だと匂いで分かると毛布を顔に押し当て匂いを吸い込んだ。
それだけで気分が高揚し顔が熱くなるのが分かればエスデスは兄を思う。
まだ幼いエスデスに突然できた兄。なんでもできて自分のわがままに嫌な顔せず対応してくれる。自分が生きる道を開拓してくれたこの人に、エスデスは幼いながらも全て捧げようと心に決めていた。
初恋……他者から見ればそんな印象だが、本人はそんな感情は知らないため忠誠心と決めつけていた。
「おにーちゃん……」
初めて会った日は今でも覚えており、あの頃はバカだったと既に自負していた。
エムルという少年を見てエスデスはまず初めにナイフを構えた。いくら同じパルタス族でもいきなり家に入ってきた少年を歓迎するほどエスデスはできた少女では無かった。
だがナイフを構えた瞬間に腹部に響いた打撃音に口からは嘔吐、股からは小水が溢れた。後から聞けば殺気を放った相手に容赦はしないと言っていたので自分が悪いんだと謝った。
まだ7歳だったエスデスにできた強者は自分を鍛えてくれた。出会いは最悪だったがエスデスはエムルに惹かれ、エムルの後ろについて回る事が多くなりおにーちゃんと慕うようになっていた。
この世は弱肉強食だ……強者は必要とされない世界だ。
それはエスデスがエムルに貰った最初の火種だった。
エムル達が狩りから戻ってきて三日後、エスデスは今日初めてエビルバードの希少種を自力で発見した。
兄に教えてもらったポイントに最初に行こうとしたが、兄に甘えるのは家でだけだと気を引き締め別の場所で罠を張り待ち伏せをしていたのが功を指し、仕留めるのに10分かからなかったぐらいだ。
「おにーちゃん、嫌いなんだけどしかたないか…」
エビルバードの希少種の肉が嫌いな兄なので食べるとは思わないが、褒めてはくれるだろうと引きずりながら村へ戻ろうと歩いていれば、出かける間際兄が言っていた事を思い出した。
(そういえばおにーちゃん、今日は一人で狩りに行くって言ってたっけ?)
自分が狩りに出かける前エムルがそう言っていたのを思い出し、きっと自分より凄いものを狩ってくるに違いないとワクワクしながら山を下り始めた。
山を少し登り兄が食べれるような危険種も狩ろうかと村の方角を見たエスデスはその光景に目を疑い走り出した。
「はぁ、はぁ!」
途中希少種を縛っていた縄が千切れたが気にしている余裕はこの時のエスデスには無かった。山を下る最中自分の村の全貌が見えれば、そこは赤い炎に全てを蹂躙されている村だったからだ。
「な、なんで……お父さん!おにーちゃん!」
自分の家族は生きている。兄ならまず確実に生きているだろうと人の焼ける匂いが充満する村を走り抜け自分の家へ戻ってきた。
「…………」
そこにあったのは父であったものだとすぐに分かった。長しか使わない長めの槍を手に持ち、長の証であるパルタス族の民族衣装を身に纏っていたからだ。
ただ胴体には数十本の槍がいたるところに刺さっており、両足は無かった。顔は炎で包まれていたがこれは父だと理解した。
村の中を走り回り兄を探したがおらず、兄の家にはパルタス族ではない誰かの屍体が数体あったことから兄は無事だと確信していた。その時兄の持ち物がほとんど無くなっているのに気が付けば直ぐに兄と会えたのだが、エスデスは部屋を漁ることはせずただ呆然と村の惨状を見ていただけだった。
兄が戻って来るまで情報を集めなければと思ったのはそれから半日も過ぎた頃だった。
「行ってきまーす!」
元気よく狩りに出かけていったエスデスを見送ったエムルと長、そして数人の大人たち。
今日はエスデスが一人で狩りに行くと言ったため装備を充実させ、狩りの基本を再度教えて、着替えも持っていくか?等エスデスを心配した者たちが村の入り口に集まっていた。
「……まああの子なら大丈夫だろう。」
「なんたってエムルの弟子だしな。」
「長の娘だし。」
集まっていた大人たちは、エスデスの姿が見えなくなると今日は何を狩りに行こうかなどと話しながら自分たちの家に戻っていった。
「…親父。」
「……ああ、分かってる。今日出て行くんだろ?」
三日前から用意をしていたのを知っていた長は少し残念そうにエムルを見ていた。
いずれは自分を越え、パルタス族をさらに高みへ連れて行ってくれると思っていたがエムルに昨日その話をしたらエスデスを推薦された。自分の娘であるエスデス、更にはエムルの弟子なら確かに次期長としてもやっていけるだろうと思ってしまったのはエムルの実力が分かっていたから。
「あいつなら俺以上にはならなくてもあんた以上には強くなる。」
そう言われ複雑な顔でエムルを見て抱きしめた。
狩りに行く時はお互い背を合わせる事のできる存在だった。その抱き締めが自分からできる最大の別れの挨拶だとエムルに伝えれば、エムルは軽く笑みを浮かべ礼を言い故郷に別れを告げた。
すれ違う人には狩りに行く、親しい者には鍛えてくると言って村を出た少年は最後に自分を慕い自分の為になんでもしようとする村には居ない最愛の妹を思い出し別れを告げた。
出て数時間後には故郷が無くなるとは露ほども知らず。
村を出て約1年…エムルは帝都の全貌が見える気高い山で修行をして過ごしていた。
「くるぁぁぁ」
「餌なら自分で取ってこい。」
予定より早く帝都周辺に辿り着いたため洞窟を掘りここらで修行をしようと決めた日、それは今隣で腹が減ったのかヨダレを垂らしエムルに何かを言う殺戮者に会ってからだ。
《特級危険種:ハールノデュカ》
体の大きさはエムルより少し大きい程度だが、力は現在のエムルより数十倍、知恵も少しはある人型の危険種だ。体は獣のような毛で覆われ目は5つ。両手両足の指三本から伸びる爪は木を切れるほど鋭利。ドラゴンの尾を小さめにした野太い尻尾があるが、その程度で特級なのか?と最初は疑ったエムルだった…が戦って直ぐにその意識を変えた。
小手調べと拳を前に突き出した瞬間右手に走る激痛。手の惨状を見るより先に脇腹に激痛が走れば数十メートルは吹き飛んだ。
ハールノデュカは素早さを探求していたようで、狩りを主流に生きてきたエムルでさえも影を追う事さえ出来なかった。
鋭利な風を相手にしている感覚で、自分の甘さで感覚を失った右手と脇腹から溢れる血、エムルは旅に出て初めて笑みを浮かべた。
(こいつは役に立つ)
いかに自分に自信があっても素手で特級に立ち向かうのは馬鹿か死にたがりだろう。エムルは馬鹿だったと自分を戒めた後にまだ使える左手に長年使用してきたナイフを構え口笛を吹いた。
スピードもパワーも知恵以外全て勝っているハールノデュカに唯一勝てる策を考えるエムルは久々の狩りに心躍らせながらも冷静に周りに意識を向けていた。
左にいたと思えば右に…後ろから来ると思いきや右に…ハールノデュカは狩りを楽しむようにエムルを精神的に追い詰めていると思っていた。
身動きしない獲物から感じる…否感じたことない気迫。だが自分は狩り人だ…その首を吹き飛ばし血と肉を得ようと真正面からエムルに向かっていった刹那…ハールノデュカの尾が近くの木に掴まれていた。直ぐに抜け出せると木を斬り刻むが先程から切り飛ばしている木と違い野太く、自分の一撃でも折ることは難しい木…そして自分と同じ速度の回復力だと判断した瞬間襲いかかる殺気…次の瞬間には地中から現れた生物に右手を喰われた。
地面から出てきた生物はハールノデュカの右手を口に咥えたままエムルの足元へ移動しそれを渡せば直ぐに地中に潜り何処かへ行ってしまった。
ハールノデュカは油断をしていた。自分は風…捕らえられる者はいないと自分の狭い世界で満足していたのだ。
ハールノデュカは初めて与えられた痛みに叫び声を上げた…それがエムルの反撃の始まりだったのだ。
それから3日間エムルはハールノデュカを調教し続けた。
ハールノデュカが失った右手を見せつけ返すよと言いハールノデュカの切り口に右手を逆に差し込むこと79回。危ないからと全ての爪を切り取られその爪を返すと言うように自分の体に刺すエムルの顔はハールノデュカでさえ震え上がらせるほど狂喜に満ちていた。
尾は木に巻き取られ根元から千切れており、バランスを保っていた体は無くなった尾のせいで言うことを聞かなかった。
自分の背に乗り無くなった尾の付け根を踏みつけるエムルをハールノデュカは既に恐怖で見ることができなかった。
弱肉強食の世界に現れた強者…ハールノデュカはそれから二日後にエムルのペットになった。
「右手は全快。脇腹も違和感はない。よし………」
ハールノデュカことデュークに負わされた傷は完全に完治し、なんも問題も無くなったと分かればそろそろ帝都に向かおうと荷物を整理していた。
いらないものはここに置いていき、必要最低限のものだけにした小さい鞄を肩にかけ洞窟を出た。水場があり生活環境は何の問題も無かったからか逞しかった体が引き締まり更に少し逞しくなった体、生傷は所々あるが特に気にすることなく洞窟を出れば眠そうにしている土竜と木と同化し見張り役だった木獣の体に触れてやりお別れをいう。別に殺すわけじゃなく、後は好きにしろという意味を込めて。
暫く南下を続けていればデュークが獲物を捕まえたのか特級危険種のカイザーフロッグを担いでおり、尻尾が無くなってからの頃に比べより早く動く事ができるようになったのか、今はもう慣れた速さで近づいてきているのが分かればエムルは特に言葉を発するわけでも無くデュークの横を通り過ぎた。
デュークとの鍛錬はエムルをレベル上げするのに十分過ぎるほどだった。
役に立ったものは自分にはもう要らなくなったからと言って簡単に捨てはしない。
それがエムルの考えで、デュークもまたエムルを主人として信頼しており離れる事に何のためらいも無かった。いずれまた会える日が来る…デュークはぐるると鳴いた後主人と住んでいた洞窟へとカイザーフロッグを担ぎ直し旋風のように帰っていった。
「ここが帝都か………」
山を降り3日。途中山賊に絡まれたが手加減ができず殺してしまったのは内緒にしておこうと改めて思いつつ、エムルは当初の目的である帝国兵士への士官を決意し直した。
「あ?お前幾つだよ?」
エムルは通りすがりの爺さんに近場の兵士舎を教えてもらいそこへ向かえば一番近場の兵士舎の中はむさ苦しい男達で溢れており、兵士士官者は自分以外見当たらなかった。
「19……20か。なに?年齢関係あるのか?」
エムルは一人の男の前で機嫌が悪そうに言った。
先程からジロジロこちらを見てくる年上のような兵士達は田舎から来た少年を小馬鹿にするように笑い合い何かを言っていた。
「いや、年齢は関係無いけどよ…ただ、この世の中兵士になりたいなんて田舎もんぐらいだぜ?どこから来たんだよ?」
「北から。パルタス族っていうんだけど。」
どうやら目の前の男はエムルを馬鹿にしているわけではなく、このご時世になんで兵士なのか気になっているだけのようだった。
「聞いた事ねえな。……まあ兵士が増えて困る事は無いだろうし、明日宮殿にこれを持っていけ。」
そう言って渡されたのは兵士士官状と書かれた紙に金貨1枚だった。
「俺の名前はオーガだ。……ちなみにお前と同じぐらいの年だしタメ口でいいぜ。困った事あればここに来いよ。」
そう言うオーガの顔は新しくできるであろう仲間に対しての喜びが感じて取れた。
「ああ、ありがとう。それじゃあまたな、オーガ。」
男友達と言うのだろうか…村では感じれなかった感情が湧き出たのにエムルは少し戸惑ったが、オーガにそういい手を振れば宿探しを始める事にした。
「……………」
赤色の髪をした少女が虚ろな目でこちらを見ていた。
場所はスラム街…こんな巨大な街ならこんな場所もあるだろうと宿探しついでに来ていたのだが、その少女を見つけてしまいつい妹を思い出した。
「……なあ、この辺に宿ないか?」
エムルは声をかけた後に気が付いた。少女の体のあちこちには傷があり、髪はボロボロで服も何年も替えていないようで臭いが少し気になった。
「………ん。」
もしかしてやばい事に足を突っ込んだかと苦笑いしながらその少女を見ていれば横に立つボロボロな建物を指差した。ここが宿になるんだろうかともう一度少女を見れば、どうやら早く入れと言わんばかりな瞳でエムルを睨んでいた。
「……まあ中はそこまでか。」
「あら、お客さん?珍しいわね、うちに客が来るなんて。」
ボロボロな外見に騙されたが中はまだまともな様で、特に嫌な雰囲気もしないとカウンターに歩いていけば廊下の先から女性が一人歩いてきた。
こちらも少女ほどでは無いが所々汚れていたが、エムルは気にせず今日1日泊めてくれと伝えた。
「…………」
隣には先程の少女…宿の女主人が言うには数日前からこの宿で雇っている客引きらしく、名前はメルトだとか。
メルトという少女は先程から無口ではあるがなにやら嬉しそうな顔をしており、女主人…リンフ曰く初めて客引きに成功したらしい。
「…メルト…だっけか?何か用か?」
客引きなら外で待っているべきなんじゃ?という意味を込めてそう言ったが、どうやらメルトは客引きは終わったと思っているらしく借りた部屋の中まで入ってくる始末だ。
「…おにいちゃん、どこからきたの?」
やっと口を開けたかと思いきや、この帝都に来てから何度も聞かれたその質問に呆れながら北の辺境だと教えてやった。
するとどうだろうか?今まで少し離れた所に居たはずのメルトが椅子に座る自分の膝の上に座ってきたのだ。
「おにいちゃん、旅してきたんでしょう?なんで帝都にきたの?」
この子結構喋るな。エムルはそう言いながらも簡単に説明をしてやった。村では自分が伸びないため帝都で鍛える。メルトが理解できるか分からないだろうとそう説明をした。
「そっか……おにいちゃんも兵士になるんだ。」
メルトはどこか寂しそうにそう言うと膝から降り、そのまま部屋から出て行ってしまった。
エムルはなんだと首を傾げるが明日は朝も早いし寝るかとベットへ横になり目を瞑り久々の安眠を味わえるとエムルはすぐ様寝息を立て始めた。
「あら、おはよう。もう行くのかい?」
リンフは宿の掃除をしていたのか、まだ朝の5時にもかかわらず起きてきたエムルを見ては早い出発だなと目を丸くした。
「軽く汗を流してから宮殿に行こうかと。お世話になりました。」
本当の事を言えば安眠を二時間しただけで体の疲れは完全に取れたため、鈍りそうな体に鞭を打とうと早めに出る事にしたのだ。
「いいよ、うちは金さえ払ってくれればね。メルトもあんたに会いたいだろうけど、お子様はまだ寝ているだろうね。」
商売だから気にしなくていいと笑うリンフだが、メルトの事を口にすれば少し表情が暗くなったがエムルは事情を聞くつもりは無いし、帝都にいればまた会えるだろうと思いもう一度礼を言えば宿を出た。
向かうは宮殿…エムルはいずれ役に立つだろうとスラム街の路地裏や人が通れる様なスペース、スラム街の道を覚えながら宮殿へ向かった。
「……俺だけか?」
「それがよ…今回兵士になる為に選ばれたテストが将軍に認められるかなんだ。だからそれを知った士官者がエムル以外全員逃亡したってわけだ。」
宮殿内部。
入ってすぐの広い部屋でエムルは昨日できた友人のオーガを見つけ話をしていた。
「リヴァ将軍にブドー大将軍…まさか二人揃って試験を見に来るなんてな……まあまた来いよ。」
「いや、俺一人ならすぐに試験も終わるからだろ。じゃなかったら将軍が二人も見にこないだろ?」
すでにオーガの中ではエムルが落ちると思っているのか、苦笑いしエムルの肩を叩いていた。
対してエムルはこちらを見ている二人の将軍に顔を向け、あれならまだデュークと鍛えてたほうがマシだったか?と思っていた。
「まさか今回は一人だけとはな……ブドー大将軍、彼をどう見ますか?」
「うむ……体の作りは隣にいる兵士より格段に上だろう。実力は分からないが感じる気迫は今まで会った者の中ではダントツだ。リヴァ将軍、私はすでに彼を兵士…いや隊長クラスに配属しても十分だと思っている。」
ブドーとリヴァは遠目でエムルを見ていた。二人の観察眼は30近い年月をかけ鍛えられた物で、目の前の成人していない少年が秘めている実力がどれ程の物か…リヴァは自分たちと同等と推測をしていた。
「ですが判断するのは実力を見てからでも良いでしょう。」
血が騒ぐとはこの事か…リヴァは拳を握りエムルの目の前へと歩いていけば、大人気なく初撃を加えようと拳を振り抜いた。
「なっ!?」
手加減はしていない。勿論これで倒れてもこの少年を兵士に…ブドーと同じく隊長クラスへと推薦はするつもりだった。
しかし自分の放った拳を握られ体が浮遊する感覚…身長や体重は自分より下なのに軽々と拳を受け止めたエムルを賞賛しようとした瞬間、リヴァの腹には大木が激突した感覚…そして地面に叩きつけられる衝撃にリヴァは言葉を失った。
「なんと……リヴァ将軍を打ち負かすとはな……これは見誤ったな。将軍級の器か……」
リヴァは膝を折り自分が何をされたのか一瞬分からなかった…ただ自分はこの少年に負けた。その事実は変わらないと笑みを浮かべその場で意識を失った。
「ま、まじかよ……」
隣にいたオーガは別次元の存在だったリヴァ将軍を倒した、さらに別次元の男をマジマジと見ていた。勿論エムルが何をしたかさえ分からなかったが、自分はもしかしたらとんでも無い物を招き入れたのではと蒼白な顔をして残っているもう一人の将軍を見た。
「見事な腕前だ…まさかリヴァ将軍がやられるとは。エムルと言ったな……どうだ、俺とも一つ組手をしてみないか?」
「……ルールは?」
ブドーはエムルの強さがどのくらいか、自分で試してみたいという欲求が通ると感じれば訓練場へと案内すると言ってエムルを宮殿内へと連れて行った。
それを意味するのは勿論、エムルは兵士として認められたという事だ。オーガは連れて行かれたエムルを見た後、未だ昏倒しているリヴァ将軍を担ぎ医療班の元へと連れて行った。
「ルールは簡単だ。武器の使用はあり、相手を降参させるか気絶させたほうの勝ちだ。聞きたい事は?」
「…殺した場合は?」
先程まで兵士で溢れていた訓練場は静けさを取り戻し、やる気で満ち溢れていた兵士達もブドーが一言言えば直ぐに観客の一人になるなど、ブドーの人柄と実力がそうさせるのか誰一人文句を言わず中央に向かい合うように立っているブドー大将軍と見知らぬ少年を見ていた。
「はははっ!威勢がいいな!このブドー!小僧に殺られる程衰えているつもりは無いわ!」
自分は殺されない…自身と威厳を放つブドーにエムルは笑みを浮かべ殺してもいいなら遠慮はしないと指の骨をを鳴らし、この男がどの程度やるのか知りはしないが今日まで特訓してきた実力を出せる相手だと判断すれば、先手必勝と風を切る音と共にブドーの懐に入った。
「速い!」
「み、見えたか、今の?」
「まさか帝具持ちか!?」
ブドーの懐に入ったエムルを見て湧き出た歓声に、エムルは内心ガッカリしていた。
帝都に行けば強い奴なんかゴロゴロいるんじゃ無いのか?そんな言葉を言った親父の顔をぶん殴りたくなったぐらいガッカリした。
「むん!」
ブドーはエムルの姿を追う事ができた。勿論それは帝具を持っている身だからこそで、突風のような速さで距離を縮めたエムルを見て逃さ無いよう両肩を掴み肩を砕くように力を入れ始めた。
将軍じゃなくても帝具を手に入れる事はできる…この大陸にいれば何かの拍子に手に入れる事が無いとは言い切れないからだ。
そんな帝具…身体能力をあげる帝具か何かをエムルは持っているのだろうと思っていたブドーだが、ゴキンと骨を外した音と共に滑る手、そして見えたのが自分の急所目掛けて襲いかかってくる蹴りだった。
「っ!!」
「顔が青いぜ、将軍様。」
直ぐ様エムルから距離を取るブドー…聞こえたのは風を切る音。肩を外されなければ命中していただろう蹴りにブドーは冷や汗を流した。今日は兵士の選別に来ただけでいつも着用している鎧より軽めの物を着用していたから、いつもは鎧に守られている急所はただの布のみだったからだ。
遊んでいる…否遊ばれていると悟ったブドーは帝具を使おうか迷っていた。いくら調整するとはいえ兵士にしたばかりの青年を瀕死にするのはどうなのだと。
だがその迷いがブドーの初めての敗北になるきっかけだとは思いもよらなかった。いかに油断したとして自分が兵士に成り立ての奴に負ける訳がないという慢心、ここまでの実力を持った者に出会えた喜び、遊ばれたという少しの怒り、積み重なればそれはいとも簡単に崩れるようにブドーの注意力を損なわせており。
「ごあっ!?」
外した肩は既に完治しているのか、迷いが生んだ隙を見逃さ無いような殺気を感じた…そして後頭部に感じた衝撃は今まで与えられた攻撃等軽い物だったと思わされ、とてつもなく重い衝撃を繰り出した青年をブドーは驚愕の顔で見た後意識を失った。
無翔拳…エムルがデュークと鍛えている内に編み出した移動攻撃の一つで、デュークの体を研究し人間が出せる最高速度を極め風に乗った所で最高の一撃を加える。
数秒気絶して目を覚ましたブドーはそう語るエムルの姿を見て、自分の油断が招いた決着に異議を唱えること無くエムルを歓迎した。
「……そろそろ狩れる危険種も居なくなったか。」
パルタス族の村近く…少女は一人危険種達の骸の前でつまらなさそうに呟いた。
昔兄が危険種相手に無傷で10体倒してみせろと言われ試してみた事があり、その時は8匹目に背中を押さえつけられ、兄に助けられなかったら死んでいただろうなと危険種達の骸を見た。
「28匹か……まだ行けそうだ。おにいちゃ……エムル兄さん、私は強くなったかな?」
危険種が切れてしまっては記録は伸び無い。エスデスはもうあの頃の自分では無いと夜空を見上げ、約2年前姿を消した兄との思い出を振り返った。今では敬意を称しエムル兄さんと言うようになっていた。
パルタス族は自分以外全滅。数ヶ月目にしてそう理解したエスデスは兄のように強くなるため日夜危険種狩りをしていた。
ここらの危険種を殺しきるのに1年と少しかかってしまい、兄なら半年もかからなかったかも等と苦笑いを浮かべた。自分は兄の次に強ければいい。エスデスはもう会うことが無い兄でさえ超えられるとは思っていなかった。
「……帝都か。」
数ヶ月前風邪をひいてしまい、休養するために綺麗にした兄の部屋で毛布に包まり寝ている時、兄がいつも勉強に使っていた紙の中に帝都の情報が載っている紙切れを見つけた。燃えていなかったのは運が良く、兄の部屋を綺麗にした時は胸が熱くなった。
エムルは時折帝都にはもっと強くなれるような何かがある。そう言っていたのを思い出し、機会があったらいずれ行こうと思っていたのだ。
「……行ってみるか。」
やることは無い。だったら帝都に行き新しいことを始めると決めたエスデスは、取り敢えず用意をしようと兄の部屋へ向かった。生活拠点は兄の部屋…綺麗に残っている家など見ることなく兄の部屋を選んだエスデスは2年…いやそれ以上慣れ親しんだ部屋に別れを告げ兄の匂いが残っている物を自分の鞄へ詰めた。持っていくと決めた物は全て兄の物だったと気付いたのは村を出て数ヶ月…帝都の話があちらこちらから聞こえてくるようになってからだった。
「大臣が変わってから不評のようだな。」
どうやら先代の皇帝が死に新しい皇帝になってから帝国領土内は今の帝国に着いていけないものが多くなっていたようで、革命軍が動いている等の話まで耳に入ってきた。
「まあ私には関係無いか。」
帝国がどんな考えをしているかなど興味は無く、ただ自分が満足できればどんな環境だろうと気にしないと笑みを浮かべれば、今日はどこで休もうかと村を探していた。
食料は危険種を狩れば問題無いが、できれば今日1日の旅の疲れを宿に泊まり最近はだんだん兄の匂いがしなくなってきた毛布に包まりたいと思っていた。
「……寂れた宿だな。」
帝都の話が聞こえると言ってもまだ辺境の地…しかたないとばかりに少し古そうな宿を見つければそこに泊まることにした。店主は生気がギリギリ感じられる程度で、いったい何があったのかと思っていたが特に気にせず部屋を借りた…店主がエスデスの後ろ姿を見てすみませんと言っていたのに気付かず。
「……2人か。」
兄の毛布に包まり数時間後…部屋に入ってきた人間の気配に眉を潜めた。
兄との時間を邪魔するとはどんな馬鹿だと足音を聞いていればどうやら図体はデカイようで床が軋む音が大きかった。気配を消すような真似もできない相手に遅れは取ることがあるわけではなく、寝ている振りをして近くに来たら返り討ちにしようと思っていた。
それは勿論危険種と喰うか喰われるかの生き死にを考えればの話だった。エスデスの部屋に来た2人の大男はエスデスを殺したい訳ではなく、自分たちの欲望の捌け口にしたいだけだったのだ。
だからエスデスは一歩遅れた。まずは一人が毛布を剥ぎ取り自分の上に乗るもう一人の男…次の瞬間上に乗る男がエスデスの胸元の布を引きちぎったのだ。
「っ!?」
自分より2倍は重い体重に押さえつけられたエスデスは、苦しさより嫌悪感が増していた。
(エムル兄さん以外の男が私に触れるな!)
エスデスは自分の体に触れる男の手に噛みつき肉を引き千切った。痛みに悶える男をベッドから叩き落せば毛布を掴んでいる男の目に常時身に付けている兄から貰ったナイフを突き刺した。
どうやら痛みで2人とも意識が朦朧としているのか、エスデスは荷物を纏め破れている胸元を隠し宿を飛び出した。
殺しておけばよかった。エスデスは村から出て暫く走った後にそう気付いた。
兄の毛布は置いてきてしまった為後悔はしたが、そろそろ兄の匂いも自分の匂いと混ざってきていた為いつかこうなる筈だったと割り切り帝都に急ぎ足で向かった。
帝都まで後は気高い山を一つ越えるだけとなり、エスデスは先程の事を忘れ山を登る事にした。
「見た事ない危険種もいるな……」
エスデスは山頂付近で2匹の危険種を見つけた。
一匹は道中幾度となく倒してきた土竜、後一匹は擬態はしているが気配を消していないよく分からない木の姿をした危険種だった。
「あまり美味くないが、今日は土竜の肉でも食べるか。…後一匹は…食えるのか?」
見た事ない危険種…それに木に擬態している危険種なんて食えるのかと思い取り敢えず夕食のメニューから外した。
まずは一匹……木に擬態した危険種の背後に回り込みナイフを突き刺す。そもそも弱点も分からない相手だ…エスデスは木獣の胴体を貫かんばかりにナイフを突き刺すが、次の瞬間にはエスデスは両足を木の枝に掴まれ中に浮いていた。
「見た目に反して反応が速いな……っああ!!」
エスデスは枝を切り落とそうとナイフを向けるが、殺気を感じたのかいきなりエスデスを振り回し近くの大木へ叩きつけた。
「ぐっ!?まさか…特級だった…のか?」
一級、二級を今まで相手にしてきたエスデスにとって、初めての敵になる木獣を特級と判断した。
勿論木獣は特級等では無く、普通ならエスデスでも遅れを取ることない敵だ…だがそれで終わりでは無かった。
まるで共闘しているかのように地面を潜り進んでくる土竜を見てはエスデスの頭の中は恐怖に染まり始めた。
単体の土竜ならば無傷で倒せる。だが今にでも自分の体を捕まえようとする木獣の枝に、目の前から来る土竜は道中会った土竜より体は2倍は大きい。
なぜ危険種が連携を取れるのか……エスデスは死を一瞬考えたが、土竜がこちらを攻撃しようとした瞬間に吹き荒れた風が何かしたのか、さっきまで襲いかかろうとしていた2体が動きを止めたのだ。
「…な、なんだ?」
動きを止めたかと思いきや、2体は何を思ったのか顔を合わせたようにしエスデスへ近づいて来た。
匂いを嗅ぐかのようにエスデスの周りを周回する2匹の危険種は、次の瞬間エスデスが持っていた鞄を奪い逃走を始めたのだ。
「………ま、待て!」
いきなりの奇行に暫く呆然としていたエスデスだが、あの鞄の中にある兄との思い出の品を盗られたと気付けば後を追うように2匹の後ろを走る。
「ちっ、完全にあいつらのテリトリーなのか!」
自分の追うスピードが遅いとは思わないが、危険種達はここの地理を把握しているのかエスデスからかなり距離を取ることができた。
久々に嗅いだ主人の匂いに、2匹はうれしそうに山を駆け一つの洞窟の前まで来た。
「……ぐるるる!」
洞窟に入ろうとした2匹を止める1匹の獣はそれはどうした?と言わんばかりに2匹を睨んでいた。2匹が持っている鞄から発せられる懐かしき主人の匂いに、デュークは全ての目を見開き2匹から鞄を奪い去った。
「な、なんだ……あれは?」
それぞれ違う種の筈だが、その1匹が現れた瞬間変わった空気にエスデスは冷や汗を流した。姿からして特級に近い物だが、デュークから感じる得体の知れない気配は今のエスデスにとって敵わないと思わせるには十分だった。
「………どうする…いや、考えても仕方ない。……すまない、エムル兄さん。最後の最後で兄さんを帝国内まで連れて行けなかった。…いつか取り返しに来るからそれまで我慢していてくれ。」
もしあの中に入っていけば手も足も出ず蹂躙される…。エスデスは自分がまた強くなりあの3匹を殺せるようになったらまた来ると言い兄との思い出が詰まった鞄を危険種へ渡した。
エスデスは下唇を噛みもっと強くならねばと決意すれば、このまま帝国に乗り込んでやると山を駆け下りた。
とりあえず第1話ということで本来タツミがナイトレイドに入るキッカケの場所ですが知りません(笑)
タツミ?出すつもりはあるのでタツミファンはもう少し待っていてくださいね。
執筆は続けていきますが更新遅いかも……けど原作完結までは必ず続けますのでよろしくお願いします。
それではまた(^o^)/