ゾンビと女子高生の平凡な学園生活   作:ドラ麦茶

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第1話・転校生 #01

 道路わきに立てられた標識には、青い下地に、手を繋いだ親子の白いシルエットが描かれていた。歩行者専用の道路標識。横目で標識を確認した宮沢(みやざわ)玲奈(れな)は、自転車のブレーキを握る。緩やかにスピードが落ち、左足をついて停車させた。確か、自転車は軽車両に分類される。歩行者専用道路では、自転車を降り、押して歩かなければならない。しかし、玲奈は構わず、ペダルを踏んで走り出した。どうせ他には誰もいない。

 

 両耳に付けたイヤホンからは、いま大人気の女性アイドルグループの最新曲が流れている。この曲でセンターポジションを務めている少女は、玲奈と同じ17歳だ。普段は恥ずかしがり屋のおとなしい()だが、歌の時、人が変わったようにパワフルなダンスを踊り、よく通る綺麗な歌声で歌う。そのギャップが、多くのファンから絶大な支持を得ていた。こんな世界になる前は。

 

 玲奈はさらにペダルを踏み込む。自転車の走行中にイヤホンで音楽を聞くのは違反だが、気にはしなかった。さらに言えば、この自転車は道端に放置されてあったもので、玲奈のものではない。歩行者専用道の自転車通行と走行中のイヤホン装着、そして、盗難自転車。警察に捕まれば口頭注意だけではすみそうにもないが、仮にそうなっても構わなかった。むしろ玲奈は、そうなることを望んでいる。

 

 前方に人影が見えた。

 

 100メートルほど離れたところ、歩道の真ん中に1人、こちらに背を向け、立っている。

 玲奈は、わずかな期待を胸に抱き、スピードを落とした。

 薄いブルーのYシャツの上に紺色のベスト、同じく紺色の帽子にスラックス。そして、腰には警棒と拳銃のようなものが見えた。

 

 ――え? ホントに警察の人?

 

 ドクン、と、胸が鳴った。

 ついさっき、警察に捕まっても構わない、と、思っていた玲奈だが、いざ、本物を前にすると、やはり緊張してしまう。もしあれが、本当に、まともな警察の人だったら……。

 

 玲奈は、ゆっくりと近づいて行った。

 

 警察の制服を着た人が、こちらに気が付いた。

 ゆっくりと振り返る。

 

「――――!!」

 

 息を飲む。

 警官は、異常な顔色をしていた。

 それは、体調が悪くて青ざめているとか、気温が高くて真っ赤になっているとか、そんなレベルではない。血の気の全くない、黒に近い緑。一日中陽の当たらない深い森の中の腐った土を思わせる色だ。そして、両目から血を流している。顔色は死人のようなのに、流れる血の色は美しいほど赤い。生命を感じさせる色だ。

 

 死人のような顔色に、生命を感じさせる赤。死と生、相反する2つが入り混じった顔。実際にこの人は、死と生が入り混じっていた。この人は死んでいる。死んでいるが、動いている。

 

 ――ゾンビ。

 

 玲奈は、そう呼んでいる。

 

 ゾンビ警官は両手を前に伸ばし、フラフラとこちらに向かって歩き始めた。

 玲奈はペダルを踏む力を強め、スピードを上げてゾンビ警官の横を通り抜けた。

 

 ――やっぱり、生きている人はいないのか。

 

 さらにスピードを上げる。ゾンビ警官は追ってきていないが、それでもペダルを踏む力を緩めなかった。音楽プレイヤーのボリュームも上げる。周囲の音が全く聞こえなくなるほどの音量だが、それでも、音楽は全く頭に入ってこなかった。玲奈は大きな声で歌った。

 

 ――誰かいないの?

 

 もう、生きている人はいないの?

 あたしは、この世界に1人だけなの?

 いつの間にか、涙が溢れていた。

 それを認めたくなくて。

 玲奈はさらにペダルを踏み込み、音楽プレイヤーのボリュームをマックスにして、それに負けないくらいの大声で歌った。

 

 

 

 

 

 

 宮沢玲奈は、市内の聖園(みその)高校に通う3年生、に、なるはずだった。2ヶ月前、あの事件が起こらなければ。

 

 それは、学年末テストが終わり、春休みを目前に控えた3月5日に始まった。突然、世界中で死者がよみがえり始めたのだ。よみがえった死者は生きている人を襲い、食べた。そう。映画やゲームなどに登場する動く死体・ゾンビのように。

 ゾンビに咬まれた人もゾンビになり、やがて、世界中にゾンビが溢れるようになった。アウトブレイク、と、テレビでは言っていた。玲奈は、父と母の3人で、ずっと家に閉じこもっていた。しかし、1週間前、家に蓄えていた食料が無くなり、仕方なく、父が食料を探すために家を出た。そして、家のすぐ前でゾンビに襲われて死んだ。それを見た母は、次の日、首を吊って死んでいた。

 

 このまま家にいても、飢え死にするか、やがてゾンビに襲われ、食べられるだけだ。そう思った玲奈は、2日前、家を出た。2日間、街を走った。最初は、自分の自転車で。パンクして乗れなくなったら、放置してある自転車を拝借して。助けてくれる人を探した。生きている人を探した。

 

 しかし。

 

 2日間走り回ったけれど、出会うのはゾンビばかりだった。

 この街は、決して大きくはない。それでも、人口は10万人を超えている。

 それなのに、2日も探して、生きている人に出会わない。

 もうこの街に、生きている人はいないのかもしれない――玲奈は、そう考えずにはいられなかった。

 もしかしたら、隣の街も。

 その隣の街も。

 日本中で。

 世界中で。

 あたしは1人なのかもしれない。

 

 ――――。

 

 いや。

 

 そんなことが、あるわけがない。

 どこかに、生きている人は、いる。

 そう信じて。

 

 玲奈は、ペダルを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

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