ゾンビと女子高生の平凡な学園生活   作:ドラ麦茶

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第2話・ボクシング部員 #10

 1時間目の授業は、もうすぐ終わる。この、急遽やることとなった学活も、もうすぐ終わる。

 茉優は、隣の席の玲奈を見つめる。

 

 ゾンビになった生徒は退学、もしくはすみやかに頭を潰し、処分すること。

 

 確かにそれは、校則で決まっている。

 あたしたちは、アウトブレイクが発生してからの2ヶ月間、発生する前には決してありえなかったことを、数多く経験した。その結果できたのが、この校則だ。

 あたしたちも、初めからこの校則を受け入れることができたわけではない。だから、転校して来たばかりの玲奈が受け入れられないのは当然だ。

 

 でも、これは決して、譲れないことだ。

 

 ゾンビになった人は、もう、元の人ではない。それがどんなに大切な人であっても、そのままにしておくことはできない。

 たとえ、誰かに恨まれることになっても。

 

「玲奈、あたしは――」

 

 茉優が気持ちを語ろうとしたが。

 

 玲奈は顔を伏せ、小さく、首を振った。「――もう、いいの」

 

「玲奈……」

 

「架純さんの言う通り。あたし、ホントは分かってる。ゾンビになった人は、殺すしかない。だから、ゾンビに咬まれた人は退学。分かってるの。茉優が、リオを殺したことは、間違ってない。仕方なかったことだよ。あたし、分かってるから」

 

 そして、寂しい笑顔を浮かべ。

 玲奈は、静かに席に座った。

 クラスのみんなは、ただ黙って、寂しく笑う玲奈の姿を見ているだけだった。

 静けさが、教室を支配する。言葉を発することはできなかった。誰にも。

 

「……えーっと。じゃあ、ゾンビに関する校則は、これまでと変わらず、ということで、よろしいでしょうか?」なんとか、議長の美青が言った。異を唱える人はいなかった。架純も、顔から笑顔が消え、不満そうではあるものの、今度は何も言わなかった。

 

 茉優は、玲奈を見つめ続ける。本当に、これでいいのだろうか? 確かに、校則を変える必要は、今のところ、ない。玲奈も、一応納得はしているのだろう。だが、このままでは、玲奈はやはり、クラスから孤立したままなのではないだろうか? 玲奈は、クラスに溶け込もうとしないのではないだろうか? それで、この学活をする意味が、あったのだろうか?

 

 チャイムが鳴った。1時間目は、もう終わりだ。

 

「では、本日のガッ活は、これにて――」

 

 ガラガラ。美青が締めの言葉を言おうとした時、教室のドアが開いて、大野先生が戻って来た。静かな教室を見て、ちょっと驚いたような表情。「あら? もう休み時間だけど、何か、授業の途中だったかしら?」

 

「別に大丈夫でーす。もう終わりましたから」呆れ口調で言ったのは、ギャルグループのリーダー・青山梨花だ。

 

「そ……そうですか」大野先生はまた怯えたような声になったが、すぐに平静を装う。「宮沢さん? これ、渡すの、ずっと忘れてて」

 

 そう言って、玲奈の机の上に置いたのは、表紙に四木女子高校の校章がプリントされた紺色の手帳だった。

 

「四木高の、生徒手帳です」大野先生が言った。「名前や住所等、間違いが無いか、ちゃんとチェックしておいてくださいね。教育理念や校則の項にも、ちゃんと目を通しておくこと。あと、最後のページに意思表示の項目があるから、ちゃんと、記入しておいてくださいね」

 

「……意思表示?」何のことか分からないのだろう。玲奈は、視線を生徒手帳から大野先生へ向けた。しかし、大野先生はそれに気づかず、そのまま教室を出て行った。

 

 玲奈は生徒手帳を開いた。大野先生の言った、最後のページを見る。そこには。

 

 

 

■ゾンビ化に関する意思表示■

 

 生徒及び教職員は、ゾンビに咬まれる、死亡する、などでゾンビとなった場合、以下の対応から1つを選ぶことがでる。1・2、いずれかの番号を○で囲むこと。なお、記入が無い場合は2となる。

 

 1・私は、ゾンビ化した場合、すみやかに頭を潰されるか首を切断され、埋葬されることを希望します。

 2・私は、ゾンビ化した場合、退学を希望します。

(2の場合、学校外へ出るまでの身の安全は保障されるが、学校外へ出た時点で退学が完了したものとし、その後の身の安全は一切保障されない)

 

  【特記欄:                   】

  自筆署名:

 署名年月日:

 

 

 

「――ゾンビに関する校則ができた時、そのページも、追加されたんだよ」茉優が横から言った。「1と2、好きな方を選ぶことができる。みんな、どっちかを選んで、○をしてるよ」

 

「みんな……」玲奈は、視線を生徒手帳から茉優に移す。「じゃあ、リオも……?」

 

「もちろん」茉優は、机の横に掛けてあるバッグから生徒手帳を取り出した。「これ、岡崎さんの生徒手帳。ずっと玲奈に渡そうと思ってたんだけど、渡しそびれちゃって。中、見てみて」

 

 玲奈は、受け取った生徒手帳を開いた。

 

「――――」

 

 その最後のページには、リオと玲奈が、2人で写った写真がはさまれていた。

 中学の卒業式の時の写真だろう。卒業証書とスイートピーの花を持ち、泣き笑いの笑顔の2人。

 玲奈とリオは、聖園高校の合格発表の日にケンカ別れした。卒業式の翌日だ。つまりこの写真は、2人で撮った、最後の写真。

 岡崎リオは、この写真を、ずっと、生徒手帳に入れていたようだ。

 

 玲奈は写真を手に取り、懐かしさと切なさが入り混じった表情になった。

 そして玲奈は、リオの意思表示のページを見た。

『1・私は、ゾンビ化した場合、すみやかに頭を潰されるか首を切断され、埋葬されることを希望します。』に丸が付いていた。

 さらにその下、特記欄の項目には。

 

 

 

 『大切な人たちを傷つける前に、必ず、実行してください』

 

 

 

 そう、力強い文字で書かれていた。

 

「岡崎さんらしいよね」茉優は小さく笑った。「自分よりみんなのことを考えて。そこに、玲奈の写真を挟んでおくなんて」

 

 岡崎リオは、立派な生徒会長だった。

 落ちたとはいえ、エリート校の聖園高校を受験するだけあって、他の生徒とは比べ物にならないほど勉強はできた。しかし、リオが生徒会長に選ばれた理由は、それだけではない。単に勉強ができるだけなら、北原愛の方が、もっとずっと優れている。

 

 岡崎リオは、他の生徒を思いやる気持ちが、誰よりも強かったのだ。

 

 それは、クラスの全員が、認めていた。

 リオは、一見、気弱そうな印象を受ける生徒だ。実際に気弱な所はあり、他の生徒に対して、強く意見できないことも多かった。それでもリオがみんなに認められていたのは、誰よりも、他の生徒のことを、学校のことを、考えていたからだ。

 この学校にゾンビに関する校則ができて、生徒手帳の最後のページに意思表明の項目が追加された時、みんな、記入をためらう中、リオは、迷うことなく1に丸をし、特記欄に記入した。

 その姿を見て。生徒全員、意思表示をすることができたのである。

 

 茉優は言葉を継いだ。「玲奈、あたしは、クラス全員の意思表示を把握している。中には2を希望している娘もいるけど、ほとんどの娘は1だ。みんな、覚悟はできてるんだよ。誰だって、大切な人を傷つけたくないからね。でも、いざクラスメイトがゾンビになると、ためらってしまうこともある。あたしたちだって、ゾンビになったからと言って、頭を潰して殺したくはないよ。でも、誰かがやらなければいけない。だからあたしは、1の意思表明をしている人は、ゾンビになったら、ためらいなく、やる。たとえそれが、どんなに大切な人でも、あたしはやるよ。それが、本人の為なんだからね。もちろん、その考えを玲奈に押し付けることはできない。頭では理解できても、感情では理解できないこともあるだろうからね。でも、そのことでみんなを悪く思わないでほしい。恨むなら、あたしを恨んで」

 

 玲奈は、リオの生徒手帳と、2人の写真を、じっと見つめる。

 そして、ペンを取り出すと、貰ったばかりの自分の生徒手帳の意思表示の項目の、1に、丸を付けた。

 

「……大丈夫。あたし、みんなのことも、茉優のことも、恨んだりしない」玲奈は、笑顔を茉優に向けた。「ありがとう、茉優。リオのこと、分かってくれていて。リオの意思を、尊重してくれて」

 

「……うん」

 

「でもね……これだけは……言わせて……」

 

 玲奈は。

 リオと写った写真を、震える手で、持った。

 

「あたしは茉優を恨まない。茉優のことが大好き。これからも、ずっと、友達でいたいと思う。だから、こんなことを言うのは、これが最初で最後だから。これからは、絶対に言わないから、言わせて……」

 

 瞳にたまった涙が溢れ出し、頬を伝って、2人の写真に流れ落ちた。

 そして、叫んだ

 

「あたしは、リオと同じ学校に行きたかった!」

 

 中学を卒業してからの、2年間の思いを。

 

「あたしは、リオに謝りたかった!」

 

 中学を卒業してからの、2年間の後悔を。

 

「あたしは、リオと一緒にこの学校で暮らしたかった!」

 

 中学を卒業してからの、2年間思い描いたことを。

 叫ぶ。

 

 茉優の目からも、涙がこぼれ落ちる。「ゴメン……ゴメンね……」と謝りながら、玲奈を抱きしめた。

 

「あたしはずっと、リオと一緒にいたかった! リオと一緒に勉強して、リオとお喋りして、リオとケンカもして、リオと、ずっと一緒に――」

 

 叫びは、やがて、泣き声に変わる。

 

 玲奈は、茉優の胸に抱かれ。

 

 声を上げて、泣き続けた――。

 

 

 

 こうして――。

 

 

 

 長い、学級活動の時間は、終わった。

 

 

 

 

 

 

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