ゾンビと女子高生の平凡な学園生活   作:ドラ麦茶

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第3話・教師 #01

「一般的に、京都というと華やかなイメージがありますが、この、『羅生門』で描かれている京都は、本文の、“丹塗(にぬり)()げた、大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている”というところや、“この二三年、京都には、地震とか辻風(つじかぜ)とか火事とか饑饉(ききん)とか云う(わざわい)がつづいて起った”や、“仏像や仏具を打砕いて、その()がついたり、金銀の(はく)がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、(たきぎ)(しろ)に売っていた”というところから、かなり荒廃した様子が読み取れます」

 

 教室の前の黒板に、芥川龍之介の『羅生門』の一節をチョークで書いた大野先生は、生徒たちを振り返り、解説を付け加えた。四木女子高校火曜の2時間目は国語の授業だ。大野先生の担当教科である。現在四木女子高校の授業はすべての教科を大野先生1人が教えている。数学や化学など大野先生が苦手とする教科とは違い、気弱な性格の彼女でも堂々とした姿で授業を進めていた。

 

「さらに31ページの中ほどに“その荒れ果てたのをよい事にして、狐狸(こり)が棲すむ。盗人(ぬすびと)が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た”や、その後のカラスに関する記述から、主人公がいるこの羅生門という場所の不気味さが伝わってきます」

 

 授業を進めながら、大野先生は生徒たちを見回した。現在この学校の生徒数は38名。アウトブレイク前の20分の1程度になってしまった。その全ての生徒がこのクラスに集まっている。残念ながら真面目に授業を受けている生徒は少ない。ほとんどが、眠そうな目で教科書を眺めているか、窓の外を眺めているか、寝ているか、である。四木女子高校は街の落ちこぼれが集まる学校だ。勉強が好きな生徒などほとんどいないので、これが普通の授業風景だった。まあ、サボったり私語をしたりする生徒がいないだけ、まだいい方だと言えた。

 

「――では、この物語の季節はいつごろでしょうか?」大野先生は再び生徒たちを見回した。そして、真ん中の席の、ツインテールの生徒を見る。「市川さん、分かりますか?」

 

「え? あ、はい」突然名を呼ばれ、それまでボーっと天井を眺めていた2年生の市川美青は、慌てて立ち上がる。「えーと、季節季節……夏、ですか?」

 

「どうして、そう思いましたか?」笑顔でさらに質問する大野先生。夏、という解答は不正解だが、その解答に至った理由次第では、半分正解としても良かった。

 

 美青は続ける。「やっぱり、こういうブキミでコワーイお話は、夏っていうのが、定番じゃないですか」

 

 美青の答えに落胆しつつも、それを表情に出さないようにする大野先生。ここで、31ページの序盤の“大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている”という所に目をつけ、「キリギリスは夏の虫だから」と答えてくれれば、まだ見どころはあったのだが。まあ、4分の1の確率で適当に答えず、それなりに理由づけしただけ、まだマシと言えるかもしれなかった。

 

「残念ながら、違います」

 

 笑顔を崩さず伝える大野先生。美青は「間違えちゃった」という表情で座る。この調子では、今期のテストも苦労するだろう。

 

「それでは……」と、大野先生はまた生徒を見回した。分かる人いますか? と訊いて、手を挙げるような生徒はいないだろう。そもそも高校でそのような授業もどうかという気がする。決して難しい問題ではないはずだが、このクラスで確実に答えられる生徒は少ない。以前は、生徒会長の岡崎リオを指名すれば良かったが、今はもういない。なので、代わりの生徒を指名する。「宮沢玲奈さん、分かりますか?」

 

「――はい」窓際の前から3番目の席の生徒が立つ。「季節は秋です。31ページの序盤に、蟋蟀(きりぎりす)と書かれてあります。通常、キリギリスは夏の虫ですが、芥川龍之介がこの物語を書いた時代、キリギリスは、コオロギの呼び名でした。コウロギは秋の虫です。さらに、34ページの序盤“夕冷えのする京都は、もう火桶(ひおけ)が欲しいほどの寒さである”というところから、晩秋、11月頃だと読み取れます」

 

「正解。さすが宮沢さんです」

 

 玲奈の答えに、大野先生は、今度は心からの笑顔で言った。解説の必要もない、完璧な答えだった。

 

「さすがです! このクラスに玲奈先輩がいてくれて、本当に助かります! 次のテストの時は、勉強、教えてください!!」

 

 ツインテールの美青が胸の前で手を組んで立ち上がる。教室は笑いに包まれ、玲奈は、恥ずかしそうに席に着いた。

 

 本当に、このクラスに玲奈さんがいてくれて良かった、と、大野先生も思う。2週間前、生徒会長の岡崎リオがゾンビになって処分されたと知った時は、このクラスの授業はもうダメだ、と諦めかけていた。しかし、市内一の進学校・聖園高校から宮沢玲奈が転校して来たおかげで、その後もなんとか授業らしく進めることができていた。四木高校の授業のレベルは、聖園高校と比べれば確実に劣るだろうが、そのことに文句を言うことも無い。大野先生にとって、玲奈は理想的な生徒だった。

 

「ふん。ミソ高のエリートさんには、うちの授業はレベルが低すぎて、物足りないみたいね?」

 

 イヤミな口調で言ったのは、このクラスの問題児、ギャル系グループの青山梨花だ。聖園高校の生徒に劣等感を抱いているのか、何かあるたびに、玲奈にイヤミを言ったり因縁をつけたりしている。

 

「梨花さん、授業中、お喋りは禁止ですよ」大野先生は、優しい口調で注意した。

 

 梨花は「はーい、すみませーん」と、全く悪びれた様子も無い口調で言って、スマートフォンを取り出して操作し始めた。

 

「梨花さん、授業中のスマートフォンは禁止です。何度言ったら分かるんですか?」少し語気を強めて言う。

 

 だが梨花は、聞こえていないかのように、そのままスマートフォンを操作し続ける。隣の席の生徒が、クスクスと笑っている。

 

 湧き上がる怒りをなんとか抑え、大野先生はさらに言った。「梨花さん、やめなさい」

 

 梨花はわずらわしそうな目で大野先生を睨むと、スマートフォンを机の中にしまい、机に頬杖をついて大野先生から目を逸らした。

 

 大野先生の手が震える。自分よりもひと回りも年下の人間に、なぜ、あのような態度をとられなければならないのか。教科書を投げつけたい衝動を、どうにか我慢した。「……そ、それでは、31ページの続きから、美青さん、読んでください」

 

 ツインテールの市川美青は「はーい」とかわいらしい声で返事をして立ち上がり、教科書を朗読し始めた。成績はあまり良くないが、素直でいい生徒である。彼女の可愛らしさの半分でも梨花にあれば……と、大野先生心の中で呟いた。

 黒板に向き直り、背中で美青の朗読を聞きながら、大野先生は黒板に次の場面の要点を書いていった。

 

 と、黒板の半分ほどまで書いた時だった。

 

「――くけけけ」

 

 異様な笑い声に、大野先生は手を止め、振り返った。

 美青は気にせず朗読を続けている。その後ろ、ギャル系グループの梨花と、隣の席の山口万美が、ニヤニヤと不快な笑顔を浮かべていた。

 大野先生は2人を注意しようとしたが、美青の朗読を中断するのも申し訳ないと思い、何も言わず、再び黒板に書きはじめた。しかし、またしばらくして。

 

「くけけけけけけ!」

 

 さらに大きな声で笑う。

 

「今、笑ったのは誰ですか?」

 

 大野先生は振り返り、なるべく穏やかに言った。誰ですか? と訊いてはいるが、犯人は分かっていた。梨花と万美を睨む。

 

「……先生? なに言ってるんですか? 誰も笑ってませんよ?」バカにしたような口調で言う梨花。

 

 じっと、梨花を睨む大野先生。隣の席で、口を押さえて笑いをこらえている万美。

 

 ――相手は子供。真面目に相手しては、思うツボよ。

 

 そう自分に言い聞かせ、怒りに震える手で、また黒板に向かう大野先生。戸惑った声で朗読を続ける美青。しかし、またしばらくすると。

 

「くけけけけけけけけけけけけけ!!」

 

 教室中に響き渡るほどの大声で奇声を上げる。我慢が限界を超えた。振り返り、力いっぱい教卓を叩く。「笑うのをやめなさい!!」

 

 教室が張り詰めた空気になる。生徒たちが戸惑いの表情を向ける。眠っていた生徒も起き、何事かと教室内を見回している。梨花たちギャル系グループだけが、相変わらず人を不快にさせる笑みを浮かべ、大野先生を見ていた。

 

 リーダー格の梨花が立ち上がった。「先生、大丈夫ですか? 誰も笑ってないって、言ってるじゃないですか? ねぇ?」

 

 ギャル系グループが、梨花と同じ不快な笑顔で頷く。この娘たちは、こんな子供みたいな真似をして、何が楽しいのだろう? 大野先生には理解不能だった。

 

 笑った生徒が誰かは分かっていた。梨花の2つ後ろの席、前の生徒の陰に隠れて姿は見えないが、ショートカットの小柄な生徒が、その席にいるはずである。

 大野先生は、その生徒の名を呼ぼうとするが。

 

「……くけけけけけけけけけええぇぇ!!」

 

 さらなる奇声を上げ、その生徒が席を立つ。

 梨花や万美たちよりも、さらに不快な笑みを口元に浮かべ、大野先生を見た。

 大野先生が、注意しようとした瞬間。

 生徒は、奇声をあげながら走り出し、そのまま教室を出て行った。

 

「ま……待ちなさい!」後を追う大野先生。教室を出る前に、「後の授業は自習にします!」とだけ言って、廊下に出て生徒の後を追った。

 

 奇声をあげながら逃げる生徒。階段を二段飛ばしで駆け上がって行く。必死で後を追う大野先生だが、体力にはまったく自信が無かった。3階まで上がったところで、生徒の姿を見失ってしまった。

 

穂波(ほなみ)さん! どこですか!? 教室に戻りなさい! 穂波さん!!」

 

 静かな廊下に大野先生の声が響き渡る。返事は無い。あの気味の悪い笑い声が聞こえて来るかと耳を澄ましたが、他に生徒のいない3階の廊下は、物音ひとつしなかった。

 

 しばらく階段の側で息を整えていた大野先生だったが。

 

「大野先生? どうかしましたか?」

 

 階段の下から、心配するような声。見ると、白衣を羽織った若い女性が、階段を上がって来ていた。

 

「……斉藤(さいとう)先生。すみません、お騒がせして」申し訳ない口調の大野先生。

 

「それは構いませんけど――」3階までやって来た斉藤先生は、廊下を見回した。「また、穂波さんですか?」

 

「はい。本当に、困った生徒です」

 

 大野先生の苦笑いに、斉藤先生は慰めるように頷いた。

 

 

 

 

 

 




出典『羅生門』芥川龍之介、1915
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