ゾンビと女子高生の平凡な学園生活   作:ドラ麦茶

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第4話・問題児 #08

 ☆

 

 

 

 ……まったく……なんでこんな……へんぴなところに……学校を……作ったのかしら……。

 

 四木女子高校の正門前で、青山梨花は、息も絶え絶えにつぶやいた。4月。昨日降っていた雨は夜中のうちにやんで、空には雲ひとつ無い青空が広がっている。今日は、四木高へ入学日だ。梨花の胸は、ドクンドクンと激しく鼓動している。新たな生活への期待に胸が高鳴っている――のではない。身体中に酸素を運ぶため、心臓が激しく血液を送り出しているのだ。身体中が酸素を欲している。要するに、激しい運動で疲れているのだ。無理もない。家からこの四木高まで、山道を3時間かけて歩いてきたのだから。これだけの距離があれば、バスか自転車を使うのが普通である。しかし、梨花にはそのどちらも使うことが許されなかった。母親は通学の定期代を出すことを拒否し、中学生の時に父親に買ってもらった電動式の自転車もどこかに売り払ってしまった。だから梨花は、歩くしかなかったのだ。

 

 さらに梨花は、四木女子高校の制服の上に、ブラウンのダッフルコートを首元まで閉じて着ていた。4月の朝はまだ肌寒いが、薄手のジャケットを羽織るくらいで十分だ。まして3時間も歩くともなれば、アウターなど無くても十分だった。コートは、寒いから着ているのではない。四木高の制服を隠すためだ。白を基調にした古めかしいデザインの四木高のセーラー服は、この街では落ちこぼれの象徴だ。それを着て街を歩くなど、梨花には耐えられなかった。アウターを着て隠そうと思ったら、梨花が持っているもので首元まで閉じられるのはコートしかなかった。おかげで、決して代謝が良い方ではない梨花が、全身汗だくである。3年間毎朝ずっと、そんな死ぬ思いをしなければいけないと思うと、泣きたくなった。ただでさえ、こんな最底辺の学校に通うことになって死にたい気分だというのに。

 

 投げ捨てんばかりの勢いでコートを脱ぎ、校門をくぐった。入学式の会場は体育館だが、その前に乱れたメイクや髪を直さなければならない。幸いかなり早い時間に家を出たので、式が始まるまではまだ少し時間がある。体育館に一番近いお手洗いは西校舎のようだ。梨花は西校舎へ向かった。

 

 梨花がトイレの洗面台でメイクと髪を整え、制汗スプレーもたっぷり吹き付けてトイレを出ると。

 

「――え? 梨花?」

 

 廊下に出たところで、後ろから名前を呼ばれた。聞き覚えのある声だったが、誰かはすぐに思い出せなかった。振り返る。

 

 ――信じられない。

 

 我が目を疑った。そこには、梨花と同じ中学でクラスメイトだった留衣がいた。そしてその後ろには優真と恭子もいる。3人とも、小学校の時からの付き合いだから、幼馴染と言っていい。しかし、小4の時、ある事件で梨花を怒らせてから、あまり話したことはない。中学時代、梨花の取り巻きだった智沙や真奈美に奴隷のようにこき使われており、梨花に言わせれば、クラスで最底のCランクだった生徒である。だから、この3人がこの街の底辺の四木高にいるのは、別に不思議ではない。梨花が信じられないのは、自分がこの3人と同レベルまで堕ちたのか、ということだ。この学校に通うという時点で堕ちたことは分かっていたが、その現実をまざまざと見せつけられた気分である。

 

「やっぱり梨花だ……なんでここにいるの?」

 

 戸惑ったような声の留衣を無視し、梨花は体育館へ向かった。冗談じゃない。確かにあたしは堕ちた。それは認めるしかない。だが、あの3人ほどではないはずだ。そう信じたかった。あの3人はこの学校でも底辺だろうが、あたしは違う。この学校内で、中学までのような地位を築いてみせる。そんなどんぐりの背比べのような考えをしている自分が情けなくなった。

 

 入学式が終わり、クラスに別れ、教室でホームルームとなった。梨花のクラスは2組だ。

 

 教室に入り、クラスを見回した。生徒数は33人。梨花は、落ちこぼれの集まる四木高を、とんでもない不良ばかりの学校だと思っていたが、クラスの生徒は、ほとんどが、ごく普通の恰好をした平凡な生徒に見えた。中には、黒縁の大きなメガネで、背中まで伸びた長い黒髪を首の後ろで1つに束ねた、いかにも優等生という感じの娘までいる。これでは、ギャル系の恰好をした自分の方が不良みたいだ。まあ、今日は入学初日。いきなり校則違反の恰好で登校し、教師に目を付けられるのは得策ではないから、みんな、控えているのかもしれない。今日は梨花も、服装や髪の色やメイクなどは、校則に違反しない程度にとどめていた。

 

 が、そんな中で。

 

 一番奥の席の生徒だけが異質だった。薄い茶髪のショートヘアで、セーラー服の上には、背中と胸の部分に虎の刺繍が入ったスカジャンを羽織っている。いかにも不良少女という恰好だ。ああ、やっぱりこういう娘もいるんだな。なるべく関わらないようにしよう。そう心に決め、梨花は自分の席に向かった。

 

 その途中で、1人の生徒が突然足を出し、梨花はつまづいて、派手に転んでしまった。

 

「――あらあら、ごめんなさい、大丈夫?」

 

 まったく悪びれていない、バカにしたような言い方だった。振り返り、なにするの! と言おうとして、その言葉を飲み込んでしまう。足を出したのは、同じ中学の留衣だった。よりによって同じクラスとは。

 

「あれ? 青山梨花ちゃんじゃない?」ワザとらしい口調で言う。最初から分かっていて足を引っ掛けたことは明白だ。

 

 梨花は起き上がり、無視して席に着こうとした。しかし、行く手を別の生徒に遮られた。留衣の仲間の優真と恭子。よりによってこの3人と同じクラスとは、どうやらこの世界に神はいないらしい。

 

「梨花ちゃん、四木高なんかで、なにしてるの?」後ろから、留衣がイヤミな口調で言う。「なんとか……って、お嬢様学校に行くって、自慢げに言ってなかったっけ?」

 

 クラス中に聞こえるような大声の留衣。マズイわね、と、梨花は思った。子供の頃からクラスを支配してきたから分かる。新たな学校やクラスでの初日のイメージは非常に重要だ。ここで何も言わずに席に着いたら、クラスメイト全員に、青山梨花はイヤミを言われても言い返せない気の弱い生徒、と思われてしまう。バカにされるわけにはいかない。

 

 振り返り、留衣に挑発的な視線を返す。「フン、中学の頃は、智沙や真奈美に怯えてビクビクしてたくせに。Cランクの最底辺が、随分と偉そうな口を利くようになったものね」

 

「はは。あんたこそ、そんな偉そうな口利いていいの? もう、智沙も真奈美もいない、あんた1人だけだよ?」

 

「別にあの娘たちは――」

 

 関係ないわ、と言う前に、後ろの優真が遮るようにして言った。「それに、この学校にいる時点で、あんただって最底辺でしょうが? 何? まだ自分をAランクだとか思ってるの?」

 

「あなたたちと――」

 

 一緒にしないでくれる、という言葉は、恭子に遮られた。「お前、自分にどれだけ価値があると思ってるんだよ? 勉強もスポーツも、あたしらよりできないじゃないか」

 

「あたしは――」

 

 その言葉も遮られた。「そうだよねー。梨花ちゃんにできることは、おもちゃで釣ることだけだもんねー」

 

「ふざけ――」

 

 その言葉も遮られた。「あ、そうか。レベルアップして、ブランド品で釣るスキルを覚えたんだっけ? すごいすごい」

 

 言い返せない。

 

 子供の頃から口喧嘩は得意だった。相手を言い負かすことに関しては、絶対の自信がある。しかし、相手が3人では、あまりにも分が悪すぎた。言いたいことを言えない。思っていることが、口から出てこない。今までクラスで権力を振るってきた梨花には、こんなことは初めてだった。知らず、拳を握りしめ、うつむいてしまっていた。言われるがままになっていた。

 

 そんな梨花の姿を、満足げに見つめる留衣。「情けないねぇ。クラスの女王だった青山梨花様は、どこに行っちゃったのかしら?」

 

 ただ、黙って耐えるしかなくなった梨花。

 

 留衣は続ける。「やっと自分の本当のランクが分かったみたいね。あんたも、あたしたちと同じ、Cランクの最底辺なの」

 

 ただ、拳を握りしめるしかなくなった梨花。

 

 留衣は勝ち誇った口調で言う。「あんたなんて、おもちゃやお金が無きゃ、なんの価値もないんだよ。知ってるよ? あんた、親が離婚して、お金持ちのパパに捨てられたんでしょ? そんで、ママとその愛人と一緒に、仲良く暮らしてるんだよね?」

 

 顔を上げた。ひっぱたいてやろうと思った。もうそれしか手段が無いと思ったのか、親のことを言われたのが許せなかったのかは、梨花にも分からない。とにかく、ひっぱたいてやろうと、右手を振り上げた。

 

 しかし、その前に。

 

「――どうかしましたか?」

 

 透き通るような声がした。梨花の手が止まる。声がした方を見ると、さっき教室に入る時に見かけた、黒縁メガネの優等生風少女が、笑顔でこちらを見ていた。

 

「はい? 何か言った?」留衣も振り返り、優等生風少女を睨みつける。相手がいかにも気弱そうな生徒だからか、強気な態度だ。それで相手は、「な……なんでもありません」と、すごすごと席に帰って行くはずだった。

 

 しかし、優等生の少女は、顔に笑顔を浮かべながらも、その奥に芯の強さを感じる目を、留衣に向けている。一瞬、留衣の方がひるんだ。

 

 だが、すぐに平静を装う留衣。「関係ないでしょ。引っ込んでてよ」

 

 そして、ドン、と、相手の右肩を押した。よろめいて後ろに下がる優等生。しかし、鋭い目は留衣を捉えたままだ。

 

「……な……なによ!」

 

 威嚇だけではダメだと思ったのか、留衣は、右手を振り上げた。

 

 その時、もう1人の生徒が席を立ち、こちらに向かって来た。教室の奥の席にいた、虎のスカジャンを着た、不良少女風の生徒だった。留衣たちよりも頭1つ高い位置から、無言で睨みつける。

 

「な……なんですか……?」

 

 今までの勢いはどこへやら。同級生なのに敬語を使い出す留衣。弱そうな相手には強気なのに、強そうな相手には弱気になる。やっぱりコイツらは最底辺だ、と、梨花は思った。

 

 不良少女は応えず、ただ留衣たちを睨みつけ、威圧している。

 

 そこへ、担任の教師と思われる若い男性が手を叩きながら入ってきた。「ようし! みんな席に着け! ホームルームを始めるぞ!」

 

 それで、留衣たちはそそくさと席に戻った。

 

「――大丈夫だった?」優等生風少女が、梨花に言った。

 

「フン。別に、何でも無いわよ、あんなヤツら」梨花は言ったが、強がっていることを見透かされているようで、恥ずかしくなった。

 

 優等生風少女は笑った。「何か困ったことがあったら、いつでも相談してね」

 

「フン、大きなお世話よ。お礼なんか言わないからね」目を逸らした。優等生は、笑顔で梨花を見ていた。

 

「あなたも、ありがとう」優等生は、不良少女にも物怖せずに言う。

 

「あ……」不良少女は、それまでの相手を威圧する表情が一変し、急に怯えたような視線で、梨花と優等生を交互に見た。

 

「お? もう仲良くなったのか?」教卓に立った先生が言った。「新しい友達を作るのはいいが、今はホームルームの時間だ。早く席に着いてくれ」

 

「はい、すみません」優等生が席に戻り、不良少女も席に着いた。梨花も、自分の席に向かった。

 

 ホームルームが始まり、四木高学園生活の注意点や今後のスケジュールを暑苦しい口調で説明する教師の話をぼんやりと聞きながら、梨花は、ふたつ前の席に座っている優等生風少女の後ろ姿を眺めていた。さっきは思わず冷たい態度をとってしまったが、せっかく助けてくれたのに、あれは良くなかった。あまり気にしている様子はなかったが、後でちゃんとお礼を言っておこう。

 

 ――フン。別に、感謝なんかしてないからね。あたしはただ、これ以上留衣たちに舐められないために、あの娘を味方につけるだけ。そうよ。頭も良さそうだし、智沙や真奈美の代わりに、利用してやるだけよ。

 

 誰に訊かれたわけでもないのに心の中で言い訳する梨花。

 

 続いて、不良少女を見た。いきなり目が合った。向こうもこちらを見ていたようだ。驚いて目を逸らしたのは相手の方だった。あんな風体をしているが、意外とシャイなのかもしれない。この娘にも、後でお礼を言っておこう。もちろん、利用するためだ。

 

 ホームルームが終わった。今日の学校の予定は、これですべて終了だ。部活や校内の設備を見るのは自由だが、ほとんどの生徒は帰るようである。まあ、部活に熱心な学校でもないし、特別見るような設備もない。梨花は、優等生風少女にさっきのお礼を言おうと席を立った。

 

 だが、梨花の前に、また留衣が立ちふさがった。「待ちなさいよ。さっきの話、まだ終わってないわよ」

 

「しつこいわね。こっちは、あなたなんかに話はないわよ」うんざりして言う梨花。

 

「いいから、一緒に来なさい」

 

 うしろから優真と恭子が来て、そのまま両脇を抱えた。無理矢理連れて行こうとでもいうのだろうか。

 

 しかし、さっきの不良少女がこちらにやって来た。

 

「な……なんなんですか」また怯えた声になる留衣。

 

 不良少女は無言で睨みつける。優真と恭子は、梨花を放した。

 

「……優真、恭子、帰ろう」

 

 留衣が言い、教室を出て行った。優真と恭子も後を追った。

 

「あ……えっと、その……」梨花は、恥ずかしそうに目を逸らし、そして、言った。「あ……ありがとう……その、助けてくれて」

 

 思えば、同級生にお礼を言うなど、今まであまりなかったように思う。

 

 不良少女は目を丸くして驚いている。そして、梨花と同じように、恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「……あなた、なんであたしなんかを助けてくれるの?」疑問に思ったことを素直に訊いてみた。あの優等生風少女は、見るからに正義感の塊といった感じだったが、この不良少女は、見るからに正義感からほど遠い。まあ、見た目で判断するのもどうかとは思うが。

 

「あ……」

 

 不良少女は何か言いかけたようだったが、何かを気にするように周りを見た。教室には、まだ生徒が半分ほど残っている。不良少女の恰好が目立つせいか、チラチラとこちらを見ている生徒もいる。

 

「……なんでも、ない」

 

 見た目からは想像もできないような覇気のない小さな声で言って、不良少女はそのまま教室を出て行った。

 

 ……変な娘。

 

 そう思った。まあ、一応お礼は言ったし、あの娘のことはいいだろう。梨花は、優等生風少女にもお礼を言おうと、彼女を探した。しかし、教室にはいなかった。そう言えば、さっきのホームルーム中、先生から、後で職員室に来るように言われていた。見るからに頭がよさそうだから、クラス委員でも任されるのかもしれない。まあ、お礼は明日でもいいか。梨花は、その日は帰ることにした。

 

 校門を出ると同時にダッフルコートを着て、昨日の雨でまだところどころ水たまりの残る道を、1人、家に向かって歩いた。帰り道は下り坂メインになるとは言え、それでも徒歩3時間の道のりは気が重かった。今日は午前中だけで終了したからまだいいものの、明日からは6時間目まで授業がある。補習がある日もあるだろう。そうなると、家に帰りつくのは何時になることやら。冬になれば、陽が落ちるのも早くなる。外灯すらほとんど無いこの道は、すぐに真っ暗になるだろう。そうなれば、歩くことさえ困難だ。早いうちに何とかしないといけない。梨花は考える。バスの定期代か自転車を買うお金を貯めるために、アルバイトでも始めようか? このあたしが苦学生みたいにバイトをするなど笑える話だが、背に腹は代えられない。だが、お給料をもらうまではこのままだ。できれば今すぐなんとかしたい。誰かに自転車を譲ってもらえないだろうか? 上り坂は自転車を降りて押さなければいけないから歩くよりきつくなるが、下り坂と平坦な道は格段に楽になり、通学の時間は大幅に短縮できるはず。だが、誰に譲ってもらう? クラスメイトや中学の同級生にそんな恥ずかしいことを頼めるはずもないし、他に頼れる人もいない。何処かで盗んでくるなどもちろん論外だ。そこまで落ちぶれたくはない。やっぱり、バイトをするしかないか。お給料をもらうまでは登下校に6時間も取られるから、平日に働くのはムリだろう。まずは休日に働けるところを探そう。しかし、バイトってどうやって探すんだ? 分からない。今までバイトをしようなど考えたことも無かったから、想像もつかない。調べようにもスマホは解約させられてしまった。今は安いガラケーすら持たされていない。誰かに訊くしかないが、それも恥ずかしい。ダメだ。問題が山積み過ぎる。いったい、どうすれば……。

 

 不思議と、梨花の頭には学校を辞めるという選択肢はなかった。それは、今の生活から逃げることのような気がして、プライドが許さなかったのだ。

 

 いろいろと考えながらとぼとぼと歩いていると。

 

「――――?」

 

 背後に人の気配を感じ、振り返った。

 

 そこには、自転車を押して歩くあの不良少女の姿があった。梨花と目が合うと、また、顔を伏せた。

 

 何をしているのだろう? まあ、家に帰っているのだろうが、ここは下り坂だ。自転車を押す必要はない。パンクでもしたのだろうか?

 

「ねえ、どうかしたの?」そばに行って、訊いてみた。タイヤを見るが、別にパンクした様子はない。

 

「あ……の……」不良少女は何か言いかけたが、また、言葉を飲み込み、顔を伏せた。「……なんでもない」

 

 イラッとした。昔から梨花は、何か言いかけて途中でやめられると、イライラしてしまうのだ。「あなたね、言いたいことがあるなら、最後までちゃんと言いなさい!」

 

 不良少女は、ぱっと顔を上げた。「ごごごごごごごごめん」

 

 ――――。

 

 その、独特の喋り方で、5年間ずっと忘れていた名前を、一瞬にして思い出した。

 

「――あなた、牧野里琴!!」

 

 不良少女の顔に、初めて、笑顔が浮かんだ。「そ……そう!」

 

 梨花もこの日、初めて笑顔になれた。「久しぶりじゃない! 四木高にいるってことは、帰ってきたんだ」

 

 里琴は頷いた。「そう。おおお……(そう。お父さんの転勤で、戻って来た。これから3年間は、またこの街で暮らせる)」

 

 梨花は、小学4年のときと同じように、最後まで里琴の話を聞いた。「そう。それは、良かったわね」

 

「でででで……(でも、まさか、四木高に梨花ちゃんがいるとは思わなかった)」

 

「ま、まあ、あたしも色々とあってね。それより、あなたの方こそ、なにがあったの、その恰好は? いつからそんな不良になったの?」

 

「ここここ……(これは、あたしなりに、いろいろ考えた。喋り方をみんなからバカにされないにはどうすればいいかって)」

 

「……え?」

 

「ここここ……(この恰好なら、誰も話しかけてこないし、笑われない)」

 

「――――」

 

 思わず言葉を失う梨花。

 

 確かにその恰好なら話しかけられにくいし、笑われることも無いかもしれない。

 

 でも、それでいいのだろうか? それはつまり、誰とも話さないということではないのか?

 

 小4の時の里琴は、クラスメイトともよく話していた。だがそれは、梨花が、里琴の話し方を笑うなと、みんなに言ったからに他ならない。

 

 転校した先に、あたしのような人はいなかったのだろうか? 障害のことを笑わない、優しい人はいなかったのだろうか? いや、優しい人ではない。それは、人として、ごく当たり前のことではないのか? そんな当たり前のことをしてくれる人がいなかったから、この娘はこうするしかなかったのだろうか? 言いたいことも言えず、1人、孤独に学園生活を送ってきたのだろうか? もし四木高にあたしがいなければ、この先もずっと――。

 

「――――?」

 

 里琴は、不思議そうな顔で見ている。

 

 梨花は笑顔で言った。「――よし。じゃあ、これから3年間は、あたしが、あなたの代わりに、言いたいことを言ってあげる」

 

「え……?」

 

「あなたは喋るのが苦手。あたしは喋るのが大得意。どう? いいアイデアだと思うけど?」

 

「えええええ……(えっと、そんなことしてもらって、いいの?)」

 

「もちろん。でも、その代わり――」梨花は、里琴の自転車の荷台に座った。「これから毎日、あたしを乗せてってくれない? もちろん、上り坂は、あたしも自転車を押すの、手伝うからさ、ね? ケース・バイ・ケースってやつよ」

 

「ぎぎぎぎ……(ギブ・アンド・テイクじゃないかな?)」

 

「そ……そんなの何だっていいでしょ」

 

 里琴は頷いた。「あああ……(あたしも、そうしてくれるとうれしい)」

 

「でしょ? あなただって、言いたいことのひとつやふたつあるでしょうからね。あたしが代わりに言ってあげれば、ストレスもたまらないでしょ」

 

 里琴は首を振り、そして、嬉しそうに言った。「そ、そうじゃなくて……(そうじゃなくて……梨花ちゃんと一緒に学校に通えるのが、嬉しい)」

 

 梨花は、顔が真っ赤になって行くのが自分でも分かった。「……あなた、そんな恥ずかしい事、よく抵抗なく言えるわね」

 

「だだだだ……(だって、梨花ちゃんが、言いたいことはちゃんと言えって言うから)」

 

「そ……そういう意味じゃないけど……ま、いいわ。さ、帰りましょう」

 

 里琴は頷き、そして、自転車を漕ぎ始めた。

 

「そう言えば、あなたの犬……マドンナちゃんだっけ? 元気?」

 

「マリリンちゃん。げげげ……(マリリンちゃん。元気だよ。6歳になった。もう、大人。うちに、会いに来る? マリリンちゃん、きっと喜ぶ)」

 

「うーん、そうしたいけど、ゴメン、今日はちょっと、用事があって」

 

「ようじ?」

 

「うん。あたし、アルバイトしようと思うの。ちょっと、お金が必要になって」

 

 不思議と梨花は、里琴に対しては、恥ずかしがらずに言うことができた。

 

「そ……(そうなんだ。大変だね)」

 

「それでさ、あなた、アルバイトって、どうやって探すか知ってる? あたし、ケータイとかも持ってないの」

 

「だっだっだ……(だったら、アルバイト情報誌がある)」

 

「情報誌? うーん。あたし、本を買うお金もあんまりないんだけど」

 

「だだだ……(大丈夫、タダだから)」

 

 そう言って、里琴は山道の途中にあるコンビニに向かった。店の前にラックがあり、そこに、ブタが動物園の飼育係をしているイラストが描かれた雑誌がたくさん置いてあった。

 

「……なんでブタが動物園の飼育係してるの? この子、どう見ても飼育される側でしょ?」

 

「そ、そのこ……(その子、この前ツブヤイターで、バーベキューしてるってつぶやいてた)」

 

「……自分がブタだっていう自覚が無いのかしら。まあ、いいけど」

 

 梨花はラックから1冊取り、早速開いてみた。タダとは思えないほどのページ数で、たくさんの求人広告が載っている。

 

「へぇ? こんなのがあったのね。知らなかったわ」梨花は、パラパラとめくり、目についたひとつを指さした。「よし。これに決めたわ。さっそく行きましょう」

 

「え……いいい……(え? 今から? もっと慎重に決めた方が良くない?)」

 

「いいのよ。こんなのは、直感よ。それにあたし、ここ、前から行ってみたかったの。今日は、敵情視察も兼ねて、再会のお祝いよ。おごるから、連れて行って、ね?」

 

 梨花は選んだ求人広告を里琴に見せた。スタッフが着るオレンジ色のエプロンと帽子が印象的なアイスクリームショップだ。バニラアイスをチョコやマンゴーなどのクリームに浸し、コーティングして食べるというスタイルが、今、テレビなどで話題になっている。先日、駅前にある大きなショッピングモール内にオープンしたのだ。

 

 里琴が心配そうな表情で言う。「ででで……(でも、お金無いんじゃ?)」

 

「見くびらないで。さすがに、アイスを食べるくらいは大丈夫よ。あたし、必要な投資は惜しまない主義なの。さあ、行くわよ」

 

 里琴は頷いた。「わかった」

 

 そして2人は、駅前のショッピングモールへ向かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

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