ゾンビと女子高生の平凡な学園生活   作:ドラ麦茶

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第1話・転校生 #07

 ――ねえ、お母さん。相談があるんだけど

 

 

 

 白い世界。何も無い世界で。

 玲奈は、母の後ろ姿を見つけ、声をかけた。

 

 

 

 ――何。

 

 

 

 母の声。

 

 ……えっと、相談って、何だっけ?

 

 自分で言っておきながら、思い出せない。

 記憶を探る。何か、ものすごく重大な相談だった気がする。自分の一生を左右するような、自分の夢を叶えるための……。

 

 ……そうだ。

 

 思い出した。

 今日で高校2年になった玲奈は、今から、母に大事な相談をするのだ。

 思い出した瞬間、白い世界は消え。

 冷蔵庫が現れる。

 食器乾燥機が現れる。

 電子レンジと炊飯器が現れる。

 

 ここは、玲奈の家のキッチン。母が、夕飯の支度をしている。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「玲奈?」母が、不思議そうな顔でこちらを見ていた。「相談って、何かしら?」

 

 ――そうだった。今日は、大事な相談があるんだ。

 

 玲奈は、小さく咳払いをし、後ろ手に持っていた1枚のチラシを母に渡した。母は笑顔でチラシを見るが、すぐに、その顔が曇った。「……『アイドル・ヴァルキリーズ、第七期生募集のお知らせ』……これは、何かしら?」

 

 やはり、母はヴァルキリーズを知らなかった。母は、あまりテレビを見ない人なのだ。でも大丈夫。玲奈も、これは想定していた。

 

「あのね。アイドル・ヴァルキリーズっていうのは、今、大人気の女性アイドルグループなの。『歌って踊れる戦乙女』ってコンセプトで活動しててね、CD売上連続ミリオン記録更新とか、ドームコンサートでの史上最多動員数記録とか、とにかく、すっごい人気なんだ」

 

「……へぇ」全く興味が沸かない口調の母。もちろん、想定内である。

 

 玲奈はさらに続ける。「でね、ヴァルキリーズでは、定期的に新しいメンバーを募集しているの。今年は7回目の募集だから、七期生。そのオーディションが、今度あるんだけど――あたし、そのオーディションを、受けてみたいの」

 玲奈は、母の目をまっすぐに見て、そう言った。

 

 母は、何を言っているか分からないという表情で、玲奈と、オーディションのチラシを交互に見た。

 

「え……と、ゴメンなさい、玲奈。もう1度、説明してくれる?」ちょっと混乱している様子の母。オーディションのチラシを見ても、まさか玲奈が、それを受けたい、などと言うとは思っていなかったのだろう。まあ、それも仕方がない。今まで玲奈は、アイドルになりたい、などと言ったことなかったのだから。

 

 しかし、これは冗談や思い付きで言っているのではなかった。

 

 玲奈は、もう1度まっすぐに母の目を見た。「あたし、アイドルになりたいの。今までお母さんには話したことなかったけど、小さいころからの夢だった。今、アイドル・ヴァルキリーズっていうグループが、メンバーを募集しているの。もちろん、誰にでもなれるってわけじゃない。合格できるのは、何百、何千人って中から、10人くらい。聖園高に合格するよりも、もっとずっと、難しい。でも、やってみたいの。いいでしょ?」

 そう、言った。

 

 母は、じっと、玲奈を見る。

 探るような目で。

 冗談や思い付きで言っているのではないことは伝わった……はずだった。

 

 母は、ふう、と、小さく息を吐き、そして言った。「何言ってるの。そんなの、ダメに決まってるでしょ」

 目を逸らす。

 

「え……ダメって、どうして?」

 

「勉強の邪魔になるからに決まってるでしょ。玲奈、あなたは高校2年生。来年は大学受験なのよ? アイドルなんて、そんなお遊びに時間を割く余裕は無いでしょ? あなたまさか、大学に行かないなんて言わないでしょうね? お母さん、許しませんよ」

 

 沈黙する玲奈。

 ……大丈夫。これは、まだ想定内だ。

「アイドルになりたい」などと言って、母が「もちろん、いいわよ」と、笑顔で言ってくれるとは、玲奈も思っていない。反対されることは分かっていた。だから、説得の仕方も考えてきたのだ。

 

「大丈夫だよ。あたし、勉強も一生懸命やる。もちろん大学も行くよ。絶対両立して見せるから」

 

 そう言った。何の根拠もないことではない。聖園高に入学して、1年間勉強して、両立できる自信ができたから、言っているのだ。

 

「そんなこと言っても、言うのとやるのとでは大違いよ? 実際にやってみて、成績が落ちて、『やっぱりダメだった』じゃあ、すまないの。落ちた成績を元に戻すのに、どれだけ苦労すると思ってるの? 万が一留年なんてことになったら、お母さん、恥ずかしくて近所を歩けないわ」

 

「心配いらないって。成績は落とさないし、絶対に留年なんてしない。今のヴァルキリーズのメンバーの中にも、高校や大学に通いながら活動してる人、多いんだよ?」

 

「どうせ、遊んでても卒業できるような二流三流の高校や大学でしょう?」

 

「そんなことないよ。あのね、三期生に、緋山瑞姫って人がいるんだけど、この人は、なんとK大卒業なんだよ!?」

 

 玲奈は、必死に。

 

「――日本の大学でもベスト5に入る、あのK大!! 弁護士の資格も持ってて、『インテリアイドル』ってキャッチコピーで、今、すっごい人気なの!!」

 

 母を、説得した。

 

「――あ、でも、さすがにあたしじゃ、アイドルやりながらK大行って弁護士になるっていうのはムリだけど」

 

 アイドルになるのが、夢だから。

 

「でも、絶対に高校は卒業して、絶対大学にも行くから!」

 

 熱意を伝えれば、母は、分かってくれると思ったから。

 

「だからお母さん! 一生のお願い!!」

 

 玲奈の夢を、応援してくれると思ったから。

 

 しかし。

 

 パン!

 

 乾いた音が、キッチンに響いた。

 

 同時に、

 

「いい加減にしなさい!! ダメなものはダメなの!!」

 

 母の、ヒステリックに叫ぶ声。

 

 そして、左頬に、鋭い痛み。

 

 ……え……あたし……叩かれたの?

 

 頬を押さえ、母を見る。

 鋭い痛みは、やがて、鈍い、断続的な痛みに変わっていく。

 

 ……なんで? 何で叩かれなきゃいけないの? あたし、何か悪いことしたの?

 

 あたしはただ、子供の頃からの夢だったアイドルになるために、オーディションを受けたいって、相談しただけだよ?

 勉強を怠けるわけじゃない。大学に行かないわけじゃない。全部ちゃんとやるって、約束できるのに。

 それなのに、なんで叩かれなきゃいけないの?

 

 母は、鬼のような形相で玲奈を睨みつけ。

 

「――あなたはしっかりと勉強をして、良い大学に入って、良い会社に入って、良い人と結婚するの!! それが、アイドルになるですって!? バカも休み休みに言いなさい!! あんなものは、社会不適合者がなるものです!! あなたをそんなものにさせるために、聖園高に入れたわけではありません!!」

 

 早口で、一気にまくしたてた。

 

「で……でも……あたしは……」

 

「黙りなさい!! もうこの話は終わり!! 部屋に戻って、早く勉強しなさい!!」

 

 そして、オーディションのチラシをビリビリに破り、ごみ箱に捨てると、夕飯の支度を再開した。それ以上は、玲奈が何を言っても応えてくれず、振り向いてもくれなかった。

 

 玲奈は、母に言われた通り、部屋に戻るしかなかった。

 

 何がいけなかったのだろう。

 あたしは、何か悪いことをしたのだろうか?

 アイドルになりたい。それが、そんなにいけないことだったのだろうか?

 夢にチャレンジすることが、そんなにいけないことだったのだろうか?

 

 分からない。

 

 ただひとつ、言えるのは。

 

 あたしは、アイドルになることは、許されないってことだ。

 お母さんがいる限り。

 あたしは決して、アイドルにはなれないんだ。

 あたしの夢は、決して、叶わないんだ。

 

 玲奈はその晩。

 

 ずっと、ずっと、1人で、泣き続けた――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 遠くで、犬の鳴き声が聞こえる。

 子犬だろうか? 母犬を、あるいは、飼い主を呼ぶような、そんな切ない鳴き声。

 

 

 

 その鳴き声で。

 

 

 

 

 

 

 

 玲奈は、我に返った――。

 

 

 

 

 

 

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