なかなか進みませんね…
レオンがエステルを救ってから数日後、誰もが予想しなかった形で戦局が変化することになる。3隻の軍用警備艇がレイストン要塞内で開発され、宿将モルガン将軍の指揮の元、大規模な反攻作戦が実行されたのである。戦車をはるかに上回る重装甲と、高性能の導力兵器を大量に搭載しながら、時速1800セルジュもの機動性を実現した警備艇。これを使って精鋭中の精鋭と謳われた独立機動部隊が地方間を結ぶ関所を奪還していったのだ。そして王国軍の総兵力がレイストン要塞から水上艇で出撃し、各地方で孤立した帝国軍師団を各個撃破したのである。
後に各地で抵抗を続けていた帝国軍師団の大部分は降伏した。帝国本土から更なる増援の動きも見られたが、ここに至ってカルバード共和国を中心に大陸諸国がこぞって帝国への非難声明を出し、援軍派遣の動きが具体化していった。そんな中、七耀教会と遊撃士協会が協同で停戦を呼びかけ、開戦からおよそ百日ほどで戦争は終結した――。リベールに大きな傷跡を残して……。
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~ロレント地方 ブライト家~
一時的に危機は脱したものの戦争は続いており、エステルを守るためにも一緒に過ごす事となった。母親の死によって現実を受け止められない様子だったが、今ではだいぶ落ち着いておりレオンと話せるまでになった。また、エステルの家はロレントから少し離れており、兵士にも見つかることなく無事に過ごす事が出来た。
レオンがエステルと共にブライト家で過ごし始めて3週間程過ぎたころだった。
軍服を着た父親らしき男性が無造作に扉を開けて入ってきた。
「レナっ!エステルっ!」
「おとうさんっ!」
エステルから聞いていた通り、どうやらこの人がカシウス・ブライトと呼ばれる、エステルの父親のようだ。闘っていなくともわかるほど武人としての覇気が体から滲み出ていた。
(なんだか養父さんに似てるな……)
レオンは今は会えないグレンダンの養父を思い出した。
「エステル!母さんは……レナはどうした?」
「おかあさんは……」
エステルはポツリ、ポツリと言葉を紡ぎだす。あの場面を思い出しているのか、目にいっぱいの涙をためて……。
最後まで話を聞き終えたカシウスは、ゆっくりとエステルを抱きしめた。
「うっ、うわあああああああんっ!」
父親の体温を感じて、ついにエステルは大声を上げて泣き出してしまった。
「すまなかった……、許してくれ、エステル」
妻を助けられなかった思いと、娘に辛い思いをさせてしまった思いがカシウスに後悔の念を抱かせる。エステルを抱きしめながらカシウスも涙を流す。
その様子を黙って見つめるレオン。
ひとしきり泣いたエステルは疲れたのだろう、そのまま寝てしまった。
「普段はとても明るくて、お転婆な娘なのだがね…。辛い思いをさせてしまった」
その時のカシウスは今にも泣きだしそうで、触れればすぐに壊れてしまいそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。
「娘を助けてくれて、本当にありがとう。君には感謝してもしきれないな。私は妻だけでなく、娘も失うところだった……」
「頭を上げてください! たまたまその場にいて助けることができただけです。それよりもカシウスさんはこの家に残れるんですか?」
「ロレントの被害状況の視察ということでね。しばらくはこの家に留まるつもりだ」
「そうですか、よかった」
ホッとしているレオンの様子を見て、初めてカシウスは笑った。
「ハハ、君は本当に優しいね。エステルも懐いているようだしな。だが、今度は君のことを聞かせてくれないかな?」
今までは自分が置かれているこの状況を話せる相手がいなかったのだが、ようやく自分の身に起こっていることがわかるかもしれない。逸る気持ちを抑えつつ、今までのことを思い出しながらカシウスに説明する。自分の住んでいた都市、武芸者と汚染獣、孤児院と養父のこと。レオンは話せることをすべて話した―――。
「……ふむ。すまないが、レギオスや電子精霊といった言葉は聞いたことがない。君が言う通り、君の世界と私たちの世界は違うのだろう。……信じられないことだがな」
「そうですか」
考えていたことが当たってしまったようだ。これからどうすればいいんだろう…。やり場のない思いがレオンを支配する。しかしそんな中カシウスは微笑みながら提案する。
「君さえよければどうだろう、この家でしばらく過ごしてみないか?」
カシウスの言葉にレオンは一瞬唖然とする。そんあレオンの目を真っ直ぐ見つめながらカシウスは続ける。
「娘の命の恩人を放り出すなんてできるわけがない。それに子供を守るのは大人の役目だ」
ニカッと笑うカシウスに、釣られてレオンも笑う。荒んだ心に温かいものが広がる。カシウスが養父に似ていることもあって、さっきまでの不安はなくなっていった――。
翌朝目を覚ますと、すでにカシウスが朝御飯の準備を始めていた。
「おはよう」
おいしそうな匂いが鼻腔をくすぐる。挨拶を返しながら、レオンは顔を洗う。しばらくするとエステルも起きてきた。目を擦りながらゆっくり歩いてくる様子は、グレンダンの孤児院で何回も見てきた光景にそっくりなだけあって、思わず微笑んでしまう。
「おはよぉ」
「おはよう、エステル。ほら、顔を洗っておいで」
レオンが促すと、エステルは素直に従う。本当に兄弟みたいだな、今のやり取りを見ていたカシウスがフライパン片手にニヤニヤしていた。それがグレンダンの食糧危機に陥る前の、孤児院の日常に戻ったようでレオンは嬉しかった。
「いっそのこと養子にでもなるか?」
カシウスは笑みを変えた、楽しそうというのに違いはないが、そこにはある程度の覚悟のようなものが混じったように、レオンには見えた。
「冗談はやめてくださいよ」
笑いながら言うレオンだったが、この時の言葉が現実になるなんて、この時のレオンは思ってもみなかった。……いや、心の何処かで家族になりたいと思っていたのかもしれない。
「レストレーション」
朝御飯を食べ終わり、エステルが二度寝に入った頃、レオンは庭で素振りを始めた。
(やっぱり剄を使わないと、違和感を感じるな)
深呼吸をして内力系活剄を走らせる。
正眼に構えてからの降り下ろし。さらに下段からの切り上げ、左右からの薙ぎ、突きと様々な型を試す。それを繰り返していると、パチパチ…、いつの間にかこちらを見ていたカシウスが拍手をしながら近づいてくる。
「その年で見事なものだ。その動き…自己流ではないな。何かの流派かな?」
「サイハーデンの流派です。養父から教わりました」
もっとも、同じサイハーデンの流派でも、レオンの兄弟子はグレンダンの中でも高位の武芸者“天剣授受者”に選ばれた、最高の武芸者だ。
“天剣授受者”とは槍殻都市グレンダンが誇る最強の武芸者にして、「天剣」の称号を持つ者達。皆が並外れた戦闘力を誇り、白金製の錬金鋼とミドルネームを持っている。普通の錬金鋼では彼らの剄に耐えきることができず、自壊してしまうほど。武芸者の憧れであり、それゆえ卑劣な手を使ってその名を欲しがる者もいる。
閑話休題
カシウスは何か思いつめている様子だったが、意を決したように口を開いた。
「私は軍を辞めて、遊撃士になるつもりだ。今回の件で身に染みた。軍に居ては身近な者は守れない。」
いつになく真面目なカシウスの言葉をレオンは黙って聞く。
「すでに私の一部となっている刀も、置いていくつもりだ……」
先生やモルガン将軍は残念がるかな……とカシウス思う。
「だからレオン、最後に……全てを捨てる前に……私と仕合いをしてくれないか?」
覚悟を決めたカシウスの瞳に、レオンは目を逸らすことができなかった。
「……わかりました、僕でいいのなら付き合います」
「ありがとう、……では始めようか」
“剣聖”と謳われたカシウスとの戦いが今始まる――。