それではどうぞ。
「ティータありがとうよ。ちゃんとポンプを修理してくれたみたいだね」
柔和な笑みを浮かべてティータにお礼を言ったのは、紅葉亭の女将であるマオ婆さん。ティータのおかげでポンプは無事修理され、旅館は再開したのだった。
「えへへ、いつもお世話になってるからこれくらい当然だよぉ」
マオ婆さんとラッセル博士は幼馴染の関係で、幼いころから付き合いがあるとの事。
「言うようになったねぇ、お前さんたちも御苦労さんだったね。お礼に今日は泊まっていくといいさ」
「ほんと!? やった!」
マオ婆さんに進められ温泉に入ることになった一行は、2階の『柚子の間』に荷物を置き、さっそく準備を始めた。
室内は東方式となっており、4人で泊まっても余るくらいの広さとなっている。
「それじゃあ、レッツゴー!」
「ふふ、確かに楽しみだ」
入り口から通路を抜けて露天風呂を目指す。脱衣所の前に着くと男女で別れ、男湯と女湯それぞれの暖簾を潜る。
~女湯~
「はぁ~、極楽、極楽。温泉って初めて入ったけど想像以上に気持ちいいわね」
「病み付きになっちゃいますよ」
温泉に入りティータと談笑している中、遊撃士になったきっかけやカシウスの教えも話していく。途中湿っぽい話になってしまったが、その空気を遮るようにティータが質問した。
「そういえば、聞きたいことがあったんです。エステルさんってレオンさんとヨシュアさんのどっちと結婚しているのかなぁって…」
「……」
「…ドキドキ…」
「えっと、ごめん。聞き間違えちゃったみたい。あたしとレオン兄かヨシュアがなんだって?」
ティータの質問に理解が追い付かなかったエステルが聞き返す。
「あう、ですからぁ。もう結婚しているのかな~って」
二度目の質問でようやく理解する。
「な、な、なんでそうなるわけ!?」
どうやらティータは、同じ苗字なのに容姿が異なっていることからそう判断したらしい。レオンとヨシュアが養子であること。兄妹であることを説明し、誤解は解けたのだが
「どっちが本命なんですか?」
「レオン兄とヨシュアはただの家族よ!」
子供特有の純粋な質問にテンパるエステル。
(レオン兄は命の恩人で頼れるお兄ちゃんだし、ヨシュアは生意気だけど、自然にフォローしてくれるし…。)
ティータの質問から思考の渦にのまれていく。
(レオン兄は…うん、お兄ちゃんよね? それ以上の感情はないはず…、わかんないけど)
一人一人答えを出そうとするが、今まで恋愛をしてきた経験がないエステルにとって難しい問題であった。
(ヨシュアは…うわっ、今思うとすごく恥ずかしいことしてきたじゃないっ!)
思い出されるのは数々の出来事。ボースではヴァレリア湖の浅橋で告白まがいの発言をしたし、マノリア村では弁当の食べさせ合い、いわゆる「あーん」までしてしまった。
「エステルさん、顔真っ赤ですよ?」
「ああ、もう外で冷やしてくるっ!」
恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだったエステルは、露天風呂につながる扉を開けてそそくさと出て行ってしまった。
「あっ、そーいえば。エステルさん、露天風呂って…」
エステルに伝えようとするが、時すでに遅し。
「…混浴、なんですけど」
ティータの呟きは届かなかった…。
~男湯~
「ふー、温泉って癒されるなぁ」
レオンの言葉に頷くヨシュア。久しぶりの兄弟水入らずの状況に自然と饒舌になる。
「最近エステルといい雰囲気だよね? 進展はあったの?」
「恥ずかしいと思える場面は多々あったけど、エステルは気付かないよね…」
レオンはヨシュアの気持ちを知っている。だがあの鈍感娘がヨシュアの好意に気が付くにはもう少し時間がかかりそうだと思う。
「そう言う兄さんはエステルをどう思っているの?」
「…戦う事しか知らなかった自分を変えてくれた恩人かな。妹として愛しているけど、恋愛感情といった特別な感情はないよ。…もちろんエステルは魅力的だし、何より他人を惹きつける力はリベールの中でも群を抜いていると思うけどね」
くすっと笑いながらレオンは続ける。
「エステルって人を変える力があるでしょ? それはヨシュアが一番わかっていると思う。エステルほどの子はなかなかいないと思うから、頑張りなよ」
「…うん、でも僕は…」
好きだけどそれを伝える資格がないと言いたげな…、そんな複雑な表情をするヨシュアにレオンは優しく、それでいてはっきりとした言葉を告げる。
「ヨシュアが何を恐れているのかわからないけど、話したくなるまで待つよ。…それに何かあっても二人は絶対守る。それが兄貴ってもんでしょ?」
一瞬呆気にとられたものの、その言葉を噛み締めたヨシュアは照れたように笑った。
「…ありがとう、兄さん」
兄弟の絆を深めたところでヨシュアが露天風呂に行くことを提案した。
「こっちの扉から露天風呂に行けるんだって」
「僕はもう少しここにいるよ」
「なら先に行ってるから」
そう言い残しヨシュアは露天風呂に向かう。幾分かスッキリとした様子のヨシュアに、レオンは頬を緩ませた。
「僕が二人を支えられるようにがんばr「きゃああああああああっ!」」
…決意を新たにしていた時、エステルの悲鳴が響いた。
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マオ婆さんにこっぴどく叱られた翌日、朝早くに目が覚めたレオンは日課の素振りを行っていた。活剄を走らせたあと横薙ぎ、突き、降り下ろし、切り上げ等サイハーデンの型をこなしていく。一連の素振りを終えると長く息を吐いて剄を散らす。
「ふう…」
レオンが一息ついたところで、ポンプ小屋を点検し終わったティータが駆け寄ってきた。
「す、すごいですぅ」
「あ、おはようティータ。ポンプ小屋の点検かい?」
「はい、古くなっていた部品も交換しましたし、当面は大丈夫だと思います。」
「僕も終わったところだし、一緒に帰ろうか」
先程の練習を見て興奮しているティータと二人並んで帰っていく。紅葉亭に着くと丁度温泉の掃除が終わったところであった。
「ティータありがとうね、アンタも朝から汗かいただろ? 一風呂浴びてお行き」
「ありがとうございます」
「ありがとう、マオお婆ちゃん」
脱衣所で着替え、ティータと共に露天風呂に入る。
「運動した後の温泉は最高だね」
「レオンお兄ちゃんはいつもあれをやってるんですか?」
「うん、もう癖になっちゃってるし、腕が鈍らないようにしてるんだよ」
しかし、理由はもう一つある。武芸者であるレオンには剄脈と呼ばれる内臓器官が備わっており、剄を使わないと違和感があるのだ。
「すごいですね! 私だったらできないです」
ティータは謙遜するものの、その年で中央工房の手伝いをしている方がすごいと思う。
「ティータの方がすごいよ、あれだけできるなんて誇ってもいいと思うよ」
「えへへ、そうですかぁ」
とろけるような笑みを浮かべるティータ。…やっぱり可愛い。
「私、両親が出張とかで普段家に居なくて…。だからこういうのって憧れます」
明るく振舞っているが、両親に会う機会が少ないというのは辛いものだろう。
「そっか…、昨日も話したけどいつでも甘えてきていいからね?」
「はいっ、ありがとうございます」
その後もティータとの会話を楽しんだレオンは本当の兄妹のように仲良く部屋へ戻った。それを見たエステルは私もティータのお姉さんなんだから、と言って地団太を踏んだのは余談である。
温泉によって体力も精神的にも万全の状態となった一行は、再びツァイスへ戻る。
新たなクエストの幕開けである。