快晴、というのは正にこんな日のことを示すのだろう。
そこそこ雲があるが、青い空がよく見える。
そんな、有り触れた空の下で。
「……暑い」
夏の気温は場所によっては40度というとんでもない数字を記録する地域が存在する。そしてここ、ミッドチルダの首都であるクラナガンはその『地域』に該当していた。
「うう、暑いなぁ……」
声の主である人物は、その言葉を繰り返す。口にすればするほど暑くなるのに関わらず、である。
年の頃は、17、8といったところであろう青年だ。柔和な顔つきをしている。その青年は滝のように流れる汗を袖で拭いながら、一台の大型バイクを押していた。
「ついて、ないなぁ……。急に、止まるなんて……」
彼にとっては制服である黒い上着を脱いだ状態で、青年は苦笑する。
一応、急がなければならないのだが、バイクがこれではどうしようもない。
「ねぇ、リンネ。あと、どれくらいで到着しなくちゃいけないかな?」
《余裕をもって出ましたので、あと40分ほどあります。しかし、今のペースですと遅刻は間違いありません》
「弱ったなぁ……」
青年は苦笑する。首元に光る十字架を嵌め込んだ小さな長方形型の宝石が、キラリと光った。
インテリジェントデバイス――『リンネクロウズ』。青年にとっての相棒は、嘘を吐かない。彼女がそう言うなら、真実なのだろう。
実は今日、青年は地上本部に呼び出されていた。呼び出された以上、遅刻はいただけない。
「でも、どうしようも、ないし、ね」
息を切らしながら、青年はバイクを押し続ける。そんな青年に、リンネは呆れたように言葉を紡いだ。
《ならば、このバイクを置いていけばいいではないですか》
「そうもいかないよ。駐車料金がもったいないでしょ」
《稼いでいるでしょうに》
「だからこそ、だよ」
青年は苦笑しながらそう返す。リンネもそんな主人のことは理解しているようで、それ以上は何も言わなかった。
しかし、遅刻確実という現実が変わるわけではない。
どうしようかな、連絡しようか――と青年が考えたその時。
――――――――ッ!!
いきなり凄まじい轟音が響き渡った。青年は反射的に音がしたほうを見ると、リンネに言葉を紡ぐ。
「リンネ!」
《――ここより東に600メートル地点の高層ビルにて、爆発が起こった模様です。詳しいことは不明》
「十分!」
青年は頷くと、バイクを停め、走り出した。目指すのは騒ぎの中心だ。
その途中で、首に下げたリンネを掴み、声を張り上げる。
「緊急事態だから許可を取ってる暇はない! いくよ、リンネ!」
《許可なしの魔法使用は始末書ですよ?》
「泣いてる誰かを助けられるなら安いものだよ!」
《それでこそ、我が主》
リンネが、どこか嬉しそうに言う。青年は頷くと、リンネを首から外し、掲げるように持った。
そして、叫ぶ。
「リンネクロウズ、セットアップ!!」
《Yes,set up》
リンネが応じると、青年の体が光に包まれた。眩いばかりの光は数瞬で弾け、青年の姿が現れる。だがその姿は、先程までとは大きく違っていた。
青年が宿す黒い髪や瞳とは対局の、純白のコートとズボン。所々金の糸による紋様がついたコートの下には、肌に張り付くようなアンダーウェアがあり、その中心には金色の十字架がはめ込まれていた。
管理局の魔導師が戦いの時身に纏う防護服、バリアジャケットだ。
ただ、青年には普通の魔導師が持っているはずの、武器がない。
しかし――それでいい。
「飛行魔法で一気に行くよ!!」
《Yes,my master》
青年の体が宙を舞い、黒煙が立ち上る場所を目指す。その近くでは、人々が逃げ惑う姿があった。
唇を噛み締める。青年は、速度を上げた。
◇ ◇ ◇
逃げ惑う人々に逆らうようにして走り、青年は現場に向かう。既に現場には消防車が到着していたが、何故か救助隊の隊員らしき者たちは待機していた。
青年はそのことに疑問を覚えつつも、話しかける。
「本局執務官、ファイム・ララウェイです。救援に参りました」
敬礼しながら青年――ファイムが言うと、救助隊の隊長らしき人物は驚いたような顔をしつつ、敬礼した。
「ありがとうございます。実は少々厄介な状況でして」
「自分にできることならいくらでも協力します。どういう状況なんですか?」
「はい。爆発が起こったのは最上階の10階下――20階の地点です。しかし、爆発の余波が階段を瓦礫で埋めてしまったらしく、すぐには最上階に辿り着けないのです」
「なるほど……」
ファイムは考え込む。仮に魔法で瓦礫を吹き飛ばすにしても、場合によっては建物の崩壊を早めてしまう。
階段に瓦礫が落ちてくるほどに建物がダメージを受けているなら、尚更だ。
「先行している者たちが道を空けようとしていますが……このままでは間に合いません」
唇を噛み締めながら、隊長が言う。ファイムはわかりました、と頷くと、上を見上げた。
ここは最近オープンしたばかりのホテルである。助けを求める人たちは、きっと多い。そして時間も多くはない。
「自分が空から突入します。みなさんは、できるだけ急いで援護を」
「ありがとうございます。助かります。うちには、空戦魔導師がいませんから」
「いえ。……それでは、行きます」
もう一度だけ敬礼すると、ファイムは飛び上がり、ホテルの20階――燃え盛る場所へと突入した。
バリアジャケットが熱を防いでくれるとはいえ、限界はある。ファイムはグローブを付けた手を握り締めると、走り出した。
◇ ◇ ◇
「…………ッ」
伝う汗を拭いつつ、ファイムは前を見た。もう何人運び出したかわからない。だが、火の手は予想以上に早く、瓦礫を突破した救助隊の者たちを合わせても、救助が追いつかない状態だった。
残るのは、最上階のみ――例によって飛行魔法で先行したファイムは、要救助者を探していた。
「リンネ、エリアサーチを」
《マスター、もう30往復は繰り返しています。体力も魔力も、このままでは……》
「要救助者の反応は?」
《マスター》
「……急いで、探して欲しい。もう、助けられないのは嫌なんだ」
絞り出すようにそう言うと、ファイムは歩き出す。リンネが何かを紡ごうとして、唐突に魔法を展開した。
《Protection》
何かが障壁に激突し、弾かれた。ファイムがそちらを見ると、炎によって赤く染まった廊下に、一つの人影が揺らめくのが目に映る。
「誰だっ!!」
ファイムが声を張り上げる。すると、影は笑った。
「今はまだ、名乗るべき時ではない。管理局の犬よ、その時は近いぞ」
「待っ――」
影が、消える。転移魔法だ。
「リンネ、追跡を!!」
《――――ッ、無理です。振り切られました》
「……そっか」
リンネは優秀なデバイスだ。彼女が追えなかったなら、仕方がない。
それに――
(今は、正体不明の不審者よりも要救助者だ)
体は辛いし、魔力も残り少ない。だが、ファイムは止まらなかった。
止まるわけには――いかなかった。
◇ ◇ ◇
『本日、ホテル『ユートピア』で起こった爆発ですが、どうやらこれは事故ではなく、何者かによる爆破である可能性が高いようです。これにより管理局は、テロ事件として捜査を行うとのことです。また、幸いにも救助隊の活躍により死者は出ておらず――』
――プツッ。
ずっと流れていたニュースが、テレビの電源が落ちると同時に消える。それを受け、ファイムは視線をテレビから目の前にいる女性へと向けた。
茶色のボブカットの、小柄な可愛い印象を受ける女性――八神はやては、リモコンを机に置くと、とりあえず、と言葉を紡いだ。
「救助活動、ご苦労様やな。おかげで犠牲者が大幅に減ったわ」
「当然のことをしただけです、八神司令」
「あはは、相変わらずやなぁ、自分は」
はやては微笑みながら言う。年上のこの女性に、ファイムは大変世話になっている。そのこともあって、少し緊張する。
それを知ってか知らずか、はやては笑いながら言った。
「それに、呼び方もや。はやてさんでええよ」
「しかし」
「ええから」
「……わかりました」
ファイムは頷く。すると、それでええんや、とはやては頷いた。
そして、その表情が――変わる。
「……ファイムくんなら察しがついてるやろうけど、あれは事故やない。ニュースの通りや。最近、頻繁してる爆破事件と関係してると管理局は睨んどる」
「……はい」
「執務官であるファイムくんやったら知ってるやろうけど、これは次元世界のあちこちで起きてることや。それで今回、本局と地上本部で手を組んで捜査に当たることになったんや」
「えっ!?」
ファイムは驚く。本局と地上本部というのはとにかく仲が悪い。それが手を組むとは……。
「それほどの大事なんですね」
「そうや。もっとも、二人三脚でってわけにはいかへんのやけどな。……それでや、ファイムくんには、うちの部隊に出向って形で協力して欲しいんよ。今回、うちの部隊が中心になって捜査する予定やから、犯人らしき人物と接触したファイムくんには特に協力して欲しいんよ。ファイムくんは執務官としても優秀やしね」
「それは、もちろんです」
ファイムは頷く。はやては嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「おおきにな。ほな、早速手続きせなアカンな」
そう言うと、一度言葉を区切り、はやては微笑んだ。
「――ようこそ、特務部隊機動六課へ」
それが、始まり。
長い長い戦いの、始まりだった。
「にじふぁん」時代に投稿させていただいていた作品を、こちらにも移しました。
とりあえず、一気に七話まで。七話以降は一日一、二話のペースで予約投稿してあります。
アットノベルズさんのほうにも投稿させていただいておりますが、こちらでも載せて欲しいという方がおられたので……。
ではでは、感想ご意見などお待ちしております。
『小説家になろう』では同じユーザー名で『英雄譚―名も亡き墓標―』なる作品を執筆中です。宜しければ是非、ご一読を。
ありがとうございました!!