JS事件と呼ばれる事件から、一年。
レジアス・ゲイズ中将の死は、想像以上に管理局の力に影響を与えていた。
そう、辺境の世界の町が一つ滅びたことに対し、対策も打てない程に。
「…………」
第99管理世界、『プラント』。辺境も辺境であるその場所の、小さな町……いや。
かつて、『町だった』場所に、テンリュウ・シンドウはいた。
広がるのは、瓦礫の山。
臭うのは……死臭。
「……大型の竜。いや、これは真竜ですか……? どう思います、桜花?」
《…………ん、なに? 朝?》
「既に昼です。……桜花、この惨劇の犯人は誰だと思いますか?」
《寝てたしわかんない》
「……あなたが『あの方』のデバイスでなければ、叩き潰すところです」
《時価三億だよあたし?》
「その程度のお金ならば持っています」
《出たよセレブ》
「それはともかくとして」
《うわぉ。スルーですか》
「……管理局は何をしているのでしょうか?」
自身のデバイスの言葉を完全スルーし、テンリュウは呟く。桜花は、んー、と唸りつつ言葉を紡いだ。
《多分あれじゃない? ほら、ちょっと前の事件で偉い人が死んだから、動けないんじゃないの?》
「レジアス・ゲイズ中将ですね。なるほど、そうかもしれません」
《あの変態が捕まったのはいーけど、それ以上に世の中は大変だ》
「大きな組織であればあるほど、一度亀裂が走れば一気にそれは大きくなります。レジアス・ゲイズ中将はミッド地上の要とでも言うべき存在でした。大きなものを失えば、その傷は他へと伝染し、深くなっていきます」
《……それってさ、自分のこと?》
桜花の言葉。それをテンリュウは無視する。
失ったもの。
無くしたもの。
それはあまりにも重く、深い傷を胸に刻んだ。
――だから。
だからこそ――ここにきたのだ。
癒す術を――見つけるために。
「……ここには何も無さそうです。別の場所へ参りましょう」
《不毛とか思わないの?》
「何を以て不毛とするのか、私にはわかりません」
《あっそ》
ならいいよ――そう言って、桜花はスリープモードに入った。テンリュウは息を吐くと、歩き出そうとする。その瞬間。
「そこのあんた!! 魔導師でしょ!?」
そんな声が聞こえ、テンリュウは周囲を見回した。
視界に入ったのは、一人の女性。その女性は必死の形相でテンリュウを見つめながら、言葉を紡ぐ。
「お願い!! 私に魔法を教えて!!」
「…………」
テンリュウは無言。そのまま立ち去ろうとする。それを、慌てて女性が止めた。
「待ってよ!! ならいい!! デバイスを頂戴!!」
「これを、ですか?」
テンリュウが取り出したのは、待機状態の桜花だ。女性は頷く。……魔法を使えないのであれば、デバイスなどただの宝の持ち腐れなのだが……そんなことは関係ないのだろう。
理由があるのだろう――そう感じたが、テンリュウは首を左右に振った。
「これは大切なものでして……。しかし、そうですね」
キィン、という音と共に魔法陣が現れ、そこから一本の刀が姿を現した。刀身が紅色をした、銘を『血桜』という刀である。
「これを振ることができたなら、差し上げましょう。この刀は名を『血桜』といい、そこらのデバイスよりは強力な力を有しています」
「……わかったわ」
女性は頷き、テンリュウが手渡した血桜を、握り締める。
テンリュウは近くの木の下へと移動すると、腕を組んでその女性の様子を見守る体勢に入った。
――一時間が、経った。
カシャン、という音と共に、血桜が地面に落ちる。テンリュウは女性に近付くと、近くで転がっていた血桜を手に取り、自身の腰へと差した。そのまま、静かに言葉を紡ぐ。
「答えは出たようですね」
「ッ、ズルいわ!! こんなの振れるわけがないじゃない!!」
「……そもそも、何故私に魔導を教えろなどと仰ったのですか?」
テンリュウの問いかけ。それに対し、女性は俯き、服を強く握り締めると、絞り出すような声で言った。
「……復讐よ。父さんも母さんも、村のみんなも、あいつに殺された……!! 私は……!!」
「復讐、ですか。ならば、尚更ですよ」
血桜を確認するように一度抜きながら、テンリュウは言う。
「復讐とは、この刀よりも重いものを持つことです。この刀一つ振れないようでは、成し遂げることなど不可能。そんなものですよ」
「…………ッ、それでも、私は……!」
尚も食い下がろうとする女性。しかし、不意にその先を遮る声が上がった。
「お姉ちゃん!」
「リリア?」
現れたのは、まだ5、6歳くらいの少女だった。テンリュウは、ふう、と息を吐く。
「貴女は復讐などで手を汚すべきではありませんよ。貴女の側には、守るべき存在がいるじゃないですか」
「……私は」
「近くの街まで送りましょう。すいません。道案内をお願いできますか?」
俯く女性にそう言い、テンリュウは微笑む。
女性は逡巡の後、テンリュウを案内するために立ち上がる。
「…………」
――その場を立ち去る直前、テンリュウの瞳は滅びた町を映していた。
◇ ◇ ◇
交易都市『サーマ』。『プラント』の田舎にある交易都市で、地方の特産品などが集まる賑やかな街だ。
その街の一角、小さな宿屋と酒場が一緒になった場所に、テンリュウはいた。
酒と軽食を食べながら、リリアという少女と話をしている。
「では、リリアと姉君の……リースは、ここで暮らしているのですね?」
「うん。お姉ちゃん、ここで働いてるから、あたしは邪魔にならないようにしてるの」
「……偉いですね」
「えへへ」
テンリュウが頭を撫でてやると、リリアは嬉しそうに目を細めた。
テンリュウはリリアの頭を撫でながら、視線を周囲に飛ばす。店内には、忙しそうに動き回るリリアの姉、リースの姿があった。
聞けばこの姉妹は一週間前、こちらに買い出しに来ていたため、あの惨劇に巻き込まれずに済んだらしい。
突然降り注いだ不幸。二人はあの町唯一の生き残りとして暮らしている。
――強い、姉妹だ。
突然の辛い現実から逃げずに、生きている。
テンリュウは微笑み、呟くように言った。
「……どうにもならないと知りつつ無様に抗い続ける私とは、大違いです」
「え?」
「なんでもありませんよ。……リリア、何か食べたいものはありますか?」
「えっ? でも……」
「案内して頂いたお礼です。お好きなのをどうぞ」
「ホントに?」
「遠慮するものではありませんよ」
ふふっ、と微笑を浮かべて言うテンリュウ。リリアは、うん、と頷いた。
「ありがとう! テンリュウお姉ちゃん!」
「どういたしまして」
頷き、そう返した瞬間。
「……テンリュウ?」
呟きが聞こえた。テンリュウは反射的にそちらを見、そして、目を見開く。
「あなたは……!?」
「え、マジでテンリュウの嬢ちゃん? うわー! 何年ぶりや?ひっさびさやなぁ!」
独特の話し方をしながらこちらへ歩み寄ってきたのは、20代も半ばという雰囲気の男だ。その男は一切の遠慮もなくテンリュウたちの机に座ると、懐かしそうに言葉を紡ぐ。
「10年? それ以上か? ごっつ別嬪さんになったなぁ」
「……そちらは、お変わりないようで」
「なはは、こんな性格破綻者がそう簡単に変わるかいな」
笑いながら男は言い、ん、と驚いた様子でいるリリアを見た。それを見て、慌てて男は謝る。
「ありゃりゃ、すまんな嬢ちゃん。驚かせてもーたか?」
「え、えっと……」
「すみませんね、リリア。彼はホムラといいまして、私の古い友人です。胡散臭い部分が多々ありますが、悪人ではありませんよ」
「ちょい待ち。なんや胡散臭いて?」
「あなたを見て警戒しない人はいませんよ」
グラスの酒を煽りつつ、テンリュウは言い放つ。厳しいなぁ、とホムラは肩を竦め、そして、テンリュウとリリアを見た。
そして、はぁ、と息を吐く。
それを見たテンリュウは、何ですか、と問うた。すると、いやな、とホムラは言葉を紡ぐ。
「いやな、そらわしも年取るなー思てなー。ガキやガキや思うてたのに、子供までこさえて……って、ちょい待ち。嬢ちゃんいくつや」
「ご、5歳です」
「……てことは……ちょいテンリュウ!! 自分いくつで嬢ちゃん産ん――ゴウッ!?」
ストレートがクリーンヒット。ホムラはひっくり返る。テンリュウは呆れた様子で言葉を紡いだ。
「誰が娘ですか。彼女は現地民ですよ。道案内のお礼に、こうして食事をご馳走しているんです。彼女の姉君にも頼まれましたし」
「あだだ……あー、なんやそやったんか。てっきりいい人でもできたんかと。ほら、自分あの人にべったりやったやん?」
「恋人の類ならいませんよ。今までずっと」
「えっ、嬢ちゃんって確かもうすぐ20やんな? それやのにしょ――」
――ドゴン!!
一閃、かかと落としが綺麗に入り、ホムラは床で悶絶する。テンリュウは、全く、と息を吐いた。
「5歳の子供の前で、何を言うつもりですか貴方は?」
「あだだ……あー、容赦なさすぎちゃうか?」
「手加減の必要がないでしょう?……ああ、リリア。すみません。お気になさらず」
テンリュウはいきなりの状況に若干引いているリリアに、フォローの言葉を紡ぐ。リリアは、コクコクと頷いた。
「……それにしても」
ふと、テンリュウは周囲を見回す。
「どことなく、暗いですね……」
「そらま、せやろな」
テンリュウの言葉に、ホムラはつまらなさそうに頷く。踵落としを綺麗に決められておきながら、堪えた様子がない。
「こっからそう遠くない場所にある町が一つ消されたんや。死者も仰山出とる。楽しむ気になんて――」
「――――ッ!! そこまでです!!」
ホムラの言葉を、テンリュウが慌てて遮る。なんや、とホムラは聞こうとしたが、目に入った光景に、口を噤んだ。
「……ッ、ふえぇ……」
ホムラとテンリュウの目の前。そこで、リリアが必死に涙を堪えていた。
……ホムラの言葉で、思い出したのだろう。
自らが住んでいた場所が、無くなってしまったことに。
小さくとも、それくらいはわかる年頃だ。
「リリア!!」
リースがリリアの様子に気付き、駆け寄ろうとする。だが。
「…………ふぇ?」
リースが駆け寄る前に、テンリュウが無言でリリアを抱き締めていた。そのまま、テンリュウは言葉を紡ぐ。
「泣きなさい。泣きたい時に泣かなければ、笑えなくなってしまいます。私が側にいますから」
「…………ッ、ふっ、ふええぇぇぇっっ!!」
リリアはテンリュウに抱き付き、思い切り泣き始める。きっと、ずっと我慢していたのだろう。
こんな小さな子供が、帰る場所を失って、泣きたくないわけがない。
辛くないわけがない。笑える……わけがない。
聡い子なのだろう。姉に迷惑をかけたくなかったのかもしれない。
――だけど。
泣くことぐらいは、許されるはずだ。
「……すまん」
目を伏せ、ホムラが呟いた。
テンリュウは、優しくリリアの涙を受け止めていた。
◇ ◇ ◇
「……寝てしまいましたね」
「ごめんなさい……」
「貴女が謝ることではありませんよ」
頭を下げてきたリースに、苦笑しつつそう返すテンリュウ。彼女の膝には、気持ちよさそうに眠るリリアの姿があった。
その様子を見てか、リースは今度は礼の言葉を紡ぐ。
「ありがとう……私、気付けなかった……」
「出せなかったのでしょう。聡い子のようですし。……貴方も、無理はしないでくださいね」
テンリュウは、リースに微笑みかける。
「この子を守ることが貴女のすべきことで、同時に、貴女も幸せにならなければなりません。……泣くだけ泣いたなら、自分にできることを探すんです。そうすればきっと、笑えるはずですよ」
「……ありがとう」
リースはそう言うと、仕事に戻っていった。それを見届け、ホムラは言葉を紡ぐ。
「なるほどね……ええこと言うやないか」
「私の言葉ではありません。以前、偶然巻き込まれた事件でとある青年が言っていたんですよ」
「なんにせよ、前向きではある。……必要やと思うで、嬢ちゃんたちにはな」
「私もそう思います」
テンリュウは頷く。
身体の傷であるならば、時が癒やしてくれる。だが、心の傷は中々癒えることはない。
下手をすれば、一生背負うことになる。
――ならば。
背負い、抱えて生きるしかないのだ。
誰だって、そうするしかない。
「……実はな。今日の朝、討伐隊がこの街を出発したんや」
「討伐隊……まさか」
「そのまさかや。管理局は何もしてくれへん。けど、身近に危機は迫っとる。なら、自分たちで何とかするしかあらへん、ってな」
酒を煽りながら、ホムラは言う。
「相手は真竜。『ガンゲイル』って呼ばれとる奴でな。当然、その力は怪物のそれや」
「……討伐隊の錬度は?」
「人数は30人、平均でB〜Cランクってとこかな? リーダーに一人A+ぐらいのがおるみたいやけど」
「……それは、あまりにも……」
「せやな、無謀や」
真竜。人よりも遥かに強大な力を持つ絶対の存在。その力故に一部の管理世界では『神』とも呼称され、同時に神聖な存在として管理局法において害なすことは禁止されている。
「……しかし、その者たちを無謀と評することはできません」
「全くやな。ここの人らは、生きようとしとるだけ。それは愚かでもなんでもない」
「……真竜、ガンゲイル」
その名を、テンリュウは呟く。
真竜。自然の化身と一説では語られるその存在は、ある種精霊と呼ばれるものに近く、詳しい生態などは不明な点が多い。管理局には真竜を操る召喚士がいるという話だが……それさえ眉唾だ。現時点でわかっているのは、抗うという行為そのものが無駄ということのみ。
それでも、この世界の人々は抗う。
不可能と知りつつ。無理だと理解しつつ。
そう、決めたのだろう。
だが――
「大変だ!!」
その決意は、脆くも崩れ去る。
「討伐隊が全滅した!! 奴がここに来るまで時間がない!!」
店内に飛び込んできた男はそうまくし立てると、すぐさま走り去っていった。本当に焦っているのだろう。
「ふぇ……」
男の大声で目を覚ましたリリアが、泣きそうな目でテンリュウを見た。テンリュウは、微笑みながらリリアの頭を撫でる。
「大丈夫ですよ」
テンリュウは、断言する。
騒がしくなった店内に、不思議とその声は響き渡った。店内にいた者たちが、一斉にテンリュウを見る。
「おいあんた。何を根拠に……」
「…………」
テンリュウに詰め寄ってきた男の言葉が途切れる。ホムラが無言で手を出し、押さえたからだ。
ホムラは、真剣な表情でテンリュウに問いかける。
「得なんて、なんもないで?」
「力持つ者が守らず、誰が守るのですか? それに、理由ならあります」
テンリュウはそう言うと、リリアを見た。ホムラは、さよか、と頷く。
「わしも出たほうがええか? 金次第で考えたるで?」
「……ならば、これを」
テンリュウは懐から小さな巾着を取り出すと、ホムラへと投げ渡した。中身を見たホムラは、目を見開く。
「おいおい、自分これはいくらなんでも……」
入っていたのは、金貨。
管理局の一般的な職員が、一年かけて稼ぐレベルの額が入っていた。
「前金です。後半分は、終わってから支払います」
「オーケーや。……ご依頼は?」
「この都市の住民全員の避難をお願いします」
「そんだけか?」
「……敗れるつもりはありませんが、万一私が敗れた時、後始末を」
「りょーかい。……武運を」
「互いに」
テンリュウは頷き、立ち上がる。その瞳は、リリアに向けていた優しいものではなく、戦場に降り立つ戦士のものだった。
その後ろ姿を見送ってから、ホムラはパンパンと手を叩く。
「ほれ、さっさと避難開始や。時間ないで~」
「ちょっ、あんた!! 正気か!?」
「何がやねん」
気を取り直した男の言葉に、肩を竦めるホムラ。男は、苛立たしげに怒鳴った。
「無茶だ!! 一人で往かせる気か!?」
「それが嬢ちゃんの望んだことや」
「ふざけるな!! おいあんた!! 早まる――」
「まあ、待ちぃや」
ホムラは男の肩を掴みながら、テンリュウを見る。
「自分、世界最強の魔導師て誰やと思う?」
「なんだいきなり!?」
「えーからえーから。答えてーな」
「……そりゃあ、管理局の……」
「『エース・オブ・エース』か。うん、ある意味正解やね」
ゆりかごの英雄。『エース・オブ・エース』高町なのは。その力は確かに、最強と呼ぶに相応しいものだろう。
だが、世界には。
もう一人、最強と呼ぶに相応しい存在がいる。
「『剣聖』、『ソードマスター』、『辺境の英雄』、『覇者』、『最強の侍』……呼び名はいくらでもある。自分ら運がええなぁ。滅多に見られるもんちゃうで?」
ホムラの視線の先には、辛苦と純白の袴を纏いし侍の姿がある。
絶対的な風格を漂わせる、その姿が。
「もう一つの『最強』、その全力の戦いなんてな」
……その者、血塗られた刃を携えし侍。
最強に最も近い者。
名を。
――神道天龍。
◇ ◇ ◇
夜の荒野。『サーマ』より少し離れた場所に、テンリュウは立っていた。
夕闇の向こう。黒き世界の奥。
そこから、凄まじい力を感じる。
「……桜花。起きていますね?」
《うん。起きてるよ》
「ならばよかった。……桜花、これより相対する真竜ガンゲイルの情報を少しでも多く集めてください」
敵を知り、己を知れば百戦危うからず――情報は武器であり、盾だ。
桜花は、んー、と唸る。
《真竜の情報なんて、無限書庫にしかないと思うんだけどなぁ》
「ならば、無限書庫へハッキングを」
《……あの司書長相手にするの? だったらこっちに気を払えなくなっちゃうんだけど》
「構いません。なんなら、バリアジャケットを解除して頂いても結構」
紅の刀『血桜』を召喚し、その柄を握り締めながらテンリュウは言う。同時、薙刀と袴が消えた。
《相手は真竜だよ? 死ぬ気?》
「そう思うなら、急いでください」
テンリュウは刀を抜き、構える。
そして。
「あぎギギギぃィぃアアカガあぁァァグルるえあアアアァァぁッッっ!!」
断末魔のような叫び声が、大気を震わせた。ビリビリと、テンリュウの体が振動で揺れる。
闇の中に、紅の光が二つ。
続いて、赤黒い体躯が姿を現す。
「…………」
全長は、百メートル単位。その体躯の前では、テンリュウなど豆粒だ。
大自然そのものを相手に、テンリュウは退かない。退けるわけがない。
胸元の、小さな御守りが揺れた。
ここにこうして立つ前に、リリアから貰ったものだ。
「我が背には、決して失えぬものがあります。故に身勝手ではありますが、ここから先は通しません」
双眸には、意志を。
手には、刃を。
心には、折れぬ強さを。
――想いは、強く。
◇ ◇ ◇
「……これはもう、何というか……」
『プラント』には魔法生物が数多く生息しており、大量発生でもすれば都市を上げて討伐隊を組むことさえある。
都市とはいえ辺境にある『サーマ』は、数年に一度起こる魔法生物の大量発生に幾度となく頭を悩ませてきた。
そして、今。
真竜ガンゲイルが現れると思われる方角の逆。街の南門から見える光景に、ホムラは頬をひきつらせていた。
「真竜から逃げようとしとる魔法生物の群……突破すんのは至難の技やな」
すぐ側にいるというわけではない。ないが、確かにそいつらはいた。
普段は地中で生活しているのであろう魔法生物たちまでもが這い出し、一つの大きなうねりとなって南へと向かう光景。
その通った跡には、死体まで転がっている。
「…………」
チラリと、ホムラは後ろを振り返った。そこにいるのは、戦う力など持たない住民たちだ。……彼らでは、この絶望の海を越えることはできない。
ホムラは、はぁ、とため息を吐く。
「こらアカンわ。どうしようもあらへん。……待つしかないかねぇ?」
「おいアンタ!! そこをどけ!!」
「ん~?」
怒鳴り声を聞き、ホムラは振り返る。その先にいるのは、殺気立った住民たち。彼らは手に持てるだけの荷物を持ち、外に出ようとしていた。しかし、ホムラがそれを止めているのだ。
住民たちの先頭に立つ男が、ホムラに詰め寄る。
「あんた俺たちを殺す気か!? 門を開けろ!!」
「そう言われてもなぁ。外の方が危険やで?」
「状況わかってんのか!? ここは直に吹き飛ぶんだよ!!」
「防壁もあんのにか?」
「んなもん意味あるか!!」
「……ま、何にせよ外には出さんよ」
肩を竦めながら、ホムラは言った。
「普段なら自殺しようとしとる阿呆なんざどうでもええんやけどな。自分ら守んのがわしの仕事や。報酬分くらいは働かんとなぁ」
「埒が明かねぇ……!! テメェ、いい加減にしやがれ!!」
「そうだ!! さっさとどけ!!」
「俺たちは逃げんだよ!!」
口々に言い出す住民たち。ホムラは大きくため息を吐くと、ふぅ、と息を吐いた。
――空気が、変わる。
「いい加減にすんのは、自分らや」
口調は変わっていない。なのに、纏う雰囲気が今までと違いすぎて、誰もが知らず口を閉じていた。
「状況がわかってない? アホなこと抜かすな。こちとらこれで飯食うとるんや。……ほな聞くけどな。この中に、万単位の暴走する魔法生物の群をどうにかできる奴、おるか?」
魔法生物――その生態は多種多様だが、総じて魔力を持つが故に、一般人では太刀打ちできない。高位の魔導師でさえも油断をすればやられるようなものまでいるのだから、その力の程は相当なものだ。一般人にどうにかできるようなものではない。
「……挽き肉になりたいんやったら止めへんけどな。それに、逃げ場なんてあらへん。世界の果てにでも行く気か?」
「だが……!!」
「信じろや」
尚も言い募ろうとする住民に、ホムラは言った。
「わしのことはええ。けど、テンリュウのことは信じろや。得にもならず、その気んなったら自分一人で逃げられるのに、命懸けで戦っとる奴くらいはな」
ホムラは言い切ると、不安そうな表情でこちらを見ていたリリアに歩み寄り、頭を撫でた。
「お姉ちゃんは強い。信じたってな?」
「……うん!!」
リリアが頷く。それと同時。
ガンゲイルの叫びが、大気を引き裂いた。
◇ ◇ ◇
「ぎァァっッ!?」
「あなたの相手は私ですよ。……永き時の中で堕ちた竜よ」
一閃、紅の一撃が入り、叫び声を上げるガンゲイルに、テンリュウが静かに言った。
「最早正気を失いし姿とはいえ、気高き魂の具現。名乗りを上げましょう」
ガンゲイルの瞳がテンリュウを捉える。それは、テンリュウを『障害』と、『敵』とみなした証であった。
「我が名はテンリュウ・シンドウ。我が誇りと義心より、ここに立ちます」
ガンゲイルが吠え。
テンリュウは、静かに応じる。
「――推して参る」
――――――――ッ!!
凄まじい轟音が響き渡った。とんでもない速度で迫ってきたガンゲイルの尾を、テンリュウが弾いた音だ。
だが、そこでガンゲイルの攻撃は終わらない。突如尾が割れ、無数の触手に形を変えると、テンリュウに襲いかかる。
――ザギギギガギギィンガガガン!!!!!!
音速に近い速度で四方から襲いかかってくる触手。テンリュウは、それを全て迎え撃つ。
しかもそれだけに留まらず、一瞬の隙を見つけると、懐に入り込み、刀を振るった。
だが、テンリュウの刃は宙で止まる。
(魔法障壁……!)
障壁が、彼女の刃を阻んでいる。高位の魔法生物が纏う障壁よりも遥かに強力なモノ。
相手は最強の存在、真竜だ。障壁の展開ぐらいは予測していた。
しかし、堅い。
刃が――通らぬ程に。
直後。
轟音。テンリュウが、吹き飛ばされる。
ガンゲイルの拳が、テンリュウを捉え。
真竜に比べ、あまりにも小さなその体が――地面へと叩き付けられた。
◇ ◇ ◇
管理局本局無限書庫。
数多の管理世界に存在する情報の全てを備え、同時に管理する場所。
『管理局で働きたくない場所ランキング』堂々のナンバーワンを、業務が始まってからの11年間、ずっと守り続けてきた場所でもある。
その無限書庫はJS事件で管理局が負ったあまりにも深い傷をカバーするために、普段以上の働きをしていた。
「ユーノさん」
「ん? どうしたの?」
呼ばれ、無限書庫の司書長であるユーノが振り向く。笑顔であるが、疲労の色が濃いのは丸わかりだ。
もっとも、声をかけた側の青年、ファイム・ララウェイもそれは同様で、というより、無限書庫でまともな健康状態を維持している者はいなかった。
しかしそれでも、ユーノ以上に疲労している者はいない。
ファイムは、少し強い口調で言った。
「いい加減休んでください。もう、丸三日休んでないでしょう?」
「大丈夫。まだやれるよ」
「大丈夫じゃないから言っているんです」
ファイムは、睨むようにユーノを見た。
「司書長、司書長が倒れたら、無限書庫は終わりです。お願いですから、休んでください」
「……けれど」
「これは司書全員の総意です」
ファイムは言い切る。ユーノが周囲を見回すと、全員が頷いていた。ユーノは苦笑を零す。
「ごめんね?」
「謝るのは、むしろこっちです。僕たちも、ユーノさんぐらいに仕事ができれば……」
「気にすることじゃないよ。みんなには、ホントに感謝してるから」
じゃあ。ユーノはそう言うと、仮眠室へと消えた。ファイムは、ふぅ、と息を吐く。
「大変だねぇ」
その背に声がかかる。ファイムが振り返ると、そこには赤髪の少女、アルフがいた。
「アルフさん」
「全くユーノは……。言われるまで、休もうとしないんだから」
「本当に、そうですね。……そうしなければならないという現状もありますが」
「……本人も、責任みたいなものを感じてるからねぇ」
アルフは、ため息を吐きながら言った。責任? とファイムは首を傾げる。
「どういうことですか?」
「……聞いたことあるかもしれないけどさ。あたしとユーノは元々、前線にいたんだ」
「伺っています」
「あたしはまあ、フェイトはもう、あたしに頼る必要がないから、って思ったからなんだけど……ユーノは、自分に見切りをつけたんだよね」
「見切り、ですか?」
「そう、見切り。……自分ではなのはを守れない。なのはが墜ちた時、泣きながら言っててさ。その時だよ。ユーノがどうして無限書庫勤務を受け入れたのか、その理由を知ったのは」
「それは、でも。ユーノさんは空戦Aランクじゃ」
「なのはたちは、オーバーSさ。しかもなのはは今や管理局の『エース・オブ・エース』。……『高町なのはの敗北は、管理局の敗北』なんて言われるまでになった。それも手伝ってるんだろうね」
「…………」
ファイムは、自身の掌。手袋で覆われている右手を見た。
ユーノ・スクライアは、Aランクでは力不足と自らに見切りをつけた。
ならば、自分は?
遥か以前より見切りをつけながら、今も前線に立とうとする自分は、どうなのだろうか。
「まあ、だからだろうね。ユーノは自分の気持ちを押し殺してる。あの二人は、見てて悲しいよ。通じ合っているのに、すれ違ってる」
「…………」
「まあ、それは当人同士の問題さ。……さあ、ファイム。ユーノが休んでる間、頑張るよ」
「はい」
ファイムは頷く。
そして、二人が仕事に入ろうとした時。
「ッ、緊急事態発生!! ハッキングを受けています!!」
一人の司書が叫んだ。二人は弾かれたようにそちらを見、すぐさま飛来する。
「ハッキングだって……!? 管理局のシステムはどうなってるんだい!?」
「全く反応していません……スクライア司書長が開発したシステムがなければ、気付きさえしなかったかもしれません」
「流石ユーノ司書長……と言いたいところですが、そんな余裕はありませんね。リンネ、手伝ってくれる?」
(Yes,my master)
ファイムのデバイス、リンネクロウズを起動する。
それと同時に、アルフがファイムに問いかけた。
「……ユーノを起こしたほうがいいかい?」
「いえ。大丈夫です」
ファイムは即座に断言する。
「休める時に休んで頂かなければ、管理局が崩壊します」
ユーノ・スクライア司書長。
その名は最早、管理局になくてはならないものになっている。
無限書庫にて情報が揃わなければ、部隊は出撃できない。『情報』というものの重要さは、確かにある。
事実、無限書庫が機能するようになり、管理局の魔導師、その生存率は跳ね上がった。
そして、その代わりに、ユーノの負担が増えていったのだ。
ユーノ・スクライアを失えば、管理局は最早機能を停止せざるを得ない程、彼の存在は重要だというのに。
――だから。
だからこそ――
「何とかします。してみせます」
「万が一の時は、どうするんだい?」
「万が一は、起こりません。起こさせません。ですが、もし起こったなら」
ファイムは、自身の首に手刀を当てる。
「こうするまでです」
そして、ファイムは息を吸い、魔法陣を展開する。
敵は姿を見せない隠密の存在。一瞬の隙が、命取りになる。
「解析開始。リンネ、敵の情報をわかるだけお願い」
《……おそらくはインテリジェントデバイスです。しかし、演算能力が圧倒的です。おそらく……》
「……費用を考えていないワンオフ品。なるほど、厄介だね」
ファイムは頷く。デバイスというのは大体が量産品で、専用のものでも相場が決まっているのが普通だ。
かの『エース・オブ・エース』のデバイスも、今でこそ改良を重ねられ、圧倒的なスペックを誇るが、当初は『魔導師の杖』と呼ばれるレベルのスペックだったらしい。
無論、相場が決まっているのにも理由はある。その理由の一つは調整だ。
確かに専用のものはスペックが高いが、それ故に複雑で調整が難しい。また、スペックが高いというのは扱い辛いというのと同義でもあるため、そもそも専用のデバイスというものを必要としない魔導師も多い。
だが、『エース・オブ・エース』や『雷光の死神』、『最後の夜天の主』のように、ワンオフ、それも採算度外視のものでなければならないという魔導師もおり、専用に改良された、あるいは生み出されたデバイスは文字通りの規格外デバイスとなる。
ちなみにファイムのデバイスもワンオフであるが、初期化されたジャンク品を組み上げたものであるため、性能は量産品より若干上程度である。
そして、現在進行形で無限書庫のデータベース――整理が済み、データ化できたものを記録している場所にハッキングしてきているデバイスは、おそらくワンオフ品。
それも、規格外のそれと思われる。
「リンネ、どこまで侵入されてる?」
《閲覧制限エリアに侵入されました。ファイアウォール展開します》
「任せたよ。……補足開始。相手の情報を抜くよ」
相手のインテリジェントデバイスのデータと、位置情報を抜く。それが、ファイムの目的だ。
無限書庫への無断進入は、問答無用で御用である。整理されていない情報の中には、それこそ世界を滅ぼすようなものまであるのだから、当然だが。
《ファイアウォール突破されました!!》
「大丈夫!! 狙い通り!!」
リンネの言葉に、ファイムはそう応じると、展開した魔法陣の上で指を踊らせた。
まるでピアノでも演奏するかのように鮮やかな動きは、確実に結果を残す。
「…………」
《補足、完了しました》
リンネが、結果を告げる。
相手のAIを補足し、使用者の情報を引き抜く。更に、回線を封鎖することにより相手のAIを無限書庫データベースに封じ込めたのだ。完全に、こちらの勝利である。
「……聞こえますか?」
ファイムは、ハッキングの犯人へと語りかけた。
◇ ◇ ◇
「…………ッ、桜花? 聞こえていますか、桜花?」
頭部より滴り落ちる血を拭いながら、テンリュウは自身のデバイスへと問いかけた。
だが、桜花は答えない。テンリュウは、こちらを見据える真竜を睨んだ。
凄まじい一撃だった。しかもあれは力を込めた拳。それだけであの威力。エース級の魔導師であっても、一撃で沈められるであろう一撃。
絶対的な、強さそのもの。
「……だから、何だというのです」
テンリュウは血桜を握り締め、吐き捨てるように言った。
「私がやらねば、誰がやるというのですか」
もう、嫌だった。
自らが知る者が、己の力至らぬ故に死を迎えるのを見るのは。
僅かな、刹那の時を過ごしただけ。
本来なら、出会うことさえなかったはず。
出会わなければ、戦わなかったろう。
出会わなければ、滅びを黙って見ていただろう。
所詮、顔も知らぬ他人。興味を持つ道理もない。
たが――出会ってしまった。
懸命に生きる姉妹に。
復讐のためと、自ら手を汚す覚悟を決めていた少女に。
涙を流すことさえ忘れてしまっていた少女に。
だから、退けない。
退けるわけがない。
退いて……たまるか。
『聞こえますか?』
声が届いたのは、そんな時だった。テンリュウは、声を発する自らのデバイスを見る。
『こちらは管理局無限書庫司書です。あなたの行為は犯罪です。もし自首するならば、貴方には弁明の権利が――』
聞こえてくるその言葉に、テンリュウは心の片隅で思った。
――ああ、桜花は失敗したのか。
そして、それとは別に。
心の奥底より沸き上がるのは、怒り。
「……何が、管理局」
『何?』
テンリュウの呟きに、相手が反応した。テンリュウは魔法陣を展開しながら、思いのままに言葉を吐いた。
「何が、法の番人!! 何が、秩序!! 何が世界の守護者!! 安全圏から見つめるだけのあなたたちに、何が守れるというのです!?」
普段、テンリュウは感情をここまで露わにすることはない。
だが、理不尽な言葉と。
自身に蓄積された想いと。
純粋な願いが、彼女に本音を吐き出させた。
「その閉じられた目を開き、世界を見据えなさい!! 現実を!! 事実を!! 真実を!! その目で!! その身で体感しなさい!! あなたたちが何もしないから、私がこうしているのです!!」
相手は、何も言わない。
テンリュウは、言葉を続ける。
「世界を守るなどと言って!! 何も守れていないではありませんか!! あなたたちが何もしないから、だからこの世界の人たちは!! 命を懸けて!! その果てに敗れたのです!! だから私が立っているのです!! それを!! 何も知らぬ身で邪魔をするあなたたちは何なのです!?」
圧倒的な力を前に、折れかけていたテンリュウの心は、悲鳴を上げる。
ただでさえ、大切なものを失い、心が砕けそうだったのだ。
――心は既に、悲鳴を上げていた。
「そもそもこうして私がここに立っていることがおかしいのです!! 何故ですか!? この世界の人々が、何をしたというのです!? 何故私などが立たねばならぬのですか!? あなたたちはヒーローなのでしょう!? 正義なのでしょう!? それが何故、守るべきものを守らず、この世界を見捨てるのです!?」
真竜、ガンゲイル。
圧倒的な力を持つ自然の具現が、力を集中する。
そして、灼熱の閃光が――放たれた。
◇ ◇ ◇
街で最も広い、中心部にある建物。街の政治を行うその建物の眼前に、街の人々は集まっていた。
この街は交易で発展した場所である。運搬手段が発達したとはいえ、今もなお、各地の特産品が集まる祭が開催される。
その開催される場所こそが、人々が今集まっている広場であった。
しかしやはりというべきか……人々に笑顔はなく、あるのは恐怖のみ。
そしてその中には、あの姉妹もいた。
「……リリア」
リースは、自らの妹を抱き締める。安心させなければならない。そう思いながら、できなかった。
ガンゲイルの恐怖が、染み付いている。村を破壊し、全てを奪ったあの死神の恐怖が……振り払えない。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
しかし、姉と同じ、あるいはそれ以上の恐怖を感じているはずのリリアは、そう言った。それは強がりではない。その目を見れば、それは容易に理解できる。
世界に、光が走る。
街の外。そこから、光が溢れ出す。
それは希望の紅き光ではなく。
絶望の――竜の光。
「ああ……」
「おしまいだ……」
口々に人々は言い、目を閉じる。
テンリュウはやはり、敗れたと決めつけ。
俯き、未来を諦める。
リースも俯き、目を閉じたその中で。
リリアだけが、絶望の光を見据えていた。
「頑張ってる!!」
リリアが、叫んだ。
同時、絶望の閃光が街を襲わんと放たれる。
街を一つ吹き飛ばす程の威力を秘めたその一撃は。
――しかし。
街を、襲わない。
「え……?」
リースが、呆けた声を上げた。見れば、紅の障壁が、街を守っていた。
紅き魔力光。リースには、見覚えがあった。
テンリュウの、魔力だ。
「お姉ちゃんが、頑張ってくれてる!!」
リリアが叫ぶ。あまりにも小さく、弱いはずの少女の叫びは、しかし、この場の誰よりも強かった。
「頑張れお姉ちゃん!!」
届かぬことは承知の上。しかし、リリアは叫ぶ。リースはリリアを抱き締めながら、ぐっ、と拳を握り締めた。
「お願い!! 頑張って!!」
強き二人の姉妹の叫び。
意味なきはずのそれは、周囲へと伝播していく。
「そうだ!! 頑張ってくれ!!」
「頼む!! あんただけが頼りだ!!」
「頑張れ!!」
いつしか、俯く者はいなくなっていた。
届かぬ想いは、それでも届く。
信じたならば、どこまでも。
「私たちに、未来を見させて!!」
◇ ◇ ◇
「ッ、アアァァァッ!!」
テンリュウは、叫んだ。テンリュウが持つ『守り』の魔法、その中で最高位に位置する魔法、『夢幻天声』。全力展開のそれは、しかし、僅かに出力不足。
原因はわかっている。桜花だ。デバイスなしでもテンリュウは魔法を使える。だが、ギリギリのところで、デバイスなしというデメリットが露出している。
(このままでは……!)
抜かれる。そう思いながら、しかし、テンリュウにはどうにもできない。
ただ、全てを懸けて抗うのみ。
「弱音を、吐くな!!」
テンリュウは、自らに言い聞かせる。
「私だけなんだ!! あの子の笑顔を守れるのは!! ここにいる私だけなんだ!!」
究極的なところ、テンリュウにとっては街などどうでも良かった。
彼女が戦うのは、あの姉妹のため。
自分よりも遥かに強い姉妹に、生きていて欲しいから。
――ふと、テンリュウは思った。
どうして、ここまで肩入れするのかと。
しかし、すぐに愚問と切り捨てる。何故なら。
――死なせたくない。
理由など、そんなものだから。
「ッ、ううっ!?」
押され始める。そもそもの地力が違うのだ。ある意味、当然である。
ここまでなのか――テンリュウの脳裏に、絶望が過ぎった瞬間。
《Set up》
起動の音が聞こえた。同時に、テンリュウの体が光に包まれる。
袴と、薙刀。桜花が、起動していた。
《お待たせ!! さあ、反撃開始だよ!!》
「桜花――」
《説明は後!! とにかく今は、押し返す!!》
桜花が叫び、テンリュウも気を引き締める。
その結果が現れるのは、すぐだ。
「おおおおおっっっ!!」
テンリュウが叫び、爆発するような魔力が溢れ出す。ガンゲイルの一撃は四散し、中空にばら撒かれる。
防ぎ――切ったのだ。
「桜花、どういうことです?」
《向こうの人が話わかる人でね。『緊急事態と判断します』って言って、解放してくれたの》
「まさか」
早口に告げられた言葉に、テンリュウは驚きを覚える。それは、まずありえないことだろう。
それについて桜花は簡潔に、こう答えた。
《『全て僕の独断です。何もなかった。それだけです』って、短時間に片っ端から情報くれながら言ってたけど》
「なるほど……そうですか」
テンリュウは、ガンゲイルを見据えた。何者かは知らないが、感謝をする。
この怪物を止める希望が、見えてきた。
テンリュウは、薙刀を右手で。刀を左手で握ると、大きく息を吐き、呟いた。
「不思議ですね。胸が温かい」
自らの背中に、見えない力が宿っているような、そんな気持ちになる。
「桜花。あなたのことです。対策はあるのでしょう?」
《当然。……胸にあるコアを打ち抜けば、一時的に活動停止にさせられるよ。後は『あれ』で封印すればなんとかなるかも》
「承知」
《でも……》
頷いたテンリュウにしかし、桜花は言う。
《テンリュウの全力でも、胸の装甲が破れるかどうかはわかんない。ガードなんてされたら……抜くことは不可能なんだよね》
「しかし、道はそれしかありません」
テンリュウは言う。桜花が言うのだから、打開策はそれしかないのだろう。
ならば、難しくともやるしかない。
そして、テンリュウが踏み出そうとした瞬間。
「ストラグルバインド!!」
魔法が紡がれた。魔力結合を阻害するバインドが、ガンゲイルの両腕を拘束する。
テンリュウが背後を振り返る。そこには、淡く輝くバリアジャケットを纏う、ホムラの姿があった。
ホムラがここへきた。その驚きを言葉にする前に、別の声が鼓膜を揺らす。
「フハハッ!! 吹き飛ぶがいい!!」
「恨みはない。だが、我が主の命に従い、貴様を討つ」
同時、ズドン!!!! という轟音が響き渡った。ガンゲイルの右腕を穿ったその一撃は、ガンゲイルの腕を抉っり、その巨体を僅かに仰け反らせる。
「ほう、流石に堅いな。俺様の一撃で砕けんとは」
「今更のことです。それに、我々の目的は時間稼ぎ。まさか失念したわけではないでしょうね?」
「承知の上だ。なめるなよ蒼き騎士」
「ならば、とるべき道は一つのはず」
「フハハッ!! 理解している!! 吹き飛べ!! 砕けろ!!」
現れた二人は、その力をもってガンゲイルを攻撃する。
女性の方は白い騎士甲冑を纏った蒼い髪と瞳の凛々しい印象を受ける女性で、男の方は黒い騎士甲冑を纏い、巨大な戦斧を持った、禿頭の男。
状況的には味方のようだが、テンリュウに覚えはない。
何者か。そう思った時。
『安心しぃ。わしの仲間や。テンリュウ、こっからはわしらも参戦する』
念話が入った。ホムラだ。
『あの蜥蜴のせいで魔力磁場が発生しとってなぁ。転送に手間取った。すまんすまん』
「……何故です?」
念話でもわかるホムラの軽い調子に、テンリュウは問いかけた。ホムラは、ふむ、と頷く。
『わしの故郷の言葉にな、『義を見てせざるは勇なきなり』っちゅーもんがある。理由なんてのは、そんなもんでええ。他に欲しいんやったら、適当に考えるで?』
「……必要ありません。協力、感謝します」
『どういたしまして。ほな、行くでぇ!!』
ホムラの足下に展開される魔法陣が、巨大なものになる。そこから更に、ホムラは自身のデバイスを回転させながら、魔法を紡ぐ。
「元管理局空戦S+ランク魔導師の力、なめるんやない!!」
紡がれるは、巨大な結界。ガンゲイルは当然のこと、テンリュウたちをも包み込むその結界は、まるでバトルフィールドを形成するかのように展開される。
『テンリュウ、聞こえるか? 範囲保護結界を展開した。これなら、自分も全力出せるやろ?』
「……重ねて、感謝します。確かに、この中ならば」
己の信ずる武器を構え、テンリュウは言う。
「周囲を気にする必要は、ありません」
紅蓮の魔力が桜花と血桜、そしてテンリュウを包む。
ホムラが笑みを浮かべ、デバイスを構える。かつて『二人のエース・オブ・エース』の片翼を担いし英雄が、その牙を剥く。
「どうにも、わしのことを『守り主体の結果魔導師』と思っとる奴が多いみたいやけど、違うで? わしは、それが得意なだけや」
ガコン、という音と共に、カートリッジがロードされる。
「速さ。そしてその速さから繰り出される勢いの乗った近接格闘。確かにそれに関してはカグラの阿呆には勝てへん。せやけど、単純な力でいうならば」
《Moon light Breaker》
ホムラのデバイスが魔法を紡ぎ、ホムラは腕に力を込める。
「――世界の誰にも、負けはせん」
淡き銀色の光が、世界を照らす。
月の光。太陽の陰でありながら、それでもしかし、神聖な力を宿す存在の力が、爆発する。
「ぎぁルるるるがぁァァああっッっアアアッ!?」
ガンゲイルが吠える。
怒りの叫び。
大自然の具現たるはずの自らが、とるに足らぬはずの存在にこうも翻弄されている現実が、許せない。
叫びの中にそんな想いを感じたテンリュウは、強き瞳と共に、言葉を紡いだ。
「久遠に等しき時を生きるあなたからすれば、生きて精々80年の我らなど、とるに足らぬ存在なのでしょう。……ですが」
圧倒的な存在。それ故に、知らないことがある。
「私たちは、それでも生きているのです。受け入れられぬなら、納得できぬなら!! 抗うしかない!! 抗い続けるしかない!!」
その叫びは悲痛で。
涙色の覚悟に、染まっていた。
「侮るな!! 真竜!! 人の力を!! 想いを!!」
生きるため。
目指すものを、掴むため。
不毛と知りつつ、進むため。
「その目を開けて、しかと見よ!!」
そして、魔法が紡がれる。
「セイクリッド・ブレイズ!!」
聖痕。
神が刻むとされる、膨大な力を宿す印。
その力を全て、敵に叩きつける。
――決着。
轟音と共に、真竜の体が崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
「とりあえず、封印は終了か?」
「夢と現実の狭間……永遠の場所にその身を幽閉しました。出てくることは、まずないでしょう」
「そいつは上等や」
テンリュウの言葉に、ホムラは笑顔で頷く。封印。それが決着だった。
真竜は永遠を生きるとまで云われる存在である。消滅させることは容易ではない。故に、テンリュウはコアを撃ち抜き、更に彼女自身が持つ、対象を異次元へと飛ばす術式をもって封印した。
「……これで、この世界は安寧ですね」
「とりあえず、やけどな。それにこの世界だけやない。この世界はちょいとばかし異常やったけど、他の世界では管理局の機能低下のせいでかなり苦しんどる奴がおる」
ホムラは、背後を振り返る。その視線の先には、先程協力してくれた二人が、こちらを見ていた。
「レジアス・ゲイズは、ある意味管理局の希望やった。せやけど、奴は間違え、死んでしもた。……最早世界は、管理局では守れなくなっとる。変革が必要なんや」
「あなたが革命を起こすとでも?」
「まさか」
ホムラは、肩を竦めた。
「できるもんならやりたいけど、わしはわし一人のことで精一杯なしょーもない男や。……でもな、『義を見てせざるは勇なきなり』。できひんからって何もせんのは違うやろ?」
ホムラは、真剣な表情でそう言い切った。テンリュウは、そんなホムラに問いかける。
「私にその話をした真意は?」
「テンリュウ。テンリュウ・シンドウ。わしらに力を貸してくれんか?」
「断れば?」
「頼み込む。土下座でもなんでもしたるわ。これ以上、管理局の傲慢で関係ない奴らが傷つくんは、見てられへん」
ホムラの目は、本気だった。どうしたものか、とテンリュウは僅かに考え込み、そして、結論を出す。
「折角ですが、お断りします。興味がありません」
「ほ?」
「この世界……いえ、この街には、リリアたちがいた。だから戦った。それだけなのです。世界がどうなろうと、興味は――」
「アルハザード」
「――――」
ホムラが紡いだその言葉に、弾かれたようにテンリュウは振り返った。ホムラは、笑みを浮かべる。
「なんとなく、自分がそう言うんはわかっとったよ。だから、わしは自分を雇わせてもらう」
「どういうことです?」
「言葉通りや。……プレシア・テスタロッサ。かの大魔導師が追い求めた幻の都の手掛かり。一年前、ジェイル・スカリエッティが掴めなかった夢の果て。それをくれてやる」
ホムラは、手を差し出した。テンリュウは眉をひそめ、問う。
「何故、私にここまで?」
「自分は敵に回しとうない。それに、個人的な縁もある」
テンリュウは、数秒迷い。
その手を、握り返した。
「よろしくやな、最強?」
「こちらの台詞です」
二人は、笑っていた。
◇ ◇ ◇
「テンリュウお姉ちゃん、どこに行くの」
「さぁ……私の行き着く場所がどこなのか、私にもわからないのです」
リリアの問いに、テンリュウは苦笑。
ここに残るという選択肢もあった。だが、テンリュウはホムラたちと行くことを決めた。
別に、義によってというわけではない。
彼女にとって全てである、願いのためだ。
「リリア。そして、リース」
テンリュウはリリアの頭を撫でながら、この地で出会った強き姉妹に、告げる。
「必ずまた、ここを訪れます。その時まで、お元気で」
「ふえっ」
「リリア……」
リリアが泣き出す。テンリュウはその小さな体を抱き締めながら、微笑んだ。
「今生の別れではありません。信じたならば、また会えます」
「テンリュウさん……」
「貴女も、強く生きてください。残酷な言葉かもしれませんが……」
そして、テンリュウはリリアを離し、微笑む。
その微笑みは、悲しくて。
寂しくて。
とても、街を守った英雄には見えず。
ただの、たった一人の、弱い女にしか見えなかった。
「いずれ、また」
さよならはいらない。
ただ……それだけ。
「……本当に、私の果てはどこなのでしょうね?」
わかっていることを、呟く。
願いの果て。その先は。
「無価値な死……もう、決めたことですから」