魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第八章〝ファイム・ララウェイという男〟

 

 ――真竜ガンゲイル。

 そのあまりにも圧倒的な存在を打倒、あるいは消滅させるため、管理局上層部は魔導砲『アルカンシェル』を撃つという判断を下した。しかし、現場の指揮官であった八神はやては撤退を拒否。同時に彼女が指揮権を放棄したために指揮を引き継いだカグラ・ランバードのとった策により、結果的に死者0。街も蒸発せずに済むという望外の結果を手に入れる。

 だが、カグラ・ランバードと八神はやてが上層部の判断を無視したことも事実である。そのため、二人とその場におり、カグラに従った陸士部隊の指揮官たちなどは本局に緊急召集されていた。

 その中には、高町なのはやフェイト・T・ハラオウン。守護騎士たちのリーダーである八神シグナム。そして、ファイム・ララウェイの姿もあった。

 

 

「貴様らは、自分がしたことを理解しているのか!?」

 

 会議室。理事たちと向かい合うように立つファイムたちは、いきなりそんな怒声を浴びた。普通の局員なら萎縮してしまいそうな怒声だが、この場の全員が特に堪えた様子はない。そんな中、怒鳴られる側を代表するようにカグラがアクションを起こす。

 

「命懸けで戦った後なんだ。怒鳴らないでもらえませんか?」

 

 肩を竦めるカグラ。彼はそのまま勝手に椅子を引き寄せると、何の躊躇もなく座り込んだ。それを見、理事の一人が重ねて怒鳴る。

 

「貴様!! 誰が座っていいと――」

「犬じゃねぇんだ。そうキャンキャン吠えんなよ。器が知れんぜ?」

 

 くくっ、と笑みを漏らしながらカグラは言う。そんなカグラに、ミゼットが静かに告げた。

 

「しかしカグラ。あなたの言い方も、立場をわきまえるべきなんじゃないかい?」

「俺の立場? ばーちゃんよ、耄碌しすぎだぜ?」

 

 カグラは笑う。その笑みは挑発的であると同時に、どこか覚悟を孕んでいる。笑みの中に『重み』があるのだ。

 そしてカグラは、一度背伸びをすると、呼びかけるように言葉を紡いだ。

 

「おい」

 

 誰も呼びかけには応じない。それでも、カグラは問いかけた。

 

「この選択に、後悔しねぇんだな?」

「覚悟の上です」

 

 応じたのは、ファイムだった。カグラは、笑う。

 

「はっ、上等。男だよお前」

 

 そしてカグラは、内ポケットから二つの封筒を取り出した。そこに書かれているのは、『辞表』の文字。

 場が、ざわめく。

 

「どういうつもりだい?」

 

 それを手で制しながら、ミゼットが言った。カグラは、見てわかんねぇのか、と嘲笑を交えて問いかける。

 

「俺とファイムの辞表だよ」

「はい」

 

 ファイムは頷く。理事の一人が、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「責任を取るということか? 殊勝なこと――」

「勘違いすんなよジジイ」

 

 その言葉を遮り、カグラは言った。

 

「選ぶのはあんたらだ。受け取るのか否か、この場で決めろ」

 

 再び、場がざわめく。カグラは、笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「俺たちを切るかどうか、あんたらが選びな」

「それは、選択するほどのことかい?」

「本気で言ってんなら、あんたはもう引退すべきだよばーちゃん」

 

 くくっ、とカグラは笑う。

 

「何のために俺が片っ端から通信繋いだと思ってんだ? 魔力のこと考えれば民間にまで繋ぐ必要はなかったのに、だ。……解は単純。このためだよ」

「どういうことだ?」

 

 理事の一人の問い。カグラは少しは考えろよ、と肩を竦める。

 

「今、世間の管理局上層部に対する印象はどうなってると思う? 簡単だ。『現場の魔導師たちを信用せず、安全圏からアルカンシェルで街を消そうとした』だ」

「何だと!? それは貴様等が!!」

「結果的にそうだろうが。つか、俺のあの発言を受けてそう取らない奴はいない。大体、最近の管理局は信用を失いつつあったんだ。当然っちゃ当然だわな」

 

 カグラのその言葉通り、管理局の信用は、かつてに比べて大分落ちてしまっている。

 JS事件やマリアージュ事件。更には最近増えてきた質量兵器による事件。

 そして今回の、真実はどうあれ『クラナガンを消す』と判断した上層部。

 それらの要因は、管理局の信用を奪うに十分だった。

 

「そんな中で、指揮官だった俺と、真竜討伐の立役者であるファイムの二人が同時に辞めれば、世間は大騒ぎだろーな。あんたらが『自主的に辞めた』っつっても、世間は『管理局は英雄を辞めさせた』と解釈する。ははっ、いい話だ」

「それはどうかね? 坊や、貴方は一局員よ」

「……俺はよ、自分の知名度ってのを理解してる。かつての『エース・オブ・エース』の名は、伊達じゃねぇよ」

 

 それに、とカグラは続ける。

 

「ファイムもいる。俺一人ならまあ、前線にいるっつっても第一線からは退いた身だからな。微妙だが……ファイムがいるんだ。影響は強いぜ」

 

 カグラが言い切ったその言葉。それを聞き、理事の一人が鼻を鳴らす。

 

「執務官一人に、それほどの影響力が?」

「あるんだよ。地上に関して言うならな」

 

 嘲るようなその言葉を、カグラは一蹴する。

 

「つーかよ、お前ら気付かねぇのか? ファイムは『本局』執務官だぜ? なのにどうして『地上本部のエース』なんて呼ばれてる? 何故、『エース』と呼ばれ、実績も残しながらA+止まりなんだ?」

 

 徐々に、言葉の中に苛立ちが蓄積されていく。

 

「本人も理解してないみてぇだから、この際言ってやるよ。……ファイムは、たった一人で地上で踏ん張ってきた。他の世界ならすぐ執務官が派遣されるような事件も、地上じゃ『何故か』派遣されない。そんな時、ファイムが走り回って解決する。どんな事件だろうと、部隊の力を借りながら、たった一人で命を懸けて動き回る」

 

 ファイム・ララウェイが命を懸けて戦っていることを、この場にいる者ならばみな知っている。

 むしろ、知らないはずがない。

 誰もがみな、『共犯者』なのだから。

 知っていて、彼を見殺しにした――共犯者なのだから。

 

「次元世界の平和と秩序を守る? 実に結構。ご立派だ。でもな、ならなんでミッドチルダを守らない? 何故ここだけを差別する? 何故、ファイム一人に全てを押し付ける?」

 

『地上本部のエース』。

 いつしかファイムに付いていたその呼び名はしかし、本来ならありえないものだ。

 そもそもが『本局執務官』であるファイムということと、何より、『たかがA+レベル』で『地上本部のエース』と呼ばれる現実がおかしい。

 だって、それは。

 それだけ、手が足りないということだから。

 本局にはいくらでもいるAランク魔導師……それさえ、地上にはいないという意味だから。

 

「他の世界ならすぐに執務官が飛び出し、上から指示が出るような事件もミッドチルダならファイムに丸投げ。部隊に丸投げ。なあ、てめぇらは馬鹿か? レジアスのおっさんがどうしてあんなことをしたのか、未だに理解してねぇんじゃねぇのか?」

 

 カグラ・ランバードは、当時の地上本部勤務者にしては珍しく、レジアス・ゲイズの手段……質量兵器の使用に反対していた。

 管理局は銃を持つべきではない。そう言い続け、レジアスに協力することを拒んできた。

 しかし、もうそれしか手が残っていないことも理解していたから、表立っては反対せず、最終的には協力さえしていた。

 だって、仕方ないのだ。

 彼の理想は、本物で。

 そこにだけは、共感できたから。

 優しい世界を望んだ彼は――心から、それを願っていたのだから。

 

「今地上本部に、AAAランク以上の魔導師が何人いると思ってる? たった三人だ。……ファイムがどうしてAAランクの試験を突破できなかったか。理由なんざ単純だ。引き抜かれるからだよ」

 

 カグラの口調が、僅かに荒くなる。

 

「どれだけ頑張って教育しても、AAランク以上になれば半ば強制的に引き抜かれちまう。『本局はより広い世界を守らねばならない』だと? 寝ぼけてんじゃねぇぞクソが!!」

 

 だんっ、とカグラは机を叩いた。理事の一人が、言葉を紡ぐ。

 

「だが事実だ。我々は――」

「根刮ぎ優秀な奴引き抜いといて!! こっちの都合はお構いなしで!! 納得できるわけがねぇだろうが!! お前らにわかるか!? 長い時間かけて必死になって育てて!! 一緒に地上を守ろうって決めてた奴が片っ端から引き抜かれてく気持ちが!? その上で、結果出せなきゃ全部俺たちのせいにされる気持ちが!? いい加減にしやがれ!!」

 

 レジアス・ゲイズが本局に背いた理由。

 それが、これだ。

 ミッドチルダは次元世界の中心とでも呼ぶべき場所だ。それ故に、他の世界よりも凶悪なテロや事件が起こりやすい。

 だというのに、それから市民を守るための術を、片っ端から奪われていく。

 

 何という矛盾。

 そして、傲慢か。

 

 カグラの、地上の現状を知る者たちの総意でもある言葉を受け、理事の一人が言葉を紡ぐ。

 

「だが我々は、ミッドチルダのみに構っているわけにもいかん。人手はいくらあっても足りん」

「正論だな。吐き気がする。けどな、言わせてもらうぜ。手が足りねぇのは、こっちだって同じだ。いや、てめぇらよりも深刻だ。……地上の魔導師のうち、一年でどれだけの死者が出てるか知ってるか? 本局の三倍だよ。実力が足りないことを承知で、それでも出るしかないからそうなってんだよ。その気持ちがわかるのか? 実力不足と理解して。それでも戦う魔導師の気持ちが!! こんなとこでただ座って見てるだけのてめぇらにわかんのか!?」

 

 死に逝く者たち。それを見届ける立場のカグラだからこそ、思うのだ。

 数人でいい。

 たったそれだけで変わるのに、と。

 

「……一つだけ、よろしいですか?」

 

 カグラの背後から、声が上がった。声の主は、ファイムだ。

 

「確かに、手が足りないのかもしれません。地上よりも本局のほうが、大変なのかもしれません」

 

 先程、理事の一人が吐いた正論。それを、ファイムは肯定する。

 だが、その上で、しかし、と一歩前へと進み出ながら言葉を紡いだ。

 

「だから、聞かせてください。その正論を吐く権利を持つほどのことを、あなたがたはしてきたのですか?」

 

 先の戦闘で最も深い傷を負い、服の下は包帯まみれ。更に、右目には眼帯をした状態のファイムは、それでもしかし、その影響を少しも感じさせずに言う。

 

「あの時、ランバード一佐の呼びかけに多くの魔導師の方々が応えてくれました。魔導師でない方は、それでもできることをしてくださいました。そこに本局も地上も関係なく、だからこそ僕はこうして生きていられます。けれど」

 

 応急修理だけを施した機械の右手を、ファイムは握り締める。

 ギシリと、硬質的な音が室内に響き渡る。

 

「それは何故あの時『だけ』しかできなかったのですか? 本局と地上が手を取り合う……四年前、この理事会が発足した時、そう伺いました。しかし現実は? むしろ確執が強くなっている。違いますか?」

「貴様!! 我らを侮辱する気か!!」

「どうとでも。出世など初めから眼中にありませんし。それとも、四年前のように執務官資格を停止でもしますか?」

 

 言って、ファイムは胸元のバッジを取り外すと、机の上に置いた。

 執務官バッジ。かつて、四年前にもファイムは、同じことをした。

 ――それこそが覚悟と示すために。

 

「肩書きを欲したのは、より多くの人を守りたかったからです。ファイム・ララウェイは執務官でなくなっても、やることは変わらない」

 

 会議室が、静まり返る。

『守る』。言葉にすればそれだけの、しかしあまりにも難しいそれに対する覚悟。

 少なくともこの場において、彼以上の覚悟を持つ者はいなかった。

 

「正論は構いません。しかし、力持つ者の正論はただの傲慢。違いますか?」

 

 それに、とファイムは言った。

 

「そもそもこのようなことをしている場合ではないでしょう? クラナガンは今も混乱しています。今すぐにでも我々は戻るべきです。こんな状態で糾弾のための緊急召集など、正気の沙汰ではありません」

 

 そして、ファイムは踵を返す。

 

「地上に戻ります。こんなことをしている場合ではありません」

「待て!!」

「……その命令に従えば、地上は元に戻りますか?」

「ぐっ……」

 

 普段の彼からは考えられないほどの、辛辣な台詞。それを受け、理事の一人は口ごもる。

 そして、場を締めくくるようにカグラが理事たちに問いかけた。

 

「ちなみにこの様子は記録されてたりするんだが……どうするんだ? さっさと選べよ」

 

 カグラは立ち上がる。

 

「受け取んのか、否か」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 びりびりという、紙を引き裂く音が廊下に響き渡った。

 ファイムとカグラの辞表が紙屑となり、それをカグラは魔法で燃やす。

 そうして辞表が完全に燃え去ったのを確認すると、カグラは笑みを浮かべた。

 

「はい、お疲れさん。さっさと戻るぞ。ファイムの言う通り、地上は今大変なんだからよ」

「……はい」

 

 カグラの言葉に、ファイムは小さな声で応じる。はやてが、ファイムくん? と声をかけた。

 ファイムはそんなはやての呼びかけに苦笑を浮かべつつ、口を開く。

 

「なんでも――」

「自己嫌悪かい、坊主」

 

 ファイムの言葉を遮りながら言葉を紡いだのはゲンヤ・ナカジマだ。彼はそのままカグラに視線を移すと、更に言葉を重ねる。

 

「カグラ。おめぇさん、シナリオを用意してただろ?」

「お、流石はおやっさん。気付いてたか」

「ああいう場では、大抵シナリオが用意されてるもんだ。もっとも、普通は向こうが用意するもんだが」

「ど、どういうことですか?」

 

 この場の全員を代表するように、はやてが声を上げた。ああ、とゲンヤが頷く。

 

「なんのことはねぇやな。この二人がシナリオを組んで、理事会を丸め込んだってだけだよ」

「人聞き悪ぃぜ、おやっさん」

「事実だろう?」

「ま、その通りだけどな。……気にすんなよファイム。持ちかけたのは俺なんだからよ」

「いえ……すみません、行かねばならないところがあるので、先に失礼します」

 

 ファイムは切り上げるようにそう言うと、歩き出した。その背にはやてが手を伸ばそうとし、しかし彼女に紡げる言葉がなかったのか、途中でその手を止めてしまう。

 そうしてファイムが立ち去った後、おもむろにカグラが口を開いた。

 

「嬢ちゃんたち、あいつのことを勘違いしないでやってくれや」

「勘違い?」

「……あいつの自己嫌悪は、さっきのことについてだ。理由はどうあれ、脅迫みたいなもんだしな。俺個人にしてみれば気にするようなことじゃねぇんだが……真面目だねぇ、あいつ」

「それあの坊主のいいところだろう?」

「おっしゃる通りで」

 

 ゲンヤの言葉に、カグラは肩をすくめる。

 カグラにしてみれば理事会に対する丁度いいお灸なのだが、ファイムはそう思わないのだろう。

 本当に、真面目な男だ。

 

「……ファイムはな、嬢ちゃんたちを守りたかったんだよ」

「守る、ですか?」

 

 ポツリと呟いたカグラの言葉に、はやてが反応する。カグラは、ああ、と頷いた。

 

「理事会は俺たち全員に何らかの罰を下すつもりだったはずだ。俺とファイムは階級なんざどうでもいいし、興味もねぇんだが……嬢ちゃんたちはそうもいかねぇだろう? で、どうするかってなった時に俺たちに矛先を向けさせればいい、って話になったわけだ」

 

 タバコを口にくわえつつ、カグラは言う。

 

「ま、そこからは賭けだったけどな。いやー、良かった良かった。ばーちゃんが足し算引き算きっちりできる奴で」

 

 あっはっは、とカグラは笑う。はやては、そんな、と言葉を漏らした。

 

「なんで、そないなこと……」

「俺は単純に可愛い後輩たちを守りたかっただけだよ。ファイムは……知らん。本人に聞け。ま、似たような理由だろうけどな」

 

 意味深な笑みを浮かべつつ、カグラは言い。

 その場は、解散となった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………ふぅ」

《大丈夫ですか、マスター?》

「リンネ。うん。大丈夫だよ。心配しないで」

 

 愛機の問い掛けに、微笑を浮かべて応じるファイム。彼は今、八神はやてが指揮する次元航行艦『ヴォルフラム』が収容されている艦船ドッグにいた。

 特務部隊機動六課の技師、エレン・ローグに会うためだ。

 

「ゲンヤさんにも言われたけど……ただの自己嫌悪だから。気にしないで」

《しかしマスター。マスターは間違っていません》

「善悪とかじゃないよ。僕みたいな罪人が何を偉そうに、って、そう思っただけ」

《マスター……》

「はやてさんは許してくれた。それはとても嬉しかった。けど……そう簡単に、変われないよ」

 

 変わりたくとも、変われない。

 変わることは、許されない。

 自分で引き金を引いてきたから。

 そう簡単には――戻れない。

 

「生きたいと願っても、過去は変わらないから」

 

 今まで歩んできた道を否定したとしても。

 その道は、消えやしない。

 ――だから。

 だからこそ、否定しない。

 全て抱えて、飛ぶだけだ。

 

「すみません、よろしいですか?」

 

 扉をノックし、ファイムは部屋に入る。出迎えたのはエレンだ。茶のかかったセミロングの髪の女性である。

 

「ララウェイ執務官。どうかしましたか?」

「一つ、相談がありまして。マリーさんには断られたんですが……」

 

 苦笑と共に頬を掻きながら、ファイムは言い。

 そして、真剣な表情で言葉を紡いだ。

 

「無理なら、忘れてください。その時は仕方ありませんから」

 

 そして、ファイムは一つの蒼い宝石を取り出す。

 番号が刻まれた、それは。

 

「これを、僕のデバイスに組み込めませんか?」

 

 願いを叶えるロストロギア。名を。

 ――ジュエルシード。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 とある次元を隠れるように渡る、一隻の次元航行艦がある。

 管理局に牙を剥いた、かつての英雄にして先代『エース・オブ・エース』が一翼ホムラ・イルハートが率いる組織の拠点たる戦艦だ。

 管理局でさえも発見が困難なその次元航行艦のモニタールームに、難しそうな表情を浮かべるホムラがいた。

 

「如何なさいました?」

 

 その背に、不意に声がかけられた。ホムラが振り向くと、そこにいたのは蒼い髪の女性だ。

 エリア・カリア。かつては『氷姫』とまで呼ばれた人物で、同時にホムラ・イルハートが誰よりも信頼する人物である。

 

「……主、また見ておられたのですか?」

「ん、んー。まあ、敵の戦力把握は重要やしな?」

 

 笑みを浮かべつつ、ホムラは言う。エリアは、そうですか、と頷いた。

 ホムラが見ているのは、もう一週間前になる、地上本部で行われた戦闘の記録映像だ。

 真竜ガンゲイル。かつてホムラたちが戦い、コアを撃ち抜いた怪物。

 コアが撃ち抜かれ、無限に近い生命力のほとんどを失っていたとはいえ、真竜を消滅させた執務官の力は侮れない。もっとも、あれほどの砲撃を代償無しで撃ったとも考えられないが。

 

「主が気にされているのは、ランバード殿ですか? それとも……」

 

 エリアの視線の先にいるのは、全てが終わった後、座り込んだ八神はやてに寄りかかるようにして眠る執務官――ファイムの姿だ。その顔は酷く憔悴し切っているが――同時に、安らかでもある。

 ホムラはまあ、せやな、と曖昧に頷く。

 

「別にあの阿呆を無視しとるわけやない。最後の呼びかけ……あれで魔導師どもが動いたんも事実。腐ってもカリスマは健在みたいやしなぁ」

「そのような言い方をされるということは、ランバード殿は本命ではないということですか?」

「せや。あいつも無視してええわけやないけど、それよか厄介なんがおる。……あの出力、例の術式の他にジュエルシードを使っとるな」

「ロストロギアを管理局が使うのですか?」

 

 ホムラの言葉に、僅かな驚きを込めつつエリアは言う。ホムラは、せや、と頷いた。

 

「管理局は正義を装っとるだけで、決して『善』やない。表に出さんだけで、裏では体外なことしとるもんや。もっとも、このガキは独断やろうけどな」

 

 ホムラは、うん、と背伸びをしながら言う。

 

「なんというか、目がな。覚悟決まっとるというか、なんというか。ある意味、一番厄介やもしれん」

 

 死に対する恐怖を、生物は拭い去ることは決してできない。

 だが、この青年はおそらく、ほとんど死を恐れていない。

 死ぬことを受け入れているような……そんな、印象を受けるのだ。

 

「こういう手合いは面倒や。心が折れん」

 

 実力で勝ってはいる。だが、諦めないというのは、時として思いがけない結果を生む。例えば、普通の魔導師が諦めて退く場面で、それこそ命を捨てた特攻でもされれば、思いがけない痛手を被ることになる。

 また、ジュエルシードという不確定要素もあるのだ。厄介この上ない。

 しかも、敵はこのファイム・ララウェイだけではないのだ。

 

「特務部隊機動六課か……面倒くさいなぁ」

「ランク一つを見ても、凄まじい戦力が揃っていますね」

「S+ランクの魔導師は、単純計算で一個中隊レベルの力があるしな。あー、やだやだ。しかも今回は、リミットも無いみたいやし?」

 

『ゆりかご戦役』とも呼ばれる、JS事件。管理局史上においても類を見ないその戦いを勝利へと導いた英雄たち。

四年前より更に力を付けた彼女たちと戦う。それは当然、鬱になる。

 

「過剰戦力やなー。勝てるかなー」

「言葉に感情が込められておりませんが、主」

「なはは、バレた?」

 

 ホムラは笑う。笑いながら、まあ、と口を開いた。

 

「個々の能力やったらこっちも負けとらん。一対一の状況にもっていったら、むしろこっちに分があるくらいちゃうか?」

 

 かつての『エース・オブ・エース』である自分と『最強の侍』たるテンリュウを中心に、こちらも過剰と言って差し支えない程の戦力が揃っている。勝てるとは断言できないが、負けるとも思わない。

 それに――

 

「そもそも、奴らは組織の一部隊。動きは制限されとるし、更に言うたら『頭』を押さえたら勝手に機能が低下する」

 

 ホムラの視線の先にいるのは、優しい表情で眠ってしまったファイムを抱き締める、女性の姿。

 ――八神はやて。

 

「正直気は進まんけど……搦め手でいこか。ちょい面倒やけど、この間手に入れたロストロギアが使えるはずや」

 

 ホムラが、立ち上がる。

 

「魔法が好きと。出会えて良かったと。これでもまだ言えるんやったら大したもんやけど、な」

 

 ホムラは、冷たい目で、画面に映るはやてを見つめていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 クラナガン中央病院。クラナガンで最も規模が大きいその病院は、地上本部の魔導師たちもよく世話になる場所である。

 そして、その病院の診察室では、初老に差し掛かった医者が髭をさすりつつ、ファイムと向き合っていた。

 

「身体の傷は、休養をとれば治っていくでしょう。しかし、リンカーコアの衰弱が激しいですね」

 

 魔導師の魔力の源であるリンカーコア。普段なら消耗程度のそれがしかし、ファイムの場合は極端に衰弱しているのだ。

 

「心当たりは?」

「……少し、魔力を過剰に使用したくらいしかありません」

 

 嘘である。原因などわかりきっている。

 例の術式。ミッド式ともベルカ式とも在り方を微妙異にする、命を使う術式。

 あれの……せいだ。

 

「そうですか……。まあ、とにかく休養ですな。とりあえず一週間程は、魔法使用は厳禁です」

「はい。わかりました」

 

 ファイムは頷き、礼を告げて診察室を出る。そして、自分の胸元に手を当てた。

 ……リンカーコアは、回復しない。

 ただ魔力を過剰使用しただけならともかく、ファイム・ララウェイという魔導師は、『それ以上』のことをしてきている。

 例え思い直したところで、元には戻らない。

 ならば――

 

「難しい顔してんじゃねぇか」

 

 不意に、背後から声をかけられた。見ると、そこには見覚えのある人物が二人。

 カグラ・ランバードと、ゲンヤ・ナカジマだ。

 

「どうした、坊主。悩み事か?」

「ゲンヤさん……いえ、なんでもありません。お二人こそ、どうして?」

 

 笑顔を張り付け、曖昧に誤魔化す。ああ、とゲンヤが頷いた。

 

「この間……というより、一週間前だな。あの時にうちの部隊からも結構怪我人が出てやがるから、その見舞いだ」

「俺はあれだ。巻き込んだし? ま、お礼も兼ねてだ。いやー、大したことなくて良かった良かった」

「おめぇな。うちの娘に怪我させといて、いい度胸じゃねぇか」

「いや、おやっさんそれは……」

「怪我ですか?」

 

 聞こえてきた言葉に、ファイムが反応する。ゲンヤは、ああ、と頷いた。

 

「ギンガがちょいとな。なに、大したことじゃねぇ。昨日退院したしな」

「ギンガさんが……。そういえば、しばらくお会いしていませんね」

「おめぇも忙しいからなぁ。……おめぇが出て行って四年か。早いもんだ。道理でギンガが美人になる」

「おいおやっさん。表現がキメェ」

「黙れ。娘の成長を喜んでなにが悪い」

「悪かねぇけどな。確かに美人だし」

「手ェ出すなよ」

「出すかよ。てか、忠告なら俺よかファイムにすべきじゃねぇ?」

「坊主ならまあ……ありじゃねぇか?」

「おいおい」

 

 テンポの早いそのやり取りに、ファイムはついていけない。その様子を見て取ってか、カグラが苦笑した。

 

「ああ、そうだファイム。会ったら聞こうと思ってたんだが……まだ、『アレ』使う気か?」

 

『アレ』――その言葉の意味は、おそらくだが察しはついている。

 そしてその答えも、また。

 

「はい。せめて、この戦いが終わるまでは」

 

 覚悟と、決意と、願い。

 その狭間で決めたのは、これだ。

 

 そんなファイムの様子から何かを感じたのか、ゲンヤが口を開いた。

 

「おめぇが何を考えてるかなんて知らねぇが……その選択は、正しいのか?」

「……きっと、間違っています。少なくとも、『願い』と逆方向へ行っていますから」

 

 あの時、初めて抱いたこの気持ち。

 願ったこと。

 望んだこと。

 ――けれど。

 願ったところで。望んだところで。

 それを為せるとは、限らない。

 

「それでも、決めたんです。この選択をした以上、その中で最上を望まなければ」

「それは、正しい選択じゃねぇんだろう? そうわかっているんだろう?」

 

 ゲンヤは問う。その問いかけに対し、ファイムははい、と頷いた。

 そして、けれど、と言葉を紡ぐ。

 

「最初から正しい選択肢なんてないんです。選んだ選択肢を正しくしていくことが必要なんですよ」

 

 間違っているなら、正せばいい。

 選択の時間は、すぐに終わるのだから。

 それに、だ。

 それに――

 

「生きたいと願って生きられるのなら、こんなことにはなっていません」

 

 それは、静かな宣戦布告。

 彼以外にはわからない、世界への反逆。

 

 あまりにもままならない世界で生きてきた。

 変わらない現実を受け入れてきた。だから、わかる。

 ――わかりすぎるほどに。

 

「僕に選べる道など、初めから決まっていたんです」

 

 生まれた時から。

 あの場所に降り立った時から。

 

 ただ、それだけ。

 それだけ――だった。

 

 故に。

 だからこそ。

 

 ファイム・ララウェイは、こうなった。

 

「命の価値を全うする。それだけですよ」

 

 そう言ったファイムは、微笑んでいて。

 ――泣いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 地上本部襲撃より一週間。地上本部復興は順調に進んでいたが、流石に建物の完全復興まではもう少し時間がかかる。故に、本部は緊急措置としてクラナガンに最も近い支部へと場所を移動していた。

 その支部の会議室。そこにファイムを除く六課の面々と、カグラがいた。

 カグラは集まったメンバーを確認すると、最初にいきなりすまんな、と言葉を紡ぐ。

 

「だが、復興も大方目処が付いてきた。ただ、敵の動きはわからん。つーわけで、今のうちに色々と話しとこうと思ってな」

「あの、ファイム……ララウェイ執務官は?」

 

 カグラの言葉に対し、はやてが問いかける。カグラは、ああ、と頷いた。

 

「あいつは全部知ってるからな。今更、話すほどのこともねぇ。本人に聞いたら、『復興の方を手伝います』ってよ」

 

 カグラは肩を竦める。ファイムの怪我は大方回復した。もっとも、使ってしまった命は戻らないし、先の戦いで深い傷を負った右目ももう一度開くようになるかどうかは微妙だが。

 

「……そうですか」

「なんだ? 残念そうだな」

「そういうわけやありません。ただ、また無理せんかと……」

「あー、するだろーな。ま、見守ってやりな」

 

 心配そうなはやてに、苦笑しつつカグラは言う。

 

「男ってのは、馬鹿な生き物でな。意地があるんだ」

 

 くっだらねぇ意地がな、とカグラは言い、さて本題だと言葉を紡いだ。

 

「今回集まってもらったのは他でもねぇ。敵の首領と思われる男――ホムラ・イルハートについてだ」

 

 地上本部を襲撃し、ロストロギアの強奪。更には本部の建物を壊滅にまで追い込んだ集団。その中でも、あの『最強』さえもが頭領として扱っていた怪物。

 

「だがま、ちょいと待ってくれや。クロノの奴がまだ……」

『すまない。遅くなった』

 

 カグラが言った瞬間ウィンドウが現れ、クロノの顔が映し出された。カグラは、遅い、と言いつつ、じゃ、話すぞと口を開いた。

 

「知ってる奴も多いだろうが……ホムラ・イルハートは元管理局員だ。前の所属部隊は戦技教導隊第二部隊副隊長。当時は『エース・オブ・エース』なんて呼ばれてた」

『なのは。キミの先輩になる。……優秀な魔導師だった。あんなことさえなければ』

 

 場の空気が沈む。そんな中、あの、となのはが口を開いた。

 

「あんなことって……なんですか?」

 

 ずるっ。そんな擬音が聞こえてきそうな程綺麗にクロノがずっこけた。そのまま震えながら起き上がり、呆れたように言う。

 

『……次元世界でも知らないのは君ぐらいだぞ』

「ご、ごめんなさい」

「まー、嬢ちゃんは当時大変だったからな。仕方ねーよ」

 

 苦笑しつつカグラは言い、まあ、と言葉を紡いだ。

 

「『あんなこと』ってのは、その『エース・オブ・エース』様が部下を何人か引き連れて管理局に牙を剥いたことだ。もう10年以上前だな」

『当時の戦技教導隊からホムラ・イルハートを含む四名。更に厄介だったのは、聖王教会で騎士叙勲を受けた騎士が一人いたことだ』

「エリア・カリアっつってな。はっきり言って、バケモンだ」

 

 カグラは肩を竦める。そして、言葉を紡いだ。

 

「ま、エリアだけじゃねぇんだけどな。ホムラはホムラでバケモンだし、他の奴らもオーバーSとかそんなレベルだった」

 

 そう……数こそ少なくても、実際はそれこそ連隊に匹敵するほどの戦力が揃っていた。

 

「……酷いもんだったぜ。再起不能と死者は合わせて三桁に乗ったし、負傷者はギリギリで四桁に届かねぇってレベルで出ちまった」

『そして、再起不能とまではいかずとも深い傷を負った魔導師は少なくない』

「俺もその一人だ。本当に、わけがわかんねぇ戦いだった。ただ、確実に言えるのは――」

 

 カグラは、天井を見上げる。

 

「管理局にとって、アレは唯一敗北と呼べる戦いだった」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ファイム! 休憩だってよ!」

「うん、わかった!」

 

 届いてきた声に、こちらも声を張り上げて応じる。復興作業の合間の休憩時間だ。いつの間にか、随分時間が経ってしまっていたらしい。

 ファイムを呼んだのはリューイだ。彼らは今、青い作業衣を着て作業をしている。

 綺麗な金色の髪を纏めていたタオルを外すリューイ。そのリューイと並んで歩きながら、ファイムはリューイに問いかけた。

 

「もう体は大丈夫なの?」

「おう。ミリアムもな。つか、てめぇこそ大丈夫なのかよ? その目とか」

「んー、再生手術を受けたんだけど、開くまではまだ時間がかかるって」

 

 体の治療と共に、ファイムは目の手術も受けた。管理局の技術は凄まじい。だが、目の回復には時間がかかる。

 もっとも、ただの再生手術ではないからというのもあるのだが。

 

「まあ、僕は自分で引き金を引いたから……全部元通りってわけにはいかないんだけどね」

「ん?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 呟いた言葉に反応したリューイに、首を左右に振って応じる。

 そして二人が休憩所に着くと、そこではミリアムが待っていた。

 

「お疲れ様です、お二人共。昼食です」

「サンキュー」

「ありがとう」

 

 差し出されたものをそれぞれ受け取る。

 今日の昼食は、カレーだった。

 ミリアムのように直接の力仕事ができない者は、こうして裏方の役割を果たしている。この復興作業は地上の魔導師が中心になっているのだが、本局や支部からも応援が来ており人手は多い。色々と互いに思うところがあるのが管理局だ。問題が発生するかと思ったが……そうでもなかったようだ。

 こうして、管理局は一時的であっても正しい姿を取り戻している。

 

「……ファイムさん。一つ、お聞きしたいのですが」

「うん? どうぞ」

 

 カレーを食べながら、ファイムは頷く。ミリアムはそんなファイムにでは、と前置きすると、問いかけを発した。

 

「ホムラ・イルハートとは、どのような方なのですか?」

「そいつは俺も聞きてぇとこだな。あのクソ親父、何者だ?」

 

 ミリアムの問いに、リューイが食いついてくる。この二人はホムラとやり合ったと聞いた。それにリューイは管理外世界の出身で、ミリアムもつい最近まで封印されていたから、知らないのかもしれない。

 ファイムは、んー、と唸ってから、どこから知りたいの、と問いかけた。それに対し、ミリアムが頷いて応じる。

 

「知る限りのことを。再び合い間見えた時、不覚を取らぬように」

「右に同じく」

「そっか。じゃ、どういう人なのかを……って言っても、あまり詳しくないんだけどね」

 

 ファイムは苦笑し、そして、話し始める。

 

「ホムラ・イルハート。元管理局第二教導隊副隊長。当時で空戦S+ランク。出身ははやてさんとか高町教導官と同じ第98管理外世界『地球』だったはず。カグラさんによると『いわゆる完全無欠の天才』だったんだって。ただ、部下のこととかはしっかり見る人だったみたいで、部下からの人気は高かったみたい。同僚からも好かれてたらしいよ。確かに、いい人だったと思う」

 

 過去、管理局に関わるようになった時に出会ったのがカグラとホムラだ。その時は、あんなことをするような人には見えなかった。

 人の輪の中心に立って自分が一番笑っているような、そんな人だったから。

 

「僕はその……管理局に入った時に、会ったことがあって。正直、悪い人に見えなかったのを覚えてる」

 

 むしろ、自分のことを心配してくれたくらいだ。後悔しないかと、聞かれた。

 

「でもあの人は、管理局に牙を剥いた。何人も傷つけて、何人も殺して、そうして逃げ出した」

 

 まるで、管理局に関わる全てを否定するように。

 ホムラ・イルハートという英雄は、世界に牙を剥いた。

 

「当時ホムラ・イルハートに組した魔導師のうち、二人はその戦闘で死亡したんだって」

「ん? お前はその場にいたんじゃねーの?」

「いたけど、すぐにリタイアしちゃったから。運が良かったよ。生きてた」

 

 ファイムは苦笑。あの戦いで死亡した者、負傷した者はとてつもない数になる。特に重傷を負うこともなかった自分は、運が良かったのだろう。

 その後、ファイムは戦いの規模を知る限り詳しく教えた。それを聞き、リューイとミリアムの表情が曇る。

 

「ムチャクチャじゃねぇか。たった五人でそれかよ」

「それが魔導師の恐ろしいところだよ。オーバーSランクの魔導師なんて、それこそ戦略級の力を持ってるから」

「……しかし、疑問が残りますね」

 

 不意に、ミリアムが口を開く。

 

「ファイムさんによれば、ホムラ・イルハートというのは誰もが羨むような才能と立場にあったはず。何故、そのようなことをしたのでしょうか?」

「……詳しくは、知らないんだけど」

 

 ファイムはそう前置きし、言葉を紡ぐ。

 

「その戦いの少し前に、魔導師が一人、亡くなったらしいんだ。……トモエ・イルハート。ホムラ・イルハートの妹さんだったんだって」

 

 そう、それが。

 英雄が管理局を敵に回した……その理由なのだろう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「妹さん、ですか?」

「ああ。あの兄妹は転送事故でクラナガンに来たって経緯があってな。地球に両親もいねぇって言ってたから、二人きりの肉親だった」

 

 火を点けない煙草をくわえながら、カグラは言う。

 

「……俺とホムラは、当時上層部から煙たがられてたんだ。現場にこだわって、前線でシンパを増やし続ける……自覚なんてなかったんだけどな。その時だよ。あの任務があったのは」

 

 そこで、カグラははやてを見る。

 

「闇の書の封印……俺たち三人に下された任務だ」

 

 場が騒然となるが、その中でカグラは言葉を紡いでいく。

 

「安心しな。嬢ちゃんを恨んじゃいねぇ。俺もあいつもな。ただ、許せなかったんだろう。それほどのロストロギアと知りながら、何も知らせなかった管理局が」

「何も、知らせなかった……?」

「ああ。ロストロギアの封印任務としか俺たちは聞かされてなかった。……結論から言えば、俺たちは失敗。トモエは死に、その数年後にホムラはあの事件を起こした」

 

 俺が知るのは、それだけだ――カグラは、そう話を結ぶ。

 そこで、話は終わった。

 それ以上を聞くことは、できなかった。

 カグラが……どうしようもないほど、哀しそうな表情をしていたから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「そういえば……」

 

 思い出したように、ファイムは言葉を紡いだ。リューイとミリアムが振り返り、首を傾げる。ファイムは顎に手を当てると、ポツリと呟くように言葉を紡いだ。

 

「聞いた話では……トモエ・イルハートという人は、カグラさんの婚約者だったはず」

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