「はーい、みんな集合。今から模擬戦をするよ~」
昼休みが近付き、太陽が店長に昇ろうとしている時。最早恒例となった高町なのはの訓練の締めが行われる。
今回の特務部隊には、以前のように新人がいない。故に、訓練も朝から晩まで毎日というわけではなく、基本的には毎朝、スバルたち元FW陣を中心に、その日によって参加できる者が参加していた。
基本的にスバルたち元FWは参加し、フェイトやシグナム、ヴィータといった元隊長陣は時間的な余裕があれば参加するという形になっている。
ちなみにこの特務部隊機動六課におけるファイムの立ち位置は『部隊長補佐』であり、そのため実はなのはたち元隊長陣と同じ権限を有していたりする。
そして本日の訓練参加者は元FW陣と、その指導をする戦技教導官高町なのは。そして、ようやく魔法戦闘の許可が下りたファイムの六人だった。
『はい!!』
なのはの呼びかけに応じ、全員が整列する。その中でファイムはなのはの側に立っていた。
「制限時間は30分。私とファイム執務官相手に凌ぎきるか、私たちのどちらかを落としたらみんなの勝利だよ」
『はいっ!!』
新人時代は一撃入れればだったのが、撃墜すればに変わっている。
みなが成長した証拠は、こんなところに現れており、なのはは知らず嬉しくなる。
「それじゃ、開始場所まで移動して、10分後にスタートだよ」
なのはが言い、移動が始まる。その中で、ファイムはなのはに話しかけた。
「いいのですか?」
「ん?」
「『どちらかを撃墜』など……自分がなのはさんに迷惑をかけてしまいます」
全力を出すことは禁止されているとはいえ、なのはは『エース・オブ・エース』と呼ばれる程の魔導師だ。対し、ファイムはスバルたちよりも空戦という違いこそあれランクは下。足を引っ張りかねない。
だが、なのはは笑ってファイムの懸念を否定する。
「大丈夫。ファイムくんは強いよ。今日の訓練で確信したから。……強くなったね」
「覚えててくださったんですか?」
ファイムは驚く。なのはの教導を、短期間のものだが一度だけファイムは受けたことがある。しかしあれは四年も前だし、ファイムの他にも大勢が受けていた。覚えているはずがないと思っていたのだ。
それに対し、なのはは当然だよ~、と笑う。
「ただ、無理は禁止。はやてちゃんに言われてるかもしれないけど、フルドライブは論外。カートリッジも制限守ってね?」
「はい。……なのはさんも、ブラスターは禁止ですよ?」
ファイムに言われ、なのはは驚くと同時、にゃはは、と苦笑した。
「誰から言われたの?」
「ユーノさんとフェイトさんからです。釘をさしておいてくれ、と」
「二人とも心配性だな~」
なのはは苦笑を深くする。ファイムは、でも、と言葉を紡いだ。
「心配してくれる方がいるというのは、嬉しいですね」
「……うん、私もそう思う」
ファイムもなのはも、脇目もふらずに突っ走るタイプだ。更に言えば、その際に自分にかかる負担などを一切考慮しない。故に、周囲にたくさん心配をかけてきた。
なのはは自身が墜ちた時に。
ファイムはこの間の戦いで。
それを知り、そして、感謝している。
自分たちの周囲にいてくれる、優しさに。
「……そろそろ時間だね。ファイムくん、前衛任せてもいいかな?」
「はい。援護お願いします」
ファイムは拳を作りながら応じる。右腕はマリー謹製の新型に替えられていた。
ちなみにファイムはなのはのことを最初は敬意をもって『高町教導官』あるいは『高町一尉』と呼んでいたのだが、なのはが頬を膨らませながら「他人行儀」と呼び方の変更を迫り、『なのはさん』と呼ぶことになった。
ファイムにしてみれば雲の上の人である上に、直接会ったことがほとんどなかった相手である。最初は戸惑ったが、すぐに慣れた。
ちなみにはやてには『わたしの時は慣れなかったのになぁ……』と理解不能の怒りをぶつけられ、一時大変だったのだが……まあ、それは今は良いだろう。
ファイムは意識を集中しながら、今から始まる模擬戦を楽しみにしている自分がいることに気付いていた。
エリオとキャロに関して言えば以前からの知己であるので(模擬戦などはあまりしないが)、特に新鮮さはない。だが。
スバル・ナカジマ。
ティアナ・ランスター。
かつてのJS事件において凄まじい成長を見せ、片や『銀制服のエース』、片や『星の光の継承者』とまで呼ばれる実力者たちと向き合える。ティアナは何度か会話したことがあるが、スバルは六課で初めて会うことになった相手で、それがより一層楽しみを増やす。
その実力の噂は聞き及んでいる。しかも、今回はかつてのFW陣が勢揃い。その連携が見られる。
楽しみだった。
ずっと一人で戦ってきた。そうするしかなかった自分。
その力が、どこまで通用するのか。
ファイムは、知らず微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
一方、ファイムが期待するFW陣は、作戦会議をしていた。リーダーはティアナである。これについては今更疑問を挟む者はいないし、必要もない。
「一応聞くけど、30分逃げ回る選択肢はあり?」
「ない!!」
「なしです!!」
「というより無理です!!」
ティアナの言葉を、スバル、エリオ、キャロが全力で否定する。当然だ。なのは相手に守りを固めても、まとめて撃ち落とされるのがオチである。
ティアナは口元に笑みを浮かべ、じゃあ、と言葉を紡いだ。
「ララウェイ執務官を落とすわよ。四人で一気に、なのはさんの援護が入る前に終わらせる」
「ええっ!? ティア、本気!?」
「うっさいバカスバル! 時間も30分しかない。一か八かだけど、なのはさんを無視するわよ」
ティアナは言い切る。なのはを墜とす――それができれば文句はないが、訓練の後で消耗している今それを行うのはまず不可能だ。
それに、条件は『どちらかを墜とす』ことだ。ならば、ランク的にもファイムを狙った方が上手くいく可能性は高い。
「先手必勝。いくわよ、みんな!」
「「「おう!!」」」
◇ ◇ ◇
市街地を模した模擬戦場の外に、いくつかの人影があった。そこに、新たな影が加わる。
「ありゃ、姐さんたち。何してるんです?」
「ヴァイスか。お前こそ何をしている?」
現れたのは元機動六課のヘリパイロットであるヴァイス・グランセニックだった。そんな彼の言葉に応じたのはシグナムだ。
ヴァイスは本部の建物の復興ッスよ、と言葉を紡ぐと、他の観客たちへと視線を向ける。
「隊長たちも。お久しぶりッス」
「あはは、もう隊長やないよ、ヴァイスくん」
「ふふっ、そうだね」
「隊長って……何年前の話だよ」
はやて、フェイト、ヴィータがそれぞれ応じる。ヴァイスは、いやー、と笑った。
「なんつーか、こう呼ばないとしっくりこないんスよね。……で、何を見ておられるんで?」
「模擬戦だ。なのはとララウェイに、元新人たちだな」
「ララウェイって……執務官の?」
「うん。確か、ヴァイスくんもあの時は参加してくれたんやんな?」
「大したことはできやせんでしたがね」
ヴァイスは苦笑。そんな中、模擬戦の始まりが近付いていく。
「さて、あいつらはどうでるんだろーな?」
「うーん、わたしやったらどっちかに集中攻撃して、できるだけ早う終わらせるけどなぁ」
「私もだな。なのはとララウェイを同時に相手取る気はない」
それぞれ指揮官として優秀な能力をもつはやてとシグナムが意見する。二人共が優秀な指揮官であるためか、意見は一致。奇しくも――あるいは、当然ながらティアナと同じ答えだ。
そんな二人の意見を聞き、なら、とフェイトが言った。
「例えばファイムを先に落とすってこと?」
「それも手だな。だが、あくまで落とせるのならの話だ。あの四人に、ファイムを速攻で落とせる力があるかどうか。それが問題だろうな」
シグナムは、そう言いつつも不可能だと内心では断じていた。四人の実力が低いわけではない。むしろ、一対一ならば互角以上にファイムとは戦えるだろう。
だが、それをファイム自身が誰よりも理解している。
自らの実力を客観視し、冷静に受け止めるのは難しい。だが、ファイムにはそれができる。
四人がファイムを速攻で落とせない理由など、それで十分だった。
◇ ◇ ◇
「リンネ、向かってくる人数は?」
《三人です。おそらく相手の狙いはマスターかと》
「あはは、予測通りだ」
市街地を模した訓練スペースに無数に立ち並ぶビル、その屋上でスバルたちを待ち構えながら、ファイムは苦笑した。
「ナメられてるのかな?」
《というよりは、高町教導官が恐れられているというのが理由でしょう。あまり言いたくありませんが、マスターの方が高町教導官よりも相対の危険が低いですから》
「うん、わかってる。……まあ、そうくるなら僕の方針も決まったね」
ファイムは振り返る。そして右手を突き出すと、障壁を展開した。
――ガギィン!!
衝撃と轟音が大気を揺さぶる。最初に仕掛けてきたのは、エリオだった。
「はああっ!!」
ストラーダの穂先をズラして受け流すと、エリオは叫びながら強引に反転。ファイムに再び特攻する。
ほとんど助走距離のない中で、トップスピードに移る。その力に、ファイムは内心で喝采を上げていた。
そして、速いということはそれだけで相手の対応を遅らせることができる。ファイムもその例に漏れず、ギリギリ両腕をクロスさせて受け流すことしかできなかった。
空中に放り出される格好になったファイム。彼は、自身の背後に『それ』を感じる。
「リボルバーナックル!!」
ウイングロードでこちらに向かってきていたスバルが、拳を振るう。
ファイムは緊急障壁を展開。吹き飛ばされ、ビルの屋上に着弾。屋上を削りながら、ようやく止まる。
だが――
「クロスファイアー、シュート!!」
追撃の手は緩まない。ティアナが放った魔力弾が、ファイムを包み込んだ。
◇ ◇ ◇
自身の一撃に手応えを感じ、ティアナは内心でガッツポーズを取る。キャロのブーストを受けたエリオ、スバルの立て続けの攻撃に、自分の全力の一撃。確実に落とした確信があった。
しかし、煙が晴れた時、ティアナの表情が曇る。
「まだ、立ってる……!」
無傷ではない。だが、ファイムは落ちていなかった。
(ティア! どうする!?)
(ティアさん! 指示を!)
スバルとエリオが念話で問いかけてくる。ティアナは自分の後ろにいるキャロに視線を送り、アイコンタクトで指示を出すと、二人に対して言葉を紡いだ。
「作戦続行! このまま押し込む!」
(わかった!)
(はい!)
二人が応じ、ファイムに向かっていく。ファイムはそれを迎え撃つが、凌ぐので精一杯で、余裕はなさそうに見えた。当然だ。むしろ、あの二人からの同時攻撃をよく凌いでいるものである。
「時間がない。次で決める!!」
ティアナは走り出し、移動しながら彼女の相棒であるクロスミラージュを変形させる。『マリアージュ事件』において使用した、ロングバレルの大威力砲撃用モードだ。
魔力が集中。狙いはファイム。
そして引き金をティアナが引こうとした瞬間、ファイムと目が合った。
距離は遠く、偶然に思える一瞬。隻眼が、ティアナを見ていた。
――悪寒。
ティアナは、一瞬だけ躊躇い、すぐにその迷いを捨てる。
(何だろうと、撃ち抜く! 二人とも、いくわよ!)
(うん!)
(はい!)
そして、引き金が引かれる。
オレンジ色の閃光が空を駆け、ファイムを狙う。それは当然、ファイムを狙ったものだった。
――だが。
「スバル!?」
ファイムの側面におり、一度退くはずだったスバルが突然、ティアナの砲撃、その射線上に現れたのだ。
スバルは驚いた表情で振り返り――
――爆発が、空を凪いだ。
◇ ◇ ◇
「何だ!? ティアナのミスショットか!?」
「いや、違うな。ララウェイだ」
ヴァイスの言葉に、シグナムが訂正を入れる。ヴィータが、ああ、と頷いた。
「ティアナが撃つ直前に、スバルに幻覚魔法を使いやがった」
「……ほんまに一瞬や。スバルがティアナの位置を確認する瞬間に、それを誤認させたみたいや。確か、フェイトちゃんも戦技披露会で似たようなことされたことあったやんな?」
「うん。私は距離感を一瞬だけ狂わされて、攻撃を避けられたよ。けど、これは一度しか通用しない魔法だよね?」
「そうだな。しかし、それで十分だ。不意とは二度も三度も衝くものではない。一度でいい。その一度が、こうして形成を逆転させる」
シグナムは言う。確かに、状況は大きく変わった。実際の戦闘であったなら、この後、連携が乱れる原因にもなっただろう。
だが、この模擬戦はそこまでの時間はかからない。
「詰みだな。最初の作戦は良かったが、ララウェイの粘り勝ちだ。……なのはがいなければ、立て直すこともできたかもしれんがな」
そう言ったシグナムの視線の先には、画面の端に映る『エース・オブ・エース』の姿があった。
◇ ◇ ◇
「スバル!?」
(な、何とか大丈夫!)
返ってきた念話に、ティアナは胸をなで下ろす。流石はヴィータに直接『守り』の指導を受けただけのことはある。あの砲撃を咄嗟の防御で防ぐとは。
ティアナは頭を振り、ファイムがいるはずのところを見据えた。しかし、目に入ったのは黒髪隻眼の青年ではなく。
――白きバリアジャケットを纏った、『エース・オブ・エース』の姿。
「砲撃魔導師に溜めの時間を与えちゃダメだよ?」
《Strike Stars》
――ズドンッ!!
一閃、桜色の閃光が、スバルとエリオを飲み込んだ。確認するまでもない。問答無用のノックアウトだ。
「スバル!!」
「エリオくん!!」
二人が声を張り上げる。その叫びを切り裂くように、声が響いた。
「余所見禁物です」
《Bind》
ガシッ、という音と共に、キャロがバインドで拘束される。ティアナは振り返りざま、クロスミラージュの引き金を引いた。
先程よりは威力が落ちるが、それでも砲撃としては十分な威力を誇る一撃が放たれる。しかし。
「――――」
文字通りの紙一重。ファイムはその一撃を少しも恐れず、ティアナとの距離を詰めた。
体を掠めるティアナの砲撃。だが、ファイムは一瞬たりとも怯まない。
その目はただ、ティアナだけを見つめている。
――ダンッ!!
ファイムが踏み込む。そして繰り出された拳は、ティアナの眼前で止まった。
「…………ッ!!」
ティアナが顔を歪める。ファイムは、ふう、と息を吐くと、拳を戻した。
それが――決着だった。
◇ ◇ ◇
「ふう……なんとかなって良かった」
「……お疲れ様です」
訓練終わりにシャワーを浴びながらファイムが呟くと、隣から消沈した言葉が聞こえてきた。ファイムは苦笑する。
「そんなに落ち込まなくても」
「……それは落ち込みますよ。三人がかりで、キャロのブーストもあったのに軽くあしらわれて……」
エリオは14歳になる。見た目はかなり大人びているが、時折こうした負けず嫌いな面がでる。ファイムはエリオのそんな部分を好ましく感じていた。飽くなき向上心は、あるほうがいい。
だが、今は状況が状況なので、苦笑を深めるしかない。
「軽くなんてないよ。いっぱいいっぱいだったし、ギリギリもギリギリだった」
「でも、僕たちの攻撃を一度も受けてないじゃないですか」
「でもそれは、エリオたちも同じだよね?」
ファイムはシャワーを止めつつ、微笑を浮かべた。エリオは、あっ、と声を漏らす。
「さっきの模擬戦、僕は結構派手に吹き飛ばされてたよね? あれ、わざとなんだ。逃がしきれない威力だったっていうのもあるんだけど、それよりも釘付けにされちゃまずいって思ってね」
「釘付け、ですか?」
エリオもシャワーを止めながら問いかけてくる。ファイムは、うん、と頷いた。
「情けない話だけど、一撃でもまともにもらえば畳みかけられて、間違いなく僕は落とされてたよ。だから、全体を把握しながら戦えるように、常に動いているようにしたんだ。止まって集中攻撃されたら、それこそ一瞬で終わっちゃうから」
「そんなことは……」
「エリオとスバルさんには、それだけの力があるよ。それに、なのはさんが控えててくれたからね。実際、僕の勝利条件は『耐える』ことだけだったんだよ」
そう、耐える。なのはがチャージを行うまで、ただひたすら耐える。
あとは、きっかけを一つ作って一瞬でも動きを止められれば、なのはが決めてくれる。
「僕には、エリオたちを一撃で落とすような力はない。だから、それはなのはさんに任せた方がいい。下手を打って僕が落ちることになるのが、一番最悪な結末だから」
この間、エリオとの模擬戦で痛感した。不意を衝いて引き分けは狙えても、勝つことはできない。
それが、差なのだ。
あまりにも圧倒的な、才能の差。
「勝利条件を明確にして、それのみを追求する。僕には、そんな戦い方しかできないから」
ファイムは、苦笑しながらそう言った。
◇ ◇ ◇
「ティア〜、元気出しなよ〜」
「別に。元気なくなんかないわよ」
スバルの言葉に、ティアナは素っ気なく応じる。スバルは、そんな親友の台詞に苦笑した。
ティアナ・ランスターは向上心が強く、負けず嫌いだ。四年前からと比べると、かなり余裕が出てきたが、時折こんな風に負けず嫌いな面が出る。
四年前は、自身が凡人であるという劣等感と焦りから暴走したこともあった。ただ、今回のは純粋に悔しいだけだろう。
ファイム・ララウェイ。空戦と陸戦という違いこそあれ、自分たちより一ランク下の相手を、三人がかりで落とすことができなかった。それについては、スバルも悔しい思いがある。しかし、何かが違うのだ。
負けた。それは事実である。しかし、何故かすっきりしない。負けたら負けたで心の中に灯るものが、出てこないのだ。
「なんなんだろ……?」
スバルは呟く。そんな風に二人が歩いていると、向こうから執務官の制服を着た人物が歩いてきた。ファイムだ。
「お疲れさまです。丁度良かった。お二人を探していたんです」
ファイムは微笑を浮かべる。ティアナは、あたしたちを? と首を傾げた。ファイムは、はい、と頷く。
「でも、その前に。今日はありがとうございました。非常に勉強になりました」
そう言って、ファイムは丁寧に頭を下げてきた。ティアナの表情が、一瞬だけ厳しくなる。
ファイムは頭を上げると、手に持っていた資料を確認し、言葉を紡いだ。
「いきなりで申し訳ないのですが、本日の午後から明日1日、休暇が出ています」
「ええっ!? なんでまた?」
スバルが驚きの言葉を紡ぐ。ファイムは頷き、表情を引き締めた。
「『ワグリア』を消滅させた次元航行艦のことは聞き及んでおられますね?……あの艦の位置が、掴めました」
「「!?!」」
二人が驚愕の表情を浮かべる。ファイムは、更に言葉を続けた。
「正確には、掴める、なのですが……これにより、特務部隊機動六課に出動命令が出ました。明後日明朝、我々は『ヴォルフラム』で出撃します」
要は、準備期間を与えるということだ。
わかっているだけで、ホムラ・イルハートという元『エース・オブ・エース』である猛者と、『最強の侍』と呼ばれる、公にはしていないが、管理局が徹底的に敵対することを拒んできた怪物がいる。ギレン・リーや、グリス・エリカラン。姿はまだ確認されていないが、かつてホムラに協力した『騎士』エリア・カリアや、S-ランク魔導師、リヴァイアス・バルトマカリが出てくる可能性もある。
今並べた名前だけでも、単純な力を考えれば連隊クラスのそれだ。いかに特務部隊であっても、苦戦は免れない。
ファイムは、少し言い辛そうに言葉を紡いだ。
「あまり言いたくはないのですが……理事会は、僕たちの何人かは落ちることになる前提で話を進めておられるようです。……今回のターゲットは、それほどまでに危険な相手。それ故にはやてさん……八神部隊長は、心と体の準備ため、休暇を出してくださいました」
その言葉を受け、二人は頷く。その中で、でも、とスバルが言葉を紡いだ。
「ここから魔導師がいなくなるんですか?」
「いえ……僕と八神部隊長が残ります。基本的には僕と八神部隊長でなんとかするつもりですが、万一の時は緊急で呼び出させてもらいます。ご了承をお願いします」
もう一度、ファイムは頭を下げる。ティアナは、わかりました、と頷いた。
そして、失礼します、とティアナが踵を返そうとした瞬間、思い出したようにファイムが言った。
「ああ、そうだ。お二人とも、バイクは使われますか? 良ければ僕のを使ってください」
そう言って、ファイムは鍵を取り出した。スバルが、いいんですか、と問いかけてくる。ファイムは頷いた。
「デバイスを接続すれば、安全装置も起動するはずなので……良ければ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
受け取りながら、ティアナは礼を言う。たが、その表情はすっきりしないものだった。
◇ ◇ ◇
「伝えてきてくれた?」
「はい。みなさん、出発なさられましたよ」
「ん、ありがとうな」
「いえ」
部隊長室にファイムが入ると同時に、そんな会話が展開された。はやては、うん、と背伸びをする。
「ごめんな? お休み、明日の朝しかとれんくて」
「それははやてさんも同じでしょう? 大丈夫です。休みにすることもありませんから」
「そっか。……ほな、行こっか。まずは聖王教会や」
「はい」
二人は並んで歩き出す。今日、明日の二人の主な仕事は、情報収集とその整理だ。相手が相手である以上、指揮を執る立場の二人は万全を期す必要がある。
「じゃあ、ついでにお昼ご飯も一緒に行こ? 美味しいお店、見つけたんよ」
「いいですね。行きましょう」
ファイムは微笑み、はやても嬉しそうに微笑む。
幸せと呼ぶべきものが、確かにそこにあった。
◇ ◇ ◇
「…………どうしよう」
数多の人間が行き交うクラナガンの街中で、少女は呟いた。待ち合わせの相手とはぐれてしまった。こんなところで一人、どうすればいいかわからない。
見た目、10歳かそこらの少女であった。紫色の髪と瞳を携え、内気なのか俯き気味に周囲を見ている。
まるで縋るかのように少女は目を潤わせながら道行く人々を見るが、誰一人として助けてくれるどころか、こちらを見ようとさえしてくれない。
都会のそんな冷たい一面に少女は泣き出す寸前だった。
どうしていいかわからない。どうすべきかもだ。
ギュッ、と、大事なものが入った鞄を小さな腕で抱え込むように握り締める。
――その時。
「あの、そこのキミ」
「何かあったの?」
赤い髪を携えた少年と、桃色の髪を携えた少女が、手を差し伸べてくれた。
◇ ◇ ◇
「ティア〜。だから元気出しなって〜」
「うっさい。あたしはいつも通りよ」
「機嫌悪い?」
「…………」
遂には無視。スバルは苦笑した。未だにファイムのことが引っかかっているらしい。
ファイムは、いい人だと思う。他人を思いやり、気配りもできる。だからこそだろう。ティアナは、整理できない。
いっそファイムが意地悪い人間であれば、ある意味そこで整理ができた。だが、彼は人格的な人物。負けたことと合わせて、ティアナは自分の中でファイムに対するティアナ・ランスターというものが整理できていないのだ。
ティアナの長所であり短所であるこの性格が、完全に裏目に出てしまっている。
「……混んでるわね」
ふと、ティアナが呟いた。見ると、銀行の中は人でいっぱいだった。
二人はファイムのバイクに乗り、とある場所へ向かおうとしていたのだが、その前に手持ちがあまりないことに気付き、銀行へ来た。
だが、平日の昼間だというのに、銀行は人でいっぱいだ。
「待つしかなさそうね」
「そうだね。とりあえず番号札を――」
――ダアンッ!!
騒がしかった銀行内に、突如銃声が響き渡った。音が止み、スバルとティアナは弾かれたように音源を見る。
そこにいたのは、覆面を被った男たちが三人。
「全員動くんじゃねぇ!! 動いたらぶち殺すぞ!!」
わかりやすい脅し文句だった。スバルは、ティアナに念話を送る。
(銀行強盗!? ティア、どうする!?)
(落ち着きなさい! 距離が遠い……! 周囲に被害を出さずに捕まえるのは難しそうね……!)
二人は表面上は従うフリをしながら、必死で打開策を考えていた。だが、このいきなりの展開をすぐにどうにかできるような都合の良い案は、そうそう出てこない。
焦りが二人を包み始める。そんな中、強盗犯の一人が言葉を紡いだ。
「おい、そこのガキ。こっちに来い。他の奴らは動くんじゃねぇぞ」
指名されたのは、綺麗な翡翠色の髪と瞳をした女の子だった。その女の子は一瞬だけ硬直すると、歩き出し、犯人たちのところへ歩み寄った。
――その時。
「ちょっと待てよ」
声が上がった。その場の全員か、声の主を見る。見れば、両手を挙げた状態で犯人たちを睨む金髪の青年がいた。
「そいつを人質にするんなら、俺を人質にしやがれ」
「なんだテメェは?」
「そのガキんちょの保護者だよ。俺にはそいつを守る義務と理由がある」
青年は言う。犯人の一人が、中心に立つ犯人――おそらくリーダーなのであろう人物を見た。リーダーらしき男は、頷く。
「いいだろう。貴様も人質だ。手を挙げたままこちらへ来い」
「あいよ」
青年はゆっくりと歩き出し、犯人たちの側によると、女の子の隣に座り込んだ。犯人の一人が、青年の後頭部に銃を押し付ける。
「妙なことをすれば、撃つぞ」
「あーい」
青年は適当な返事を返す。それを受け、犯人の一人が金を積めと要求を始めた。
それを見ながら、二人は焦りを加速させていく。
(ティア! まずいよ! 人質を取られちゃった!)
(わかってる! でも、どうすれば……!)
捕らえるにしても、下手に行動を起こせば一般人を巻き込む。人質など、一瞬で殺されるだろう。
ギリ、とティアナは歯を食いしばる。その瞬間。
(そこの魔導師二人、聞こえてっか?)
いきなり、第三者の声が届いた。二人は驚きながら、表面上は何事もなかったかのように装う。
(状況が状況だ。手短にいく。こいつらが俺たちのとこに来た瞬間、一気に制圧する。援護頼む)
スバルとティアナは、人質の青年へと視線を向ける。作業衣を着、髪をタオルで覆っているその青年は、ニッ、と口元に笑みを浮かべた。
スバルは、思わず声を上げそうになった。彼は――
(反論はなしだ。……いくぜ?)
念話が切られる。それと同時に、青年が動いた。
「なあ、あんた。結構テレビとか見てるだろ?」
「あぁ?」
「よく刑事ドラマとかで、犯人に銃口押しつけてるだろ? けどあんた、ありゃおかしいぜ。だって――」
――タンッ。
青年に押しつけられていた銃が、静かな音と共に宙を舞った。
「犯人に銃の位置教えてるようなもんだろ」
――ガンッ!!
鈍い音が響く。青年の肘が、犯人の一人の顔面を正確に捉えた音だ。
「テメェ!!」
「次ィ!!」
回し蹴りが放たれ、もう一人が弾き飛ばされる。青年が振り向くと、リーダー格と思しき男が青年に銃口を向けていた。
「死ねえっ!!」
――ドウンッ!!
だが、銃口が火を噴く前に、犯人の銃は宙を舞った。オレンジ色の魔法弾が、正確に男の銃を撃ち抜いたのだ。
そして。
「おおおっ!!」
蒼き戦士が、地を駆ける。
――ドゴンッ!!
人間を殴った時に出る音とは思えない音を響かせながら、犯人は吹き飛んでいった。ガラスを粉砕し、道路に倒れ込む。起き上がる気配はない。
青年は、うわー、と頬を引きつらせながら、スバルに声をかける。
「スバルさん、やり過ぎじゃね?」
「……かなぁ?」
《No comment》
待機状態になったマッハキャリバーが冷たく答える。スバルは苦笑した。
「マスターも人のことは言えません」
そして、青年の背後から声がかかる。翡翠色の髪と瞳を有するその女の子は、犯人たちにバインドをかけながら青年に歩み寄る。
「一人は顎を粉砕。一人は肋骨を三本へし折る……過剰暴行と言われても、反論できません」
「あー、聞こえねぇ聞こえねぇ」
耳を塞ぎながら、リューイは首を振る。そうした後、リューイはスバルたちに向き直った。
「助かりました。いやー、撃たれるかと思ったッスよ」
「マスターは考えなさすぎです」
「あはは、まあ、なんとかなってよかったよ」
「そうね。特に怪我人もいないし」
スバルの言葉に、ティアナは頷く。迅速な解決。それが一番だ。
リューイは道路に倒れていた男を引き摺るようにして連れてくる。その様子を見ながら、ティアナはスバルに問いかけた。
「ねぇ、スバル。あの人たちは誰なの? 知り合いみたいだけど?」
「あ、そっか。ティアは知らないんだっけ。えっと、お父さんの部隊の隊員さんで――」
「リューイ・エンドブロム三等陸尉と、ミリアム・エンドブロム一等陸士ッスよ、執務官」
パンパンと手を叩いて汚れを落としながら、リューイは言う。それを受け、ティアナも自己紹介をした。
「ティアナ・ランスター執務官です」
「スバルさんから聞いてるッスよ、ランスター執務官。……てか、お二人はどうしてここに? 仕事はどうしたッスか?」
「休暇だよ〜。お金下ろしに来たの」
「あー、なるほど」
リューイは頷き、少し考え込むようにんー、と唸ると、なら、と言葉を紡いだ。
「じゃあ、後は俺たちに任せてください。事後処理とかはやっとくんで」
リューイは言い切る。ミリアムは嘆息したが、何も言わなかった。
「お二人とも、休暇ッスよね? なら、休んだほうがいいですよ」
「ええっ、いいの?」
「ギンガさんには世話んなってますし。休暇潰れんのはキツいっしょ?」
リューイは肩を竦める。ティアナは、ありがとう、と礼を口にした。リューイは、いやいや、と首を振る。
「気にしないでください。俺たちはあんたたち特務部隊に協力する身でもあるッスから」
「ならば、急いで犯人を引き渡しましょうマスター。仕事は山積みです」
「わーってるっての」
頭を掻きながら、リューイは気を失った状態でバインドをかけられている犯人たちの首根っこを掴むと、ズルズルと引きずり出す。そして、ああ、と思い出したように振り返った。
「えーと、ランスター執務官」
「ティアナでいいわ。今度、お礼させてもらうわね」
「いや、それは別に気ぃ使ってもらわなくてもいいんスけど……何かあったんスか?」
えっ、とティアナは目を丸くする。リューイは、いや、と肩を竦めながら彼の眉間に指を当てた。
「眉間に皺が寄ってたんで。俺の気のせいなら、気にしないでください」
じゃ。そう言って、リューイは外に来ていた警官たちの下へ犯人たちを連れて行った。ティアナは呆然としながら、自身の額に手を当てる。
そこには、本当に微かに、鏡を見ても気付かないであろうくらい微かに、皺が寄っていた。
◇ ◇ ◇
「ユーノさーん!!」
「ん? あれ、ヴィヴィオ?」
無限書庫。あらゆる次元世界のあらゆる情報が詰まっているとされるその場所の一角で、ユーノ・スクライアは聞き覚えのある声を聞き、振り返った。
無重力の空間を漂ってきたのは、金髪オッドアイの女の子だ。
――高町ヴィヴィオ。
JS事件において、ジェイル・スカリエッティに利用され、『聖王のゆりかご』を起動するキーとなった。事件の後は高町なのはに引き取られ、今は本当の親子のように幸せに過ごしている少女である。
「どうしたの? また調べもの?」
「今日は違います。えーっと……」
ヴィヴィオは齢10という幼さでありながら、司書の資格を有している。だが、彼女はまだ幼い子供であることと、将来はゆっくり決めるべきであるというユーノの考えから、非常勤として関わっている。
そのヴィヴィオが、えーっと、と言いながら後ろを振り返った。ユーノもつられてそちらを見る。すると。
「なのは?」
「にゃはは……仕事中にごめんね?」
「いや、それはいいんだけど……仕事はどうしたの?」
「明後日出撃するから、それまで休暇なの」
「なるほど」
ユーノは納得する。なのはたちの特務部隊が相手取るのは、先代『エース・オブ・エース』が率いる組織だ。いかに特務部隊といえど、簡単にどうこうできる相手ではない。
それに、ユーノが調べた『テンリュウ・シンドウ』という怪物も、無視できる相手ではないことがわかっている。
「大丈夫、なのは?」
「にゃはは、私は大丈夫。必ず、戻ってくるから」
ガッツポーズを作りながら、なのはは言った。
かつて、ユーノはなのはから全く同じ台詞を聞いたことがある。
誰もが信じられなかった。無敵のエースが墜ちた、その直前に。
人生の中で、一番泣いた日に。
だが、今の彼女はかつてとは違う。
数多の戦場を駆け抜けてきた、絶対的なまでの信頼感が、その言葉には込められていた。
もっとも、だからといって心配しないわけではないが。
「うん。待ってるよ、なのは。信じて待ってる」
「にゃはは、照れるね、ユーノくん」
「だけど、本心だから」
彼女の背中を守れなくなった時から。
歯痒く思いながら。
ずっと、信じてきた。
大切な人だから。
だからこそ――
「うん。知ってる」
なのはが、ユーノの手を握り締める。
二人は、笑っていた。
◇ ◇ ◇
聖王教会。次元世界においてもっとも浸透している宗教の総本山が、ミッドチルダには存在する。
その中庭を、フード付きの外装を纏い、ファイムとはやては歩いていた。目指すのは、教会の騎士、カリム・グラシアのいる部屋だ。
はやてはもう慣れたものであるため迷うことはないが、ファイムはそうもいかない。そのため、はやてについていく形になる。
10分もしないうちに、目的の場所に着いた。はやてがノックすると、どうぞ、と声がかかる。
「あら、はやて」
「カリム、久し振りや」
親しい間柄であるため、特に畏まった様子もなく、会話がなされる。更にはやては、部屋の隅にいた二人にも声をかけた。
「シャッハとオットーも、久し振りやね」
「はい」
「どうも」
シャッハとオットーが、それぞれ応じる。そんな、自分だけが異端者のような雰囲気の中で、ファイムが口を開いた。
「初めまして。本局執務官、ファイム・ララウェイです」
「ええ。伺っていますよ、ファイムさん。はやてはいつも、あなたの話をするので」
「ちょ、カリム!?」
「そうなんですか?」
ファイムが問う。カリムは、ええ、と頷いた。
「この間など大変でした。あなたが目を覚まさないと泣きついてきたり――」
「カ〜リ〜ム〜?」
「あら、ごめんなさい」
はやてに詰め寄られ、カリムは微笑を浮かべる。シャッハは全く、と呆れたように呟き、オットーはこちらを完全無視していた。
ファイムは苦笑を浮かべ、それを見たカリムはさて、と言葉を紡いだ。
「お二人も忙しい身でしょうし、本題に移りましょう。……実は、新たな予言が出現しました」
「予言、ですか?」
ファイムが眉をひそめる。カリムは、はい、と頷いた。
「私の固有スキルで、詩編の形で紡がれます。もっとも、的中率はよく当たる占い程度なのですが……」
カリムの周りを、タロットのようなカードが舞う。ファイムは、それはまた、と呟いた。
「しかし、それほど凄いものを自分などが見てもよろしいのですか?」
予言などというものを、見てもよいのか。ファイムのそんな問いにカリムは考え込み、そして、結論を出した。
「そうですね……。すみませんが、席を外して頂いてもよろしいですか?」
「はい。すみません、失礼します」
ファイムはそれを受け、退出する。立場のことを考えれば、そういう不確定な情報はあまり広く知られるべきではない。
そうしてファイムが立ち去った後、はやてはカリムに問いかけた。
「ファイムくんに聞かせられへん理由があるん?」
「……私の予言は不確定なものですが、警戒しておいて損はありません。シャッハ」
「はい。騎士カリム」
シャッハは歩み出ると、机の上に今回の目的でもある予言を広げた。
「杞憂に終われば良いのですが、彼……ファイム・ララウェイ執務官についてのものと思われる記述がありました。また、管理局についてのものも」
「なんやて?」
はやてが眉をひそめる。カリムは、頷く。
「再び、『ゆりかご戦役』のような戦いが起こるかもしれません」
◇ ◇ ◇
聖王教会は、とても広い建物である。ファイムもそれは聞き及んでいたが、実際に見ると圧倒される。
「凄いね……歴史がある、って感じる」
《歴史について詳しい情報をお求めですか?》
「今は遠慮するよ」
《左様で》
リンネが引き下がる。ファイムは微笑を浮かべながら、教会内を歩いていた。
ここは、空気が穏やかだ。静かで、それでいて、優しい。
きっと、ここにいる人たちがそんな人たちばかりだからだろう。
知らず、穏やかな表情になるファイム。
「――――ッ!?」
だが、不意にその表情が大きく変わった。彼の視線の先にいるのは、眼鏡をかけ、長い髪を束ねた一人の女性。
その女性は振り返ると、ニコリ、と微笑んだ。
「妙なところでお会いしますね」
「あなたは……!」
驚くファイムに、ふふっ、とその女性は微笑を漏らす。
そこにいたのは、至高の侍。
――テンリュウ・シンドウ。
◇ ◇ ◇
ミッドチルダに存在する、墓地。その場所に、シグナムとアギトの姿があった。
「ゼスト殿。貴殿が好んでおられた酒をお持ちしました」
「味わってくれよ、旦那」
アギトがへへっ、と笑う。グラスに入れた酒を供え、花を供える。
今日は、休暇ということで二人はゼスト・グランガイツという、かつての戦いで命を落とした騎士の墓参りに来ていた。
「…………」
「…………」
二人は黙祷。そして、それを終えるとシグナムはその場を離れる。
「シグナム?」
「積もる話も、私がいてはしにくかろう。ゆっくりしていけ」
そう言って、シグナムはその場を離れた。アギトは、ありがとう、と呟き、ゼストの墓に向き直る。
「旦那。四年経って、色々あったよ。あたしもルーも元気にしてる。旦那に助けてもらった命で、生きてるよ」
知らず、アギトの目から涙が零れた。
「シグナムも、はやてさんも、よくしてくれてる。姉御もシャマルもザフィーラも、優しくて。リィンとは時々喧嘩するけど、仲良くしてくれて、ホントに感謝してる」
だから、とアギトは言った。
「だから、旦那は安心して見ててくれよ。話したいこと、いっぱいあったけど、取っとくよ。ずっと先、旦那と同じところに逝ってから、話すからさ」
――じゃあ。
そう言って、アギトが墓に背を向けた時。
カラン、と、グラスの氷が傾いた。その音に、アギトは確かに聞いた気がした。
――待ってるぞ。
そんな、不器用な男の声を。
「おう!!」
アギトは、泣きながら、笑っていた。
――そして、一方では。
「何故かな? お前のことを思い出す」
共に在ろうとはやてに言われ、本人もそれを望みながら、はやてのために天へと逝った友。
こんな場所に来たからだろうか。何故か、思い出す。
「いかんな。こんなことでは。お前との約束を果たせなくなる」
はやてを守ること。守り続けること。
騎士として。
何より、家族として。
友が唯一為せなかった、共に在り、見守るという行為を行うために。
「雨、か……」
ぽたりと、頬に触れた冷たい感触。
――成程、気が利いている。
空から見ているお前からのメッセージか?
泣いても、いいと。
「お前との思い出は、辛いものばかりだ。だが、お前がくれたこの名が、烈火の将という名こそが、それを耐える力をくれた」
名に負けぬ為に。
この名に恥じぬ、自分になろうと。
そうやって、耐えてきた。
他の騎士たちもだ。
お前のおかげで、主に出会えた。
あの、優しき主に。
――ツウッ。
シグナムの頬を、雫が伝う。だが、それが涙か雨かは、わからなかった。
「シグナム」
アギトが、こちらに来た。シグナムは、ふっ、と微笑む。
「旦那に報告してきたよ。あたしもルーも大丈夫だって。安心してくれって。見守っててくれって。それで、それで――」
「アギト」
努めて笑おうとするアギトに、シグナムは優しい言葉を紡いだ。
「この雨だ。泣いても誤魔化せる。何かが頬を伝っても、それは雨だ」
シグナムの、その言葉。
優しい詭弁。
アギトは、顔を俯ける。その頬を流れるものは、涙ではなく、雨。
真実も事実も、今はいらない。
ただ、想いのままに。
――友よ。
祝福の風よ。
案ずるな。
主はやてには、我らがいる。友がいる。想う人がいる。
笑っている。
だから、せめて。
今は、お前を想い、涙しよう。
◇ ◇ ◇
『物語は繰り返される
深き業の果て 欲の果て 仄暗い闇
世界は揺れ 世界を覆うは堕ちた夜
分かれ道は数多 移ろう時が全てを決める
星と月 天と風 雷と狂 炎と水 鉄と銃 夜と滅 拳と刃
澄の涙と蒼き決意 紅き意志と桃の願い
金色の炎 堕ちし時 世界は管理者に問いかける
古の伝説
猛き風が墜ちるとき
地上は業火に包まれる
地上の要 風の騎士
彼の者の答えが世界を決める』
紡がれたその予言を見、はやてたちは首を傾げる。わけがわからない。
わかるのは、これが決して良い予言ではないということだ。
そして――
「この、地上の要と風の騎士という記述が、おそらくララウェイ執務官を示しているのではないかと」
「でも、地上っていっても色々あるし……」
「考え過ぎだと良いのですが」
シャッハが頷く。何も言わないオットーを含め、三人では何も解読できなかった。
そうしてひとしきり考えた後、カリムはまとめるように言った。
「はやて、彼に伝えるかどうかの判断は、あなたに任せます」
「……了解や」
はやてが頷く。その時だった。
――ポツリ。
窓に、雨の雫が落ちたのは。
「……雨……」
呟く。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
「構えないのですか?」
「僕一人では、あなたを捕らえることなど不可能。あなたに戦う意志がないならば、手を出す理由はありません」
降り始めた雨の中、ファイムは言った。
「それに、ここで争えば、被害が出てしまう。一般の方々に被害を出してまで戦うのは、本末転倒ですから」
「道理ですね。私も、ここで争うのは避けたかったところです。……未来ある子供たちを巻き込むのは、本意ではありません」
テンリュウは微笑む。その様子からは、敵意も悪意も感じない。
やはり、とファイムは思った。
調べれば調べるほどに出てきた違和感。
この人は、敵意や悪意で戦っていない。
「あなたが戦う、理由はなんですか?」
「唐突ですね」
「……あなたは、誰も殺していない」
ピクリと、テンリュウの眉がはねた。ファイムは、尚も続ける。
「輸送船襲撃事件においても、地上本部襲撃事件においても、あなたは誰も殺さなかった。だから、聞かせてください。あなたの理由はなんですか?」
「殺さなかったのは、結果論です。お望みとあれば、この場で首を落として差し上げますが?」
テンリュウの目が細まる。ファイムは、嘘ですね、と言い切った。
「殺さないほうが、殺すよりも何倍も何倍も難しい。人は脆いのです。壊れやすく、死にやすい」
ファイム・ララウェイだからこそ、言い切れる。
殺してきたから。
そうやって、生きてきたから。
殺さずに生かす力を、もっていないから。
「僕には、あなたが悪には見えません。あなたは、もっと別の何かを目指そうとしているはずです」
言い放つファイム。テンリュウは、はぁ、と息を吐いた。
「あなたに何がわかるのです? 私の何が?」
「わかりません。わかるはずがない。だから、こうしているんです」
ファイムは、言う。
「人の気持ちはわからない。わからないから、想像するしかない。予想するしかない。信じるしかない。それでもわからなければ、聞くしかない。言葉にしなければ、何一つとして届かないから」
そのために、言葉があるはずだから。
「悪だなんて決められない。話してくれなければ、何もわからない。だから、あなたの口で、あなたの言葉で話して欲しい」
真摯な言葉。テンリュウは、少し、ほんの少しだけ、笑みを浮かべる。
「強い言葉です。私などには勿体無い程に。……あなたの言葉は、敵のものであるとはいえ、とても嬉しく思います。しかし、無理なのです」
テンリュウは、首を左右に振った。ファイムは、そんなことはない、とテンリュウの言葉を否定する。
「あなたが望むことに、協力できるかもしれない。話してくれなければ、その判断さえもできません」
「無理なのですよ。私の望みは、世界の理を、移ろう世界において唯一絶対のルールを覆すことなのです。私に協力すれば、それは管理局への、世界への反逆になります」
テンリュウは、だから、と言葉を紡いだ。
「あなたがそちらに在る以上、それは覆せぬ事実なのです。……もう、賽は投げられた。戻ることは許されません」
「でも」
「“If”の物語は好きですが、今それを行うのは不毛でしかありません。私とあなたは敵なのです。敵に情けを、優しさを向ける前に」
ふっ、と笑みを浮かべ、テンリュウはファイムに背を向ける。
「誰も失わぬよう、できることをすべきでしょう?」
テンリュウの姿が、霧のように霞んでいく。
「再び向き合う時は、全身全霊をもって」
――殺し合いましょう。
テンリュウは、そう言って。
姿を、消した。
「…………」
降りしきる雨の中、取り残されたファイムは、無言で先程までテンリュウがいた場所を見つめる。
――確証などない。
三年前、無限書庫にハッキングをしてまでとある次元世界を救おうとした人物がいた。
何者なのか、それは一切わからなかったが。
きっと、テンリュウなのではないかと、ファイムは思うのだ。
あの時捉えたデバイスの名も、『桜花』だったから。
「……誰も、闘争など望んでいないはずなのに」
ファイムは、呟いた。
それが詭弁であり、綺麗事であると、知りながら。
◇ ◇ ◇
少女は、怯えていた。
手を差し伸べてくれた二人は、管理局の魔導師だった。
――管理局は怖い。
敵だと聞いた。
だから、逃げた。
「ううっ……」
あの優しさも嘘だったのだと思うと、涙が出てくる。少女は、逃げるために走り続ける。
そうして、走っていると。
「おや。こんなところにいたのですね」
人にぶつかった。見上げると、そこには微笑を浮かべる女性がいる。
少女は、涙を浮かべながら、その女性にしがみついた。女性は、微笑を浮かべながら、少女を抱き締める。
「いけませんよ。勝手に待ち合わせ場所からいなくなっては。探してしまいました」
「……ごめんなさい」
「ふふっ、悪気があってのことではないのです。構いませんよ」
女性は頭を優しく撫でてくれる。少女は、テンリュウというこの女性が大好きだった。
優しくて、強くて、守ってくれる。側にいてくれる。それが、嬉しかった。
再会が、とても嬉しかったのだ。
「では、参りましょうか」
「…………(コクリ)」
少女は頷き、手を引かれながら歩き出す。その中で、テンリュウは、ああ、と思い出したように言葉を漏らした。
「おかえりなさい。アリア・シュヒテンダーク・オリヴェント」
紡がれたその名が、少女――アリアは嫌いだった。
その名前のせいで、ずっと、ずっと独りきりだったから。
けれど。
テンリュウが呼んでくれるのは、嬉しかった。
「あなたにも居場所が見つかれば良いのですがね……」
呟きは、アリアには届かなかった。
◇ ◇ ◇
「ねぇねぇ〜、ボス〜?」
「おん?」
「あと、宗主〜」
「どうした、我が同志よ?」
「えっとねー、管理局に補足されるかも? エヘ?」
「キモい」
「うわ、ボス酷いよ〜。泣いちゃうよ〜?」
「黙れ阿呆」
「酷い〜。女の子泣かせるの〜?」
「やかましいわ。貴様は男やろうが。……いや、男やんな?」
「…………」
「黙んな!! お前の回答次第ではわしの対応が変わるんや!!」
「うふふ〜どうでしょ〜♪」
「くっ、腹立つ……!!」
「まあ、それはどうでもいい」
「いや、わし的にはどうでもよくないんやけど」
「それで、補足されるまでの猶予は?」
「無視かい」
「明後日かな? あんまり時間がないね〜♪ キャハハ♪」
「貴様もか。というか楽しそうやなオイ」
「ふむ。ではどうするか。何かあるかね? 我らが頭目よ」
「ざーとらしくあらへんか? 創始者さん?」
「戦いの知識とカリスマをキミには期待している。策はあるかね?」
「ふむ。この艦が落とされんのは辛いから……せやな、どっかの次元世界で迎え討とか」
「勝算は?」
「丁度やろうとしとったこともあったし、いけるやろ。部隊なんてもんは頭ぁ叩きゃ機能が大幅に低下する。……地獄見せたるわ」
「頼もしい話だ」
「キャハハ♪ うわー、楽しみ〜♪」
「せや、楽しみやで」
「――八神はやてを、空から引きずり落とす」