魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

13 / 59
第十章〝偽りと真実〟

 

 メディカルルーム。『湖の騎士』シャマルを主とする、六課メンバーの体調管理をする場所。そこに、ファイムの姿があった。

 

「はい、おしまい。ファイムくん。一応は問題なしよ」

「ありがとうございます」

 

 ファイムは頭を下げる。決戦前にファイムは部隊長命令でメディカルチェックを受けていたのだ。

 それも終わり、ファイムは立ち上がる。そのファイムに、ただし、とシャマルが言葉を紡いだ。

 

「前にも言ったように、カートリッジシステムとフルドライブは制限を付けます。ブラスターシステムも、使用は1まで」

「はい。承知しています」

 

 はやてにも釘を刺されていることだ。

 ただ……守れるかどうかは別問題だが。

 

 部屋を出ようとするファイム。それとほぼ同時に、館内に警報が鳴り響いた。

 

『敵艦船発見!! 総員配置についてください!!』

 

 まるで見計らったようなタイミング。ファイムは、ふぅ、と息を吐く。

 これから始まるのは、次元世界でも最高峰の魔導師戦闘。

 自分のような小物は、本来なら参加を許されない。

 ――だが。

 それでも。

 やれることは、あるはずだから。

 

「リンネ、付き合ってくれる?」

 

 覚悟を秘めた、その言葉。

 

 いつだって――そうだった。

 いつだって、命を懸けてきた。

 

 死にたいわけではない。

 生きたいとさえ思う。

 

 だが、それでも。

 ここまできたから。

 来て、しまったから。

 もう……戻れない。

 戻れやしない。

 

《あなたとならば、どこまでも》

 

 愛機が、応じてくれる。

 ファイムは微笑み、歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 次元航行艦『アンチテーゼ』。定めに反するという名をもつこの艦のブリッジに、『管理局の裏切り者』であるホムラ・イルハートがいた。

 彼は手で待機状態の自身のデバイスを弄びながら、艦の操舵手を兼任するグリス・エリカランに問いかける。

 

「グリス。もう敵さんは気付いとるか?」

「多分ね~。補足は終わってると思うよん? 今は多分あれでしょ。タイミング計ってるんじゃない? キャハハ♪」

「なるほど。そーゆーことやったら丁度ええ。こっちからタイミングをくれたろか」

 

 ――直後、視界が開けた。

 第32管理世界『ソルトルージュ』。銀色の月と赤い月。二つの月を持つ世界だ。

 人口も多く、発展した世界。

 何故、わさわざここに来たかというと。

 

「管理局はご大層にも『全て』を守ってくださるらしいからなぁ。ここなら自然と力を抑えにゃならんやろ」

「キャハハ♪ 鬼だねぇ鬼畜だねぇ?」

「打てる手は全て打つのが指揮官や。……さて、ほんならグリス。こっからは作戦通りにいく。不測の事態が起こった時は任せるで。一応わしらも手ェ打つつもりやけど」

「任されました~♪ キャハハ♪ でもあれだよねぇ? ボスってば結構キツいことするよねぇ?」

 

 グリスは言う。ホムラは、はっ、と息を吐いた。

 

「どんな聖人君子でも、醜い部分はあるもんや。わしはそれを衝いた……いや、衝こうとしとるだけ。耐えられるんやったらそれは上等。無理やというのなら所詮そこまで。そんだけや」

 

 ホムラが言い切った、その直後。

 轟音と共に、『アンチテーゼ』が大きく揺れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「砲撃隊は弾幕を途切らしたらアカンよ!! 突撃部隊!! 準備は!?」

『こちらライトニング1。ライトニング分隊及びスターズ3、4は突撃準備完了しています』

 

 次元航行艦『ヴォルフラム』の上に立ち、自らも弾幕を張りながら指示を出すはやてに、通信でフェイトが応じる。はやては頷いた。

 

「了解や! ファイムくん!」

「イエッサー、『ボルケーノ・モード・バーストカノン』セット」

 

 ファイムが構えていたガトリング砲のようなフォルムをした武器が、形を変える。

 ガトリングの砲身が巨大な大砲に変化。更に、一瞬で数十発分の弾丸を――否、カートリッジをロードする。

 

「バースト・フレア……ファイア!!」

 

 放たれたのは、圧倒的な威力を誇る砲撃。その熱線は魔力を纏いながら敵艦船『アンチテーゼ』に直撃。突入の穴を開けた。

 ガギン、という音と共に熱くなったヒューズを交換。だが、その瞬間にリンネから連絡が入る。

 

《砲身温度、限界値到達。冷却を開始します》

「お願い。……やっぱり試作品。限界が早い」

 

 ファイム・ララウェイ執務官が今回の戦闘に持ち込んだ――いや、持ち込まさせられたのは、『ボルケーノ』と名付けられた管理局の新兵器だ。

 近年、犯罪の傾向が変化してきており、AMFを始めとする魔導に対する兵器というものが増えてきた。それを克服するためという名目で、本心では『地上の魔導師のために』地上本部の技術部が開発したのがこの『ボルケーノ』である。

 弾丸には実弾ではなくカートリッジを使用。更に従来のカートリッジよりも大型にすることで、使用者の魔力消費を限界まで減らすことに成功した。

 形状は二種類あり、ガトリング時の弾丸は連射性においてAA-ランク魔導師に匹敵、威力にしてAAランク魔導師のシューターに匹敵し、大砲時の砲撃の威力はAAAランク魔導師に匹敵する。使用者の魔力使用がほとんどない現実でこの威力は、正直圧倒的である。

 しかし、その代償として暴発を防ぐためには最低でもAAランク以上の魔力操作技能が要求されることとなった上、弾丸こそ魔力で構成されているが、これは魔法ではないという意見もあり、管理局では未だに普及するか否かの結論は出ていない。

 そんな、ある意味魔法であり質量兵器である『ボルケーノ』を構えながら、ファイムは思う。

 

(管理局は、変わらないといけない)

 

 永遠などないから。

 みんな変わっていく。変わらなければならないから。

 そうしなければ、移り行く世界に取り残されてしまうから。

 ――だけど。

 それでも管理局が管理局であるためには、変わってはならない。魔導という力のみで、平和を築いていかなければならない。

 こんな自分が言えた義理では、ないけれど。

 

『突入部隊、敵艦に突入!! 制圧開始します!!』

 

 移り行く状況を告げる声が、意識を引き戻した。ファイムのすぐ後ろで、はやてが声を上げる。

 

「よし!! 前線指揮はライトニング1に任すよ!! わたしたちはこのまま、砲撃を続ける!!」

「「「はい!!」」」

 

 ファイム、なのは、ヴィータの三人が応じる。今回、この三人は突撃部隊の援護として砲撃を行っている。

 ギレン・リーによれば、敵勢力の人数は九人。

 ホムラ・イルハート。

 テンリュウ・シンドウ。

 エリア・カリア。

 ギレン・リー。

 グリス・エリカラン。

 そして、名前がわからない少年と、おそらくはいるであろうとされているリヴァイアス・バルトマカリ。

 わかっているだけで今のところ七人。あと二人、不確定要素があるが、そもそもどこまで信用できるかわからない。結局、手探りでねじ伏せるしかないのだ。

 そして、ファイムが一度ボルケーノの砲身冷却のために砲撃を止めた瞬間。

 

「守りが三人とは。少々、役者不足ではありませんか?」

 

 ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。反射的にファイムは振り向く。それと同時に。

 

「こちらに構う暇がないとでも思われましたか? なめられたものです」

「――――ッ!?」

 

 轟音。はやての腹部に、深々とテンリュウの拳が突き刺さっていた。遅れて、パキィン、という障壁が砕ける音が響く。

 

「あ゛っ……かはっ……!?」

「はやてさん!!」

「はやてちゃん!!」

 

 ファイムとなのはが同時に叫ぶ。直後、ファイムの隣から何かが跳ねた。

 

「テメェ!!」

「怒りは判断を鈍らせますよ。紅き騎士」

 

 振り下ろされたグラーフアイゼンに、テンリュウは一切の躊躇いもなく拳を振り抜く。

 轟音。衝撃が風となり、周囲を揺らす。

 ――パキン。

 亀裂。そして、グラーフアイゼンが砕け散る。

 

「アイゼン!?」

「重い一撃です。見事」

 

 グラーフアイゼンを迎え討った右拳から血を滴らせながら、テンリュウは言う。そして。

 

「長居は無用。早々に仕事を済ませましょうか」

 

 キィン、という音と共に魔法陣が展開され、はやての体が光に包まれる。はやてはダメージで動けず、倒れ込んでいる。

 

「マズい!!」

 

 ファイムはボルケーノを投げ捨て、はやての下へと走り寄る。そして。

 

「……転送」

 

 ファイム・ララウェイと八神はやては、消えた。

 テンリュウはそれを見届けてから、なのはの方に向き直る。

 

「私に与えられた任務は、これで半分が終了。もう半分を遂行させて頂きましょうか」

「二人を、どこへ?」

 

 レイジングハートを構えながら、なのはが問いかける。テンリュウは、ご安心を、と言葉を紡いだ。

 

「あの二人は頭目の下へと招待しました。予定では八神はやて殿のみでしたが、まあ良いでしょう」

 

 セットアップ、とテンリュウが呟き、テンリュウの体が光に包まれる。

 現れたのは、袴を纏う侍の姿。

 

「……『高町なのはの敗北は、管理局の敗北』。そう謳われているそうですね?」

「……そんなことはないよ。私は、ただ救いたいだけ。助けたいだけ」

「成程」

「だから――」

 

 なのはは、レイジングハートを構えた。

 

「聞かせて? あなたがどうして、こんなことをするのか。ううん、あなただけじゃない。あなたたちがどうして戦うのか、私に教えて」

 

 テンリュウは面食らったような顔を……一瞬、本当に一瞬だけ見せると、ふっ、と微笑んだ。

 

「彼と同じことを言うのですね」

「えっ?」

「なんにせよ」

 

 血桜を召喚し、構えながらテンリュウは言う。

 

「ここは戦場。ルールは一つ。勝者が正義。違いますか? 『エース・オブ・エース』高町なのは殿」

「……わかった」

 

 なのはは一度俯くと、顔を上げる。

 

「だけど。私が勝ったら、お話聞かせてもらうから!!」

「ご随意に。では。テンリュウ・シンドウ」

 

 二人から、魔力が噴き出す。

 

「全力!! 全開!!」

「――推して参る」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『アンチテーゼ』内部。外見から想像していたよりも広い内部を、フェイトたちは走っていた。今はフェイト、エリオ、キャロの三人と、シグナム、スバル、ティアナの二手に分かれて進んでいる状態だ。

 順調に思える作戦。その最中にマルチ通信で入ってきた情報に、フェイトとシグナムが表情を変える。

 

「はやてとファイムが!?」

『どういうことだ!?』

 

 フェイトとシグナムが、通信を開いてきたヴィータに怒鳴るように問いかける。ヴィータは、ああ、と頷いた。

 

『二人は転移させられて、おそらくだがホムラ・イルハートんとこに飛ばされたみてぇだ。なのははテンリュウ・シンドウとやり合ってる。どうする?』

「…………」

 

 フェイトが考え込む。指揮官がいない今、下手には動けない。しかし既に作戦は始まっており、今更止めることはできない。

 どうするか――そう考えた時。

 

『悩む必要はない。元々我らはこの艦を制圧しにきたのだ。主はやてとララウェイの救出は、その過程で行えばいい』

「シグナム、しかし……」

『どの道、進まねば主はやてたちを救うことさえできんのだ。案ずるなテスタロッサ。主はやてもララウェイも強者だ。簡単には墜ちん』

 

 そう、その通りだ。フェイトは、そうですね、と頷く。

 

「エリオ、キャロ。作戦は続行。このまま艦を制圧する。その過程で可能なら、はやてとファイムを救出するよ」

「「はい!!」」

『こちらもだ。そしてヴィータ。お前は『ヴォルフラム』を守れ。いいな?』

『『はい!!』』

『おうよ!!』

 

 そうして、それぞれが己の動きについて確認した瞬間。

 

 ――パン、パン。

 

 乾いた音が響いた。見れば、道の先に見覚えのある男と少年が立っている。フェイトはバルディッシュを構えながら、見覚えのあるその男の名を呼ぶ。

 

「ギレン・リー……!」

「ほぉ? 光栄だな『雷光の死神』」

「キミは……!」

「あの時の……!」

「ウィル・ガーデンズだ。覚えなくていいぜ。どうせ死ぬ」

 

 ギレンは巨大な銃を構え、ウィルは地上本部襲撃の時とは違い、鈍色の騎士甲冑を纏っている。その手に握られているのは、十手槍。

 ――説得は、無意味。

 そうわかっていても、フェイトは言葉を紡ぐ。

 

「武器を捨て、投降するんだ。今ならまだ……」

「はっ!! 間に合うわけねぇだろうが!!」

 

 ガチャン、という音と共にカートリッジがロードされる。

 それが、開戦の合図だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「シグナム」

 

 アギトとユニゾンし、綺麗な炎を纏ったシグナムは、そう名乗った。相手は頷き、二本の剣を構える。左右それぞれ赤と青の柄を持つ、両刃の剣だ。

 

「エリア・カリア。仕えるべき主がため、貴様たちを斬り伏せる」

「貴様の主が誰かは知らん。だが、間違っているということだけはわかる。主が過つ時、それを正すのも騎士の務めではないのか?」

 

 エリアは、剣を構えながら、否、と応じた。

 

「貴様らの物差しで世界を語るな。貴様に主の何がわかる? 我が騎士の誇りは唯一つ。あの方と共に在り続けること。例えそれが破滅の道であろうとも。貴様こそ、そうではないのか?」

 

 エリアは言う。貴様の騎士の誇りは違うのかと。

 シグナムは、ふっ、と微笑を漏らした。

 

「騎士の誇りなど捨てた。私が戦うのは、家族のためだ」

『シグナム……』

 

 アギトがシグナムを呼ぶ。エリアは、ふっ、と笑った。

 

「我々は互いに相容れぬ想いを抱いている。ならば取るべき道は一つしかない。違うか、烈火の将」

「違わぬな。参るぞ、『蒼き騎士』」

「その名で呼ばれるのはいつ以来か……。いいだろう。古代より我ら騎士は強くなったのか、否か」

 

 古代ベルカから、近代ベルカへ。

 騎士は、強くなったのか。

 弱く、なったのか。

 その答えが一つ、ここでわかる。

 エリアの身体が――蒼い光に包まれていく。

 

「確かめさせてもらうぞ、古代ベルカの騎士よ」

「……来い」

「参る!!」

 

 騎士の戦いが、始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………」

 

 嫌な汗が全身から噴き出しているのを感じる。後ろにいる相棒も、きっと同じことを感じているはずだ。

 スバルは、改めて目の前にいる敵を見た。

 おそらく、男だ。体つきは男のそれなので、きっと間違いはない。こうも感覚が曖昧なのは、顔を隠しているからだ。

 白い仮面。僅かに彩りが加えられたそれは、男が全身に纏う灰色の服とは相容れない異質さを感じさせている。

 手に持った武器はない。グローブに金属板が取り付けられているところをみると、自分と同じ格闘型だろう。

 ――だが、そんなことより。

 この男が纏う雰囲気が、ただただ、異質だった。

 

(何なの、この人……?)

 

 目の前に、こうして立っているのに。

 まるで、生きていないかのような。

 そんな――印象を。

 

「…………」

 

 不意に、男が動いた。反射的に、スバルも構える。

 始まりは、そんなものだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ミッドチルダ首都、クラナガン。

 次元世界の中心とでも呼ぶべきその場所で、リューイ・エンドブロムは自身の上司であるギンガと共に横転したトラックを眺めていた。その表情は、どことなく面白くなさそうだ。

 

「ギンガさん」

「どうしたの?」

「いや、ファイムたちがヤバい戦いしてるってのに、俺たちこんなことしてていいんスかね?」

 

 ファイムたちが作戦行動に入ったことは、ついさっき通信で聞いた。それなのに、こんなことをしていていいのかと思う。

 ギンガは、うん、と頷いた。

 

「私もそう思うけど、こっちも無視できないのよ。このトラックが運んでいたものが、少し問題で」

「密輸品スか?」

「ええ。……しかもロストロギアなのよ」

「うわぉ」

 

 リューイは口笛を吹く。だから、とギンガは言葉を紡いだ。

 

「これはもしかしたら事故じゃなくて、ロストロギア絡みの事件かもしれないの」

「……なーるほど。んじゃ、調査しますか」

 

 うん、と背伸びをしながら言うリューイ。そのリューイに、ギンガが言葉を紡いだ。

 

「ちょっと待ってリューイくん。頼りになる助っ人が来るから」

「助っ人ッスか? 一体――」

「リューイっ!! 久し振りッス!!」

「どわっ!?」

 

 誰ですか、と問う前に、答えが飛びついてきた。リューイはいきなり背後から抱きつかれ、抱きついてきた人物ごと床に倒れ込む。

 リューイはうつ伏せに倒れた状態で、背中に乗る襲撃者に言葉を紡いだ。

 

「よぉ……ウェンディ。元気にしてたか? あと重い」

「失敬な! こう見えて体重減らしたんスよ!?」

「元気みたいだな。てか、『こう見えて』って言ってる時点で自覚してんじゃ……あだだ!? やめろ! 背中をつねんな!」

「知らないッス」

 

 ふん、とウェンディはそっぽを向くと、リューイから離れた。しかし、背を向けたその姿からは構って欲しいオーラが迸っている。リューイはやれやれと肩を竦めた。

 

「ウェンディ。悪かったって。久し振りだったから調子に乗っちまった」

「…………」

「今度甘いもんでも奢ってやるから、機嫌直してくれよ」

「……なら、サンズハーツのケーキがいいッス」

 

 出てきた名前に、うっ、とリューイは一瞬だけ言葉に詰まる。その店は、クラナガンでも有名な高級ケーキを取り扱っている店だった。

 リューイは一瞬考えた後、わかったよ、と頷く。

 

「仕事終わりにでも買ってやるから、機嫌直せ」

「ホントッスか?」

「嘘吐いてどうすんだよ」

 

 リューイは肩を竦める。ウェンディは、再びリューイに抱きついた。

 

「大好きッスよリューイ!!」

「ええい、くっつくな。仕事中だっての」

 

 ぐいぐいと引き離そうとするが、流石は戦闘機人。その力は普通ではない。

 無駄なことに力を使ってんじゃねぇ、と、リューイが言葉を紡いだ時。

 

 ――チリッ。

 

 感じたのは、違和感。

 振り向いたのは、偶然。だが、その偶然に感謝することになる。

 

 ……影。

 佇むのは、全身を黒き甲冑で包んだ男。唯一鎧に覆われていない顔は、薄い笑みを浮かべている。

 

「戦場でじゃれ合うとは、余裕だな。鼠でも危機には気付き逃走するぞ?」

「誰だテメェ?」

 

 リューイは優しくウェンディを遠ざけながら、問いかける。男は笑った。

 

「我は代行者。破壊者。断罪の執行人。貴様等に救いを与えるため、その首を貰い受ける」

「勝手な台詞だな」

 

 リューイは吐き捨てる。男は笑みを崩さない。

 

「我は代理人。故に引き金を引く。安全装置を外す。照準も合わせる。返り血も浴びる。だがそこに、我が意志は介在しない。……我が意志を向けて欲しくば、力を見せてみるがいい、小僧」

 

 男が、一振りの斧を形成。その刃を、リューイに向ける。

 

「安心するがいい。今宵の俺は機嫌がいいのでな。一撃必殺。見敵必殺。苦しむ間もなく送ってやろう」

「……ブラッディハウンド、セットアップ」

 

 リューイは呟く。同時にリューイの体が光に包まれ、彼を守る武具が姿を現す。

 その手に携えるのは、幅広の大剣。長さはリューイの高い身長に僅かに届かない程の長さで、普通の者なら振り回すことさえできないだろう。

 そしてその身を包むのは、紅蓮の鮮やかな彩りで飾られた騎士甲冑。最早レアスキルと同等レベルで稀少な存在である真正ベルカの騎士が、顕現する。

 

「やれるもんならやってみろよ。何が来ようと己の信ずる武器を以てねじ伏せる。それこそがベルカの騎士と、俺は教わった」

「ほう……ほうほうほう!! 素晴らしい……実に素晴らしいぞ小僧!!」

 

 男は、高々と笑い出す。

 

「『地上本部のエース』が不在と聞き、ギンガ・ナカジマ三等陸尉を引き出すのが精々と思っていたが!! いるではないか!! なあ小僧!? 面白い!! 実に面白いぞ!! 頼むぞ小僧!? その姿!! 立ち振る舞い!! それが偽りなどと申すなよ!?」

「はっ、見かけ倒しかどうか、テメェで判断しな」

 

 言いながら、リューイはIS―インヒュレート・スキルを起動しようとしていたウェンディと、同じくブリッツキャリバーを起動しようとしていたギンガを見る。そして。

 

「ここは俺に任せてください。二人は周辺の安全確保を」

「リューイ!? 何を言ってるッスか!?」

「相手は推定でオーバーSランクよ? 一人で相手をするのはいくらなんでも無茶だわ」

「聞いてください」

 

 油断なく男を見据えながら、リューイは言った。

 

「ただでさえ事故で野次馬が集まってきてたのに、あいつが現れてそれに拍車がかかってしまいました。このままじゃ、巻き込んじまう」

 

 それだけは、避けるべきこと。

 関係のない者たちを、巻き込むことだけは。

 ウェンディが、でも、と言葉を紡ごうとする。だが、その前にリューイが遮るように言葉を紡いだ。

 

「別にずっとってわけじゃねぇよウェンディ。避難が終わりゃ加勢してくれ。ミリアム連れてきてくれりゃ、尚ありがてぇ」

 

 リューイとて馬鹿ではなく、この四年でそれなりに危険な現場というものを潜り抜けてきている。その拙い勘でもこの男がヤバい相手とわかるのだ。一人で無理するつもりはない。

 ただ――

 

「……わかったッス。いいッスね? 無理はしちゃダメッスよ?」

「わかってる。……頼んだ」

「了解ッス!!」

 

 ウェンディが頷くと、ギンガも了解の言葉を紡ぎ、二人は走り出した。それを見送ってから、男が言葉を紡ぐ。

 

「小僧、中々紳士ではないか。女子供を戦場から遠ざけるとは。実に見上げた精神だ」

「別に。あの二人じゃなきゃこんなことしねぇよ。男女平等だ。特に魔導師に性別なんざ関係ねぇしな」

 

 ガチャリ、という音を響かせながら、リューイはブラッディバウンドを握り直す。ほう、と男が眉を吊り上げた。

 

「なんだ、どちらかは貴様の伴侶か?」

「そんなんじゃねぇ。ただの恩人だ」

《Load cartridge》

 

 ガシャン、という音と共にカートリッジをロード。リューイの魔力変換資質により、刀身が炎に包まれる。

 美しい、金色の炎。これがリューイが持つ才能、『炎熱』の変換資質。

 

「俺みてぇなどうしようもねぇ奴に笑顔を向けてくれんだ。守りてぇって、そう考えんのは当たり前だろうが!!」

「……成程、気迫は十分。しかしそこに実力は伴うか?」

 

 男は斧を――汎用性を無視し、ただただ敵をねじ伏せることのみを追求した戦斧を構えながら、言い放つ。

 

「祈りはすませたか? 小便は? 懺悔は? 頭を垂れ、許しを乞う覚悟は? 我が名はリヴァイアス・バルトマカリ。留めたか? 覚えたか? ならば――抱えて死ね!!」

 

 ドンッ、という轟音と共に、リヴァイアスが地面を蹴り飛ばす。

 

「我が刃を見切れるか!?」

 

 響く轟音。リューイは正面からリヴァイアスの一撃を受けてみせた。そのまま軋みを挙げる両腕を強引に捻じ伏せる。

 

「テメェこそ、ついてきやがれ!!」

 

 ガウン、という音と共にブラッディハウンドが薙ぎ払われ、リヴァイアスが後退。そこへ向けて、リューイの魔法が放たれる。

 

「ブレイズカノン!!」

《Blaze cannon》

 

 放たれた熱線が、リヴァイアスを狙い撃つ。

 直撃。リヴァイアスが爆発に巻き込まれる。だが。

 

「――――ッ!!」

 

 直後、リューイの背後から死の刃が迫り来る。リューイはそれを受け止め、刃を返し、弾くようにリヴァイアスを吹き飛ばす。

 リヴァイアスは押し流され、床を削りながら勢いを止める。

 その男はその結果に一度俯き。

 そして――笑った。

 

「面白い。実に面白いぞ。いと高き銀月の従順たる刃、リヴァイアス・バルトマカリ。我は――否、俺様は貴様を敵と認識する」

 

 リヴァイアスから放たれていた魔力の圧力が、増していく。

 

「貴様を障害と、俺様は定めよう。さあ名乗るがいい小僧。敵と定めた者の名を刻むは俺様の流儀だ」

「……リューイ・エンドブロム」

「認識した。認識したぞ小僧、否、リューイよ。楽しいぞ楽しいぞ楽しいぞ楽しいぞ楽しいぞ!! 今宵は良い月が拝める!! いと高き銀月の恩寵を!! 愚者には地獄を!! さあ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ!! 武器を取り血を撒き散らせ!!」

 

 リヴァイアスが、リューイを見据える。

 

「豚のような悲鳴を上げろ!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………ッ、はやてさん!! しっかりしてください、はやてさん!!」

 

 必死の形相で、ファイムは目を閉じ、浅い呼吸を繰り返すはやてに呼びかける。だが、反応はない。

 

「無駄や無駄。しばらくは目を覚まさんよ」

 

 そんなファイムに、声が届いた。顔を上げると、そこにいたのは一人の魔導師。

 ホムラ・イルハート。

 管理局最大の――反逆者。

 ホムラは広い空間の中程まで歩いてくると、壁際にいるファイムに言葉を紡いだ。

 

「嬢ちゃんはしばらく目を覚まさんよ。覚ますわけがない」

「はやてさんに何をした!!」

 

 ファイムが吠える。ホムラは、ははっ、と笑った。

 

「もっと冷静な……というより冷酷な奴かと思っとったが。なんや、意外に熱いやないか。それともあれか? その嬢ちゃんが特別なんかな?」

「…………」

 

 ファイムはホムラを見据える。ホムラは肩を竦めた。

 

「別に殺す気はあらへんよ。けど、せやな、殺しといたほうがええんかな?……今後のために」

「――――!!」

 

 乾いた音が響いた。ホムラの障壁に、ファイムの拳が突き刺さった音だ。

 柔らかな感触。普通の障壁とは違うその感触は、拳の威力を吸収された証。

 ファイムは、ギリッ、と歯を食いしばる。ホムラは、はははっ、と笑った。

 

「成程成程……そこが境界線か。嬢ちゃんの存在が、自分にとっての境界線と。ははっ、わかりやすいなぁ」

「…………ッ!!」

 

 ファイムはホムラから飛び退くように離れ、拳を握る。そして。

 

「フルドライブ!! モード・フェザーナイツ!!」

《Full drive,mode Feather knights》

 

 届かぬことは承知の上。それでもファイムは、拳を握る。

 その背に背負うは、守りたい、大切な人。

 守るために必要ならば、未来さえも投げ捨てる。

 

「ここまで来ると、健気通り越して哀れやな。わかっとるんやろ? 自分の拳は、わしには届かへん」

「だとしても!!」

《load cartridge》

 

 吐き出される薬莢は、六つ。一度に使える、限界量。

 更に。

 

「ブラスターシステム起動!!」

《Yes,get set》

「ブラスター1!! リミットリリース!!」

 

 今のファイム・ララウェイが耐えられる、限界の一撃。

 これ以上……いや、すでに、体は悲鳴を上げている。だが、ファイムは止まらない。

 

 ――ここで、終わらせる!!

 

 薄々結果には感づいていた。しかし、ファイムはそれでも、止まらない。

 守るために。

 貫き通すために。

 自らの想いを貫くためには、自分を捨てねばならないから。

 

「あああっ!! バースト!!」

《Burst Storm》

「ストームッ!!」

 

 放たれたのは、翡翠の暴風。荒れ狂うそれは、人など簡単に砕いてあまりある威力を誇る。突き抜ければ、壁など容易に吹き飛ばすはずだった。

 しかし。

 

「温いなぁ」

《Protection, multi mode》

 

 ウォン、という音と共に、空中にいくつものミッド式魔法陣が展開される。そして次の瞬間、そこから障壁が展開され、まるでファイムを囲むように壁で形作られたドームが出来上がる。

 

 ――翡翠の光が、潰える。

 

 ファイムの魔法は、真っ正面から、否、真上から強引にねじ伏せられた。

 どれほどの、力の差か。

 

「今のはちょいとヤバかったで」

 

 パキィィィン……という澄んだ音と共に、障壁がすべて消え去る。まるで新雪が舞い降りるかのように、銀色の魔力が空から舞い落ちる。

 たが、その魔力はすぐさまホムラの下へと収束した。

 

「フレア・ザ・フレア。クロフ・ザ・クロフ。お返しや。吹き飛べ」

《Moon Light Breaker》

 

 収束砲が、ファイムに向けられる。マズい、ファイムがそう感じ、避けようとした瞬間、ファイムは気付く。

 ――避ければ、無防備なはやてに当たる。

 

「…………ッ!?」

 

 歯を食いしばり、ファイムは後退。同時に、ホムラの魔法が臨界点を迎える。

 銀色の光が、ファイムの視界を覆い隠した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 バシュッ、と排気管より蒸気を吐き出す愛機を握りながら、ホムラは煙の中心を見た。そして彼は、笑みを浮かべる。

 

「ほぉ。AMFか。やるやないか」

「…………」

 

 八神はやては無傷。しかし、ファイム・ララウェイは満身創痍だった。

 おそらく、AMFで威力を相殺しつつ、文字通り体当たりで八神はやてを庇ったのだろう。それでも八神はやてに被害がないのは奇跡だが、その代償も大きすぎる。

 非殺傷設定でなければ、腕の一本くらいは吹き飛んでいただろう。

 手加減して尚、ホムラ・イルハートとファイム・ララウェイにはそれだけの差があるのだから。

 

「さて、もう一度言わせてもらうで。自分の拳は、わしには届かん。精神論でも、根性論でもあらへん。ただ単なる事実として、自分はわしには届かない」

 

 そもそも、わかっていたはずのことだ。

『たかが』A+ランク程度の魔導師が無理を重ねたところで、『エース・オブ・エース』に届くはずがない。

 例え命を諦めようと。

 それでも届かぬ高みだからこその『エース・オブ・エース』なのだから。

 ――しかし、ファイムはそれでも諦めない。

 ホムラは、茶化すわけではなく心の底からの疑問をファイムにぶつけた。

 

「自分は状況が読めんほど阿呆やないはずや。何故、まだそんな目をしとる?」

 

『不屈の魂を持つエース・オブ・エース』でもないくせに、と、ホムラは言った。

 ファイムは、口から溢れる血を吐き捨て、言葉を紡ぐ。

 

「意地」

 

 言葉にすればそれだけで。

 しかし何より大切な、その言葉を。

 

「才能がないのは理解してる。力が足りないのも理解してる。届かないのも理解してる。不可能は可能にならないと気付いてる。……でも、諦めたくない」

 

 ファイムは、床に手を突きながら、立とうとする。

 あまりにも無様なその姿を、しかし、ホムラは笑えなかった。

 

「才能とか。実力とか。不可能とか。限界とか!! そんなもので!! その程度のもので!! 諦められるわけがない!! 僕はここにいるんだ!! 何かが変わるかもしれない!! 変えられるかもしれないんだ!!」

 

 ファイムは身体に力が入らず、一度床に倒れる。だが、その目が死ぬことはない。

 再び起き上がろうとする姿は、果てしなく無様で、みっともない。

 ――しかし、ホムラはそう感じなかった。

 

「才能も実力も届かないなら!! 残ってるのは意地だけだ!! それだけが!! あなたたち『天才』に立ち向かえる唯一のものだ!! 誇れるものだ!!」

 

 力がないから。

 どれだけ努力しようと、届かないことを知っているから。

 だからこそ、心だけは屈しない。

 それしか……残っていないのだから。

 

「ここで屈してしまったら!! 僕には何も残らない!! 拳も握れる!! 足も動く!! 五体がある!! ならばまだ、やれることはあるはずだから!!」

 

 ホムラは、一瞬。

 ほんの一瞬だけ、気圧された。

 

 だがすぐに、それを誤魔化すように吐き捨てる。

 

「意地も度が過ぎたら見苦しいだけや」

「見苦しくていい。それに……」

 

 ファイムの視線が、一度だけ後ろへ流れた。

 彼の視線の先にいるのは、八神はやて。

 

「大切な人の前で意地を張らなくて、どこで張るっていうんだ」

「見てへんのにか?」

「関係ない」

 

 ファイムは言い切った。さよか、とホムラは息を吐く。

 

「せやけど、力が無ければどんな言葉も虚しいだけやぞ。どんな言葉も、力が無ければ届かない」

《Inocent Buster》

 

 白銀の光が、ファイムを飲み込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 世界最強の魔導師は誰なのか?

 おそらく、誰であっても一度は抱く疑問であろう。そして同時に、解がわからぬ問いでもある。

 ――しかし、今。

 この『ソルトルージュ』において、その答えが出ようとしていた。

 

「どうしたのです? 管理局の『エース・オブ・エース』殿。あなたの力は、この程度ではないはずです」

 

 最強の一人、テンリュウが、同じく最強を謳われる英雄、高町なのはに問う。

 

「いと高き銀月と紅月が浮かぶ空。その全てが我らの戦場。この広い世界で我らは争い、敵を制圧する。その覚悟がないのなら、時間の無駄です。立ち去りなさい」

「……違うよ」

 

 なのはは、テンリュウの台詞を否定する。

 

「私の魔法は、あなたを倒すためのものじゃない。言葉では届かない想いを届ける力。悲しい今を撃ち抜く力。泣いてる誰かを、助ける力!!」

 

 キィン、と魔法陣がなのはの足元に展開される。テンリュウは、何を、と言った。

 

「今この場のどこに、泣いている者がいるのです。私はあなたに刃を向け、純粋な殺気を向けている。泣いている者など、いないではありませんか」

「嘘!! あなたは嘘を吐いてる!!」

 

 なのははレイジングハートを構えながら、テンリュウの言葉を否定した。

 

「そんな悲しそうな顔で戦う人が、殺意なんてもってるはずがない!!」

「…………ッ!?」

 

 テンリュウの表情が、僅かに歪む。

 そしてその表情を宿したまま、テンリュウは言葉を紡いだ。

 

「ならば……ならばどうするというのです!? あなたと私は敵同士!! こうして向き合ったならば、殺し合うのが戦場の掟!! あなたも私も譲れないものがあるならば、妥協点など見つけようがない!!」

「妥協なんて、しなくていい。譲れないものがあるなら、ぶつかり合うのも仕方がないかもしれない。だけど、何もわからないままぶつかり合いたくない!! だから教えて!! あなたの理由を!!」

「くどい!! 私はもう後戻りなどできません!! ならば!! 最後まで突き進むのみ!!」

 

 テンリュウも魔法陣を展開。二人から魔力が吹き荒れる。

 

「ブラスター1!! リミットリリース!!――全力!! 全開!!」

《Strike Stars》

「夢想演舞!!」

《Limit release》

 

 空で、光が瞬いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……意地だけなら、最早凄い通り越して異常やな自分」

 

 紡がれた言葉に対して、返事はできなかった。もう、しゃがんだ状態から立つこともできない。

 しかしファイムは、ホムラを睨んでいる。心は――折れていない。

 

「確か、自分は『管理局が正義であるために』使われてきたんやんな?」

 

 不意に、ホムラがそんなことを言い出した。ファイムは疑問符を浮かべながら、ホムラの言葉を聞く。

 

「せやけど、それって矛盾しとるよな。だってそうやろ? 正義のために、って、始めから管理局が正義なら自分は必要なかったはずやもんな?」

 

 それは、核心。

 ファイムがずっと、抱え、封じ込めていた管理局の矛盾。

 ファイム・ララウェイという存在こそが、矛盾だという事実。

 

「管理局……名は体を表すゆうけど、ここまで的確な名前は中々あらへんなぁ。まあ、ゆーても管理局の言う『管理』は『支配』と同義やけどな」

 

 ホムラは、吐き捨てるように言葉を紡いでいく。

 

「質量兵器を禁じてんのも、平和を謳って次元世界に介入すんのも。全部支配のためや。くだらん」

「違う……管理局は……ッ!!」

「何が違う? 大体、誰が頼んだんや。『次元世界を管理してくれ』なんて。誰も頼んでへんやないか。押し付けがましいんや。好き勝手やっといて、『平和』なんざ謳いよって」

 

 ――虫唾が走るわ。

 ホムラは、吐き捨てた。

 

 だって、彼は。

 そんな管理局に、妹を奪われたのだから。

 

「平和だのなんだのと綺麗事ばかり並べ立てて、実際はどうや? 年がら年中上層部は利権争いに終始して。果てには局員が戦死したことを無駄とまで言う始末。偽善もここに極まれりや。違うか?」

 

 ホムラの言葉には、憎悪が込められている。

 怒りと、憎しみと、諦めと。

 ファイムは言葉の端々にそれを感じながら、それでも、彼には同意しない。

 

「そんなこと……ずっと前から、わかってる。管理局が正義じゃないことくらい。偽善であることくらい」

 

 ――立て。

 

 ファイムは、自分に言い聞かせた。

 

「理事会が発足しても、何も変わらない。現場で魔導師が倒れても、泣くのは現場の仲間だけ。上層部は見向きもしない。そんなこと、ずっと前からわかってる」

 

 傷によって震える体。それを、ファイムは無理矢理動かす。

 

「上層部は正義じゃない。偽善ですらない。だって、平和を望んで戦っているのは、いつだって現場の魔導師だから」

 

 かつて、カグラ・ランバードという男が『権力は麻薬』と表現した。どれほどの人格者であろうと、権力を手にすれば変わってしまう。

 だから、現場の魔導師たちは取り残される。

 信じていたのに、裏切られる。

 ――けれど。

 

「そんな偽りの正義を翳す管理局を、望んでくれる人がいる。平和を、平穏を望む人がいる。助けを求める人がいる。その人たちは、管理局を正義と信じてくれている」

 

 だって。

 その人たちが見ているのは、上層部じゃない。

 現場で戦う、本物の正義の代行者たちだから。

 ――だから。

 

「否定はさせない。僕たちの想いは、偽りなんかじゃない!!」

「偽善や。所詮はな。管理という名の支配を求める管理局が掲げるもんは、正義やない。善ですらない。偽りに過ぎひん」

「違う!! 戦っている現場の局員は、誰一人として偽物なんかじゃない!!」

 

 ――立て!!

 

 ファイムは、自らに言い聞かせ……立ち上がる。

 

「みんな!! 少しでも多くの笑顔を作ろうと!! 少しでも多くの幸せを作ろうとしてる!! その想いは真実だ!!」

「関係あらへん。結局上がクズなら変わりはせんよ」

「だったらあなたは違ったのか!?」

 

 ピクリと、ホムラの眉が跳ねた。ファイムは、怒鳴るように言葉を紡いでいく。

 

「『エース・オブ・エース』と呼ばれたあなたは!! 英雄と呼ばれたあなたは!! 多くの命を救ってきたあなたは!! 偽りだったのか!? 救いたいと!! 平和が欲しいと!! そう望んだことはなかったのか!?」

 

 ――そんなはずはない。

 何よりも大切なその気持ちを持たずして、『エース・オブ・エース』などと呼ばれるはずがないのだから。

『エース・オブ・エース』は管理局の英雄であると同時に、絶対的な『本物』なのだから。

 ホムラは、はっ、と息を吐く。

 

「随分吠えるやないか。いい気になるなよ小僧。そのわしを裏切ったのが管理局やろうが!!」

「だったらどうして戦わなかった!? 間違っていると理解しながら!! どうして逃げ出したんだ!!」

 

 ファイムの叫び。

 今度こそ、ホムラの感情が爆発する。

 

「いい加減にせぇや小僧が!! 貴様にわしの何がわかる!? 管理局の犬のくせに!!」

「わかるわけがない!! 僕には肉親がいないから!! 失うことを想像さえできない!! だけど!! これだけはわかる!! あなたは戦うべきだったんだ!!」

 

 奪われたからこそ。

 裏切られたからこそ。

 ホムラ・イルハートという人物は、叫ぶべきだったのだ。

 

 ――『間違っている』。

 

 ただ、その一言を叫ぶだけで良かったのに。

 彼はしかし、そうしなかった。

 

「カグラさんがあなたと敵対したのは!! 戦うべきだと感じたからじゃないのか!? 大切な人を奪われて!! 辛くなかったはずがない!! 苦しくなかったはずがない!! 泣かなかったはずがない!! 恨まなかったはずがない!! それでもカグラさんは耐えたんだ!! 翼を失っても!! 納得できなくても!! 残って戦うことを選んだんだ!!」

 

 ――そうでなければ。

 あれほどまでに、他人を助けようとするはずがないから。

 あんなにも孤独に、全てを擲つように戦うはずがないから。

 

 ホムラは、だからなんや、と、言葉に殺意を乗せる。

 

「ほざくな小僧!! わしらに何ができた!? 何が変えられた!? 何もできやせぇへん!! また裏切られんのがオチや!!」

「変えられたはずだ!! 動けたはずだ!! だってあなたは英雄だったんだから!! 僕なんかと違って、誰より高みにいたんだから!! あなたは逃げたんだ!! 戦うことから!! 失ったことを耐えることから!!」

「――――ッ!!」

 

 ホムラはファイムの胸倉を掴むと、ファイムの背を壁に叩きつけた。ファイムは衝撃を逃がすことさえできず、口から血を吐き出す。

 だが、その表情に苦悶はなく。

 むしろ、ホムラの方が余裕がないように見えた。

 

「あなたの、負け、です。わかってるんでしょう? あなたは――」

「黙れっ!!」

 

 鼓膜が破れそうになるくらいの大声だった。ホムラはファイムをねじり上げている手とは逆の手で、手が震える程強く彼のデバイスを握り締めると、それをファイムに向けた。

 

「全部今更や。今更何ができる? 管理局が間違っとんのは変わりゃせぇへん。だったらわしは――」

 

 ――ただ、壊すだけや。

 

 ホムラは、酷く冷たい声でそう言った。ファイムは、ぐっ、と歯を食いしばると、一言だけ、言葉を絞り出した。

 

「……やり直せます」

 

 ――望んだならば。

 その言葉は、紡げなかった。

 

 ただ、ファイム・ララウェイだからこそ、わかる。

 どうしようもなくても。

 こんな罪人でも。

 生きていくしか、ないのだと。

 

「はっ」

 

 ホムラは、吐き捨てる。

 

「――10年遅いわ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。