魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第十一章〝夜の夢〟

 

 彼と最初に出会ったのは、師匠……ゲンヤさんの紹介やった。

 

『ファイム・ララウェイです。よろしくお願いします』

 

 それは、まだまだ部隊指揮をする上では新人やった頃の話で。

 酷く丁寧なその言葉が、壁を作っているように感じたのを覚えてる。

 だから……手を差し出したことも。

 

『よろしく』

 

 その時、彼が酷く驚いてたのを覚えてる。

 後から知ったけど、彼はずっと独りやったから、そんな風に握手をすることさえも珍しかったんやね。

 

 それが――出会いやった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――――!!

 

 轟音が響き渡る。吹き荒れる焔と氷。その全てが世界を蹂躙し、砕いていく。

 

「レヴァンティン!!」

 

 シグナムが吠え、その剣に焔が宿る。対し、エリアも応じる構え。

 

「クリスティナ!!」

 

 その双剣が氷を纏い、二人の騎士が必殺の意志を込めた一撃を抜き放つ。

 

『「紫電!! 一閃!!」』

「氷姫!! 轟閃!!」

 

 ――激突。

 そして、轟音。

 

「「――――ッ!!」」

 

 二人は吹き飛び、壁に叩き付けられる。だが、すぐさま二人は起き上がった。

 

 言葉は必要ない。

 ただ全力を以て、敵を討つ。

 

 自らの誇りを懸けて。

 剣に誓った理由を込めて。

 

 何よりも――大切な、主のために。

 

「クリスティナ」

 

 凛とした声が響き渡った。見れば、エリアがその双剣を十字をかたどるように構えていた。同時、その刃が光を放つ。

 凍りつくエリアの周囲。絶対零度の結界が、彼女を包むように展開される。

 

「『氷姫』エリア・カリアと、氷の双剣クリスティナ。その真なる姿」

《Catapult Form!!》

 

 その刃が形を変えていく。それを見て、シグナムとユニゾンした状態のアギトが吠えた。

 

『シグナム!!』

「わかっている。――レヴァンティン」

《Javowl!!》

 

 愛機が応じ、シグナムもまた構える。

 吹き荒れる魔力が燃え盛る炎へと変換され、大気さえも燃やす勢いで荒れ狂う。

 

「烈火の将シグナムと、烈火の剣精アギト。炎の魔剣レヴァンティン。――その第三の姿」

《Borgen Form!!》

 

 石弓と弓矢。

 二人にとって必殺のそれが、互いの命に照準を合わせ、激突する。

 

「駆けろ!! 隼!!」

「貫け!! 氷刃!!」

 

 ――世界が、染まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 地上で仕事を多く受けるようになってから、何度か彼と会うことになった。

 そして、いつも以上に疲れた様子の彼に、わたしは思わず声をかけた。

 

『ファイムくん、大丈夫?』

『大丈夫です。少し、寝てないだけで』

『……まさか、またなん?』

 

 わたしの問いかけ。それに、彼は頷いた。

 ファイム・ララウェイは執務官だ。そして執務官というのは、基本的に多忙である。しかも事情によって結果的に地上の全てを担当する彼は、あのフェイト・T・ハラオウンでさえも驚くほどの仕事を抱えてしまっているのが現状だ。それ故に、彼は常に一人では抱えきれない任務を抱えており、補佐がいなければどうにもならなくなっている。

 ――しかし、そんな彼の下に補佐が長くいたことはほとんどない。

 執務官補佐。その立場は基本的にステップとして認識されている。要は『執務官になるための過程』なのだ。そして執務官の花形というのは基本的に多次元を渡って多くの事件を解決することである。しかし、ファイムは地上の仕事ばかりを受け、他の次元へ渡ることはほとんどない。

 そんなのでは、将来執務官になった時の人脈も築くことが難しく、結果としてファイムの下から補佐官は離れていく。そうする度に、彼は忙殺され、その体調を悪くしていく。

 

 ――不意に、ファイムの体が傾いた。だが、ファイムはすぐさま持ち直す。

 

『ファイムくん!?』

『……ッ、ちょっとめまいが……すみません』

 

 苦笑するファイム。はやては、そんな彼に問いかけた。

 

『一体、どんくらい寝てへんの?』

『一週間くらい、ですかね……ダメですね、こんなでは。愛想を尽かされて当然です』

 

 苦笑し、心の底からそんなことを言う彼。

 その言葉に、その現実に。

 ただ――憤った。

 

『そんなんファイムくんのせいちゃうやろ!?』

『僕のせいですよ……人が離れていくのも、どうしても……』

『……ッ、なら、わかった』

 

 その憤りが、誰に対してなのかはわからなかった。

 彼なのか。

 彼から離れていった者なのか。

 それとも――自分か。

 

『わたしも手伝う。その代わり、休んでもらうよ』

 

 彼はその時、酷く驚いていた。

 まるで救いなどないとわかり切っている世界で――水など望めやしない無限の砂漠で、オアシスを見つけたような。

 そんな、ボロボロの顔をしていた。

 

 いつからといえば、この時からと答えるだろう。

 わたしが――彼を、気にし始めたのは。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 斬撃が重なる。その最中、フェイトはギレンと向かいあっていた。

 

「ちょろちょろとウゼェんだよ!!」

 

 放たれた閃光が宙を焼き、世界を砕く。フェイトはそれを避け、言葉を紡いだ。

 

「どうしてこんなことを……!」

「どうして!? ハッ、お笑い草だな!! テメェがそれを聞くのかよ、執務官ッ!!」

 

 放たれる閃光。フェイトは、どういうことだ、と言葉を紡いだ。ギレンは、尚も叫ぶ。

 

「殺すしか生きられない世界で!! そうするしかない世界で生きることは罪か!? 銃の握り方を知ってても、言葉なんざ知りやしねぇ!! そんなガキが誰かを殺すのは罪なのか!?」

 

 殺すことでしか生きられない世界で殺し続けてきたと、ギレンは語る。

 どうしようもない世界で、生きてきたのだと。

 

「表に生きようと思ってもな!! テメェらがそれを許さなかった!! だったら殺すしかねぇだろうが!! 俺は死にたくはねぇ!! だから俺は、他人を殺してここにいる!!」

「だけど、それを選んだのは――」

「選択肢なんざなかったんだよ!! なんだ、知らねぇのか!? こいつぁお笑いだな!! テメェとは違う、もう一人の執務官――あいつも、そうやって生きてきたってのによ!!」

 

 ギレンが吠える。フェイトは目を見開いた。もう一人の執務官――その顔が、脳裏に浮かび。

 ――同時に、彼の言葉が浮かんだ。

 

『僕は罪人です。たくさんの人を、殺してきた』

 

 それが、どういう意味を持つのかはわからなかった。

 比喩だろうと、思い込んでいた。

 

 だけど――それが、真実だというのなら?

 言葉通りなのだとしたら?

 

「気になったから調べたが!! 俺とあいつは同じ世界の出身だ!! 年がら年中イカレた戦争を繰り返してた世界のな!! 敵はテメェらだ管理局!! 何が罪だ、何が――正義だ!!」

 

 叩き付けられるような言葉。一見無茶苦茶に聞こえるそれはしかし、あまりにも圧倒的な『真実』の意味を帯び、フェイトの心に突き刺さる。

 

「俺たちは自由のために戦った!! それさえも罪か!? 生きるために戦う、それが罪か!? それを罪だというのなら――いいだろう、俺は罪人だ!! だが、テメェらもまた悪なんだよ!!」

 

 反論ができない。言い返せるはずなのに、言い返せない。

 フェイトのあまりにも純粋な心が、その言葉によって止まってしまう。

 

「死ねよ――偽善者」

 

 そして、その砲撃がフェイトを呑み込まんと放たれる。

 ――しかし。

 

 天井を砕いて現れたそれが――その結末を遮った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 わたしがファイムくんを手伝った次の日、満足に休む時間もないまま、彼は別の世界に向かった。

 

 ――『緑風事件』。

 いい意味でも、悪い意味でも、彼を有名にしたその事件のために。

 

『帰ってきたら、今度こそ休んでもらおう』

 

 わたしは、密かにそう決意した。

 その時すでに、惹かれ始めていたのかもしれへん。

 

 孤独を背負ったその背中に。

 いつも泣きそうなその横顔に。

 

 ――どうしようもないくらいに。

 惹かれて、いって。

 

 だけど。

 その願いは、そんなささやかな願いさえ。

 果たされることは、なかったー―

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエは、一人の少年と相対していた。年の頃は二人とそう変わらない。しかし、その吊り目の奥に光る憎悪の瞳にエリオには見覚えがあった。

 

 ――あれは、昔の自分。

 誰も信じられず、世界そのものを憎んでいた頃の自分だ。

 

 無数の剣戟が舞う。エリオと相対するウィル、とギレンが呼んでいた少年。二人の速さを比べると、エリオの方が速い。しかし、一撃の重さではウィルの方が上。

 実力拮抗。その最中、エリオが叫ぶ。

 

「どうしてこんなことを……どうして、キミはこんなところに!?」

「私たちはあなたを助けたい!」

 

 二人は感じ取っていた。ウィルという少年が、自分たちと『同じ』であるということを。

 過去の――悲しみだけしか知らなかった自分たちと、『同じ』だということを。

 しかし、やはりというべきか。ウィルはそれを拒絶する。

 

「誰もが友達になれるとか思ってんじゃねぇ! 話したくないんだよ、だからこうしてんだろうが!」

「でも、話してくれなければわからない!」

 

 エリオが叫ぶ。ウィルは、チッ、と舌打ちを零した。

 

「ウゼェ、ウゼェウザ過ぎる!! 触れられたくねぇんだよこっちは!! 偽善を振り翳すな!! 勝手に同情なんかしてんじゃねぇ!! そういうところだよ、そういうところなんだよ!!――ふざけんな!!」

 

 その槍の切っ先を二人に向け、ウィルが吠える。

 

「あいつは――テメェらのせいで言葉を失った!! 奪われた!! 最近、ようやく少しだけ、本当に少しだけ話せるようになって!! けど、笑顔は戻らなくて!! あいつをそこまで追い込んどいて、謡ってんじゃねぇぞクソがぁぁぁっっっ!!」

 

 一閃。ウィルの突撃を、エリオが受け止める。しかし、踏ん張り切れず、吹き飛ばされた。

 

「エリオ君!!」

「ギャウ!!」

 

 キャロが叫び、飛竜フリードリヒが吠える。しかしそれを、他ならぬエリオが遮った。

 

「キャロ、フリード。手を出さないでくれないかな」

「エリオ君?」

「きっと――一対一じゃなきゃ、届かないと思うんだ」

 

 グイッ、と、頭部より滴る血を拭い、エリオは言う。ウィルが、ハッ、と吐き捨てた。

 

「届きやしねぇよ。何も」

「――ストラーダ」

 

 吐き捨てるようなウィルの言葉への返答は。

 全力の――容赦のない一撃だった。

 

「がふっ!?」

 

 腹部に減り込むその一撃。肺の空気を絞り出すことを強制され、ウィルが呻いた。そこへ、エリオが全力の追撃を叩き込む。

 

「紫電!! 一閃!!」

 

 雷光纏いしその一撃はウィルを吹き飛ばし、衝撃で壁を砕いた。エリオはウィルを追うことはせず、言葉を紡ぐ。

 

「僕も、そうだった。勝手に決めて、勝手に卑屈になって。そう……誰もわかってくれないって、ただただ叫んでた」

「あぁ?」

 

 ウィルが眉をひそめる。そう――あの頃の自分は、本当に何もわかってやしなかった。

 ただただ、憎むだけで。

 何も、わかろうとさえしていなかった。

 

「だけど、変われたんだ。たった一つの出会いで、たった一つの優しさで。あの人のおかげで、僕は、僕たちは変わることができた」

「……身の上話なら他所でしろよ。興味ねぇんだしよ」

「――あの人みたいになりたいって、思ったんだ」

 

 あの日貰った、優しさを。

 今度は、他の誰かへ届けようと。

 ――あの人のおかげで。

 残酷で理不尽な世界でも。

 

 生きていけると……そう、思ったから。

 

「だから、話して欲しい。力になれるかもしれない。ううん、力になる。だから――」

 

 差し出す手。しかしウィルは……受け入れない。

 

「――ウゼェよ」

 

 返礼は、本気の一撃。

 文字通り、殺す気で放たれたもの。

 それをエリオが受け止め、二人は再び高速の戦闘へと突入する。

 

 戦いは――激化していく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 わたしは、ただただ言葉を失った。

 

『ファイム・ララウェイ、貴様の執務官資格を――停止する』

 

 次元世界が一つ、消えかけたほどの事件。危険度Sランクの広域次元犯罪者が姿を現したような事件。その事件の果てに、彼は人を救った。

 殺せと命じられた二人を、生かしてみせた。

 ――なのに。

 

『命令違反は、重罪だ』

 

 殺さず救った。そのせいで、彼は罪人扱いされてしまった。

 そんな、どうしようもない矛盾の中で、彼は。

 

『はやてさん。……少し、失敗してしまいました』

 

 彼は、苦笑しただけ。

 そうなることを、受け入れてしまっていた。

 

 ……その時からだ。

 わたしが、管理局に疑いを持つようになったのは。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………ッ、スバル?」

「…………」

 

 隣に倒れているスバルに、声をかける。しかし、反応はない。ティアナは、内心で臍を噛んだ。

 ロード、と、エリアが呼んでいた男――仮面を着けた男は、圧倒的な力を持っていた。

『自分より総合力で強い相手に勝つには、相手より強い部分で戦わなければならない』――なのはから教わった、大事な教え。しかし、この男にはそれが一切、通じなかった。

 スバルの拳も。

 ティアナの弾丸も。

 全て真正面から、拳と魔法によって打ち砕かれた。

 

「……見つかるのも、時間の問題か」

《――諦めるのですか?》

 

 ティアナの愛機たる『クロスミラージュ』が問いかけてくる。ティアナは苦笑した。

 

「前にも言ったけど……あたしはどれだけ努力しても、完全無欠の超一流には……きっとなれない」

 

 高町なのはのようには、決してなれない。

 あんな風には、なれやしない。

 

「もう、そのことについては整理がついてる。けど、やっぱり悔しいのは変わらなくて。情けなくてさ」

《しかし、我々は先日、知りました。全てにおいて、我々に劣っている彼の青年が、我々に勝利したという事実を》

 

 自分たちに勝っているところなどない。そう断言できてしまう程度の力しか持たないはずの青年。

 しかし彼は、ティアナたちに勝利した。

 ――ならば、きっと。

 

『大丈夫、ティアならできるって!』

『天才かどうかは他人の評価ッスよ、執務官。ファイムは天才じゃねぇ。けどあんたは、俺にとっては天才に見える』

 

 相棒と、先日出会った青年が出撃前にくれた言葉が、脳裏を過ぎる。

 本当に、好き勝手なことを言ってくれる。

 

 ――だけど!

 

「――――」

 

 見つかった。ティアナは、その銃口をロードに向ける。

 

「ランスターの弾丸は、どんな相手だって撃ち抜ける!!」

 

 信じるのは、己。

 それだけでいい。それだけで、前を向ける。

 だって、あたしは。

 あたしの――目指すものは。

 

 ――あの青年のような姿こそ、きっと自分が目指すべき到達点だから!

 

「…………」

 

 しかし、その決意は残酷な現実を前に脆くも儚く崩れ去る。

 ――一閃。

 凄まじい威力の砲撃が、二人を包む。

 

 

 ――そして。

 

 

 崩落する床。その先にいたフェイトは、落ちてきた二人に驚愕の表情を作る。

 

「スバル!? ティアナ!?」

 

 すぐさま、フェイトは二人を救い出す。ギレンは砲撃を中断すると、巻き込まれないように退避した。そして、チッ、と舌打ちを零す。

 

「ロード……テメェ、邪魔すんじゃねぇよ」

「…………」

 

 ロードは、そんなギレンを一瞥しただけで特に言葉を紡がない。おい、と、ギレンが声をかけた瞬間。

 

「…………」

 

 ロードが、手を差し出した。遮るように出された手。ギレンが眉をひそめる。

 直後。

 

 ――轟音。

 大きく、感が揺さぶられるように揺れる。

 

「バルディッシュ!」

《Yes,sir》

 

 フェイトが叫び、バルディッシュが応じる。しかしそれは、攻撃のためのものではない。

 

 姿を見せるは、無数の触手。フェイトにとって、見覚えのあるものが現れる。

 それは周囲を蹂躙し、戦いを強制的に中断させた。

 

 ――戦場が、更なる混迷へと落ちていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………ッ!?」

 

 ファイム・ララウェイは、目を覚ました。動こうとした瞬間体に激痛が走ったが……死んではいない。痛いということは、まだ死んでいないということだ。

 

《マスター!?》

 

 愛機たるリンネクロウズが、声を張り上げる。ファイムは激痛を堪えながら起き上がると、血を拭いながら言葉を紡いだ。

 

「リンネ、僕はどれくらい……?」

《マスターが落ちていたのは、ほんの数分です。あの男は、ここから姿を消したようですが……》

「そっ、か」

 

 ファイムは、頷く。頷くと、はやての下へと進み寄る。

 立てない以上、歩けない。這いずるようにして進む。

 

《マスター、ダメです! 重傷なのですよ!?》

 

 リンネの制止を無視し、ファイムは進む。

 這いずるようにして進むその姿はあまりにも無様で、みっともない。しかし、ファイムは歯を食い縛って進む。

 

 恥も外聞も、とうの昔に捨て去ってしまった。

 だからこそ――

 

「……はやて、さん」

 

 ポツリと、ファイムはその人の名を呼ぶ。反応はない。眠ったままだ。

 無事、である。それは奇跡だ。殺されていても、おかしくなかった。

 

「――――ッ」

 

 ダンッ、という音を響かせ、ファイムの拳が床を叩く。悔しさと情けなさ。特に、守れなかったという事実が、ファイムの心を締め付け、打ち砕いていく。

 

 守れなかった。

 負けてしまった。

 負けては――ならなかったのに。

 守るためには、決して負けてはならなかったのに。

 

「僕は……やっぱり、あなたを守れない」

 

 短く紡がれた言葉には、あまりにも深い悲しみが宿っている。

 

 弱さ。

 どうにもならない、ただの歴然たる事実であるそれ。

 

 それが――全てを奪っていく。

 

「足りなかった。届かなかった。通用しなかった」

 

 命を、文字通り支払って。

 血を吐くように、持てる全てを賭した。

 

 しかし――届かない。

 

《マスター……》

「全てを懸けてもまだ足りない。だけど、もう、払えるものなんて――」

 

 呟く言葉。ファイムは、弾かれたように顔を上げた。

 

「――いや、ある」

 

 たった一つだけ。

 文字通り――全てを失う代わりに、力を得る術が。

 

 リンネが、声を張り上げる。

 

《いけませんマスター!! それを使ってしまえば、もう戻れなくなります!!》

「…………」

《あなたは、あなたにとっての全てを失う!! それだけはなりません!!》

 

 リンネが叫ぶ。しかしファイムは、相棒のその言葉に首を振る。

 

「今更だよ、リンネ。どうせ、いつか死ぬ運命だ。それを受け入れてきたし、それでいいと思ってきた。今更――止まらない」

 

 止まれない、とファイムは語る。

 

 失ってきたもの。支払ってきたもの。

 その全てが、彼をここまで連れてきた。

 

 進もうと、立ち止まろうと。遠くない未来に地獄が待っている。

 ならば――全て抱えて、飛ぶだけだ。

 

「――頭は冷えたか、って聞こうかと思ったけど……必要なさそうやな」

 

 不意に、声が響き渡った。見れば、一人の男が佇んでいる。

 ホムラ・イルハート。管理局の、かつての英雄。

 反逆の英雄と、堕ちし男。

 

「自分も諦め悪い奴やな。どうしようもないやろうに」

「――まだだ。まだ、命が残ってる」

 

 そして、ファイムはそれを取り出した。ホムラの眉が、ピクリと反応する。

 

「それが……切り札か?」

「そうだ」

 

 青い宝石。その名は――ジュエルシード。

 ロストロギアの一つであり、禁忌の力。

 

「ジュエルシードか。願いを叶える蒼き宝石。わしが取り損ねた奴やな」

「そうだ」

 

 それを前に突き出し、ファイムは応じる。

 対し、やめろ、とホムラが言った。

 

「自分、死ぬで。――その、名誉までもが」

「覚悟の上」

 

 そして、ファイムは風を纏う。

 紡がれるのは、契約の詩。

 

「風は夜空に!! 炎は大地に!! 潰えぬ心はこの胸に!! 信じる思いはこの腕に!!――ネームレス、セットアップ!!」

《Yes,set up》

 

 現れたのは、巨大な砲門。

 あの真竜ガンゲイルさえも討ち滅ぼした砲撃を放った砲門と同型のものが、現れる。

 

 ――覚悟の瞳。

 死さえも是としたその瞳を見て、ホムラが舌打ちを零す。

 

「その目や。その目が気に食わんのや。まだ、そんな奴がおることが。管理局の魔導師に!! まだそんな目をする奴がおることが!! その事実がわしは許せんのや!!」

「あなたにそれについて何かを言う権利はない。逃げ出したあなたに」

「あるわ!! わしは奪われた!! だからこそこうしとる!! ここにいるんや!!」

 

 同時、ホムラのデバイスが魔法を展開する。

 

《――Moon Light Breaker》

 

 対し、ファイムも応じる構え。

 

《――Burst Storm》

 

 そして、二人は激突する。

 

 ――はやての体が動いたことに、二人は気付かなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 振り抜かれた剛腕による一閃。それを受け、金色の炎を纏う青年が吹き飛び、ビルに直撃。大きな穴を開ける。

 かつては教導隊にも籍を置いていた、歴戦の武人――リヴァイアス・バルトマカリは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「温いぞ、温いぞ小僧!! その程度か!? ならば果てろ!! 今すぐに消え失せるがいい!! そうでないというのなら見せろ!! 見せてみろ!! 貴様が殺すか俺様が殺すか――どちらだ小僧!?」

 

 リューイは、つっ、と口から呻き声を漏らすと、彼の愛機――『ブラッディハウンド』に金色の炎を纏わせ、咆哮する。

 

「ふざけんなよ、上等だ!!――ぶっ潰してやる!!」

「そうだそれでいい!! 来い小僧!!」

 

 片や、S-ランク。

 片や、AAA+ランク。

 一撃必殺を常とするベルカの騎士。近代と古代の違いはあれど、その理念は変わらない。

 

「どうした小僧!? その程度か!!」

「らあああっ!!」

 

 振り抜かれた一撃。それはリヴァイアスの斧に防がれるが、衝撃によりリヴァイアスが後ずさる。それを見逃さず、リューイは吠えた。

 

「一撃の下に粉砕する――ブラッディハウンド!!」

《explotion》

 

 ガシャン、と、カートリッジをロードする音が響き、同時に炎が再び刃に纏わりつく。

 ――激突。

 だが今度は、リューイが押し負けた。

 

「軽いな、軽過ぎるぞ小僧!! これで古代ベルカを名乗るか!? さあ剣を握り直せ!! 刃持つ者の義務を果たせ!! 俺様こそがお前の死だ!!」

 

 追撃として振るわれる一撃。だが、その腕に魔法弾が飛来、リヴァイアスの動きが止まる。

 

「IS・エリアルレイド!!」

 

 ラインディングボードに乗るウエンディが、彼女のISを以てリヴァイアスの動きを止める。そこへ、同じくラインディングボードに乗ったディエチが追撃を放った。

 

「IS・へヴィバレル」

 

 ――一閃。

 Sランク魔導師のそれに匹敵する威力のそれが宙を焼き、リヴァイアスに迫る。リヴァイアスはたまらず後退。だが、その背後からはすでに更なる追撃が待ち受けている。

 

「「リボルバー――」」

 

 蒼と紅。

 二人の拳打と蹴撃が、リヴァイアスに迫る。

 

「――ナックル!!」

「――スパイク!!」

 

 ギンガとノーヴェ。その一撃を、ギリギリのところでリヴァイアスは受け止める。二人はそれを受け、すぐさま退避。追撃を仕掛けようとするリヴァイアス。

 

 ――カカカッ。

 

 しかし、その足下に突如、数本のナイフが飛来。その動きを止める。

 

「IS・ランプルデトネイター」

 

 パチン、と、指を鳴らす音。

 ――爆発。

 チンクの持つ能力により、リヴァイアスが爆発に巻き込まれた。普通なら、ここで決まっているはずの連携だが――

 

「くくっ、はははははははははははははははははははははっっっ!! 素晴らしい!! 素晴らしいぞ!! そうか――ギンガ・ナカジマ三等陸尉以外の戦闘機人!! 貴様らが彼の名高き『N2R』か!!」

「我々の連携を受けて無傷とは……怪物だな」

 

 チンクが呟く。その背後で。

 

「――上等だ。殺してやる」

 

 ゴバッ、と、瓦礫を吹き飛ばしながら一人の青年が姿を現した。炎の他に新たに風を纏い、どことなく神秘の香りを漂わせるのは、ミリアムとユニゾンしたリューイだ。

 

『マスター。冷静に』

「わかってる」

 

 リューイが吐き捨てるように言う。リヴァイアスは笑みを浮かべた。

 

「成程――ユニゾンデバイスを得た真正ベルカの騎士に、ギンガ・ナカジマ三等陸尉。更には『N2R』か。成程……流石に分が悪い」

「逃げんのか?」

 

 リューイが、挑発するように言う。リヴァイアスは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「戦略的撤退だ、小僧。俺様はまだ死にたくない。貴様らとはまだ踊っていたいが……どうやら、それも許されんようだ。闇に食われたくはない」

 

 くくっ、とリヴァイアスは笑い、空へと上がる。

 

「さあ、開戦だ!! 目覚めるぞ貴様らの敵が!! さあ急げ急げ急げ急げ!! 祭囃子は聞こえているか!? 世界は再び戦いを望んでいる!! さあ乗り遅れるな!! 闇が迫っているぞ!!」

「待て――」

 

 リューイが追おうとする。リヴァイアスは、最後に一言、吐き捨てた。

 

「次は殺す。必ず殺す」

 

 そして、その姿が消える。リューイは、なんだったんだ、と呟いた。

 

 言い知れぬ不安が、彼を襲う。

 ぶるりと、その体が震えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『おい、高町なのは、って知ってるか?』

『当たり前だろ。管理局が誇る、『エース・オブ・エース』。格好いいよな』

『しかも優しい。憧れるなホント』

 

 あれ……これは、なんやろう……?

 この、声は……。

 

『ハラオウン執務官、また危険度Sランク犯罪者を捕まえたってよ!』

『やっぱり凄いよな~』

『流石は『雷光の死神』……あんな風になりたいよ』

 

 ああ、これは、そうか……。

 わたしの……わたしの心か……。

 

『『ヴォルケンリッター』のシグナムさん、知ってる?』

『当たり前よ! 格好良いもの! ヴィータさんは可愛いし、シャマルさんは優しいし、ザフィーラさんは頼りになるし!』

『本当、凄いよね~!』

 

 ああ、やっぱり……。

 みんな、凄いなぁ……。

 

 ……それに比べて、わたしは……。

 

『部隊の設立? 無理無理、夢物語だ。現実を見たまえよ』

『犯罪者風情が』

『歩くロストロギアとは、これはまた……』

 

 つまずいてばかりで、少しも、少しも、前に進めない。

 足が動かなかった時……みんな、少しも嫌な顔をしないでいてくれた。

 だけど――知ってる。

 わたしが、足を引っ張っていた。

 

 人とは違う。それは、あまりにも圧倒的な欠陥だ。みんな違う、などというのは幻想。それは、『基本的な全てが同じである』という前提があって、初めて成り立つ。

 

 そんな矛盾の中、ずっと、生きてきた。

 進むことができず、わたしはずっと……。

 

『…………』

 

 みんなが、背を向けて歩いていく。

 わたしは……歩けない。

 座り込んだ足が、あの頃のように――動かない。

 

 ――みんなが、去っていく。

 

 なのはちゃんも。

 フェイトちゃんも。

 シグナムも。

 ヴィータも。

 シャマルも。

 ザフィーラも。

 リィンも。

 アギトも。

 ユーノくんも。

 クロノくんも。

 わたしを置いて――行ってしまう。

 

 待って、とわたしは叫んだ。

 だけど――届かない。

 誰も、振り返ってくれない。

 

 ――わたしを置いていかないで!

 もう、置き去りにされるのは嫌!

 

 届かない。みんなの後ろ姿が、消えていく。

 

 

〝――見つけた。それが、貴様の闇か〟

 

 

 声が響く。

 誰、と問いかけた。相手は、つまらなさそうに答える。

 

〝わたしは、おまえだ〟

 

 ――夜が再び、闇へと堕ちる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「力、技、速さ……おおよそ戦闘に必要な要素の全てで、わたしはあなたに勝っています。しかし、砲撃魔法。その一点のみはあなたに劣る。それのみでこの私とここまで渡り合うとは、『エース・オブ・エース』というのはやはり、伊達ではないようですね」

「たった一つの、自分の信じる何かで戦う。それが――私の戦い方」

 

 なのはは言う。それこそが、時空管理局の魔導師、その戦い方だ。

 その言葉を受け、テンリュウが頷く。

 

「成程、真理です。……その強さに敬意を表し、あなたに教えて差し上げましょう。私の理由を。私という個人が戦う、最大の理由を」

「…………」

 

 なのはが身構える。テンリュウは、クスリと苦笑した。

 

「そう身構えずとも。……私の理由など、古今東西、あらゆる世界に溢れる普遍的なものですよ。――『死者の復活』。そのために、私はここにいる」

「死者の復活……?」

「有り体に言えば、死んだ人間を生き返らせる……ということです。どうです、普遍的でしょう?」

 

 そう言って、儚げに笑うテンリュウ。なのはは、胸に痛みを感じた。

 この笑顔は……諦観と寂寥を含んだもの。口にする言葉の全てが真実ではない。きっと、テンリュウの言葉は真実であり、虚偽でもある。

 だけど――そんなことよりも。

 

「……無理だよ」

 

 なのはは、否定する。

 彼女自身、それを望んだ人の末路を知っているから。

 

「死んだ人は、絶対に生き返らない。私は、あなたと同じことを望んだ人を知ってる。だけどその人は、その望みの果てに全てを振り払って、虚数空間に消えていった。……あんなこと、望んじゃいけないんだ」

「ならば――あなたは諦めることができますか?」

 

 静かな言葉。テンリュウは、更に続ける。

 

「管理局の英雄として数多の命を救ってきたであろうあなただからこそ、失いたくないものを数多く抱えているはず。それを奪われた時、あなたはそれを受け入れることができますか?」

 

 なのはの脳裏に浮かぶのは、二人の人影。

 大切な娘であるヴィヴィオと。

 魔法を教えてくれた大切な人、ユーノ・スクライア。

 その二人を失って、それでも尚、取り戻すことを願わずにいられるか。

 答えは、出ない。そんな『もしも』に、意味はない。

 

「要は、それだけなのですよ」

 

 ふわりと、テンリュウの黒髪が風に煽られ、舞い上がる。

 

「摂理など、真理など。如何程の意味があるというのか。私は私の意志でここにいる。世界が立ち塞がるというのなら、その全てを薙ぎ払い、突き進む」

 

 魔力が吹き荒れる。文字通りの『最強』が、その牙を剥く。

 

「さあ、踊りましょう管理局。愚かな舞踏ではありますが、精々見世物になりましょう」

「…………」

 

 なのはは無言。テンリュウは、言葉では止まらない。

 ならば――

 

 ――――――――!!

 

 しかし、二人の激突は第三者の介入によって取り消される。

 

「――――」

 

 二人は同時に、艦を見る。そこには。

 かつて滅んだはずの闇が――咲いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふんふんふ~ん♪ 残念無念、この艦ともお別れか~」

 

 特に残念そうな雰囲気も出さぬまま、グリス・エリカランは笑った。彼の見ているモニターには、一つの映像が映し出されている。

 ――ファイム・ララウェイが、その体を一本の触手によって貫かれている姿だ。

 

「夜天の書……いや、闇の書か。失楽園シャングリラが『史上最悪の概念兵器』であるならば、闇の書は『史上最悪のロストロギア』……二度も三度も打ち破れるほど、軽くはない」

 

 そして、グリスは立ち上がる。そこへ、一人の少女が姿を現した。

 

「あ、お姫様? どしたのどしたの?」

「…………」

「ウィルウィルが心配? 大丈夫大丈夫、心配ないない。それよりお姫様、逃げよっか?」

 

 恐い怖い敵が来るよ~、とグリスは笑う。少女は頷き、そして、部屋を出る。

 その後を追いながら、グリスは振り向き、呟いた。

 

「見たかったけど致し方なし、かな。――死にたくないし」

 

 扉が閉められると、同時。

 部屋が、吹き荒れる破壊の嵐によって蹂躙された。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何が起こったのか、理解できなかった。

 体に走る衝撃。響くのは、ホムラの声。

 

「はは、こら凄い。寒気がする。あの嬢ちゃん、化け物を飼ってたか」

 

 その声には、驚愕と、歓喜と――僅かな憤怒が込められていた。

 しかし、その言葉に応じる余裕を、ファイムはもたない。

 

「……はやて、さん……」

 

 呟くように、その人の名を呼んだ。

 その瞳が、ファイムを捉える。しかし。

 

「滅びを。終焉を」

 

 紡がれたのは、残酷な言葉のみ。

 その瞳と言葉に、彼女の意志が存在しない。

 

 ――夜が再び、闇を纏う。

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