魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第十三章〝憎悪の連鎖〟

 

「なんでだよ……!?」

 

 会議室に、そんな声が響き渡った。声を発したのはヴィータだ。彼女は、事の次第を全て話しに来たカグラに向かって怒鳴るように言葉を叩き付ける。

 

「ファイムははやてを助けたんだろ!? ロストロギアを止めたんだろ!? なんで犯罪者扱いされてんだよ!?」

「それが上の決定だからだ」

 

 吐き捨てるように、カグラは言った。ヴィータは、ふざけんな、と言葉を紡ぐ。

 

「千人も魔導師引き連れてあいつを捕らえにきて!! ボロボロの怪我人にすることかよ!?」

「止めろヴィータ」

「うるせぇ!! シグナム!! お前は納得できんのかよ!?」

「できるわけなかろう!! だが我々がランバード殿を責めて何になる!? どうにもなりはしない!! 違うのか!?」

「こいつがファイムを捕まえたんだろうが!!」

「ヴィータ!!」

「止めなさい二人とも!!」

 

 今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうな二人。しかし、シャマルが止めに入った。

 

「そんなことしたって、不毛なだけよ……」

 

 呟くようなシャマルの言葉に、場の空気が重くなる。くそっ、とヴィータが近くの椅子を蹴り飛ばした。

 重い空気。不用意に言葉を発することができないそんな雰囲気の中、不意に無限書庫からこちらへ出向いていたユーノが口を開いた。

 

「ランバード一佐は……ファイムくんを捕まえようとしたんじゃないよ」

「司書長」

 

 ユーノの言葉に反応し、カグラがユーノを睨む。だがユーノは言わせてください、と頭を下げた。カグラはそれには何も言わず、ただ顔を背ける。そんな二人のやり取りを見て取り、なのはが口を開いた。

 

「ユーノくん、どういうこと?」

「うん、なのは。ランバード一佐は理事会からファイムくんの逮捕と既に決定していた分の処分を言い渡すことを命じられてた。それは事実だよ。けど、ランバード一佐は納得できなかったんだ」

「――できるわけねぇだろうが」

 

 はっ、とカグラは吐き捨てる。その口調には苦々しさが満ちており、ユーノもまた真剣な表情で頷いた。

 

「ランバード一佐は短い時間で回せるだけ手を回して、その……クーデターの準備をしたんだ。千人の魔導師は表向きこそファイムくんが抵抗した時に殺害もやむを得ないために、っていうことだけど、実際は武力制圧のためだったんだよ」

「……地上では、本人が思ってる以上にファイムの影響は強ぇ。あいつがいなくなれば地上がどうなるか、みんな知ってんだよ。だから、すぐに集まったさ。だが……」

 

 カグラは、俯く。その両肩は、堪え切れない怒りの感情に震えていた。

 

「――あの大馬鹿野郎は、それを振り払いやがった!!」

 

 自分のために、誰かを巻き込みたくない。

 こうなったのは、八神はやてを救うというエゴのせいだからと。

 ファイム・ララウェイは、カグラたちの手を振り払った。

 

「地上には、あいつに救われた奴は大勢いる。あいつが気付いてないだけで、必要としてる奴は腐るほどいる。それなのに……!!」

 

 管理局は、彼を裁いた。

 またもや、切り捨てた。

 人を殺すことを拒否し、人を救った英雄を、管理局は罪人と呼ぶ。

 本当に、狂っている。

 

「ファイムは、どうなるんですか?」

 

 フェイトが呟くように問いを発した。スバルたちも顔を上げてカグラを見た。カグラは、さて、と呟く。

 

「今までの功績が考慮されりゃ、牢獄行きなんてことはねぇだろう。だが、どこぞの次元世界へ飛ばされて謹慎、ってことにはなるだろうな」

 

 再び、空気が重くなる。

 人を救った英雄が、罪人と呼ばれるこの場所。

 管理局を信じてきた。信じて、戦ってきた。――でも。

 

「私たちは、管理局を信じていいんですか……?」

 

 ポツリと零れた、スバルの呟きは。

 ここにいる全員に、共通する疑問だった。

 

 答える者は、誰もいない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ……ピッ、ピッ。

 規則的な機械音が聞こえてくる。はやてはガラス越しに、眠っているファイムを見つめていた。護衛のザフィーラはここを離れている。気を利かせて離れてくれたのだ。

 今、ここにいるのは二人だけ。

 護った者と、護られた者。

 救われた者と、救った者。

 そんな、二人だけ。

 

「……ファイムくん」

 

 はやては、彼の名を呟いた。救ってもらったのに、助けてもらったのに、今、自分は何もできない。

 ――情けなかった。

 全てを奪われてしまった彼を擁護する力さえ、自分にはない。

 八神はやては、ファイム・ララウェイを守れない。

 それが……何より辛かった。

 

「……わたし、ファイムくんに、何も伝えてへん……」

 

 ポロポロと、涙が零れる。

 溢れる感情が、滴となって床へと堕ちる。 

 

「ありがとう、って、言わせて……? 助けてくれてありがとうって……?」

 

 伝言は、シグナムから聞いている。それを聞いて、泣いてしまった。

 救われたのはこちらだ。

 礼を言いたいのもこちらだ。

 いつも、いつも、気付くのがこんなにも遅い。

 

「好きやねん……ファイムくんが……わたしは……ッ!!」

 

 はやては顔を押さえながら崩れ落ちる。そうして、泣き続ける。

 何もできない。立ち上がる力さえも湧いてこない。

 どうしたらいいのか――わからない。

 

 ……しばらくして。

 誰かが、入ってきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「できたできた~♪ 宗主~、ボス~? 終わったよ~?」

「流石だ。仕事が早い」

「もうできたんかい。ホンマ早いなぁ」

 

 二人に誉められ、キャハハ、とグリスは笑った。

 

「まあ、映像を繋げてくだけだしねぇ♪ 簡単簡単、猿でもできる♪」

「いや、猿にはでけへんやろ」

「ここでいう猿は、ボスのことだよ?」

「なんやとコラァ!!」

「落ち着け、同志よ」

 

 宗主、と呼ばれた男がそう言ってデバイスを取り出そうとしたホムラを宥める。そして、二人に向かって笑みを浮かべた。

 

「人の心というのは面白い。肯定は中々受け入れぬくせに、否定は容易く受け入れる。これは池に投じる一石だ。波紋は必ず、世界を揺るがす」

 

 宗主は、手を広げる。

 

「さあ、世界を変えようではないか。ファイム・ララウェイ。管理局はキミを否定した。だが我らはキミを肯定する。ならば、世界は? キミを否定するか? 肯定するか?」

 

 知りたいものだ、と、男は言った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「エレン……?」

 

 現れた人物は、自らの部隊の技師だった。はやては、その名を呼ぶ。エレンは応じず、ファイムの方を見た。

 酷く、冷めた目で。

 見たことがない、瞳で。

 

「無様ね。……まあ、犯罪者の末路なんてこんなものか」

 

 あまりにも冷たい声だった。はやては思わず立ち上がる。

 

「なん、やて……?」

「あんたもよ部隊長。いや、八神はやて。元犯罪者の部下一人が倒れたくらいで、何を泣いてんの?」

 

 エレンの目は、濁っていた。はやては、どうしたんや、と呟く。

 エレン・ローグ。地上本部でも名が通った優秀な技師だ。部隊においては裏方ではあるが、フェイトの補佐官であるシャリオ・フィニーノと共にデバイスの点検や『ヴォルフラム』の整備を担当してくれていた。特に、ユニゾンデバイスのメンテナンスなどという難しい仕事をこなせる者は、彼女を含めて僅かしかいない。

 ずっと支えてきてくれた部下だった。その彼女は今、明確な敵意を抱いてここにいる。

 

「同じ犯罪者同士、同情でもしたの? それともそういう関係?――くっっっだらないわ!!」

「エ、エレン?」

「気安く呼ばないでくれる? というか、ホントに気付いてなかったのね」

 

 ……こっちは忘れたことなんて片時もなかったのに。

 エレンは、そう言った。

 重く、昏い、闇の底のような声で。

 

「黙って裏方に回り続けて目立たないようにしてたけど、必要なかったかしら? だって気付いてないんだもんね? あたしがあんたを憎んでることにさぁ」

 

 シャキン、という乾いた音が響いた。エレンが、その手にナイフを構えた音だ。

 光を反射する白銀の刃。それは明確な、人殺しのための武器。

 

「『ヴォルケンリッター』も大したことないわねぇ。自分たちが叩き潰した相手のことを忘れてるんだもん。いや、眼中になかったのかしら? どっちにせよ苛つくわ」

「エレン、まさか、まさか」

「あはは。ここまで言えば流石に気付くか」

 

 エレンは、笑う。

 嘲笑うように、泣くように、慟哭するように。

 口元を吊り上げ、醜悪に。

 

「私の本当の名前は、エレン・リストリア。そうよ、あんたたちに魔力を奪われた――魔導師になるはずだった女よ」

 

 エレン・リストリア。はやては、この名に覚えがあった。

 償いのためと、はやてはそれこそ石を投げられても遺族の下を訪れ、頭を下げてきた。しかし、その全員に会えたわけではない。何らかの事情で行方がわからない者もいた。

 エレン・リストリアというのは、その何らかの事情ではやてが頭を下げに行けなかった相手だ。

 行方不明、死亡扱い。そんな風に聞かされた。覚えている。忘れるはずがない。

 自分が――自分たちが、殺したのだから。

 ――けれど。

 その、彼女は――

 

「リンカーコアが損傷してさぁ。潜在魔力はAAAなんて言われて、天才扱いされてたのに。あんたのせいで全部パァ。学校まで追い出されて、家からも追い出されて、私は惨めな人生を送ってきた」

 

 リンカーコアの復活には個人差がある。高町なのはがそうであったように、魔力がすぐに戻った者もいれば、エレンのように戻らなくなってしまった者もいる。

 その理由はもうわからない。『闇の書』は失われ、その理由を知る術は消えてしまったのだから。

 もっとも……今の二人には関係ないようだが。

 

「まあ、それでも? 施設で暮らしながら頑張ったわ。馬鹿みたいに努力して技師になってさぁ。そしたら何? まさかあの八神はやてが私を勧誘するじゃない」

 

 笑っちゃうわよ、とエレンは吐き捨てた。

 

「私から全てを奪っておいて、のうのうと生きてるばかりか、私に『エレンは天才やね』なんて……よくそんなふざけたことが言えたわね?」

「わ、わたしは、そんなつもりじゃ……」

「知ってるわ。だから腹が立つのよ」

 

 エレンが一歩、はやてに歩み寄る。はやては、強大な魔力を持つはずの彼女は、何の魔力も持たない女性に気圧された。

 

「犯罪者がのうのうと生きて笑ってるのが気に食わない。あんたさぁ、遺族に頭下げて回ったんだって?」

 

 ホント意味わかんないわぁ、とエレンは嘲笑った。

 

「あんたがやったわけじゃないでしょ? なのにどうしてあんたが頭下げてんの? 犯人でもない奴に頭下げられてさぁ、遺族が本心出すと思ってんの? 自己満足よ、自己満足。あんたのしてきたことは、ぜぇーんぶ、無駄」

 

「そ、そんな……」

 

 はやての足から、力が抜けていく。

 ――償いをしてきたつもりだった。

 けれど、今、それが否定された。

 被害者に。

 償うべき相手に。

 

「死んじゃいなよ」

 

 エレンのナイフが、振り下ろされる。

 はやては、ひっ、と身を縮めた。

 

 ――ザシュッ。

 

 はやての肩を、刃が薄く切り裂く。エレンは、あんたさぁ、と薄い笑みを浮かべた。

 

「聞いてみたい? 天才と呼ばれた私が落ちこぼれになって、親にまで捨てられて、どんな風に生きてきたか?」

「もうやめてぇ!!」

 

 はやては、耳を押さえてうずくまる。エレンは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「あんた、やっぱり偽善者よ。口では償うだのなんだの散々言っといて、いざ責められたら自己防衛。偽善も甚だしいわ」

「あ、あ……」

「その点、ララウェイ執務官は……ああ、もう違うか。どうでもいいけど。なんにせよ、そこで寝てる人は違ったわ。わかってるんだもん。遺族が犯罪者に何を求めてるか」

 

 ――死ぬことよ、とエレンは言った。

 

「無意味に。無価値に!! 存在の尊厳さえも奪われた状態で死ぬこと!! 私たちが望むのはそれだけ!! 謝罪なんて!! 償いなんて求めてないのよ!!」

 

 そして、刃が振り下ろされる。

 ――しかし。

 

「鋼の軛ぃぃッ!!」

 

 突如現れた白銀の刃がそれを止めた。エレンのナイフが、音を立てて宙を舞う。

 

「ご無事ですか!? 主はやて!?」

「ザ、ザフィーラ……?」

「お下がりください」

 

 ザフィーラはそう言うと、エレンと向き合った。エレンは笑う。

 

「あら、お早いお着きね。私の謹製の拘束具抜けてくるなんて」

「守護騎士をなめるな。……エレン・ローグ。貴様は、裏切ったのだな?」

「勘違いしないで。私はあんたたちの味方だった記憶はない」

 

 エレンは言い捨てる。ザフィーラは、成程、と息を吐いた。

 

「間者ということか」

「ご名答。あんたたちはいい情報源だったわ。まあ、ランバード一佐は私のことについてなんとなく気付いてたみたいだから、楽勝ってわけじゃなかったけど」

 

 言って、エレンは懐から球状の何かを取り出す。

 

「殺してやろうって思ったけど、やめたわ。絶望の底で苦しめ、犯罪者」

「待て!!」

 

 ザフィーラが叫ぶが、エレンが掲げた何かが光り出すと、その体が消えていく。

 転移魔法だ。エレンは魔法を使えないはず。それでも使えるのは、おそらく手に持ったあの道具が理由か。

 

「私はあんたたちを、いや、あんたを絶対に許さない。八神はやて。それが、被害者の総意よ」

 

 そして、エレンは消える。

 

「あ、あ、あ……」

 

 はやては崩れ落ち、言葉にならない声を漏らす。

 ――心が、軋む。

 

「あああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!」

 

 

 

 夜が、堕ちた。

 かつて、一人の男が宣言した現象が。

 

 八神はやては――その翼をもがれ、堕ちていく。

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