本編より三年前のお話です。
『にじふぁん』時代にお世話になりましたKyonsi先生とのコラボ作品。
今後作品は全力でシリアスモードに入るので、その前の息抜きとして頂ければ。
管理局本局。昼夜の概念がないために何ヶ月も過ごせば体のリズムが狂ってくるとされるその場所は、世界平和の要とされる要所だ。
JS事件から一年が経った今も、管理局は不安定なままである。特にミッド地上は変わらず本局に対して強い不信感を抱いているし、本局と地上を繋ぐと謳った理事会も大した成果を残せずないままにここまで来ている。
「……っとに、陰鬱だよなここ」
そんな本局の食堂で、カグラ・ランバードはポツリと呟いた。周囲から感じるいくつもの視線に、僅かながら敵意を感じる。
カグラには理事会の便利な手駒という裏の顔がある。それ故に、それこそ様々な肩書きかあった。
地上では一佐として首都防衛隊の統括官の一人として活躍し、本局の戦技教導隊では教導官を人格面において教育する特別戦技教導官という役職に就く。他にも監査官や特別捜査官など、何かあれば必ず動ける立場に置かれ、同時にその職務を全うしてきたのがこの男である。
それ故に、カグラは何着も違う種類の制服をもっている。本局にいるなら教導官の制服なり特別捜査官の制服なりを着ればいいのだが、彼は敢えて地上本部の制服を着ていた。
(こんなんで世界を守れんのかね? くだらねぇ馬鹿ばっかりだよ)
内心で呟く。JS事件は本局と地上の確執が原因だ。だというのに、今も尚こうしていがみ合っている。
成長しない組織だ、とカグラは呟いた。
――と、その時。
「カグラ? 何故キミがここにいる?」
「ん? おー、クロすけじゃねーか」
「……その呼び方は止めろ」
不意にかけられた声に対するカグラの反応に、管理局が誇るサラブレッドの一人――クロノ・ハラオウン提督は不機嫌そうに眉を寄せた。カグラは、ははっ、と笑う。
「何だよ、未だに師匠は苦手か?」
「……頼むから思い出させるな」
クロノは疲れたように言う。カグラは重ねて笑った。
「天才クロノ様もネコミミ師匠にゃ勝てねぇのな?」
「いいからその話題から離れろ」
カグラと相席しながら、クロノは言い放つ。そんなクロノの態度が面白く、カグラは、くっく、と笑みを零す。そんなカグラに対し、第一、とクロノは言葉を紡いだ。
「天才というならキミこそだろう? かつての『エース・オブ・エース』のくせに」
その言葉に、カグラの表情が大きく変わった。笑みから、空虚で硬質的なものへと。
だが、すぐにカグラはその表情を苦笑に変える。そうしながら、いや、とカグラは首を左右に振った。
「……俺ぁ偽物だよ。大切な奴一人守れなかった。翼も折れて当然さ」
「……すまん」
「いいさ」
カグラは苦笑を深くする。ハリボテの英雄は翼をもがれ、今も尚、地べたを這いずり回っている。
それだけの、話だ。
たった、それだけの物語。
だから……ここで語るべきことは、そんなことじゃない。
「時に、クロノよ」
「どうした?」
カグラの目が怪しく光ったことに気付かぬまま、クロノは聞き返した。カグラは、いやいや、と言葉を紡ぐ。
「未だに妹が『お兄ちゃん』って呼ぶと動揺するらしいな?」
「ぶっ!? な、な、なにを!?」
「いやー、カリムの姐さんから聞いたぜ? 『お互いいい大人だ。お兄ちゃんはやめろ』。あっはっは。――馬鹿じゃねぇの?」
「くっ、貴様!」
「つかおめぇ、あれだ。動揺すんのはあれだろ? やましい気持ちがあるからだろ?」
「なっ!? あるわけないだろう!?」
「動揺すんのが怪しいんだよ。エイミィだけじゃ飽きたらず、義妹にまで手ぇ出す気か? エロノめ」
「出す気などない!」
「だから動揺してんのが怪しいんだよ。このムッツリスケベ」
カグラは笑う。ピキピキと、クロノの額に青筋が浮かび上がった。
「カグラ。久し振りに模擬戦でもしようか。ああ、すまんな。久し振り過ぎて非殺傷設定が甘いかもしれんが勘弁してくれ」
「お前ホント面白ぇよな。けどあれだ、クロノ。士官学校時代ならいざ知らず、俺たちは今や指揮官だぜ? どうせなら大隊戦でもしようじゃねぇか」
ニヤニヤと、カグラは笑いながら言う。クロノは、いいだろう、と頷いた。
「場所は?」
「本局の使われてねぇ大隊戦用の模擬戦ルームがあるだろ? あそこでやろうぜ。そうだな……人集めに一週間として、一週間後にやろう」
わかった、と、クロノは頷いた。
カグラは、笑みを深くする。
「言ったな? 後悔すんなよ?」
◇ ◇ ◇
管理局には、定期的に戦技披露会というものがある。
それは優秀な技能を持った魔導師同士が互いに宿す技能を広め、士気を高めるという行事だ。
少し前ならば、『エース・オブ・エース』と『烈火の将』で行われた戦いは最早伝説となっているし、ついこの間であれば『雷光の死神』と引き分けたことにより『地上本部のエース』と呼ばれるようになった執務官対決も手に汗握るものだった。
しかし、実はかつての戦技披露会は個人戦だけでなく、団体戦も行われていたという記録が残っている。
提督や部隊長などの指揮官が部隊を率い、互いに研鑽を積むというものだ。
だがこれは手間がかかりすぎるために廃止された。最後に行われたのは十年単位の昔である。
――しかし、今。
地上と本局の雄がそれぞれの誇りをかけて覇を競うため、再びその伝統行事が行われようとしていた――
はずだが。
「……どういうことかな、クロノくん?」
「……すまない」
「凄いよね。クロノくん、本局の看板背負ってカグラくんと戦うんだって? 私も誇らしいよ。毎日のように偉い人から電話で釘刺されてね。お義母さんにまで言われてさ。ホント誇らしいよ。流石は私の旦那さんだね」
「あ、あの、エイミィ……」
正座をさせられ、エイミィに見下ろされる形で言葉を下されているクロノ。そを哀れに思ったのか、フェイトが助けに入ろうとする。しかし、エイミィに睨まれると、哀れフェイトは一瞬で萎んでしまった。
「ご、ごめんなさい」
「フェイトちゃんが謝ることじゃないよ。むしろ、喜ぶことだもん。クロノくんがこぉーんなに立派になるなんて……ね?」
エイミィは笑っているが、目は笑っていない。
というか、額に青筋が浮かんでいた。
クロノは、すまない、と再び呟く。今度はアルフがフォローに入った。
「まあまあ、エイミィ。クロノも悪気があったわけじゃないだろ?」
「だからこそ問題なんだよね。クロノくんになくても、向こうには絶対裏があるから」
はあ、と、エイミィはため息を吐く。
「カグラくんは、私とクロノくんの士官学校時代の同期でね。その時の主席はクロノくんで、次席は私だったんだけど……」
「凄いじゃないかエイミィ」
アルフが素直に驚く。フェイトも頷いていた。
エイミィは魔力を持たない。士官学校というエリートが集まる場所で、それでも次席を取るというのは並大抵のことではない。
だがエイミィは、そうじゃないんだ、と首を左右に振った。
「カグラくんが本気を出してたら、私は次席になんてなれなかったよ。クロノくんだって、主席になれたかどうかわからないもん」
「……身体検査を魔法で誤魔化して低評価にするような奴だ。その能力ははっきり言って当時では飛び抜けていた。士官学校に入ったばかりの頃に冗談でエイミィがカグラの魔力を測定したら、当時でSランク級の魔力があったからな」
「口止めされたんだけどね。都合が悪いから、って」
エイミィは苦笑。フェイトが、どうして、と首を傾げた。
「そんなに凄いなら、隠す必要なんて……」
「……隠さなきゃ、カグラくんは表舞台に立てなくなるとこだったんだよ」
エイミィは、何かを堪えるように言った。クロノが立ち上がりながら頷く。
「カグラには、所謂後ろ盾がなかった。あまり言いたくないが……僕には母さんがいたし、エイミィにも両親がいた。だが、カグラは孤児だったんだ。……あまり管理局を否定するような言い方はしたくないんだが、当時の管理局には『特殊制圧部隊』というものがあってな。カグラが本当の実力を見せれば奴は間違いなくそこへ放り込まれていただろう。無理矢理士官学校を退学させられて、だ」
「どういうことだい?」
アルフの問いに頷いたのはエイミィだった。
「管理局は『制圧部隊』……別名、『屍部隊』のことは今でも否定してるけど、それは確かにあったんだ。私は関わらなかったんだけど、クロノくんたちが潰した部隊だから」
「キミを巻き込めるわけがないだろう」
クロノは憮然として言う。そんなクロノの様子を見て、フェイトとアルフは微笑を浮かべた。目を閉じて腕を組みながらクロノが何かを言う時は、照れ隠しだとみんな知っている。今が正にそれだ。
当然の如くそれを知っているエイミィはありがとう、と頷き、言葉を紡ぐ。
「その部隊はね、本来なら存在しない部隊なんだ。そして存在しないからこそ、誰かが死んでも全てなかったことになる」
「そこに集められるのは、『問題がある優秀な魔導師』だ。……カグラの両親は、管理局の派閥争いに負けて自殺したらしい。当時の管理局上層部はカグラが両親を死に追いやった自分たちを恨んでいると考えていたみたいだ。そういう意味で、『問題があった』んだ」
もっとも、カグラ自身は多少思うところがあった程度だったようだが。
「そんな状態でオーバーSなんて力を見せてみろ。カグラが何かをしなくても、上層部はカグラを消そうとする。理由は、『何かをされるかもしれないから』だ」
「『特殊制圧部隊』っていうのは、そういう部隊だったんだ。危険な任務のみを引き受けて、多くの犠牲を出しながらもそれが認識されない部隊。異常だよ」
「管理局のために死ぬことを強制される、異常者のレッテルを貼られた部隊。カグラはそこに入れられないために、管理局を騙し続けた」
そういう奴なんだ、と、クロノは言った。
「良い意味でも悪い意味でも、カグラはカグラ自身の立場というものを理解している。自分の実力と、周囲の評価というものを恐ろしく冷静に判断できる男だ。正直なことを言えば、一番敵に回したくない男だな」
「それを敵に回して、更にこんな大事にしたのは誰かな?」
「……すまん」
クロノが再び頭を垂れる。エイミィはため息を吐くと、もういいよ、と言葉を紡いだ。
「こうなっちゃったら、クロノくんももう引き返せないからね。士官学校時代のみんなに連絡とってみるよ」
「ありがとう。助かる」
「フェイトちゃんとアルフも、手伝ってくれる?」
エイミィが問う。すると、うん、とフェイトは頷いた。
「勿論だよ。クロノ、エイミィ」
「あたしもさ。まあ、あたしは現場から遠ざかって長いから、役に立つかどうかわかんないけどね」
「いや、本当に助かる。ありがとうアルフ」
クロノは礼を言い、そして、さて、と呟く。
「勝ちにいく。奴が何を仕掛けてこようがな」
◇ ◇ ◇
「僕を、ですか?」
「ああ。お前を俺の部隊に引き入れたい。どうよ?」
「不可能ではありませんが……僕でよろしいのですか?」
カグラに言われ、デスクワークをしながらファイムは問いかけた。会話をしながらもその手のスピードが落ちる様子は微塵もない。しかしそんなものは見慣れたものであるカグラは特に驚くこともなくおうよ、と頷く。
「お前は指揮官としてもやれるからな。是非欲しい」
「参加することはやぶさかではありませんが、勝算はあるんですか?」
整理の終わった資料をまとめながら、ファイムは聞く。カグラは肩を竦めた。
「あいつはそこまで人脈広くねぇし、いけるだろ。……てか、仕事早いなお前」
「しかし、奥様やはやてさん、フェイトさん、高町教導官などがおられますよ?……これぐらいでないと終わりませんから」
「あー、エイミィは人脈広いからなぁ。そういう意味ではそれなりのメンバー揃いそうだ」
「ニアSが何人もいてそれなりですか……」
ファイムが言うと、カグラは安心しろ、と言葉を紡いだ。
「とびっきりのジョーカーを用意した。やるからには勝つ。……まあ、わざわざ挑発したのにも意味があるしな」
「えっ?」
「くっくっく……理事会に話したら奴らも乗ってきやがった。おかげで全国放送だ。あの野郎の負け面を全国に流せるぜ……!」
あーっはっはっは、と声高々にカグラは笑う。そんなカグラの様子を横目で見ながら、ファイムはポツリと呟いた。
「まるで物語に出てくる悪の親玉だね……。リンネ、こういうのを何て言うんだっけ?」
《何がです、マスター?》
「確かはやてさんに聞いたことが……ああ、思い出した」
ファイムは、チラリとカグラを見る。
「死亡フラグだ」
◇ ◇ ◇
八神家。今日も今日とて忙しい一日を過ごしたはやてを待っていたのは、エイミィからの通信だった。多忙であったために久し振りのコンタクトとなったわけだが、『その話』になった途端はやての表情に苦笑が浮かぶ。
「……ああ、あれ、クロノくんが首謀者やったんですね」
地上でも本局でも話題になっている団体戦。まさかクロノがその中心にいたとは。詳しい話を知らなかったので少し驚いたのだ。
『正確には、カグラくんが主犯なんだけどね。それでね、はやてちゃん。手を貸してもらえないかな?』
お願い、と、エイミィは手を合わせる。はやては、んー、と唸った。
「わたしとシグナムと……ザフィーラは大丈夫やと思います。せやけど、シャマルとヴィータは難しいかもしれません」
『そっかー。いや、十分に助かるよ~。なのはちゃんが難しいって言ってたから、はやてちゃんも来てくれないってなった時、どうすればいいかわかんなかったんだよね』
「なのはちゃん、出られないんですか?」
『途中からでも出られれば、とは言ってくれたんだけどね。……それじゃあ、はやてちゃん。お願いね?』
「あ、はい」
はやては頷き、エイミィはもう一度ありがとう、と口にすると、通信を切った。彼女のことだ。他の知り合いのところへも電話を繋げるつもりなのだろう。
「主はやて」
「シグナム? あ、聞いとった?」
「はい。その件ですが、ララウェイを呼んでは如何ですか?」
「ファイムくんを?」
はやてが聞き返すと、シグナムは頷く。はやては、んー、と苦笑した。
「ファイムくんは忙しいから、難しいんちゃうかなぁ」
「そう、ですか」
「うん。それに、折角執務官として復帰したんやしね」
あんまり邪魔したくないんよ、とはやては微笑んだ。
そんなはやての言葉を聞き、シグナムはわかりました、と頷いた後、小さく呟く。
「……主はやては、不器用だな」
◇ ◇ ◇
地上本部の廊下を歩いていると、人だかりを見つけた。
「ん? なんかあったのか?」
「そのようですね」
リューイ・エンドブロムの言葉に、ミリアムが頷く。二人は人だかりのところまで近付くと、その中を覗き込んだ。
そこに貼られていたのは、一枚の紙。
『戦技披露会大隊戦 参加者急募』
カグラ・ランバードによる、誘いだった。
リューイはその内容を確認し、へぇ、と呟く。
「面白そうだなアレ」
「……マスター。まさか参加なさられるおつもりで?」
興味深げにつぶやくリューイに、どこか呆れたようにミリアムが問う。リューイは、勿論、と頷いた。
「つーか、おやっさん解説者だぜ?」
「……まあ、いいでしょう。部隊長も公認ならば」
着々と、準備が整いつつある。
お祭が――近付いていた。
◇ ◇ ◇
クロノ・ハラオウンは、相手が出てくれるのを待っていた。
相手も忙しい身だ。だから、待つしかない。
『……はい。クロノさん? どうしたんですか?』
相手はどこか戸惑ったような声でこちらに問いかけてきた。クロノは相手が出てくれたことに少しホッとし、言葉を紡ぐ。
「忙しいところ突然すまない。キミに――いや、キミたちに頼みたいことがあるんだ」
そして、クロノはその人物の名前を呼ぶ。
「――緋凰響提督」