――第一模擬戦ルーム。
かつては大隊同士などの大規模な模擬戦の時のみ使用されていたそこは、ここ数年、使われることはなかった。整備こそされていたが、使用する者などいなかったのだ。
だが、今現在そこには合わせて数千を数える局員たちが集結していた。
カグラ・ランバード。
クロノ・ハラオウン。
20代の若手という括りで考えればそれぞれが地上と本局を代表すると言っても過言ではないその二人が、その中心にいる。
『さあさあ、始まります!! 記録ではなんと15年振りの大隊戦!! 参加する局員は合わせてなんと四千五百人!! そのうち二千人を率いるのはこの人!! XV級次元航行艦艦長、クロノ・ハラオウン提督!!』
視界の紹介と共にクロノの顔がアップで映し出され、別の場所から第一模擬選ルームを観戦している者たちが歓声を上げる。
『ハラオウン提督にインタビューをしてみましょう。ハラオウン提督!!』
『クロノ・ハラオウンだ。まずは、このようないきなりのことであるのに拘わらず参加してくれたことに感謝する』
『今回はカグラ・ランバード一佐と共に企画されたと伺っていますが……』
『魔導師は個人の力が重要視されがちだが、その力を発揮するには様々なサポートがあってこそということを忘れてはならない。また、魔導師同士の連携も然りだ。それを確認するためにもランバード一佐と共に今回のことを企画した』
『成程成程、ありがとうございます。ハラオウン提督の陣営には、一度退役なさられた提督の奥様がいらっしゃるとか……?』
『ああ。今回も彼女にはかなり世話になった。いつも支えてもらい、感謝している』
『おっ、ノロケですね?』
『なっ!? ちが――』
『さあ提督のノロケが入ったところでハラオウン提督陣営の主力メンバーを紹介したいと思います!!』
どっ、と会場に笑いが広がる。そんな中で最初に映し出されたのは、金色の美しい髪を有する女性だ。
『まずはこの人!! 全女性管理局員憧れの的!! 結婚したい女性ランキング殿堂入り!! 犯罪者からは『雷光の死神』と恐れられるSランク魔導師!! フェイト・T・ハラオウン執務官です!!』
その紹介と共に歓声が上がる。『フェイトちゃ〜ん!!』という野太い声の大合唱はきっと気のせいではない。
『では一言どうぞ!!』
『えっ、えっと、その……が、頑張ります』
うおおおおおおっ、と、更なる歓声が上がる。フェイトは顔を真っ赤にしていた。
そして画面が切り替わり、今度は茶髪の小柄な女性が映し出される。
『更に!! あの『ゆりかご戦役』において『奇跡の部隊』を率い、その後も第一線で数々の難事件を解決する『地上本部の切り札』こと八神はやて一等陸佐!!』
歓声。今回は、男女共に純粋な賞賛の声だった。はやては、なはは、と苦笑する。
『一言お願いします!!』
『買い被り過ぎや。ただ、ベストは尽くさせてもらうよ。みんな、頑張ろな?』
客席だけでなく、模擬戦ルームの方でも歓声が上がる。大変な盛り上がりだ。
『更に更に更に!! かつて戦技披露会でかの『エース・オブ・エース』と引き分けた『烈火の将』こと八神シグナム一等空尉!! ハラオウン提督の奥様でありあの『アースラ』でも活躍した経歴を持つエイミィ・ハラオウンさん!! そしてそして――』
――どよっ。
一気に紹介しようとまくし立て始めた司会の言葉を遮るように、会場がざわめく。見れば、会場のスクリーンの映像が、別のものに切り替わっていた。
その映像は、マントを羽織り、いかにもな格好をしたカグラが装飾の為された椅子でふんぞり返っている映像だ。
カグラの後ろではパーカーを着、フードを被った上で口元を隠しているために顔が伺えない女性と、頭痛を堪えるように額を押さえているバリアジャケットを纏ったファイム・ララウェイの姿もある。
ある意味電波ジャックに近い状態。それを受け、司会が声を張り上げる。
『おーっとぉ!! これは一体どういうことだ!? カグラ・ランバード一佐が突如乱入してきたぞぉっ!!』
『人聞きの悪ぃこと言ってんじゃねぇよ司会。待ちくたびれて出て来ただけだっての。……まあいい。よう、クロノ。負けた時の言い訳はもう考えたか?』
『……いや、キミに何と言葉を返そうかを今迷っている』
『んだよ、つまんねぇ野郎だな』
カグラは立ち上がりながら肩を竦める。司会が声を張り上げた。
『さあさあさあさあ!! ご紹介致しましょう!! 先代『エース・オブ・エース』にして、数々の異名と伝説を持つ地上の雄!! カグラ・ランバード一等陸佐です!!』
わああっ、と歓声が上がる。地上に籍を置いてこそいるが、彼は管理局という組織において破格の人気を誇るのだ。
『管理局内理想の上司ランキング上位常連のランバード一佐にインタビューを行いましょう、どうぞ!!』
『まずはそこのクロすけと同じで礼を言わせてもらうぜ。よく集まってくれた。ありがとうな』
歓声。カグラはうんうんと頷く。
『そこの奴が言った通り、今回は普段中々経験できない大隊の連携を学んでもらうために企画した。まあ、つってもお祭だ。派手にいくぞ派手に!!』
わああっ、と再び歓声が上がる。
『だが、やる以上は勝たせてもらう。クロすけぇ、覚悟しろよテメェ?』
『おおおっ!! 宣戦布告だぁ!! ハラオウン提督!! 如何ですか!?』
『こちらの台詞だ、カグラ。……だが、その前に一つ聞かせてもらう』
クロノは、神経な表情で画面越しにカグラを見据えた。
『何故、貴様の方には防壁がある?』
会場の空気が、一瞬、止まった。
そして、司会が声を張り上げる。
『流石はハラオウン提督!! 誰もが疑問に思いながらもスルーしてきたことに容赦なくつっこんだ~!!』
『何!? そうだったのか!?』
『クロノくん、空気読もうよ……。いや、私も気になってたけどさ』
『あっはっはっはっは!! いやー、やっぱり最高だわクロすけ!!』
カグラは腹を抱えて笑い出す。そうしてひとしきり笑うと、なーに、と言葉を紡いだ。
『造ったんだよ。いやー、この規模となるとあれだな。一週間は余裕でかかるな。大変だったぜ? 資材運び込んだり魔力コーティングかけたり色んなとこから予算ちょろまかしたり』
『貴様正気か!? こんなことのために何をやってるんだ!?』
『やるからには勝つしかねぇからな。つーか、クロノ。お前、勘違いしてんじゃねぇか?』
カグラは、真剣な表情で言葉を紡いだ。
『どっちが勝っても『お互い頑張ったな』なんて言ってなあなあにするつもりか? 馬鹿かテメェは。俺たちの、それこそ一対一の試合ならそれでもいいだろうけどな。俺たちは互いに兵隊を率いてんだよ。そいつらの誇りを背負ってんだよ。勝たせてやらなきゃいけねぇんだよ。卑怯ってんならそれでもいいけどな。俺は何と言われても勝つぞ。それが俺についてきてくれてる奴らへの、せめてもの礼だ。違うのか、クロノ・ハラオウン?』
『……違わないな。いいだろう。キミを卑怯などとは決して呼びはしない。だが、勝つのは僕たちだ。それだけは譲れない』
二人の視線がぶつかり合う。カグラは、上等だ、と呟いた。
『いい面になったじゃねぇかお坊ちゃんよ』
『ふん。今更だ』
歓声。観客のテンションが、一気に上がっていく。
『おーっとぉ!! これは熱くなってきたぞぉ!! さあさあさあさあさあ!! それではランバード一佐陣営の主力をご紹介します!! やはりこの人が一番でしょう!! 皆様も記憶に新しいと存じます!! ついこの間の戦技披露会であのフェイト執務官と引き分けた『地上本部のエース』こと、ファイム・ララウェイ執務官!! ランクこそ空戦A+ですが、誰もがそれ以上の実力があると理解しています!! ララウェイ執務官!!』
『ありがとうございます。未熟な身ではありますが、全力を尽くさせて頂きます』
キャーキャー、と黄色い声援が上がる。司会は更に紹介を進めようとしたが、それをカグラが遮った。
『まあ待ちな。観客もそろそろ待ちくたびれただろう。紹介なんざ随時やってきゃいい。さっさと始めようぜ』
『同感だな』
カグラとクロノが、互いに開戦を催促する。司会は、わかりました、と頷いた。
『時間制限はありません!! ルールは単純!! 両陣営の大将が捕縛されるかノックアウトされるかで勝敗が決まります!!――それでは皆様!! ご唱和ください!! レディ――』
会場と、模擬戦ルームの者たちが声を合わせる。
『『『ゴーッ!!』』』
◇ ◇ ◇
「始まったねぇ、クロノくん。どう出るの?」
「まずは防壁に辿り着かなければ意味がない。はやて、指揮を……」
クロノの言葉が止まった。クロノの視線の先には、何か黒いものを背負ったはやてがいる。
「ふーん……女の子にきゃーきゃー騒がれて、さぞええ気分やろなぁ……。笑ってるもんなぁ……」
「あ、主はやて?」
ザフィーラが声をかけるが、はやてには届いていない。クロノは思わず目を逸らした。出来れば見なかったことにしたい。
クロノはゴホン、と咳払いをすると、フェイト、と彼の義妹を呼んだ。
「フェイト。はやてはダメだ。キミが部隊を率いて出陣してくれ」
「えっ、でも……」
フェイトははやてをチラリと横目で見る。クロノは首を左右に振った。
「はやてはファイムが出てきた時に出陣させる。すまないがフェイト、第一陣を任せても構わないか?」
というか、ファイムにぶつけないと被害がこちらへ飛んできそうだ。それは色々な意味で勘弁して欲しい。
フェイトははやての方を見ながらも、こくりと頷く。
「うん。わかった」
「頼む。まだオープニングだ。無理をする必要はない。向こうからAAAランク以上の魔導師が投入されるようなら、退いてくれていい」
「うん。じゃあ、行ってくるねクロノ」
「ああ。エリオとキャロを連れて行くといい。フリードリヒなら許可が出ている」
わかった、と、フェイトは頷き、予め編成されていたいくつかの部隊のうちの一つを連れて行く。
そうして出発したフェイトを見送ってから、クロノは後ろを振り返った。
「準備はできているか?」
「ええ。大丈夫です」
頷いたのは、腰に二本の刀を差した精悍な顔つきの青年だ。艶のある黒髪をしている。
「俺を含めて、三人ともいつでも出られます」
「そうか……助かる。キミたちの力で戦線をこじ開け、一気に攻め落とすつもりだ。頼んだぞ」
「はい」
青年は、カチャリと刀の柄に手を置く。
刀……次元世界でも珍しい、片刃の刃だ。
「緋凰響、推して参ります」
◇ ◇ ◇
「んー、フェイトの嬢ちゃんが出て来たか。予想通りだな」
「そうなんですか? 僕はてっきり、はやてさんが出て来るとばかり」
カグラの言葉に、ファイムは僅かに首を傾げてそう言葉を返した。はやては優秀な指揮官だ。攻め時も退くべき時もきっちりと理解している。故に最初に出て来ると思っていた。彼女の場合広域魔法が得意でもあるため、混戦になるとむしろ動きにくくなるのだ。
カグラはチラリとファイムを見ると、まあな、と呟いた。
「こっちにゃ生贄がいるからな。ま、はやての嬢ちゃんはしばらく放っといて大丈夫だろ。……ふむ。ちっと早い気がしねぇでもねぇけど、切り札その一でも投入するか」
カグラは立ち上がり、ファイムに指示を出す。
「相手の出鼻を挫くぞ。ファイム、あいつを出せ」
「了解しました」
ファイムは頷き、部屋を出て行く。カグラは、さーて、と呟いた。
「早いとこ手の内見せてもらわねぇとな」
その瞳は、激化する戦場を眺めていた。
◇ ◇ ◇
「砲撃隊、一斉掃射!! 歩兵隊、一時退避!!」
「「「はい!!」」」
フェイトの指示を受け、隊員たちが行動を始める。状況は、劣勢だった。
まずフェイトが読み違えたのは、カグラ陣営の部隊が待ち伏せをしていたことだ。わざわざ幻術で迷彩をかけてまでである。
カグラは防壁を造り、守りを固めていた。それ故に迎え撃ってくるとは想定していたが、こんなに前で待ち構えているとは思っていなかったのだ。
――互いの陣営の真ん中に当たる場所で、激戦が繰り広げられている。
だが、徐々に。しかし確実に、フェイトは押され始めていた。
(防壁を利用した守り主体の戦い方をしてくると思ってたけど……)
遠い敵の本陣を睨むように見ながら、フェイトは歯噛みする。これは、自分のミスだ。自分の判断の甘さが、この状況を生み出した。
歯噛みするフェイト。そのフェイトの視界に、敵陣へと飛んでいく隊員の姿が映った。
フェイトは、思わず叫ぶ。
「無茶だ!! 戻れぇっ!!」
フェイトのその言葉が届いたのだろう。その身を犠牲に任務を達成せんと敵陣へと飛来していく隊員たちは、微笑みを浮かべながら敬礼した。
「…………ッ!! 私も!!」
フェイトはバルディッシュを握り締め、空へと上がろうとする。だが、それをエリオとキャロが止めた。
「待ってください! フェイトさんを失えば、部隊は全滅します!」
「エリオ……だけど――」
「お願いです! フェイトさん!」
「……キャロ」
フェイトにしがみつき、キャロは必死にフェイトを止める。エリオも必死にフェイトを止める。
しかし――戦場において、その隙は致命だ。
「報告します!! 敵部隊が退いていきます!!」
逡巡さえも、戦場では許されない。
潮が引くように退いていく敵部隊。いや、違う。あれは――
「撤退? まさか」
「――――ッ!? あれは――!!」
隊員の一人が何かを目視し、声を張り上げるが――遅い。
――――ガドンッ!!!!!!
駆け抜けた閃光が炸裂し、大地を砕いた。
最前線に立っていた魔導師たちは吹き飛び、部隊は甚大な被害を被る。巻き起こる爆炎。その炎は彼女の好敵手でもある烈火の将とは違う、金色の炎。
フェイトは、ギュッ、と、バルディッシュを握り締めた。
「テスタロッサ執務官。お相手願います」
圧倒的な一撃を放った人物――AAA+ランク魔導師、リューイ・エンドブロムは、彼自身の得物である大剣型のデバイス『ブラッディハウンド』の切っ先をフェイトに向けながらそう言葉を紡いだ。彼の変換資質によるものだろう。揺らめくように炎がその身に纏わりついている。
フェイトは、その人物を睨みつけた。
「リューイ・エンドブロム三等陸尉と、ミリアム・エンドブロム一等陸士だね」
「光栄です」
『私共如きをご存じとは、感謝の極みです』
リューイとミリアムが、それぞれ言葉を紡ぐ。そして。
「一手ご指南、お願いします」
リューイが地面を思い切り蹴り飛ばす。フェイトはそれを迎え撃ち、バルディッシュでリューイの一撃を受け止めた。
「はあっ!」
ギィン、という音を響かせ、フェイトはリューイを弾く。リューイは逆らうことなく後退、地面を削りながら勢いを殺す。
そこへ、フェイトは追撃を仕掛ける。
《Foton Lancer》
「ファイア!」
十数発の雷を纏った魔法弾が放たれ、リューイを狙う。リューイはブラッディハウンドを振り抜き、それを打ち払った。そうして再びフェイトに接近しようとした瞬間、彼の鼓膜が声を捉えた。
「ダメ! フリード!」
キャロの声。リューイが顔を上げると、上空からフリードリヒがこちらへと急降下してきていた。直撃コース。竜の体当たりなど、喰らえば無事では済まない。
『マスター』
「わーってる! ブラッディハウンド!」
《Flame Cannon》
簡単な応答機能しか持たないデバイスが、声を発する。ブラッディハウンドの剣先から、金色の炎を纏った閃光が放たれた。
「フリード!!」
「ギャウ!!」
フリードリヒは旋回し、それを避ける。そうして生まれるのは、リューイ・エンドブロムの一瞬しかない隙。
「覚悟!!」
その一瞬を逃さんとし、エリオと数人の隊員たちがリューイを取り囲む形で各々のデバイスを振り下ろす。リューイは、口元に笑みを浮かべた。
「なめんなよ?」
『フォール・ダウン』
――ズガガッ!!!!!!
先程リューイが空へと放った一撃が、上空で魔法陣を形成。そこから魔法弾を生み出すと、空から降り注いだ。
リューイ・エンドブロムの豊富な魔力と、ミリアム・エンドブロムという優秀な魔力操作能力を持つユニゾンデバイスがいるからこそ可能な荒技。
降り注いだ魔法弾はエリオたちを撃ち抜き、動きを奪う。ふう、と、リューイが息を吐いた瞬間。
――ドルンッ。
まるで自動車のエンジン音のような音が聞こえた。リューイは反射的に構えようとするが、間に合わない。
「しまっ――」
「油断、大敵!!」
ドガアッ、という凄まじい音と共に、隊員たちが身を挺して庇ったために無傷でリューイの一撃をやり過ごしたスバル・ナカジマが、その拳をリューイの腹部に叩き込んだ。
「がっ!?」
『マスター!?』
くの字になりながら空高く打ち上げられリューイは呻き声を漏らす。しかしリューイは空中で何とか姿勢を取り戻すと、大丈夫だ、と言葉を紡いだ。
「今のは効いたぜ……けど、スバルさんは陸戦魔導師だ。空なら」
リューイが呟いた瞬間、彼を中心に据えたいくつもの道が出現した。的を絞らせないために、スバルがいくつもの『リューイに到達する道』をウイングロードで生み出したのだ。
無数の道が、リューイ・エンドブロムという中心を目指す形で交差する。
「確かに、陸戦魔導師ならこれが最良の解答なんだろうな。けど」
リューイは目を閉じ、音を探る。
――聞こえるのは、ローラー音。
「空を舞う自由さには程遠い!!」
右拳に魔力を充電。リューイは、スバルを待ち構える。
しかし、現れたのは。
《Hello,Boy?》
ローラーブーツだけ――マッハキャリバーだけだった。
《I think……》
リューイは驚愕で一瞬、動きを止め、それが致命的な隙を生む。
《〝The conclusion is rather weak〟》
――『詰めが甘い』。
デバイスであるマッハキャリバーに言われたリューイは、ちくしょう、と言葉を漏らした。
その背中に、蒼き拳が迫り来る。
「ディバイン――」
リューイは、防御も間に合わない。
「バスターッ!!」
放たれた砲撃が、リューイ・エンドブロムを飲み込んだ。
◇ ◇ ◇
『決まったーッ!! JS事件の英雄が一人!! 『銀制服のエース』ことスバル・ナカジマ防災士長の一撃が、リューイ・エンドブロム三等陸尉を飲み込んだ~!!』
司会が声を張り上げる。大画面に、今のやりとりがもう一度再生された。観客たちからも歓声が上がる。
『では!! 解説をゲストにお願いしたいと思います!! 本日お越しいただいたのは陸士108部隊の部隊長ゲンヤ・ナカジマ二等陸佐と、先日S-ランク認定を受け共同体入りした天才魔導師ソラ・ウィンガード三等陸尉のお二人です!!』
『ゲンヤだ。よろしく頼まぁ』
『何故俺はこんなとこに……断ったのに……』
画面の右端に、司会と一緒に映る二人の姿が映し出される。
『今回、ナカジマ二佐はランバード一佐に協力されていると伺いましたが』
『そうなんですか、ゲンヤさん?』
『うちの部隊の隊員には丁度いい訓練を積ませられるからな。それだけだよ。そういうお前さんも、何人かハラオウン提督殿の橋渡しをしたらしいじゃねぇか』
『偶然ですよ。この間教導でお世話になったんで、その伝手で。向こうは天才艦長ですよ?』
『オメェも人のこと言えねぇだろうに』
『ノーコメントで』
まだ齢十二、三程度の少年がゲンヤの言葉に対して肩を竦める。そんな二人のやり取りを見ていた司会が、それでは、と二人に言葉を紡いだ。
『先程の戦闘について解説をお願いします!!』
『そうだな……まあ、結論から言えばリューイの経験不足だな。……ソラよ。お前さんは参加しねぇのか?」
『そうですね。ナカジマ防災士長の戦い方はある意味で陸戦魔導師の模範解答ですよ。……元々、今日は別件の仕事があったんですけどね。カグラさんに無理やり連れて来られました』
『まあ、つってもリューイはスバルにぶっ叩かれるまでの立ち回りは巧かったがな。ま、今後に期待ってとこか』
『同意です。……流石は『エース・オブ・エース』の教え子ですね。切れる手札を組み合わせて相手を圧倒しています。流石としか言いようがない』
『しかし、これは今回のみしか通用しないのでは?』
司会の質問。それに対して、ソラはそうでもないですよ、と言葉を紡いだ。
『あれを見せたおかげで、相手は否応無しに警戒するしかなくなります。それだけでもかなり違いますよ』
『手札ってのは、『使うかもしれない』と思わせるだけでも十分効果がある。そういう意味でも、スバルは確かに巧かったわな』
『はぁ~……凄いですね』
『この程度の駆け引きは普通ですよ。ただ、流石に音に聞こえたストライカーですね。強い』
『ま、リューイも今のでダメージは入ったろうがリタイアすることはねぇやな。ひよっこでも、奴は真正ベルカの騎士。そう簡単にはくたばらん』
――わああっ、と、歓声が上がる。
模擬戦ルームの中心部に、いくつもの道が出現した。
ウイングロード。
エアライナー。
それぞれ、ゲンヤの娘が使う魔法だ。
『それにカグラは、黙って指くわえてるような器じゃねぇやな』
『同感です。……てか、帰りたいんですけど』
『却下だ』
『……はぁ』
◇ ◇ ◇
『ギン姉!! ノーヴェ!!』
『スバル、手加減なしよ』
『いくぜスバル』
スバルと相対するのは、ギンガ、ノーヴェのナカジマ姉妹コンビ。モニターでその様子を見ながら、ふふん、とカグラは笑う。
「リューイがフェイトの嬢ちゃんたちに勝てねぇのはわかってたこった。けどま、あいつはよくやった。とりあえずこのオープニングを制すりゃ、全体の流れはこっちに傾く」
カグラは右手を開き、掌を上へと向けながらゆっくりと握り締める。流れというのは大事だ。まずはそれを掴まなければならない。
最初の衝突で勝利を掴めれば、その流れを手中にできる。
「左右に部隊は放ってる。後は――」
カグラが言葉を紡ごうとした瞬間、モニターに切羽詰まった様子の部下がいきなり映し出された。
『報告!! 右翼部隊、襲撃を受けています!!』
「なんだと? 人数は?」
『ふ、二人です。ですが……』
報告の途中で、その魔導師が倒れる。そうしてカグラの目に飛び込んできたのは、二人の男女。
カチン、という音を響かせて刀を納刀する長い黒髪の男性と、薄い金髪を腰まで伸ばした女性。
緋凰響。
天雅奏。
共にSランク級の実力を有する天才魔導師だ。
「ちっ……クロすけめ。とんでもねぇカードを切ってきやがった」
言いながら、カグラは振り返る。そこにいるのは、フードを深く被り、ファスナーを一番上まで上げて口元を隠しているせいで顔の窺えない女性だ。
「出番だ。テン……いや、オトヒメだったか」
「……任務は?」
「あの二人を止めろ。可能なら薙ぎ払え」
「了解しました」
そして、女性は腰の刀の束に手を添えると部屋を出て行った。カグラは、さーて、と呟くと、部下へと指示を出す。
「おい。『あれ』持って来い」
数分後、大きな袋がカグラの下へと届けられた。
◇ ◇ ◇
「報告!! 敵の魔導師が数名、こちらへ向かってきています!!」
「撃ち落とします。砲撃隊、準備を。ただし、初撃は威嚇です。当ててはなりませんよ」
「はっ!!」
ファイムの指示を受け、部下が走っていく。ファイムは、ふう、と息を吐いた。
非殺傷設定。魔導が理想の力とされる最大の理由。しかし、非殺傷とは死ににくいというだけで、場合によっては死に至ることもないわけではない。
それに、所詮は魔導も力である。ファイムは防壁で見えない戦場へと想いを馳せた。
漂う、戦場独特の澱んだ空気。ファイムにとって覚えのあるそれは、気持ちのいいものでは決してなかった。
(模擬戦であっても、戦争には変わりない。……嫌だな)
ファイムは、本当に嫌だな、と呟いた。
「懐かしいなんて、感じてる」
管理局に勤めるようになってから、もうすぐ10年になる。だというのに、今もまだ覚えているのだ。
その事実が、やはり自分は歪んでいるのだとファイムに思わせる。
そうして佇んでいたファイムに、声をかける者がいた。
「ララウェイ執務官」
ティアナ・ランスター。こちら側に付いてくれた、優秀な執務官だ。
「ランバード一佐から、左翼の援護に回れと」
「……わかりました」
ファイムは頷き、すみません、とティアナに言葉を紡ぐ。
「ランスター執務官、こちらの指揮をお願いします」
「はい。……あの、ララウェイ執務官」
「何でしょうか?」
ファイムはティアナに問い返した。ティアナは、どこか歯切れが悪そうに言葉を紡ぐ。
「ランバード一佐は、本気で『あれ』を使うつもりなんでしょうか?」
「おそらく、使う気でしょう。あの人は、勝つためにはきっと手段を選ばない」
それぐらいの覚悟は、背負っているはずだから。
「疑問があるなら、戦わない方がいいですよ。その迷いは必ず、あなたの命を奪いにくる」
「ですが、ララウェイ執務官。あなたはそれでいいのですか?」
「いいも何も、戦場の兵士に拒否権などありませんよ」
ファイムは、拳を握り締める。
「例え捨て駒であろうと、なんであろうと」
そうして、ファイムは戦場へと歩み出る。
その先で誰が待っているか、彼はなんとなく知っていた。
◇ ◇ ◇
『さあさあ!! 盛り上がって参りました!! ハラオウン提督陣営よりランバード陣営の一団を迎え撃たんと出陣したのはこの二人!! 緋凰響二等空佐と天雅奏二等空佐!! 共にSランク魔導師にして、次元航行艦の副艦長を務めています!!』
うおおっ、と歓声が上がる。
『その力は圧倒的!! 数十人からなる一団を瞬く間に壊滅させました!!』
『制限なしのSランク魔導師は、一個中隊に匹敵するといいます』
『まあ、そんな魔導師は管理局に5%といねぇがな』
『ランバード一佐はどう迎え撃つのか!! 中心地点でもハラオウン執務官率いる部隊とエンドブロム三尉率いる部隊とが激突しております!! ギンガ・ナカジマ三等陸尉やかの有名な『N2R』の一角であるノーヴェ・ナカジマ一等陸士が相手取るはスバル・ナカジマ防災士長!! というかナカジマ二佐!! 娘さん多いですね!!』
『はっはっは。嫁にはやらんぞ』
『親バカが発動したところでもう一つの激戦地のご紹介を!! 二個中隊を率いるは『地上本部の切り札』八神はやて一等陸佐!! その見事な指揮で相手取っていた中隊を瞬く間に壊滅させています!! 止めるのは誰だ!?』
『まあ……あの人でしょう』
『まあ、間違いねぇやな』
『ランバード一佐陣営より、一個中隊が出陣した模様!! 率いるのは――『地上本部のエース』!! ファイム・ララウェイ執務官!! 図らずも地上の雄同士の対決となりました!!』
『やっぱり。図らずもってカグラさんは狙ってましたよね間違いなく』
『まあ、多分そうだろうな。さて、あのタヌキはどうするつもりなのやら』
『さあ!! 戦闘開始より二時間!! 戦局が大きく動きそうです!!』
◇ ◇ ◇
「響、調子良さそうだね?」
「ああ。こんな大規模なのは本当に久し振りだからな。全力を出すのも」
Sランク魔導師にして、居合の達人。圧倒的なまでの剣術の腕を誇る英傑、緋凰響は頷いた。艶のある黒の長髪が、風に揺れる。
それを見て、響に負けず劣らずの長さの薄い金髪を有した女性が、響の髪の束を手に取る。
「また伸びてきたね。切ってあげよっか?」
「いや、まだいいだろ別に。面倒かけるし」
「響の髪を切るのは面倒じゃないよ?」
そう言って微笑むのは、総合Sランクという実力を誇る、二丁のライフルを手にした女傑、天雅奏。
管理局内でもその実力で有名な二人は、戦場で笑っている。
「でも、少し意外かな。響がクロノさんの要請をあっさり受けたのには」
「そうか? いや、まあ、フレイさんもいいって言ってたしな。むしろ行ってこい、って感じだったし」
フレイ・A・アルトゥール。響や奏の直接の上官であると同時に、恩人でもある人物だ。響が今回のこれに出ようと思う、と告げると、二つ返事でオーケーしてきた。
「確かに」
奏も苦笑。響は、それに、と言葉を紡いだ。
「最近忙しくてあいつらに会ってなかったからな。参加してると思ったんだけど、今んとこ見当たらないな」
「うん。でも、向こうの大将はカグラさんだから。すぐには出さないだけかも」
「あー……あの人は今だに読めないからな。ありそうだ。まあ、俺たちはクロノさんの指示通り本陣を――」
――ゾクリ。
響の背筋を、何かが駆け上がった。何度も自らを助けてくれた直感。
響は奏に視線を送る。奏は、すぐに気付いてくれた。
――マズい?
――相当ヤバい。
――わかった。援護するね。
――助かる。
アイコンタクトでそれだけの会話をすると、響は前を見た。
――風が吹く。
一瞬、ほんの一瞬だけ、響は瞬きによって視界を閉じた。そしてその一瞬の間に――『そいつ』は現れた。
パーカーを羽織り、バリアジャケットは纏っていないその姿。フードを深く被っており、ファスナーを一番上まで上げて口元を隠しているため、顔が窺えない。
ジーンズを履いており、靴も特に変わったところのない市販のものだ。
ただ、一点。
腰に差した刀だけが、普通とは違っていたが。
響の直感が、凄まじい勢いで警鐘を鳴らす。
「オトヒメ、と申します」
その女性は、凛とした声でそう言った。
「久方振りである……といっても、わからないでしょう。ただ、今はあなたとこうして刃を交えられること、感謝します」
「何者だ? どこの所属だ?」
「私はただの無頼。縁ありてこうしてここにおりますが、本来ならばこの祭に参加する資格さえございません」
キィン、という音と共にオトヒメと名乗った女性の背後に魔法陣が展開される。ミッド式のように見えたその魔法陣は、僅かに様式が異なっていた。
響と奏が身構える。オトヒメは、魔法陣から出現した無数の柄を一瞥すると、では、と言葉を紡いだ。
「まずはどれほどの力があるか……見せてください。私にこの刀を抜かせるだけの力、示せますか?」
オトヒメは、彼女の腰にある刀の柄に触れる。
わかりやすい挑発だった。
響はわかっていて、それに乗る。
「いいぜ。見せてやるよ。……ああ、そこ、射程圏内だぜ?」
明らかに刀など届かない場所にオトヒメは立っている。それでも、響はそう言った。
刃が、走る。
――ザギィン!!
緋凰響は、達人である。居合は神速と謳われる技であり、それを極めた響は突っ立っているだけで周囲の人間を薙ぎ払える。事実、そうして響はここにいた部隊を薙ぎ払った。
しかし、響は驚愕することになる。
「存じておりますよ」
――ドスッ。
折れた刀身が、地面に突き刺さった。背後の魔法陣から引き抜いた刀で、オトヒメは響の居合を受けたのだ。
「二束三文の刀ではやはりへし折れてしまいますか。まあ、盾ぐらいにはなるでしょう」
言って、更に二本、オトヒメは刀を引き抜く。
「今のが全力というのなら、私が刀を抜くことなど夢のまた夢です。様子見など不要です。全力で参りなさい」
「くっ……!」
凄まじい眼光を受け、響は思わず身構える。その背後から、弾丸が駆け抜けた。
《Buster Shoot》
凄まじい速度で放たれた弾丸が、オトヒメに迫る。オトヒメは体を捻り、弾丸を避ける。
「速いですね。そして……」
――ドンッ!!
弾丸のうちの一発を、オトヒメは敢えて右手で弾いた。僅かに皮膚が裂け、血が流れる。
「威力も悪くない。応用性に富みますね。流石です、奏殿」
「なんで私の名前を……!?」
自身の弾丸があまりにもあっさりと弾かれたことと、名を知られていることに奏は驚愕。
だが、オトヒメはそれには応じず、響を見た。響は先程までとは違い、居合の構えを取っている。
「秘剣……」
「…………」
オトヒメは後ろに跳び、距離を取る。響は、オトヒメを見据えた。
「地龍砕波!!」
衝撃波が放たれる。オトヒメは避けきれないと判断。その場に立ち止まると、手をかざした。
「……夢幻天声」
ゴゥン、という音と共に巨大な障壁が展開される。響は、迷わず突っ込んだ。
魔法によって強化された肉体は、自ら放った衝撃波へと響の体を運ぶ。
そして、響は刀を振り上げる。
「爆龍砕波!!」
叩き付けた刀により、衝撃波が爆発。響はすぐさま退いたが、オトヒメはその場に釘付けになる。
――ズドンッ!!
爆発がオトヒメを飲み込み、障壁が砕け散る。そこへ、奏が追撃を放った。
「シャイニングムーン!!」
《Shining Moon》
閃光が、オトヒメを包み込んだ。
放った後は冷却が必要であるため、使い勝手がいいとは言えないが、威力は申し分ない。
「奏!!」
「大丈夫!! そっちは!?」
「大丈夫だ!! ただ……」
響は晴れていく煙を見据える。
現れたのは、無傷のオトヒメ。
ただ……刀は抜いていた。赤い刀身の、禍々しい刀だ。
「ふむ……抜いてしまいましたか。予測以上。実にいいですね」
再び、響の背筋が凍る。
「強者との戦いは、やはり胸が躍ります。所詮私も武人ということでしょう。しかし、それも悪くはありません」
オトヒメは、刀の切っ先を響と奏に向ける。
「我が刀、血桜。幾年、幾千年、ただただ血を吸い磨き上げられてきた刃、侮らぬよう」
響は、ごくりと唾を飲み込む。そして、あるところへ念話を繋いだ。
(……聞こえるか? お前の出番だ)
(おっけー。何すればいい?)
(門を破れ。今なら戦力が分散してる。任せたぞ、震離)
(任されたっ!)
そして、通信が切れる。
オトヒメが、成程、と呟く。
「まだ手札があるのですね。しかし、あなたたちは勘違いをしています。相手はあの男ですよ? 人の打てる生易しい手など、いくらでも粉砕します」
酸いも甘いも知り尽くし、地獄と天国を見てきた男――カグラ・ランバード。
彼が本気になれば、人の心など容易く砕ける。
「人生も世界も、常に選択を迫られます。例えどちらを選んでも、間違いですが」
◇ ◇ ◇
ファイム・ララウェイは、覚悟を決めていた。
この先にいるのは、おそらく自分では適わない人たちだ。だからこそ、腹を括る。
いつものことでは……あるのだけれど。
「すみません。もしかしたら、指揮を預けるかもしれません」
ファイムがそう言った相手は、チンク・ナカジマ。眼帯をした小柄な少女だ。チンクは、どうした、と言葉を紡ぐ。
「何か不安でもあるのか?」
「予想なんですが……おそらく、はやてさんたちと会敵します。そうなると、指揮を執る余裕がなくなると思いまして」
「成程……だが、八神一佐たちが相手では私も大したことはできんぞ」
「……その時は、僕が何とかします」
ファイムは、何かを誓うように拳を握り締めた。
「せめて撤退の時間くらいは稼ぎます」
「……ファイム。お前とは出会ってから僅かしか経っていない。だからこんなことを言うのはお前にとって不愉快かもしれんが、言わせてくれ」
チンクは、隻眼でファイムを射抜いた。
「お前は私と同じ匂いがする。白の中の黒……更正を期待されていないと理解している目だ。私が独房送りを免れたのは、『それ』を期待されたからだ。そう……妹たちが、私という『黒』を見て自らの『白』に希望を見いだせるように」
白は、黒という対比がなければ自らを白と自覚できない。
だから私はここにいるのだ、とチンクは言った。
「花を愛でようと、食事をとろうと、私の手の汚れは消えない。消えないと感じるのだ。この目を治さぬのと同じ。父もみなもよくしてくれている。しかし私は、それでも汚れている」
「……あなたには、妹さんたちがいます。ゲンヤさんがいます。あなたに救われた人がいます。あなたを想う人がいます。やり直せないなんてことは、ありません」
ファイムは、言った。
「あなたは管理局に関わってから人を救い続けている。助け続けている。……僕は、一年前、性懲りもなく人を殺めました」
歩みを止めず、ファイムは言う。
「殺意で。憎悪で。……大丈夫です。あなたは真っ白ではないかもしれませんが、黒ではありません。僕にはあなたが眩しく見えます」
苦笑しながら、そう言って。
ファイムは、歩みを止めた。
チンクは、しかし、と言葉を紡ぐ。
「そんなことを言うお前はどうなんだ。お前には、誰もいないというのか?」
「いませんよ。いえ……いてはいけないのです」
フルドライブ、と、ファイムは呟いた。
体を包む魔力が跳ね上がり、ファイムの背中に白い翼が宿る。
「一人でやっていかねばならない。巻き込んではならない。そういう道を、選んだんだ」
……烈火の将が、飛来する。
「優しさに甘えては、いけないんだ」
――轟音が、開戦の合図になった。
◇ ◇ ◇
凄まじい轟音が大気を揺らし、衝撃が地面を砕いた。
シグナムの一撃を、何とかファイムは受けきる。シグナムは、ほう、と言葉を紡いだ。
「今のを受けきるか。流石だな、ララウェイ」
「どうも」
右腕を振るい、調子を確かめながらファイムは頷く。シグナムは、ふう、と息を吐いた。
「お前とは一度全力で戦ってみたかった。しかし、今日はそうもいかん。すまんが、ララウェイ。……死んでくれ」
刃が唸る。ファイムは迫り来るシグナムの一撃を、何とか避けていく。
「容赦ないですね!」
カギン、とシグナムの愛剣レヴァンティンを受け止めた右腕から金属音が響き渡る。
シグナムは、すまんが、と言葉を紡いだ。
「問答をしている余裕はない。……墜ちろ、ララウェイ!」
「…………ッ!?」
シグナムの刃に、裂帛の気合いがこもる。
炎を纏うその一撃は、数多の強敵を打ち破ってきた奥義。
「紫電!! 一閃!!」
――ズドン!!
文字通り叩き落とされたファイムは、かはっ、と空気を吐き出す。問答無用の必殺の一撃。障壁を貫いてこちらへ一撃が入った。突き抜けた衝撃が意識を揺らす。
「まだ動くか。……レヴァンティン!」
《Jabowl!!》
「飛竜!! 一閃!!」
シュツルムファルケン。連結刃が、ファイムを襲った。ファイムはその場から飛び退くが、唸る刃はまるで大蛇の如く迫ってくる。避けきれない。
「ララウェイ! 主はやてが来られる前に消えてもらう!」
「そういうわけにも……いきません!」
障壁で受け止めた後、ファイムは力点をズラすことで受け流す。シグナムは、ちぃっ、と舌打ちした。
「ええい! いいから墜ちろ! このままでは貴様が――」
「……退いてくれへんかな、シグナム?」
言いかけたシグナムの言葉を遮り、誰かがこちらへと飛来してきた。
堕天使を思わせるバリアジャケットを纏うのは――八神はやて。
彼女は一片の容赦もなく、魔法を紡ぐ。
「遠き地にて。闇に、沈め――」
ファイムの周囲の空間が、大きく歪む。
「ディアボリックエミッション!!」
――ズン。
空間そのものを喰らう一撃が、ファイムを飲み込んだ。ファイムの体が、大きく仰け反る。
「かっ……!?」
「まだ終わらんよ、ファイムくん」
ゾッとするような冷たい目ではやてはファイムを見据えると、更なる追撃がファイムを襲った。
「なんや、ファイムくん。モテるんやなぁ? 知らんかったよ」
ブラッディダガー。千単位の刃が、ファイムを狙い撃つ。
「何を……」
「何やろな。許せへんねん」
射出、とはやては呟く。ファイムが、刃の雨に飲み込まれる。
「…………ッ!?」
《マスター!?》
「大、丈夫っ!!」
刃の渦から、翼をはためかせ、強引に脱出。息を切らすファイムに、リンネが言葉を紡いだ。
《何をしたのですマスター!? 八神一佐はカンカンですよ!?》
「知らないよ!?」
全く心当たりがない。
「ふーん、ファイムくん、意外としぶといね」
「あ、主はやて?」
「まあええわ。詠唱は完了しとる。これなら流石に沈むやろ」
キィン、という音と共にベルカ式魔法陣がはやての足下に展開され、更にはやての目の前にも巨大な魔法陣が展開された。
シグナムが、叫ぶ。
「主はやて!? それは流石にやり過ぎです!!」
「響け終焉の鐘……」
「聞いておられない!? ララウェイ!! 逃げろ!!」
「えっ、えっ?」
突如敵であるはずのシグナムにそんなことを叫ばれ、ファイムは本気で戸惑う。
シグナムは、切羽詰まった表情で叫んだ。
「死にたくなければさっさと退けっ!!」
模擬戦で死ぬの?
そんなことを思った瞬間、はやての魔法が紡がれる。
「ラグナロクッ……ブレイカアァァァッッ!!」
総合SSランクという破格のランクを有する八神はやて。その真骨頂である、最早戦略級と言っても差し支えない威力の砲撃が――放たれた。
広範囲殲滅魔法。それは、はやての味方さえも巻き込みながら世界を蹂躙する。。
――理不尽だ、とファイムは思った。
◇ ◇ ◇
クロノ・ハラオウンは、顔をひきつらせていた。理由は単純。八神はやてだ。
「……なあ、エイミィ」
「……うん。どうしたの?」
「……はやてはもっと思慮深いと思っていたんだが、間違っていたのか?」
一部とはいえ、味方まで巻き込む砲撃。とても正気とは思えない。
エイミィは、あはは、と苦笑する。
「多分……恋する乙女は無敵なんだよ、クロノくん」
――カグラ・ランバード陣営――
「……ファイム死んだんじゃねぇ?」
「……一応、非殺傷設定ですけど」
「あれ、非殺傷なのか」
半ば本気の呟きを、カグラは漏らした。地面は抉れ、敵味方共に甚大な被害を被っている。
はっきり言おう。爆弾でも叩き込んだかのような被害が出ている。人的にも。物的にも。
「……なあ、お前出てみる?」
「……遠慮します」
「……俺もだ。今の嬢ちゃんには勝てる気がしねぇ」
つか怖ぇわ、とカグラは呟いた。
それを聞き、青年――楠舞煌は同感です、と頷いた。
本局の武装隊に所属する彼は、今回解説に狩り出されているソラ・ウィンガードからこの大隊船のことを聞き、参加しているのだが……正直、あれを見て戦おうとは思わない。
カグラは、それにしても、と呟いた。
「押され始めたな」
「響んとこはむしろ押してますけど。……てか、何者ですかあの人?」
「んー、古い知り合い。あれの師匠と昔色々あってな。偶然見つけたから手ぇ貸してもらった。なんか『ワグリア』に行く予定とか言ってたな」
「辺境ですね」
「なー。ま、あれは放っといて大丈夫だ。負けるとこは想像できねぇ。先代なんか、俺とホムラ纏めて倒したしな」
ふあ、とカグラは欠伸を漏らす。
「世界最強を背負うような怪物だ。戦いに関して言えば、あれ以上のカードはねぇよ」
「……ただ、他のところは押され始めてますね」
「予測通り。お前とかはやての嬢ちゃんとか何人か例外はいるけど、基本的に構図は俺が地上でクロすけが本局って形だ。一部の例外……『N2R』とかリューイとかを除きゃあ、やっぱり質はこっちのが下だよ」
魔導師ランクで平均して2ランクくらいの差がある。仕方ないことだが。
「まあ、そのために色々用意してんだけどな。くっくっく……クロすけの吠え面が目に浮かぶぜ」
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「そこまでして勝つ必要が? あくまで模擬戦ですよね?」
煌が問う。所詮は模擬戦ではないかと。
カグラは、ははっ、と笑った。
「若いなぁ、お前。……政治だよ。管理局は今、ボロボロだ。地上は本局に劣等感を感じて、本局は地上を見下してる」
「そんなこと……」
「現実だよ。だからこそ、こうして戦ってんだ。気持ちの問題だからな。地上とか本局とか、関係ないって少しでも現場の奴らが思えば成功だ」
だから、とカグラは言った。
「勝つかどうかはともかく、負けるわけには絶対にいかねぇんだよ」
◇ ◇ ◇
爆心地のような様相を呈する、八神はやてとファイム・ララウェイがぶつかり合った戦場。
そこに一人、ポツンとはやては立っていた。
彼女の後方には、彼女が率いる部下たちがいる。本来なら彼らを率い、はやては進まねばならない。
しかし、進めない。
進むことは――できない。
――ガラッ。
瓦礫を押しのけ、一人の青年が姿を現した。
ファイム・ララウェイだ。
「先には行かせません」
「……退いてはくれへんのやね?」
「それが僕の任務ですから」
ファイムくん、とはやては呟いた。ファイムは、息を吐く。
「僕では勝てないことを知っています。それでも、僕たちがしているのは戦争です。戦場の兵士に、選択肢などありません」
「そんな、そんなこと」
「……はやてさんがどうして怒っているかはわかりません。しかし、今の僕には謝るということさえ許されない」
ファイムは、はやてに拳を向けた。
「こうして向き合う、敵なのだから」
はやては、違う、と呟いた。
「そんな悲しいこと、言わんといて!」
「戦場はいつだって、悲しみしか生みませんよ。殺そうが殺されようが」
――ズズゥ……ゥン……!!
鈍い音が響き渡った。はやてとファイムは、カグラ側の本陣を見る。
そこから、いくつもの砲門が姿を現していた。はやては、驚愕に目を見開く。
「魔力砲台!?」
カートリッジという、魔力を充填するというシステムを応用した魔導兵器。その中で最もポピュラーなものだ。
連射はできないが、砲撃の威力はAAAランク魔導師のそれに迫るとされる。
それが、火を噴く。
敵も味方もなく、ただ、戦場を蹂躙していく。
「…………ッ!? ファイムくん!! どういうことや!?」
「カグラさんが覚悟を決めた。そういうことでしょう」
敵も味方も吹き飛ばす。そんな覚悟を。
「そんなんおかしいわ!」
「戦争に勝つためには、非情な判断も必要です」
「それはわかる! せやけど、これはおかしい!」
「あなたはわかっていません。そして、わかる必要もない。……戦争など、知るべきものではありません」
――ドドドンッ!!!
砲弾が着弾してくる。シグナムが、主はやて、と声を張り上げた。
「このままでは部隊に被害が出ます! ご指示を!」
「……撤退や。みんな、一度退くよ!」
「させるとでも思いますか?」
ドンッ、とはやての部隊の退路で爆発が起こる。そこにはチンクと、はやての砲撃を逃れたファイムの部下たちがいた。
「フルドライブ」
そして、ファイムも拳を構える。はやては叫んだ。
「なんで……どうしてや!? このままやったら、ファイムくんたちまで!!」
「それが任務です。僕たちは、死に場所を与えられた」
「兵に死を躊躇う理由などない」
ファイムとチンクが、それぞれ言葉を紡ぐ。
その戦場に、砲弾が降り注いだ。
◇ ◇ ◇
クロノ・ハラオウンは、額に青筋を浮かべながら、叫んだ。
「カグラ――ッ!! 貴様正気か!?」
「無茶苦茶だね……」
エイミィも呟く。戦場は、最早混沌と化していた。
敵味方問わず吹き飛ぶ者たち。あまりにも理不尽で、不条理な光景だった。
「クロノくん、どうするの? 撤退するのも手だけど」
「しかし、それでは結局ジリ貧だ」
「でも、このままじゃ被害が広がるだけだよ?」
「わかっている。わかっているが……」
クロノは歯噛みする。今の、この時に何か策を講じなければ全滅する。
だが、何も浮かばない。焦りがクロノを支配していく。
――その時だった。
『ハラオウン提督!! 私が門を破ります!!』
モニターが開かれ、一人の女性が映し出される。
クロノは、すぐに作戦を組み立てた。
「わかった。全力でキミを援護する。頼んだぞ」
『頼まれましたっ!!』
モニターが閉じる。クロノは、出撃している部隊全てに通信を繋いだ。
「総員に通達!! これより門を破る!! 叶望二等空尉を援護し、門を破れ!! 一団となり、敵の本陣を制圧せよ!!」
『『『はっ!!!!!!』』』
迷いなき返事が返ってくる。クロノは、呟いた。
「僕は酷い指揮官だな、エイミィ。みんなに、死ねと命令している」
「ダメだよ、クロノくん」
エイミィは、クロノの手を握り締めた。
「クロノくんが迷ってたら、私たちは誰を信じたらいいの? クロノくんは、堂々としてなくちゃ。みんなは、クロノくんを信じてるよ」
「……ありがとう」
◇ ◇ ◇
叶望震離。響や奏と同じ部隊に所属する魔導師である。
あの二人に比べると、階級も二等空尉であるし、魔導師ランクも一応はAAランクということもあって、知名度は低いが、実際は響や奏と遜色ない実力を有する人物である。
「いくよエクス!!」
《りょーかいっ!!》
震離は自身のデバイス『エクスピアシオン』に呼びかける。最高速度で戦場を駆け抜け、敵も味方も無視し、門にまで辿り着く。
ザシャッ、という地面を削る音を響かせ、震離は停止。そのまま、エクスピアシオンを構えた。
瞬間、震離を狙った砲撃が迫る。
「…………ッ!?」
「叶望二等空尉!!」
震離が身構えた瞬間、魔導師が数人がかりで震離の前に出、庇った。
着弾。震離を庇った魔導師たちが宙を舞う。
震離は見た。彼らが微笑んでいたのを。
震離は、強くエクスピアシオンを握り締める。
「エクス、出し惜しみはなし!! 全力の一撃を叩き込むよ!!」
《おっけーっ!!》
震離は魔法陣を展開。構える。
それに気付いたのか、敵の砲撃が強くなる。だが、震離を庇う魔導師たちが、彼女に砲撃を届かせない。
「雷神剣・豪雷槍陣・激槍!!」
震離の周囲に小刀型の魔力スフィアが展開される。更に震離のエクスピアシオンにも魔力が充填される。
この全てを収束して放つのが、震離の最大魔法。
――だが。
《門が開いてく?》
エクスピアシオンが、疑問符を浮かべる。
震離も、眉をひそめ。
そして――驚愕する。
「まさか」
現れたのは、見た目12歳程度の張り付けにされた少女……もとい、少年。
「流ぇぇぇっっ!!」
◇ ◇ ◇
目の前で起こったことが、はやては信じられなかった。
ファイムが、砲撃から自分を庇ったのだ。
「ファイムくん……どうして……?」
「……どうして、ですかね?」
ファイムは、苦笑した。
「気がついたら、こうしていました」
ファイムが、目を閉じる。はやての、膝の上で。
「はやてさん……ご無事で」
戦場で、ファイムは、微笑んだ。
はやては、ごめんな、と呟く。
「主はやて!! お逃げください!!」
シグナムの叫びは、はやてには届かない。
「ごめんな、ファイムくん」
はやては、ファイムを抱き締め。
砲撃が、二人を飲み込んだ。
『……ゲンヤさん』
『何だ?』
『……帰っていいですか?』
『それは許可できねぇやな』
『…………帰りたい』