魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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外伝〝大乱闘、散り逝くは 後編〟

 

『魔導兵器『ブラストファング』――あれ、完成してたんですね』

『あー、地上の開発連中が嬉々として開発してやがったな。マリーとかが。……おい、司会。起きてるか?』

『はっ!? すみませんナカジマ二佐!!』

『気にすんな。呆然とすんのもわかる。ありゃまだ試作段階だからな。知らなくて当然だ』

『いや、ゲンヤさん。あれ局法的にありですか? 前から思ってたんですけど』

『一応は『魔導』兵器だからな。魔導である以上、非殺傷設定もできる。表面上は問題ねぇやな』

『なんとまあ、暴論な』

『わかってたこったろうよ。さて、カグラはカグラで何をしてんだか』

『……風鈴さんを人質にですか。爆弾にならないといいですけどね』

『そ、そうでしたご紹介を!! 門を破らんと数多くの戦友たちに庇われながら砲撃魔法を展開するのは、叶望震離二等空尉!! 特別捜査官としても活躍する彼女の前に立ち塞がるのは、風鈴流空曹!! しかしこれはどういうことか!? 先の戦いの傷によって療養中、前線を離れていた空曹が戦場で磔にされているーッ!!』

『こういうところ、あの人は冷静ですよね。人の心の抉り方を知ってる』

『鬼にしか地獄は理解できねぇやな。あいつは鬼だよ。俺たちが背を向けた場所に、その身一つで飛び込んだ、な』

『……そうでしたね。地獄で正気を保つのが、どれだけ狂気的か』

『まあ、なんにせよあいつはアマチュアじゃねぇやな。プロだ。情けも容赦もありはしねぇ』

『さあさあさあ!! 戦局もクライマックス!! どちらが勝つのか!?』

『というか、生き残る人いるんですか?』

『さてな』

 

 

『……ちなみにゲンヤさん。これ、模擬戦ですよね?』

『ああ。何度も言うが『模擬』戦だよ』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「流!! 流ぇぇぇっっ!!」

 

 震離が叫ぶ。彼女を呼ぶ声もまた響いているが、彼女には届いていない。

 

「う……震、離さん……?」

 

 流が、ゆっくりと目を開ける。その間にも彼女を落とさんと放たれ続ける砲撃と、それから震離を守ろうと身を挺し、散っていく兵士たちが増えていく。

 流は、周囲を見回し、ああ、と呟いた。

 

「……撃ってください」

 

 静かに、静謐に。

 少年が、覚悟を告げる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「大切な人間が立ちはだかるってんなら、意外と人間って生物は戦えるもんだ。『相手はこちらを倒しにきている。だから正当防衛だ』って言い訳ができるからな」

 

 扇子――少し前に八神はやてからお土産としてもらったそれで自分を扇ぎながら、カグラは言う。

 

「ところがどっこい。大切な人は磔にされているときた。それを撃ち抜くなんざ、相当な覚悟がなけりゃまずできねぇよ。なあ、煌よ?」

 

 くっくっく、と、カグラは笑う。部屋の隅でバインドで縛られた状態の青年――楠舞煌は、ちくしょう、と呟いた。

 

「どうして……!?」

「それは何に対する質問だ? 流を磔にしたことか? お前がスパイとバレた理由か? それともお前がこんなにもあっさり俺に負けたことか?」

 

 椅子にどっかりと座り込み、タバコをくわえながらカグラは言った。煌は、ギリッ、と歯を食いしばる。

 楠舞煌という青年は近接限定とはいえSランク魔導師の認定を受ける程の実力者である。その速さはフェイトに匹敵する程であり、管理局ではまず間違いなく指折りだろう。

 確かにかつてのカグラは管理局において最強とも言える『エース・オブ・エース』の片翼を担っていた。だが、今の彼はかつての力の半分以下程度の力しか有していない。

 煌は、だからこそ挑んだ。なのに、敗れた。

 初撃に完璧なカウンターを合わされ、その隙にバインド。――それだけだった。

 

「んー、まだ余裕はあるし、俺が勝った理由を教えてやるよ。まあ、つっても答えは単純だ。お前が若過ぎるからだよ」

「なん……?」

「俺がどこにいると思ってる? あの戦技教導隊だぞ? 年がら年中戦い方研究してる場所に十何年もいりゃあ、流石に強くもなる。……Sランク魔導師なんてのは、バケモンだ。大抵が力押しで何とかなるし、なっちまう。けど、教導隊ってのは『そういう奴』しかいねぇんだよ。そん中で強くあるためには、磨くしかねぇ。自分を磨き、相手を研究する。単純に突っ込んでくるだけなら、どんだけ速かろうが潰すくらい余裕だよ」

 

 カグラは言い切る。もっとも、今も戦っているあの女性のようにどうあろうと勝てない相手という例外はいるが。

 

「でまあ、流については説明すんの面倒臭ぇからいいや。お前がスパイだって気付いたのはあれだ。お前一人だろ?」

 

 カグラは、くくっ、と笑う。

 

「響たちが三人揃って向こうってのはわかる。同じ部隊だしな。けど、お前は? 何で同じ部隊の幼なじみ三人は参加せず、お前だけこっちにいる? 怪し過ぎだろ馬鹿か」

 

 バサッ、という音と共に、紙の束が煌の前に放り投げられる。

 それは、事細かに部隊の隊員の情報が記されたデータだった。

 

「手間かかったけど、ま、こんくらいは普通だわな。信用できるかどうか以外に、適正判断もできる」

 

 模擬戦である以上、モチベーションはまちまちである。能力以外にも、参加動機をカグラは判断材料にしたのだ。

 やる気があるなら前線へ。ないなら防衛へ。

 基本的にはその振り分けだ。

 

「お前含めてクロすけの手駒っぽいのは何人かいたがな。お前以外は全員前線に送り込んだ。そいつらにも名誉ってもんがある。全部吹っ飛べば、スパイだった事実は闇の中だ」

「……まさか、無差別攻撃は……」

「さてな。模擬戦っつっても、戦闘にゃ違いはねぇ。そこでスパイなんてする奴を信用するなんざ、難しいぜ?」

 

 ま、そーいうこった、とカグラは言うと、じゃあな、と煌に背中を向けた。それと同時に、部屋に二人の使い魔が入ってくる。

 

「カグやん~。みんな撤退したぞ~」

「急いだ方がよろしいかと」

 

 そこにいるのは、管理局史上唯一SSSランク認定を受けた英雄の使い魔たち。

 リーゼロッテとリーゼアリア。

 使い魔としての能力は管理局において並ぶ者なしと謳われた、カグラにとっては戦友であり彼が今相対しているクロノ・ハラオウンにとっては師匠とも呼べる二人である。

 

「お、じゃ俺らも撤退するか。いやー、悪いな二人とも」

 

 そして、去り際にカグラは思い出したように言葉を紡いだ。

 

「俺に勝ちたきゃ、教導隊にでも入れ。お前なら、すぐに俺なんざ追い抜ける」

 

 

 そして、カグラは部屋を出た。

 残された青年は、ちくしょう、と吐き出すように呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「撃って、ください。震離さん」

「そんな、流、そんなこと言わないで……」

 

 泣きそうな顔で、震離はそれを拒否する。流を撃つという行為は、彼女にはありえない選択だった。

 しかし、流は首を振る。

 

「あなたの邪魔をしたくない。だから、撃ってください」

「……流……」

 

 いやいやと、震離は首を振る。

 

「お願いします。邪魔になりたくない。あなたには、あなたが背負う仲間がいる」

 

 震離を信じ、任せてくれたクロノ。

 彼女のために身を挺し、散っていった者たち。

 震離がここで撃てなければ、その全てが無駄になる。

 

「撃つんです。あなたは、撃たなければならない」

「やだ、やだよ」

「…………」

 

 震離は、それを理解していて、それでも撃てない。

 だから、流は。

 風鈴流という人間は、その言葉を紡いだ。

 

「撃て!! 叶望二等空尉!!」

 

 ビクッ、と、震離の体が震えた。

 震離は、叫ぶ。

 

「うああああああああああああああああっっっ!!!!!!」

 

 絶叫。

 流の微笑みと震離の涙が、戦場を彩った。

 

 

 

 

 

「……流……流ぇ……」

 

 目を閉じた流を抱き締めながら、震離は幾度も幾度も呟く。

 そんな彼女の頭を、戦いで傷ついた手が優しく撫でた。

 

「……こんなこと、許しちゃいけない……!」

 

『ソニックフォーム』になり、リューイ・エンドブロムという難敵を打ち倒してきたフェイトが、怒りを言葉に乗せる。

 

「早く、終わらせなきゃ……!」

 

 震離と流をその場に残し、フェイトは走り出す。

 フリードに乗ってすぐ上を飛行しているキャロや、側を走っているエリオ、スバルを筆頭に、数を減らしながらも中心地点での戦闘を制した一団は、カグラ・ランバードの陣営へと突入した。

 ――しかし。

 そこで見たのは、誰一人として人がいない、空っぽの陣営。

 

「これは……?」

 

 内部へと足を踏み入れながら、スバルが疑問符を浮かべる。フェイトは首を横に振った。

 

「わからない。これは――」

「……煌さん!?」

 

 エリオが上げた声に、一斉に皆がそちらを見た。皆の視線の先にいたのは、ボロボロの状態の煌。

 煌はフェイトたちを見ると、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「……逃げ…ろ……」

 

 ――直後。

 声が、響き渡る。

 

『兵士諸君! 任務ご苦労! よくここまで辿り着いた!――だが!』

 

 カグラの声は、すぐに終わる。

 閃光が、世界を支配した。

 

 

『――さよならだ』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『おーおー、ハラオウン提督が叫んでるな。今日何度目だ、ソラ?』

『『貴様正気か』って叫ぶのなら、音声だけで七回目ですかね?』

『なんということでしょう!! ランバード一佐の本陣が突如爆発!! 突入をはかったハラオウン執務官の一団が巻き込まれました!!』

『予測通りっちゃ、予測通りだな』

『何がですか?』

『さっきも言ったがな、あの砲台は未完成なんだよ。俺は魔導師じゃねぇから詳しくはわかりゃしねぇが、AAAランク魔導師の砲撃ってのは凄まじいエネルギーになる。それによって発生するエネルギーは、とんでもねぇ熱を発生させるんだと。それが限界を迎えると、ああして爆発するらしい』

『……もの凄い欠陥品じゃないですか』

『そこさえ利用すんのがカグラの恐ろしいとこだよ』

『というか生きてるんですか皆さん?』

『それは大丈夫みたいだな。防護結界が張られてる。ノックアウトはしたろうが、死にゃしねぇ』

『張った人は……この結界の規模で参加者のラインナップからすれば、やっぱりあの人ですかね?』

『まあ、そうだろうな。忙しいだろうに』

『一応将軍待遇ですしねー……って、ん? なんか、白い悪魔が見えた気が』

『……そろそろ終わりそうだな』

『おーっとぉ!! 壊滅的な打撃を受けたハラオウン提督陣営が動きました!! 提督自らの出陣です!! しかし、ランバード一佐陣営も相当な被害が出ている!! これが最後の衝突か~!?』

『数的には若干カグラさんの方が多いみたいですけど……』

『まあ、なんにせよここで決着だろうな。カグラはカグラで残存兵全部引き連れてるみてぇだ』

『遂に、遂に決着か~!?』

 

 

『ところで、ソラ。ファイムはあのタヌキと一緒にリタイアしたよな?』

『ん、ああ、はい。そのはずですよ。あの二人の雰囲気は間違いなく戦争のそれでしたけど。どうかしたんですか?』

『……探したんだが、タヌキはリタイアして救護隊のとこにいるからともかく、ファイムがいねぇ』

『……まだ動けるんですかあの人?』

『何をする気かねぇ?』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「本陣を吹き飛ばすとは、成程正気の沙汰ではありませんね。有効な一手ではあるかもしれませんが、普通は打たぬ手です」

 

 キン、と自身の愛刀を鞘に納めながらオトヒメでは言った。

 

「祭は終わりに近付いています。我らの決着も、着けるべきでしょう」

 

 オトヒメの視線の先にいるのは、二人の魔導師。

 緋凰響と天雅奏。

 共に力持つ魔導師だ。

 しかし、今。彼らは満身創痍だった。

 

「奏……大丈夫か?」

「うん、まだ……やれるよ?」

「上等だ。……どこまで、理不尽な」

 

 響はオトヒメを睨む。オトヒメも無傷というわけではない。しかし、その傷は薄いものが多く、大したダメージは受けていないだろうことは容易に想像できる。

 何より……彼らは、フードを剥ぐことさえできていないのだ。

 

「圧倒的な力を有する者は、それを超える圧倒的な力を見せつけられると絶望する……少々、見識が狭かったようですね」

 

 オトヒメは、楽しそうに笑った。

 

「さあ、クライマックスです。持てる全てをお見せなさい」

「言われなくても!!」

 

 響が前に出る。放つのは、必殺の一撃。

 居合の構えを取り、響は集中を高めていく。オトヒメは、ならば、と呟いた。

 

「私も全力を出しましょう。……桜花」

 

 オトヒメの右手に、巨大な薙刀が出現する。大の大人でさえも取り回しが難しいであろうそれを、オトヒメは軽々と右手一本で回転させる。

 左手は、愛刀『血桜』の柄へ。

 

「私にこの二つを手に取らせる魔導師は、久方振りです。……参りなさい」

 

 相手の、その言葉に対し。

 響は言葉ではなく、刃で応じた。

 

「奥義・封神幻魔!!」

 

 圧倒的な速さ、そして鋭さを誇る一撃が放たれた。斬られた相手さえも斬られたことに気付かない程研ぎ澄まされた一撃が、最強の侍に迫る。

 

「……夢魔龍閃」

 

 対し、オトヒメも速さを追求した一撃を抜き放つ。片手の、しかも利き腕ではない腕による居合の軌跡が、空に美しい道を描く。

 

 ――ザシュッ。

 

 金属音とは別に、そんな鈍い音が響き渡った。

 オトヒメの血桜が宙を舞い、肩口から血が噴き出す。

 非殺傷といっても、響の獲物は刀である。まともに入れば斬れる。それも響クラスの使い手となれば尚更だ。

 オトヒメのフードが取れ、素顔が露になる。美しい黒の長髪を持つ、美女だった。

 

「……見事」

 

 オトヒメは微笑み、そして、響へと桜花を突き刺した。

 響は咄嗟にガードするが、威力を殺し切れない。

 そこへ、トドメの一撃が叩き込まれる。

 

「夢想演舞」

 

 ――ガドン!!

 

 かの『エース・オブ・エース』に匹敵、あるいは凌駕さえしてしまう一撃が、響を叩き潰した。至近距離からことここに及んで威力が落ちるどころかむしろ上がってさえいるその一撃を受け、響は沈黙する。

 そんな響の姿を見――奏が、叫ぶ。

 

「響!! 響ぃぃぃっっ!!」

 

 返事は帰ってこない。今の一撃で盛り上がった地面の狭間から見える手は、動かない。

 大切な人がそんなことになっていて、黙っていられるはずがなかった。

 

「……よくも!! よくも響を!!」

「参りなさい。怒りは言葉ではなく、刃で語るべきです」

「あああっ!! ブラスティング・アサルト・デストロイ!!」

《Blasting Assault Destroy!!》

 

 奏がその手に持つ二丁のライフル。そこに、凄まじい魔力が集中していく。

 オトヒメは深い裂傷が入った左腕を動かそうとするが、痛みでそれを断念。桜花を手にした右手を前に出す。

 

「夢幻天声」

 

 ゴゥン、という音と共に、巨大な障壁が展開される。

 奏は地面を蹴り、オトヒメとの距離を詰める。そして、魔力で形成した刃を突き出した。

 一方は、腹部へ。

 一方は――オトヒメの顔へ。

 

「あああっ!!」

 

 魔力刃で障壁をこじ開け、ゼロ距離で最大威力の一撃を叩き込む、奏の大技。

 オトヒメは自身の障壁が僅かに削られていくのを目にしながら、ほぅ、と息を漏らした。

 

「鬼気とは、こうも人を圧倒するのですね。やはり、あなたたちは素晴らしい」

 

 オトヒメは微笑み。

 奏の砲撃が、放たれた。

 ――爆発。

 人の五体など軽々と吹き飛ばしてしまいそうな程に強力な一撃が、空間を支配した。

 

「はっ……はっ……」

 

 息を切らしながら、奏は爆発の後、立ち上る煙を睨みつける。

 文句なしの一撃だった。立てるはずがない。そのはずだ。そうでなければ道理に合わない。

 

 ――ジャリッ。

 

 砂を、踏む音。

 立てるはずがない。ないというのに。

 

「……見事」

 

 そいつは、立っていた。

 頭から血を流し。響が刻んだ傷を深くし、そこから血を溢れさせながら。

 それでも、微笑んでいた。

 

「響の居合を受けて、私の砲撃を受けて、どうして……!?」

「魔導師は魔力を代価に力を行使します。その魔力は生まれつきで定められているが故に、明確な差が出てしまいます」

 

 ヒュンヒュンという風切り音を響かせながら、オトヒメは言葉を紡いだ。

 

「そして、定められている以上は限界がある。ならば、それを超えるには? 解は単純です。更なる『代償』を支払えばいい。人が誰しも有し、そして何よりも大切なものをより大切なもののために差し出せば良いのです。大切なもののために大切なものを差し出す……矛盾していますが、かつて何よりも大切なものに出会った一人の侍が辿り着いた答えです」

「……なんのこと?」

「これ以上は、我が秘技に関わることですので。……さて、終幕です」

 

 世界が、唸る。

 ただ魔力を集中しただけだというのに、押し潰されそうなほど強大なプレッシャーが奏を襲った。

 

「私は卑怯者ですよ。そもそも同じ土俵に立っていないのです。故に、敗北を気に病む必要はありません」

 

 そして、オトヒメは桜花を振り上げる。

 奏は身構えるが、そんなものに意味はない。

 

「夢想演舞」

 

 響を叩き潰した砲撃が、奏を襲い。

 奏は、そこで意識を手放した。

 

 

 

 

「……私の仕事はここまで。中々楽しめましたね」

 

 オトヒメは、ふふっ、と微笑む。

 しかし、その微笑みはすぐに暗いものになる。

 

「……楽しむなど、どれ程の月日、忘れていたか」

 

 戦場に背を向け、その侍は歩き出す。

 遠くで、強大な魔力の衝突を感じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カグラ・ランバードは、本陣から一度引き上げさせていた兵力をまとめ、戦場を進んでいた。

 すでに戦闘開始から半日以上は経っており、おそらくこれが最後の衝突になるのはわかりきったことである。それ故の、最後の進軍だ。

 

「大体三割くらいか。思ったより少ねぇな」

「何がです?」

 

 カグラの呟きに、隣を歩くリーゼアリアが問いかけてくる。カグラは、あー、と唸りを上げた。

 

「予定じゃ悪くても四割くらい残すつもりだったんだけどな。いやー、中々やるねぇ、クロすけは」

「あっはっは、そりゃクロすけをなめ過ぎだよカグやん!」

 

 バンバンとカグラの背中を叩きながら、リーゼロッテが言う。カグラは肩を竦めた。

 

「まあ、グレアムさんの愛弟子だもんな」

「結局、父様には届きませんでしたが」

「いや流石にSSSランクは無理だろ」

 

 カグラは思わずつっこむ。総合SSSなどという、とんでもない力を有していた伝説の魔導師、ギル・グレアム。Sランク以上の魔導師ランクは、彼の成長と共に定められたとされるほどだ。

 クロノは曲がりなりにもその愛弟子。確かに少々侮っていたかもしれない。

 

「ま、何にせよ勝つのは俺だ。ここまでやらかして負けるわけにはいかねぇ」

「あり? 責任感じてる?」

「器じゃねぇが、大将だ。相応の覚悟くらいはあるぜ?」

 

 カグラはそう言葉を紡ぐと、タバコを取り出し、くわえた。火は点けない。

 足を止めたカグラ。それを部隊の者たちは不審に思うが、すぐに理由を理解する。

 

「真打ち登場だな、お嬢ちゃん」

「ここから先へは、進ませません」

 

 空に佇むは、管理局が誇る英雄。犯罪者からは『白い悪魔』と恐れられる、その手で奇跡を起こす魔導師。

『エース・オブ・エース』高町なのは。

 なのははすぅ、と息を吸い込むと、魔力を集中させた。

 

「エクセリオン……」

「いきなりか」

 

 つか、このタイミングで嬢ちゃんかよ、と呟くカグラは、反撃の構えを取らない。リーゼロッテが、叫ぶようにカグラの名を呼んだ。

 

「カグやん!」

「大丈夫だっての。切り札ならまだ残ってる」

 

 隣にいるリーゼロッテに手をひらひらと振りながらそう言葉を返した瞬間、なのはの砲撃が臨界点を迎える。

 

「バスターッ!」

「ラウンドシールド!」

 

 だが、なのはの砲撃がカグラに直撃する瞬間、カグラを守るシールドが展開された。

 それは『エース・オブ・エース』の砲撃を防ぎきり、一人の青年の姿をその場に顕現させる。

 後ろで縛られた、金色の髪。翡翠の魔力を纏い、丸い眼鏡をかけたその立ち姿は戦場では久しく見ぬ立ち姿をしている。

 

「ユーノくん!?」

 

 なのはは、思わず名前を呼んだ。

 ユーノ・スクライア。若くして『無限書庫』の司書長を務め、その功績から民間協力者でありながらも将軍待遇を受ける天才である。

 高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてといった彼と同期である太陽たちに隠れがちだが、彼もまた、正真正銘の天才だ。

 カグラはユーノの肩に手を置くと、そんじゃ、と言葉を紡いだ。

 

「頼んだぞ司書長」

「はい。……いくよ、なのは」

 

 キィン、という音と共にミッド式の魔法陣がユーノの足下に展開される。

 そうしてカグラたちが先に進むのを見送り、二人は向かい合った。

 

「どうして、って、聞かないんだね、なのは」

「ううん、聞きたいよ。だけど、ユーノくんはユーノくんの理由があるんだよね? それは、聞いたら教えてくれるのかな?」

「ううん。悪いけど、そう簡単には教えられない」

 

 ユーノは首を左右に振る。なのはは、そっか、と頷いた。

 

「なら、私が勝ったら、お話聞かせてもらうから」

「……お手柔らかにね、なのは」

「それはユーノくん次第だよ?」

 

 悪戯っぽく言うなのは。ユーノは苦笑する。

 

「なのはらしいや。……いくよ、なのは」

「うん、ユーノくん」

 

 かつて、出会うはずなき二人は出会い、その出会いがいくつもの奇跡を起こした。

 高町なのはも。

 ユーノ・スクライアも。

 その出会いに何よりも感謝し、誰よりも互いを想っている。

 そして、だからこそ。

 譲れない、ものがある。

 

「全力!! 全開!!」

 

 聞き慣れた、その掛け声を耳にしながら。

 ユーノ・スクライアは強く、強く拳を握った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『51、52、53番の結界装置が機能停止!? 高町教導官の砲撃で!?』

『……ソラ。Sランク魔導師ってのは、誰でもあんなことできんのか?』

『AMF抜いた上に純魔力砲撃だけで対魔法に特化した結界抜くのは『エース・オブ・エース』くらいですね』

『やっぱりバケモンか』

『だからこそ、『高町なのはの敗北は管理局の敗北』なんて言われるんですよ』

『これ見てる限りじゃ同感だけどな』

『はっ!! そうでしたご紹介を!! 皆様ご存知かと存じます!! 弱冠20歳という若さでありながら無限書庫司書長を務める、若き考古学者!! 彼を『天才』と呼んで疑う人はいないでしょう!! ユーノ・スクライア司書長です!!』

『カグラの切り札か』

『まあ、結界魔導師としちゃオーバーSとかのレベルらしいですしね。いつも世話になってます』

『そしてそして!! お待たせしました大本命!! その身の奇跡は数知れず!! 残した偉業は星の数!! 星の光と不屈の心を携えるは、『エース・オブ・エース』高町なのは戦技教導官!! 彼女の敗北は管理局の敗北とまで謳われる英雄が、この最終局面で遂に登場です!!』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「クロノよ。こうして向き合うのは何年ぶりだ?」

「キミとの最後の模擬戦がいつだったかなど、忘れてしまったよ」

 

 氷の魔杖――『デュランダル』を携えたクロノが、そう言って応じる。そうだな、とカグラも頷いた。

 

「今ここで、決着を着けようぜ」

「望むところだ」

 

 二人のその言葉を合図に、戦闘が始まる。最初に飛び出したのは、リーゼロッテとリーゼアリア。

 

「リーゼ!?」

「よっす、クロすけ。久し振りっ!」

 

 リーゼロッテの容赦ない蹴りがクロノへ叩き込まれる。そこへリーゼアリアが魔法を紡いだ。

 

「ブレイズダウン!」

 

 叩き込まれたのは、巨大な火球。クロノの視界は一瞬で赤に染まる。

 だが、その一撃がクロノに入る前に白銀の盾がそれを防いだ。

 

「ザフィーラ!」

「ご無事ですか、提督」

「ああ、助かった」

「奴らの相手は、私とシグナムが務めます」

 

 ザフィーラは短くそう言うと、リーゼアリアに躍り掛かった。リーゼロッテには、空よりシグナムが飛来する。

 

「紫電、一閃!!」

 

 強烈な一撃が、リーゼロッテを吹き飛ばした。シグナムは、レヴァンティンの切っ先をリーゼロッテに向ける。

 

「間が悪く、リィンとアギトはメンテナンス中。不利になるかと思ったが、むしろ好都合だ」

 

 魔力がシグナムを包み、振り上げた刃に魔力が収束していく。

 

「以前貴様たち相手に取った不覚、ここでまとめて返してやろう」

「ふん、上等じゃん」

 

 リーゼロッテは、受けて立つ構えを取る。

 ――大気が、裂ける。圧倒的な速度で展開される近接戦が、衝撃波を撒き散らす。

 対しザフィーラとリーゼアリアは互いに多くを語ることなく、戦いを始める。激化する戦場。その中心で、両軍の指揮官は向き合っていた。

 この場にいる者は、いや、全ての者が理解している。

 この二人の戦いが決着であり、それ以外は全て飾りだと。

 

「リーゼたちを呼んでくるとは思っていなかったぞ、カグラ」

「ホントはグレアムのじいちゃんを呼びたかったんだけどな。理事会に止められた」

「当たり前だ。貴様正気か? SSSランク魔導師など、単騎で都市一つを簡単に吹き飛ばせるような存在だぞ」

「ま、何にせよ俺のカードはもうほとんど残っちゃいねぇ。切れるカードは最後の切り札だけだ」

 

 両手足を覆う手甲と足甲。近接戦闘に特化させた状態の愛機『ヘルダスト』を一瞥し、カグラは言う。

 

「俺の最後の切り札は、『俺自身』。かかってこいやお坊ちゃん。叩き潰してやる」

 

 かつての半分に満たない魔力しか、今のカグラは有していない。

 しかし、今の彼は間違いなく、『英雄』カグラ・ランバードだった。

 

「いいだろうカグラ。相手をしてやる」

「御託はいいからかかってこいや『製氷機』」

「せいひょ……!? いいだろう。後悔するな! デュランダル!」

《OK,Boss》

 

 ガシャン、とデュランダルはカートリッジをロード。

 カグラは空へと上がり、クロノもそれを追いながら叫ぶ。

 

「総員!! 巻き込まれるなよ!!」

《Eternal Cofin》

 

 かつて闇の書の封印のために生み出されたデバイスが紡ぐのは、闇の書の動きさえも封じた極冷魔法。

 カグラを中心に半径50メートル以上に及ぶ空間が一瞬で凍りつき、大気の温度が急激に下がっていく。

 普通なら決着となるべき一撃は、しかし、カグラには通じない。

 

 ――ガシャァン!!!!!!

 

 まるで硝子を割るかのような音を響かせ、巨大な氷塊が吹き飛んだ。

 降り注ぐ、氷塊の欠片たち。十分な殺傷能力を備えたそれを避けながら、カグラはクロノに肉薄する。

 

 ――ガキィッ!!

 

 クロノはカグラの拳を受け止める。そうしながら、言葉を紡いだ。

 

「バケモノかキミは……っ!」

「褒め言葉……だよっ!」

 

 カグラは強引に体を捻ると、体の回転で加速させた蹴りを叩き込んだ。

 クロノは落下。地面に叩きつけられ、クレーターを作る。だが。

 

《Blaze Cannon》

 

 次の瞬間、熱線がカグラに叩き込まれた。カグラはまともに喰らい、宙を舞う。

 だがすぐに体勢を立て直すと、ははっ、と笑みを浮かべた。

 

「いいね。楽しい」

「不本意だが……僕も少し、楽しくなってきた」

 

 クロノも不敵に笑い、そして、二人は再度ぶつかり合う。

 その目は、少年のように輝いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あはは、クロノくんもカグラくんも、楽しそうだねぇ」

「本当に。……全く、初めからああしていればここまで大事にならなかったのに」

 

 エイミィの言葉に、ため息混じりで言葉を紡ぐのは、ファイム・ララウェイだ。エイミィは、ふふっ、と微笑を漏らす。

 

「ララウェイ執務官は、カグラくんの目的を知ってるよね?」

「ファイムでいいですよ。……はい。気付いておられたので?」

「なんとなくね。クロノくんは頭に血が上ってるから気付いてないみたいだけど」

 

 エイミィは笑う。ファイムは、流石だ、と内心で呟いた。

 退役しなければ、クロノの片腕ーーあるいは彼女自身も提督として活躍していただろうと謳われるその洞察力は、衰えていない。

 その性格故に理解されにくいとカグラは言っていたが、成程、優秀な人だ。

 

「だから、裏方に徹したんですね。その気になれば、あなた自身も指揮を執って戦えたというのに」

「どうだろうね? 私は所詮、魔力ゼロ。前線じゃ足手纏いにしかならないよ」

 

 それは、つまり。

 魔力さえあれば。前線ではなく、後方からなら十二分に力を発揮できるということだ。

 今回、クロノの陣営に加わった者の大半はエイミィの人脈の派生だという。はやてたちだってそうだ。

 エイミィという起点から誰かに繋がり、そこから更に誰かへと繋がる。

 成程、確かに頷ける。

 彼女に魔力があり、魔導師として戦える力があったなら、かの『奇跡の女神』リンディ・ハラオウン統括官の後継者となれたという評価は、妥当な評価だ。

 

(本当、はやてさんの周囲には凄い人ばかりいるなぁ……)

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、劣等感を感じた。

 やはり自分は凡人なのだと、再確認した。

 

「……まあ、確かにね。ファイムくんの言う通りのところもあるよ。今はカメラもないし、言っちゃうけど……」

 

 エイミィは、苦笑じみた表情を浮かべた。

 

「私はね、クロノくんの重荷になりたくないんだ。私に力があるなんて、万が一にも上が思ってしまったら、私は多分、呼び戻されちゃう。クロノくんはきっと、それを喜ばない。クロノくんとカグラくんってさ、そっくりなんだ。自分が傷つくのは少しも気にしないのに、誰かが傷つくのには過剰なまでに反応する。……心当たり、あるんじゃないかな? ファイムくん、はやてちゃんから聞く限りじゃあの二人と同じみたいだから」

 

 似ている、ではなく、同じ。

 エイミィは、ファイムのことをそう評価した。

 確かに、そうかもしれない。けれど、あの二人とは理由が違う。

 あの二人はただただ純粋な想いから『そう』なのだろう。

 けれど、自分は。

 ただ、罪人が償う方法がそれしかないという理由で、そうなっているだけ。

 

「僕は……しかし……」

「言いたくないなら、言わなくていいよ。整理がつくまで、抱えていた方がいいから。ただね、ファイムくん。これだけは覚えておいたほうがいいよ」

 

 エイミィは、真剣な眼差しをファイムに向けた。

 

「自分自身を守れない人が、誰かを守れるはずがない。それは真理だよ」

「……心に、留めておきます」

「うん」

 

 エイミィは頷く。ファイムは、では、と言葉を紡いだ。

 

「僕は、行きます」

「やるんだね?」

「そういう、シナリオですから」

 

 バサッ、とファイムの背に宿る翼がはためいた。

 エイミィは、そんなファイムに言葉を紡ぐ。

 

「無理してない?」

「大丈夫です」

 

 ファイムは、そう答えた。

 していない、ではなく、大丈夫、と。

 無意識に。気付かぬうちに。

 そして、ファイムは空を駆ける。その姿を見送ってから、エイミィはため息を吐いた。

 

「男の子って、不器用だよね。無理してるって、丸わかりだよ」

 

 エイミィは、チラリと、背後を振り返る。

 

「はやてちゃん……苦労するよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「エクセリオンバスターA,C,S!!」

「…………ッ!!」

 

 相手に突撃し、ゼロ距離から最大出力の砲撃を叩き込む高町なのはの大技。

 並の魔導師ーーいや、たとえオーバーSランクの魔導師でさえ無傷で受けきることは不可能なこの技を、ユーノは真っ向から受け止めた。

 

「ドライブ!!」

「シールド!!」

 

 砲撃が放たれたその瞬間に、ユーノはシールドを展開した。そこへなのはの砲撃が直撃。ユーノは吹き飛ばされる。

 

「……くっ!」

 

 だが、ユーノはすぐさま体勢を立て直すと、手を前に翳した。

 

「ストラグルバインド!!」

 

 デバイスなしの精密魔法操作はユーノの得意技である。更に、彼はあくまで結界魔導師。相手を封じるのが戦い方だ。

 魔力結合を阻害するバインドが、なのはを狙う。なのはは空を舞うことでそれを避けると、シューターでバインドを撃ち払った。

 

「流石だね、ユーノくん。中々決まらない」

「僕にはこれしかないから。ろくな攻撃魔法を持たない僕は、こうやって相手の消耗を待つしかない」

「うん。知ってる。……その戦い方は、私のためなんだよね?」

 

 なのはの、そんないきなりの言葉にユーノは弾かれたように顔を上げた。なのはは、にゃはは、と笑う。

 

「私の戦い方は、ユーノくんと一緒に戦うことが始まりだもん。だからわかるよ。ユーノくんは『それしかできない』んじゃなくて、『それができるようになってくれた』んだって」

「……買い被りだよ、なのは。僕は……」

 

 思わず紡ぎそうになった言葉を、ユーノは飲み込んだ。なのはは、呟くようにユーノの名を呼んだ。

 

「もしかして、『それ』が理由なのかな?」

「…………」

 

 二人の間に、詳しい言葉は必要なかった。

 こうしている理由。それを問いかけたなのはに、ユーノは無言を貫く。

 なのはは、わかった、と頷いた。

 

「次で決めるよ、ユーノくん。私が勝ったら、お話聞かせてもらうから!」

《Star Light Breaker》

 

 高町なのはにとって最強の、今まで幾多の敵を倒してきた魔法が紡がれる。ユーノは頷いた。

 

「いいよ、なのは。受け止めてみせる」

 

 キィン、という音と共に、ユーノの魔法陣が輝く。綺麗な翡翠の光が、周囲に満ちる。

 

「ブラスター1! リミットリリース!」

《count start》

 

 凄まじい魔力の圧力がユーノを襲う。ユーノはごくりと唾を飲み込むと、自身を包む球状の結界を展開した。

 

「クロースド・ラウンド」

 

 新たに会得した、守るための魔法。大切な人を守るために会得したそれが、まさかその人から自分を守るために使うことになるとは、何たる皮肉か、とユーノは内心で苦笑した。

 そして、なのはの魔法が紡がれる。

 

「全力!! 全開!! スターライト――」

《4…3…2…1》

 

 桜色の光が、臨界点を迎える。

 

「ブレイカアァァァッッ!!」

《――Zero》

 

 放たれた砲撃が、ユーノを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、なのはは凄いなぁ」

「無理し過ぎだよ、ユーノくん。はやてちゃんだって、まともにSLBとは相対しないのに」

「……でも、やらなくちゃいけなかった」

 

 なのはに膝枕をされながら、ユーノは言った。なのはは、ユーノくん、と彼を呼ぶ。

 

「そうなんだね、ユーノくん。これは、確認だったんだね?」

「うん。……11年も前に見切りをつけておいて、今更見苦しいけど、僕は、確かめたかったんだ」

 

 ユーノは、自身の顔を覆うように顔を右手で包んだ。

 

「あの時……なのはが墜ちた時、僕には後悔しかなかった。僕がなのはをこの世界へ連れてきてしまった。僕のせいだ、って」

「ユーノくん、それは……」

「わかってるよ、なのは。けれど僕は納得できなかったんだ。なのはの背中を守れなくなった自分が、許せなかった」

 

 そのために、ユーノはこうしてなのはと相対した。

 適うはずがないと理解していて、それでもユーノは戦った。

 また、彼女と共に戦えることを願って。

 ……結果は、こんなだけれど。

 足を引っ張るしかないと、思い知らされたけれど。

 

「馬鹿だよ、ユーノくんは」

 

 なのはは、そんなユーノの額にデコピンを入れた。

 

「私は、いつだってユーノくんに守られてるよ。ユーノくんが信じてくれてるから、守ってくれてるから、私は頑張れるんだよ? ユーノくんがいてくれるとね、背中が暖かいんだ」

 

 なのはは、微笑み。

 ユーノの頬を、一筋の涙が流れた。

 

「ありがとう。ユーノくん」

 

 その一言で。たった一言で。

 報われた――気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ドカッ、バキッ、グシャッ。

 華やかな魔法戦が終わり、互いの部隊もほとんどが全滅した中、両軍の指揮官は互いに殴り合っていた。

 

「うらあっ!」

 

 バキッ、という音が響き、クロノの顔面にカグラの拳が叩き込まれる。クロノは倒れかけたが踏みとどまり、殴り返す。

 カグラの腹部に拳が叩き込まれ、カグラはぐっ、と表情を苦悶のものに変える。

 しかし、カグラはすぐさまお返しとばかりに蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

 クロノはたまらず吹っ飛び、地面を転がるが、すぐに震える体で立ち上がった。

 

「こいよ、クロノ!」

「言われなくても!」

 

 バキッ、と、再び互いに殴り合いが始まる。魔法の補助はない。互いにそれは無粋と理解していた。

 片や、かつて『エース・オブ・エース』の称号を背負いし英雄。

 片や、理事会入りが半ば約束されたエリート中のエリート。

 今の二人は、しかし、そんなものは忘れ去っていた。

 倒れることは、自らが背負った者たちに対する冒涜。

 プライドも、恥も、誇りも。そのことに比べれば、意味などない。

 そして、何より。

 ――負けたくない。

 心の底から、二人はそう思っていた。

 

「らあっ!」

 

 カグラの拳が、クロノの顔面へとクリーンヒット。クロノは、たまらず倒れ込む。

 

「うっしゃああっ!」

 

 勝ち誇るようにカグラは拳を突き上げる。だが、その後頭部にクロノの跳び蹴りが入った。

 

「ぶっ!?」

 

 カグラは地面に倒れ込み、顔を思い切り地面に打ちつける。

 

「勝ち誇るのは……早い、ぞ」

「この……」

 

 二人は互いに掴みかかり、カグラはクロノの顔面を潰すかのように握り締める。クロノはクロノで、先程までの魔法戦でカグラが脇腹に負った裂傷を握り潰した。

 

「「…………ッ!!」」

 

 互いに痛みを堪え、しかし、一歩も退かない。最早子供のケンカになっていたが、誰も止めないし、止められなかった。

 あまりにも二人が、いい笑顔だったから。

 そして、二人は再び拳を振り上げる。

 

 ――ガスッ。

 

 同時に放たれた拳は、互いの顔面に綺麗に吸い込まれた。

 そして、二人は倒れる。

 

「……くそっ……たれ……根性、あんじゃねぇか」

「キミ、こそ。そんな体で……よく、やる、よ」

 

 仰向けになりながら、互いに言葉を紡ぐ。

 二人とも、もう、限界だった。

 

「引き分け、ってのも……悪くは、ねぇが……観客が納得しねぇ……だろ?」

「そう、いえば……『模擬』戦、だったな……これは」

「……互いに、アホ面晒した、な……」

「……全く、だ……」

 

 二人は、ほぼ同時に立ち上がろうとする。

 しかし、とうに限界を迎えた体は言うことを聞かない。聞いてくれない。

 それでも立ち上がろうとする二人の目に、星の光が目についた。

 朝からやっていて、もうそんな時間か――クロノは思った瞬間、はっ、と気付く。

 ここは室内で、ホログラムで空こそ映し出されているがその映像は変わることはない。

 そもそも、あそこまで輝く翡翠の光は、星ではない。

 

 

「僕が目を覚ましてからだから、仕込みに三時間かかっちゃったか……。やっぱり、実戦で使えるものじゃないね」

《カビの生えた古文書の魔法ですから》

「まあ、今回は丁度良かったけどね」

 

 

 空に、翡翠の軌跡が描かれる。三次元で描かれる複雑怪奇なそれは、ワイヤーで描かれた魔法陣。

 ガシャン、ガシャン、と、何発もカートリッジをロードする音が聞こえてきた。下から見上げるとまるで天使のようにも見える人物が、カートリッジシステムが積まれた簡易デバイスを、空いた右手に持っていた。

 

「35発……これでようやく足りるんだよね、リンネ」

《はい。計算では》

「よし、やろうか」

 

 その人物は、確かに天使に見えた。

 しかし、現実は。

 ――世界を砕く、悪魔だった。

 

「スフィア形成。リンネ、細かい制御はお願い」

《了解。マスターも、集中を切らさないでください》

 

 空に、無数の魔力スフィアが現れる。それだけなら良かったのだが、それらは突如、魔力を収束し始めた。

 クロノは目を見開き、叫ぶ。

 

「なっ、なんだこれは!?」

「あー、俺の最後の最後の手段?」

 

 冗談めかして言っていたが、クロノはすぐに悟った。カグラも相当焦っている。

 

「貴様正気か!? くそっ!!」

 

 立ち上がれないはずなのにクロノは立ち上がり、逃げようとする。人は死に直面すると、信じられない力を発揮するのだ。限界などという言葉は、命の危機という現実の前には力を失う。

 

「ぶっ!?」

 

 しかし、情けない声を上げてクロノはすぐに地面へと倒れ込んだ。見れば、カグラが足を掴んでいる。

 

「離せカグラ!!」

「うっせぇ!! 俺はもう動けねぇんだよ!! お前も巻き込んでやる!!」

「貴様正気か!? 離せこの!!」

「離すかボケ!!」

 

 クロノはげしげしとカグラを蹴るが、カグラは離そうとしない。しぶとく足を掴んでいる。

 

「くっ……!!」

「俺が負けそうになったら全部吹っ飛ばすつもりだったんだが、いやー、まさかマジでやることになるとは」

「貴様はどれだけ……!?」

「いやな、大変だったんだぜ? 司書長とファイムが見つけてきた古代魔法を実現するために色々仕掛けしてよー」

「聞いてない!!」

「ま、諦めろクロノ。何のためにあんだけ無差別に魔力ばらまいたと思ってんだ?」

 

 にひ、とカグラは邪悪な笑みを浮かべた。クロノは、この、と苛立たしげに言葉を紡ぐ。

 

「ここまで予測していたのか!?」

「できたらバケモンだろそりゃ。こうなるように運んだんだよ。……俺もお前も、負けても勝ってもダメなんでな」

 

 怒らせたのもそのためだ、と、カグラは言った。

 クロノは、何故だ、と言葉を紡ぐ。

 

「ここまでの手間をかけてまで、何故……!?」

「ガキじゃねぇんだ。自慢の頭で考えな。なに、すぐわかるさ。エイミィにはバレてるだろうしよ」

 

 カグラは笑う。その頭上で、翡翠の光が輝きを増した。

 数多の魔導師が戦い、散っていった戦場。そこに満ちた魔力が、全て収束する。

 

 ――まるで世界の終わりのような光が、降り注いだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 古代魔法。

 最早名称さえわからないそれは、とてつもない前準備が必要だった。

 模擬戦ルームの端に合計72個もの術式補助のための装置を設置し、術を執行するファイムが術式を維持できるよう、35発ものカートリッジロードのために改造を施した簡易デバイスを用意し、尚且つ、魔力散布を十分にするために魔導兵器まで持ち出した。

 その術式は、現実ならば使用など不可能なこの古代魔法を、ファイムは一度限りの夢として使用した。

 

「……リンネ、これで良かったのかな?」

《間違っていないとは思います。それよりも、体は大丈夫ですか?》

「大丈夫。……じゃあ、戻ろっか」

《ランバード一佐たちは良いのですか?》

「いいと思うよ。どうせすぐ起きるだろうしね」

 

 ファイムは笑い、歩いていく。その途中で、リンネは呟いた。

 

《……ただの魔導では、あれは発動できなかった。マスターが使用者に選ばれたのは、やはり……》

 

 命を使う、術のため。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『さて、終わった終わった。……手当出るのかなコレ』

『トータルで15時間とちょいか。中々長ぇやな』

『こりゃ夜通しですかね、ゲンヤさん?』

『だろうな。……おい司会、いつまでもモニターの砂嵐なんざ見てねぇで、おめぇさんも準備しな』

『準備、ですか?』

『結果は引き分けだ。ま、そんなこたぁどうでもいい。大隊戦の後はな、参加者も観客も混ざって宴会すんのが通例なんだよ』

『今日の管理局、普段と比べてどんくらい機能落ちてるんでしょうね?』

『まあ、5、6%ってとこだろうよ。司会、おめぇさんにはもう一つだけ仕事が残ってる。行くぞ』

『はっ、はい!』

『……5、6%って凄いよな。管理局って、大丈夫なのか?』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 魔導がクリーンな力であるとされる最大の理由、非殺傷設定。

 ご都合主義だとカグラは思うが、それがあるからこそ、こうして立っているのだとも彼は思う。

 

「行くのか?」

「久方振りに力を出しました。感謝します」

 

 カグラの視線の先にいるのは、オトヒメ――否、テンリュウ・シンドウ。

 世界の裏側に脈々と受け継がれてきた、『最強』の継承者。

 かつてカグラは先代に敗れたことがある。故に、彼女の力は理解していた。

 

「感謝すんのはこっちだよ。無理に参加してもらってすまなかったな。ほれ、礼だ」

「……これは」

 

 カグラが投げ渡した包みには、報酬という名のお金が入っていた。

 ただ、その額が破格であったが。

 

「色んなとこに首突っ込んでると使いもしねーのに金が貯まる。貰っていってくれや」

「……では、ありがたく」

 

 テンリュウの左腕には、すでに傷は残っていない。彼女は自力で治してしまった。

 

「……縁があれば、またいずれ」

 

 ――ザアッ。

 言葉と共に、風が流れた。瞬きは一瞬。その一瞬で、テンリュウは消えてしまった。

 カグラは、ふぅ、と息を吐く。

 

「……やれやれだな。どいつもこいつも、過去に囚われやがって……」

 

 カグラは、小さく呟く。

 その呟きは、どこにも届かなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「よう、響。見てたぜ」

「ん? 優夜か。負けたけどな」

「謙遜すんなよ。大活躍だっただろ?」

 

 そう言って笑うのは、有栖優夜。響たち幼なじみグループの一人であり、煌と同じ部隊の隊員である。

 

「あれ? 瑞希と雪奈は?」

 

 奏が、優夜一人であることに首を傾げる。優夜は、ああ、と頷いた。

 

「あの二人は煌のとこ。なんか落ち込んでるみたいだしな」

「まあ、あんだけ見事に負ければそうなるか」

「相手を侮ってたっていうのもあると思うけど……」

 

 響と奏、それぞれが言い、優夜は肩を竦めた。

 

「俺たちは仕事で出られなかったわけだが、どうだった?」

「どうもこうも、あそこまで見事にやられたのは中々経験にない」

「響と二人がかりで負けるなんて思ってなかったよ……」

 

 二人は苦笑する。優夜が、そうか、と頷いた時、その背後から手が伸びてきた。

 

「よ~う。お疲れさんだな、二人とも」

 

 優夜の頭を掴みながら現れたのは、カグラだ。それを見て居住まいを正そうとする響と奏だったが、それをカグラが押し留めた。

 

「いいって。無礼講だ。暗黙のルールだよ」

「ありがとうございます」

「堅いねぇ。まあいいけど。……聞きたいこと、あるんじゃねぇか?」

「……何者、ですか?」

 

 あの人は、と、響は聞いた。カグラは、んー、と考えるように唸ってから、言葉を紡ぐ。

 

「古い知り合いでな。最強に最も近いとかそういうんじゃなく、純粋に世界最強の存在だよ。あれを最強と疑う奴はいない。最強の定義を知ってるか? 『最強を名乗り、誰にもそれを否定させないこと』だよ。あれにはそれができる」

「…………」

 

響は沈黙する。そんな響に、つか凄ぇなお前、とカグラは言葉を紡いだ。

 

「隣に女がいるのに、出会った女について聞くなんて。プレイボーイめ」

「いっ!?」

「…………響、そうなの?」

 

 ゆらぁり、という擬音が聞こえた気がした。奏の手に握られているのは、二丁のライフル。

 

「いやいやいや!! ない!! ないってば!!」

「問答無用!!」

 

 追いかけっこ、スタート。それを見ながら、カグラは笑う。

 

「あっはっは、若いってのはいいねぇ」

「あんたわかっててやったな?」

「ケンカは祭の華だろう?」

 

 くっくっく、とカグラは笑い。

 ふぅ、と優夜は溜め息を吐いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「いやー、しかしあれですね、叶望さん」

「あ、震離でいいよ?」

「んじゃ震離さん。……マジで似合いますね」

「でしょ!?」

 

 キャイキャイと、二人は騒ぐ。その二人に挟まれ、ゴスロリ服の裾を掴んで俯くのは、風鈴流。

 女性と間違われることに対してはかなり寛容になってきたが、流石に女性ものの服を着せられることについてはその限りではない。

 ちなみにその恥ずかしがる仕草が二人のテンションを更に上げていることに、流は気付いていない。

 しかし、そんな流にも救いの手が。

 

「お二人とも、調子に乗り過ぎです」

 

 リューイのユニゾンデバイスであるミリアムが、溜め息と共にそう言葉を紡ぐ。

 そうして彼女が手を差し伸べると、流は上目遣いにミリアムを見た。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 パキンと、ミリアムの中で何かが砕ける。

 そして。

 

「ミリアムさん!?」

「……すみません。それは反則です」

 

 鼻を押さえ、流に背を向けながらミリアムは言った。

 救いの手は、容易に敵となる。

 

「…………」

 

 流は最早自分自身で状況打破をしなければならないと判断。スカートの裾を持つと、走り出そうと立ち上がる。

 ――しかし。

 

「震離さん、他に服のラインナップは?」

「ナース服に浴衣に、学生服。メイドもあるよ?」

『素晴らしい』

 

 流の視界には、二人の魔導師がいた。

 片や、Sランクの力を有する特別捜査官。

 片や、ユニゾンデバイスを有し、炎熱の変換資質を有するニアSランク魔導師。

 正に、絶体絶命だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 宴会場の喧騒から遠ざかった、屋外の一角。静かな風が吹くその場所に、ファイムは佇んでいた。

 たった一人で。

 拒絶したわけではない。

 ただ、独りきりだった。

 

「混ざらねぇのか?」

 

 そのファイムに、声がかけられた。ファイムが振り返ると、そこにいるのはカグラ。

 

「嬢ちゃんたちが探してたぞ?」

「まさか。十年来のご友人ですよ?」

 

 僕の入る余地などありません。ファイムは、そう言った。

 

「そういえば、あの騒ぎはカグラさんが?」

「一つは俺だが、もう一つは知らん。まあ、祭だ。好きにしたらいい」

「理事会からは何も?」

「無視した」

 

 清々しいまでに言い切るカグラ。ファイムは、全く、と呟いた。

 沈黙。

 数秒のそれが流れた後、カグラが言葉を紡いだ。

 

「なあ、ファイムよ。レジアスがいなくなって、お前は表舞台に立てるようになった。『緑風事件』に派遣されたのもそうだ。もう、命を使うなんてことしなくてもいいんじゃねぇか?」

「カグラさんもでしょう? 楠舞煌さん……いくらあなたでも、そのままで勝てる相手ではありません。――使ったのでしょう?」

「若い奴を成長させるためだ。後悔はねぇよ。たまに使うくらいなら問題もねぇしな」

 

 カグラは言う。ファイムは、それでも、と呟いた。

 

「戻ることはできません」

「後悔は?」

「ありません」

 

 即答。それに対し、カグラは、そうか、と頷いた。

 

 ファイムは、喧騒から更に離れていく。

 その途中で、はやてたちがいるであろう場所を、ファイムは見た。

 

「すでに終わっていたはずの人生。……未練など」

 

 その呟きは、まるで泣いているようだった。

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