魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第十四章〝避けられぬ運命の果てに〟

 

 

 靴の音が響き、同時に二つの声が響き渡る。

 

「同志のおかげで、かなり実現まで近付いた」

「ああ、あのスパイの?」

「左様。必要な駒は揃いつつある」

「……後どんくらいかかる?」

「そうだな……数ヶ月、といったところか」

「意外とかかるな」

「なに、『あれ』が見つかればもう少し早くなる。それに、実現がために十年以上待ったキミたちだ。今更、数ヶ月を待てない道理はないだろう?」

「そらま、せやな」

「なに、実現はすぐだ。私の悲願も遂に果たされる」

「わしらの仕事は?」

「露払いだ。核兵器を使えば今すぐにでも世界を制圧できるだろうが、私は敢えてそれをしない」

「ほう、そらまたどうしてや?」

「一度使ったのは、力を思い知らしめるためだ。人は慣れるのだよ、同志。何度も使えば人は恐怖よりも怒りと憎悪を感じるようになる。そうなれば待っているのは反逆だ。私は世界を支配するつもりではないとはいえ……それは望ましくない」

「だからあくまで核兵器は言うこと聞かせるための脅しとして使うゆーわけか?」

「素晴らしい。流石だ、同志。人は恐怖と飢餓には勝てん。核兵器という恐怖の他に『あれ』が現れれば、人の心など容易く折れる」

「了解。露払いゆーと、あれか? わしは機動六課でも潰せばええんか?」

「いや、必要ない。彼らの頭は動けない。ならば精々、動けぬことを苦しんでもらおう。彼らは組織の一員。我らが手を出さねば、動くことさえ許されんよ」

「……了解や。ほな、適当にどこぞの部隊でも潰せばええか?」

「ああ、頼む。……そうだ。丁度、同志が興味を持っていた部隊があるな」

「ん? 資料? ああ、グリスか。……ふーん、こらまた」

「部隊長はゲンヤ・ナカジマというらしい。優秀な人物らしいな。そして、優秀な指揮官の下には優秀な部下が集まるのが道理だ。AAA+ランクで前線に立つ魔導師など、地上にはそういないのではないか?」

「おらんね。まず。……成程、リューイ・エンドブロムとミリアム・エンドブロム。ギンガ・ナカジマ……地上では最強の戦力がおるなぁ」

「おや、強敵だというのに表情が優れないようだが?」

「阿呆。わしゃあテンリュウやらリヴァイアスやらギレンみたいなバトルマニアやない。強い奴と戦わんで済むならそれが一番や」

「ふむ。しかし、それだけではないようだが。知り合いかね、この――陸士108部隊の部隊長は?」

「まさか」

 

 声は、酷くつまらなさそうに言葉を返した。

 

「知らんよ。魔力ゼロで前線に出てくるような阿呆なんてな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――生きてる。

 最初に思ったのは、それだった。流石に帰ってこれないことを覚悟していたのだが。

 ファイムは、自分の右手を見つめる。魔力封印が施され、自分は今、魔法が使えないはずだ。

 だが。

 

 ……キィン。

 

 掌の上に、魔法陣が出現した。その形状はミッド式のものに似ているが、僅かに違う。

 これは、禁じられた力。ファイム・ララウェイが今までどうにか戦えて来れた最大の理由。

 

「…………」

 

 ファイムは魔法陣を消し去ると、ふぅ、と息を吐いた。そこへ、ノックの音が響く。

 どうぞ、とファイムが言葉を紡ぐと、入ってきたのはカグラだった。その手には、束ねられた資料がある。

 

「目ェ覚ましたらしいな」

「お陰様で」

「俺ぁ何もしてねぇよ。医療部の奴らに礼は言いな」

 

 椅子に座りながら言うカグラ。ファイムは、いいえ、と首を左右に振った。

 

「あの時は、ありがとうございました」

「手を振り払った奴の言葉じゃねぇな」

「それでも、嬉しかったのは事実です」

 

 ファイムは微笑む。カグラは、変わったな、と言葉を紡いだ。

 

「昔のお前は、生きたいだの嬉しいだの幸せだの……そういう、プラスなことは何一つ言わなかった。変えたのは誰だ?」

「はやてさん、だと思います」

「そうか、嬢ちゃんか。……感謝しろよ?」

「無論です。一生かけても返せぬ恩を頂きました」

「そうか」

 

 ――静寂。

 静かな沈黙が流れる。心地良いようで、どこか居心地の悪い沈黙。

 それを……意を決したようにカグラが打ち破る。

 

「言うかどうか、相当悩んだ。やめたほうがいいんじゃねぇか、とも何度も思った」

「…………」

「だが、隠す方が残酷だ。それに……今のお前になら、話してもいいだろうと俺は思う」

 

 バサッ、と、カグラはファイムの目の前に紙の束を投げ渡した。そうしてからカグラは、言葉を紡ぐ。

 

「今回、お前の体について調べさせた。その結果だ」

「……それで?」

「ぼかしても仕方ねぇ。単刀直入に言うぞ」

 

 カグラは、真剣な目でファイムを射抜いた。

 

 

「お前の命は、後十年で尽きる」

 

 

 ……衝撃は、こなかった。

 ただ、なんとなく、ファイムは思った。

 成程、と。

 そんなものなのだろうな、と。

 

「それも、あくまでこれ以上魔法を使わなければの話だ。今のペースで命を使い続ければ、2、3年保つかも怪しい」

「……細胞の老衰化と、リンカーコアの異常消耗。治す手段は……『無し』、ですか」

 

 パラパラと自身の体の状態を事細かに記した紙を捲りながら、冷静にファイムは呟く。カグラは、そんなファイムにどこか浮かない表情で言葉を紡いだ。

 

「驚かねぇんだな」

「驚く理由がありません。自分で選んだ道です。それに、このまま戦い続けても2、3年は生きられるのでしょう? 存外、生きられる」

 

 死の宣告を受け、それでもファイムは言い切った。

 僅かな時を、『十分』と。

 カグラは、そうか、と言葉を紡ぐ。

 

「三年前からお前は随分変わったが……それでもまだ、『そのまま』なんだな」

「三年前にも言ったはずですよ。やめるわけにはいかない、と」

「頑固だな、お前。未練とかねぇのか?」

「……未練など」

 

 ファイムは、首を左右に振った。そうかい、とカグラは頷く。

 

「……お前なら気付いてると思うが、三年前の模擬戦は、管理局のためにやったことだ。今まで現場を引っ張ってきた奴は、どんどん後方に下げられちまう。俺だってそうだ。前線にいても、最前線にはいられねぇ」

「だから、ハラオウン提督を焚き付けたんですよね?」

「不安だったんでな。俺を含め、どんどん優秀な奴は後方に下がっちまう。それなのに、次世代の奴らに教えられたことは精々が半分とちょっと。だから、『いっちょ揉んでやろう』ってな」

 

 カグラは煙草をくわえる。だが、火は点けない。

 

「それでも、間に合わねぇ部分が多い。だから、ファイムよ」

 

 カグラは、どこか寂しそうな目でファイムを見た。

 

「お前が受け入れてんなら、是非もねぇよ。――管理局のために、死んでくれ」

「それが償いに、なるのなら」

 

 ファイムは、頷いた。

 バタンと、扉が閉まる。ファイムは、一人病室に残された。

 何の気なしに、ファイムは自身に死の宣告を下した結果を記す紙に目を通す。

 目に映るのは、絶望の結果だけ。

 細胞の死滅。

 リンカーコアの消耗。

 内臓器官の衰弱。

 表面に現れていないだけで、体の中はボロボロ。その事実は、たった一つの真実だけを告げていた。

 

〝お前は死ぬ〟

 

 そんな、避けようのない未来という真実だけを。

 

 ――ポタッ。

 

 紙の上に、雫が落ちた。ファイムは、自分の体を抱き締める。

 震える体を。

 涙を流す体を。

 

「なんで? どうして? 選んだ道なのに。覚悟していたことなのに」

 

 今、ファイムの手元には彼が家族と言うデバイス『リンネクロウズ』はない。

 だから、誰も答えてくれない。

 一人で、考えなければならない。

 

「どうして僕は、恐れてるんだ?」

 

 自らそこへと突き進んでおきながら。

 身勝手にも、死にたくないと思っている。

 生きたいと、思っている。

 

「あんなことを言っておいて。覚悟しているなんて言っておいて」

 

 紡いできた数々の言葉。

 抱いてきた信念。

 

『選んだ道ですから』

『後悔などありません』

『生きたいと思って生きられるなら、こんなことになっていません』

 

 口にしてきた数々の言葉も信念も嘘ではない。少なくともその言葉を吐いた時、それは全て真実だった。

 死んでも構わないと、そうあるべきと、ずっとそうやって生きてきたのに。

 ――何故、今になって。

 ファイム・ララウェイは、死を恐れる?

 死など、受け入れたはずではないか。

 今更、罪人が何を考えている?

 

「………………死にたくない」

 

 絞り出したその言葉は、真実だった。

 死にたくない。

 生きていたい。

 独りきりになった今、ずっと封じ込めていた想いが溢れ出してきた。

 いっそ、知らぬまま死ねたら良かったのかもしれない。

 戦場で、限界を迎えて、そうして死ねたら良かったのかもしれない。

 そうであったら、受け入れることもできただろう。

 だが、今のファイムは、明確なカウントダウンが始まってしまっている。

 死。

 終焉。

 終端。

 死後の世界など、ファイムは信じていない。人は死ねば終わりだ。その手を汚してきたファイムだからこそ、それが実感できる。

 そして、人は簡単に死んでしまう。

 死なない、なんてことはありえない。

 人は……死ぬ。

 あっさりと。

 簡単に。

 あまりにも、一瞬で。

 理由など単純だ。

 生きているから。

 簡単に生まれるから、簡単に死ぬ。

 生まれていくから、死んでいく。

 

「…………知らなかったなぁ……」

 

 ファイムは、呟いた。

 

「弱いとは知ってたけど。情けないとはわかっていたけど。弱者だとは、自覚してたけど」

 

 ファイムは膝を抱え、顔を隠すようにそこに埋める。

 

「僕は、こんなにも弱かったんだ」

 

 自分の死を、受け入れられぬ程に。

 どうしようもないほどに……弱かったのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「カグラさん」

 

 ファイムの病室のすぐ前で壁に背を預けていたカグラに、声がかかった。閉じていた瞳をカグラが開けると、そこにいたのは高町なのはを筆頭とした機動六課の面々。更にリューイやユーノまでいる。

 ただ、八神はやての姿はなかったが。

 

「よう、嬢ちゃんたち。仕事はいいのか?」

「……六課は、一週間の活動停止です」

「そういやそうだったな」

 

 結局吸わなかった煙草を、携帯灰皿へ捨てる。

 実力云々はともかく、立場上は六課の№2であるファイムが『あんなこと』をしでかしたのだ。処分が下されるのも当然である。

 それを、カグラ自身が彼らに告げたという事実もまた、ここにある。

 

「嬢ちゃんたちが何しにきたか、わかるぜ? ファイムだろ?」

 

 カグラは親指でファイムの病室を指差す。みなが一様に頷いた。

 そして、一団からフェイトが進み出ると、カグラさん、と言葉を紡いだ。

 

「ファイムは間違ってない。間違ってなんかない。人を助けることが、間違ってるはずがないんです」

「んなこたぁ、誰だって知ってる。あいつは手段を間違えたんだよ。人を救うにも、手段がある。笑えるだろ? 人を救うには手段を『選ぶ』必要があるんだからよ」

「……それは、どういう意味ですか?」

 

 フェイトが食い下がる。カグラは、大体な、と言葉を紡いだ。

 

「お前ら、今年で入局何年目だ? 一年、二年の新人じゃねぇだろ? まさか、『管理局は正義である』なんて戯言本気で信じてるとか言わねぇよな?」

 

 皆、一様に押し黙る。その沈黙の中には、困惑があった。

 カグラは、ちっ、と舌打ちする。

 

(純粋だ純粋だって思ってたが、まさか本気で戯言信じてたとはな。……いや、原因は俺にもあるか)

 

 知らずに済むなら、それが一番いい。

 そうやって、彼女たちを、未来ある若い局員たちを『そういうもの』から遠ざけるようにしていた。

 肥大化し、力を持つようになった組織というものは、簡単に『魔窟』となり果てる。

 権力闘争などいつもだし、他人を蹴落とすなど日常茶飯事だ。

 その裏で誰かが死んでいくのもまた、『普通』である。

 ――もう、いいだろう。

 カグラは、そう思った。

 昔。ホムラが管理局から出て行く少し前、彼女たちに問いかけたことがある。

 あの時の純粋な気持ちを、ずっと抱き続けてきたのだろう。

 だから、もういい。

 もう、彼女たちは守られるような存在ではない。

 ……それに。

 

「……いい加減、疲れてきたしな」

 

 呟きは、カグラ以外には届かなかった。カグラは、さて、と言葉を紡ぐ。

 

「今の管理局では、『正論』も『正義』も力を持たねぇ。持つのは『利害』という言葉だけだ。設立してから90年……組織が腐るには十分過ぎる時間だわな」

「…………」

 

 みなは一様に押し黙る。カグラは、まあ、と息を吐いた。

 

「創始者でさえも腐り始めてんだ。崩壊は免れねぇよ」

 

 カグラは、ついてこい、と一同に言葉を紡いだ。

 

「ファイムのとこに来たのは、はやての嬢ちゃんのことだろ? 悪いが、少し待て」

「何故ですか?」

 

 声を上げたのは、シャマルだ。カグラは嘆息する。

 

「……12年。そんな時間、俺は少しずつすり減っていくあいつを見てきた。流石に情も移るもんでな。歳の離れた弟みたいなもんだよ」

 

 というより、親近感が生まれたのだろう。

 償いのために命を使い続けるファイムと。

 喪った人の生き様を無駄にせぬ為に、抗い続ける自分。

 無意味と知りながらも、戦う二人。

 ……似ていた、のだろう。

 それ故に。

 あれほどまでに、ファイム・ララウェイという青年を変えようとした。

 彼が変われば、自らも変わっていける――そんな、戯言を信じていたから。

 でも。

 

「そんな俺でも、初めてなんだよ。あれほどまでに弱ったファイムを見るのは。だから、そっとしておいてやってくれ。その代わり――」

 

 カグラは、どこか諦めたような目で、こう言った。

 

「教えてやるよ。管理局が、ファイム・ララウェイという人間に何をさせてきたのか。あいつは、何を支払ってきたのか」

 

 そろそろ、決断せねばならない。

 何も変わらぬ世界で生きてきたからこそ。

 自分が、どうすべきなのか。

 俺自身も。

 彼女たちも。

 ――あいつ自身も。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 空間を支配したのは、沈黙だった。

 カグラ・ランバードが語ったのは、監視役として彼を見続けてきた彼が語る事実。

 闇へと葬られた、一人の青年が歩んできた道。

 

「管理局に拾われる前、奴は第62管理世界『セグリメ』にいた。……10年前に消えた世界だな」

「『セグリメ』って、確か……」

「そうだ、フェイトの嬢ちゃん。『セグリメ』は年がら年中戦争を繰り返してた世界だ。そう……管理局とな」

 

 よくある話である。管理局の干渉を、誰もが受け入れるわけではない。反発する者も当然出てくる。

 

「『セグリメ』との戦争は、かなり無茶苦茶な状況までもつれた。『セグリメ』の奴らは頑なに負けることを拒み、結果、培養器で生み出した『子供』を戦争に投入してきた」

「培養って、まさか」

「そうだ。『プロジェクトF』――もっとも、完成度はかなり低かったみたいだけどな。10人造って1人成功すりゃ御の字ってとこだ。……ファイムは、その時に生み出された子供の一人だよ。あいつは、不完全な人造魔導師として生み出された」

 

 全員が絶句する。特にフェイトとエリオは、言葉を失っていた。

 

「まあ、つっても体機能は特に問題なくてな。普通に生きりゃ、普通の寿命を迎えられるレベルだった。だが……あいつは兵士だ。人殺しの術を叩き込まれ、その上で人を殺してきた。まあ、それも長くは続かず、地雷で手足を吹き飛ばされてな。それを拾って実験に利用したのが、ジェイル・スカリエッティだ」

 

 右腕と、右足。戦闘機人の技術は、『アンリミテッド・デザイア』によって付与された。

 

「だが、あいつはそこから逃げ出した。けどま、相手が相手だ。簡単に逃げ出せるわけがねぇ。瀕死の重傷を負わされてな。それを拾ったのが俺だった」

 

 それ故に、カグラはファイムと関わりを深くすることとなる。

 上層部との繋がりも、また。

 

「それからだよ。あいつは、管理局のために命を懸け続けた。多くの部隊を転々としながら、それこそ『誰か』を救い続けた。償い、って言いながらな」

「それじゃあ、ファイムくんは……」

 

 なのはが悲痛な声を上げる。カグラは、ああ、と頷いた。

 

「あいつの理由は、戦争で人を殺したことに対する償いだよ。……この世界に、『正義』も『悪』もありゃしねぇ。あるのは『善意』と『悪意』と『結果』だけ。だからこそ、管理局は正義じゃない」

 

 だというのに。

 管理局は正義だと思わせるために、ファイム・ララウェイという男は戦ってきた。

 何という矛盾。

 そして、欺瞞。

 彼を罪人と呼ぶならば。

 何もしなかった者こそ、彼を見て見ぬ振りをし続けてきた管理局こそが、罪人だ。

 

「大分飛ばして話したが、これが奴の生きてきた道だよ。シグナムの嬢ちゃんは知ってたんじゃねぇのか?」

「……私と主はやては、戦争については聞き及んでいました。しかし、それ以上は……」

「成程。……正直な、俺は驚いたんだよ」

 

 カグラは、そこでこの話が始まって初めて、苦笑を浮かべた。

 

「八神はやて……あの嬢ちゃんを救うために管理局を敵に回したって聞いた時は、本当に驚いた。それがあいつの正義だったのかもしれん。だが、奴は初めて逆らったんだよ。12年、たったの一度もなかったのに」

 

 管理局のために。正義のために。そうして、それだけを掲げてファイムは生きてきた。

 八神はやてを救い出した時も、どこかに『管理局のため』という気持ちはあったのだろう。

 だが、カグラはそう思わなかった。

 だって……ファイムは言ったから。

 ――『滅んでしまえばいい』。

 管理局を、否定したから。

 否定して――くれたから。

 

「その代償として、あいつは今『ああ』なってる。それでもお前らは、あいつを頼るのか?」

「――それしか、我らには道がない」

 

 カグラのその問いかけに応じたのは、シグナムだった。

 

「情けなく、恥とも思う。しかし、我らの言葉は主はやてに届かんのだ。言葉を届けられるのは、きっとララウェイしかいない」

「けど、シグナム」

「ヴィータ。私たちは誰の騎士だ?」

 

 シグナムは躊躇を見せたヴィータにそう問いかけた。ヴィータは逡巡するが、俯きながらもはやての騎士だ、と答える。シグナムは頷いた。

 

「主はやてのためならば、鬼と呼ばれようと外道と呼ばれようと構わん。あの方の笑顔を取り戻せるならば……」

 

 シグナムは一度目を閉じ、ギュッ、と拳を握り締めた。

 何かを、堪えるように。

 

「ララウェイに更なる負担をかけることになろうと、私はそれを厭わん」

「……生粋の騎士だな、お前さんはよ」

「騎士の誇りなど捨てています。私が戦うのは、家族のため。それだけです」

 

 いっそ清々しい。カグラは、了解、と頷いた。

 

「そこまで腹括ってんなら、俺が言うことは何もねぇ」

 

 そう言って、カグラは出て行った。

 沈黙が、場を支配する。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「シグナム、本気?」

「何がだ、テスタロッサ」

 

 フェイトの問いかけに、シグナムは足を止めて応じた。フェイトは、グッ、と拳を握り締める。

 

「もしかしたら、はやてはもう二度と戻ってこないかもしれないんですよ?」

「それが主はやての選んだ道ならば、是非もない。ララウェイならば、主はやてを託すことができる」

「でも……」

「良いのだ、テスタロッサ。我らは主はやての幸福のみを望んでいる。そのためならば、どのような代償であっても支払うさ」

 

 シグナムは言い切る。だが、フェイトは首を横に振った。

 

「信じない。そんな、泣きそうな顔で言ってることを、誰が信じるもんか」

 

 フェイトの言葉。シグナムは、体を震わせた。

 

「……納得など、できるわけがなからう。主はやてがおられなくなるかもしれぬことを、納得などできるはずがない」

「だったら、どうして」

「もう道はないのだ!」

 

 シグナムは、怒気と、悲哀を込めた叫びを口にした。

 

「我らは主はやてと常に共にあった。あり続けてきたつもりだった。主はやてが支えてくれたように、我らも主はやてを支えているものと信じて疑わなかった。だが、現実は……我らは、何もできんのだ」

 

 シグナムは、体を震わせる。

 

「我らの言葉は、主はやてに届かない」

「シグナム……」

「我らは、愚かな騎士なのだ。何もできない……そんな、愚かな……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 覚悟のようなものは、まだ、定まっていなかった。

 泣くだけ泣いたなら、自分にできることを探す。

 かつて、自らが告げたその言葉を、今、自らにファイムは課していた。

 ただ、できることはわからなかったが。

 

 ――コンコン。

 

 ノックの音が聞こえた。どうぞ、とファイムが声をかけると、一人の女性が入ってくる。

 八神シグナム。

 ファイムの目から見ても、あまりにも真っ直ぐな騎士だ。

 

「体はどうだ、ララウェイ」

「お陰様で、調子はいいです」

「何よりだ。本来ならば全員で来るつもりだったのだがな。できなかった。許せ」

「いいですよ。迷惑をかけてしまいますし」

 

 ファイムは苦笑。シグナムは、そうか、とだけ頷いた。

 沈黙が流れる。

 ファイムは、いいですよ、と言葉を紡いだ。

 

「一人で来られたのは、何か話があるからでしょう?」

「……ランバード一佐から、お前の過去について聞いた」

「それはまた」

 

 ファイムは苦笑。特に大した半生ではない。誇る程のことでもない。

 

「お前の半生については、私は言葉を持ち合わせていない」

「必要ありませんよ」

 

 ファイムは、窓の外を眺めながらそう言った。

 そう、必要ない。言葉も、同情も。

 全ては……過去のことだ。

 

「僕の過去など、知りたければニュースでも見ればいい程度のものです。同情されるほどのことでもありません」

「そうだな。同情はお前への侮辱だ。……ララウェイ。私は、お前が今、力を失っているという事実を知りながらも、敢えてお前に頼みたい」

「何ですか?」

 

 ファイムが問いかけると、不意にシグナムはファイムに頭を下げた。

 

「シグナムさん?」

「主はやてを、救ってくれ。我らの言葉は、主はやてに届かない」

 

 重い言葉。ファイムは、首を横に振る。

 

「シグナムさんたちの言葉が届かないなら、僕の言葉も届きませんよ、きっと」

「かもしれん。だが、主はやてを闇から救い出したお前ならば……あるいは、届くかもしれん」

 

 シグナムは、絞り出すようにそう言った。

 そこに込められていたのは、純粋な懇願。

 やはり、流石は八神はやてを守る騎士。主のことを、誰よりも考えている。

 ファイムは、しかし、と……シグナムの真摯な言葉を聞いたからこそ、真剣に応じた。

 

「ただ言葉を届けただけでは、きっと届きません。それに、言いたくありませんが……」

「わかっている。主はやてが戦いを望まぬのなら、我々はそれを受け入れる。あの方は我らの幸福に心をいつも砕いてくださる方だ。だからこそ……主はやてには、御身の幸福を考えて欲しい」

 

 ファイムはベッドから降りると、シグナムを真っ直ぐに見つめた。

 

「僕は、罪人です」

「知っている」

「ここにも、いられない」

「知っている」

「あなたたちのように、力もない」

「知っている」

 

 シグナムは、敢えてそこを肯定した。

 ファイム・ララウェイが弱いとは思わない。しかし、冷静に見てシグナムたちより強いとは思えない。

 だからこそ。

 それでも、ここまで戦ってきたファイムだからこそ。

 

「それでも貴様に頼みたい。貴様にしか、できんのだ」

「買い被りです」

「買い被りなものか。お前はずっと一人で戦ってきたのだろう? その境遇に同情などしない。だが、だからこそ『お前も』休むべきだ。今は我らがいる。主はやてと共に、休むんだ」

 

 シグナムは、力強い言葉を紡いだ。ファイムは、何故、と言葉を紡ぐ。

 

「どうして、僕なんかに」

「刃を交わせば、ある程度その者の性質はわかるものだ。お前は主はやてのためにロストロギアを持ち出した。世界に背を向けてまで主はやてを想ってくれた。大切な主を預けるのに、お前以上の――ファイム・ララウェイ以上の男はいない」

 

 あまりにも重いものが、肩に乗った気がした。

 ファイムは、しかし、それを全て受け止め、背負う。

 目の前の、あまりにも強い騎士に報いるために。

 大切な、人のために。

 

「ありがとう、ございます」

「行け、ララウェイ」

 

 シグナムは、ファイムの背を叩いた。

 ファイムは、はい、と頷いた。

 

 

 

 

「一つだけ、聞かせてくれ」

「何でしょう?」

「お前は以前、主はやてに死ぬことさえも受け入れていると言ったらしいが。……お前は、この世界に未練がないのか?」

「ない、と以前の僕なら答えていましたが……今は、あります。生きたいと、死にたくないと思っています」

 

 ファイムは、微笑んだ。

 

「もう、手遅れなのに。……シグナムさん。僕は、弱くなったんでしょうか?」

「馬鹿だ、貴様は」

「……はやてさんにも、似たようなことを言われました」

 

 あの時は、『知っています』と答えたのだったか。

 シグナムは、お前は弱くなどなっていないと、そう言った。

 

「それを、『強くなった』と人は言うのだ」

「……だったら、いいですね」

 

 ファイムは、微笑んでいた。

 微笑み、続けていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「相手が沈黙してんのが不気味だな」

「そう、ですね」

 

 機動六課を臨時で取り仕切ることになったカグラの呟きに、隣に立つフェイトが応じる。二人は今、地上にあるカグラの部屋にいた。二人の前に広げられているのは無数の資料と、一つの映像だ。

 

「このネットに流されてる映像も気になるし」

「ファイム……ですよね?」

「間違いなく、な。他は隠してんのに、ファイムだけは隠す気がねぇみてぇだ。……どういうつもりだ?」

 

 カグラは眉をひそめる。フェイトは、なんにせよ、と呟いた。

 

「はやての艦である『ヴォルフラム』も、取り上げられました」

「無能な上層部ってのは、これだから困る」

「…………」

 

 フェイトは、窓から外を見た。

 青い空。それだけを見ていると、世界は平和だと錯覚するほどに澄み渡った空がある。

 

「ファイムの謹慎期間は……二カ月、ですよね」

「大分減らしたんだがな。ま、それまでには本部も元に戻ってんだろ。あいつらは少し、休ませねぇとな」

 

 言いながら、カグラは感じていた。

 きっとあの二人は、すぐに呼び戻される。

 その時、自分は……。

 

「考えても仕方ねぇか」

「何をですか?」

「いんや、何でも?」

 

 カグラは、肩を竦めてそう言った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 月明かりが病室に差し込む中で。

 その人は、ベッドの上にいた。

 

「はやてさん」

 

 ビクッ、と、はやての肩が震えた。はやてはおそるおそる振り返り、ファイムを見つける。

 ファイムくん、とはやては呟いた。その声は、どうしようもない程に弱々しい。

 ファイムは頷くと、はやての側へと歩いていく。そして、問いかけた。

 

「体は、大丈夫ですか?」

「それを言うたら、ファイムくんは……」

「僕なら大丈夫です。魔力も封じられてますから、日常生活には問題ありません」

 

 もっとも、寿命の宣告は受けたが。

 はやては、そっか、と、それならよかった、と泣きそうな顔で呟いた。

 ――その表情を見て、言葉が止まる。

 それでもファイムは、悩み、そして選択する。

 

「はやてさん」

 

 ――卑怯者、と、ファイムは自分自身を内心で罵った。

 今から、自分は。

 傲慢にも、はやてに委ねようとしている。

 自分ではもう決められなくなってしまった……命の使い方を。

 

「一緒に、行きませんか?」

 

 ファイムは、はやての手を引いた。

 はやては、えっ、と疑問符を浮かべる。ファイムは、はい、と頷いた。

 

「僕は、ここからしばらく離れなければなりません。はやてさんも、共に行きませんか?」

「……わたしは、でも……」

「大丈夫。あなたには、心強い味方がたくさんいる。みんなが、あなたを送り出す準備は整えている」

 

 ファイムははやての手を引き、その体を抱き上げる。

 

「強引ですみません。ですが、頼まれたので」

 

 これまで、ファイム・ララウェイの背を押してくれた者は、一人。

 八神シグナム。

 大切な主を、託してくれた人。

 手を引いてくれた者は、二人。

 カグラ・ランバード。

 償いをすると決めたファイムの行く道を、選択肢を示してくれた。

 そして、もう一人。

 八神はやて。

 いつだって彼女は笑っていて、笑いかけてくれて。

 ずっと、陽のあたる場所に連れて行こうとしてくれて。

 それが……嬉しくて。

 だから――大切だと思ったんだ。

 

「行きましょう。あなたが魔法に出会った場所へ」

 

 はやてを立たせながら、ファイムはその手を握り締める。

 初めて自ら手を引いた相手の手は弱々しく、柔らかかった。

 

「〝海鳴〟へ」

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