魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

25 / 59
第十六章〝定められた終焉〟

 

 管理局地上本部陸士部隊。陸士101部隊から陸士404部隊まで存在するその部隊の仕事は、非常に多岐に渡る。

 まず何よりも優先されるのは、管理世界の安寧と平穏。陸士部隊は一部を除き全てが地上にあるため、その任務は管理世界の要である『ミッドチルダ』、その守護であるといえる。

 ただ、それは最も重要というだけで、全てではない。

 ――いや、違う。

 世界の守護の手段が多岐に渡ると言った方が正しいのかもしれない。

 犯罪者の逮捕、及び護送。

 事故の調査。

 地道な犯罪捜査。

 ロストロギアの捜索及び管理……。

 様々な仕事がある陸士部隊だが、それ故に『管理局の仕事』といえば陸士部隊のそれをイメージする者がとても多い。

 その陸士部隊の一つである陸士108部隊の一員であり、地上本部では僅か三人しかいないAAAランク以上の魔導師――リューイ・エンドブロムは自身のデスクに突っ伏していた。

 

「あ~……終わんねぇ……」

 

 彼の口から漏れるのは、そんなやる気のないセリフだ。そんな彼の隣で、ふぅ、というため息が漏れた。

 

「マスター。文句を言う暇があれば手を動かしてください」

 

 カチャカチャと手際良くキーを叩きながら言うのは、ミリアム・エンドブロム。リューイの家族であると同時に、ユニゾンデバイスである少女だ。見た目は十歳程度の幼い少女だが、その雰囲気は酷く落ち着いている。

 リューイは、けどさぁ、とミリアムの方へと顔を向ける。

 

「最近ずっと資料相手に格闘してんだぜ? いい加減飽きたっつーの」

「飽きる、飽きないの問題ではありません」

「ホント容赦ねぇな……」

 

 リューイは苦笑する。ミリアムは少々、真面目が過ぎるきらいがある。まあ、だからこそリューイが『こんな』だとも言えるが。

 

「そもそもマスター。あなたは六課へ出向する予定だったのですよ? 出向していても同じことを言うつもりでしたか?」

「言ったな……っていう冗談は置いといて」

 

 ミリアムの目が怖い。うん。ホント真面目な奴だ。

 

「それも保留になったしな。ギンガさんとお前共々」

「それは致し方ありません。今、六課は大変ですから」

「……確かにな」

 

 部隊長の離脱と、ファイム・ララウェイの追放。

 理屈はわかるが上層部の正気を疑ってしまう采配が、六課を蝕んでいる。

 いや、六課だけではない。

 今や地上本部は、本局に対して並々ならぬ不信感を抱き始めていた。

 

「俺は知らねぇけど……昔の地上って、こんな感じだったのか?」

「聞く限りではそのようですね。もっとも、単純な話でもないようですが。地上にも本局に近い方はいたようですし、逆に本局に所属していても地上寄りだった人物は数多くいたようです」

「……本局と地上ってより、派閥争いみたいだなそれ」

「事実そうだったのでしょう。もっとも、二極化という異例な状況ですが」

「そんだけ単純な話だったんだろ」

 

 リューイは背もたれに背を預けながら、息を吐いた。

 そう、単純な話だ。

 あらゆる次元世界の中で最も凶悪な事件が起こる場所でありながら、しかし、最も戦力が整っていないという現実。それを耐えろというのが、無理な話だ。

 更に大事に育ててきた優秀な人物は根刮ぎ持って行かれる。自分のような元犯罪者という『例外』以外は。

 それは――対立もするだろう。

 

「……これは非公式な話ではありますが、四年前に起こったJS事件も本局と地上の対立が最悪の形で現出した結果だという話です」

「どういうことだよ?」

「その事件で故人となられましたが、レジアス・ゲイズ中将は状況打破の手段として質量兵器の導入と人造生命……特に戦闘機人の投入を考えていたようです」

「無茶苦茶だな」

 

 質量兵器と戦闘機人。どちらも、管理局の指針からは大きく外れるものだ。

 いや、だからこそかもしれない。

 反するからこそ、それを以てレジアス・ゲイズは本局との決別を示そうとしたのかもしれない。

 ……考え過ぎかもしれないが。

 ミリアムは、確かに無茶苦茶です、とリューイの言葉を肯定してから、しかしと首を左右に振った。

 

「おそらく……そこまでしなければもうどうにもならなくなっていたのでしょう」

「世知辛ぇな」

「本当に。……当時の機動六課は、本局側だったようですね。中将もそれを理解していたのでしょう。何度も査察を強行しています」

「あー、あれな。あれホントキツいんだよ」

 

 リューイはげんなりする。定期的に行われる地上本部の査察は、はっきり言ってかなり疲れる。細かいところまで終始延々と指摘され続けるのは、嫌で仕方がない。

『お前は姑か!』というつっこみも、何度堪えたかわからない程だ。

 

「八神一佐は当時空と陸の両方で活躍されていましたし、召集された主戦力のほとんどが本局所属でしたから。当時の隊長陣で地上所属の方は、八神シグナム一尉くらいです」

「そりゃ睨まれるな。レジアスっておっさんの性格は知らねぇけど、鬱陶しいことこの上なかったろうよ」

「はい。ただ、ファイムさんも地上寄りではありますし、存外、地上寄りの人間は多いようですよ」

「ふーん。……手ぇ繋いで一二の三でってわけにはいかねぇってわかるけどよ。もう少し仲良くできねぇのか?」

「互いに次元世界を想ってのこと。故に、難しいのでしょう」

 

 想うところは同じだからこそ。

 相容れない。

 どちらかを肯定することは、どちらかを否定することだから。

 

「……世界を守る前に、障害が多すぎる」

「人の世の常です。人は欲深く、罪深い。常に利を求めてしまうのです」

「世知辛ぇな」

 

 リューイは、呟いた。

 きっと誰もが何度も思い……そして、紡がなくなったその言葉を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 特務部隊機動六課隊舎。

 本来なら機動六課の隊舎ははやてが指揮を執っていた次元航行艦『ヴォルフラム』が兼任していたのだが、今回、そのはやてが離脱したことと、ファイムが罪人として扱われたことなどにより『ヴォルフラム』は封印を受けることになった。更に監視という意味も込めて六課には地上の隊舎が与えられている。

 また、その隊舎は四年前機動六課があった場所でもある。

 そこの食堂……元機動六課のメンバーには懐かしいその場所で、なのはとフェイトの二人は食事をとっていた。

 

「なんか、懐かしいんだけど……素直に喜べないね」

「うん。……はやてとファイムがミッドチルダから出発して、もうすぐ一週間だけど……」

「……心配だね」

「……うん」

 

 なのはの呟きに、フェイトはこくりと頷いた。

 今回、ファイムと『ヴォルケンリッター』が何を思ってはやてを地球へと連れて行ったのか、二人は聞いている。

 ――選択。

 八神はやてが許されなかったそれを、今度こそ行うためだ。

 はやてが選ぶ道によっては、二度とはやてと会えなくなるかもしれない。

 だが、確かに。

 はやては、選ぶことが許されなかったのだ。

 

「私はユーノくんと出会って魔法を知って、お手伝いするって自分で決めて……管理局に入るのも、自分で選んだ。空を飛ぶことが好きだから。憧れた空を飛びたかった」

「私はなのはに出会って、悲しい別れもあったけど……リンディ母さんやクロノ、エイミィ、アルフっていう家族ができて。民間でも管理局でも、選ぶ道はあって。そんな中で私は私の夢を見つけて。私のように悲しい目に遭ってる子を助けたいって思った」

「……だけど、はやてちゃんは」

「うん。はやては……違ったんだ」

 

 どうして、考えなかった。

 二人は、ほとんど同時にそう思った。

 だが、二人に非はないだろう。そもそも、誰が気付けるというのだ。

 あんなにも輝き。

 強く。

 凛と。

 己が騎士と共に償うと決断し、常に笑顔を絶やさずにいる人物が。

 罪人として、管理局に繋がれているなどと。

 本当は、辛いのかもしれないと。

 一体誰に――想像できる?

 

「私たちは、恵まれてたんだね」

「……だから、気付けなかった。はやても一緒だって、思い込んでたから」

「そんなこと、あるわけないのにね」

 

 人は違う。

 家族であろうと、親友であろうと、同一などということはありえない。

 だが、つい、それを忘れてしまう。

 それが人であり。

 人間という生き物が、いつまで経っても完璧になれない理由なのだろう。

 二人はため息を吐く。そこへ、声がかけられた。

 

「なのは、フェイト」

「ユーノくん?」

「ユーノ?」

 

 二人は同時に驚きの表情を作り、来訪者の名を呼んだ。来訪者……ユーノ・スクライアは、いきなりごめん、と言葉を紡いだ。なのはが立ち上がり、ユーノに問う。

 

「どうしたの?」

「カグラさんに頼まれたものがあってね。持ってきたんだけど……部隊長室が閉まってて」

「あっ、えっと、それは――」

「使ってねぇからな」

 

 なのはが言おうとした言葉を別の声が引き継いだ。ユーノが振り返ると、そこに立っていたのはカグラ。寝起きなのか、寝癖が立っている。おそらく、仮眠室から出て来たのだろう。

 カグラは六課の部隊長代理となってから方々に連絡を取り、少しでも六課が動きやすくなるようにと手を打ってくれていた。しかし、六課の置かれている状況はどうしようもない程に厳しい。故にほとんど状況の改善はなされていないのだが……それでもカグラは諦める様子はない。

 はやてとファイムが戻ってきた時のために。

 ほとんど寝る暇さえ惜しんで、カグラ・ランバードという男は戦っている。

 そんなカグラは頭を掻きながら、ありがとよ、とユーノに対して言葉を紡いだ。

 

「15分程仮眠しててな。わざわざすまん、司書長」

「いえ……これが頼まれていた資料です。ただ、件数が多く絞り切れませんでしたが」

「いや、助かる。ありがとよ」

 

 厚さ十センチ以上の紙の束を受け取りつつ、カグラは言う。ユーノは、そんなカグラに問いかけた。

 

「何故部隊長室を使われないのですか?」

「俺がいるべき場所じゃねぇからだよ。あそこに座るのは、『八神はやて』であるべきだ」

 

 カグラは言い切った。ならば、とユーノは問う。

 

「帰ってくると、カグラさんは思っておられるのですか?」

「……俺が他人の行動を予測する時は、状況を頼りにする。だから、正直わかんねぇよ。無防備な心が何を選ぶかなんざ、そいつにしかわからん」

 

 人の心だけは、理解できない。

 カグラは、肩を竦めた。

 

「ま、待つしかねぇよ。それが望む結果であろうとなかろうとな」

 

 そうして、カグラは行こうとする。そのカグラに、フェイトが声をかけた。

 

「手伝います」

「お、助かる。ありがとよ」

 

 なのはとユーノを残し、カグラとフェイトは歩いていく。資料の何枚かをフェイトに渡しながら、カグラは言葉を紡いだ。

 

「これは、地上本部に保管されてたロストロギアのデータだ。あの日――襲撃ん時に持ってかれたロストロギアを割り出す」

「わかるんですか?」

「ホムラの馬鹿は、片端から持ってったわけじゃねぇ。ジュエルシードと『何か』を持って行ったんだ」

 

 それを割り出せれば、あるいは目的、もしくは相手の切り札がわかるかもしれない。

 

「もっとも、部屋自体が吹っ飛んじまってるから何が持ってかれたかの照合が難しくなってんだがな」

「でも、それがわかれば……」

 

 フェイトの言葉に、カグラは頷く。

 

「ああ。今までずっと後手に回ってきたが……ようやく、手を打てる」

 

 それはあくまで一筋の光明であり、希望。

 ――だが。

 希望を信じなければ、何一つ奇跡は起こらない。

 故に、打てる手は全て打つ。

 

「ここからだ。ここから俺たちが、反撃の一手を打つ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カグラとフェイトを見送ってから、なのはとユーノの二人は机を挟んで会話をしていた。

 話題は、勿論ファイムとはやてについてだ。

 

「……正直なことを言うと、ファイムくんの気持ち、わかるんだよね」

「ユーノくん?」

「選択する機会を用意したかった……その気持ちは、よくわかる」

 

 似ているから、とユーノは言った。

 

「ファイムくんははやてが魔法に関わったきっかけとは……闇の書とは何の関係もないけど、それでも思ったはずだよ」

 

 理不尽だ、と。

 選択の余地さえないのは、あまりにも理不尽だと。

 

「じゃあ、ユーノくんははやてちゃんを……?」

 

 どこか不安げななのはの言葉。ユーノは、違うよ、と苦笑した。

 

「はやてのことについて何も思わないわけじゃないけど……でも、僕が思うのはなのは、キミのことだよ」

「わ、私?」

 

 なのはが驚く。ユーノは、うん、と頷いた。

 ユーノ・スクライアは高町なのはに救われ、そして、なのはを魔法の世界へと引き込んだ。

 そこに責任を感じなかった日はない。

 特に、あの日。

 高町なのはが墜ちた日などは、特にだ。

 

「僕が、なのはを巻き込んだ。魔法の世界へと引き込んでしまったから」

「ユーノくん、それは……」

「わかってるよ、なのは。あの時はなのはに出会えなければ僕は死んでた。だけど、僕が――僕との出会いがなのはの人生を変えてしまったのも事実なんだ」

 

 だから。

 だからこそ、ユーノ・スクライアという人間は、ファイム・ララウェイを理解できる。

 同じだから。

 ユーノ自身、何度も何度も思ったことだから。

 これで良かったのか。

 なのはは、もっと別の生き方ができたのではないか。

 自分が、高町なのはという女性の人生をねじ曲げてしまったのではないか。

 何度も、何度も。

 まるで、自らを責め苛む罪人のように。

 

「だから、わかるんだ」

「わかる?」

「うん。……ファイムくんが言う、『選択の機会』。僕たちの前で彼が言ったことの意味が」

 

 ファイムははやての所へ行く前、シグナムたち守護騎士と、はやての親友であるなのはとフェイト、そしてユーノに自身の考えを述べていた。

 ……たった一度でも、はやてに選び直す機会を。

 そのためならば、自身がどうなろうと構わないと。

 止めようとした。ファイムを犠牲にしてしまったら、意味がないと。

 だが、彼の意志と。

 あまりにも正しく、同時に間違っている論理を前にして、何も言えなかった。

 はやてもファイムも、いなくなるかもしれない。下手すれば、二度と会えなくなるかもしれない。

 そんな現実をその場の全員が受け入れてしまったのは、あまりにもファイムが必死で、痛々しく……同時に、悲しかったからだ。

 その姿を見たからこそ、シグナムたちも大切な主をファイムに託した。

 彼の想いは哀しく。

 しかし、真実だったから。

 

「はやてだけじゃない。なのはも、フェイトも。あまりにも才能がありすぎたんだ。管理局が手放したくないほどに。……あまり言いたくないけど、リンディさんにさえそういう意図はあったと思うよ」

「そう……だね。今ならわかる。あの時の私はまだ幼かったから、余計に『そう』だった」

 

 無論、当時のリンディやレティはそういう打算のみで動いていたわけではない。しかし、そういう側面があったというのも事実だっただろう。

 人は、一人では生きられない。

 人は他者の中に自らを見つけ、ようやく自分の存在を確認できる。

 そしてそれは、常に他者の影響を受け続けることに繋がる。例えば当時、なのはが管理局に入ることを拒んでいたとして、それが果たせた可能性は極めて低い。

 おそらく管理局はあらゆる手を使い、あたかも彼女が選んだ風を装って入局させただろう。幼いなら尚更だ。

 それが組織であり、人間である。

 だからこそ。

 だからこそ、ファイム・ララウェイという青年は……。

 

「ファイムくんは、誰の意志も介在しない、はやての意志だけによる決定を望んだ。『始まりをやり直す』ために」

 

 最初からおかしかったならば、その後も狂ったまま、あるいは狂っていくのは道理だ。

 ファイムはそれを認めなかった。

 ただ、それだけ。

 たった、それだけのことなのだ。

 

「もしかしたら、僕も同じことをしていたかもしれない。……ねぇ、なのは。今、幸せかい?」

 

 唐突に、ユーノは問うた。

 なのはは驚きつつも、しっかりと頷く。

 

「うん。あの日ユーノくんに出会って、魔法を知って。ヴィヴィオにも出会えて。私は、幸せだよ?」

「そっか。……後悔は?」

「……辛いことも、苦しいこともたくさんあって。どうして、って何度も思ったけれど。高町なのはが歩いてきた道に、後悔はないよ」

 

 なのはは言い切り……それを聞いたユーノは、微笑んだ。

 

「なら、いいんだ。そうであるなら、僕は……」

 

 その先の言葉を、ユーノは紡がなかった。

 必要が、なかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ミッドチルダ北西部、森林地帯。

 一応正式な名称もあるのだが、リューイは知らない。というか、興味もなかった。

 

「……暑い」

 

 ぼそりと、リューイは呟いた。

 管理局の制服は通気性こそいいのだが、少々分厚い。かといってバリアジャケットは、もっと暑い。

 

「マスター。文句を言わず歩きましょう」

「ほぉ? へばって背負われてる奴が言うじゃねぇか」

「私は暑さが嫌いです」

 

 リューイは自身が背負って運んでいる少女、ミリアムにそう言葉を紡ぐが、あっさりと返された。リューイは、つーか、と言葉を紡ぐ。

 

「お前は寒いのも嫌いだろうが」

「それが何か?」

「我が儘なんだよテメェは」

「私は春が好きです」

「……お前、言葉のキャッチボールって知ってるか?」

 

 若干諦めながら、リューイはそう言葉を返すのが精々だ。

 しかし、言いながらもリューイは面倒見がいいため、意外と気を遣いながら歩いている。

 その二人に、側を歩いているギンガが声をかけた。

 

「仲がいいわね」

「まあ、戸籍上は家族ですからねー」

「…………」

 

 リューイの言葉に対し、ミリアムは無言。どうした、とリューイが問うと、なんでもありません、という返答が返ってきた。リューイは、あのな、と言葉を紡ぐ。

 

「信用できねぇんだよ」

「何故ですか?」

「一応、お前の主で家族だぞ。機嫌悪いことくらいわかるっつーの」

 

 リューイは肩を竦める。ミリアムは、ぼそりと呟いた。

 

「……マスターは、ズルいです」

 

 その呟きは、リューイには届かない。

 そんな風にしばらく歩いて行くと、ようやく目的の場所に着いた。そこではリューイやミリアム、ギンガの上司でもあるゲンヤが指揮を執っていた。

 

「おお、おめぇさんたちも着いたか。早速で悪ぃが、こっちの指揮頼まぁ」

 

 言いながら、ゲンヤはギンガに簡単な指示と引き継ぎを行う。それが終わったのを確認してから、リューイはゲンヤに聞いた。

 

「ゲンヤさん。俺たちは何したらいいんだ?」

「ミリアムは探索の手伝いだ。リューイ、おめぇは……その辺で待機してろ」

「おい!」

 

 思わず、つっこみが口をついて出た。

 ゲンヤは、はっはっは、と笑う。

 

「おめぇさんに期待してんのは、万が一の時の戦闘能力だ。相手はロストロギア。――暴走でも起こった時は、お前が止めろ」

「……了解」

 

 最後に紡がれた真剣な言葉を聞き、リューイは頷く。そう、今回のリューイたちの任務は、ロストロギアの捜索だ。

 つい数日前、この辺りでロストロギアの反応が確認された。ロストロギア関連の仕事は主に『遺失物管理課』のものなのだが、今回は場合が特殊であるとして、地上においては最強の戦力を揃えている陸士108部隊に話が回ってきた。

 

「…………」

 

 リューイは邪魔にならないよう、近くの木陰へと移動する。リューイはあくまで戦闘要員だ。知識はあっても、こういった現場での動き方は知らない。いや、知らないことになっている。

 誰にでも、役割はある。ミリアムの風の魔法は探知に向いているから彼女は捜索に関わっているのであり、同時に、リューイの力はあくまで戦うことに特化しているため役に立たない。

 

(ま、仕事奪うわけにはいかねぇしな)

 

 人には誰しも役割がある。今ならば指揮を執ることだったり、実際に探すことだったり、リューイのように待機することもそうだ。

 だからリューイは、こうして暇を持て余しているわけだが……。

 

(……にしても、妙だな)

 

 急ぎつつもただ急ぐわけではなく、適切な早さで捜索を進める同僚たちを見ながら内心でリューイは呟いた。

 ここはクラナガンから決して遠くない場所だ。来るのに一時間とかからない。それ故に、徹底的な調査がなされているはずだ。そんな場所から、今更ロストロギアなど出て来るのだろうか。

 

「……妙っつーか、なんか腑に落ちねぇというか……」

 

 自分でもよくわからない違和感に焦がされながら、リューイは呟いた。その時。

 ――ざわっ。

 俄に騒がしくなってきた。どうやら、見つかったらしい。

 

「早ぇな」

 

 呟き、リューイは人だかりに寄っていく。そこでは、ギンガとミリアムが慎重にロストロギアの確認をしていた。

 小さなロストロギアだ。もっとよく見ようと、リューイが前に出た瞬間。

 

 ――ゾクッ。

 

 背筋に、悪寒が走った。

 魔導師としては未熟なリューイだが、しかし、そんな彼でも感じられる圧力が、周囲に降り注ぐ。

 ギンガとミリアムを見る。彼女たちも、表情を強ばらせていた。

 

 

「――世界を斬らんと謡いて見れば。万雷喝采注いで候」

 

 

 声。

 世界が、染まる。

 

「嗚呼、嗚呼、哀れなり。君死に給ふことなかれ。狩人よ、刮目せよ。今宵は狩人が狩られる日」

 

 閉じ込められる。広域結界が展開されていた。

 

「鉄よ、泪よ、汗よ、血よ。歓喜せよ、悟られよ、今宵は惨劇の夜」

 

 空を見る。そこにいたのは、一人の魔導師。

 

「さあ、さあ、刃を持て。拳を握れ。鬨の声を上げよ」

 

 かつての管理局の英雄、ホムラ・イルハート。

 ズンッ、と、リューイの背後に何かが落ちた。見れば、そこには騎士甲冑を纏う男の姿。

 ――リヴァイアス・バルトマカリ。

 男は、壮絶な笑みを浮かべる。

 

「運命がカードを混ぜた。銀月の手札はジョーカー、鬼札だ。ならば、貴様は何だ?」

 

 リヴァイアスが、彼の得物である戦斧をゆっくりと構える。ただそれだけの動作で、空気が震えた気がした。

 

「我は刃。銀月の従順なる刃なり。来るがいい、小僧」

 

 ホムラが地面に降り立ち、笑みを浮かべる。

 

「恨むんなら、運命を恨め。神を。世界を。人生を。そうして、死んでいけ。――この日、この時、この瞬間」

 

 ホムラの力により、結界が完成する。

 

「――運命が狩人を狩り立てた」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 緊急警報が鳴り響いた。飛び込むように司令室に入ったカグラは、怒鳴るように問いかける。

 

「状況は!?」

「陸士108部隊より五分前に救援要請を受信!! しかし間もなく通信は途絶えました!!」

「場所は!?」

「クラナガン北西部森林地帯です!! 封印結界の反応を確認!! 推定オーバーSランク魔導師のものと思われます!!」

「そんだけ情報があれば十分だ!! 魔導師は総員出撃!!」

 

 一も二もなく、カグラは決断。報告を行っていたフェイトの補佐官であるシャリオ・フィニーノは、しかし、と言葉を紡いだ。

 

「停止期間中ですが――」

「責任は俺がとる。辞めろってんなら辞めてやる。死ねってんなら死んでやる。仲間一人助けれず、何が守れる。出撃だ!!」

「了解!!」

 

 シャーリーは即座に魔導師全員に緊急回線を繋ぎ、それを見たカグラが声を張り上げた。

 

「総員聞け。細かい説明は後だ。とにかく今は仲間の救援要請を受け取り、出撃する。場所はクラナガン北西部の森林地帯。空戦魔導師は今すぐ飛んで現場へ向かえ。陸戦魔導師は屋上だ。ヘリに乗れ。詳しくはそこで説明する」

『カグラさん。しかし、パイロットが』

 

 フェイトが通信で伝えてくる。バリアジャケットを纏っており、向かう準備は整っているようだ。

 カグラは、大丈夫だ、と言葉を紡いだ。

 

「俺も遊んでたわけじゃねぇ。優秀なのを一人連れてきてる。お前らもよーく知ってる奴だ」

 

 そして、カグラは自身もバリアジャケットを纏う。

 かつてよりも随分と力を損ねた、その力と共に……戦場に立つ。

 

「なのはの嬢ちゃんは俺と一緒に別ルートで向かう。付いて来い」

『はい!!』

 

 なのはが音声の通信で応じてくる。流石に場数が違う。どういう意図での指示が、わかってくれているようだ。無論、他の者たちも。

 

「いいかテメェら。あの結界にゃ見覚えがある。よーく知ってる。時は一刻を争うぞ。だが、テメェらは奇跡の部隊だ。いいな、必ず帰ってこい」

 

 そして、カグラは声を張り上げる。

 

「返事はどうした!?」

『『『はいっ!!!!!!』』』

 

 何の迷いもないそれに、上等、とカグラは頷くと、シャーリーたちにこちらは任せ、自身は走り出した。

 その途中で、カグラは考える。

 

(あの結界……ホムラが張ってんなら地上の結界魔導師程度じゃ解除に軽く半日はかかる。それじゃ全部終わった後だ)

 

 今でこそ決別してしまったが、カグラにとってホムラは背中を預け合った唯一無二の友だ。その実力は誰よりも承知している。

 ホムラの結界魔導師としての才能は、あまりにも圧倒的。全盛期の頃の自分でさえ、力ずくで破ることはできなかった。

 ならば、どうするか。

 あの男の結界をどうにかできる魔導師など、そうそういないのだが――……

 

「……運命かね」

 

 いた。

 たった一人だけ。この場には、『彼』がいる。

 ならば。

 

「都合が良い気もするが……言ってらんねぇ!」

 

 カグラは、速度を上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふむ。非戦闘員を逃がしたか。中々紳士だな小僧」

「なはは、まー逃げられやせんけどな。わしの結界破るなんざ、無理無理」

 

 リヴァイアス・バルトマカリとホムラが、楽しそうに言う。その言葉に込められているのは、絶対的なまでの自信。ホムラ・イルハートという魔導師の結界が破られることなどありえないという、自信だ。

 今、二人と向き合っているのはリューイ一人だ。ギンガとミリアムの二人はそれぞれ部隊長であるゲンヤの安全確保と、非戦闘員の守護に回っている。

 

「一人はトップを。一人は戦えない奴らを。そして一人は、襲撃者を。なはは、良い判断や。80点くらいやな。堅実で、悪くない判断や」

「まあ、それはあくまで堅実。予測の範疇。故に、貴様の一手は悪手となる」

「…………」

 

 リューイは、黙して佇む。すでにデバイスは起動していた。騎士甲冑も纏っている。

 倒れている木に座りながら、ホムラはははっ、と笑みを浮かべた。

 

「せやけど、運が悪いわホンマに。わしらは誰一人逃がす気はない。未熟な騎士一人でどうにかできるような状況やないで、これは」

「……関係ねぇよ」

 

 リューイが、吐き捨てる。

 

「だったら何だよ。未熟だろうが何だろうが、それが俺のすべきことなんだよ。ほざいてんじゃねぇぞおっさん」

「ほぉ?」

 

 ホムラの目が、細まる。興味を抱いた目だ。

 

「若いなぁ、自分。うん、羨ましいくらいや。けどま、若過ぎやね。……わしらだけやと、誰が言ったそんなこと?」

 

 ――轟音。リューイは思わず振り返る。

 空が、燃えていた。

 

「何を――」

「ギレン・リー。ま、戦争屋やな。一対一……サシの殺し合いならともかく、戦争において奴より優れた奴はわしらの中にはおらんよ。あと、あいつは何や知らんが一対一に拘るけど……実際は、一対多数に特化した魔法を使う」

「我らとは違い、戦争においては状況を選べるということがあり得ん。いつその背に刃が突き立てられるかわからぬままに、ただただ目の前の敵を葬るのが戦場だ。常に多数を相手にしていれば、相応の技術が身に付くのも道理」

「ま、更に言えばわしはともかくリヴァイアスはギレンの真逆。サシに向いとるんでな。自分みたいないわゆる『強い敵』を潰しにきたわけや」

 

 にっ、とホムラは笑みを浮かべた。

 その笑顔は少年のように純粋で、同時に、残酷だった。

 リューイは、ぐっ、とブラッディハウンドを握る腕に力を込める。

 

「だったら、止めてやるよ。そいつも、テメェらも!」

 

 火花が散る。リューイの一撃とリヴァイアスの一撃が、激突していた。

 

「いい気迫だ小僧、否、リューイ・エンドブロムよ。ならば我らを討ってみよ。銀月を討ち取れば、この戦場も消え失せる!」

 

 二人は互いに後退。そうしながら、リューイはリヴァイアスの言葉を整理する。

 銀月、というのはおそらくホムラのことだ。そして、ホムラを倒せば。

 ――結界が、消える。

 みんなを、逃がせる。

 

「上等だ」

 

 リューイは、ブラッディハウンドを構え、吠えるように言葉を紡ぐ。

 

「勝ちゃあいいんだろ? 全員倒して、俺の勝ちだ!」

「ええなぁ、自分。愉快愉快。上等も上等や」

 

 ホムラは、楽しそうに笑う。

 

「さあて、願いましては。わしを殺したければ、リヴァイアスを殺せ。まさか、覚悟がないとは言わんやろ?」

 

 リューイの答えは。

 ――振り抜かれる、刃だった。

 

「わしは掛け金をベットした。さあ、勝負や」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 陸士108部隊、仮設司令室。

 ただ、少し大きめのテントが張られただけのその内部で、二人の男女が向き合っていた。

 ゲンヤ・ナカジマ。

 エリア・カリア。

 突然の襲撃者を相手に、ゲンヤの側にいた魔導師たちは懸命に戦った。だが、相手はかつて『聖王騎士団筆頭』の位置にいた傑物。適うはずもなく、蹴散らされた。

 彼女の足下には、蹴散らされた魔導師たちがいる。陸士部隊における魔導師ランクは、平均してB、Cランク程度だ。Sランク魔導師に適うわけがない。

 エリアは彼女の持つ剣の片方をゲンヤに向けながら、問いかける。

 

「眉一つ動かさないか。ゲンヤ・ナカジマ」

「怒って欲しいのかい?」

 

 問いかけに対し、ゲンヤは肩を竦める。エリアは、少々、と言葉を紡いだ。

 

「私が伝え聞く人物像、いや、知っている人物像とは違う。もっと部下思いな指揮官と思っていたが」

「部下思いであることと、この状況で平然としてることが一致しないとでも?」

「そうだ」

 

 エリアは頷く。ゲンヤは、若いなぁ、と苦笑した。

 

「泣くのは簡単だ。だがな、それで誰が喜び、誰を助けることができんだ? 馬鹿も休み休みだ。俺は指揮官だ。冷静に、冷徹にいなければならねぇやな」

「……成程、浅慮だった。流石は我が主が認め、目標とする方だ。だが、それ故に危険と判断する」

 

 エリアの目が細まる。噴き出すような魔力と殺気が、ゲンヤを襲う。

 

「貴様等は一人たりとも逃がしはせん。悪いが、死んでもらう」

 

 エリアは地面を蹴り飛ばし、ゲンヤに迫る。一撃必殺。魔力を持たないゲンヤでは、防ぐことも適わない一撃だ。

 しかし。

 ――突如、ゲンヤを包むような防護壁が出現した。明らかに魔導の力であるそれは、甲高い音を響かせながらエリアの一撃を防ぐ。

 

「魔法?」

 

 飛び退きながらエリアは呟く。だが、すぐに彼女はその考えを否定した。

 ゲンヤが持っているカードが目に入る。おそらく、あれだ。

 

「技術、ってのは常に進歩してるもんだ。俺みたいな魔力なしでも魔法を使えるように、って開発されたもんだよ」

「……時は移ろうもの、か。たが、そんなもので我が刃を止められるなどと、過信せぬことだ」

「わかってるさ」

 

 ゲンヤが言った、その時。

 ――ローラー音。

 大気を震わせるそれが、エリアの耳に入った。

 

「まだまだ技術は完成してない。だが、使いようはある。例えば、時間稼ぎとかな」

 

 バサッ、という音と共に幕が破られ、乱入者がエリアに拳を叩き込む。

 ギンガ・ナカジマ。陸士108部隊におけるエースである、AAランク魔導師だ。

 その乱入を認め、エリアは彼女のデバイス『クリスティナ』を構え直す。

 

「……我は刃、我は盾、我は剣。我が主の道を切り開くため、万象一切を薙ぎ払わん」

 

 エリアの瞳から、一切の迷いが失われる。

 絶対零度の如き、冷え切った瞳。それを、二人に向け。

 

「……参る」

 

 静かに、地面を蹴り飛ばした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 六課の陸戦魔導師チーム。スバル、ティアナ、エリオ、キャロにザフィーラを加えた四人は、ヘリで現場に向かっていた。

 操縦するのは、ヴァイス・グランセニック。かつてのJS事件においても機動六課で活躍し、現在は武装局員としても名を馳せる人物である。

 

「もう後10分もしねぇうちに到着する。気ぃ引き締めろ」

『はい!』

 

 全員が頷く。その中で、ティアナが口を開いた。

 

「ヴァイスさんが、ランバード一佐が言っていたヘリパイロットだったんですね?」

「あの人にゃ色々と世話んなっててな。ララウェイ執務官にもだ。で、手を貸して欲しいって言うから、それなら喜んで、って流れだ」

 

 ヴァイスは楽しそうに言う。それに対し、ティアナは少し考え込んでいた。

 ララウェイ執務官。ファイムの名を、こんなところでまで。

 地上における彼の名は、どれほどのものだというのか。

 カグラ・ランバードという英雄が陣頭に立ったとはいえ、ファイムの名を出したクーデターには千人もの魔導師が集まったという。

 それほどの影響力を持ちながら、彼は。どうして、あんな――……

 そんな風に、ティアナが考えた瞬間。

 

「――――ッ!? 全員、どっかに掴まれ!!」

 

 ヴァイスが叫び、それとほぼ同時に、ヘリが大きく揺れた。アラートが鳴り響く。

 

「ちっ、お前ら脱出しろ! 急げ!」

「ヴァイスさん!」

「俺ぁいい! スバル! お前のウイングロードで脱出しろ!」

 

 逡巡の暇はない。パイロットの命令は絶対だ。

 

「先に行きます!」

 

 スバルが言い、ウイングロードを発動する。

 そうして全員が脱出したことを確認してから、ヴァイスは言った。

 

「ストームレイダー。……俺たちも脱出だ」

《Yes,master》

 

 瞬間、閃光が視界を覆う。

 あまりにも眩しい……光だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 空に架かる、いくつもの道。ウイングロード。

 青い軌跡の端では、撃墜されたヘリが墜落している。

 そんな風にヘリを墜落させた張本人である女侍――テンリュウ・シンドウは、ふむ、と呟いた。

 

「『エース・オブ・エース』がいないことが気になりますが……まあ、良いでしょう」

 

 ぶん、と薙刀を右腕一本で軽々と回転させながら、テンリュウは言う。

 

「特務部隊機動六課の皆さん。ここから先へと進みたければ、私を墜として行きなさい」

 

 その馬の全員の視線がテンリュウに集中する。高町なのは、カグラ・ランバードを除く六課の魔導師たち。その全員を、テンリュウは一人で相手をすると言ったのだ。

 戸惑いが広がる。そんな中、一匹の生物の声が響いた。

 

「キュウ」

 

 テンリュウの頭の上に乗る、小型モードのサリヴァルムが鳴く。

 

「テンリュウ・シンドウ。そして、その飛竜サリヴァルム。――推して参る」

 

 その言葉を合図に、戦闘が始まる。最初に動いたのは、ヴィータとスバルだ。

 

「アイゼン!」

「マッハキャリバー!」

 

 二人が同時にそれぞれの相棒に呼びかけ、カートリッジをロード。それぞれの一撃を叩き込む。

 だが、テンリュウは左右の手、一本ずつで受け止めると、何事かを呟き始めた。

 その意味を理解したシグナムが、叫ぶ。

 

「下がれ二人とも!」

 

 しかし、遅い。

 

「バインド!?」

「二重発動!?」

 

 ヴィータとスバルがそれぞれバインドで動きを封じられ、声を上げる。

 魔法の詠唱、もしくは発動中に別種の魔法を紡ぐ技能を『二重発動』と呼ぶ。

 魔法戦闘はそもそも並列思考、『マルチタスク』が基本となるが、魔力を二つ以上の意図を持って同時に操るのは、困難を極める。

 例を挙げるとすれば、左右の手でそれぞれ違う絵を書く行為に似ている。その状態で精度を保てるのは、本当に一握りの魔導師だけだ。

 故に、普通ほとんどの魔導師はバインドなどを発動させてからそれの制御をデバイスに任せ、追撃に入る。だがテンリュウは、二つの魔法の詠唱と発動を敢えて同時に行った。

 見せつけるために。

 

「遠き地にて、闇に沈め――」

 

 テンリュウが、一歩後ろへ下がる。

 

「ディアボリック・エミッション」

 

 八神はやても用いる空間魔法。それが、ヴィータとスバルを飲み込む。

 二人は強大な魔力に押し潰され、意識を刈り取られそうになる。それを見、ザフィーラとティアナが叫んだ。

 

「ヴィータ!」

「スバル!」

 

 そして、二人は同時に動く。

 

「鋼の楔ぃっ!」

「ファントムブレイブ!」

 

 二人の一撃が放たれる。対し、テンリュウは冷静に障壁を張った。

 

「夢幻天声」

 

 出現するのは、あまりにも強固な盾。それにより、二人の攻撃は防がれる。

 そして。

 

「集団の利を生かさず、個々で向かってくる。……能力に差のある魔導師にはありがちですが」

 

 ショートジャンプ。否。

 単純な、絶対的な速さでテンリュウはザフィーラの背後に現れる。

 

「個々では私には勝てません」

 

 ディバインバスター。テンリュウが放った一撃に、ザフィーラは飲み込まれる。そして、ティアナも。

 

「ウインドバスター」

 

 ファイムが得意とする魔法を、テンリュウはティアナに叩き込んだ。シグナムが吠える。

 

「貴様っ!!」

 

 シグナムがテンリュウに迫り、炎を纏う剣を振りかぶる。

 

「紫電!! 一閃!!」

 

 裂帛の気合と共に、魔力を纏った必殺の一撃が放たれる。テンリュウは、ふぅ、と息を吐き、左手で腰に差した刀の柄を掴んだ。

 

「夢魔龍閃」

 

 抜き放たれた、居合の一撃。それは、シグナムの一撃と互角以上に渡り合う。

 

「なっ!?」

 

 そして生まれた一瞬の隙、そこへ、テンリュウが容赦ない一撃を叩き込む。

 

「夢想演舞」

 

 シグナムが砲撃の閃光に飲み込まれる。テンリュウはため息を吐いた。

 

「スタンドプレーでは勝てぬと申し上げたはずですが」

「フリード! ブラストレイ!」

「ギャウ!」

 

 飛竜フリードから熱閃が放たれる。テンリュウはそちらを一瞥すると、サリヴァルムに命じた。

 

「サリヴァ。バーストレイ」

「ギャオ!」

 

 小型のサリヴァルムから、熱閃が放たれた。それはフリードの一撃と衝突し、拮抗する。

 

「飛竜は何も常に完全召喚する必要はありません。竜を従えるとは、こういうことです」

 

 もう一度、閃光が放たれた。それは、フリードとそれに乗っていたキャロを巻き込み、竜と魔導師を撃墜する。

 

「一瞬です。ほんの一瞬でいい。竜には、それでも十分過ぎる力があります」

 

 竜。人智の及ばぬそれは時として、圧倒的な力を発揮する。キャロやテンリュウのように竜と契約した者は、それを制御することに細心の注意を払わねばならない。

 キャロは竜を従える一族の中でも多大な才を持って生まれてきた。それ故に不具合など感じることはほとんどなかったが、本来、竜の制御には凄まじい魔力を必要とする。キャロでさえ、フリードリヒの完全召喚は持って三時間程度だ。

 召喚の才を持つものでさえそれだ。故に、生み出された術式がある。

 ――『限定召喚』。

 竜の一部のみを、しかも一瞬だけ本来の状態にまで持って行くその術式は、極限まで契約者の消費魔力を抑えたもの。

 無論、飛竜自身は本来の姿ではなく、それ故に脆弱ではあるが……そこは、テンリュウ・シンドウという『最強』がカバーする。

 これが、『最強の侍』が自身の飛竜を従えた際のスタイルだ。

 テンリュウは、虚空に向かって軽く薙刀を振るう。

 

「でやああああっ!」

 

 その頭上から、赤髪の騎士が舞い降りてきた。テンリュウは、ふむ、と頷く。

 

「上空からの奇襲。意気は買いますが……」

「紫電――」

 

 エリオがストラーダを振りかぶる。

 だが、その一撃が放たれることはなかった。

 

「遅い」

 

 ――ズシュッ。

 エリオの体から、血が噴き出す。正面から、テンリュウの刀で斬られたのだ。

 

「夢魔龍閃。せめて、これを見切って頂かなければ」

 

 落下していくエリオ。その体は、そのまま地面へと堕ちていく。

 ――だが、その体は地面に落ちる前に受け止められた。

 受け止めたのは……フェイト・T・ハラオウンだ。

 

「…………シャマル」

 

 フェイトは後方から見守っていたシャマルにエリオを預ける。彼女は戦闘要員ではないが故に、テンリュウも特に気にしなかった。それに、回復をされたところで特に問題はない。

 シャマルはエリオを含め、負傷している者たちを治癒し始める。

 ――そして。

 フェイトと、テンリュウは。

 

「……あなたにも、理由があるのかもしれない」

 

 不意に、フェイトがゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 家族を傷つけられ。

 仲間を傷つけられ。

 

「わかり合えるのかもしれない。話を聞けば。話をすれば」

 

 ――黙っている、道理はない。

 

「歩み寄ることができるかもしれない。だけど」

 

 フェイトの目に、強く、強く、悲しい意志が宿る。

 

《Over drive,Sonic From》

 

 フェイトのバリアジャケットが大きく変化する。

 真・ソニックフォーム。

 防御を捨て、速さを。

 ただの一撃で墜とされることさえ覚悟した上でフェイトが紡ぐ、最後の切り札。

 

「あなただけは、許さない!!」

 

 二振りの刃となったバルディッシュを構え、フェイトは叫んだ。テンリュウは、迷うことなく応じる。

 

「『雷光の死神』フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。相手にとって不足などなく、我が気も充実している」

 

 テンリュウの魔力が吹き荒れる。あれほどの魔法を連続して紡いでいるというのに、少しも衰えていない。

 いや、むしろ。

 力はより強く、燃え上がるように。

 轟々と、その背に宿る。

 

「かく語りきと世界は申し。歴史はするりと零れ落ちん」

 

 テンリュウは薙刀を持つ右手を後ろへ回し、『血桜』の柄を握る左手を前に出した左半身の構えをとる。

 

「この戦いの正義はどこか。悪はどこか。是非はどちらか。その全てを決めるのは、後の歴史。故に、ただ今は、この戦いを」

 

 フェイトが動き、バルディッシュを振るう。それを『血桜』で受け止め、テンリュウは叫ぶ。

 

「殺し合いを!!」

 

 激突。六課において最速を誇るフェイトの猛攻を、テンリュウは全て捌いていく。

 幾度目かの閃光が瞬いた後、フェイトはテンリュウから距離を取った。

 

「…………ッ」

 

 その右肩から、血が滴る。テンリュウが、微笑む。

 

「僅かな衝撃であっても傷を負う。その覚悟を纏ったのでしょう? ならば、もっと見せてください」

 

 フェイトにとって、目の前の敵はあまりにも高い壁だった。数合の打ち合いでわかるほどの、明確な差がある。

 だが、それでも。

 

「バルディッシュ」

《Yes,sir》

 

 カートリッジをロード。二本に分かれた刃を、再び一つに。

 極大の刃。かつてJS事件において№3トーレを倒した一撃が、テンリュウに迫った。

 ――轟音。

 テンリュウは、フェイトの一撃を受け止める。

 鍔迫り合い。力比べ。

 そして。

 

「……命など、使いたくはありませんでしたが」

 

 テンリュウの足下に、ミッド式によく似た、微妙に違う魔法陣が展開される。

 

「…………ッ!?」

 

 フェイトが表情を変える。テンリュウは、ふぅ、と息を吐いた。

 

「代価を。報酬を。我は刃、我は盾。優しき名君がために」

 

 

 かつて、古代ベルカに一人の優しい女性がいた。

 その女性は独りきりであり、戦う力もなかったが、たった一つだけ他者とは違う力があった。

 彼女を孤独にしたその力。

 ――運命を変える力。

 世界の因果を破壊するその力は、本人さえ扱いきれず、彼女は国を一つ滅ぼした。

 そして、独りきりになった彼女は、とある男に出会う。

 彼女は初めて、人を救った。

 男の運命をねじ曲げ。

 死から、救った。

 死から救われし男は、戦乱の世の中から彼女を守るとその刃に誓う。

 運命を壊されてから出会えた、たった一人の姫君がため。

 男の名は、天龍。

 ――神道天龍。

 ただ一人からなる、無敵の軍勢。

 その力が、今。

 時を超え、世界に叫ぶ。

 

「世界を、主に」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 リューイ・エンドブロムは、決断を迫られていた。

 

「ぐっ……!?」

 

 砂を噛む思い。

 口の中に広がる鉄の味。

 全身を走る激痛。

 

(俺は……ッ)

 

 適わない。

 勝てない。

 守りたいものを、守れない。

 

(俺は……ッ)

 

 部隊で最高のランク。

 天才。

 そんな風に呼ばれていながら、何もできない。

 今こそ、この力が必要とされてるはずなのに。

 

 ――ツウッ。

 

 知らず、涙が流れた。悔しいから。いや、違う。

 ただ、情けない。

 皆は、必死に戦っている。抗っている。

 なのに、こうして這い蹲っている自分は一体何なのか。

 

「才能は一級品。将来性は抜群。性格はちょいとばかり短気やけど、まあ、問題なし。うん。ええな自分。せやけど、ダメやね」

 

 ホムラが、ははは、と笑う。

 

「力があろうとなかろうと、負ければ終わりや。例の『地上本部のエース』も同じ。言葉が正しかろうと思いが正しかろうと信念が正しかろうと、力がなければそれは戯言。弱けりゃ、意味はない」

 

 ……弱い?

 ファイムが?

 あの、ファイム・ララウェイが弱いだと?

 

「勝者が正義で敗者が悪。いつの世も変わらない、絶対唯一の真理や。……だからこそ、例の執務官は全てを失ったんやろ  弱いから」

「…………ッ!!」

 

 リューイは、ブラッディハウンドを杖代わりにして立ち上がる。そんなリューイの様子を見、ホムラが口笛を吹いた。

 

「ほぉ。まだ立つか」

「…………」

 

 リヴァイアスは無言。リューイは、うるせぇ、と呟いた。

 

「馬鹿にすんじゃねぇよ。ファイムは、俺たちを救ってくれた。部隊のみんなは、俺たちを受け入れてくれた」

 

 どうしようもない、自分たちを。

 ファイムも。

 部隊の人たちも。

 それが当たり前のように、普通に接してくれた。

 

「手ぇ出すな。出すんなら、まず俺を殺せよクソ野郎が」

「……負け犬の遠吠え。弱い犬程よー吠える。主張を通したければまず力を見せぇ。それすらできんのやったら、武器を持っとる意味がない」

 

 ホムラは笑い。

 そして、リューイは覚悟を決める。

 

「オーバードライブ」

 

 キン、という音と共に、リューイを魔力が包み込む。

 フルドライブから、もう一歩踏み込んだ限界突破の術式。

 肉体に多大な付加をかける代わりに力を得る、リューイ・エンドブロム最後の一手。

 

「くくっ、良いぞ、小僧。ようやく、騎士らしい顔つきになった」

 

 リヴァイアスは楽しそうに言い、構える。ホムラは変わらず、傍観の構えだ。

 

「ブラッディハウンド」

 

 カートリッジをロード。金色の炎が刀身を包み込む。

 衝突。リヴァイアスが笑った。

 

「さあさあさあ! こちらはすでに手札は揃った! 次は貴様だ! ベットか? コールか? さあ選べ!」

「らああっ!」

 

 リューイはリヴァイアスに全力で剣を叩き込む。リヴァイアスはそれを受け止め、高々と笑い声を上げた。

 

「勝負か! 運命の悪戯はどちらを養護する? 貴様か! 俺様か! さあ来るがいい! 殺し合いだ! 全身全霊! 徹頭徹尾! 殺し合うとしよう!」

「ふざ、けんなっ!」

 

 リューイは、叫ぶ。

 

「こっちはんなこと望んでねぇんだよ!」

「ほう!? ならば何故貴様は武器を取った!? 刃を向け向けられる!? なめるなよ小僧! いかなる理由があろうと刃を握ったその瞬間から人は鬼となる! 殺人の鬼と!」

「そうならないために戦ってんだよ俺は! 俺たちは!」

「詭弁! 夢想! 理想論だぞ小僧! 殺したくないのなら武器をとるな! 祭囃子が聞こえる中、体を震わせ怯えていろ! 覚悟と共に戦場に立て! ここは戦場! 死んで花を咲かせる世界!」

 

 リヴァイアスが吠える。ざけんな、とリューイは呟いた。

 

「死んで花実が咲くものか! 生きろよ! 死んで楽になろうとすんじゃねぇ!」

 

 かつて、リューイ・エンドブロムは死にたいと言ったことがある。

 どうしようもなくて。生きていられなくて。

 しかし、そこから彼が救い出してくれて。

 こうして、生きている。

 ――だから。

 

「生きてみろよ。生きることが戦いだ!」

「青い! 青いぞ小僧! 我らは騎士! 死さえも宿命! 宿業だ! 生きることは確かに戦い! だが、我らは死を義務付けられている! 故に願うのだ!」

 

 リヴァイアスは戦斧を持ち上げ、そして、言う。

 

「もっと戦場を。もっと地獄を。もっと、もっとと!」

「……狂ってる」

「地獄の沙汰に正気などいらぬぞ小僧! 我らは望むのだ! 我らが死するに値する戦場を! 地獄を! 煉獄を! 俺様という存在の終わりを! 俺様が死するに相応しい時を!」

「そんなに……そんなに死にてぇなら!」

 

 ガァン、という金属音。リューイは叫ぶ。

 

「首でも括れよ! 巻き込むんじゃねぇよ! 勝手に一人で死んでろよ!」

「言ったはずだぞ小僧! 『そんなもの』は御免だと!」

 

 リヴァイアスは、壮絶な笑みを浮かべる。

 

「意味のない死など! 無価値な死など! 我らは受け入れはしない! 死を義務付けられるが故に! 受け入れるわけにはいかんのだ!」

 

 もっと、もっと。

 死するに相応しい場所があるはずと。

 

「貴様が『そう』だというならば! 示せ! 誇示せよ! 小僧、否、リューイ・エンドブロム! 貴様はなんだ!? 俺様の死か!? それとも俺様が、貴様の死か!?」

「知るかんなもん! テメェの価値観を押し付けてくんじゃねぇよ!」

 

 そして、リューイは得物を握る手に更なる力を込める。

 しかし。

 終わりは――唐突だった。

 

「あ……っ?」

 

 リューイの腹部から、銀色に輝く刃が突き出ていた。

 ゆっくりと、リューイは振り返る。

 そこにいたのは、デバイスの先端に精製した魔力刃で自分を貫く、ホムラの姿。

 

「手ぇ出さへん、なんて言った覚えはないで」

 

 ホムラは、笑みを浮かべる。

 ちくしょう、とリューイは呟いた。

 ここが、リューイの限界。

 仲間のために命を懸けた、その選択をしてしまった彼の、終焉。

 

「イノセントバスターA.C.S」

《Yes,drive》

 

 零距離からの、砲撃魔法。リューイの意識と力が、刈り取られる。

 

「予定変更や。どうやら、わしの結界を抜いた奴がおる。……悪く思うな」

 

 リューイの意識が、消えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 砲撃魔法が、地面を抉った。その余波で、ミリアムは吹き飛ばされる。

 

「あっ……くっ……」

 

 コホッ、と地面に倒れた彼女が咳き込むと、血が零れた。

 体内のシステムが、傷ついている。

 

「うっ……」

「ユニゾンデバイスなんてのは、融合してようやく見れるようなもんだろ? はっ、単体で出てきた時点で終わってんだよ」

 

 ジャリッ、という音と共に砂を踏み分けながら歩いてくるのは、巨大なライフルを手にした男。

 ギレン・リー。

 戦争のために生きる、傭兵。

 

「弱いってのは、そんだけで罪だ。なあ、そう思うだろ?」

 

 ゴリッ、という、生理的に嫌悪感を抱く音が響いた。

 ギレンが、彼の近くで倒れている魔導師の頭部に銃口を押し付けた音だ。

 

「なにを……ッ!?」

 

 ――ダンッ。

 

 答えは、銃声だった。

 

「あ、あ、あああっ」

 

 ミリアムの口から、言葉にならない声が漏れる。

 今、彼女の目の前で。

 大切な仲間が、殺された。

 

「あっははは! あーっはっはっはっは!」

 

 ギレンが笑い、ミリアムの目に絶望と憤怒、憎悪が入り混じった濁った光が宿る。

 

「ああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」

 

 限界を超えた叫び声。あまりにも悲痛な叫びと共に、ミリアムの周囲に風が渦巻く。

 ミリアムは、単体でもAA-ランク程度の力は有している。更に変換資質『風雅』による暴風は、その風圧で人の五体など容易に蹂躙する。

 ――しかし。

 

「はっ!!」

《Blaze Cannon》

 

 吐き捨てるようなギレンの吐息と共に放たれた砲撃魔法。火を纏うその一撃が、ミリアムの暴風を薙ぎ払う。

 

「あうっ!?」

 

 ミリアムは吹き飛ばされ、悲鳴を上げる。

 ギレンは笑みを浮かべたまま、ミリアムに銃口を向けた。

 

「さあ、死ね」

 

 簡潔なその言葉は。

 躊躇いなど微塵もないことを伺わせるには、十分だった。

 ミリアムは、思わず目を閉じようとする。その、瞬間。

 

 ――風が、流れた。

 

「ぐっ!?」

 

 突然の奇襲。放たれた拳を受け止め、ギレンは大きく後退する。

 現れたのは、一人の魔導師。

 英雄と、呼ばれる男。

 

「流石は司書長だな。ホムラの結界を、いとも簡単に抜きやがった」

 

 セットアップ、と、カグラは呟き、その両手に二丁のライフルを持つ。

 驚くべきことに、ギレンを後退させた一撃は、素手の一撃だったらしい。

『英雄』カグラ・ランバードは、振り向かぬまま言葉を紡ぐ。

 

「立てるか嬢ちゃん。立てるんなら、負傷者連れて、一度退け」

「…………ッ」

 

 カグラの言葉を聞き、ミリアムは唇を噛む。

 どうした、とカグラが問いかけた瞬間、答えは別の場所から返ってきた。

 

「負傷者なんていねぇよ。いるのは、死人だけだ」

「……数十人単位で、ここには魔導師がいたはずだ」

「雑魚が束んなってかかってきたところで、意味なんざねぇよ」

「非戦闘員もいたはずだ」

「差別は駄目だろ? 全員、殺したよ。そいつの目の前でな」

 

 ギレンが笑い、ミリアムは悔しさから涙を流す。

 そう、この男は見せつけるように自分の目の前で皆を殺した。それを目にしていながら、ミリアムは何もできなかった。

 そんなギレンの言葉を聞き、カグラは一言だけ呟く。

 そうか、と。

 ギレンは笑った。

 

「弱ぇのは罪だろうが。俺は悪くねぇ。悪いのは、そいつらだ」

 

 高々と笑うギレン。カグラは、もういい、と呟いた。ギレンは、はっ、と吐き捨てる。

 

「テメェもそういや力を失ったんだろ? そんな力で何をする気だ? 戦場に言い訳は通じねぇぞ?」

 

 ――拳が、ギレンの頬にめり込んだ。

 油断はあったのだろう。だが、カグラの一撃にギレンは反応できなかった。

 

「なめんなよ若造。戦争のリアルを知ってるからどうした? 殺さなければ生きられないがどうした? それぐらい知ってんだよ。いや、俺はそれ以上の『理不尽』を知っている」

 

 毎日一ミリずつ削られていく心。

 理不尽と叫ぶ心を黙らせる毎日。

 平和の中の、地獄を。

 

「殺し合いにもマナーがあり、美学がある。きっちり教育してやるよ若造」

「はっ、この程度の力でほざくんじゃねぇよ!」

 

 ギレンが砲撃魔法を放つ。それをカグラは、ライフルを投げ上げ、無手となった右腕で弾き飛ばした。

 砲撃の射線が変わり、別の場所を穿つ。

 血が滴る右腕でライフルをキャッチし、カグラは言う。

 

「もう一度言う。なめるなよ若造。たかだか力を半分損ねた程度で、俺が弱くなると思ったか?」

 

 カグラの瞳に、冷酷な光が宿る。

 

「魔力がないならないなりに戦い方があるんだよ。お前の前に立つのは誰だ?……英雄だ」

 

 ジャキン、という音と共にカグラのデバイス『ヘルダスト』が作動する。

 

「いい気になるな。お前如きが超えられる程、俺は弱くない。いつもならじっくり教育してやるところだが、お前は俺を怒らせた」

 

 罪は二つと、カグラは言った。

 

「俺の仲間を傷つけたこと。俺の仲間を殺したこと。テメェは殺すだけじゃ飽き足らねぇ。殺して並べて晒してやる」

 

 覚悟しろ、とカグラは言った。

 英雄の足下に、ミッド式とは僅かに形を異にする魔法陣が出現する。

 翼をもがれた英雄は、それでも尚、空を飛ぶ。

 

「管理局をなめるなよ。世界を知らん、若造が」

 

 ――反撃、開始。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。