魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第二十章〝夜空に瞬く星の光〟

 時空管理局本局、模擬戦ルーム。

 かつてとある男の企みによって大隊戦が行われたその場所で、二人の魔導師が向き合っていた。

 八神はやて。

 高町なのは。

 互いに押しも押されぬトップエースである二人は、互いのデバイスを構え、向き合っている。

 

「なのは、はやて! あんたたち、自分が何してるかわかってんの!?」

「なのはちゃん! はやてちゃん!」

 

 フェイトたちが入院しているということを聞き、ミッドチルダに来たアリサとすずかの二人が叫ぶ。だが、二人は耳を傾けない。

 

「あんたも何か言いなさいよ!」

 

 アリサの矛先が、最後の観戦者たるファイムに向けられる。その言葉を受け、ファイムは苦笑した。

 

「何か、と言われても。何もありませんし」

「止めるとかあんでしょうが!」

「……消し炭になっても良いのなら」

 

 どこか遠い目でファイムは言った。アリサは、なっ、と言葉を詰まらせる。

 

「どういう意味よ!?」

「消し炭になるのは僕です。お二人は押しも押されぬ、管理局のトップエース。僕は凡俗。割って入ったところで結果は知れています」

 

 情けない話ですが、とファイムは肩を竦めた。

 その上で、なんにせよ、とファイムは呟く。

 

「これは、お二人が望んだことです。僕に干渉する理由も権利もありません」

 

 元より、邪魔などするつもりもない。

 ……事の発端は、こちらに到着してすぐだ。

 六課のメンバー……リィンはメンテナンス中で無事だったが、なのはを除く他のメンバーは全滅したとはやてとファイムは聞かされ、すぐさま病院に向かった。

 そして、そこで。

 高町なのはが、八神はやてに言ったのだ。

 

『私と、戦おう』

 

 理由などわからないし、その意図も掴めない。

 だが、はやては受け入れ、こうして二人は向き合っている。

 ――衝突。

 二人のトップエースが、魔力の衝突を起こした。その衝撃で、大気が揺れる。その、見る者が見れば悪寒が止まらなくなるような光景を前に。

 

「……まあ、必要なことではあるけれど」

 

 ファイムは、小さく呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 はやては開始直後になのはから大きく距離を取った。中距離以下では、彼女はなのはに適わない。いや、そもそもから戦闘においては大きな開きがある。打てる手は少ないのだ。

 

「ブラッディダガー!」

 

 千を数える刃の葬列。それが、なのはを狙い撃つ。

 

「アクセルシューター!」

 

 対し、なのはは数十発のシューターを展開。それらは縦横無尽に空を駆け回り、はやての撃ち出した刃を全て蹂躙する。

 

 ――ゾクッ。

 

 目が合った。高町なのはの冷たい目に、はやては恐怖さえ覚える。

 だが、しかし。

 ここで引くことは、許されない。

 

「ディバイン――」

 

 なのはが砲撃魔法を展開する。それを受け、はやても魔法を紡ぎ上げる。

 

「ブレイズ――」

 

『魔力蒐集』。八神はやてが持つそのレアスキルで習得した、クロノ・ハラオウンも多用する砲撃魔法において最もスタンダードな一撃を紡ぎ上げていく。

 

「バスターッ!」

「カノン!」

 

 衝突。魔力が撒き散らされ、二人は余波で僅かに動きを止める。

 追撃に入ったのは、なのはが先だった。

 

「レイジングハート!」

《Yes,My master. Exelion Buster A.C.S》

「ドライブ!」

 

 凄まじい轟音が響き渡った。はやての障壁になのはの魔力刃が突き刺さった余波で、大気が震える。

 

「「くううっ……!?」」

 

 力比べ。その拮抗を崩したのは、なのはだった。

 

「カートリッジロード! ドライブ!」

《Yes,My master!!》

 

 カートリッジロードによって増幅された魔力が、はやての障壁を食い破る。

 そして。

 爆発が、空を包んだ。

 

「…………ッ!?」

 

 黒煙の中から、二人が這い出てくる。そのまま二人は、示し合わせたようにそれぞれの奥義を紡いだ。

 互いにトップエースを謳われる魔導師である。強大な力を持つ故に、長引くということがない。

 

「「ブラスター1! リミットリリース!」」

 

 二人は同時に、ブラスターシステムを起動。そのまま、最大魔法を展開する。

 

「全力!! 全開!! スターライト!!」

《Star Light Breaker》

「響け終焉の笛……ラグナロクッ!!」

 

 最早個人が有していい量の魔力を超えた魔力によって紡がれる大魔法。それは、戦略級の兵器にさえ匹敵する。

 模擬戦ルームが軋み、見守っているファイムも、全力で結界を展開。

 そして。

 二人は、衝突する。

 

 

「「ブレイカァァァァァッッッ!!」」

 

 

 余波だけで模擬戦ルームの床がめくり上がり、同時に、結界装置もダウンする。

 純魔力の一撃だけでこの威力……正直、寒気さえ覚える程だ。

 アリサやすずかは、呆然と成り行きを見守っている。

 そして、ファイムはため息を吐いた。

 

 ――煙が、晴れる。

 

 現れたのは、仰向けに倒れながらレイジングハートを向けられる、はやての姿。

 決着だ。戦いそのものは。

 だが。

 まだ、本当の意味での決着は着いていない。

 

「はやてちゃん、どうして?」

 

 不意に紡がれた、なのはの問いかけ。

 何が、とは、はやては聞かなかった。

 なのはは、尚も問う。

 

「どうして、はやてちゃん。どうして、戦うの?」

 

 はやての頬に、暖かいものが触れる。

 

「私たち、負けちゃったよ? 私だけ、私だけが、無事で。みんな、傷ついて」

 

 ――自分がいない間に何があったのか、はやてはすでに聞き及んでいる。

 その中で、なのはだけが無事だったという事実も。

 

「はやてちゃんだって、傷ついて。ファイムくんだってそう。……どうして? わかってるのに、どうしてなの?」

 

 はやての目が見開く。なのはは涙を拭いながら、頷いた。

 

「ユーノくんから、聞いたよ。カグラさんからも。ファイムくんの命は、もう、残り少ないんだって」

「……なのはちゃん」

「どうして?」

 

 なのはは、はやての胸ぐらを掴み、問いかける。

 

「そこまでわかってて、どうして戦わせるの? 戦うの? 答えてよ、はやてちゃん」

「……そのどうしての答えは、なのはちゃんにはわかるはずや」

 

 優しい魔法使いであり、英雄である高町なのはだからこそ。

 わかる、はずなのだ。

 

「ここで戦うのをやめてしまったら、逃げてしまったら。わたしは、もう、私自身を許せなくなってしまうんや」

「だけど! 死んじゃうんだよ!? いなくなっちゃうんだよ!? はやてちゃんは耐えられるの!?」

 

 なのはは叫ぶ。高町なのはは、人の『死』というのに敏感だ。

 それはかつて、彼女の父がその瀬戸際に立っていたからであり、彼女自身がそれを覚悟する目に遭ったからでもある。

 そして、何より。

 あの雪の日に、優しい銀色の女性を送ったのが、高町なのは自身だったから。

 

「リィンフォースさんは、救えなくて。どうしようもなくて。わた、私がっ……」

 

 嗚咽を漏らしながら、なのはは言う。

 

「送るって、何? リィンフォースさん、笑ってたんだよ? 温かかったんだよ? 私は、リィンフォースさんを、殺し――」

 

 乾いた音が響いた。はやての平手打ちが、なのはを打った音だ。

 

「勝手なこと、言わんといてくれんか?」

 

 はやては上体を起こし、なのはの肩を掴む。

 その瞳は、怒りに燃えていた。

 

「あの子を殺したのは、このわたしや。わたしの未熟さや。なのはちゃんのせいでも、フェイトちゃんのせいでもない」

 

 あの雪の日。

 たくさん涙を流したあの日に感じた無力感は、全て自分のものだから。

 

「ファイムくんかてそうや。わたしが、彼を殺すことに、なるかもしれへん」

 

 声が震えた。やはり、まだ耐えられない。

 二度も大切な人を失うのは、耐えられやしない。

 けれど、それでも。

 目を逸らさずに、決めたのだから。

 

「せやけど、わたしたちは、選んだんや。戦うことを。なのはちゃん、なのはちゃんかて、そうなんやろ?」

 

 なのはが、こうして戦った理由。

 それは。

『エース・オブ・エース』だからできることをするため。

 そう……『全てを背負う』ため。

 

「わたしたちが戦わない選択をしても、なのはちゃんは戦った。今、みんなが傷ついてて、なのはちゃんだって未だJS事件の疵痕が癒えてへんのに、それでも戦ったはずや」

 

 それが、高町なのはという女性。

『エース・オブ・エース』の在り方だから。

 

「私は……っ」

 

 なのはが口籠もる。はやては首を左右に振った。

 

「そんな、自分ばっかり追い込んだらアカン。なのはちゃんは何も悪くない。悪いんはむしろ、いなかったわたしたちや」

 

 なのはは責任を感じていたのだろう。自分だけが、敗北の中で無事であったことに。

 彼女は強い。それこそどんな状況であろうと活路を見い出す『勝利の鍵』。

 だからこそ、誰よりも責任を感じてしまうのだ。

 自分の強さを、自覚しているが故に。

 

「わたしたちは、まだ終わりやない。まだ、負けてない。不屈の心を、諦めない強さをわたしたちに教えてくれたんはなのはちゃんや。だから、みんなは必ず立ち上がる」

 

 高町なのはを見てきたからこそ。

 不屈の強さを知るからこそ。

 その強さに、救われたからこそ。

 その輝きに、憧れるからこそ……。

 

「それやのに、なのはちゃんがそんな顔してたらアカン。わたしは戦うよ、なのはちゃん」

「だけど……ファイムくんが」

「約束」

 

 はやては、微笑んだ。

 

「わたしな、ファイムくんと約束したんや。『生きて』って。きっとそれはとても残酷な言葉なんやけど、それでも」

 

 死を定められた彼に、その願いはあまりにも残酷だったろう。

 ――だけど。

 その気持ちと願いは、本物なのだ。

 

「それでも、約束してくれたから。今度こそ、違う未来を選んでみせる」

 

 それは、はやての誓い。

 失うしかなかった、大切な人。

 そんな悲しい未来は、もう、認めない。

 ――今度こそ。

 優しい未来を、掴んでみせる。

 

「まだ時間はある。わたしは諦めへん。ファイムくんを、救ってみせる」

 

 方法は、何一つわからなくても。

 それは、決めたことだから。

 八神はやては。

 ファイム・ララウェイに、生きていて欲しいから。

 

「運命は変えられる。それを教えてくれたんは、なのはちゃんや。だから、手を貸して」

 

 一人では無理だから。

 だから。

 

「みんなで、戦おう。なのはちゃん」

 

 なのはは、涙を流し。

 はやても、泣いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

《良いのですか?》

「……うん。ちょっとね。あそこにいたら、泣いちゃいそうだったから」

 

 自身のデバイスの言葉に、ファイムは苦笑を返した。

 本当に、あの二人は優しい。優し過ぎるほどに。

 自分など、路傍に転がる石とさほど変わらないであろうに。

 

「なんにせよ、気持ちには応えないとね。……リンネ、付き合ってくれるかな?」

《無論です。私はあなたと共になら、どこまでも参ります》

「ありがとう」

 

 信頼できる相棒を伴い、ファイムはとある場所に赴く。

 ミッドチルダの地上。その技術開発局へ。

 全ては、更なる力のために。

 

「想いは力に。運命を覆す」

《All,right》

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 室内に鈍い音が響いた。烈火の将とも呼ばれる騎士――シグナムが壁を叩いた音だ。

 

「何故、気付けなかった……!?」

 

 彼女が責めているのは、彼女自身。なのは、はやて、ファイムを除く六課メンバーは、未だにベットから出られないフェイトの病室に集まり、カグラとユーノから話を聞いていた。

 命を使う術式、『オリヴェント式』と。

 ファイムの命が、終わりに近付いているという事実を。

 

「シャマル、お前、知ってたんじゃねぇのかよ?」

 

 ヴィータがシャマルに問いかける。シャマルは、首を左右に振った。

 

「ファイムくんは一度も検査をさせてくれなかったから。……ごめんなさい。無理にでも検査を受けさせるべきだったわ」

「無理だな」

 

 シャマルの呟きを否定したのは、カグラだ。フェイトが、言葉を紡ぐ。

 

「どういうことですか?」

「その態度だよ、嬢ちゃん。知られたら、嬢ちゃんたちはどうなる? 同情するか? 憐れむのか? どっちにしても、本人にはキツいだけだ」

 

 自ら選んだ道を同情されたり憐れまれたりするのは、あまりにも辛い。

 

「だけど、黙っていられた方が辛いです」

「話して、欲しかったです」

 

 俯きながら、エリオとキャロが言う。それを受け、なら聞くが、とカグラが言葉を紡いだ。

 

「あいつがそれを打ち明けたとして、お前らは何ができた? 何もできやしねぇよ。むしろ、知ったせいで動きが鈍くなる。なら、知らねぇほうがいい」

「そんな言い方……」

「あんまりじゃありませんか?」

 

 スバルとティアナが抗議の声を上げる。カグラは、ふぅ、と息を吐いた。

 

「俺はあいつに『死ね』っつってきた側の人間だぞ? 今更だっての」

 

 再び、鈍い音が響く。ヴィータがカグラを叩き付けるように壁に押し付けていた。

 

「テメェ!!」

「やめろヴィータ!!」

「ヴィータちゃん!!」

「うるっせぇ!! ふざけんな!! 『死ね』だと!? よくそんなことが言えんなテメェ!!」

 

 ヴィータは殺気を称えた瞳でカグラを睨む。カグラは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「八神はやて……あの嬢ちゃんの言葉を、全員忘れてるみてぇだな」

 

 吐き捨てるように、カグラは言った。

 

「嬢ちゃんも言ってたろうが。あいつは、お前らが弱いからああなってんだよ。管理局が弱いから。だから命を使ってんだよ。ほざいてんじゃねぇ。甘ったれんな」

 

 カグラは、言い捨てる。

 

「俺に掴みかかる前に自分を恥じろ『鉄槌の騎士』。テメェらの弱さがファイムの命を削ってんだ。自覚しろ」

 

 ヴィータの手を振り払い、カグラはため息を吐く。

 

「光があるってことは影があるってことだ。お前らトップエースだのストライカーだのの影に、どんだけの凡人がいると思ってる。ファイムはその影の最も深い場所にいる人間だ。ただ、それだけだよ」

 

 重い空気が場を支配する。そんな中、リィンが口を開いた。

 

「難しいです。ただ……悲しいですよ」

「そうだな。だが、真理だ。あいつのことを想うんなら、お前たちは輝き続けろ。影の人間にとってはな、光がちゃんと輝いてんのが何よりなんだよ」

 

 カグラは目を閉じる。そのカグラに、怒りが籠もった声が届いた。

 

「気に入らねぇ」

「ん?」

 

 声を発したのはアギトだ。アギトは、言葉を続ける。

 

「光とか、影とか。よくわかんねぇよ難しくて」

「…………」

「けど、わかるんだよ。あんたらが、とんでもない貧乏くじを自分から引き受けてんのが」

 

 カグラは、苦笑する。

 

「誰かがやらなきゃなんねぇんだ。それが俺たちだってだけだよ」

 

 そして、カグラは部屋を出ようとする。その去り際に、言葉を紡いだ。

 

「運命は変えられる。悲しい未来は打ち壊せる」

 

 それは、かつてカグラの愛する女性が紡いだ言葉。

 それを、カグラは次世代のエースたちへと送る。

 

「納得できねぇなら、足掻け。それで未来が変わるかもしんねぇぞ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ……久し振りに見た親友は、目を閉じ、沈黙していた。

 

「…………」

 

 ファイムは、チラリと右を見る。リューイが倒れてからずっと、ここで彼が目を覚ますのを待っている女性――ウェンディ・ナカジマを。

 

「……リューイ」

 

 ファイムは呟く。ミリアムにも先程会ってきたが、あちらもあちらで責任を感じ過ぎ、錯乱してしまっている。落ち着くまでは時間がかかるだろう。

 目を覚まさないのは彼だけではない。リューイの隣ではファイムにとっては恩ある上官であるゲンヤ・ナカジマも同じように眠っており、別室ではギンガ・ナカジマも眠っている。

 この現状が、あの場にいた陸士108部隊の者で生存者は本当に僅かだったのだと否が応でも思い知らせてくる。

 

「……どうしてッスか?」

 

 不意に、ぽつりとウェンディが呟いた。ファイムは、そちらを見る。

 そんなファイムの視線に気を向けることなく、まるで独白のようにウェンディは言葉を紡いでいく。

 

「リューイも、パパりんも、ギンガも、ミリアムも……どうして、誰も助けてくれなかったッスか?」

 

 ファイムは、答えられなかった。

 陸士108部隊の救援要請は、地上と本局の両方に届いていたという。しかし、動いたのは六課だけ。

 カグラによれば、理事会から圧力がかかっていたとのこと。

 ゲンヤ・ナカジマ。

 リューイ・エンドブロム。

 優秀過ぎる指揮官と、AAA+という破格のランクを有する真正ベルカの騎士。

 上層部でこの二人を疎んじている者は、とても多い。

 だが、それを。

 この女性には、告げられない。

 

「みんな、頑張ってたッスよ? 毎日毎日、リューイなんか、進んで雑用ばっかりやって。毎日毎日見回りなんかやって。倒れそうになって。それぐらいしなくちゃ、元犯罪者の自分は償いにならないからって言って」

 

 リューイ・エンドブロムは、どこまでも実直である。

 そんな彼だからこそ、ファイムは友と呼ぶのだから。

 

「……いけない、んスか?」

 

 嗚咽を漏らしながら、ウェンディは言った。

 

「元犯罪者は……っ、誰にも、助けてもらえないッスか? どんなに頑張っても、ダメ、なんスか?」

 

 その問いに、ファイムは答えられない。

 その答えは、ファイム自身が知りたいことだから。

 何をすれば償いになるのか。

 どうすれば償えるのか。

 罪人は、どこまでいこうと罪人のままなのか。

 その、答えを。

 

「……どうして、どうして、どうしてっ……!」

 

 ウェンディが立ち上がり、ファイムの胸倉を掴んだ。

 その瞳が称えるのは、悲しみと、怒りと、やるせなさ。

 どうしようもないほどに蓄積された感情を、ウェンディはファイムに叩き付ける。

 

「どうして、いてくれなかったんスか!?」

 

 その怒りが筋違いのものであることに、ウェンディ自身が気付いていたはずである。

 だが、それでも叫ばなければどうにかなっていただろうし。

 ファイムもまた、糾弾されることを受け入れていた。

 

「地上では、いっつもファイムの名前を聞くッスよ!? 誰もが認める『エース』だって!! なんで、どうして、リューイを助けてくれなかったんスか!?」

 

 ウェンディは泣き続ける。ファイムは、そんなウェンディに問いかけた。

 

「……リューイをこんな目に遭わせたのが誰か、わかる? ウェンディ」

「……………………多分、ホムラ・イルハートだって、カグラさんが」

「そっか」

 

 ファイムは頷く。ホムラ・イルハート……彼は、幾度となく立ちはだかる。

 

「ファイム?」

 

 ファイムから手を離し、涙を拭いながらウェンディはファイムを呼ぶ。ファイムは、酷く冷めた目をしていた。

 

「……正直なところを言えば、おかしいんだと思う。リューイは、言いたくないけど、負けて、こうなったんだろうから」

 

 敗北の結果、深い傷を負うことになるのは道理だ。

 しかし、それでも。

 頭が納得しても……心がそれを、認めない。

 

「許せない、って思うんだ。……ホムラ・イルハートは、僕が討つ」

 

 これほど、納得できないと思うのはいつ以来か。

 ああ、あの時だ。

 はやてを殺せと命じられた、あの時以来。

 

「恨みも憎悪も、好きじゃないけど。むしろ、大嫌いだけど。それでも、僕は」

 

 固く、固く、ファイムは拳を握り締める。

 理由が一つ。

 間違えたものが一つ。

 出来上がった、瞬間だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 八神はやてが兵団長となる旅団の名称が決定した。

 第108魔導旅団。

 先の戦いにおいて壊滅した陸士108部隊の無念を引き継ぐことと、管理局の理念……『魔導を以て平和を紡ぐ』を象徴する意味を込めてその名が冠せられた。以上の事から、八神はやてに集まった期待のほどが伺える。

 だが、規模が規模であるために編成に時間がかかるのもまた道理。

 実際に今も、八神はやてはカグラ・ランバードと編成……特に、地上からの引き抜きについて話し合っている。

 

「正直なことを言えば、連携の面を考えても部隊を2、3くっつけんのが一番なんだがな。それを中心に組んできゃ、それなりのもんが出来上がる」

「せやけど、それはできません」

 

 はやては出されたコーヒーカップを机に置きながら、苦笑した。

 

「師匠の部隊が……陸士108部隊が壊滅して、地上は今かなり混乱してます。そんな中から部隊を、なんてできません」

「まあ、確かにな。それに、今回は状況が状況。元よりその方法は使えなかった」

 

 カグラは肩を竦める。はやては、はい、と頷いた。

 

「わたしたちは、管理局の『象徴』でなければならない」

「そうだ。だから、表向きは精鋭部隊。実際は確執だらけの寄せ集めを指揮する必要がある」

 

 カグラは、真剣な表情でそう言った。そう、懸念の一つはそれだ。

 ――第108魔導旅団。

 それは『象徴』として、陸、海、空。その全ての代表でなければならない。そうでなければ、管理局の風聞を覆せないのだ。

 精鋭を集めた、と言えば聞こえはいいが、実際は寄せ集めになる。ランクが高かろうとスキルがあろうと実績があろうとだ。

 むしろそれが、『余計なプライド』となって連携の邪魔をしかねない。

 それに、陸、海、空の確執もある。そんな部隊を率いるはやての苦労は計り知れない。

 それに、もう一つだけ、『旅団』という規模だからこそ噴出する問題がある。

 

「……魔導師ってのは、実力が個人の才能に大きく依存する。そのせいで能力もスキルもバラバラになりやすく、だからこそスタンドプレーに走りやすい」

 

 質量兵器ならば、扱い方さえ叩き込めばある程度は横一線で錬度を高められる。だが、魔導師はその才能に依存する部分が多く、同じ手間をかけても同じ錬度に辿り着く保証がない。

 それ故に個人差が現れやすく、結果として連携をあまりとらない魔導師は多い。特に高ランクの魔導師にはありがちなことである。

 小隊や分隊ならそれも許されるのだろうが、旅団の中では『大隊』、『中隊』で動くのが基本になる。連携ができない、では話にならない。

 

「その辺の調整は大変だぞ、嬢ちゃん」

「それについては、一応考えてあります。問題は中間指揮官なんですけど……」

「嬢ちゃんの申請は全て受理した。多少強引な手を使ったが、まあいいだろ。……ただ、本当にあれでいいのか?」

「……本人たちが望んでることですし、ええと思います。空と陸の『エース』は、『象徴』としては申し分ありませんから」

 

 言いつつも、納得いっていないことがカグラにはありありとわかった。だが敢えて何も言わず、そうかい、と頷く。

 そしてカグラは手元にある資料に視線を落とすと、確認だ、と口にした。

 

「陸士108部隊……その生き残りは全員召集した。おやっさんたちも含めてな」

「ありがとうございます」

「なに。陸士108部隊を基礎に立ち上げてんだ。当然だよ。……それに、これなら誰も手出しできねぇだろうしな」

 

 カグラは呟く。ゲンヤやギンガ、リューイといった目を覚ましていないメンバーは、『旅団』に名を連ねることになった。

 無論、本格的に動けるようになるまでは現場復帰は見送りになるのだが、敢えてはやてとカグラはそういう措置をとることとした。

 そうしておけば、休ませることができるからだ。

 

「おやっさんは優秀だからな。ムカつくが、理事会からは疎まれてる。何されるかわかんねぇしな」

「はい」

 

 はやても頷く。頷きながら、本当に、と嘆息さえ吐く。

 世界を守るだの、平和を紡ぐなどと言う前に。

 敵が、障害が――多過ぎる。

 

「……言いたかねぇけどな。こんなにも障害が多過ぎると、ついつい思っちまうよ」

 

 背もたれに全体重を預けながら、カグラは言った。

 

「管理局なんざ滅びたほうがいいんじゃねぇか、ってよ」

 

 綺麗事ばかりではいられない。そんなこと、理解している。

 それでも。

 それでも、もう少し、と思うのだ。

 もう少し……まともではいられないのかと。

 

「情けないがな。まともに敵とも向き合わせてもらえねぇ組織なんざ、ってよ」

「……それでも、ここでなければ守れないものがあります」

 

 両手を強く握り締めながら、はやては言った。

 

「大切な人たちがいるから、だからわたしは、戦います」

「辛いぞ?」

 

 間髪入れずにカグラは問いかけた。はやては、頷く。

 

「覚悟の上です」

 

 強い瞳だった。カグラは、上等、と頷く。

 

「いい目だな、嬢ちゃん。……よし、やる気出てきたぜ。理想の部隊を仕上げてやるよ」

 

 カグラは、にっ、と楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「嬢ちゃんたちが関わってきた奴らを中心に、召集をかける。錬度は低いかもしれねぇが、それよりは信頼だ」

 

 状況が状況。それに、はやてたちは紛れもない『エース』であり、数多くの奇跡を起こしてきたのは伊達ではない。声をかければ即戦力とはいかずとも、粒は揃う。

 大体、六課が丸ごと部隊に入るのだ。錬度など、二人の教導官が底上げしてくれる。

 はやてもそれを理解しているのだろう。頷いた。

 ――だが。

 

「ただ……一つだけ問題があるんです」

「ん?」

「『二人』の配置を定石から外したせいで、中間指揮官が足りないんです」

「……『N2R』はどうだ?」

「チンクは指揮官としてやれると思いますけど、他の三人は……特にウェンディはあの状態ですし……」

「ふむ」

 

 指揮官――それは死活問題だ。信頼できて、尚且つ力がある魔導師となると、中々いない。

 大体、指揮官はニアSランクが基本の旅団だ。人材不足はある意味当然である。

 

「だかなぁ……俺が出るわけにはいかねぇし、おやっさんが目ェ覚ましゃ頼むんだが……」

 

 頭を掻きながらカグラは唸る。

 カグラ・ランバードは、前線を退いた身だ。戦う場所を血で血を洗う戦場から、謀略と策謀に溢れる魔窟へと変えた男。

 流石に、彼が前に出るわけにはいかない。後方でやる仕事もまた、重要なのだ。

 

「師匠が目を覚ましてくれるまででええんですけど……任せられる人がおったら……」

「だがなぁ……執務官でも教導官でも、ニアSなんてのは大抵がかっ飛んでやがるからな……」

 

 教導官を礼儀面で指導する立場だったカグラだからこそよくわかる。教導官も執務官も、大抵が変人だ。

 教導官は実力故に癖の強い者が多く、なのはやヴィータのように教導ができる教導官は実は半分くらいしかいない。

 執務官は執務官で単独行動が基本となるため、魔導師の力や実務能力があっても指揮官適性がない者が多い。クロノという手本がいたフェイトや、そもそも戦争を知っているファイムのような、『指揮ができる執務官』というのが珍しいのだ。

 まあ、実力があればスキルは二の次というのが管理局の魔導師であり、指揮官というものが疎かにされている結果なのだが。

 

「指揮官適性がある奴は大体がどこぞで指揮執ってるし……んー……」

「やっぱり無理ですか?」

「……代理くらいなら、何とかなりそうな奴がいる」

 

 カグラは、ため息と共にそう言った。

 

「戦い方を高町教導官が教導し、人としての在り方を俺が教導した。新人研修をテスタロッサ執務官の下で受け、初めての実戦を八神司令とヴォルケンリッターの下で経験し、今年、陸士108部隊から本局戦技教導隊入りした天才魔導師が」

 

 言いながら、カグラは笑っていた。カグラが言っている人物が誰かに気付いたはやては、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「彼はまだ、16かそこらやったはずです」

「今年で15だな。確か。……何を言うんだ、嬢ちゃん。俺はその歳で『エース・オブ・エース』なんて呼ばれてたし、嬢ちゃんたちだって十二分に活躍してたじゃねーか」

 

 カグラは笑みを浮かべ、それに、と言葉を紡いだ。

 

「あの小僧はファイムに憧れて管理局に来たらしいぜ?」

 

 実に適任だとカグラは言った。

 そしてカグラは、その名を口にする。

 

「ソラ・ウィンガード三等空尉……空戦S-ランク魔導師」

 

 手札が、出揃う。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 暑かった夏も終わり、秋が近付いてきた。そのせいもあって、肌寒い。

 

「もう、そんな季節なのか……」

 

 ファイムは呟く。時間は流れているようで、流れていない。

 いや、逆かもしれない。

 この事件に関わるようになってから、あまりにも多くのことが起こったから。

 密度の濃い、日々だった。

 

「……いや、『だった』なんて言うのは、まだ早い」

 

 何も、終わっていない。

 むしろ、激化している。

 まだまだ、終わりは見えないのだ。

 

「どこまで保つかは、わからないけれど」

 

 ファイムは自身の掌を見つめる。

 いつ果てるかわからない命。保って欲しいと思う。

 もう少し。

 もう少しだけ……。

 

 ――ドンッ。

 

 余所見をしていたからか、ファイムは誰かにぶつかった。見れば、女の子が尻餅をついている。ファイムは慌てて、その子を引っ張り起こした。

 

「ごめんね? 大丈夫?」

「…………(コクリ)」

 

 女の子は頷く。ファイムは一応、女の子の怪我を確認した。……大丈夫。問題ない。

 

「キミ、一人? 危ないよ、もうすぐ日も暮れちゃうし」

 

 ファイムは空に視線を向ける。少しだけ、赤く染まり始めていた。

 だが、それだけならまだ許容範囲の時間だ。ファイムが気にするのは、最近の治安である。

 クライム……『罪』の名を名乗った男の演説以来、あらゆる次元世界で治安が悪くなっているという話を聞く。

それは、クラナガンも例外ではない。

 ファイムは、俯き気味な女の子を見て、問いかける。

 

「もしかして、迷子?」

「…………(コクリ)」

 

 女の子は頷く。そっか、とファイムは微笑んだ。

 

「じゃ、探そっか」

 

 女の子の頭を優しく撫で、ファイムは微笑む。

 こういう時、市民の力になるのが局員だ。

 

「僕はファイムといいます。あなたの名前は?」

 

 その時、少女は初めてファイムを見た。

 そして、少女は告げる。

 告げてはならなかったのに。

 出会ってはならなかったのに。

 二人は、出会ってしまった。

 

「……アリア」

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