魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

31 / 59
第二十一章〝今と昔と未来〟

 

 

 夕暮れの街並みを、ファイムはアリアと名乗った少女の手を引いて歩いていた。いつもなら活気がある街もこの状況下ではどうしても人通りが少なくなっており、物寂しさが漂う。

 そんな中、二つの影がゆっくりと大通りを歩いていく。

 

「待ち合わせをしてたの?」

「……うん。教会」

「成程、それならすぐそこだ」

 

 ファイムは微笑む。このアリアという少女が言っている『教会』とは、聖王教会のことだろう。それならば、ここから歩いて20分とかからない。

 そうしてしばらく歩いていると、前方から見回りらしき局員の二人が歩いてきた。

 

 ――ギュッ。

 

「…………?」

 

 不意にアリアがファイムの手を握る強さが強くなった。ファイムは首を傾げながら、二人組の横を素通りする。向こうはこちらに気付いた様子はなく、何も言ってこなかった。

 そうして二人組が大分遠ざかったのを確認してから、ファイムはアリアに問いかけた。

 

「管理局のこと、嫌い?」

 

 苦笑を交えた、優しい口調の問いかけ。アリアは驚いた表情でファイムを見上げ、そして、頷いた。

 ファイムは、そっか、と頷く。

 

「仕方ないかもしれないね。管理局は散々、世間一般で言うところの『悪いこと』をしてきたから」

 

 犠牲になった者たちの数など、もう、わからないほどに。

 管理局は、罪を重ねてきた。

 善行の裏側で、悪行を。

 ずっと――繰り返し続けてきた。

 

「僕もね、管理局が嫌いなんだ」

 

 足を止め、ファイムは言う。アリアは、そんなファイムを無言で見上げていた。

 アリアには、ファイムの正体はわからない。だから、ファイムの言葉の異常性に気付けない。

 だが、彼を知る者なら。

 たとえ一般人であっても、彼が言ったことに対して驚きを禁じ得なかっただろう。

 

『管理局が嫌い』

 

 それは、『地上本部のエース』と謳われ、管理局のために命を使ってきた男の言葉ではなかったから。

 ファイムは、酷く冷めた目で空を見上げる。

 

「何も変わらなかった12年間。『無駄』とまで言われた人生。……昔は考えたこともなかったのに、どうしてかな? 最近、そればかりを考える」

 

 管理局が善であるとか悪であるとか。そういうことではなく。

 もっと、根本的な疑問。

 

 ――管理局は、本当に必要なのか?

 

 そんな、疑問ばかりを。

 

「だけど……答えは出ない。出せるはずもない。ただ、わかるのは」

 

 ファイムは、自身の右手を見つめる。

 

「管理局にいなければ、守れないものがあるという真実」

 

 それだけは、間違えようのないことだ。

 管理局にいなければ、八神はやてを守れない。

 だから、ファイム・ララウェイは管理局にいるのだ。

 他の、あらゆる全てを犠牲にしてでも……。

 

「…………」

 

 アリアが、ファイムを見上げる。ファイムは苦笑し、しゃがみ込んだ。

 

「ごめんね、わからないよね?」

 

 アリアの頭を撫でつつ、ファイムは言う。

 全く……何を言っているのか。

 こんな小さな女の子に。

 ――だが。

 

「……大丈夫?」

 

 アリアは、そう言って逆にファイムの頭を撫でた。

 ファイムは驚きに目を丸くし、そして、微笑む。

 

「ありがとう」

 

 そして、再び二人は歩き出す。

 数分後、教会が見えてきた。もう少しだよ、とファイムがアリアに声をかけようとした瞬間。

 

「……ウィル」

 

 アリアが呟いた。ファイムが前を見ると、一人の少年が目に映った。

 

(……彼は)

 

 その少年に、ファイムは見覚えがあった。襲撃事件で飛竜を駆り、『ソルトルージュ』ではエリオと戦ったという少年だ。

 ウィル、と呼ばれたその少年もファイムを睨んでいる。

 ファイムは努めて冷静を装い、アリアに言葉を紡いだ。

 

「彼が、待ち合わせの相手かな?」

「…………(コクリ)」

 

 アリアは頷く。ファイムはそっか、と頷くと、ウィルに歩み寄った。だが。

 

「待て」

 

 ウィルはそれを押し止めた。警戒の色がありありと受けてとれる。

 アリアは戸惑い、ウィルとファイムを交互に見る。ウィルは、殺気さえ籠もった声で言葉を紡いだ。

 

「テメェ、見覚えがあるぜ。おっさんたちが『要注意』って言ってた魔導師だ。何のつもりだ?」

「……意外な高評価ですね。僕など警戒する程でないでしょうに」

 

 ファイムは肩を竦める。ウィルは、ふざけんな、と言葉を紡いだ。

 

「はぐらかしてんじゃねぇ。殺すぞテメェ。アリアに何するつもりだ」

「何も。迷子のようでしたので、一緒に行動していただけですよ」

「……テメェ」

 

 ファイムは至って真面目に答えたのだが、相手はそう思ってくれなかったらしい。怒りの色をどんどん濃くしていっている。そしてそんなウィルの感情の高ぶりのためか、魔力まで噴き出し始めた。

 

(……マズいね)

 

 ファイムは、内心で眉をひそめた。今現在、地上はかつてないほど緊張した空気の中にいる。その中でこんな魔力を感知し、しかもその原因が敵勢力の一員とわかればただでは済まない。

 

(彼一人ならともかく、他の魔導師もいたら正直どうなるかわからない)

 

 ウィル、という少年自体はAAランク程度の力を有しているだけで、それならば制圧自体は難しくない。

 だが、他の……特にホムラやテンリュウなどがこの場にいるなら、状況はどれだけ悪化するかわからない。

 どうするか――ファイムが思考を巡らせた時。

 

「――ウィル!」

 

 声が響き渡った。アリアが、叫んだのだ。

 ファイムは驚きに目を丸くし、ウィルも驚きで硬直している。

 アリアはファイムの手を強く握り締めながら、言葉を紡いだ。

 

「……ファイムは、助けてくれたよ?」

「…………」

 

 ウィルの表情から、怒りの色が薄れていく。相変わらず、警戒していたようだったが。

 

「……戦っちゃ、だめ」

 

 アリアは言い、ファイムは微笑んだ。そして、ファイムは問う。

 

「どうしますか?」

「……どうするって」

「戦いがお望みでしたら、受けて立ちます」

 

 ファイムは、鋭い視線をウィルに向ける。その瞳にウィルはたじろぎ、ただし、とファイムは言葉を紡いだ。

 

「この往来で。この子を……アリアを巻き込んでも良いのなら、ですが」

「…………ッ」

 

 ウィルは表情を険しくする。状況を悟ったのだろう。

 この状況、追い込まれているのはウィルの方だ。

 だが、それでも、ウィルは言った。

 

「……アリアを、返せ」

 

 ファイムは、内心で成程、と呟いた。

 この状況で一番に優先するほど、この少女が大切か。

 ファイムは、構いません、と言葉を紡ぐ。

 

「元より、そのために探していたのですから。……良かったね。ほら、行きなさい」

「…………(コクリ)」

 

 アリアは頷き、一度強くファイムの手を握ると、ウィルへと走り寄った。そして、ぺこりとファイムに頭を下げる。ウィルは、ファイムを睨んだままだ。

 ファイムは、そんなウィルに問いかける。

 

「……どうしました?」

「いいのかよ?」

 

 問い返された。何が、とは聞かない。聞く必要がない。

 見逃すのか、と彼は聞いているのだ。

 

「見逃しても。俺たちは、テメェらにとっては犯罪者なんだろ?」

「かもしれません。ですが、今の僕はデバイスもなければ、体調も万全じゃない。それに今日は、迷子の道案内をしただけです」

 

 ファイムは微笑みながらそう言った。ウィルは、ちっ、と舌打ちする。

 

「なめてんのか?」

「侮っていないからこそ、です。今戦うのは、リスクが大きい」

 

 ファイムはポケットに両手を入れ、それに、と言葉を紡いだ。

 

「あなたたちにはあなたたちの事情なり理由なりがあるはずだ。確信した。キミの理由は、『アリア』なんだよね?」

 

 ファイムの問いかけ。ウィルは、重ねて舌打ちをした。

 

「ウゼェ。聞かれて話すと思うのかよ」

「いいや、思っていないよ。誰だって、隠しておきたいことの一つや二つあるからね。無理に聞こうとは思わない」

 

 ファイムは言い、ただ、と言葉を紡いだ。

 

「戦ってわかり合うのも、ありだと思う」

 

 互いに譲れぬものがあるなら。

 ぶつからなければわからないことも、たくさんある。

 もっとも、戦わずに済むならそれが一番だが。

 ウィルは、更に舌打ちを零した。

 

「気に入らねぇ」

「それはそれは」

「けど」

 

 ウィルは、アリアの手を握りながら、絞り出すように言った。

 

「アリアを助けてくれたことには、礼を言う。……ありがとう」

 

 そう言って、ウィルは頭を下げてきた。ファイムは一瞬、呆気に取られ、そして、微笑する。

 

「どういたしまして」

 

 ウィルはそれを聞いた後、弾かれたように頭を上げる。

 そして、彼は言った。

 

「次は、敵同士だ」

「残念ながら」

 

 苦笑するファイム。ウィルは、最後にファイムを複雑な感情の込められた目で見ると、背を向けてきた。

 アリアは、名残惜しそうにファイムを見る。ファイムは、微笑みを返した。

 

「また、いずれ」

 

 確証などなかった。しかし、それでも良かった。

 そして。

 二人の姿が見えなくなるまでファイムはそこに佇み、沈黙していた。

 その彼に、声がかけられる。

 

「ファイムさん」

 

 振り返ると、そこにいたのは一人の少年。

 燃えるような紅蓮の瞳を有し、白銀の長髪を後ろで束ね、教導隊の制服を着ている。

 ファイムには見覚えがあった。優秀な後輩だ。

 

「ソラ?」

 

 ファイムはその後輩の名を呼ぶ。何故、というニュアンスが込められていた。

 ――ソラ・ウィンガード。

 あの『エース・オブ・エース』高町なのは以来となる15歳という若さで戦技教導隊入りした正真正銘の天才だ。

 その天才は周囲を見回すと、言葉を紡いだ。

 

「こんなとこで何してんですか、ファイムさん?」

「……白々しいね?」

 

 ファイムは微笑。ソラは、バレてましたか、と肩を竦めた。

 

「いやでも、一応は偶然なんですよ? 見回りにかこつけてサボってたらファイムさん見つけて、なんか剣呑な雰囲気だったんで……見てたんです」

「見回り? ソラは本局所属だよね?」

「増援です。ほら、地上、ゲンヤさんが倒れたから」

「……成程」

 

 ファイムは頷く。ソラは元々陸士108部隊に所属していた。そういう意味で、確かに増援としては相応しい。

 もっとも、本人の気質からして向いているとは思い難いのであるが。

 

「ま、上からの命令ですし? 従いますよ、面倒臭いですけど」

「なんというか、相変わらずだね」

「まあ、モットーですから」

 

 ソラは肩を竦める。彼は基本的に面倒くさがりだ。更に言えば、向上心も出世欲もほとんどない。

 現状から変わることを面倒くさがる……そういう人間なのだ。

 なにせ、教導隊への誘いを最初彼は一も二もなく断った。理由は、『面倒臭いのと、器じゃない』ということだ。

 Sランク認定試験も、ゲンヤに騙されて受けさせられ、結果としてAランクから一気にS-ランク認定を受けることになるという経緯があるのだが……これについてもそういうきっかけがなければソラは自分から受けることはなかっただろう。そういう人物なのだ。

 

「まあ、見回りは進んでやりましたけどね。一応、媚び売っとかないと」

 

 ああ、とファイムは思い出した。

 この少年は、腹黒いのだ。

 まあ、根は良い人間なのだが。

 

「本当に相変わらずだね。……覗き見も、その一環?」

「いやいや、それは本当に偶然です。下手に刺激しちゃマズいと思いましてね。まあ……結果的に正解っぽかったですけど」

「二重の意味でね」

 

 ファイムは息を吐く。ウィルを刺激しないという目的の他に、もう一つの意味でもソラの判断は正しかった。

 あの場を見ていた、『最強』の存在が場に入るきっかけを与えないために。

 

「いやー、まさかエリアサーチを一瞬で潰されるとは思いませんでした」

「相手が相手だから。悔しい?」

「全く。戦いたくねーなー、って思うだけです」

 

 本心からの言葉らしかった。ファイムは苦笑。

 

「本当にキミらしいね。……そろそろ、僕は本部へ戻るよ」

「あ、了解です。俺はもう少し見回りしてます」

「程々にね」

 

 ファイムは言い、背を向ける。

 彼の言う『見回り』は、要するにサボリである。全力を出さない……いや、出し方を知らないのが、この少年だ。

 

「それじゃあね」

 

 ファイムは軽く頭を下げ、ウィルたちが歩いていった方を一瞥すると……本部へ向かって歩き出す。

 相変わらず、胸の内は静かだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 風が流れた。音もなく、気配もなく、その者は現れる。

 

「……テンリュウ」

 

 アリアが呟いた。その頭に、手が乗せられる。

 

「はい。アリア」

 

 テンリュウは微笑。そして、ウィルとは逆側のアリアの手を取りながら、ウィルに対して言葉を紡いだ。

 

「すみませんね、ウィル。合流が遅れてしまいました」

 

 敬称を付けないのは、それだけ近付いたという証拠。そして声をかけられたウィルは、いや、と首を振る。

 

「特に何もなかったから、別に問題は」

「そうですか。……『彼』との問答は如何でしたか?」

 

 微笑を称えたまま、テンリュウは問う。ウィルは、少し考え込み、答えた。

 

「……妙な奴とは思いましたけど、特に何も」

「おや、そうですか。……彼とは、私も少し問答をしましてね。生粋の管理局員かと思えば、中々どうして。読めない方です」

 

 ふふっ、とテンリュウは微笑む。

 あの『エース・オブ・エース』もそうだが……管理局は、中々面白い人物が多い。

 

「甘いのか、それともただ優しいだけなのか。殺し合いさえ厭わぬ相手と、言葉を交わし合おうなどと。あそこまでの例外は、中々おりません」

 

 テンリュウは言う。ファイムの在り方は、特殊だと。

 

「あなたは何も感じませんでしたか?」

「……最初は、戦う気だった。けど、なんていうか、毒気を抜かれて」

「ふむ。わかるかもしれません」

 

 テンリュウは頷く。頷いてから、まあ、と言葉を紡いだ。

 

「あの場に私がいたことに気付いていたようですし、戦いは向こうも避けたかったでしょうね。一人、妙なのがいましたが」

「妙なの?」

「気にするような相手ではありませんよ。底は見えませんが、それだけです」

 

 エリアサーチを飛ばしていた魔導師。技量は中々のようだが、特に脅威は感じなかった。

 それならば、ファイムの方が危険だ。

 

「アリアはどうでしたか?」

 

 テンリュウは思考を切り替え、アリアに問いかける。アリアは、首を傾げた。

 

「……ファイム、は、管理局?」

「ええ。彼は局員です。残念ながら」

 

 名前まで覚えているのか、と内心で驚きながらテンリュウは言った。

 アリアは、人間というものが嫌いだ。いや、どちらかといえば人間というものが信用できないと言った方がいいかもしれない。

 膨大な魔力を有する子供であり、彼女自身が制御できないとある『能力』が街を一つ消し飛ばしたとあれば……そして常に狙われてきたとくれば、人間など信用できなくて当然だ。

 ウィルとてそうだ。アリアと偶然に出会った彼もまた、厳しい人生を送ってきている。

 そんなアリアはテンリュウを信用するのにも、時間を要したのだ。

 だから、本当にテンリュウは驚いたのである。

 アリアが、ファイムの名を口にしたことには。

 そんなアリアは、でも、と呟いた。

 

「……温かかった、よ?」

「はい」

「……優しかった、よ?」

「はい」

「……なのに、敵?」

 

 アリアは、テンリュウを見上げる。テンリュウは、はい、と頷いた。

 

「残念ながら、彼は敵です。優しさも、温かさも本物でしょう。しかし、彼は敵なのです」

 

 無情だが。

 それは彼自身が言い切っている。

 

「……嫌い、って」

「…………?」

「……管理局、嫌い、って言ってた」

「…………」

 

 テンリュウは押し黙る。それは、なんと彼に似合わぬ言葉か。

『地上本部のエース』を謳われる彼に、その言葉はあまりにも似合わない。

 だが、アリアが言うのなら……真実なのだろう。

 テンリュウは、そうですか、とだけ呟いた。

 そして、三人はしばらく歩き、不意にテンリュウが言葉を紡いだ。

 

「アリア……すみませんが、今後、外出は控えていただきます」

「……どうして?」

 

 アリアが聞いてくる。テンリュウは頷いた。

 

「これから、本格的に戦いが始まります。今まで以上に、世界は危険になります」

「…………」

 

 ウィルは何も言わない。彼も理解しているのだ。

 今後、世界はどんどん荒れていくと。

 

「窮屈かもしれませんが、リヴァイアス殿が動かれ、より世界は混迷を極めます。私もあなたを常に守れなくなりますので……」

「……わかった」

 

 アリアは頷く。すみません、とテンリュウは頭を下げた。そのテンリュウに、ウィルが言葉を紡ぐ。

 

「リヴァイアスさんが動くというのは……」

「例の、『あれ』のテストだそうです。管理局の辺境部隊を叩くとか」

 

 テンリュウは言い、そして、空を見上げる。

 

「リヴァイアス・バルトマカリ……彼を、管理局は止められるのか」

 

 特に興味もなく、呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――第108魔導旅団。その編成がようやく終わり、召集が済んだ翌日だった。

 第80管理世界『へーメル』。そこに駐屯する辺境部隊より、救援要請が入ったのは。

 理事会はすぐさま旅団の派遣を決定。彼らは三隻の次元航行艦で、現場に向かうことになる。

 その、出発前。

 八神はやてが、旅団の隊員全員を集め、演説を行っていた。

 

「今回、召集に応じてくれてありがとうな。まず、最初にそれだけは伝えます」

 

 全員に聞こえるように言うはやて。

 集まったのは、陸、海、空の魔導師たちや、後方支援の局員たち。正直、連携には不安がある。

 そう、不安があるからこそ、はやては言うのだ。

 

「わたしたちは、管理局の名誉を背負ってここにいます。せやけど、そんなものは必要あらへん」

 

 ――俄に、ざわめいた。

 ここにいる者は、全員がこの旅団の意味を理解している。

 

『管理局の名誉を取り戻す』

 

 だというのに、必要ないというのはどういうことか。

 はやては、真剣な表情で言葉を紡いだ。

 

「その背中に『管理局』を背負ってる者は、今すぐここを立ち去りなさい。みんなが背負うべきなのは、そんなものやない。みんなが背負うべきなのは、『未来』や」

 

 はやては、言う。

 

「あの男の主張が間違っているとは、正直、言い切れへん。せやけど、管理局がなくなってしまったら、わたしたちは誰も守れなくなる。それだけは、認められへん」

 

 誰かを守るために。

 ずっと、戦ってきたはずだから。

 

「わたしたちは、どうして管理局に入ったんや? 民間の魔導師企業かてある。技術かて、管理局以外で振るうことはできる。それでも管理局を選んだのは、守るためのはずや」

 

 何故なら。

 死ぬかもしれない場所に入るのは、相応の覚悟が必要だから。

 管理局を選んだならば、その覚悟があるはずだから。

 

「人が初めて力を振るうのは、いつだって何かを守る時や。そしてここにいるみんなは、『誰か』を守れる力があるとわたしは信じてる。管理局のためじゃなく、大切な『誰か』のために戦おう」

 

 はやては、手を振るい、宣言する。

 

「第108魔導旅団――出撃や!!」

「「「おおおっ!!!!!!」」」

 

 管理局のためが悪いとは言わない。だが、今のこの時世では、それは難しいだろうから。

 だから、それよりももっと単純で、大切なものを。

 守りたいもののために戦うことを。

 それだけを――信じて。

 

 ――戦いが、始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 それは、異様な光景だった。

 八神はやての旅団に比べれば、数は劣る。だが、『それ』はあまりにも異常だった。

 同じ顔、同じ姿、同じ動き。

 一糸乱れぬその行軍には、寒気さえ覚えさせられる。

 

「…………」

 

 はやては、無言。目の前の『異常』に、言葉を失っていた。

 ――戦闘機人、そして人造魔導師。

 おそらく、人造魔導師のクローンを戦闘機人へと仕立て上げた、といったところか。

 

「兵団長。第二大隊が出陣しました。第一連隊は待機でよろしいですか?」

「……うん。まずは、相手の出方を見るよ」

 

 ファイムの言葉に、はやては頷く。まずは相手の意図を掴まなければならない。

 辺境部隊はすでに下がらせている。ここから先は、はやてたちの任務だ。

 

「グリス・エリカラン……戦闘機人を生み出してるのが彼なんやとしたら、ここでその力を見極める必要がある」

 

 言い方は悪いが、大量生産が出来るのならば尚更である。

 ファイムは、確かに、と頷いた後、はやてに問いかけた。

 

「では、兵団長。……ご命令を」

 

 すでに戦闘は始まっている。ヴィータが率いる第二大隊と、敵の戦闘機人の部隊の衝突だ。

 

「……わたしがファイムくんに下す命令は、二つや」

 

 はやては、迷いを称え、それでも尚強い瞳で言葉を紡いだ。

 

「……見敵必殺。わたしたちの行く道を邪魔する勢力は、みんなまとめて薙ぎ払いなさい」

「了解」

「そして」

 

 はやては、ファイムを見つめる。

 

「死ぬことは許さない。必ず、生きて帰ってくるんや」

 

 ファイムは、頷き。

 

「了解しました」

 

 空を、駆け抜けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 戦闘機人の厄介さは様々だ。

 そもそもが戦うための存在であるために基本的な戦闘能力が高いことや、固有スキルISなど、厄介な部分は数多い。

 しかし、ヴィータをして厄介だと思わせたのは、その能力ではない。

 

「こいつら……ッ! 感情がねぇのかよ!?」

 

 正確には、意志がない。

 魔法は全て非殺傷設定だ。しかし、砲撃などの放出系魔法ならばともかく、相手を直接叩くことになるベルカ式の技術は、どう足掻いても相手に傷を残すことになる。

 だが、こいつらは。

 ヴィータの一撃をくらい、砲撃をくらっても、こちらに向かってこようとする。

『退く』、ということをしないのだ。

 まるで……前に進むことしか知らないかのように。

 

「……いや、そんなことはどうでもいい」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを握り締め、前を見る。

 

「ぶっ叩いて蹴散らす。あたしのすべきことは、それだけだ!」

 

 指揮官として指示を出しながら、自身も前線へと出撃するヴィータ。そのまま彼女は、敵の戦闘機人を2、3人まとめて殴り飛ばす。

 その時。

 

「――――ッ!? アイゼン!」

《Ja》

 

 グラーフアイゼンが応じ、障壁が展開される。そこへ、ミッド式の強力な砲撃が叩き込まれた。

 

「ほぅ? 中々良い反応だ」

「テメェは……!」

 

 突然の乱入者を、ヴィータは睨む。

 ――リヴァイアス・バルトマカリ。

 ヴィータにとっては、一応、教導隊の先輩になる男。

 そのリヴァイアスは笑みを浮かべ、ヴィータを見据えた。

 

「小僧の言うところでは、こいつらはまだ試作段階。精々がAランク程度の力しかないらしい。故に貴様の相手など務まらん」

「それがどうしたんだよ?」

「俺様が相手をしてやろう、『鉄槌の騎士』。さあ、来るがいい。幾百、幾千、刻み続けてきたその力を見せてみろ!」

 

 ヴィータは、先制の一撃でその言葉に応じた。リヴァイアスは、はははっ、と笑う。

 

「さあ殺し合いだ! 貴様が殺すか俺様が殺すか! 答えはどちらだ『鉄槌の騎士』!?」

 

 力と力が衝突し、閃光が弾ける。

 戦いが、更なる段階へとシフトしていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 向き合う二人の間に漂うのは、和解など有り得ない、敵対の空気。

 ファイム・ララウェイ。

 グリス・エリカラン。

 いくつもの運命の悪戯が、二人の因果を構築した。

『緑風事件』。

『アンリミテッド・デザイア』。

『戦闘機人』。

 そして……。

 

「そういえば、キミも『オリヴェント式』の使い手なんだってねぇ?」

 

 グリスは笑みを浮かべながら、ファイムに言う。対し、ファイムは無言。

 グリスは、キャハハ、と笑った。

 

「命を使う……実にそそられるよ。言い換えればそれは『永遠』への道標だからさ。だからボクは、興味を抱く」

 

 命を使う術式。それは逆算すれば、『命を手に入れる術式』になりうる。

 だからこそ、グリスは興味を抱いたという。

 

「世界、って広いよねぇ? 世界征服、なんて子供っぽいんだけど、それでもボクはそれを望むんだ。だから、『命』が欲しい」

 

 両手を広げ、グリスは笑う。

 

「世界を手に入れるには、『永遠の命』が必要だ。死んで失うなんて、ボクは認めない。ボクは永遠に世界を所有する」

「……狂ってる」

 

 ファイムは、吐き捨てるようにそう言った。グリスは、笑う。

 

「古代からの人類共通の夢だよ? 否定し切れるの?」

「できる。お前は狂っている」

 

 そんなことのために。

 そんなことのせいで。

 どれだけの人を、傷つけてきたのか。

 

「お前は僕が止める。グリス・エリカラン。かつてお前を、殺した者として」

 

 そして、ファイムは彼のデバイスを起動する。

 

「『リンネクロウズ・ナイトメア』……セットアップ」

《Yes,set up》

 

 ファイムは、新たな姿を纏う。

 その手にははやてが手にする魔導の杖……『シュベルトクロイツ』と同型の杖が握られ、純白を基調としていたあずのバリアジャケットは所々黒が混じり、威圧感を醸し出すデザインとなっている。

 そして、その背には。

 正義を語る純白の翼ではなく。

 正義を捨て、己が想いに生きる証の、堕天の黒い一対の翼が宿っていた。

 これが、ファイムの新たな姿。

 彼の決意を、体現したもの。

 

「そんなに見たいのなら、見せてやる」

 

 足下に、『オリヴェント式』の魔法陣が展開される。

 

「グリス・エリカラン。お前はここで、僕が止める」

 

 

 その身に纏うは、堕天使の力。

 彼が愛する女性の姿と、力。

 

 ――夜を纏い、風が更に加速する。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。