かつて、言われたことがある。
「自分自身を大切にできない者に、誰かを守ることなどできはしない」
そんな、言葉を。
それは真実であり、きっと覆しようのない事実。
――けれど。
今更、生き方を変えることはできないから。
だから僕は、この言葉を紡ぎ上げる。
それが、自らの滅びへと向かう言葉だと……知りながら。
「――命を懸けて、守りたい人がいる」
――――◇ ◇ ◇――――
動揺が広がっていくのが、ありありとわかった。
――戦闘機人。
先の『ゆりかご戦役』でも猛威を振るったその存在が、再び。
対人の戦いであることは、覚悟していた。
そして、奇麗事では済まないことも。
だが。
意志なき人形のように迫ってくる戦闘機人たちを相手に、隊員たちはただ、戸惑う。
意志がないからこそ。
意志がないのに、向かってくるからこそ。
戦って、良いのか。
そんな、疑問が生まれる。
そして。
そんな迷いが許されるほどに……戦場は、甘くない。
◇ ◇ ◇
八神シグナムは、厳しい表情で戦場を眺めていた。相手は戦闘機人。しかも、スバルたちのような意志を持つ戦闘機人とは違い、意志なき戦闘機人だ。
そして、痛みも何も感じないからこそ、『退かない』。
魔力ダメージで完全にノックアウトしてしまうか、打撃などで文字通り動かなくなるまで手傷を負わせるしかない。
そう……威嚇が通じないのだ。
管理局の魔導師は、時として犯罪者と戦闘を行うことも数多い。しかし、相手は人間だ。故に、威嚇も通じる。
だが、それが通じない人形は、想定していないのだ。
魔導師とは、『不殺』を掲げるが故に。
「……殺す覚悟を持つ者は、存外、少ない」
シグナム誰にも聞こえないように一人呟く。戦う覚悟があっても、非殺傷設定という力を魔導が持つ故に『殺す覚悟』がある者は実はほとんどいないのだ。
それが悪いこととは言わない。だが、今この状況では『その事実』は邪魔にしかならないのも現実だ。
「我らが出れば……しかし、それでは何の意味もない」
シグナムは呟く。シグナムたちは最早、『それ』については割り切っている。敵である以上、ある程度は仕方がないと。
しかし、だからといってここでシグナムが敵を薙ぎ払えば、甘えが生まれてしまう。
それでは、意味がない。
主はやては、どうするつもりなのか……シグナムが、そう呟いた瞬間。
――光が、瞬いた。
山吹色の、まるで太陽のような光を纏うシューターが、戦場の一角で唸りを上げている。
決して強い魔法ではないようだが、その光は余裕を携え、しかし、容赦なく敵を薙ぎ払っている。
見覚えがあった。
戦技披露会にてかのクロノ・ハラオウン提督の相手として抜擢され、惨敗だという周囲の評価を覆し、ギリギリの惜敗を演じた天才魔導師。
「……『陽光』か。成程、確かに輝くものを持っている。何の躊躇も持ち合わせんか」
呟いたシグナムは、レヴァンティンの柄を強く握り締めた。
戦場が、色を帯びていく。
それは敵の質量兵器の光であり。
魔導師たちの、魔法の光でもあった。
◇ ◇ ◇
山吹色の光が……太陽の光が戦場を駆け巡る。容赦なく敵の戦闘機人たちを撃ち抜くシューターは、止まらない。
薙ぎ倒した数は約二十。普通ならば気落ちしていく現実を前に、ソラ・ウィンガードはふう、と息を吐いた。
「ヴィクトリア。シューター消そうか」
《おや、もういいのかい?》
「ちょっと疲れたからね~。いやー、しんどいわ」
《あははっ、言うじゃないか。そんなこと欠片も思ってないくせにさ》
ソラのデバイス『ヴィクトリア』が応じ、シューターが消える。ソラは、いやいや、と笑った。
「わたくしめは凡人にございますから?」
《あんたほどその言葉が嫌みになる人間もいないねぇ。それで、どうするんだい?》
「ん?……まあ、色々とね。俺もフォローしないといけないんだわ。器じゃないけど、隊長だし。一応ね」
ソラは肩を竦め、地面に降りる。
そこで待っていたのは、彼の率いる隊員たち。
「隊長……あなたは、躊躇いがないのですか?」
ソラの副官である、ソラよりも年上の魔導師が聞いてきた。ソラは、ああ、と呟く。
「敬語はいいですよ。先輩の方が年上ですし」
「…………」
「……睨まないでくださいよ」
ソラは苦笑。冗談と受け取られたらしい。だが、ソラは本気だった。
そもそも彼は年功序列を大切にする気質の人間だ。それ故に、年上の人間に敬語を使われると違和感しか感じない。
まあ、それはともかく。
ソラは、それなら、と言葉を紡いだ。
「先輩たちは何故躊躇するんですか?」
「何故、って……」
「命令ですよ? 戦うのは」
紅のバリアジャケットの尾をたなびかせながら、ソラは言う。
「わたしゃ、管理局から給料もらってますので。命令、ってか、与えられた仕事はきっちりこなしますよ。それが義理でしょ?」
「しかし、相手は人なのですよ?……隊長は、何とも思わないのですか?」
「死にたくないですから」
ソラは肩を竦め、現在は杖の形態を取っている『ヴィクトリア』を振るう。
――閃光。
まるで線引きでもするかのように、ソラと副官の間に溝が作られた。
「相手は殺しにきてます。俺は死にたくありません。理由なんてそんなもんでしょう」
「だが……」
「死にたくないから殺すんですよ。でももだってもねーんです。俺たちは、『殺せ』って命じられてんですよ」
戦え、というのは『そういう』意味だ。ソラ・ウィンガードは、それを割り切っている。
生きるも死ぬも、自らの責任。それは、相手さえもだ。
戦場に立つ、否、立ってしまって時点で、その生死に保証はない。
「ただ、嫌なら仕方ないです。退いてください。まあ、未熟者でも時間稼ぎくらいはできるでしょう」
《Blade Mode》
『ヴィクトリア』の形状が変化し、フェイトのバルディッシュのような魔力刃を持つ大剣が現れる。
「弱くても、まあ、なんというか。わたしも隊長なんで」
そして、ソラは地面を蹴り飛ばす。
あの線は、境界。
あれを越えれば、戦うしかないと――『殺すしかない』という現実を前にすると、そういうこと。
「ヴィクトリア。行くぞ」
《ははっ、いいね坊や。全力を出すのかい?》
「ねーな」
相対するのは、敵の一団。質量兵器の代名詞たる銃を携えた戦闘機人たち。
個々の能力は決して高くないが、数が多ければ苦戦する。
――もっとも。
常に余裕であることを信条とするソラは、この状況でも本気を出すことはない。
「4割くらいで、十全だろ」
《……ほんとあんた、『余裕』の意味をはき違えてるねぇ》
「わかってる。でもま、わたくしめにはこれしかできませんから」
おどけた調子で言い、そして、ソラは敵を見据える。
――狙いは、中央。
「疾風迅雷!」
《Jet Zanber》
かの『雷光の死神』フェイト・T・ハラオウン執務官と同じ掛け声と共に紡がれる、刃の一撃。それは違うことなく、敵を穿つ。
《Hammer Mode》
そこでソラは止まらない。ヴィクトリアを背後に回すと、その形状が再び変化。今度は、『鉄槌の騎士』八神ヴィータ教導官の持つグラーフアイゼンのような鎚へと姿を変えた。
そして、ソラが振り上げると同時に、その鎚が巨大化する。
「轟天爆砕!」
轟音が響き渡る。
問答無用の大質量による一撃。圧倒的な破壊力を誇るその一撃を前に敵の一団が壊滅寸前まで追い込まれ、そこへソラはトドメの一撃を叩き込む。
《Archery Mode》
ヴィクトリアが三度、姿を変える。魔力によって形成された矢をつがえるための、弓に。
「駆けろ! 隼!」
矢が放たれる。『エース・オブ・エース』と引き分けた『烈火の将』シグナム。彼女と同じ、一撃必殺の奥義。
――陽光が、敵を飲み込む。
築かれるのは、一片の慈悲さえもない死山血河。立っている戦闘機人は……いない。
《流石だねぇ、坊や》
「誰だってできるって、これくらい。本来の使い手の人たちなら一撃で事足りたレベルだ」
ソラは肩を竦める。そう、これが彼のスタイルである。
『他者の模倣』。
彼が天才たる所以は、その魔力量よりも『目』と『技術』にある。
魔法というのは理論である。論理で構築されるそれは、八神はやてのレアスキル『魔力蒐集』がそうであるように、習得には相応の努力が必要になる。
だが、ソラはその類い希なる観察眼により、見ただけで魔法の構造を理解し、それを最大で八割程度ではあるものの再現することができるのだ。
それは最早レアスキルと呼んで差し支えない能力だが、本人は敢えてこう言うのだ。
――『所詮は猿真似』。
凡人が、天才の真似事をしているだけと。
だからこそソラ・ウィンガードは『天才』でありながら、『凡人』なのである。
「ま、凡人は精々足掻かせてもらいますか。適当に」
《……あんたさ、嫌味だよ、それ?》
「客観的な事実だろーに。俺が天才であるなら、こんなことにはなってないだろーし?」
肩を竦める。そう。自分の限界は、一番自分がわきまえている。
人一人が、とは言わない。だが、自分にできることには限界がある。
だから。
だから、こうしているのだ。
ソラ・ウィンガードは、弱いから。
「なんにせよ、とりあえずのノルマは果たしたかね?」
《戦争にノルマなんてないよ、坊や》
「ま、お仕事だから。戦争だろーと教導だろーと……人殺しだろうとね」
そして、そろそろ一度下がるのもありかなー、などとソラが考えた瞬間。
《Protection》
ヴィクトリアが反応し、魔力による砲撃を障壁で防いだ。ソラは、うわー、と声を漏らす。
「奇襲? ありがと、ヴィクトリア」
《呑気だねぇ、坊や》
「常に余裕を、ってことで」
《まあ、いいさ。……さあ、お出ましだよ》
「できれば来ないで欲しいねー、こういうの」
《ほんと覇気がない》
「ないのはやる気だよ。……さて、妙なのが出て来たなこりゃ」
ソラは眉をひそめる。現れたのは、一人の男。
ただ、その姿は異質だった。
右腕と一体化した巨大な砲門。体の右半分を覆うどす黒いアーマー。
左半分だけ窺えるその顔は、あまりにも凶悪な色を宿した瞳を有していた。
「なんだあれ? ぶっちゃけキモいんだけど」
《……地が出てるってことは、本気で気持ち悪いんだねぇ。まあ、わからないでもないけどさ》
「で、あれ何よ?」
《一応、『ギレン・リー』って答えが出てるけどねぇ?》
「へー、そりゃまた面倒臭いな」
弓をダラリと下げた状態で、ソラはギレンを見る。
ギレンの目は鋭く輝きながら、しかし、どこか焦点が合っていなかった。……違和感。ちりちりと、妙な圧迫感が肌を刺激する。
「確か、カグラさんに潰された、って聞いてんだけど」
《目の前にいるんだ。是非もないよ、坊や。まあ、あの姿見てるとなんとなく予測はつくけれどねぇ》
「……どっちにせよ、貧乏くじかよ」
ソラは呟く。このレベルの使い手が何人もいるとは思えない。ということは、運悪く当たってしまったということだ。
わざわざ自分のような雑魚を潰しにくるなどということは、有り得ないだろうから。
「方針的には……時間稼いで援軍待ちか、隙みて逃げるか」
《軟弱だねぇ?》
「わたくしめは凡人にございます故」
そして、ソラの刃たるヴィクトリアの姿が変わる。
《Scythe Mode》
巨大な大鎌。フェイトの『ハーケンフォーム』のそれに似た武器を、ソラは構える。
そして。
「ハーケン……セイバーッ!」
振るわれた刃より放たれた光刃が、空を駆ける。かの『雷光の死神』フェイト・T・ハラオウン執務官と同じその魔法は、しかし。
「ブラストカノン!」
《Blust Cannon》
放たれた砲撃によって消し飛び、ソラは、いっ、と声を漏らす。
迫り来る砲撃。ソラは飛翔し、それを避ける。
そんなソラの様子を受け、ギレンがはははっ、と笑った。
「凄ぇ力だ……ははっ、今なら、誰だろうと負けやしねぇ!」
吹き荒れる魔力。ソラは、うーん、と呟いた。
「キツいなぁ、これ。逃げたくなってきた」
《何言ってんだい、坊や。まだ実力の半分程度しか出してないだろうに》
「いやいや、これがわたくしめには限界でございますよ?」
《……来るよ坊や!》
ソラの言葉に応じず、警告を飛ばすヴィクトリア。
――轟音。
咄嗟に張った障壁で何とか防いだが、衝撃に腕が震える。
「はっはぁ! 吹っ飛べクソガキ!」
「――――ッ!?」
硬直の一瞬、その間に距離を詰めてきたギレンが、零距離で砲撃を叩き込んできた。
ソラは受け止めきれずに吹き飛ばされ、地面をニ、三回、バウンドし、ようやく止まる。
《ちょっ、坊や!?》
「…………ッ!!」
ソラは歯を食いしばって起き上がる。
油断をすると、意識を持って行かれそうだった。
そして。
「あははっ! かかってこいよ!」
「……っとに、だから言ったんだよ」
ソラは起き上がりながら、呟く。
「隊長なんて、貧乏くじだって。だから、嫌だったのに。器じゃねーんだよ」
口調が荒れる。苛立ちが募る。
こんなものを相手に、どうしろというのだ。
《だけど、やるしかない。ねぇ、坊や?》
「おっしゃる通り」
苦笑するソラ。彼はしかし、それでも全力を出すには至らない。
出さないではなく。
出せない、だから。
――ドクン。
心臓が高鳴る。それを、ソラは恐怖故と受け取る。
その解釈が間違っているとは、知らずに。
◇ ◇ ◇
「らああっ!」
振り抜かれる鉄槌。普通なら避けることを目指すべきそれを、リヴァイアスという男は敢えて受けて立つ。
「ふん!」
振り抜かれる、リヴァイアスの戦斧。それは、ヴィータの一撃と衝突する。
衝撃波が舞い、続いて音が届く。
まるで雷鳴のようなその音が轟き、二人は弾かれる。ヴィータは舌打ちし、リヴァイアスは笑っていた。
「楽しい! 実に楽しいぞ『鉄槌の騎士』! 『紅の鉄騎』! 愉快だ! ただただ愉快だ! やはり世界は広い! 古代ベルカ……大乱時代を生き抜くその力、正に無双! 我が敵に相応しい!」
「うるせぇ! 戦闘狂が!」
ヴィータは叫び、シューターを放つ。リヴァイアスもそれに応じ、シューターを放ちながら、ならば、と叫んだ。
「貴様は心躍らぬと言うのか!? 己が刃が敵を穿たんと唸り! 敵が刃が己を切り刻まんと唸るこの戦いが! この血戦が! 我らは刃だ! 戦い以外に何を見い出せる!?」
轟音。直撃はない。だが、互いの武器がぶつかり合う衝撃は、確かに互いの体へとダメージを与えていた。
しかし、互いに退くことはない。
退けない理由が――ある。
「テメェと一緒にすんじゃねぇ! 相手傷つけんのが楽しいわけねぇだろうが!」
「ほう!? ならば何故戦う!? 何故刃をとる!? 何故貴様はここにいる!?」
「そうしなきゃ守れねぇからだ! あたしらは、守るために戦ってんだ!」
「詭弁だぞ紅き騎士!」
リヴァイアスが、吠える。
「貴様は! いや、貴様たちは矛盾している! 守るためだと!? ならばそのために他者を踏みにじるのが正義か!? それはエゴとは呼ばぬのか!? 貴様たちの正義など紙切れ同然! 薄いのだ! 薄氷の如く! 踏めば砕けるものに、どれほどの価値がある!?」
「うるせぇ! だったらテメェはどうなんだ!」
「『だったらテメェはどうなんだ』!? ふん、知れたことよ! 俺様は俺様を正義などとは思っておらん! 俺様は異端なのだ! 異質なのだ! 我らが宗主は自らを正義と謳うが! そんなものに興味などない! 正義を名乗るに値するは『銀月』であり、俺様ではないのだ! 俺様は時代にも世界にも疎まれる異端よ!」
リヴァイアスは、だからこそ、と吠える。
「俺様は欲するのだ! 俺様が存在してもよい理由を! 証を! 人を引き裂き、人に狩られる狩人たる俺様が存在を許される場所を! 力のみが絶対たる戦場を! 俺様が死ぬに値する、死山血河の地獄を! 戦場でしか俺様は生きられぬ! しかし管理局は戦場が生まれることを許さない! ならば俺様はどうなる!? 戦いしか生き方を知らぬ俺様は!? 野垂れ死ねとでも言うのか!?」
「だから、テメェはこんなことをすんのかよ!?」
「そうだ! 俺様は戦いを望む! 戦場を欲する! もっと、もっとと! 何処かに、更なる死に場所があるはずと! 異端にして異質たる俺様を殺すために世界が用意せし場所があるはずだと!」
二人の距離が開く。ヴィータは、ふざけんな、と言葉を紡いだ。
「異端だとか異質だとか言ってるけどな、要は死にてぇんだろ!? だったら勝手に死にやがれ! あたしたちを巻き込むな! 首吊るなり腹切るなり、自分で勝手に死にやがれ!」
「……成程、貴様もそう言うのか」
初めて。
そう、初めて。
リヴァイアス・バルトマカリという男は、微笑を浮かべた。
嘲笑うような笑みではなく。
どこか哀しげな、淡い笑みを。
「――だが、そんなものは願い下げだ!」
しかし、すぐさまいつもの彼の顔つきに戻る。
壮絶で。
破壊的で。
狂瀾に酔いしれる顔に。
「確かにそれならば死ねるだろう! たが、『そんなもの』は願い下げなのだ! 俺様は自らの価値が欲しいのだよ! 戦場に生きた証が! 意味のある死が! 狂おしく愛おしく欲しいのだ! 無価値な死など願い下げだ! 俺様は俺様が死ぬ理由が欲しいのだ! 故にこそ戦場を求める! 世界が朽ちようが果てようが! 管理局が滅びようが消えようが! そのようなことに興味はない! 『銀月』は俺様に、俺様が果てるべき戦場を与えると言った! 地獄を見た男が言うのだ! 絶大なる力を持つあの男が! 故にこそ俺様はついていく! 『銀月』ならば! 俺様が死ぬに相応しい戦場を見つけてくれるであろうから!」
「だったら!」
ヴィータは叫び、グラーフアイゼンを振りかぶる。
「今ここが、テメェの死に場所だ!」
「ほう! 吠えたな『鉄槌の騎士』! ならば俺様を殺してみよ!」
二人の魔力が渦を巻き、大地を砕く。
「「フルドライブ!!」」
同時に二人が叫び、限界突破の力を纏う。
互いに冠するは、ベルカの騎士。
――故に。
妥協はない、一撃必殺の意志が大気を穿つ。
「轟天爆砕!」
「撃滅!」
力と力。
あまりにも単純な戦いが、展開される。
騎士であるが故に。
ただその一撃を以て、叩き潰すために。
「ギカントシュラーク!!」
「レクイエム・ロンド!!」
――轟音。
最早大気を揺らすどころか、この空を砕きかねない音が響き渡った。
叩き潰さんと鎚を振り下ろしたヴィータと、返り討ちにせんと戦斧を振り上げたリヴァイアス。
そして、決着。
……パキン。
何かが砕けた音。
いや、『何か』というのはおかしい。この状況において、砕けるものなど決まっている。
「アイゼン!?」
「……ベルセウス」
二人が、それぞれ相棒の名を呼ぶ。
結果は、互角。
互いに互いの刃を破壊する、というのが結論だった。
そして。
そこからの決着もまた、訪れる。
「はあっ!!」
裂帛の気合いと共に放たれたのは、純然たる拳。それはヴィータの腹をとらえ、華奢な体躯は吹き飛ばされる。
「かっ……!?」
何回か地面をバウンドしたヴィータは、呻き声を漏らす。リヴァイアスは、ふん、と息を吐いた。
「紙一重だったな、『鉄槌の騎士』。僅かに一手。それが、貴様の敗北の理由だ」
相棒が砕けた時、冷静でいた者と、いられなかった者。
それが、リヴァイアスとヴィータの差だった。
「テメェ……!」
ヴィータがリヴァイアスを睨む。リヴァイアスは、ふん、と鼻を鳴らした。
「貴様は俺様の死ではなかったようだ」
「…………」
闘志衰えぬ瞳。それを、リヴァイアスは一笑に伏し、踏みにじる。
「敗者は死ぬ。それが、ルールだ」
無慈悲な足が、ヴィータに向かって叩きつけられた。
――グシャリ。
鈍い音と共に、血が飛び散る。リヴァイアスは、物言わぬ『それ』に背を向けた。
「さて、潮時か。……俺様の死は、何処にある?」
その呟きは、妙に冷めていた。
◇ ◇ ◇
今更、言葉を交わし合う気などなかった。
互いの信じるものに大きな隔たりがあることは理解していたし、説得が通じる相手とも思えなかった。
――何より。
相手は、グリス・エリカランは、生かしておくにはあまりにも危険が過ぎる。
「一点突破」
フルドライブ状態……新たな姿である堕天に身を落としながら、ファイムは魔法を紡ぐ。
「ウインドバスター」
《Wind Buster》
翡翠の閃光が空を駆ける。グリスは笑みを浮かべ、それを防ぐと、成程、と呟いた。
「それがキミの本質なんだねぇ? 冷酷に、冷徹に、機械的に。ただただ、敵を叩き潰す。憎しみを抱けば抱くほど、キミは機械的になるみたいだ」
――流石、戦争を知るだけのことはある。
グリスは、くすくすと笑った。それが、あまりにも不快だった。
グリスは、だけどね、と言葉を紡いだ。
「キミはボクを憎んでる。でも、どうして? キミに対してボクは何かをした記憶はないし、キミはどうしてボクに対してそこまで憎悪を抱けるの?」
「フェザーショット」
返答は、羽の矢だった。雨のように降り注ぐそれを、グリスは何とか避けてみせる。
そうしながら、言葉を紡ぎ続ける。
「許せないから? 何故? キミは何の被害も受けてない。倫理? 正義? 笑わせるよ。それはキミから最も縁遠いものじゃないか」
グリスは、尚も言う。
「興味が出たからさ、色々調べさせてもらったよ? キャハハ♪ 想像以上にキツい人生送ってるねぇ?」
だからこそ楽しいのだけれど、とグリスは言った。
「キミは理解してる。倫理も正義も愛情も正論も、最後にはゴミ以下の屑になるって。だって、キミはそれを何度も何度も見てきたから。そんな場面を、繰り返し見せられてきたから」
ファイムの目が細まる。グリスは尚も、くすくすと笑っている。
「理由なんて、意味を持たない。意味を持つのは力だよ。力があれば、どんな暴論も極論も押し通る。正当性など二の次三の次。そして、それを知るキミが今更、倫理やら正義やらでボクを憎悪するのは有り得ない。そこまでキミは人間らしくない。なら、何故か」
「ウインドバスター」
グリスの言葉を遮るように、魔法が紡がれる。グリスはそれを障壁で難なく防ぐと、指を鳴らした。瞬間。
狂人の姿が……歪んでいく。
(幻術……!)
ファイムは内心で舌打ち。グリスの言葉は、尚も続く。
『ボクとやってることはそんなに変わらないのに、キミはドクターを憎悪していない。キミをそんな姿にしたのがドクターだって考えれば、むしろそちらを恨んで然るべきなのにね?』
声が反響し、位置が掴めない。やり合ってみて、わかった。グリス・エリカランは、『逃げ』に特化した魔法を使う魔導師だ。
所謂攻撃のための魔法を使わず、強固な守りと幻術による幻惑でこちらを惑わしてくる。
そこに言葉を加えた搦め手――それが、グリス・エリカランの戦い方。
『けれど、現実に憎まれてるのは、やっぱりボク。キャハハ♪ なんでかなぁ? おかしいなぁ? でもね、答えは思いの外簡単だったんだよねぇ』
不快な笑い声。それが、神経を逆撫でする。
そして、グリスは言葉を紡ぐ。
『要は同族嫌悪なんだね? キミとボクは、『同じ』なんだ』
笑い声。想像以上に不快なグリスの言葉に、ファイムの眉がつり上がる。グリスは続けた。
『目的も性格も、おおよそ人としてのほとんどが違うけど、根本は『同一』。キミもボクも、『たった一つの願いのためならば、たとえどれだけの犠牲を出そうと構わない』。その犠牲を外に求めたボクと、自分自身に求めたキミの違いこそあれ、ね』
くすくすと、耳元で笑い声が囁いた。ファイムは薙ぎ払うように裏拳を放つ。
空気が抜けたかのような音と共に、グリスの幻影が一つ、消え去った。
『認めなよ。ボクだって、キミみたいなのと『同じ』なんてのは不快でしかないけどさ。それは紛れもない事実なんだから』
八神はやてを守るために、あらゆる犠牲を払うと決め、命さえも犠牲にしてきたファイム。その以前も彼は、管理局を正義とするために多くの犠牲を支払ってきた。たった一つの目的のために。
世界が欲しいと口にするグリスは、これまでにそれの実現を目指して数多くの犠牲を生み出してきた。リューイやミリアムなどは、ほんの一例に過ぎない。世界、という途方のない目的のために彼が犠牲にしてきたものに、優劣はなかった。
成程、確かに。
この二人は、同じなのかもしれない。
ただ、その向かう先はあまりにもかけ離れているが。
『だからこそ、興味がある。『オリヴェント式』……『運命を変える力』。そんなものに縋ってまで、キミは何を望むのかが』
「……ぐだぐだと長ったらしい話をするかと思えば、そんなことを聞きたかったのか」
呆れた、とでも言わんばかりにファイムは息を吐く。
何を願うかなど。
何の為なのかなど。
すでに、決まっている。
「お前に答える義理はないが、いい。答えてやる。……大切な人がいる。僕はただ、その人に幸せになってもらいたいだけだ」
優しいあの人に。
笑っていて、欲しいから。
「僕は影だ。闇だ。本来なら、太陽であるあの人の前に現れるべきじゃなかった。でも、出会ってしまったから。だから、僕はあの人の幸福だけを願う。後、2、3年の命? 上等だ。僕があの人の日常を狂わせている。なら、喜んで死んでやるさ。あの人が日常を取り戻し、太陽になれるなら」
きっと、本当は出会うべきではなかったのだ。
しかし、出会ってしまった。愛してしまった。
そしてそのせいで、管理局の闇に巻き込んだ。
管理局のピエロの役は、自分一人で良かったはずなのに。それなのに。
彼女にまで、背負わせた。
彼女の日常に、闇を落としてしまった。
――だから。
だからこそ。
『……気持ち悪い覚悟だね。わかってるの? 死ぬんだよ? 自分がいなくなるんだよ?』
「何を躊躇う必要が?」
ファイムは、言い捨てる。
己の命など、もういいと。
「覚悟なんて、定まってる。力がなくても。弱くても。愚かでも」
ファイムは胸を張り、あまりにも悲しい決意を口にする。
「はやてさんの幸福が、僕の幸福なのに」
そこで、グリス・エリカランは、不覚にも言葉を失った。
己のことしか考えない、彼だからこそ。
あまりにも『それ』が、歪に見えた。
――ファイム・ララウェイ。
根本が『同じ』である彼。だが、ファイムは『違う』。
彼が過ごしてきた日々は、それほどまでに多くのことを彼に諦めさせてきた。
はやてを想う。そう言えば聞こえがいい。だが、ファイムのそれはあまりにも異質。
まるで、自分のことなど欠片も考えず。
いや、むしろ。
自己を愛するという概念が、丸々消えてしまっているかのようだった。
敗北。
逃亡。
限界。
隷属。
理不尽。
不条理。
その全てに屈してきたからこそ。
ファイム・ララウェイは、これほどまでに。
これほどまでに――行き着いてしまったというのか?
《Break》
世界が、砕ける。
空が割れ、大地が割れ、グリスが形成していた幻は消え去る。
――ジャリッ。
砂を蹴る音。グリスが、後退りした音だ。
今のグリスをそうさせたのは、紛れもなく。
恐怖と、そう呼ばれるものだった。
「お前を生かしておくつもりはない。グリス・エリカラン」
「……何度殺しても、ボクは蘇るよ?ボクの魂がある限り」
「なら、砕いてやる」
ファイムはヒュンヒュンという風切り音を響かせながら杖を振り回し、グリスに狙いを定める。
「殺しても蘇るなら……殺し尽くすだけだ」
グリス・エリカランは、初めて『それ』を感じた。
天才である彼には、今まで一度もなかった疑問。
――『こいつ』は、『何』だ?
◇ ◇ ◇
正直、荷が重かった。
自分は『エース・オブ・エース』たちのように才能に溢れているわけではない。
……天才?
そんなもの、周りが勝手に言っているだけだ。時間をかけて、それなりに経験を積んで、誰にでもできることを積み重ねてきただけだ。
誰が何と言おうと、それは決して変わらない。
だから。
この状況は、どう考えても荷が重過ぎる。
《来るよ坊や! 備えな!》
「ッ、くそっ!」
ソラ・ウィンガードは吐き捨て、障壁を張る。そこに砲撃が着弾し、火花を散らす。
――ドクン。
心臓が高鳴る。マズい、そう感じた瞬間、ソラはその場から退避。瞬間、障壁が食い破られる。
「ははっ! 柔ぇ! 柔ぇぞクソガキ!」
「…………ッ!?」
放たれる弾丸の嵐をソラは障壁で防ぐが、それは時間稼ぎにしかならない。すぐさま障壁は食い破られる。
ソラのデバイス『ヴィクトリア』によれば、ソラとギレンの魔力量に大きな差はない。むしろ、単純な量ではソラが上回っているという。
なのに、ソラの力は何一つ通用しない。魔力量で勝敗が決まるわけではないが、しかし、魔力量で勝っているはずのソラがいとも簡単に障壁を破られるのは、いくら何でもおかしい。
――ドクン、ドクン、ドクン。
焦りか。それとも別の何かか。心臓が、早鐘を打つ。
《坊や! いつまで手を抜いてるつもりだい!?》
耐えかねたようにヴィクトリアが叫んだ。ソラは、ギリッ、と歯を食いしばる。
「俺は全力だよ! あんなの相手に手ェ抜けるはずがないだろ!?」
(なっ……嘘を言うんじゃないよ! あんたの保有魔力であの程度の力なわけがないんだよ!)
「嘘じゃねぇよ! 俺だってわかんねぇんだよ!」
いつもの余裕を消し去り、ソラは叫ぶ。
そう、全力だ。全力のはずなのだ。
空を駆ける、『陽光』の煌めき。それに偽りなどないはずなのだ。
なのに。
届かない。
あまりにも、遠い。
「はっはぁ!」
耳障りな笑い声。ソラは、魔法を紡ぐ。
たがそれは、幾度放とうとも届かない。
――ドクン、ドクン、ドクン。
「くっ……!」
《Magic Mode》
ソラのバリアジャケットの形が変わる。
物語に出てくる魔法使いのような佇まい。それは、大威力の魔法を紡ぐための姿。
「遠き地にて、闇に沈め――」
魔力が集中。世界が歪む。
魔法使いのような帽子を目深に被り、ソラは魔法を紡ぎ出す。
高速詠唱と、威力の弱化。それにより、大魔法の発動を極限まで早くする。
――ドクン、ドクン、ドクン。
高鳴る心臓。ソラは、覚悟を決める。
地面を蹴る。砲撃とシューターの嵐の中を駆ける。駆けていく。
被弾は数発。僥倖だ。
「あぁ!?」
ギレンが目を丸くする。ソラは、その眼前に杖となったヴィクトリアを突きつけた。
「ディアボリック・エミッション!」
広範囲殲滅魔法。近距離からの、回避不可の一撃。
ソラは大きく退避。ヴィクトリアが、蒸気を噴き出す。
《colding》
「やったか?」
《どうかね? あたしの予測通りなら――》
「―――――ッ!!」
一筋の閃光がソラを襲った。ソラは咄嗟にガードするが、耐え切れずに弾き飛ばされる。
「クソガキィィィイイッッ!!」
ギレンの右腕に高密度の魔力が集中する。ソラは、瞬時に悟った。
あれは――ヤバい。
《……マズいね。坊や!》
「なんだよ、ヴィクトリア」
《今の坊やじゃあれは防げない! 退くよ!》
「……できれば、そうしたいんだけどねー」
ソラの口調が、いつものものに戻る。
余裕を持ち、飄々と。
あの空に浮かぶ雲のようになろうとして形成されたものに。
「なんというかさ、ほら、わたしは隊長ですから」
自らを『わたし』と呼び、適当な敬語を使う時。
ヴィクトリアの主は、自らを偽る。
「期待されても応えられないし、できることなんて知れてるけど。兵団長が……総大将が、わたしにここを任せたわけで」
ヴィクトリアを構える。心臓が高鳴る。足が震える。
しかし心は、定まっていた。
「だったら、死んででも仕事しなくちゃならんのですよ。あの人を総大将と戴いた以上は」
《待ちな坊や! それは――》
「『これ』を『覚悟』と、呼ぶんじゃないのか?」
そして。
ソラは、自身の全力を以て――思う限りの全力を込めて、砲撃魔法を紡ぎ上げる。
「一閃必中」
「死にさらせっ!」
二人の魔法が、大気を駆ける。
「ディバインバスター!!」
「ヘルカノン!!」
温かささえ感じる『陽光』の光と、在り方を歪められ、どす黒くなった光が衝突する。
力と力の衝突。
だが……結果は明らかだ。
「くうっ……!?」
じりじりと、ソラが押され始める。諦めが、ソラの脳裏を過ぎる。
――ドクン、ドクン、ドクン!!
だが、高鳴りは止まない。諦めに対する恐怖?
いや、そんなはずはない。
ソラ・ウィンガードは、割り切り、全てを天秤にかけてきた人間だ。
諦めに対し、躊躇など――
「あぁ!?」
不意に、ギレンが声を上げた。見れば、ギレンに向かっていくつもの砲撃が放たれていた。ギレンはそれを避けるため、砲撃を止める。
援軍。しかも、あれは。
「隊長!」
ソラの、部下たち。
「遅れて申し訳ありません。覚悟を定めるのに、時間がかかりました」
――ドクン。
「我々は戦うために来ました。それを忘れて、いや、覚悟していませんでした。しかし、あなたが決めさせてくれた」
――ドクン。
「援護します。参りましょう、隊長」
自分より遥かに経験を積んでいるはずの副官は、そう言い切った。
嗚呼、とソラは思う。
ここでなら。今なら。
「ヴィクトリア。『あれ』、出そうか」
《……いいのかい、坊や?》
今この時ならば、きっと。
「恥ずかしいけどさ。完成してないし。できるかもわからないしねー。でもさ、ここでやらなきゃ男じゃねーでしょ?」
変わらず、不遜を演じながら。
しかし、少年の目は本気。
ヴィクトリアは、了解、と頷く。
《見せてみな、坊や。あんたの本気》
「わたくしにできるかどうか」
おどけ、そして。
『陽光』が、煌めく。
《Full drive,Mode “Blade Master”》
暁の光をその身に纏い、顕現するは一人の剣士。
少年が昔、本当に昔に憧れ、しかし、捨ててしまった夢の残滓。
「…………」
上半身は、限りなく装甲を薄くし、最早黒い、肌に吸いつくようなアンダーだけ、腕はグローブ以外に何も着けておらず、晒されている部分の方が多い。
対照的に、腰には甲冑が装着、その上からは紅の衣が巻かれ、風にたなびいている。
そして腰には、二振りの、通常の剣の七割程度の長さしか持たない双頭の剣。
刃がない、殺意を消したそれは、殺すのではなく制圧するという意志表示。
――ピシッ。
不意に、腰の鎧に亀裂が入った。ソラは、ちっ、と舌打ちする。
『ヴィクトリア』――多様な形態を持つ、試作の新世代デバイスだ。様々な機能が追加されている反面、酷く脆くなってしまっている。
ソラは単なる耐用時間の問題と思っているが、違う。ソラの全力――フルドライブ時の魔力が大き過ぎるためだ。ただでさえ他のモードに比べて耐久力を下げた仕様であるため、尚更なのである。
故に、許されるのは一撃のみ。
「……正直、この技名あんまり好きじゃないんだけどな」
《おや、カグラの名付けは不服かい?》
「格好付け過ぎなんだよ。まあ、でも」
ザリッ、という音を響かせ、ソラは構える。二本の剣を右側へ回し、腰を落とす。
「――いいか、今は」
――ドクン!!
一際高く鳴り響く心臓の音。今なら、この瞬間なら。
ギレンは、隊員たちが足止めしてくれている。
「ただ、叩きのめす」
――だんっ!
ソラは、思い切り地面を踏み締める。
――だんっ、だんっ、だんっ!!
二度、三度、四度。
タイミングを図る。
そして、踏み込もうとした瞬間。
《坊や!!》
「――――!!」
ソラは全力でその場から飛び退いた。直後、先程までソラのいた場所に、いくつもの弾丸が降り注ぐ。
そう、弾丸。掛け値なしの、質量兵器。
その弾丸は、ギレンの下にも降り注ぐ。隊員たちは飛び退き、ギレンは、ただ空を見上げていた。
弾丸を……その身に受けながら。
「ギレン・リーさん。撤退命令です」
現れたのは、一人の女性。白衣の上から両腕に何やら機械仕掛けのアーマーを纏い、周囲には四機のユニットが浮遊している。
いや、六機だ。ソラを狙い撃ったらしい二機のユニットが、女性のところへ戻っていく。どうやら、自動で動くよもののようだ。
「制限時間も過ぎています。……帰還を」
「ちっ」
ギレンは舌打ち。制限時間というものが何かはわからないが、とにかく。
(――逃げられちまう!)
それは避けなければならない。この状況で奴を取り逃すのは、部下たちに悪い。
それに、捕らえるのが仕事だ。
「一撃必殺!」
《待ちな坊や!》
ヴィクトリアの制止を振り切り、前へ。こちらに気付いた女性が、ユニットを四機用いて壁を作る。対し、ソラは渾身の一撃を放つ。
「我流極星『流れ星』!!」
振り抜かれる二振りの刃。名付けられたその名は、とある世界の言い伝え。
曰く、それに願えば願いが叶う――。
「――――」
流れたのは、二つの流星。
太陽の光たる陽光を纏いて駆け抜けたそれは、ユニットを全て粉砕する。
だが……届かない。
――パキィィイン――
何かが砕ける音。ヴィクトリアが、二振りの刃が砕けていた。腰の鎧も、砕け散る。
足りなかった。
機を逸したが故に、踏み込みが足りなかったのだろう。
……いや、違う。
力が……足りなかった。ただ、それだけで――
「…………」
女性が懐から何かを取り出す。魔法を封じ込めたガードだ。
その女性はすぐさまそれを起動。魔法陣が展開され、二人の姿が消えていく。
止める力は、ない。
「……すまん、ヴィクトリア」
《謝られるようなことかい? あたしの機能不足さ、こんな結果はね》
「そうか」
《それより……いや、いいよ》
ヴィクトリアは言葉を切る。ソラは彼女を待機モードに戻すと、ふぅ、と息を吐いた。
――そして、地面を蹴る。
不完全燃焼。妙なしこりが残る……結末だった。
◇ ◇ ◇
桜色の砲撃が、戦場をねじ伏せ。
それを合図に、シグナム率いる連隊が突撃を開始する。
大局は、決した。
そしてそれは、こちらもだ。
「お前たちの負けだ」
「そうみたいだねぇ? ふーん、思ったよりやるもんだ♪」
キャハハ、とグリスは笑う。その体は、ファイムのバインドによって磔にされていた。
グリスはしかし、笑っている。当然だ。殺しても、彼には代わりとなるクローンが用意されている。
しかも、スカリエッティの時のようには所在がわからない。
「捕まえたところで、ボクは自殺を選ぶ。八方塞がりってのは、こういうことだね?」
「言ったはずだ。殺し尽くすと」
そして、ファイムは杖を構える。
魔力を纏い、そして、風を纏う杖。暴風を閉じ込めたそれは、一撃で五体を吹き飛ばす。
ストラグルバインド――魔力結合を阻害するバインドで縛られたグリスに、抗う手段はない。
「『オリヴェント式』――定められた死の運命を早め、それを代償に何かを成す力。キャハハ♪ でも、それじゃだめだ。その程度じゃ、『聖人』も『唯一人からなる無敵の軍勢』も倒せない」
「…………」
ファイムは、最早暴風の槍となった杖を振りかぶる。
「止めてみなよ。できるなら」
「言われずとも。――ストームライン」
放たれた杖はグリスに突き刺さり、暴風を解き放つ。
穿たれた者は、微塵さえも存在を許されない。
「『聖人』と……『唯一人からなる無敵の軍勢』。少し、繋がってきた」
グリスを殺したそのままに、ファイムは呟き。
そして。
「……勝つために、僕は――」
その呟きの先は、彼にしか聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
「……殺されるのも、楽じゃないんだけどね」
新たな体で復活したグリスは、彼しか知らないその場所でキャハハ、と笑い声を上げる。
「まあ、いっか。収穫はあったしねぇ? キャハハ♪ さあ、本番だ♪」
止まらない笑い声が、いつまでも続く。
たった一人の、狂人の笑い声が。
ずっと、ずっと響いていた――……