魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

33 / 59
第二十三章〝最強が生まれた理由〟

 

 第108魔導旅団の初陣は、勝利だった。

 死者が出ることもなく、重傷だったヴィータも一週間程度で回復するレベルで、実際、今はもう意識を取り戻している。

 しかし、戦いが終わればそれで終了というわけではない。事後処理や引き継ぎなど、やることは山積みである。

 だがそれもようやく一段落が着き、はやてはうん、と背伸びをした。それを見ていたファイムが、お疲れ様です、と言葉を紡ぐ。

 はやてには様々な思惑が入り乱れた結果として本局と地上に部屋が与えられた。今回は地上の執務室で、資料の整理をしている。

 また、旅団のメンバーが寝泊まりする場所も地上にある。もっとも、人数が人数であるため、いくつかある寮に住み分けているのだが。

 ちなみに旅団用の司令部はゲンヤ・ナカジマが率いていた陸士108部隊のもので、はやてに与えられた部屋というのはゲンヤが使っていた部屋である。

 

「うん。ファイムくんも手伝ってくれてありがとうな?」

「いえいえ」

 

 ファイムは微笑む。はやてはもう一度ありがとう、と言うと、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女はこれから、外回りだ。お偉いさんを納得させるのが一番労力を使う仕事だというのは、いつの時代も共通する事項である。

 

「わたしは行くな? ヴィータにごめんて言うといてくれるか?」

「了解です」

 

 ファイムは笑う。ファイムの方は、午後から休みだ。それもあり、ヴィータと目を覚ましたというリューイ、ギンガの見舞いに行く予定だった。ちなみにゲンヤは……まだ目を覚ましていない。

 はやてはありがとう、と言葉を紡ぐと、立ち上がったファイムに歩み寄った。

 そして。

 ――唇同士が重なる。

 不意打ちだった。流石のファイムも目を白黒させる。

 はやては唇を離すと、自身の表情を隠すようにファイムの胸に額を押し付けた。

 

「……今は、これくらいしかできひんから」

「はやてさん……」

 

 ファイムははやてを優しく抱き締める。そうして、穏やかに時が流れ。

 

「…………?」

 

 不意に、はやての手がファイムのネクタイに伸びた。ファイムが疑問符を浮かべたその次の瞬間。

 

 ――ギリッ。

 

 思い切り締め上げられた。ファイムは、はやてさん、と呻くように言葉を紡ぐ。そんなファイムにはやては聞いたよ、と呟きを零した。

 

「朝……自分の吐いた血で溺れてたんやってな?」

「う……誰、から?」

 

 今も吐きそう。そんな言葉を飲み込みながら、ファイムは聞いた。はやては、リィンからや、と言葉を紡ぐ。

 

「朝、呼びに行ったら寝てる間の吐血で溺れてた、って」

「…………」

 

 ……口止めしたのになぁ。

 その言葉も、飲み込む。

 

「なんで、黙ってるん?」

「……心配をかけたくなかったので」

「心配するに決まってるやんか!」

 

 はやては、怒りとやるせなさを内包した瞳でファイムを睨んだ。

 

「わたしが、ファイムくんに無理させてる。そんなわたしが、何で、ファイムくんが苦しんでることを知らへんのや!」

「……はやてさんのせいではありませんよ」

 

 ファイムは、優しくはやての手を握る。

 

「これは、僕が弱いから。だから、はやてさんのせいではありません」

 

 弱いから、こうなっているのだ。それを他者に背負わせる気はない。

 だがはやては、それが気に入らないらしい。

 

「話して。お願いやから。何も知らへんのは、本当に怖いんや」

 

 はやては言う。涙を溜めた瞳で。震える声で。

 

「何も、何もできひんかもしれへんけど。ファイムくんに『死ね』って命令してるわたしに、そんな資格ないのかもしれへんけど。それでも」

「……わかりました」

 

 ファイムは、頷く。そんなファイムにはやては微笑み……ファイムは、はやての唇を奪った。

 自己嫌悪を、感じながら。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 地上本部お抱えの病院で、ファイムはその人物に出会った。珍しい顔だ。向こうもこちらに気付くと、笑みを浮かべてくる。

 

「あ、ファイムさんもお見舞いですか?」

「うん。リューイたちに。ソラも?」

「先輩ですしねー。暇でもありますし?」

「ソラらしい」

 

 ファイムは微笑む。ソラ・ウィンガード――彼は彼自身が認めてしまうような『腹黒』だが、それはあくまで万一の時のための根回しであり、敵に回さない限りはむしろ頼りになる人物だ。

 もっとも、読めない部分も多いために油断はできないのだが。

 

「ファイムさんもですか?」

「うん。リューイとミリアムは友達だし、ギンガさんとゲンヤさんはお世話になった人たちだから」

「なーる。わたしもまあ、世話になってますしね」

「そっか。ソラが教導隊に入ったのは二年前だもんね」

「リューイさんとは何度も模擬戦しました」

 

 負けっぱなしですけど、とソラは肩を竦める。実力ではおそらく、ソラが上だ。しかし、ソラは手を抜くのが基本なので、力を出さなかったのだろう。

 本当に勿体無いと、そんな風にファイムは思う。

 彼がその気になれば、きっと『エース・オブ・エース』を狙えるくらいの力はあるだろうに。

 ……まあ、本人は全力で否定するのだろうが。

 

「リューイには僕も勝ったことは一度くらいしかないなぁ」

「そうなんですか?」

「うん。まあ、一番最初だったから、手の内を互いに知らなかった、っていうのが大きいんだけどね」

 

 ファイムは肩を竦める。そう、手の内を知らないから不意を打つことができ、だから勝てた。それだけだ。

 もっとも、ファイムはこう言うがその『最初の一回』で何があっても負けないことこそが、『エース』と呼ばれる資格である。

 究極的な結論だが、ファイムと違い『死なないなら負けてもいい』と思っているソラが『エース』と呼ばれない理由がそこだ。

 まあ、ソラ自身は自分が『エース』と呼ばれることはむしろ嫌とさえ思っている人間だ。故に、呼ばれていないことを喜んでさえいるのだが。

 そんなソラは、だからですよ、とファイムに対して言葉を紡ぐ。

 

「ファイムさんは、やっぱり『エース』です」

「弱いんだけどね。旅団の長の中じゃ、最弱だよ。だからなのはさんは一人で『中隊』なのに僕は『小隊』でしょ?」

 

 まあ、『小隊』でさえ身に余るんだけど――ファイムは、苦笑しながらそう言った。ソラは、成程、と相槌を打つ。

 

「でも、高町先輩は『エース・オブ・エース』ですよ? 次元が違う」

「うん。まあ、それについても色々あるんだけどね」

 

 含みを持たせるように言い、ファイムは立ち止まる。リューイの病室に着いたのだ。

 

「この話はまた今度。お見舞いに……ソラ、どうしたの?」

「いや~、その。俺、厄介事は大好きなんですけど、面倒事は大嫌いなんですよ」

「……物凄くワガママだよね、それ」

「いやまあ、そうなんですけど。……というわけでファイムさん。これ、リューイ先輩の見舞い品です。ギンガさんとこに行きますんで、良ければ見舞い品預かりますよ?」

「あれ? リューイには会わなくていいの?」

「まあ、今回は」

 

 ソラは肩を竦める。ファイムは不思議に思ったが、まあいいかと内心で決着を着けた。

 そしてソラにギンガ用に持ってきたフルーツを渡すと、一言。

 

「ギンガさんによろしく言っといてね?」

「りょーかいです。ファイムさんも、先輩によろしく言っといてください」

 

 それじゃ。……そう言って、ソラは歩いていった。ファイムは、リューイの病室のドアをノック。

 ――コンコン。

 反応なし。ファイムは首を傾げながらも、入るよ、と言葉を紡ぎ、部屋に入った。

 そして。

 

「…………」

 

 ……思い切り後悔した。

 

 リューイが寝ているベッドを挟むように座る女性が二人いる。ウェンディとティアナだ。

 普段なら仲がいい二人が、何故か睨み合うようにして無言で座っている。なんだろう。空気が怖い。

 

「おお、ファイム!」

 

 まるで救世主でも見たかのような表情で、リューイはファイムを呼ぶ。ファイムは、うん、と頷いた。

 

「お見舞いに来たよ。これ、僕からのフルーツ。あと、ソラからも預かってるものが」

 

 言いながら、ファイムはソラの行動に納得した。成程、これは確かに面倒だ。

 何より、原因である人物が状況を理解していないのが一番厳しい。

 

「おお! サンキュー! 病院食って味気なくてな~! 二人もどうだ?」

「…………」

「…………」

「……あの、二人とも?」

 

 リューイが呼びかけても、二人は無言。ファイムは、ふぅ、と息を吐く。

 

「元気そうで何よりだよ、リューイ。それじゃあ、僕はこれで」

 

 それだけ言うと、ファイムはそそくさと病室を出ようとする。

 正直、逃げたい。怖いのだ。

 だが、リューイはやはりというべきか……ゴネてきた。

 

「いやファイム、折角――」

 

 ――ガタッ。

 音が響き、リューイの動きが止まる。見ると、ティアナが少し動いただけだった。

 リューイは、目でファイムに言葉を紡ぐ。

 

 ――助けてくれ。

 

 それに対するファイムの回答は。

 

「とりあえず……頑張って」

 

 見捨てることだった。

 ファイムは病室を出る。……うん、本気で怖かった。

 そして、病室を出たファイムの目に、一人の女の子が飛び込んできた。

 ――ミリアム・エンドブロムだ。

 

「あっ……」

 

 ミリアムが声を上げる。ファイムは微笑んだ。

 

「ミリアム、時間……あるかな?」

「……はい」

 

 彼女は、頷き。

 ファイムも、頷いた。

 

 

 ――待合室――

 

 

 人のいないその場所でミリアムに缶コーヒーを渡し、ファイムは言葉を紡いだ。

 

「体調はどう?」

「……体は、正常です。戦いには出られます」

「そっか」

 

 それは良かった、とファイムは笑った。

 ……沈黙。

 ある意味で心地良く、しかし、気まずい空気。

 そんな沈黙が少し流れたあと、不意にぽつりとミリアムが言葉を零した。

 

「……すみませんでした」

「何が?」

 

 ファイムは、即座に問い返す。ミリアムは強く手を握り締めながら、言葉を紡いだ。

 

「私はファイムさんに、失礼なことを言いました。恩も忘れて」

「…………」

 

 ああ、とファイムは内心で呟く。ミリアムが言っているのは、きっとあれだ。

 今回の戦いに出る前、ファイムはミリアムに会いに行ったのだ。錯乱している、と聞きながら。

 そして、ミリアムに糾弾された。

 

『肝心な時におらず!! 何が『地上本部のエース』ですか!!』

 

 泣き叫びながら、ミリアムはファイムにそんな言葉を叩き付けた。

 ファイムにしてみれば、それは受けるべき糾弾だ。だから、気にしていない。

 むしろ――

 

「気にしなくていいよ。言われて当然だから。確かに、肝心な時にいないのはいけないよね」

「しかし、私は、私はっ……!」

「いいよ。ミリアムは何も悪くない。悪いのは、僕だ」

 

 ――そんな言葉を、貰いたかったわけではない。

 潤んだ瞳は、それを如実に語っていた。

 だけど。

 ファイム・ララウェイは、こんな風にしか生きられない。

 だから、こんな言葉しか紡げない。

 ミリアムの頭を撫でながら、ファイムは苦笑する。

 

「気にしないで」

「…………ッ」

 

 ミリアムが俯く。言いたいことがあるのに、言葉にならない。そんな感じだ。

 ファイムは立ち上がると、ミリアムに聞いた。

 

「リューイは、どれくらいで復帰できそう?」

「……あと、一週間は最低でもかかると。リンカーコアにダメージがあり、完全回復には最低でも一月は」

「そっか」

 

 ファイムは頷く。一ヶ月もあれば、どのような形であれ決着は着いているはずだ。

 もうこれ以上、巻き込まずに済む。

 

(グリス・エリカランを見れば、リューイはきっと激昂する)

 

 怒りに身を任せ、グリスを殺すことだろう。そうするだけの理由と力を、リューイは持っている。

 だが……それはダメだ。

 リューイは折角新しいこの場所で認められつつある。その彼が相手を殺せば、それによって評価は暗転する。

 ただでさえ、元犯罪者という烙印を押されてしまっているのだ。たとえ殺害許可が出ている相手であろうと、許されないだろう。

 ――故に。

 ファイム・ララウェイが、奴を討つ。

 

「ゆっくり休んで、二人とも」

 

 言い切り、ファイムは立ち去ろうとする。その背に、言葉が紡がれた。

 

「いえ……私も、戦います」

「いいの?」

 

 ファイムは問いかける。かつて、共に人を殺めた少女に。

 また殺すことになるぞ、と。

 ミリアムは、頷く。その瞳には光があり、意見を覆すつもりはないようだった。

 そんなミリアムに、ファイムは呟くように言葉を紡ぐ。

 

「……そっか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 病室に入った時、その人は着替えを終えていた。

 身に纏っているのは、味気ない病人服ではなく、管理局地上本部の制服。

 第108魔導旅団の、制服だ。

 

「……もう、大丈夫なんですか?」

「ええ。大丈夫よ」

 

 微笑みを浮かべながら、その人――ギンガ・ナカジマが頷く。ソラは、そうですか、と笑った。

 

「ギンガさんが戻ってくれるなら……かなり、楽になりますね」

「またそんなことを言って。あなたのほうが、ランクが上じゃない」

「いやー、なんといいますか。わたしゃ、大したこともできませんので」

 

 ソラは肩を竦める。今のは、半分本気だ。

 あの女性――調査の結果、エレン・リストリアという名であるとわかった女性の出現のせいで、重要参考人を取り逃がしてしまった。

 他の人たちなら、ありえないような失態だ。

 ギンガは、あのね、とソラに詰め寄る。

 

「ソラは、もう少し自分に自信を持つべきよ。あなたは強いんだから」

「……その自信のせいで、誰かを危険に晒したくねーんですよ」

 

 ソラは、苦笑しながらそう言った。

 

「今回だってそう。運が良かった。……もし、最後の一撃がギレン・リーに向かって放たれていて、でも、届かなかったら……」

 

 ぶるりと、体が震えた。

 もし、そうなっていたら。

 部下全員が、目の前で殺されていたかもしれないのだ。

 それが――怖い。

 

「俺に対する期待が高過ぎるんですよ、みんな」

「当たり前よ。私だって、期待してるもの」

「…………」

 

 ソラは押し黙る。期待が嬉しくないわけではない。ただ……怖いのだ。

 自身の限界を定めるが故に。

 期待に応えられなかった時、居場所を失うのではないかと。

 ただ、怖いのだ。

 それが、ソラ・ウィンガードと、ファイム・ララウェイの間にある、『エース』であるか否かの差。

 ソラは、限界を自ら定め、その範囲内で余裕をもって戦う。

 ファイムは、限界を痛感しながら自らにできる最大限を常に発揮し、時には限界さえも変えてしまう。

 だから、力があってもソラ・ウィンガードは『エース』になれなず、ファイムは『エース』と呼ばれる。

 ギンガは、そんなソラに言葉を紡いだ。

 

「私も父さんも、本当はソラを教導隊に渡したくなかったの」

「そうなんですか?」

「優秀だったし、ソラはランクを上げるつもりもないみたいだったから、その気になればいつまでも部隊に居させることができた」

「……でも、試験を受けさせたのは」

「ええ。父さん――部隊長よ。らしくもなく、嘘まで吐いてね」

 

 ギンガは苦笑。そう、ソラは元々、二年前までは陸戦Aランクの魔導師で、階級も低かった。

 しかし、空戦Aランクの試験を受けてみろ、とゲンヤに唆され、実際はSランクの認定試験を受けることになり、今の空戦S-ランクという称号を手にした。

 故に、ソラは教導隊からスカウトを受けたのだ。なのに。

 

「私も父さんも、ソラならもっと多くの人を救えるって思ったの。だから、教導隊に送り出した」

「……でも、そのせいで部隊は。俺がいれば――」

 

 言いかけて、ソラはハッとなる。

 今、自分は何を言おうとした?

 自分がいれば、部隊の全滅を防げたとでも?

 何という、傲慢。

 らしくない、こんな自分は。そう思い、ソラは言葉を飲み込む。

 だが。

 ギンガが、ソラの言葉を掬い取った。

 

「確かに、ソラがいればここまで酷いことにはならなかったかもしれない。それは、私も思うわ」

「……それは、でも、買い被りです」

「そんなことないわよ、ソラ。あなたは強い。だからこそ、もっと高みへ行って欲しかった。……あなたは、望んでいなかったかもしれないけど」

 

 頷くという、その行為が……できなかった。

 ここで頷けば。

 ギンガやゲンヤの思いを、踏みにじることになりそうだったから。

 

「……ソラは、優しいね」

 

 ギンガは微笑んだ。そんな彼女の言葉に、ソラは押し黙る。

 そんなソラの様子を見、ギンガは拳を握り締めた。

 

「でも、確かにソラに道を押し付けるわけにはいかないわ。あなたが戦いたくないなら、私が戦う。……昔からあなたは、戦うのを嫌がってたものね」

「…………」

 

 自分は何をしているのだ、とソラは思った。

 戦いたくないのではない。戦う気がないだけだ。それを隠すために、嘘を吐いていただけだ。

 今でも、管理局の魔導師として戦うことについては割り切っている。『仕事』。要はそういうことだ。

 憧れで入った管理局は、思っていた程綺麗ではなく、それ故に割り切った。

 所詮、仕事だと。

 だから実力についても嘘を吐いてきたし、それを間違っているとは思わない。

 真面目な奴が馬鹿を見る場所なのだ。管理局は。

 憧れたあの人は、あんなにも辛い道を歩んでる。それで、理由は十分だった。

 ――だけど。

『戦いたくない』――その嘘が、目の前の人を巻き込んでいる。

 余計なものを、背負わせようとしている。

 自分が。

 こんな自分が。

 

「……待ってください」

 

 ――ドクン。

 また、あの時のように心臓が高鳴る。

 今ならまだ、間に合う。

 そう、もう一人の自分が告げていた。

 

「俺が戦います。ギンガさんが背負うことじゃない」

 

 変わらず、管理局の戦いに対しては給料を貰う分に対する義理としか思えない。

 だけど。

 その考えを、他人に背負わせる気はない。

 たとえ誘導された先の道であっても、選んで進んだのは自分だから。

 

 ――『自らが吐いた嘘はいつの日か、誰よりも大切な人を傷つける』。

 

 誰に言われたか忘れてしまった言葉を思い出す。

 今ならまだ、間に合うはずだ。

 しかしギンガは、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「いいの、ソラはそれでも?」

「いいも何も。俺は戦うのが仕事です」

 

 そう、戦うことは自分の仕事。

 それに。

 一つ、確かめたいこともあった。

 

「ギンガさん。……一つ、お付き合い願えますか?」

「いいけど、どうしたの?」

「確かめたいことがあります」

 

 そう、確かめたいこと。

 自分の力が、どれほどのものか。

 ――知りたいのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 見舞いの相手は、元気一杯だった。ファイムは微笑する。

 

「調子はいいみたいですね、大隊長」

「まーな。……今回は、システムに助けられた」

 

 ヴィータは複雑そうな表情で言う。システム、というのは『守護騎士プログラム』のことだろう。

 普通とは違う、人としての存在だからこそ……ヴィータは、助かったのだ。

 もっとも、守護騎士たちはシステムから独立していっているため、次もそうなるとは限らないらしいのだが。

 

「何にせよ、復帰して頂けるのは心強いです」

「……あたしはすぐに復帰できる。ただの負傷だ。けど、ファイム。テメェは違うだろ?」

「何の話ですか?」

 

 ファイムは、すぐさま切り返した。微笑さえ浮かべて。

 ヴィータは、テメェ、と言葉を漏らす。

 

「もう、あたしたち全員が知ってんだよ。テメェが命を使って戦ってるってのは。……もう、時間が残ってねぇってのも」

「……成程、みなさんから感じる、遠慮したような態度はそれが理由でしたか」

 

 お茶を煎れながら、ファイムは苦笑。なんだ、はやてだけかと思えば、みんな知っていたのか。

 まあ……知られたからどうというわけでもないのだが。

 

「それで、ヴィータさんは何を感じたのですか?」

「何を、って」

「同情? 憐憫? 憤慨?……どれも、不要ですよ。僕はこの結果に後悔はしていません」

 

 何度、口にした言葉か。

 最近、ようやくわかってきた。この言葉は、相手に届けるために紡がれた言葉ではない。

 自分自身へ……自らに向かって紡いでいる言葉だ。

 

「未練は、まあ、少しだけありますが。生きることに対して未練はあれど、僕自身の命には未練はないのです」

 

 だからこそ戦うのだ。是非もない。

 そう語るファイムに、ヴィータはふざけんな、と言葉を紡ぐ。

 

「テメェはそれでいいかもしれねぇけどな、それならはやてはどうなるんだよ」

「…………」

 

 未練。そう、未練だ。

 生に対する未練があるとすれば、八神はやて。その存在に終始する。

 だが。

 

「……たとえ僕がいなくなっても、はやてさんにはヴォルケンリッターがいます。ご友人がいます。何も、変わりませんよ」

 

 悲しんだとしても。

 涙したとしても。

 きっとあの人は、立ち上がってくれるから。

 

「テメェ……」

 

 ヴィータがファイムを睨む。対し、ファイムは初めて、ヴィータを睨み返した。

 鋭い瞳。しかし、まるで全てを諦めたかのような。

 そんな、目で。

 

「今更、何が変わる?」

 

 ファイムは、自身の想いを吐き出した。

 

「生きられるなら生きたいよ。けれど、それが許されないんだ。だったら、受け入れるしかない」

 

 もし、受け入れなかったら。

 自らの全てを否定して、そうして死んでいくことになる。

 哀れなことに。

 悲しいことに。

 ただ、それだけは。

 認めるわけにはいかない。

 この道だからこそはやてに出会い、恋い焦がれ、愛することができたのだ。

 それを否定することだけは、ファイム・ララウェイという存在が許さない。

 許されやしない。

 

「戦いは止められない。それは、僕にとってのアイデンティティ。戦いしか知らない僕に、他の道なんて選べない」

 

 戦場に生まれ落ち。

 道具として戦い。

 命を削り、ここまで来た。

 今更普通の生き方などできないし、やり方もわからない。

 人を愛する感情でさえ、示せたのが奇跡なのだから。

 

「命果てる時、どうなるかはわからない。ただ、今は。はやてさんの笑顔を守りたい」

 

 そのためならば、死ぬことさえ厭わない。

 それが、覚悟。

 あの人の幸福が、ファイム・ララウェイにとっての幸福だから。

 諦めずに、諦め続けてきた絶望の人生に。

 唯一差した、光だから。

 

「いずれ戦場にて散ること。それが、僕の運命だ」

 

 あまりにも悲しい未来。

 死を約束され、それが刻一刻と迫る身でありながら。

 しかし、ファイムはそれを受け入れる。

 たった一つの、夢を抱き。

 終わりを、肯定する。

 

「貫くのは、大切なこの想い。懸けるのは――命だ」

 

 命懸けで、はやてを愛し。

 はやてを、守る。

 ただ、それだけ。

 たった……それだけだった。

 

 

 抱くは、愛。

 懸けたものは、命。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 正直、嬉しいと言えば嬉しい。

 目を覚ました直後に、二人も女性が見舞いに来てくれたのだ。これに不満を抱けば、それこそ世の男どもに殺される。

 だが、しかしだ。

 ……これは、如何なものだろうか。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 沈黙×3。笑える画である。

 ウェンディ・ナカジマ。

 ティアナ・ランスター。

 ウェンディは入局当初からの知り合いで、ティアナは最近知り合ったばかりだが、色々と話す機会が多く、それなりに親しくなっている。

 ミリアムを除けば、知り合いの中で最も親しい女性はこの二人になるだろう。

 しかも二人は仲がいいときた。喜ばしいことである。

 だと、いうのにだ。

 

「……あの」

 

 ――睨まれた。うん、さっきからずっとこれだ。

 何のつもりかわからないが、二人は沈黙しながら剣呑な視線を交わしている。

 リューイを挟んで。

 ……お前ら俺の見舞いに来たんじゃねーのかよー、という台詞は飲み込む。流石にそこまでは馬鹿ではない。

 しかし、いつまでもこのままというわけにもいかない。

 なので。

 

「なあ、二人とも」

 

 睨まれた。が、リューイは視線に耐えながら言葉を紡ぐ。

 

「旅団……俺も加わるんだよな?」

 

 リューイは、確認するように問いかけた。二人は頷く。

 

「リューイは、第一連隊ッスよ」

「シグナム連隊長の下ね」

「……なら、前線ですね」

 

 ぐっ、とリューイは拳を握り締める。

 

「今度は不覚をとらねぇ。必ず叩きのめす」

 

 決意を込めた言葉。ウェンディとティアナは視線を交わし合い。そして。

 

 ――スパーン!!

 

「痛いっ!?」

 

 思い切りリューイを叩いた。二人は、呆れたような表情を作る。

 

「リューイ、自分の状態を理解してるッスか?」

「復帰まで、まだかかるわよ」

「……いや、まあ、それは」

 

 リューイは苦笑。だが、彼の目は笑っていない。

 すぐにでも復帰する。そんな、目だった。

 

「ただ、俺もずっと休んでるわけにはいかないから。……ファイムの馬鹿も、無茶してるし」

 

 その言葉に、二人はハッとなる。リューイは、更に続けた。

 

「戦える奴が戦わなくちゃ、誰が守る? あの野郎の言う、管理局がなくなった世界で泣くのは誰か。……弱い奴らだ」

 

 守る者たる管理局がなくなれば、傷つくのは弱い立場の者だ。それくらいは、リューイにもわかる。

 

「すぐに治して、戦ってやる。今が、踏ん張りどころだ」

 

 リューイは、言い切る。

 その言葉は、まるで。

 戦いが間近に迫っていると確信しているかのようだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 聖王教会。騎士カリムに会いにきていたはやては、会談を終え、中庭を歩いていた。

 その聖王教会は、とても良い雰囲気を纏っている。空気が、優しい。

 まるで、戦時特例が発令されているのが嘘であるかのような、そんな雰囲気だった。

 そんな、益体もないことを考えていた自分に苦笑し、はやては歩を進める。その時だった。

 

 ――ピリッ。

 

 不意に感じた、ひりつくような、肌が泡立つような感覚。

 

(なんや……?)

 

 はやては足を止め、眉を寄せる。

『何か』が……いる。

 

「…………」

 

 そして、はやては見つける。違和感の正体を。

 まるで、世界と一体化しているかのように自然にベンチに佇む、一人の女性。

 あまりにも自然に。まるで、風景の一部のように彼女が佇むからこそ、はやては違和感を感じた。

 あまりにも――自然過ぎる。

 自然、というものにおいて、人間というのは異物である。それは、どこまで行こうと変わらない。

 人間という存在はそのあまりの自己主張の激しさ故に、自然に溶け込めないのだ。

 だが、目の前の女性はそれをしている。

 まるで、彼女自身が『世界』の一部であるかのように。

 

「……面白い所で出会いますね」

 

 世界に、色が宿る。

 女性は、初めてそこで『異物』となった。

 女性が、深く被っていた麦わら帽子を取る。そうして現れた顔に、はやては驚愕した。

 

「なっ――」

「おっと。それ以上は口にしないことです。私はこの場で戦う気などありませんが……そちらがその気なら、ここで刀を抜くことも厭いません」

 

 女性――テンリュウ・シンドウが微笑む。その身に纏う衣装は純白の、まるで令嬢が纏うかのようなシンプルなドレスだ。

 相応の気品さえ漂わせる彼女はしかし、それ以上に威圧感もその身に纏っている。

 はやては唾を飲み込み、言葉を止めた。テンリュウは、正しい選択です、と頷く。

 

「すでに私の力は証明しました。特務部隊が総員で挑んでこようと、ねじ伏せましょう」

 

 それはきっと、誇張ではない。

 テンリュウ・シンドウ――『最強』たる彼女と何度も戦いながら、はやてたちは未だに息切れの一つさえ見ていないのだ。

 

「……随分な自信やな」

 

 はやては、虚しいと知りつつ挑発する。テンリュウは、クスリと微笑んだ。

 

「私は『人間』ではありません。『神道天龍』という『概念』なのです。人の身にあらざる存在に、どうやって勝つというのです?」

「……どういう意味や?」

「言葉通りの意味ですよ。それ以上でも以下でもありません。……まあ、今日はそのような話をしにきたわけではありません」

 

 テンリュウは立ち上がる。そして、はやてを見据えた。

 微笑を消し、真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「本当ならば『彼』に直接話をしたいところでしたが……旅団の長たるあなたならば、問題ないでしょう」

「…………」

 

 はやては無言。

『彼』、というのが誰か、何となくはやては理解していた。

 ただ、認めたくなかっただけで。

 

「『オリヴェント式』……カグラ・ランバード殿は、未完成で不完全であるが故に、その反動も少ない。また、完成させる気もないようですから問題ありません。しかし、『彼』は違う」

 

 テンリュウは、刺すような目ではやてを見る。

 

「『オリヴェント式』が私と姫にしか使うことが許されない理由……それは、私は『概念』であり、姫は『不死』であるが故です。常人……いえ、『人間』が使えば自らの定められた命という『運命』を削り取ることで願いを成す力である『オリヴェント式』は、人が使っていい魔法ではないのです」

 

『運命を変える力』と呼ばれる、『オリヴェント式』。なんのことはない。それは決して、良い意味で『運命を変える』のではないのだ。

 自らの死期を早める……それ故に、『運命を変える』のだ。

 それは決して希望の力ではなく。

 ――終焉への力。

 破滅への力なのだ。

 

「回りくどい言い方は止めましょう。……ファイム・ララウェイ殿。彼をこれ以上、戦わせてはなりません」

 

 テンリュウは言った。

 ファイムは、戦うべきではないと。

 

「私は『神道天龍』の末裔。故に、『オリヴェント式』の運用には責任があります。我が先達が編み出した術式で人を殺すのは、本意ではありません」

「……それを、信じろっていうんか?」

「はい。信じて頂かなければ、彼は遠くない未来に命を落とします」

 

 テンリュウは断言する。

 だが……それはすでに、覚悟していることだ。

 自分も、ファイムも。

 それを感じたのか、テンリュウは少し悲しげな瞳ではやてを見た。

 

「あなたは何もわかっていないのです。何故、かつて『オリヴェント式』を紡いだ侍は、世界と契約する魔法を使ってまで自らを『概念』としたのか。……そうしなければ、『喰われて』しまうからです」

 

 それほどまでに危険なのだと、テンリュウは言った。

 

「『唯一人からなる無敵の軍勢』は、そうしなければ守れなかったのです。『聖人』も然り……人であることを捨てなければ、『オリヴェント式』は使えません」

 

 キィン、という音と共に、テンリュウの足下に魔法陣が出現する。

 それは――命を使う術。

 世界の条理を捻じ伏せる、禁忌の力。

 

「テンリュウ・シンドウとは、呪われた名です。その名を継ぐ者は人であることを捨て去り、同時に名前さえも捨て去ります。そうして『個』を捨てた『概念』となる。そうして初めて、『オリヴェント式』を扱えます。受け継いだ命と、目的のために世界に『固定』された存在である私は、言ってしまえば『人間』とは命の総量が違います。しかし、『彼』は人です。たかが八十年程度の命しか持たぬ存在が使うには、この地からはあまりにも代償が重過ぎるのですよ。……彼は、後どれくらいの命を? 20年ですか? 30年ですか? まさか、知らぬわけではないでしょう?」

 

 はやては、躊躇した。答えるべきか否か。

 だが、有無を言わさぬテンリュウの瞳と。

 世界最強の秘密に対する興味が、答えを口にさせた。

 

「あと……魔法を使わなければ10年。使えば、2、3年って……」

「…………ッ!?」

 

 テンリュウが、大きく表情を変えた。

 まるで……信じられないものを見るかのように。

 

「あと、あと2、3年!? 何故です!? どうしてそんなことになるまで!?」

「なっ、なにを……」

 

 肩を掴まれ、はやては動揺する。テンリュウの態度は、異常だった。

 いかに責任とはいっても、彼女にとってファイムは敵。なのに。

 テンリュウは、ギリッ、と歯を食いしばると、はやてから手を離した。

 

「……『オリヴェント式』は、命を使う術式。それは、ある日突然死んでしまうような生易しいものではありません。使用者の命を、確実に削り取っていくものです。あと2、3年など……彼の体は最早限界のはず。意識があることさえ奇跡のような状態ですよ」

「!?!」

「最早体内の内臓はボロボロ。毎日気が狂うかのような激痛に苛まれているはずです。……気付かなかったのですか?」

 

 テンリュウは、僅かに怒りを称えた瞳ではやてを見据えた。

 はやては……答えない。

 ただ。

 

(吐血で溺れる……それが、もし、毎日なんやったら)

 

 何故、気付かなかった?

 何故、気付けなかった?

 彼はいつだって。

 助けて欲しいと、叫んでいたはずなのに。

 あんなに、自分のことを――助けてくれたのに。

 

「……もう、これ以上は無駄でしょう。私の先達が紡ぎし術式の犠牲者……できれば、救いたかったのですが」

 

 テンリュウは、憐れむような目ではやてを見る。

 

「此度の戦い……アリアとアルハザードしか理由はなく、管理局には恨みも何もありませんでしたが。気が変わりました」

 

 テンリュウは、鋭い瞳ではやてを見据える。

 

「人を使い潰すのが管理局だというのなら。それがやり方だというのなら。相応の覚悟をして頂きます」

 

 そして、テンリュウははやてに背を向ける。

 

「何が正義。何が世界の守護者。人の犠牲の上に成り立つ平和など、願い下げです。その無知を、盲目を、愚昧さを恥じなさい。あなたたちの傲慢が、一人の未来ある若者を殺し、その存在さえも歪め、破壊するのです」

 

 そして、テンリュウはその場を立ち去った。

 はやては、動けない。

 ただ、立ち尽くし。

 呆然としているしか、なかった。

 

 ――ポツリ。

 雨が、肌を打つ。

 

 頬を伝ったその雫が、雨なのか。それとも別の何かなのか。

 それは……はやてにしかわからない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 時空管理局本局無限書庫。

 管理局の情報の要たるその場所の最奥。

 そこに、巨大な魔法陣が描かれていた。

 それは、ミッド式でもベルカ式でも、ましてやオリヴェント式でもない魔法陣。

 名前さえも忘れ去られた、世界と繋がるための魔法を紡ぐための魔法陣。

 ユーノ・スクライアが、彼の後輩のために紡いだ、大魔法陣だ。

 

「いいんだね、ファイムくん?」

「はい。ありがとうございます」

 

 ユーノの言葉に、ファイムは頷く。これを用意することを願ったのは、ファイムだ。

 オリヴェント式――その副作用とも呼べる『肉体の限界』をどうにか抑えるために、ファイムはこれをユーノに用意して貰った。

 

「正直、限界が近付いてまして。前回の出撃も、フルドライブで強引に」

 

 苦笑しつつ、ファイムは言う。そう、ファイムの肉体はそれほどまでに限界に近付きつつあった。

 フルドライブは本来、肉体にかなりの負荷をかけるものだ。しかし、敢えてその負荷をかけることで、ファイムは神経を鈍らせ、痛みやその他、戦闘の邪魔になる感覚をねじ伏せた。

 それがより一層、自らの死期を早めていると知りながら。

 また、体内にあるロストロギア『ジュエルシード』も役に立っている。こうして激痛に苛まれながらも正気でいられるのは、あのロストロギアのおかげだ。

 

「……ねぇ、ファイム、あんた、考え直す気はないかい?」

 

 紡がれた言葉。見ると、アルフがこちらを見ていた。彼女もまた、自分を助けてくれている人物だ。

 アルフは準備を進めながらも、問いかけてくる。

 

「あんたが今、キツい状況にいるのはわかる。でもさ、これはわけが違う。こんな、成功するかどうかもわからないような儀式を、本気でやるのかい?」

「……もう、戻れないんです」

 

 ファイムは、苦笑と共にそう言った。

 

「自分の体です。自分が一番よくわかってます。僕の体は、もう限界です。2、3年と言いますが……きっと、今のままではそこまで保つことさえないでしょう」

 

 それは、ただの規定事項。

 変わることはなく。

 また、変わるはずがないこと。

 しかし。

 

「それは、少し困るんです。死ぬのは、もう少しだけ後だ」

 

 だから、ファイムは世界と契約する。

 失われた古代魔法を紐解き、代価を差し出し、力を手にする。

 そうして、戦いに赴くのだ。

 

「せめて、この戦いが終わるまでは。……僕がここにいるのにも、理由があるはずだから」

「……覚悟が決まってるなら、大きなお世話だったね」

「いえ……ありがとうございます」

 

 ファイムはアルフに軽く頭を下げる。アルフは、首を左右に振った。

 

「いいさ。あたしは何もしてない。その覚悟も想いも信念も、全部あんたのものだよ」

「そうだね。その通りだ」

 

 準備を終えたユーノが、微笑みながらそう言った。

 ファイムは、ユーノさん、と言葉を紡ぐ。

 ユーノは、ゆっくりと頷いた。

 

「正直なことを言えば、もっと他に手段があったと思う。例えば……それこそ、魔物の類になるとかね」

 

 使い魔、という概念だ。本気で人を捨てるというのであれば、そんな道もあっただろう。

 しかし、ファイムは。

 他に道があることを知っていて、この道を選んだ。

 

「だけどキミは、人のままで、人であることを超えようとした。……矛盾してる。だけど、キミは正しいと僕は思う」

「…………」

「今回、調べれば調べる程、相手の強大さばかりが目に付く。Sランク魔導師なんてのは、『怪物』だからね」

 

 かつての『エース・オブ・エース』や、『騎士団最強の女性騎士』。『戦争屋』に『アンリミテッド・デザイアの継承者』……果てには、『唯一人からなる無敵の軍勢』。

 その全てが、『怪物』と呼ぶに相応しい。

 だが。

 相手が、怪物なればこそ。

 

「『怪物』を打ち倒すのは、いつだって人間だ。キミは人間。……少なくとも僕は、そうであると信じてるよ」

「ありがとうございます」

 

 ユーノとアルフ。その二人に、深々と頭を下げ。

 ファイムは、魔法陣の中心に立った。

 そして彼は、彼の相棒に言葉を紡ぐ。

 

「いこう、リンネ」

《私はあなたの翼。参りましょう、マスター》

 

 そして、儀式が始まる。

 視界が全て消え去り、『自分』という存在の境界線が曖昧になる。

 その中で。

 ファイムは、声を聞く。

 

 

 ――矮小なる者よ。願いは?――

 

 

 それは、世界の声。

 今日ここで、ファイム・ララウェイは、世界と契約する。

 たった一つの、願いがために。

 

「ファイム・ララウェイという存在を、この世界に固定せよ」

 

 それは、かつて『最強』が紡いだ儀式。

 自らの存在を定義し、世界に固定する――そうすることにより、自らの存在を『概念』へとシフトする。

 

 ――良い。ならば重ねて問おう。代償は決して軽くはない。良いな?――

 

 それは、天使の囁きか、悪魔の囁きか。

 ファイムには、どちらでも良かった。

 だから、言い切る。

 

「好きにしろ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。