ミッドチルダ海上南西部。周囲には島の影の一つさえも存在しない場所。
かつて『ゆりかご』が『楽園』と戦ったと伝えられるその場所に、いくつもの影があった。数は多くない。しかし、渡り鳥たちが近づけない異様な雰囲気をその場にいる者たちは纏っていた。
そして、その集団の先頭に浮遊するホムラ・イルハートが退屈そうに欠伸を零しながら言葉を紡ぐ。
「さて、ようやく見つけたんはええけど……どないする気や?」
振り返る。視線の先にいるのは、クライムだ。
エレン・リストリアが作り出した自立型起動兵器『ルシフェル』……六つあるビットのうちの一つに乗っている彼――次元世界における最悪の犯罪者の一人となった彼はふむ、と言葉を紡いだ。
「かの『聖王』も慎重なものだ。わざわざ海に沈めるとはな」
「それだけじゃないよ~……っと」
クライムの言葉に対してグリスが付け足すように言葉を紡ぎ、魔力弾を一発、海に放った。
それは海面に向かっていき、突然、弾ける。
――不可視の結界。
それが、グリスの魔法を防いだのだ。
「認識阻害の魔法もかけてあるねぇ。人払いもだ。調べなきゃ、興味を持たなきゃ辿り着けない。そういう結界だね。キャハハ♪ 厳重厳重♪」
「どうすんだよ、そんなの」
テンリュウより借り受けた飛竜、サリヴァルムに乗るウィルが肩を竦める。テンリュウはメンバーで唯一、ここにいない。クライムが呼ばなかったのと、何より、今日は朝から彼女の姿を誰も見ていないのだ。
それをクライムは『都合がいい』と言っていたが、果たしてどう都合がいいのかはわからなかった。
ただ、ウィルはこれから起こることに漠然とした不安を覚えていたため、できればテンリュウにはこの場所にいて欲しかったのだが……今更、それは語っても仕方がないことだ。
「結界、堅いんだろ? どうすんだ?」
自身の中にある不安を振り払うように、ウィルは周囲の者たちへ問いかける。それに答えたのは、リヴァイアスだった。
「小僧、貴様は何を見ている? 貴様の目は、脳は飾りか? 貴様の師は、一体誰だ?」
言葉を受け、ウィルは視線を巡らせる。
その先にいるのは、かつての『エース・オブ・エース』。
『銀月』と呼ばれる男は、凄まじい魔力をその身に纏っていた。思わず、こちらが震えるてしまう程に凶悪な……魔力。
「主は否定するが……主の結界魔法の力は管理局においてもユーノ・スクライア以外に並ぶ者はいない。結界魔導師とは『創る者』。しかし、それだけではない。『創る』ということは、『壊す』ことも可能。むしろ主は、そちらの方が得意な方だ」
エリアが言う。誇らしげに、まるで自慢するように。
手放しの称賛とも取れるエリアの言葉。それを受けてか、ホムラはほな、と特に気負う様子もなく口を開いた。
「やるけど……全力でやってもええんやな?」
「はい。認識阻害の効果は結界によるものではなく、この空間そのものにかけられているようです。全開でやろうと管理局に気取られることはありません」
「ま、『あれ』の力が漏れてるだけだし? いけるいける、大丈夫だよん♪」
「りょーかいや」
《Inocent Buster》
エレンの言葉とそれに補足をするグリスにそう応じ、ホムラは魔法を紡ぐ。
――銀閃。
何もないはずの空間でそれは弾け、魔力を撒き散らす。ホムラはカートリッジをロードすると、次や、と呟いた。
「ライジングサン。イノセントバスター、ツインシフト」
《All right》
迸る二筋の閃光。それは見えない障壁を一枚、食い破る。
闇の書よりも固い――あまり思い出したくないことを思い出しながら、ホムラは更に魔法を紡ぐ。
《Moon Strike》
多口砲撃。高町なのはの『ストライクスターズ』やテンリュウの『夢想演舞』と同系統の魔法が、障壁を食い破る。
だが、まだ終わりではない。
《Inocent Buster A.C.S》
突撃。空を舞う魔導師は、障壁に刃を突き刺し、零距離から魔法を叩き込む。
障壁が砕ける。あと――四枚。
「面倒やな。一気にやるか。――ライジングサン」
《Moon Light Breaker》
紡がれる、ホムラ・イルハートの奥義。極大の魔力が、収束していく。
そして。
「ブラスター1。リミットリリース」
《Yes,cartridge lord》
カートリッジがロードされ、更にブラスターシステムによって更に魔力が増幅。
必滅の一撃が、紡がれる。
――パキィィィイイン――
銀色の魔力による砲撃を浴び、砕け散る結界。ホムラは特に疲れた様子もなくうん、と背伸びをした。
「結界破壊は終了や。で、どないする?」
世間話でもするかのような調子で言ってくるホムラに、ウィルは絶句するしかない。
結界とは、普通相応の結界破壊の魔法『バリアブレイク』を用意し、解体するものだ。八層からなる結界を力業で砕くなど、正気の沙汰ではない。
しかも、あれだけ強力な魔法を連発しておいて、息一つ切らしていない。
これが、『正真正銘の天才』と謳われし、かつての『エース・オブ・エース』。
――ホムラ・イルハート。
自分は凄まじい人から教えを授けられているのだと……改めて、そんなことを思った。
「主はただ魔法を紡いだわけではない。魔法一つ一つにバリアブレイクの効果を付与していた。それ故だ」
「いや、それって楽じゃないですよね?」
エリアの言葉に、ウィルは確認の言葉を投げかける。
変換資質を持たぬ魔導師が魔力を某かに変換するのが手間であるように、本来の魔法以上の力を得ようとすれば相応の手間と力がいる。
だがホムラは付与する素振りを微塵も見せていなかった。つまり、ほとんど一瞬で『結界破壊』の効果を魔法に付与していたということになる。
一体、どれほどの技量だというのだ。
エリアは、ホムラを見つめたまま言葉を紡ぐ。
「主を怪物と呼ぶ者もいるが……あの方はただただ『強い』、それだけだ。そして力を振るう理由も心得ている。あの方の背中を見て学べ、ウィル。強さの答えはそこにある」
そして、エリアはホムラの下へと向かっていく。ウィルは、それを無言で眺めていた。
――くいっ。
不意に、服を引かれた。見ると、アリアが服を引いてこちらを見つめているのが視界に入る。
「……ウィル?」
「……大丈夫だよ」
ウィルは首を振る。そして、前方を指差した。
「呼んでるぞ」
「……ウィルも」
「ああ」
アリアを伴い、サリヴァを進ませる。アリアは飛行魔法を心得ているので、空が飛べる。……戦闘能力は皆無に近いのだ。
そうして二人がホムラたちのところまで行くと、クライムがアリアに手を差し出した。
「さあ、『聖人』よ。その力を示すがよい。ここに眠るは、キミのための楽園だ」
アリアが、一歩、歩み出る。
まるで、導かれるように。
――瞬間。
「――――ッ!?」
その体が輝き、光が溢れ出す。
そして。
「――――」
全員が、驚愕に目を見開いた。
海に渦が坂巻き、瞬間、巨大な穴が開いたのだ。
アリアが、目を開き。
クライムが、笑った。
「『楽園』は『聖人』の帰還を喜んでいる。さあ行こうか、同志たちよ」
みなが降りていく。その最中、ウィルの隣を通ったグリスが、楽しそうに呟いた。
「クスクス……『唯一人からなる無敵の軍勢』はこれを見たらどう思うのかな? 『神道天龍』は、『失楽園シャングリラ』の奴隷なのに、ね……♪」
何のことか――聞く前に、グリスは行ってしまった。グリスは佇む。
――不意に、背後に違和感を感じた。見ると、そこには長身の、仮面を着けた男……ロードがいた。
「…………」
激烈なまでの悪寒を感じながら、ウィルはサリヴァを伴って下へと降りる。
それを見送ったロードは、背後を振り返った。そこには、異形となったギレンがいる。ギレンはロードが見ていることに気付くと、行けよ、と言葉を紡いだ。
「俺はここで見張りだ。テメェは行きやがれ」
ロードは数秒、無言で佇み、穴へと降りていく。
ギレンはその姿が見えなくなってから、ちっ、と舌打ちした。
「あの野郎、気味が悪ぃ」
それは。
誰もが、感じていることだった。
◇ ◇ ◇
穴の底にあったのは、巨大な建造物だった。
かつて古代ベルカにおいて『聖王のゆりかご』に敗北した伝説の『楽園』。
今は主を失って久しいために力を失っているが、ここから伺える異様は神秘に満ち、神々しい。
そして同時に――毒々しい。
完璧でありながら。
完全でありながら。
だからこそ、ここは完結している。終わっているのだ。
未来がなく、あるのはただの――『停滞』。
「さて、行こうか同志たち。ここが、夢への階段だ」
クライムが言い、全員が内部へと侵入する。静かな空間。気味が悪いその雰囲気に、ホムラが舌打ちした。
「なんや、妙な空気やな。わしらが、異物みたいに感じる」
「キャハハ♪ それは当然だよ、リーダー♪ ね、スパイさん?」
「……『失楽園シャングリラ』は、『聖人』と『唯一人からなる無敵の軍勢』のためだけの『聖域』です。この場所において、私たちは『異物』以外の何物でもありません」
スパイ、と呼ばれたことに対して某かを感じたようだが、エレンは冷静を装って言葉を紡いだ。クライムが、後を引き継ぐ。
「ここは完全であり完成しているが故に、終わった場所だ。争わないが故に強くなれず、競わないが故に高められない。進歩を放棄した以上はいずれ滅びるが運命だ。……その代わりに、争いが存在しないのだがね。ふむ、確かにここは『楽園』だ。もっとも――」
モーターの駆動音が聞こえた。見ると、何体もの機械人形が姿を現していた。
剣呑な雰囲気。ああ、とクライムが言葉を漏らす。
「それはあくまで、『聖人』と『唯一人からなる無敵の軍勢』にとってのみ。我らにしてみれば、さしずめ地獄か」
クライムは笑い、ウィルたちはそれぞれのデバイスを構える。その中で、クライムはアリアに言葉を紡いだ。
「前に出たまえ。ここはキミの世界だ。キミに危害は加えんだろう」
「…………」
言われ、アリアはクライムと敵とを代わる代わるに見比べる。クライムは、どうした、と言葉を紡いだ。
「キミが行かないなら、戦いになるぞ。誰かが傷つく。良いのかね?」
有無を言わさぬ調子だった。アリアは迷いながら歩み出る。
そして。
「ッ、くそっ!」
《Protection!!》
動いたのはウィルだった。アリアの前に高速で移動すると、全力で障壁を張る。
「――――ッ!?」
響き渡るのは、弾丸の嵐を受け止めたことによる轟音。
ウィルの障壁が軋み、障壁を展開するウィルの表情が歪む。アリアは、ウィルの背後でへたり込んでいた。
そして、銃弾を吐き出しているボックス型の機械人形の後方から、人型の、頭のない機械人形が現れる。
両腕がブレードになっているそいつは、間違いなく近接型。
マズい、ウィルがそう感じた瞬間、そいつがこちらへと駆けてきた。ウィルは、腕に力を込め――
「ふん、出遅れたか」
その言葉を聞いた瞬間、近接型の機械人形がバラバラに砕け散った。見えたのは、蒼き一閃。
エリア・カリアの一閃が、敵を潰したのだ。
「……主」
エリアが呟き、そして、ウィルの目にその背中が映り込む。
《Inocent Buster》
駆け抜ける銀色の閃光。それは敵を蹂躙し、打ち砕く。
ほんの一瞬で敵を蹂躙したホムラの背中。銀色の光を纏うその背中が、ウィルには眩しく見えた。
圧倒的な力。
なんと、遠いことか。
――ガギィン!!
いきなり、背後から凄まじい金属音が聞こえてきた。振り返ると、リヴァイアスが自身の得物を振り抜いてクライムを狙い、ロードが割って入ってそれを止めているようだった。
「気味の悪い男だ。俺様の一撃を受け止め、言葉一つ発さぬとはな」
「…………」
ロードは無言。それを見ながらウィルはアリアの手を引いて立ち上がらせ、クライムを睨んだ。
「……テメェ」
「何をそんなに激昂するのかね?」
クライムはウィルの殺気を称えた瞳を受け止めながら、平然と肩を竦める。
「彼女は『不死』だ。進み、終わることを繰り返す存在。傷の一つや二つ、すぐにでも治るだろうに」
「テメェ!!」
ウィルは床を蹴り飛ばし、クライムに向かって自身の一撃を叩き込む。だが、それはグリスの障壁に止められた。ウィルは、一度距離を取る。
「どけテメェ!」
「キャハハ♪ 冷静になりなよ、ウィルウィル? 宗主の言う通りでしょ? 『聖人』の子孫であるその子は、『不老』でこそないけど『不死』だ。違う?」
「だからって傷ついていいことにはならねぇだろうが!」
たとえ『不死』でも、痛みはある。血も流れる。
『不死』とはむしろ、枷なのだから。
「合理的ではないね。若さ故かな?」
ウィルの叫びを、クライムは一笑に伏す。ウィルの頭に血が上り、得物を構える。向こうにはエレンも加わり、一触即発の空気が流れた。
「――おい」
その中で響いたその声は、全員の動きを奪うに十分だった。
ホムラはその場の全員に背を向けたまま、言葉を紡ぐ。
「お前に協力しとんのは利害が一致しとるからと、目的に近付く一番の近道やからや。勘違いするんやない」
ホムラは、鋭い瞳でクライムを睨む。
「貴様がわしの『大切』に触れるな。図に乗るんやない。……殺すぞ」
空気の温度が、一気に下がった気がした。クライムは、笑みを浮かべながら頷く。
「――心得ておこう」
◇ ◇ ◇
そして、圧倒的なホムラの魔法で敵を砕き、一行は深部へと辿り着く。その途中で驚いたのは、ロードの戦闘能力の高さだ。
ホムラとは全く違う、完全な前衛型の戦い。その力は、まるで。
『最強』を謳われる、テンリュウのようだった。
「さて、ここが最深部。心臓だ」
クライムが、両手を広げて口にする。
最深部。そこに至るだけで、三時間はかかった。あの『聖王のゆりかご』をも超える巨大な存在。
それが――『失楽園シャングリラ』。
絶対にして究極。望めば、世界さえも覆す。
その圧倒的な威容は、朽ちず、果てず、今も尚、紡がれている。
「世界を変え、ねじ伏せる絶対なる力。――同志よ。例のものを」
「はいは~い♪」
グリスが応じ、魔法陣を展開する。
光り輝くそこから現れるのは、無数のロストロギア。
危険度はピンから切りまで。『ジュエルシード』のような危険なものから、名前さえない力の弱いものもある。
全て、ホムラたちが集めてきたものだ。
その全てがエネルギー内蔵型。使い方によっては世界さえも破壊する程のロストロギアが、そこにあった。
「単純な数で92個。キャハハ♪ これなら起動は簡単だよん♪」
「流石だ。……本来、『失楽園シャングリラ』を起動するエネルギーは、『概念』である『神道天龍』の絶大な魔力と、『不死』たる『聖人』の無尽蔵な魔力――共に『オリヴェント式』による魔力供給が必要になる」
――『失楽園シャングリラ』。
歴史の闇に葬られた、『最強の質量兵器』たる『聖王のゆりかご』と並ぶ、『最悪の概念兵器』。
運命をねじ曲げ、世界を覆すそれを扱うことが許されるのは、『聖人』のみ。
そしてその起動には、『オリヴェント式』が必要になる。
だが、今ここに『オリヴェント式』の継承者たるテンリュウはいない。
彼女は『失楽園シャングリラ』を蘇らせることを、決して良しとしないからだ。
「本来なら、『剣聖』たる彼女がいてくれれば一番良かったが、そうもいかない。……何、案ずる必要はないぞ同志たち。要は、起動するに至るためのエネルギーがあれば良いのだ」
クライムは笑い、グリスとエレンにロストロギアを設置するように指示する。その様子を眺めながら、ホムラが口を開いた。
「ふん、それでロストロギアか。まあ、理には適っとるわな」
「ふふっ、その通りだ。それにこれならば、『剣聖』も存分に力を振るえる。かつて『覇王』に遅れをとったような悲劇は起こらんよ」
かつて、『唯一人からなる無敵の軍勢』は無念を抱いて『覇王』に敗北した。
力は互角以上であったが、『失楽園シャングリラ』に魔力供給を行わなければならなかった故に、最後の最後でその差が出てしまったのだ。
そして、呪いのような連鎖が始まり。
今日まで、あの存在はずっと続いてきている。
「……よー言うわ。結局、お前にとって『神道天龍』は道具に過ぎひんのやろ? これが起動したら、テンリュウは逆らえなくなるんやからな」
「何を躊躇う? 彼女は人ではない。それに……『ここ』こそが、彼女の目指す場所だ」
テンリュウ・シンドウが目指す、たった一つの願い。
喪われた都、『アルハザード』。
そこでしか叶えられぬ願いを抱くが故に、彼女はこちら側にいるのだから。
「ギブ・アンド・テイクだ。彼女の目的も私の目的も、これで果たせる。無論、キミたちの願いもだ」
準備が整う。クライムは、笑みを浮かべた。
「では、宣戦布告といこうか。ただ蘇らせたところで、大した威嚇にもならない。劇的に、圧倒的に。伝説の楽園は顕現するべきだ」
そして、クライムは大仰に手を広げ、宣言した。
「欺瞞の塊である管理局。偽りに満ちた平和。その全てを否定し、私たちは世界を救う」
あまりにも腐りきり。
進歩さえも否定しようとしている世界。
その全てを……覆す。
「抵抗するならすればいい。いかなる時代であれ、勝者こそが正義だ。故に私たちが正義になる」
そうして、クライムは宣言する。
「管理局最大の秘密にして、最大の嘘……『魔法』を否定する。さあ、手始めだ。再び地上を地獄に変えよう」
それが。
開戦の、合図だった。