子供の頃に奪われた全てが、私にとっての始まりだった。
地獄を見た時間は決して長くなかったけれど、それでも十分だった。
――私は、絶対に許さない。
理由なんて、それだけで十分。
私は、ようやく復讐に手が届く場所に来た。
ただ、想うのは。
もう少しだけ。
本当に、もう少しだけ。
――――笑っていたかった。
――――◇ ◇ ◇――――
戦いが激化する。
意志なき機人たちは歩みを止めることなく、我先にと進軍を始め。
それを押し止めるのは、八神はやて率いる旅団。
そして。
旅団の長である彼女の前には今、一人の男がいた。
『この期に及んで理由なんざ聞く気はあらへんやろな?』
立体映像――ホログラフ。目の前の中空に佇むこの男はしかし、本物ではない。映し出されている映像だ。
だが、それで十分。
言葉さえ交わせるなら、それで用は果たせるのだから。
「随分な真似してくれるやないか。わたしたちだけやない。一般人まで巻き込むなんて」
『それこそ聞くほどのことやないやろ。一般人? 甘えんな。そこにおるのは管理局に組する人間。わしらの敵や』
「戦う術を持たへんのにか?」
『関係あらへんな』
かつての『エース・オブ・エース』でありながら、今や管理局最大の敵の一人となってしまった男――ホムラ・イルハートは、肩を竦めながら言葉を紡ぐ。
『局員であろうとなかろうと。魔導師であろうとなかろうと。今日この時この瞬間にここにおったらその時点で戦争の当事者や。理由なんてのはそれで十全』
「……とても、元管理局員の台詞とは思えへんな」
はやては、吐き捨てるように言った。
これが、この男のようなものが、管理局の『エース・オブ・エース』だったというのか。
そんなはやてに言葉に対し、ホムラははっ、と吐き捨てる。
『若いな、若い。闘争のルールや。『彼ら』はそのあまりにも弱い自己のカードに全てを賭けた。古来より存在する闘争のルールやろうが。強者が勝って弱者が負ける。戦いなんて、どこまでも単純や』
そしてホムラは、はやてに言い放つ。
『『あなたとわたしは違う』――戦いの動機なんざそれで十分。相容れないから、ぶつかるから、妥協できないから戦うんや。それさえ理解できないんやったら部屋の隅っこで震えとけ。戦争になんざ姿を現すな。……やけど、お前らもわしらも武器をとった。なら、することは一つのはずや』
「…………」
『勝てば官軍、なんてよく言うたもんや。真理であり、絶対や。それは』
だから、戦うのだ。
どちらも、譲れないから。
『否定したかったら勝て、八神はやて。戦いはここで終わる』
「……わかった。わたしが、あなたたちを止める」
はやてはコートを翻し、杖を突きつけながら宣言する。
「正義はわたしたちや。あなたたちのそれは、エゴに過ぎひん」
『……は。欺瞞と知りつつ正義を語るか。実に上等』
ホムラの姿が歪む。
戦の口上は――ここで終わりだ。
『可能性を見せてみろ。わしらが納得できる可能性を』
ホムラの姿が消える。はやては一度大きく息を吐くと、振り返った。
「作戦は続行。第一連隊は引き続き戦線を維持。第二大隊は市民の避難を。砲兵隊は総員で第一連隊の援護や。威嚇はいらへん。殲滅する気で撃ちなさい」
はやての指示が響き渡る。状況は決して良いとは言えない。
しかし、泣き言は許されない。
背負うものがあり。
戦う理由がある。
ならば、戦うしかないのだ。
「兵団長、飛行隊の準備が整いました」
「流石や。飛行隊は敵本営へ攻撃を。先行している高町隊長を援護しつつ、速やかに敵本営を落としなさい」
「了解!」
一通りの指示を終え、はやては即席の司令室――テントに入る。それと同時に、彼女は静かに言葉を紡いだ。
「これで、ええんやろうか?」
「おめぇさんは間違っちゃいねぇ。だが……問題は魔導師連中だ。やっぱり、連携に不安がある」
言葉を紡いだのは、ゲンヤ・ナカジマ。
未だ万全とは程遠いながら、それでも管理局のために戦ってくれている人物だ。
「おっと……悪ぃ。おめぇさんも魔導師だったな」
「いえ。……やはり、魔導師は連携戦ができないのでしょうか?」
「できねぇってわけじゃねぇだろうが、難しいんだろうな。魔導師ってのはどうしたって個人差が出る。一定じゃねぇんだ。横並びじゃねぇ以上、連携は難しいやな」
ゲンヤは言う。そう……それは、今まで何度も議論を交わされ、同時に決着を見せなかったことだ。
魔導師は、個人である。
同じ技量、というのはあり得ず、だからこそスタンドプレーが多くなる。
相手は自分に何ができるかわからず、自分も相手に何ができるかがわからないからだ。
故に。
ゲンヤ・ナカジマは感情では質量兵器を認めずとも、彼の理性はそれを認めている。
「だが、否定するんだろう? だったら、迷ってる場合か?」
「…………」
「間違ってるかどうかなんてのは、俺たちが勝手に決めていいこっちゃねぇやな。だが、今こうして戦えるのは俺たちだけだ。なら――戦うしかない」
ゲンヤは、だから、と言葉を紡いだ。
「背負うってのは、そういうことだ八神。おめぇは今まで、負けなかったことがなかった。死なせたことがなかった。だが、これがリアルだ。人は死ぬ」
先輩として。
参謀として。
老練なる指揮官は、次世代を背負う者へ言葉を紡いだ。
「大切であろうとなかろうと、強くあろうとなかろうとだ。それだけは、何年経っても変わらねぇ真実だ」
背負えと、ゲンヤは言った。
「命を背負え。それがおめぇさんの義務だ。カグラの馬鹿はどうもおめぇさんたちを過保護に見るきらいがあるが。俺ぁそんなつもりはねぇ。おめぇさんはもう、子供じゃねぇだろう?」
――轟音。
空に翡翠の光が瞬き、紅の光に押し潰される。
ゲンヤが、ああ、と呟いた。
「坊主も、無茶をしやがる。……相手が、悪いだろうに」
「……わたし、は」
はやては拳を握り締め、俯く。
だが、涙だけは流さない。
「あの二人には、一人で隊を名乗らせた。……それは、同時にそれだけの憎悪を一心に受けることを意味する」
たった一人で。
向けられる数多の殺意を受け止めなければならない。
それはあまりにも辛く。
――悲しい。
「あの二人にばかり重荷を背負わせて……わたし、地獄に落とされるやろな」
「あの世に、天国なんざありゃしねぇやな」
ゲンヤは、苦笑を浮かべる。
「あの世は現世の写し身だ。この世界のどこに天国がある? 永遠の楽園が? 少なくとも、『ここ』は『地獄』だぞ八神。結局、人は誰しもそこへ堕ちるのさ。地獄へとな。……しかし、それでも俺たちは戦う。何故だ、八神?」
ゲンヤが問いかけてくる。はやては、決まってます、と頷いた。
「大切なものを守るために戦うんです。未来のために」
ゲンヤは、上等だ、と頷いた。
戦いが――激化する。
◇ ◇ ◇
スバル・ナカジマは、『ストライカー』と呼ばれる魔導師である。
奇跡を起こすとされる絶対的なまでの信頼を持つ『エース』と並び称される、その人がいればどんな逆境をも覆せるという称号。
故に、彼女は逃げることを許されない。
彼女が退くことは、隊の敗北を意味する。
――たとえ、退く理由が。
自らの同種を『壊す』ことに対する、嫌悪であっても。
それでも、退けない。
「おおおおおおおっ!」
迷いを抱きながら、しかし、それでもスバルは拳を振るう。
轟音が響き渡り、戦闘機人の一人が吹き飛ぶ。そのまま後ろの者たちが巻き込まれ、倒れ込む。
このまま押し込む――そう決め、スバルがマッハキャリバーで駆け抜けようとした瞬間、スバルの瞳が『異物』を捉えた。
戦闘機人たる彼女の瞳だからこそ捉えることのできた、違和感。
「――お久しぶりです」
開口一番、言葉と共に無数の弾丸が飛来した。スバルは彼女の俊敏さをもってそこから飛び退き、ビルの凹凸に掴まる。
現れたのは、一人の女性。
「お一人ですか? スバル・ナカジマ防災士長?」
六機のユニットを携え、空中に佇むその女性をスバルは知っていた。
エレン・ローグ。
本名を、エレン・リストリア。八神はやてを憎悪しながらもそれを隠し通し、そして、彼女に牙を剥けると同時に結果として管理局を敵に回した人物。
いや。
結果として、というのはおかしな話だ。
彼女の目的は、おそらくまだ果たされていないのだから。
初めから、彼女はその目的のために管理局にいたのであろうから。
「ああ、そういう……人命救助ですか」
不意に、エレンは笑みを浮かべてそう言った。
どこか挑発するような物言いに、スバルは僅かに拳を握る。
そんなスバルに対し、エレンは微笑と共に大丈夫ですよ、と謡うように言った。
「ここに来るまで何人救われたかは知りませんが、お疲れでしょう? しかし、ご安心ください。この先にあなたの仕事はありません」
テンリュウと似た口調。しかし、彼女とは根本的な部分で違う。
やめろ、と思った。
それ以上は、口にするなと。
丁寧でありながら、しかし、あまりにも癪に障る口調で、エレンは言った。
それを。
その――事実を。
「私たちの通り道には、死体しかありません」
「――――ッ!!」
返答は拳だった。戦闘機人モード。自身と相手への怒りが、爆発する。
スバルの容赦ない本気の一撃をビットを二つ重ね合わせることで防いだエレンは、笑みを深くする。
「あなたの瞳が要救助者を見つけるのであれば、この子たちの瞳もそれを見つけます。生かしておく意味がないなら、殺すのが道理ですよ」
「…………ッ!!」
スバルは飛び退き、距離を取る。もう一度突進しようと試みるが、その眼前に戦闘機人の一団が現れた。まるで、エレンを守るかのように。
「ッ、どけえっ!」
スバルは叫ぶが、聞く相手ではない。魔力を集中させ、魔法を紡ぐ。
「ディバイン――」
魔法を紡ぎ、敵を見据えながら。スバルは、一つ。
――戦ううちに、一つ、気付いたこと。
この戦闘機人たちは、意志も感情もない。文字通りの機械に等しい存在だ。
どのように調整しようと、意識というのは人間をベースにした時点で残るものだ。しかし、彼らにはそれがない。
グリス・エリカラン。
ファイムが口にしていた、敵の要注意人物の一人の名を思い出す。
――人の心を操る。壊す。
どこまで真実なのかはわからないが、それが真実だというのなら。
それは、あまりにも。
救いがない。
『敵の戦闘機人を救う方法は、一つしかありません』
ファイムは、この間の会議で全員に向かってそう言葉を紡いでいた。
『彼らを、壊すことです』
納得できることではなかった。しかし、しなければならないことでもあった。
もし仮に、彼らを捕まえたとしよう。それで――どうする?
後付けで感情を与える技術などありはしないし、同時に、与えてどうなるという問いがある。
かつての『ゆりかご戦役』の主犯たるジェイル・スカリエッティは、戦闘機人たちに兵器として戦力として存在する以上に『生命の揺らぎ』を求めた。意志と感情を認めたのだ。
だからこそ――彼女たちは人として生きることができる。
だが。
ここにいる戦闘機人たちは――彼らは、そもそも『兵器』として、『戦力』としてしか考えられていない。
そんな彼らに感情を与えることは、殺すことよりも酷いことになる場合があるとファイムは語った。
戦場で、道具であった彼だからこそ。
その言葉に、重みがあった。
兵器には――兵器のまま、死なせてやるのが慈悲であると。
(私たちは、戦うことを選んだ)
言葉の後に、ファイムは嫌なら去ればいいと口にした。しかし、誰も立ち去りはしなかった。
それが……答えだ。
選択の自由を与えられ、選択した以上、受け入れた以上、逃げられる道理はない。
逃げてはならない。
自分たちは、ずっとぬるま湯に浸かっていた。口だけで正義を謡い、その裏で誰がどれだけの涙を流しているか、想像さえもしていなかった。
だけど。
知ったから。
手を汚さずに守れるものなど、本当に僅かだと。
何も失いたくないのなら――奪ってでも、守るしかないと。
だから。
だから、スバルは――
「バスターッ!!」
閃光が駆け抜け、戦闘機人たちを飲み込む。エレンは――上だ!
「掃射」
エレンが短く呟くと、ニ機のビットからガトリング砲が姿を現し、スバルに照準を定めた。
銃弾――殺すための道具であるそれは、いかに戦闘機人であるスバルとてまともに浴びれば致命傷になる。
「ウイング……ロード……ッ!」
質量兵器。それも普通の犯罪者とは程度が違う。ガトリング砲という武器を使う敵に、僅かに体が震える。
剥き出しの研ぎ澄まされた殺意の嵐が、身を削る。
だが、空が飛べないスバルは、その銃弾の嵐を越えて駆け上がらなければならない。
蒼き軌跡。
螺旋状に描かれたそれを、スバルは駆け上がっていく。
銃弾によって削られていく道。それを駆け上がりながら、スバルは相棒に言葉を紡ぐ。
「マッハキャリバー!」
《ご安心を。私はあなたを運ぶための力です。振り落とされぬようご注意ください、相棒》
速度が上がる。
――圧倒的な速さ。
スバルは一瞬でエレンの許に辿り着く。
「なっ!?」
エレンは驚愕の表情を作る。そこに、スバルは全力で拳を叩き込んだ。
鈍い音が響き、エレンを守ったビットが一機、砕け散る。エレンは、短く舌打ちした。
「インヒュレート・スキル……!」
――IS・振動破砕。
戦闘機人にのみ許される能力、IS(インヒュレート・スキル)。
個々によって違うそれだが、スバルが有する能力は、『振動破砕』という強力なそれだ。
その力は対人・対物において凄まじい威力を発揮し、実現する。
エレンの装備をも砕いたのは、その力だ。
「くっ!?」
エレンは距離を取ろうと、腰に装備した装置を動かし、更に空へと駆け上がる。だが、そんな装置では歴然のストライカーからは逃げられない。
「おおおっ!」
一撃。ビットが砕ける。
もう一撃。ビットが砕ける。
更に一撃。ビットが砕け散る。
――あっと言う間に、エレンを守るビットは二つになった。
だが。
「…………ッ!?」
スバルの右腕に痛みが走る。『振動破砕』は、普通のISとは大きくリスクが違う。ある意味で『失敗』な能力だ。
対戦闘機人であろうと対人であろうと対物であろうと強力な威力を発揮するそれは、戦闘機人であるスバルにさえも反動という形でダメージを強要する。
故に使用回数に制限があり、使えるのは六発が限度。下手をすれば、腕の神経が焼き切れてしまう可能性さえある。
発動は四回。後、二回だけ残っている。
敵のビットは、後二つ。
――さぁて、答えは?
《相棒!》
「ッ!?」
マッハキャリバーの叫びを受け、スバルは後退する。
エレンは、ふん、と鼻を鳴らした。
「あなたたちと今更話をする気はなく、だから私は願います」
ビットのガトリング砲が、スバルに照準を合わせる。
「死んでください」
言葉と同時に放たれた炸裂する弾丸がウイングロードを抉り、破壊していく。
スバルは、障壁で身を守りつつ新たな道を生み出し、そこを駆け抜ける。
そうして――叫んだ。
「なんのために!? どうしてこんなことをっ!」
「問答のつもりはないと、言ったはずですが」
炸裂する弾丸。駆け抜けるローラーの音。
あらゆる場所から響く怨嗟の声と、それを掻き消す無常なる轟音。
嗚呼。
ここを地獄と言わず、何を地獄と称するか。
再び、二人が交錯する。
――互いに手札は、残り一枚。
エレンは飛び退きながら、ちっ、と彼女以外には聞こえない舌打ちを漏らした。
「……私が、魔導師だったら」
彼女にしか通じず、彼女にしか理解できない理由を、エレンは呟く。
かつては未来を嘱望され、しかし、たった一つの理不尽に全てを奪われた女性。
だから彼女は、質量兵器でその身を覆う。
「おおおっ!」
スバルが迫ってくる。エレンは迎え撃つ。
――極小型電磁砲、準備。
エレンの口元が小さく動いた。ガトリング砲が弾き出され、一発限りの切り札が姿を見せる。
レールガン。音速ををも軽々と超える、暴力の権化。
そして、スバルもまた。
「一撃!! 必倒!! ディバイン――」
魔導と質量。
相容れぬそれが、衝突する。
「バスターッ!!」
「発射!!」
――――――――!!
あまりの轟音に、一瞬、耳が利かなくなる。相殺、いや――余波で互いにダメージを負っているのだから、相殺というのもおかしな話。
「…………ッ!」
粉塵と閃光の中を、スバルはその戦闘機人の瞳でエレンを探す。
――いた!
スバルが、その姿を視認した瞬間。
《相棒!》
マッハキャリバーが声を上げた。スバルの腹部――右の腹に、重い衝撃が走る。スバルは体を仰け反らせるが、なんとかその場に踏み止まった。
――銃弾を一発、撃ち込まれた。
急所ではない。致命傷でもない。痛い。辛い。流れ出る生暖かい血が、不快感を与えてくる。
これが、質量兵器という力がもたらす結果。
優しさも慈悲もなく、ただただ、こちらを殺しにくる。
嫌だ、とスバルは思った。
こんな思い、誰にもさせたくない――!
「うおおおおおおっ!」
かつて、なのはに問われ、答えた想いがある。
相棒と共に、誓ったものがある。
そう、大切なものは。
『この手の魔法は、守るための力。悲しい今を、撃ち抜く力』
なれば。
なればこそ。
あの人に憧れた自分は、自分のままで。
《行きますよ相棒!!》
返事は必要ない。返事などなくとも、意志は伝わる。
――轟音。
エレンを守るビットが消滅し、同時にスバルの右腕にも限界が訪れる。
「とった!」
エレンが叫ぶ。その手に握るのは、小さな拳銃。戦いにはあまりにも頼りなく、人を殺すには十全過ぎるモノ。
その銃口が、スバルに突きつけられる。
だが、スバルもまた、その『左手』に力を隠している。
「リボルバー――」
引き金が引かれる。スバルのこめかみを掠めたそれは、彼女の鉢巻を弾き飛ばす。しかし、その刹那に彼女の魔法は完成する。
「シュート!!」
叩き込まれる、魔法の弾丸。それは五体を吹き飛ばすことはなく、突き抜ける衝撃によって力を奪う。
それが、魔法。
殺さず制する、不殺の力。
エレンが倒れ込み、スバルは銃弾を浴びた腹部を押さえながら、動かぬ右腕をだらりと下げながら、しかし、立っている。
決着など、こんなものだ。
「……一つだけ、八神はやてに伝えて頂戴」
不意に、仰向けに倒れた状態でエレンは言葉を紡いだ。
「私はあんたを許さない。地獄で、待ってる」
カキン、という、撃鉄を起こす音。スバルが駆け寄ろうとするが、遅い。
「……ああ、でも。少しだけ、本当に少しだけ――」
――楽しかったな。
それは、何に対しての言葉だったのか。
戦いか。
歩んできた人生か。
八神はやてを恨んだことか。
それとも――管理局で過ごした日々のことなのか。
「待っ――」
――ダンッ。
あまりにも……無情な結末だった。スバルは、やりきれなさに左の拳を握り締める。
彼女の理由は聞き及んでいる。だが、スバルは普段の彼女がどういう人だったのかを知らない。
理解する暇さえ、なかった。
それでも――こうして殺し合う。
《あなたはよくやりましたよ、相棒》
気遣いが、心に染みる。マッハキャリバーは更に続けた。
《文献による知識では、これこそが戦争です。不条理で不合理で残酷で理不尽なこれこそが》
「……うん」
《……何を、呆けているのですか?》
マッハキャリバーは、怒りを灯した言葉を紡ぐ。
《あなたにはまだやれることがある。何度でも言いましょう。まだ私たちは戦えます。『あの人』に比べれば、『彼』に比べれば私たちの傷などかすり傷です。なのに、こんなところで立ち止まるのですか?》
新たな戦闘機人たちの一団が迫り来る。迎え撃たなければならない。彼らが一般市民の元まで到達すれば、どれほどの被害が出るか想像もできない。
《あなたが折れそうな時、何度だって言いましょう。あなたが教えてくれた私の生まれた理由。憧れる強さ》
マッハキャリバーが、走り出す。
《――嘘にしないでください》
――振り抜かれた左の拳が、先制の一撃を叩き込んだ。
「ごめん。そうだった」
向かい来る敵に対し、構えを取る。
「いくよ、マッハキャリバー!」
《All,right Bady!!》
駆け抜ける。
今できることはそれだけだから。
進めるなら――進まなければ、ならないから。
◇ ◇ ◇
剣戟の音が響き渡る。同時に、竜と竜による衝突の余波が世界を揺らす。
「おおっ!」
「ああっ!」
ぶつかるのは、二人の若き騎士。
エリオ・モンディアル。
ウィル・ガーデンズ。
互いのデバイスを構え、二人は相対する。
「ふっ!」
エリオが速度を上げる。彼にとっての限界速度。
立ち並ぶビル。その側面を足場に、ある種空戦魔導師よりも自在に空を飛び回る。
フェイトに迫る速度を実現するエリオを相手に、ウィルは補足さえままならない。
(速ぇ……!)
ウィルは内心で舌打ちする。しかも、向こうにはブーストまであるのだ。理不尽この上ない。
まあ、そんなものは言い訳にさえならないのだが。
鈍い音。ギリギリ補足したと感じたが、ズレた。ウィルの腹部をエリオのストラーダが捉え、骨が折れる嫌な音と共に、ウィルは吹き飛ばされる。
着弾。
ビルを抉って倒れ込むウィル。血を吐き出す彼に、エリオは静かに言葉を紡いだ。
「僕たちが正しいかどうかなんてわからない。正直なことを言えば、管理局が信じられなくなってる自分がいることも否定できない」
管理局の在り方。
正義と悪。
何が、誰が正しいのか。
エリオだけでなく、おそらく旅団の者たちは総じてその疑問に捕らわれている。
しかし。
「だけど、キミたちが間違ってるのはわかる」
――ガラッ。
瓦礫を押しのけ、ウィルが姿を現す。その表情は、不快そうに歪んでいた。
「ほざけよ。何が正しいのかもわからねぇくせに」
「わかるよ。少なくとも、キミたちがしていることはただの傲慢だってことぐらいは」
エリオは、言い放つ。
「キミたちの言葉は正論だよ。確かに管理局は完璧じゃないし、間違っていたこともあった。けれど、それを口にするなら、どうして最初から武器を取ったんだ」
互いに武器を向け合い、二人は互いの想いをぶつけ合う。
「力を持つ者の語る正論は、ただの傲慢だ」
「だからなんだよ。正しいならそれでいいだろうが」
ちっ、とウィルは舌打ちする。正論とは、正しい論理だ。何の問題がある?
暗に問いかけたその問いに、エリオは首を左右に振って答えた。
「違う。間違ってる。僕が聞きたいのはそんなことじゃない。僕が聞きたいのは、キミたちはその正論を語るだけのことをしてきたのかだ」
ウィルの表情が引きつった。エリオは、更に言葉を重ねていく。
「できることは、たくさんあったはずなんだ。なのにそれを全部無視して武器をとって他人を傷つけて……そんなのが、正しいわけがないんだ!」
「……うるせぇよ」
ウィルは、最早憎悪さえ抱いた瞳でエリオを睨んだ。
「そんなこたぁわかってんだよ! だがな、だったらどうすりゃ良かった!? 俺は、そうしなけりゃ守れないんだよ!」
「そんなことはない! 想い一つで、きっかけ一つで変わっていけるんだ!」
ウィルは、ふざけんな、と呟く。
「甘ぇんだよ! どうにもなんねぇことなんざいくらでもあるんだ!」
だからこそ。
ウィルは、戦うのだから。
このどうしようもない世界で、それでも、彼は。
「俺が間違ってるってんなら、来いよ。潰してみろよ。倒してみろよ。超えてみろよ!」
ウィルの体に、魔力が集中する。
必殺の力。ウィルのスタイルは、パワーによる一撃必殺。
相手が速かろうと遅かろうと関係ない。
ただ、刹那の一時に敵を討つ。
「ごちゃごちゃと手前勝手な論理をぶつけてくるんじゃねぇよ! 止めたいなら! かかってこいよ管理局!!」
エリオは、静かに首を縦に振る。
――わかった。
エリオの唇が、動く。そして。
刃が――唸る。
「「――――ッ!」」
真っ正面からの激突。互いに伝わってくる衝撃に眉をひそめる。
痺れる腕。エリオは、強引にそれを持ち上げた。
「サンダー……レイジ!!」
振り下ろされる槍は、地面を穿った。雷を纏う槍。意味を悟ったウィルは、地面を蹴って空に逃げる。
果たして、予測通り。地面がめくれあがり、雷が撒き散らされた。
サンダーレイジ。『雷光』の変換資質を有するエリオが紡ぐ、雷を纏ったストラーダを地面に叩き込み、雷を周囲の地面に伝導させて敵を討つ技だ。多人数を相手にする際、かなりの威力を発揮する。
だが、ウィルは間一髪それを回避した。ダメージはない。
――目が合う。
ウィルは空中で、彼は空戦魔導師ではない。自在に動くことなど不可能だ。
しかし。
(肉を切らせて骨を断つ。叩き落としてやる)
確かに自由は利かないが、しかし、そんなものは一撃喰らう覚悟を定めていれば何のことはない。
元より無傷は望めぬ相手。カウンター、もしくは相討ち。それで終わりだ。
だが、エリオはそんなウィルの想像の外にある行動を取った。
「ストラーダ!! フルパワーだ!!」
《Jabowl!!》
魔力の爆発。それにより、捲れ上がっていた地面が瓦礫となり、宙を舞う。
――マズい。
ウィルは、反射的に身を竦めた。
陸戦魔導師は空を飛べない。だが、地上における速さは空戦魔導師より遥かに上だ。
足場さえあれば――陸戦魔導師は、空戦魔導師よりも速く、自由に動き回る。
そして、今。
無数に瓦礫という名の『足場』が舞う空は、最早空ではなく、地上。
――陸戦AAランク魔導師、エリオ・モンディアルの領域!
「くっ!」
しかし、ウィルとて陸戦魔導師だ。条件は同じ。
だが。
まるで狙ったかのように――いや、実際に狙ったのだろう。ウィルの周囲にだけ、瓦礫がなかった。
「……ちくしょう」
ウィルが呟くと同時に、エリオが動き出す。
地面を蹴り、空を駆け巡る。
それは、圧倒的な速さで。
赤髪の少年の軌跡は、実に美しかった。
「ライトニング・インパルス!!」
駆け抜けながら、エリオはすれ違いざまにウィルに一撃を叩き込んでいく。カウンターなど、合わせるタイミングがわからない。
――ガシャ…ン……!
ウィルの手に握られていたデバイス『アルガンツァ』が折れ、砕ける。
それは、彼の心が折れた証。
「おおおっ!」
あまりにも速い速度は、自身にまでダメージを強要する。エリオのバリアジャケットは、所々が破けていた。
しかし。
勝者は、彼。
右腕に紫電を纏い、空より飛来する赤き少年だ。
「……くそっ」
ウィルの、諦めと共に。
拳が、彼を討つ。
「紫電!! 一閃!!」
◇ ◇ ◇
最早その場所は、爆心地のようであった。
ビルは薙ぎ倒され、地面は捲れ上がり、道路は道路としての機能を果たしていない。
その爆心地の中心に立つ女性――テンリュウ・シンドウは、酷く冷たい瞳で言葉を紡いだ。
「五体を吹き飛ばしたつもりでしたが。存外、持ちこたえますね」
その視線の先にいるのは、瓦礫に背を預けて座り込んでいる青年――ファイム・ララウェイだ。
「しかし、ここがあなたの限界、そして境界です。同じ次元に立とうと、そもそもあなたと私では存在始まりが違う」
厳しい言葉。しかし、それは真実だ。
片や、その他大勢の一人が縋りつくようにして辿り着いた結果。
片や、最強となることを願われ、そうなるべくして研ぎ澄まされた存在。
次元が違うというのは、こういうことを言うのだろう。
「……まだ、立つのですか」
しかし――しかし、だ。
それは絶望の理由になっても、挫折の理由になっても。
――諦める理由には、ならない。
「リンネ!! ミリアム!!」
《All right!!》
『はいっ!!』
二人の相棒が応じてくれる。堕天の翼――三対のうち、四つをもぎ取られたそれをはためかせ、ファイムは前を見る。
足が震える。恐怖ではなく、純粋なダメージでだ。
しかし。
こんなのは――いつものこと。
この様は、普段と何も変わらない。
無様であることは、自分が自分である何よりの証拠だ。
「あなたは」
ファイムの瞳を見据え、より一層冷淡な表情でテンリュウは言葉を紡いだ。
「あなたは愚者ではない。賢者です。自らの立ち入るべき領域を理解している。だからわかるはずです。――ここは、あなたの踏み込んで良い領域ではありません」
断言する言葉。テンリュウは、更に続ける。
「ここは、天才たちの、怪物たちの領域です。天才はいます。怪物も。残酷なようですが、人はそもそもから平等ではない」
あなたは場違いだ――テンリュウは、そう言い切った。
ファイムは、本当に、本当に僅かだけ苦笑する。
――本当に、この人は。
優しいのだろう。甘いのだろう。
言葉で――折ろうとしてくる。
しかし。
「だから、なんだ」
ファイムは、『そんなこと』で折れはしない。
才能がないことも。
力が足りないことも。
すでにもう、理解していることだから。
「止まれないんだ。ここまで来たんだ。ないものねだりをする気はない。御託はいい。ここはどこだ?」
《Jacket purge》
右腕のバリアジャケットが弾け飛び、機械の腕が露わになる。
「あなたと僕は敵同士で、ここは血が流れ、死体が転がる戦場。砲撃の音と阿鼻叫喚が響き渡る、この世の煉獄。『あなたと私は違う』――さあ、殺し合いだ」
精一杯の虚勢。勝てるとは思えないし、そうそう長く戦えるとも思えない。
しかし、だ。
少しでもここでテンリュウを足止めできれば、それだけで味方の損害は減らせる。以前『海鳴』で資料を見つけ、調べることになったワード。
――『唯一人からなる無敵の軍勢』。
『最強』たるテンリュウ・シンドウは、個人ではない。少なくとも伝承では、たった一人で一国の軍隊を撤退させることさえ平然とやってのけている。
人間ではなく。
怪物ではなく。
化け物とさえ呼べない。
個人の形をした、軍勢。
それが――調べていくうちにファイムが抱いた感想だった。故に、彼女を押し留めることには意味がある。
そんなファイムの想いを読み取ったのか、テンリュウは成程、と微笑を浮かべた。
「やはり、人間は素晴らしい。実に、素晴らしい」
微笑は一瞬。彼女の表情は、すぐに戦士のそれへと変わる。
「では、その首貰い受けましょう。何を愚かなことを口にしていたのか。全身全霊を持って、我が刃にて沈めること。それこそが礼儀だというのに」
凄まじい威圧感。ファイムは拳を握り締め、負けじと魔力を紡ぎ上げる。
「ミリアム!」
『はい!』
ユニゾン状態の相棒に声をかける。そうして、全力で左拳を突き出した。
「「ウインドバスター!!」」
《Wind Buster!!》
紡がれる、風を纏った閃光。それはテンリュウに直撃するが、その薙刀によって打ち払われる。造作もなく。
その結果に内心で舌打ちしながら、ファイムは動く。ミリアムとのユニゾンによって得られる加護は、実に単純なものだ。
――強化。
風を纏う魔法の威力が、飛躍的に上昇するのだ。それは、ミリアムを示す名である『緑風の紡ぎ手』という言葉に起因する。
『緑風』とは、古代ベルカにおいて『暴風』を意味する。謂れは、暴風によって自然が巻き込まれ、緑色の暴力となったことからくるらしい。
同じ『風』であっても、リィンフォースとは対極にある『力』を授ける魔導師の友。
頼りになる――相棒だ。
「このような力で――」
テンリュウが呟くが、それは途中で途切れる。彼女の視界に映るのは、張り巡らされた翡翠の光を纏うワイヤー。
――三次元型封印結界。
かつては『緑風』さえも数分の間、完全に行動を奪われた古代魔法の模倣。
通常ならば、隙が生まれるはずの攻撃。だが。
「いい魔法です。しかし、足りません。これでは、足りない」
薙刀の形状をしたデバイス『桜花』を地面に突き刺し、テンリュウは『血桜』を手に取る。普段、左手で抜いているそれを、右腕で。
「夢魔龍閃・百花繚乱」
――――――――。
音が消えた。ファイムの目に映ったのは、紅の閃光がいくつか走った……ような気がしただけ。実際は、数十を数える剣戟の軌跡がテンリュウの周囲を蹂躙していた。
近くにいれば――間違いなく、五体を切り刻まれていたであろう絶技。
結界を構築していたワイヤーは千切れ去り、結界は砕け散る。一瞬の拘束さえ許されなかった。
しかも、テンリュウの技のあまりの威力に地面が砕け、周囲を瓦礫が舞っている。
どれだけの差が、あるというのか。
《Wind Move》
しかし、だからといって止まるわけにもいかない。ファイムは空中に浮かぶ無数の足場を利用し、縦横無尽に空を駆け回る。
それは奇しくも、エリオ・モンディアルという少年騎士が使った戦法と同じものだった。
もっとも――
「成程、情報にありましたね。『地上本部のエース』は、魔導師としての基礎を全て習得した凡才の極致にあると」
ファイム・ララウェイは、凡人である。
自身の限界を理解しているし、できることに限りがあることも重々承知している。だからこそ、ファイムは自らが習得できる全てに手を出し、一定以上の力を手にした。
空戦魔導師でありながら、陸戦魔導師の戦い方を習得し。
ミッド式の魔導師でありながら、近代ベルカ式を学んだ。
そうして――古代魔法にまで手を出した。
かつては、管理局のために。
今は――たった一人の、誰よりも大切な人のために。
「確かに、努力したのでしょう。研鑽を積んできたのでしょう。血が滲むほどに。血反吐を吐くほどに。それほどの重みが、あなたの拳には宿っている」
加速。加速。加速。
体が軋むほどの速度まで到達し、ファイムはテンリュウに迫る。狙いは、テンリュウの背後。それも、首。どれだけ鍛えようと、弱点である場所だ。
――されど。
テンリュウが、呟いた瞬間。
「――――」
ファイムの腹部に、テンリュウの回し蹴りが叩き込まれた。ファイムは吹き飛び、血を吐き出す。テンリュウは、静かに言葉を紡いだ。
「戦いとは、人生の競い合いです。それまでの過去が勝敗を決める。……あなたの場合は、そこに訪れるはずだった未来を足すことで、更なる力を望んでいる。成程、間違ってはいないでしょうね。それならば、あなたとは次元を異にする天才たちとも渡り合えるでしょう」
テンリュウは、謡うように言葉を紡ぐ。
「しかし、私は人ではない。人であった頃の名と過去は確かにありますが、今更そんなものに意味はない。私の膨大な過去は、『神道天龍』という存在そのもの。そもそも人間が私に勝てるわけがないのですよ。……さて、この戦も各所で決着を見せ始めている様子。――そろそろ、死んでもらえますか?」
テンリュウが血桜を抜き、切っ先をこちらに向ける。立とうとするが――立てない。
地面を蹴る音。死が、迫ってくる。
轟音。そして、沈黙。
ファイムの腹部に――深々と、血桜が突き刺さっていた。
「『概念』に成ったところで、死なないわけではありません」
刀から手を離し、テンリュウは言う。
「首を落とせば死にますし、心臓を潰されても死にます。ましてあなたは、失われた秘術で強引に『概念』となった存在。殺さば、死にます。元々、死を誤魔化すようにしてそこに至ったようですしね」
むしろ、不安定な分死にやすい――テンリュウは、そう言った。
嗚呼、とファイムは呟く。
――世界が、閉じる。
痛みはもう感じていない。終わりが近づいてきている。手招きしている。地獄が、自分を呼んでいる。
ここが、終着点。
限界点。
見えていた終わりが――ここに集約する。
『ファイムさんっ!!』
《マスターッ!!》
声が聞こえる。酷く響く声が。
これはなんだろう、何なのだろう。
嗚呼。
嗚呼。
嗚呼……そうだった。
『ファイムくん!!』
幻聴。大切な人の声。
けれど。
その人の声は、涙に濡れていた。
嫌だな、と思う。
それは――嫌だ。
あの人には、笑っていて欲しいから。
……ズル……ッ……
生理的に思わず嫌悪感を抱いてしまうような音が響き渡った。刀を抜き去り、ファイムは立ち上がる。激痛が、今更襲ってきた。溢れ出る血が、地面を濡らす。
「十二年前なら、良かった。あなたに心臓を抉られても。首を飛ばされても。だけど、ダメだ。僕を殺すのは、僕自身の役目だから」
何もなかったあの時なら。
一度死んだ、あの日なら。
だけど。
今は、違う。
守りたいものがあって。
成し遂げたい、ものがある。
「……まだ、立つのですね」
テンリュウは、どこか悲しげな表情を浮かべた。ファイムは、拳を握る。
「諦めないために、こうなったんだ。この様に、なったんだ。泣きたくないから、涙を消すために怪物になったんだ。化け物になったんだ。成って、果てるために」
テンリュウが駆ける。瞬間、紅の刃が彼女を襲った。
「――――ッ!」
彼女にしては珍しく、不意を衝かれたのだろう。それでも『血桜』を回収しているのは流石だが。
ファイムは舌打ち。彼の足下にできた血溜りから、何本もの血で形成された槍が突き出していた。
――禁忌の魔法、ブラッディ・ランス。
戦争が生んだ、魔力を一切使用せず、自身の血を媒介に刃を形成するという、己の命を平然と縮めるような魔法。 魔法の秘密を内包する、危険な力。
「そんなものまで……」
テンリュウは、驚愕の表情を作る。そして、気付いた。
これを使うということは、ファイムは『知っている』のだということに。
「……成程、それが覚悟だというのなら。良いでしょう」
テンリュウは呟く。ファイムは、内心で自身を鼓舞した。
――さあ、ここからが正念場だ。
どこまで、耐えられるか。
勝負。
◇ ◇ ◇
カグラは全力で駆けていた。彼が愛用する車を運転し、市街をを駆け抜ける。
目指す場所は決まっている。すでにこの場所から打てる手は全て打った。だが、この状況を覆すにはまだ打たねばならない手はいくつもある。
幸いにも――本当に幸いにも、一般市民は予測よりも被害が少ない。それでも市民のうち、二割以上は行方不明か死亡しているのだが。
避難にはまだまだ時間がかかる。ならば、すべきことは限られている。
……ザザッ……ザッ……
無線から、無機質な音が響いてきた。カグラは、唇を噛み締める。
管理局地上本部の司令部は、街の中心部にある。最奥に聳える地上本部にではなく、だ。そこにある理由は、管理局は市民の盾であるということを示すため。
しかし、盾となるべきその場所は……すでに呑み込まれている。
『諸君。私は本部のルドルフ中将である。この通信が通じているかはわからない。だが、通じていると信じて、誰かに届いていると信じて送信する』
ギリッ、という音が車内に響いた。カグラの歯軋りの音だ。
『もうすぐここは陥落する。狂気が、すぐそこまで迫っている。故に、この通信を聞く者たちに最後の命令を送る』
無能な人だった。憤りを覚えたことは、一度や二度ではなかった。
『抵抗し、守り切れ。希望はある』
だが、あの人は。
男の中の――男だった。
『さようなら。君たちに栄光を。祝福を。――光あれ』
爆発音。それも途中で途切れ、通信が途絶える。
聞こえるのは、ノイズのみ。
「……ざけやがって!」
カグラが叫ぶ。瞬間、車の周囲で爆発が起こった。ロケットランチャーだ。戦闘機人たちに捕捉された。
車が制御を失い、瓦礫に突っ込む。ひしゃげた車。戦闘機人たちが駆け寄るが、車に触れようとした瞬間、二十人近くいた戦闘機人のうちの一人が、頭を吹き飛ばされた。それにより、動きが止まる。
「汚ぇ手で俺の愛車に触れんじゃねぇよガキども」
戦闘機人たちが、姿を現したカグラを取り囲む。その瞳には、殺意も興味もない。
「来いよ、化け物ども」
カグラは自身のデバイス『ヘルダスト』を構え、宣言する。
「人間を人間たらしめんのは、その意志だ。あの馬鹿を見てると、酷くそう思う。テメェらの親玉たちより、あいつのほうがよっぽど人間だよ。さあ、来いよ化け物ども。戦ってやる」
カグラの言葉。戦闘機人たちは動かない。
そこへ。
「―――ははははははははははははははははっ!」
甲高い交渉が響き渡った。直後、凄まじい質量が落ちた轟音が響き渡る。
禿頭の、鎧を纏った男。
狂気を纏い、しかし理性をも纏うそいつが、笑っていた。
「流石だ! 流石だぞ隊長! やはり素晴らしい! そのような体で! 衰えた肉体で! 必死の戦場で戦ってやる!? 間違いない! やはり俺様の直感は間違ってはいなかった! そうだやはりそうなのだ!」
戦闘機人たちが、一歩、退く。意思も感情もないはずの彼らが。
まるで――怯えるように。
「貴様が、お前が、お前たちこそが! 我が怨敵! 我が宿敵! 打ち倒すのは俺様だ! 俺様のものだ! 殺していいのは俺様だけだ! 誰にも渡さん! 誰にもだ!」
カグラは煙草を咥える。そうして、ああ、と頷いた。
「俺も、テメェとはいずれ殺し合うことになるとは思ってた。テメェが管理局にいた頃から――いや、テメェと初めて会った日からだ。テメェは違う。あまりにも、違い過ぎる」
人から逸脱した者は、どうしようもなく歪んでいく。
ファイムもいずれ、そうなっていくだろう。
テンリュウは、もうすでに歪んでしまっている。
だが――この男は。
初めから、歪んでいる。
「ならば、殺し合うは必然!」
リヴァイアス・バルトマカリ。
異端の魔導師は、高々と宣言する。カグラは、ふん、と鼻を鳴らした。
「……どけっつっても、聞かねぇんだろどうせよ」
「然り! 待ち望んだ宿敵だ! 貴様の翼は、俺様が叩き折る!」
「翼なんざとっくに折れてるんだがな。まあ、いいか。……俺にも用事があるんだよ。ちゃちゃっと済ませる。異存はねぇな?」
「一撃のもとに敵を粉砕するがベルカの神髄なり。カグラ・ランバードよ。貴様とて、ベルカを学んだ身であろう。それが愚問とわからんか?」
「それもそうだ」
二人は向かい合う。その最中、時に、とリヴァイアスが言葉を紡いだ。
「隊長よ。敢えてそう呼ぼう。あの場所には、貴様の宿命が待っているぞ」
なんだ、と問う暇もなかった。
――激突。