魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第二十六章〝仮面の下に、潜むモノ〟

 

 高町なのはは想像外の敵に苦戦していた。

 名を、ロードといったか。彼女と相対する仮面を着けた正体不明の男は、今まで彼女が戦った中では間違いなく最強クラスの強さを有していた。

 フェイトのような速さ。

 シグナムのような強力な一撃。

 ヴィータのような鉄壁の守り。

 はやてのような広域魔法。

 そして――自分のような、砲撃魔法。

 全てを兼ね備えたような、隙のない戦闘力。

 

「…………」

 

 ロードは戦闘開始から一度も言葉を発していない。そして無言のまま、身を捻る。そのまま、その捻れを解放。

 ――轟速。

 フェイトのそれと同等、あるいは上回るのではないかという速度でロードが迫ってくる。なのははほとんど反射神経だけでレイジングハートを構えると、迎え撃つための術式を構築する。

 衝撃が、腕から全身を駆け抜ける。

 シールドで防いだその一撃は圧倒的な威力を有していた。なのはの腕が軋みを上げる。

 

「…………ッ!」

《Bind》

 

 だが、その代わりに捕らえることができた。ロードの拳をカウンターの要領で絡め取る。

 高町なのはの近接殺し。必殺の一撃が紡がれる。

 

「全力!! 全開!!」

《Strike Stars!!》

 

 放たれる必中の一撃。ロードを飲み込んだその一撃は地面を抉り、吹き飛ばす。

 薬莢を排出するレイジングハート。だが、なのはの表情に喜色はない。

 

「足りないかな?」

《おそらくは》

 

 問いかけるなのはの言葉にレイジングハートが冷静に応じる。

 ――刹那。

 煙を引き裂くようにロードがこちらに向かってきた。なのはは大きく空へと飛び上がり、距離をとる。

 

「アクセルッ……」

《Accel Shooter》

「シューターッ!!」

 

 放たれるは、50を数えるシューターの雨。文字通り雨の如く降り注ぐそれを、ロードは紙一重で避けていく。

 世界最高クラスの魔導師戦闘。それは、文字通り紙一重の戦い。

 そして。

 数発、その身に浴びながら、ロードは嵐を突破。なのはに迫る。対し、なのはも黙って待つわけではない。

 ――紡がれたのは、二つの軌跡。

 あまりの速さに、二人の動きはその軌跡でしか追うことが許されない。

 そして、その衝突の果てに。

 二人は、互いにゼロ距離から砲撃を放ち合う。

 

 轟音。

 

 この戦いが始まってから幾度目か、オーバーSランク同士の衝突が大気を揺らす。

 

「「…………ッ」」

 

 二人は同時にダメージによって動きを止め、そして、僅かにロードの方が動き出すのが早かった。

 ロードの拳が、なのはに迫る。

 避けられぬ軌道。回避は諦め、受ける覚悟を決める。

 ――瞬間。

 

「ウィンデルシャフト!!」

 

 叫びと共に、一人の騎士が割り込んできた。その騎士が放った一撃により、ロードが弾き飛ばされる。

 現れたのは、トンファー型のデバイス『ウィンデルシャフト』を携える紫色の髪の女性。

 ――シャッハ・ヌエラ。

 聖王教会のシスターであり、その腕はシグナムと並び称される程の人物だ。

 

「ご無事ですか!?」

「シャッハさん!?」

 

 なのはが驚きの声を上げる。シャッハははい、と頷いた。

 

「我ら聖王教会も、加勢に参りました。援護します」

 

 油断なく得物を構えながら、シャッハは言う。

 ただ――

 

「……高町教導官、何者ですか奴は?」

「……わかりません」

 

 シャッハの言葉に対し、なのはは首を左右に振る。相手はシャッハの一撃を不意打ちで受け、直撃を貰ったはずなのに大したダメージを負った様子がない。

 ロード。

 本当に、何者か。

 この底知れなさ、まるであの『最強』のようだ。

 こちらを見つめるように顔を向けてくるロード。その姿を見据え、シャッハは一度息を吸い込むと言葉を紡いだ。

 

「ランバード殿の指示により、盛り返しが始まっています。あとは、あの艦を沈めるのみ」

 

 シャッハが視線で示すのは、敵の本拠地たる次元航行艦。

 確かに、あれさえ沈めれば一定の終息は見せ始めるだろう。

 しかし、その前に目の前の男をどうにかしなければならない。

 そうしなければ、何も果たせない。

 

「…………」

 

 視線の交錯は一瞬。二人は、互いに逆方向に動き出す。

 シャッハは陸戦魔導師である。今も魔法陣を足場にしている状態だ。空戦ではその力を十全に発揮することができず、戦闘には制約ができてしまう。

 故に、高町なのはが無数の魔法陣を作り出し、足場を用意する。

 戦場を、騎士が駆け抜ける。

 ファイムやエリオ、スバルがそうであったように、陸戦魔導師の行き着く先はいつだって一つ。そう――空中で足場を用意し、駆け抜けること。

 対し、ロードはシャッハの攻勢を迎え撃つ。的確に受け、もしくは受け流していく。

 そして。

 正に瞬きの一瞬に行われた刹那の攻防は、ロードに軍配が上がった。

 

「――――」

 

 シャッハの表情が驚愕に彩られる。カウンター。この速さをものともせず、ロードはそれを為そうとしている。回避は間に合わない。

 そして、その拳がシャッハを捉える瞬間。

 

「エクセリオンバスターA.C.S!!」

 

 なのはが、ロードに向かって突進を敢行していた。下手をすればシャッハをも巻き込む攻撃に、ロードの反応が遅れる。

 ――直撃。

 魔力の刃は咄嗟にロードが突き出した右手に突き刺さり、貫いている。

 その様子を確認すると同時、なのはは一瞬の躊躇いもなく魔法を紡いだ。

 

「ドライブ!!」

《Yes,drive!!》

 

 放たれた砲撃は、狙い違わずロードを飲み込んだ。

 そして、二人はその場から離れる。

 

「ご無事ですか!?」

「すみません、ありがとうございます」

 

 肩で息をしながら、なのはの言葉にシャッハが応じる。手応えはあった。それなりのダメージは入ったはずだ。

 ――煙が、晴れる。

 

「…………」

 

 ロードは負傷していた。だらりと下げた右腕からは血が滴っており、深いダメージが入ってるのは明白だった。

 しかし、その事実よりも一つの結果が二人の目を引き付ける。

 ――素顔。

 その仮面が剥がれ落ち、その顔が露わになっていた。

 端正な顔立ちだ。美形、と称するべき顔つきだろう。ただ鋭い瞳は他者を射抜く、冷たい光を宿している。

 

「…………」

 

 なのはとシャッハは互いにデバイスを構え直す。顔が見えたからといって、彼女たちがすることは変わらない。

 ――チリッ。

 不意に、肌が泡立つような感覚に襲われた。男の瞳が、更に鋭くなる。

 来るか――二人が身構えた瞬間。

 

 

「はい、ストップだよん♪」

 

 

 声が響いた。二人は弾かれたように顔を上げる。

 上空より――一人の少年が降りてくるところだった。

 グリス・エリカラン。

 狂気の具現たる、最悪の魔導師。

 

「いやいや、想定外想定外♪ まさか死んでる間にこんなことになってるなんてね~♪」

 

 キャハハ、とグリスは笑いながらロードに歩み寄る。空中で歩く仕草をする辺りが、実にわざとらしく道化じみている。

 

「死んでもボクは生き返るから別にいいけど。やっぱりあれだね。すぐに対応できないのは問題だね~?」

 

 グリスが歩み寄ると、ロードは構えを解いた。それを確認し、グリスは振り返ると笑みを浮かべながら言葉を紡いでいく。

 

「さて、退くよ? 怖い怖いお侍さんが来ないうちに。……ああ、いや、手遅れか」

 

 グリスの表情から笑みが消え、同時に紅の閃光が駆け抜けた。

 現れるのは――『最強』の存在。

 

 事態は、より混沌へと堕ちていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 蒼い煌めきが、ギンガ・ナカジマの体を切り裂いた。

 その体が力を失い、倒れ込む。ウイングロードから足を踏み外し、地上へ落下していく。

 

「…………」

 

 そこへエリアはとどめの一撃を叩き込もうとしたが、それはもう一人の相手によって止められた。

 ソラ・ウィンガードは、死神の鎌のような形態――『サイスモード』のヴィクトリアを振り抜く。視界の外から打ち込まれたそれをしかし、エリアは難なく受け止め後退する。

 

「……はっ……はっ……」

 

 ソラの息は荒い。対し、エリアは息一つ乱していない。

 それが、二人の状況を如実に示していた。

 

「相棒が墜ちた。お前はもう独りきりだ。まさか勝てるとは思っていまい。諦めろ」

 

 エリアは静かに言い捨てる。ソラは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「そういうわけにもいかねーんだよ。一応、仕事でやってんだ。……いや、そんな御託はどうでもいいか」

《Blade Mode》

 

 ヴィクトリアが大剣へと形状を変える。ソラは、正直、と言葉を紡いだ。

 

「戦うのは嫌いだ。痛いし、しんどいし。手ェ抜けんなら抜くさ。死にたかねぇけど、別に死んでもいいしさ」

 

 死にたい、とは思わないが。

 別に、死んでどうというわけでもない。

 

「でもあれだ。負けるにしても何にしても、責務は果たさなきゃなんねーだろ。ま、それに。理由もできたしさ」

 

 口調は不遜。しかし、熱い想いは真実だった。

 忘れたと思っていた。こんなのは。

 納得いかない――なんてのは。

 ギンガがやられたことが、許せないなどという気持ちは。

 

「敵討ちとか、正直縁遠い言葉だと思ってたけど。……いやー、わからんもんですね。わたしはこれを、『あり』だと思ってます」

 

 口調が変わる。何かを感じたのか、エリアは剣を構え直した。

 

「……てなわけで。その首、わたしに譲っていただけません――」

《Sonic Move》

 

 ソラの姿が消える。高速移動。一瞬で、エリアの前にたどり着く。

 

「――か?」

 

 笑顔。エリアは片方の剣を防御に回すと、向かってくるソラに向かって剣を突き出した。しかし、それは虚空を裂く。

 ――幻術。

 エリアがその答えに辿り着くと同時に、その背後にソラが現れる。そして。

 

「紫電!! 一閃!!」

 

 轟音。

 彼が知る騎士たちの奥義をソラは放つ。それに対し、微かな笑い声が聞こえた。

 

「……その技で私に挑んだ愚行、地獄で後悔するといい」

 

 エリアの双剣が煌めく。ソラは大きく後退。間一髪で避ける。

 そして。

 

「ヴィクトリア! フルドライブ!」

《Yes,Mode Blade Master!!》

 

 姿が変わる。上半身の装甲を限りなく薄くし、二本の刃をその手に握る姿へと。

 かつて憧れた、最強の騎士。

 それを目指して辿り着いた、あまりにも空虚な姿に。

 

「ここで決める! 一撃必殺!!」

 

 長引けば不利になっていくことは必至だ。故に、ソラは最後の一撃をその手で振るう。

 対し、エリアは僅かに微笑。

 ――二人が、衝突する。

 

「我流極星、流れ星!!」

「氷姫!! 轟閃!!」

 

 轟音。

 大気が揺れ、光が瞬く。ソラが展開していた霧の結界が、衝撃で吹き飛んでいく。

 果たして――勝者は。

 

「――我が刃の真似事か。なるほど、猿真似にしては中々だ。褒めてやろう」

 

 エリアが静かに口にする。ヴィクトリアは砕け散り、ソラの体が傾いた。その体には、大きくバツを描いたような傷が刻まれ、血が溢れ出している。

 空中で徐々に体を傾かせるソラ。その体を、エリアは胸倉を掴んで止めた。

 クリスティナを鞘に納めると、エリアは自身の変換資質を用いて氷の剣を二本、生み出す。

 

「だが、浅慮だった。その程度の実力で私の眼前に立ったこと、後悔しろ。貴様は墓標だ。貴様の死をもって、管理局に知らしめてやろう」

 

 エリアはソラを投げ捨てる。ビルの壁面に直撃。意識がないソラは、乾いた呻き声と共に血を吐き出す。

 そして、その体が落ちる前に。

 

 ――ズンッ。

 

 氷の剣が、ソラの掌を貫いた。二本の剣が、正確に。

 まるで磔にされた罪人のような姿になるソラ。エリアは、そんなソラに背を向ける。

 

「足りぬ力で敵と戦うことは、愚の骨頂だ。管理局も目を覚ますべきだろう。貴様らはもう、誰も守ることはできないのだとな」

 

 そうして、踵を返して進もうとしたエリアの眉が、跳ね上がる。

 これは。この――気配は。

 

「……テンリュウの、魔力? なんだこれは。こんなもの、私は知らんぞ」

 

 まるで世界そのものを焼き尽くしかねない勢いで唸る魔力の気配。見上げれば、空が唸りをあげている。

 ――なんだ、これは。

 エリアは呟くと、体を一度震わせ、空へと駆け上がった。

 

 戦いが――終わる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 理不尽だなぁ、とファイムは呟いた。

 力の差があること。

 勝てないこと。

 勝てるはずがないこと。

 その全てを理解し、納得し、戦場に立っている。

 それでも。

 ここまでなのか、とは思わずにはいられない。

 

「砲撃が二つ。斬撃が二十。刺突が十二に、打撃が十五。この数分の間にあなたが受けた傷です。……まだ意識があるのですか?」

 

 その声色は。

 憐れみさえ、宿していた。

 ――ファイム・ララウェイは、決して強い魔導師ではない。一般水準より上というだけで、『エース』と呼ばれる魔導師の中では最弱の立場にある。

 しかし、それでも彼が戦ってこれたのはその能力故にだ。

 いかなる状況であっても相手と自分の力量を正確に見極め、的確な手を打つクレバーな思考。時には不意を衝き、卑怯と謗られることさえもやろうとする覚悟。

 それが、彼に勝利をもたらしてきた。

 しかし。

 目の前の相手は、そんなファイムの全てを否定する。

 ――届かない。

 言葉にしてしまえば、それだけのこと。

 何をしようと。

 どうあろうと。

 ファイム・ララウェイは、彼女には――『最強』には届かない。

 

「結局のところ、理由など関係ないのです。戦いは、単純」

 

 テンリュウは、ふぅ、と息を吐き出した。

 

「強い者が勝ち、弱い者が負ける。ただ……その全てが酔いしれる程に良いものではない。それだけの話です」

 

 数多の戦いを超え。

 そして、気が遠くなる年月をその身に記憶として刻む女性は、悲しみを称えた口調でそう言った。

 

「しかし、夢のために、目的のためには戦うことも道理。あくまで手段ではありますが、だからこそ大切なのです」

「……目、的?」

「聞き及んでいるでしょう? 世界の理に縛られる私が何を愚かな、と思われるかもしれません。しかし、それは私にとって唯一の、譲れぬもの」

 

 テンリュウは言いながら、酷く、寂しそうな表情をしていた。

 それは。

 自らの言の意味を知り、しかし、それでも進むと決めた故か。

 理に反し、それでも尚……。

 

「我が師を、もう一度。あの方ともう一度逢うこと。それのみが私の願いであり、私が私である理由」

 

 死者の、蘇生。

 それは人類史において何度も何度も望まれてきたことであり。

 そして――望んではならないこと。

 

「あなたとて、生き返って欲しい人の一人や二人、いるでしょう? 結局、人はその誘惑からは逃れられない。……私のような、化け物でさえ」

 

 テンリュウは目を伏せる。

 ファイムは、刹那の逡巡を経て。

 ――『最強』を、否定した。

 

「やっぱり、間違ってる」

 

 震える手で地面に触れ、体を支えながら、ファイムは立ち上がろうとする。

 だが、無様に倒れ伏す。

 ミリアムの反応はない。おそらく、意識が落ちているのだろう。

 それでもユニゾンを保っているのは、彼女の意地か。

 

 ……ありがたい。

 

 彼女のおかげで。

 ファイム・ララウェイはまだ死んでいない。

 

「生き返って欲しいなんてのは、僕たちの押し付けだ。『そんなこと』を理由に、その人の人生を否定しちゃいけない」

 

 立ち上がれるか、いや、立ち上がれば殺される。

 しかし。

 ファイムは、立ち上がるしかなかった。

 ここはきっと、譲ってはならない場面。

 だって。

 だって、それは。

 

「僕たちはエゴで生きてる。そうして他人を傷つけて、傷つけられて、そうやって生きてる。それは人の本質だ。生きてる以上は、傷つけ合う。どうしようもない。……あなたは」

 

 瓦礫を支えとし、血を吐き出しながら、ファイムは立ち上がった。

 その言葉を、届けるために。

 

「あなたは、また巻き込むつもりなのか?」

 

 生きることは苦しみである、などとはよく言ったものだ。

 でも、実際にそうなのだろう。

 死ぬことが救いだとは、少しも思わない。

 ――だけど。

 何も得られなくなる代わりに、何からも与えられなくなる。

 楽しみも。

 ――苦しみも。

 嬉しさも。

 ――憂いも。

 愉悦も。

 ――憤りも。

 希望も。

 ――絶望も。

 その場所から、無理矢理に引きずり出すなど。

 許される、わけがないのだ。

 

「……それも道理でしょう」

 

 テンリュウは頷く。頷いた上で、しかし、と言葉を紡いだ。

 

「納得など、私はできない。間違っていることも理解しています。愚かであることも、私の醜さも。しかし、ダメなのです。理性が納得しても、感情が受け入れない。何も、何一つとして」

 

 テンリュウは、鞘に納められた状態の『血桜』を振る。それはファイムを掠め、その僅かな衝撃だけで、ファイムは倒れた。

 ――しかし、彼は再び立ち上がる。

 無様な姿で。歯を食い縛りながら。

 それでも、立つ。

 テンリュウはその姿を笑いはせず、むしろ、慈しむように見ていた。

 

「私は、あの方に救われた。奴隷であった私に手を差し伸べ、力を与えてくださった。あの方が私に利を見ていようと構わなかった。あの方は、私の全てだった。あの方だけが、私を見つけてくれた!」

 

 テンリュウは叫ぶ。そして、ファイムの血で汚れた右手で、自身の顔を覆った。

 

「怖いのです。私は。私たちは、『神道天龍』は弱いからこそこうなった。涙を流し、枯れ果てた後に、『化け物』と成った。成って、果てるために」

 

 ――不思議だった。

 世界最強の存在であるはずのテンリュウが、『怖い』と口にする。

 それは、適う敵などいない彼女にとって最も似合わない言葉のはずなのに。

 酷く――似合う言葉だった。

 

「大切だったはずなのに。大切なのに。思い出せなくなっていく。あの方の記憶は『ここ』にあるのに、私はあの方が思い出せなくなっていく」

 

 自身の胸元で強く手を握り締め、テンリュウは言う。

 

「声も、優しさも、顔も。何もかもが『私』から消えていく。思い出せなくなっていく。私はどうすれば良いのです? どうすれば良かったのですか? あの方だけが――私を呼んで、くれたのに」

 

 それは、涙色の独白。

 追い詰められた『最強』――いや、『孤独』が漏らした言葉。

 強くあれば、人は孤立していく。

 そもそもが人でないなら、尚更だ。

 ……おそらく、『神道天龍』とは続いていく存在なのだろう。

『神道天龍』という存在を代々で継承していくことにより、数多の記憶と命を内包していく。

 その膨大な『過去』という『記憶』は、元々は『別の誰か』であった新たな『神道天龍』を、塗り潰していく。

 確かに――怪物だ。

 そもそも、『そこに在って然るべき存在』である『神道天龍』。内包する命はおそらく、一つ二つでは済まない。

『唯一人からなる無敵の軍勢』――おそらく、言葉通りの存在なのだ。

 彼女は、『個人』でなく、『数多の命の結晶体』。どこまでいこうと『一人の命しかない』人間では、勝てる道理はない。

 ただ、その代わりに。

『神道天龍』は、置いてきてしまったのだろう。

 自分の名を。

 自分の生まれを。

 自ら『 』となり、『群体』となるために。

 そして、それ故に。

 彼女は――苦しんでいる。

 だが。

 

「忘れるわけ、ない。それが大切なら、絶対に」

 

 彼女と同じ次元へと身を堕としたファイムだからこそ。

 彼女の嘆きを、否定した。

 

「あなたがどういう存在なのかは、わからない。推測しかできない。だけど。これだけはわかる。あなたが大切に思うものを、そう簡単に忘れはしない。ただ、あなたは思い出せないだけだ」

 

 ファイムは、強い瞳でテンリュウを射抜いた。

 ボロボロの体で。

 それだけは、譲れないことであるとでも言うかのように。

 

「怖いから思い出せないんだ。あなたは、『何か』を恐れている。そのせいで、思い出せない」

 

 テンリュウの瞳が、揺れた。

 

「受け入れるんだ。目を開いて。そうすれば、きっと」

 

 ファイムは、静かな瞳で告げた。

 テンリュウは、困惑し。

 そして。

 ――異質な気配が、その空気を支配する。

 

「「――――ッ!?」」

 

 二人は同時に顔を上げる。

 ファイムは左目を閉じると、右目に埋め込まれた戦闘機人の瞳を起動する。

 空の上。そこにいるのは、三人の魔導師。

 二人はこちらの味方だ。

 高町なのはと、おそらくは『シスター』シャッハ・ヌエラ。

 そして、その二人と相対しているのは、おそらく――

 

(確か、ロードとかいう……)

 

 報告によれば、スバルとティアナというストライカー二人を退けたという正体不明の魔導師。

 しかし、仮面を着けていたという話だったが、今の彼は素顔を晒している。

 整った顔立ちの男だ。しかし、見覚えはない。

 何者か――目を凝らし、もっと良く見ようとした瞬間。

 

「……師匠」

 

 ポツリと、零れたような音が響いた。

 ファイムは弾かれたように隣を見る。

 

 ――風が、流れた。

 

 隣には誰もおらず、紅の光が僅かに残滓として残るだけだった。

 ファイムは、動こうとして。

 

「……え……?」

 

 乾いた声が漏れた。

 体が傾く。意識が遠のいていく。

 

《マスターッ!?》

 

 愛機の声が、酷く遠くから聞こえてきた。

 ジワリと、体に温かい何かの感触を感じる。

 そういえば――体を、斬られていたのだったか。刺されもした。

 魔力による止血が、間に合わなくなったらしい。

 視界が、黒く染まる。

 

 ブラックアウト。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――鬼気。

 まさに『鬼』と呼ぶに相応しい、絶対的な存在がそこにいた。

 

「――グリス・エリカラン」

 

 まるで、断罪のような声色だった。

 ただ一言、言葉を発するだけで。

 世界が――震える。

 

「説明を。返答次第によっては、その首、もらい受けます」

 

 最強の侍。

 その強さは、ただ単純に戦うことに終始しない。

 その強さの神髄は、その威圧にこそある。

 戦う前より、相手を制圧する。口にするには容易く、実行するにはあまりにも難しいそれを、テンリュウ・シンドウはやってのける。

 ――不用意な言葉ならば、斬る。

 その瞳には、怒気と共にそんな言葉が込められていた。

 

「何故、ここに我が師がいるのです?」

「……見ての通り、以上の理由はないと思うけどねぇ?」

 

 グリスは肩を竦める。瞬間。

 ――ザシュッ。

 静かな音。グリスの左腕が肩から斬り飛ばされ、宙を舞う。

 

「次は、右です」

 

 キン、という音と共に刀が納められる。なのはもシャッハも、反応さえできなかった。

 ――これは、まずい。

 なのはとシャッハは、同時に思考する。

 強いことなどわかっていたし、なのはは実際に相対して戦ったこともある。油断できない相手とは理解していた。

 なのに。

 これは、違いすぎる。

 戦ってはいけない。向かい合ってはいけない。

 一体――どこまでの力を有しているのだ?

 

「……キャハハ、これはキツいなぁ……仕方ないか」

 

 左肩から血が噴き出し、グリスの体を朱に染めている。

 しかし。

 グリス・エリカランは、笑っている。

 

「ロード……今から、『死ぬ』から」

 

 簡潔な言葉。グリスの体が、急激に眩い光を放つ。

 なのはとシャッハは咄嗟に障壁を張るが、しかし、それが意味を成すことはなかった。

 

 ――ストラグルバインド。

 

 テンリュウの手から伸びたそれが、グリスを捕らえた。光が止まる。

 

「逃がすとでも? 私をなめるな、グリス・エリカラン」

 

 静かな言葉の中に、凄まじいまでの怒気と鬼気を孕ませ、テンリュウは言う。

 ――不意に、空が暗くなった。

 雷鳴。

 夕闇に至ろうとしていた空に、分厚い雲がいつの間にか浮かんでいた。それは時折光り、雷鳴を轟かせる。

 あり得ない、となのはは思おうとして、できなかった。

 魔法とは、理論である。数学的な理論の集大成で、限界は違わず存在する。

 電気を生み出し、雷のようなものを放つことができても、本物の雷は放てないように。

 だが。

 今のテンリュウはその理さえも破壊し、雷を生み出そうとしている。

 自然への干渉。

 ある種の奇跡。

 あまりにも出鱈目な魔法……だが、これこそが本当の『魔法』なのではないか?

 知らず、恐怖を覚えるこれこそが。

 

「……世界と契約するからこそ、世界に干渉する魔法を容易に扱える、か……キャハハ♪ やっぱり、化け物だねぇ♪」

 

 動きを封じられながら、グリスは笑う。しかし、その表情には薄っすらと汗が浮かんでいた。

 ある意味『死なない』存在であるグリスは、死に対して僅かであれ愉悦さえ見出す狂った存在だ。その彼でさえ、今のテンリュウには恐怖を抱く。

 理を外れようとする存在に恐れられてしまうほど、テンリュウは『外れて』いるのだ。

 

「――無駄口を、叩かないでいただけますか?」

 

 雷鳴。

 天より一筋の雷が落ち、グリスを打った。雷はそれだけに収まらず、市街に落ちると容赦なく街を蹂躙した。

 ――キィン、という音と共にテンリュウの足下に魔法陣が展開され、雷鳴が更に大きくなる。

 

「殺しても蘇るのでしょう? ならば、死なぬ程度に殺して差し上げましょう」

 

 轟く雷鳴、そして閃光。膨大な魔力によって、あり得るはずがない魔法が展開される。テンリュウの額にもうっすらと汗が浮かんでいたが、彼女は止まらない。

 手を振り上げ、魔法を行使しようとする。

 瞬間。

 

「…………ッ!!」

 

 鈍い音が響いた。ロードが上空よりテンリュウに向かって踵落としを放ち、それをテンリュウが受け止めた音だ。

 だが、不意の一撃を受け止めきれず、テンリュウは地面に着弾する。ロードが、静かな瞳でそれを見下ろしていた。

 

「師匠……!」

 

 テンリュウが悲痛な声を上げる。だが、ロードは応じない。

 そこに、何を感じたのか。

 テンリュウは『桜花』を構え、空へと駆ける。

 

《ちょっ、待ちなって!》

「黙りなさい!」

 

『桜花』にそう一喝し、ロード目がけてテンリュウは刃を振る。

 ――しかし。

 その刃は、ロードの首筋に触れる瞬間に、停止する。

 

「――――ッ!!」

 

 涙を纏った、テンリュウの瞳。それに対し、何の感情も抱かないロードの瞳。

 ――拳が、唸る。

 メキメキという嫌な音を立て、テンリュウの腹部にロードの拳が減り込む。テンリュウは吹き飛ばされ、そのままビルに直撃。ビルを崩壊させた。

 

「…………」

 

 ロードはそれを一瞥するとグリスを抱え、転移の魔法を展開する。なのはとシャッハは追おうとしたが、ロードの瞳に射抜かれ、一瞬、体を硬直させてしまった。

 それが、致命的な隙となる。

 

「キャハハ♪ 今日はここまでみたいだね~? まあ、どうせすぐにまた戦うよん。ではでは皆さん、御機嫌よう♪」

 

 グリスの姿が消える。なのはとシャッハが歯噛みした瞬間、獣のような叫び声が聞こえた。

 

 

「――――――――――――――――――――!」

 

 

 凄まじい絶叫。大気が震え、天が輝く。

 

「グリス!! グリス・エリカラン!! 私は!! 私はあなたを許さない!!」

 

 天が割れ、降り注ぐ数多の雷が街を蹂躙していく。

 まるで、世界の終わりのような光景。

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 たった一つの存在が、それが怒り狂うだけで、街が崩壊していく。

 ――勝者は、いない。

 いるのはただ、傷ついた者たちだけ。

 

 それが――結末だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 テンリュウ・シンドウの暴走により、クライム率いる一団は作戦の変更を余儀なくされた。戦闘機人たちも大半が失われ、ウィルやエレンといった戻ってこなかった者もいる。

 敗戦とは呼べないが、勝利とも呼べない結果。

 だが――その結果を聞いたクライムは、笑っていた。

 

「ははは……素晴らしい力だ。この私でさえ、震えが止まらない」

 

 狂ったように笑うクライム。そのクライムに、ホムラが挑むように言葉を紡いだ。

 

「説明を要求しよか」

「何に対してかね? 敗北者への弔いについてか? そんなものは必要ない。必要な犠牲だ」

 

 ギシッ、という硬質的な音が響いた。ホムラの瞳に炎が灯る。銀色が、世界を包む。

 

「言うたはずやな、クライム。わしの大切に、手ェ出すんやないと」

「ウィル・ガーデンズのことかね? キミが家族同然に可愛がっていたあの少年。ふむ、確かに残念だが……あれは彼の未熟の結果だろう? エレン・ローグ……いや、リストリアについてもだ。戦場に出るということは、己というカードに全てを賭けるということだ。そして彼らは、賭場で敗北した。それだけの話だ。違うのかね?」

「…………」

 

 ホムラは、無言。ただ、部屋に充満する圧力が増していく。

 

「私を殺すか、ホムラ・イルハート。それもいいだろう。怒りのままに、その力を行使したまえ。だが、キミは忘れてはいないか? キミは甘い。優し過ぎる。それ故に――失ったというのに」

「……何やと?」

「キミが世界に疑いもったきっかけ。管理局の闇。『屍部隊』。キミは甘さから彼らを生かそうとし、裏切りによって仲間を大勢失った。甘いのだよ、キミは。彼らは『表』で生きていくことなどできない存在だった。救えるはずがなかった。殺す以外に道はなかった。――キミの力で救えるものなど、知れているぞ」

 

 ギシリと、空気が軋む音が聞こえた。

 かつて『二人のエース・オブ・エース』が現れる前、とある闇の部隊が存在していた。

 特殊制圧部隊――通称、『屍部隊』。『異常者』たちによって構成されていた、存在しないはずの部隊。それは管理局の敵を秘密裏に葬り去るための部隊であった。

 その在り方に疑問を抱き、ホムラやカグラ、クロノを中心とする今の管理局を支える者たちが調査し、戦いが起こった。最終的にカグラが部隊の首領を殺害し、終結を見たのだが……その時、ホムラは大勢の仲間を失った。

 救おうと思っていた者たちに、刃を向けられて。

 

「また繰り返すのかね? 一時の情に身を任せ、再び世界を違えさせるのか。キミは――なればこそ、それだけの力を持ちながら将に至らない」

 

 その言葉を遮ったのは、澄んだ金属の音だった。ただ黙して成り行きを見守っていたエリアが、彼女にしては酷く珍しく、怒気を称えた表情でクライムを見据えている。

 

「我が主を侮辱するな。貴様に相応の力があるとでもいうつもりか。他者にのみ戦わせ、貴様はここに座しているだけ。そのような者が、我が主を語るな」

「ふむ。それも道理だ。しかし、これはこれで一つの将としての在り方だよ」

 

 クライムは言い切る。一触即発の空気が、流れる。

 ――ロードが、歩み出た。その隣にはグリスもおり、二人はクライムを庇うように立つ。

 クライムは、笑みを浮かべた。

 

「戦い、ここを沈めるか? それもいい。だが、そうすれば我々たちのしてきたことは全て潰えるぞ。大局を見給え、ホムラ・イルハート、エリア・カリア。最早、誰も戻れはしない。この世界は違えてしまったのだ。今はいい。魔法にもまだ可能性がある。だが――それもあと数十年もすれば限界を迎える。その先に待っているものは何だ? 進めなくなった人類の先にあるのは、緩やかな滅亡だ」

 

 クライムは、言う。

 

「管理された世界は素晴らしいのだろう。争いもない。平等だ。しかし、進歩がない。毎日に変化がなく、ただ世界は終わりに向かって緩やかに進むだけ。十年後、二十年後、自由意志などなく、管理者に自分自身の人生のす全てを決められる世界。そんなものが、本当に平和か、平穏なのか。私にそれを問うたのは、他ならぬキミだろう、ホムラ・イルハート」

「…………」

「第二管理世界……あの場所で、キミは私に言った。『天下布武』という言葉と共に。武を布く。戦いこそが人間の本質であり、競争こそが人間の業であると。幸福などというものは、自らの手で掴まねばならないと。何より――魔法は、人の命を食い荒らすのだと。私もまた世界を憂う身であった。だからこそ、戦うと決めたのだ。それを、今ここでキミは台無しにするというのかね?」

 

 ――睨み合い。それが数分続き、最終的に、ホムラがため息を吐いた。

 

「どういう経緯でここにおるかは知らんが……先代とやり合う気はあらへん」

 

 死んだはずの命がここにあること。それに対する疑問もあるが、それはおそらく、隣にいる少年の存在が説明している。

 ホムラは背を向け、ああ、と呟いた。

 

「ちなみに、わしの世界で『天下布武』を唱えた英雄は本当に凄い人間やった。文字通り、時代を変えたと言ってもええくらいや。せやけど、最後には裏切りで殺された。あと一年生きてたら、文字通り世界が変わっとったやろうな。……その武将だけやない。世界を見据え、変革をもたらした者の末路はみんな、どうしようもなく無様や。みっともないかどうかはともかく、な。お前も、気を付けろや」

「ふむ……それは、宣戦布告かね?」

「ただの忠告や」

 

 言って、ホムラは部屋を出て行った。その、数分後。

 ――轟音。

 艦が大きく揺れ、凄まじい音が響き渡る。

 

「……鬼ごっこの、鬼に捕まっちゃったね~?」

 

 キャハハ、とグリスは笑った。クライムが、ほう、と言葉を漏らす。

 

「随分と早い。予定が狂ってしまうな」

「いやー、相当ご立腹だったしねぇ。怖い怖い。転移をジャミングで妨害してるから、単純なスピードだけでここまで来たのか~。凄い凄い。次元航行艦以上の速さって、どこまで化け物なんだろうね♪」

 

 笑いながら、でも、とグリスは呟いた。

 

「一応、手は打ってあるし? ま、なんとかなるでしょ、多分。というか、楽しみでさえあるよ」

 

 グリスは、ロードを見る。

 

「『最強』同士の戦いだよ? 見逃したくないね」

「ふむ。道理だ」

 

 クライムが頷き。それと、ほぼ同時に。

 テンリュウ・シンドウが、風穴を開けて舞い降りてきた。

 その威風堂々とした姿は、まさに。

 ――『最強』。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……っとに、前線は退いだっつーのによ」

 

 次元航行艦の外壁に強引に掴まった状態で、その男は呟いた。

 

「まあ、いいか。さて、街も心配だが、それよかこっちだな」

 

 その男は――『英雄』と呼ばれる男は、笑みを浮かべた。

 

「――この艦沈めて、全部終わらせてやる」

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