圧倒的な魔力。
圧倒的な威圧感。
舞い降りた『最強』は、迸る殺気を身に纏い、しかし黙して待っている。
――何を?
決まっている。理由と、意味をだ。
「……ドクターは、かつて、究極の命を目指した。完全な人造生命の制作を」
グリスは、謡うように言葉を紡ぎ始めた。
「神様が創った『人』という存在。それに挑もうとしてあの人は多くの命を生み出し、同時に奪ってきた」
ジェイル・スカリエッティ。
『アンリミテッド・デザイア』の名を持つかの男は、そこに至るために戦っていた。
生命が持つ『ゆらぎ』……それを実現しようとしたのだ。
戦闘機人も。
聖王のクローンも。
彼にとっては、その過程でしかなかった。
「ボクもまあ、一応は『そっち側』の存在だし……わからなくもないよ。完全な人造生命には興味もある」
キャハハ、とグリスは笑う。
彼が自らを人と呼ばずに『存在』と呼ぶのは、テンリュウに対する皮肉か、それとも別の何かか。
知ったところで、どうというわけでもないが。
「だけど、ドクターとボクじゃ方向性が違うんだよね。ドクターは『ゆらぎ』こそを『生命』としたけど……ボクはそう思わない」
バサッ、とグリスは白衣をはためかせ、言い放つ。
「『ゆらぎ』とは『迷い』だ。『完全』にそんなものは必要ない。そして、『これ』はボクにとっての最高傑作」
グリスは、隣に立つロードを見る。
テンリュウの瞳に、炎が宿った。
「……私がここに立つ理由を知った上で、その妄言を吐くのですか?」
「戯れ言と笑われたって構わない。理解して欲しいなんて思わないしね。天才は、いつだって孤独だ」
「自らを天才と称しますか。傲慢ですね」
「別に『怪物』でも『化け物』でも構わないよ?」
どうであっても変わらないし、とグリスは薄い笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「全てに共通するのは『孤独』のみ。人は孤独に耐えられない。なら……耐えることができたなら、それは人ではない証」
グリスは両手を広げ、楽しそうに言う。
「ボクは世界が欲しい。そのために必要なのは力だ。だからボクは『完全な命』を求めた。手に入れようとした。そしてそれは――もうすぐ完成する」
広い部屋――広さに反してたった三人しかいない部屋に、グリスの笑い声が響き渡る。
「『最強』をも打ち破れば、最早敵はいない。さあ殺し合いなよ。その先にボクの夢がある」
――夢。
グリスは、謡うように言い切った。
あまりにも清々しく。
同時に――狂ったその言葉を。
「…………」
ロードが前に出る。テンリュウは一瞬、迷いをその瞳に過ぎらせ……しかし、得物を構えた。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「一つ、問おう」
その瞳に影を過ぎらせながら、テンリュウは血を吐くようにそう言った。
「人の蘇生は、可能なのですか?」
「――人ならば、ね」
人ならば。
その言葉の意味を、テンリュウは一瞬で理解した。
だって、それは。
ずっと、考えないようにしていたことだったから。
「まあ、それさえも難しいけど。おかしな話だよねぇ? 創るのは酷く簡単なのに、直すのは酷く難しい。確率的に言えば不可能に近い。まあ、それでも『プロジェクトF』を使えば『代用品』くらいなら簡単にできるんだけどね」
グリスは肩を竦め、まあ、と息を漏らした。
「『アルハザード』ならそれも可能だったんだけど、あそこは『終わって』しまったし。……馬鹿な人たちだよね。永遠を求めた果てに滅びるなんてさ。永遠を自分という個人が観測できなければ、永遠なんて言葉と事象に意味がないのに」
一瞬。
本当に一瞬だけ、グリスの表情に翳りが垣間見えた。
しかしすぐにそれは消え、いつもの醜悪な笑みを浮かべてグリスはテンリュウを見る。
「けれど、自分から『人を捨てた存在』を蘇らせる術なんてものはたとえ『アルハザード』を探しても見つかりはしないよ。そもそもその手段は――人を捨てるのその手段は、『永遠』に至るためのものだったんだから」
それは、つまり。
願いは――叶わないということ。
もう二度と、言葉は交わせないということだ。
たった一言さえ。
刹那の奇跡さえ、許されない。
「キミたちのことについてはさ、『ロード』を創る時に色々調べたよ。……ねぇ? 本当の名前って覚えてる?」
「…………」
テンリュウは無言。それを返答と受け取り、グリスは頷きながら言葉を紡いだ。
「世界に固定、なんて一口に言ってもそう簡単な方法じゃない。制約を付けて固定するための縁を結ばなくちゃいけないのはわかっているよね?」
――『概念に成る』。
それは決して良いことばかりではない。
人は、精神を肉体という殻で覆うことで、世界にいる。人の形を保っているのだ。
しかし、『概念』と成った者は人から上の次元へとシフトするために別の『殻』が必要になる。
それが制約であり、『固定対象』だ。
聖人。
失楽園シャングリラ。
桜花。
血桜。
それがテンリュウの固定対象であり、他にも二つ、彼女を縛る制約がある。
ある意味で人間以上にままならない存在。なればこそ、彼女は『最強』なのだ。
数多の鎖を携え、その代わりに凄まじいまでの力を発揮するからこそ。
制約の果てに、『最強』と成った。
「最早定義において『人』じゃないんだ。そんなものを蘇らせるなんてできるはずがない。そもそも名前さえわからないんだ。より一層、不可能だね」
肩を竦めるグリス。テンリュウは、嗚呼、と呟いた。
確かに――その通りだ。
奴隷であった自分を救い、育ててくれた先代『神道天龍』。
その人の本当の名を、自分は知らない。
知ろうとさえ――していなかった。
「……さて、お喋りはここまで。時間も押してる。さあ、戦ってもらおうか」
醜悪な笑みを浮かべながら、グリスは宣言する。
「ボクの技術者としての力は『精神干渉』。ロードに心はない。あるのは戦うという意志だけ。墓穴から掘り出してまで整えた傑作だ。楽しんでね?」
笑うグリスと、無言のロード。
テンリュウは、『桜花』を構える。
「そう……ですか。師よ。もう、あなたに会うことは叶わぬ夢なのですね」
涙が、一滴。
溢れる想いとなり、頬を伝う。
たった一言――それだけで良かった。
失ってしまった人。
消えてしまった人。
届けたいものが、あったのに。
ずっと、それだけを願ってきたのに。
「化け物は……儚き夢さえ叶わぬのですね」
そして。
世界が知らない、世界最強同士の戦いが――幕を上げる。
「――推して参る」
返答は。
――なかった。
◇ ◇ ◇
艦が大きく揺れる。なんだよ、とカグラは呟いた。
「内輪揉めでもしてんのか? いやまあ、それならありがてぇんだけど――っと」
分かれ道に差し掛かった瞬間、カグラは身を隠す。直後、靴の音が響いてきた。
――戦闘機人。
おそらくは巡回しているのだろう。規則正しく歩む二人組の戦闘機人を、カグラは幻術を用いてやり過ごす。
戦闘機人が有する索敵能力に対する術式はある程度修得している。それを用いてやり過ごすと、カグラは再び歩き出した。
だが。
「…………ッ!」
不意に腹部が痛み出し、カグラは膝を折る。リヴァイアスにやられた傷が、痛む。
「あんの……野郎……ッ、無茶苦茶しやがって……ッ!」
荒い息を吐きながら、カグラは壁に手をつく。
リヴァイアス・バルトマカリとの戦闘は、想定外の厳しさを纏っていた。
まず、力が違い過ぎる。全盛期ならばともかく、今のカグラではリヴァイアスには適わない。
死ぬかもしれないと、本気で思った。
しかし、何の偶然か、空から降り注いだ雷によって急死に一生を得た。
「くっそ……あばらを持ってかれてるなこりゃ……!」
体調は最悪。一発、いいのを貰ってしまった。
そのおかげで逃れられたとはいえ、あの男には貸しができた。……返せるとも、思えないが。
「だが、んなことはどうでもいい。……ヘルダスト」
《Ok,Boss》
愛機が応じる。ヘルダストはインテリジェントデバイスではなく、あくまで補助装置だ。それはカグラ自身が人格を機械に必要としなかったのと、それに頼りたくはなかったというのが理由だ。
インテリジェントデバイスの人工AIは、最早『人』と呼んで差支えない。カグラが歩む道は茨の道だ。たった一人で地獄の中へ飛び込む覚悟をしてここにいる。故に、誰も頼りたくはなかった。
背負わせたく――なかった。
「エリアサーチ……ちっ、この艦全体に結界魔法を張ってやがんのか。出力は魔導師じゃねぇな、機械か? まあ、統括してんのはあの野郎だけどよ」
あの野郎――袂を分かった、親友のことを思い出す。
『かつて友だと信じた男よ』
あの日。もう、随分と前のことのように感じる、ホムラと再会した日。
あの男は、背を向けてそう言った。
勝手なことを――言ってくれる。
「……友、ねぇ。正直、俺はお前のことをそんな風に思ったことは一度もなかったんだがな」
親友と、口にしてきたけれど。それは、きっと違う。
カグラ・ランバード。
ホムラ・イルハート。
生まれも育ちも違う、才能の方向性も違う、その二人の間に結ばれるものは、たった一つ。
――『相棒』。
クロノ・ハラオウンと共に、カグラが彼の今までの生涯で背中を預けた存在であり、預かった存在。
「難しいよなぁ……人間、ってさ」
壁に背を預け、カグラは呟く。
あの日――ホムラが管理局を裏切った日。味方が全滅させられて、代わりにホムラに組した後輩と先輩を、合計二人も殺すことになった日。
カグラは、ホムラに誘われた。
――返答は、否。
だからこそ、エリアに斬られ墜ちたのだが。
ただ、思うのは。
「伝えたいことがあっても、伝えられねぇ。惚れた女の遺言さえ、叶えてやれねぇ」
それでも……この選択に、後悔はない。
カグラは、歩き出す。
どう進めかいいかわからないが、なんとなく進む先はわかっていた。
「さて――いかにも、だな」
しばらく歩いた先に、道の終わりがあった。
その扉の先に、何が待つのか。
(仕込みは終わってる)
ならば、後は。
もう、『英雄の残滓』でしかない自分ができることは――
◇ ◇ ◇
刃が一度ぶつかるだけで、凄まじい衝撃が大気を揺さぶる。
互いに、力は全力。
テンリュウは『桜花』と『血桜』を携え。
ロードは召喚魔法によって呼び出した刀を手に、折れる度に新たな刀に持ち替えて戦っている。
戦い方は、酷く似ている。
それは――二人が『同じ』だから。
本来、同時に存在するはずのない存在だからだ。
だが――
「――――ッ!?」
テンリュウが吹き飛ばされ、壁に激突。轟音を響かせる。あまりの威力に、艦の壁に穴が開いた。
いや、本来なら艦が吹き飛んでもおかしくない威力。それを防いだのは、二人の実力故。
無駄な破壊を必要としない、極限の技量故にだ。
《ちょっと、何してんの!?》
テンリュウのデバイスたる『桜花』が声を張り上げる。テンリュウは息を吐き出すだけだ。大したダメージはない。ないが、事態はそれ以上に深刻だった。
体が――動かないのだ。
おそらく、冷静な目で見ればロードよりもテンリュウの方が強い。ロードは確かに『最強』だが、『最強の残滓
』に過ぎない。こう言うと語弊がありそうだが、一世代前、つまりは型落ちだ。
それに、ロードにはなくテンリュウにはある『力』もある。
《割り切りなさいよ! あれは先代じゃない! 先代の残り滓よ! あんたが望んでたのはそんなものじゃないでしょ!》
「しかし、私は」
暴風が吹いた。テンリュウは咄嗟にロードの一撃を受け止めるが、突き抜けた衝撃まではどうにもならなかった。更にその衝撃は、テンリュウの背後の壁をも打ち破る。
「……あんまり壊すと、沈んじゃうんだけどね~……」
離れた場所で念入りに防御結界を張っているグリスが、呟くように言った。テンリュウは、ハッとなる。
そうだ。ここは、艦の上だ。そして、ここにはアリアがいる。
彼女は――守らなければならない。
しかし。
「割り切ると言っても、私は……」
《ああもう! うざったい! 強いくせに悩んでんじゃないわよ!》
「ならばあなたは何とも思わないのですか!」
ロードを弾き飛ばし、構え直す。睨み合う形になりながら、それでも、尚。
テンリュウは――迷う。
「あなたの主なのですよ! あの方は!」
《――あたしの主は、ここにいる》
燃えるようなテンリュウの言葉に対し、『桜花』が返したのは冷静な言葉だった。
数々の『最強』を見届けてきたその刃は、いつもと変わらぬ口調で言葉を紡ぐ。
《今まで馬鹿みたいな数の主に仕えてきたけどさー、なんていうか。ここまで馬鹿なのは初めてよ。みんな確かに先代の死は悲しんでたけど、誰も彼も最終的にはそれどころじゃなくなっちゃう。あんたの中にある膨大な『誰かの記憶』に押し潰されるのを堪えるのに、必死になる》
数多の『神道天龍』を見てきた彼女は、語る。
《あんたはさ、やっぱり色々と規格外なのよ。他人を受け入れる――本当の意味で、そんなことができる人なんていない。他人がまず、他人にはわからない。だけど、『神道天龍』はそれを強制させられる。数多の人生を受け入れさせられる。……あんたは、それを受け入れることができた。見てて思うよ、ホントにさ。あんた、多分……自分のためには頑張れないんだ》
自分のためには何もできない。
いつだってその刃が唸る時は、誰かのため。
《なんていうかさー、土台無理だったんだよ、自分の願いを叶えるなんて。ずっと見てたけど、あんた、迷ってばっかだもん》
――間違っている。
何度も何度も彼女が口にしてきたそれは、きっと。
きっと……。
《……でも、あんたは他人のためだけにいられるほど強くもなかった。難儀だよねぇ、人間って。だけどさ、要はそういうことでしょ?》
他人のためにしか戦えないくせに。
自分を、自分だけでは支えられなかった。
《前を見なさいよ。望んだものじゃなくても――いや、望んでなかったのかもしれないけど、それでも再会はここにある。あたしたちには、未来なんて高尚なものは見えやしない。なら踊ってみるのもまた一興、ってね。あんたの世界に、そろそろ決着、つけなさいな》
いつもは子供っぽく振る舞っているくせに、こういう時だけお姉さんのような口調で話してくる『桜花』。
――自分の世界。
事故とも呼べる事件のせいで守るべき存在であるアリアと出会うことが最近までできなかったテンリュウにとって、世界とはたった一人の師匠だった。
恋慕だったのかもしれないし。
憧れていたのかもしれないし。
陶酔していたのかもしれない。
ただ、あの人だけが。
今、目の前に立つ人だけが、テンリュウにとっての全てだった。
そこに――決着を。
「……迷いも、惑いも、悔いも。今尚、胸を締め付けます」
それでも。
全てだったものを、奪われても。
まだ――戦えるのか?
「私は」
世界が――揺れる。
◇ ◇ ◇
「……ふむ、珍客だね」
司令室。本来なら何人もいなければならないのであろう部屋には、たった一人の男しかいなかった。
無駄に広い部屋だ。その男は、艦長席の椅子を回転させると、こちらを見る。
――クライム。
今回の事件――いや、最早戦争と呼んでいいほどの規模となったこの戦いの、原因。
カグラは、拳を握り締める。
「無茶をする。いや――そうか、そうだったな。キミは確か、あの戦いでも同じことをしていたな。次元航行艦にその身一つで張り付くなど、キミしか考えないし実行もしないだろうね」
「……テメェが」
クライムが何かを言っている。
だが、カグラには。
今の彼には、届いていなかった。
「テメェが、テメェさえふざけたことをしなければっ!!」
拳が唸る。だが。
轟音。衝撃が大気を揺らす。
振り抜かれたその拳はしかし、クライムが展開した障壁によって防がれてしまった。固い障壁。かつてのカグラならいざ知らず、今の彼に突破は不可能。
「ちっ!」
カグラは飛び退き、距離を取る。クライムが笑みを浮かべた。
「学習、というものを知っているかね? 昔と何も変わらないのだなキミは」
「あぁ?」
「……そうか、まだわからないか。無理もない。あの時から随分と経つ。キミが見違えるようになったのがいい例だ。しかし、少しだけ残念だ。私は、キミにとって取るに足らない存在だったのかね?」
クライムが笑みを浮かべる。カグラは無言。意味がわからない。
まるで、どこかで会ったことがあるかのような口振りだが――
「――キミたちが潰したのだろう? 私の部隊を。なのに忘れ去られるとは、中々堪えるものだな」
「潰した?」
「あの時、キミとは問答までしたのだがね。ふむ、思い出せぬなら仕方がない」
クライムは笑みを浮かべる。その、人を見下したような瞳に、カグラは見覚えがあった。
いや、何度も見てきたといってもいい。
人を人と思わない――それは、管理局の上層部にいる人間たちの目だ。
どうしようもない、鬼たちの。
――だが。
クライムの瞳は、それとは少し違う。
見下している。見下しているのだが……それ以上に。
『私の前では、キミも羽虫も同格だ』
不意に。
本当に不意に、そんな言葉を聞いた。
記憶の底にある、その言葉。
だが、それは。
それを、口にした人間は――
「いや、まさか。そんなはずはねぇ。そもそも、それならホムラの野郎が手を貸すなんてこと、ありえねぇだろ」
「いや……そうでもない。あの時、私は黒幕のような扱いを受けていたが、私と直接向かい合ったのはキミだけだ」
クライムが笑う。
カグラは――顔を上げ、険しい表情でクライムを見た。
「私を直接見たことがある者で今尚生きている者は二人。一つはキミで、一つはリヴァイアス・バルトマカリだ。彼からは聞かなかったのかね?」
――宿命。
リヴァイアスは、そう言っていた。
元々、あの部隊にいた男であり、最も闇に近かった男がだ。
ならば、そうなのか?
この男は――
「思い出したかね? そうだ、私だよ、カグラ・ランバード。『屍部隊』の頭領であり、キミと殺し合いを演じた男だ」
久し振りだね、とクライムは笑う。カグラの瞳が、更に険しくなった。
「亡霊が……テメェは確かに殺したはずだ!」
「殺されてなどいないさ。確かに大きな傷を負い、虚数空間に落とされたが……それはイコールで死に繋がるわけではない」
クライムは肩を竦め、立ち上がる。
「むしろ、キミには感謝さえしている。次元震が起こるあの中だからこそ、私は辿り着いた。そう、失われし都――アルハザードに」
「……世迷い言を」
「そう思うならそれで構わんさ。だが私が今ここにこうして立っているのは紛れもない真実だぞ、カグラ・ランバード」
「…………」
「しかし……キミも随分と見違えた。敵である私が言うものでもないのだろうが、『ただのエース』であったキミが今や『英雄』か。キミに討たれた者として、誇りに思う」
クライムは笑いながら口にする。
敵を前にして、この余裕。
今更――カグラはああ、と納得した。
確かにこの男は、あの時の男だ。
平等――悪い意味でのそれを実現する、最悪の男。
「しかし、キミも難儀な想いをしている。八神はやて……確か、『闇の書』の主だろう? 反発は多かったのではないかね?」
「…………」
カグラは無言を通す。悔しいが、クライムの言う通りであった。
八神はやて――彼女に対する管理局上層部の印象は、決して良くはない。『闇の書』というロストロギアは、それだけのことをしてきている。
八神はやてが悪だというわけではないが、しかし、それで割り切れるものではない。
『闇の書』が起こしてきた事件の犠牲者は、それほどまでに多い。
そう……あの、クロノ・ハラオウンまでもが、その犠牲者の一人。
カグラが関わった事件やかのギル・グレアム提督が関わった事件の舞台になった管理世界では、未だに『闇の書』は『憎悪の対象』になっている。
八神はやてに、責はない。
彼女はただ、選ばれただけだ。
しかし。
それで納得できる心を持つ者は、決して多くはない。
カグラでさえ。
納得するのに、かなりの時間を必要としたのだから。
「知るかよ。そんなこと。今俺がここにいて、嬢ちゃんも戦ってる。それが真実だろうが」
「……成程、強いな。キミは確かに耐えたのかもしれん。だが、その強さを他者に強制できるのかね?……できんよ。だからこそ、キミでは私には勝てない」
「……いきなり、何を言うかと思えば」
はっ、と吐き捨てるようにカグラは言った。
「勝つもクソもねぇ。こうして侵入されてる時点で、テメェらは負けてんじゃねぇか」
「それもまた真理……だが、そうして話を逸らした時点でキミの心が敗北しているというのもまた、事実だ」
クライムは笑みを浮かべる。そうしてから、結局、と言葉を紡いだ。
「キミと私は平行線だ。どこまでいこうと、相容れぬ者というのはいる。……だが、だからこそ敢えて聞こう。キミは、現状が最善だと考えているのかね?」
「んなわけねーだろ、馬鹿か」
即答だった。クライムは、ほう、と息を漏らす。
「だがな、理想郷なんてのは本当にに理想なんだよ。実現なんざできやしねぇ。誰もが笑える世の中? ああ、魅力的だよそれは。実現するなら、どんな協力だってしてやるさ。前にも言ったようにな。……けど」
そう――理想と目標は違う。
実現できない夢など、いくらでもあるのだ。
理想郷など、その究極。
実現できぬ、泡沫の夢。
「無理なんだよ、どうしたって。昔は俺も憧れた。……くだらねぇ、とは流石に言わねぇ。けどな、そんなもんのために今、幸せに生きてる奴らに泣いてもらう? ふざけんな。誰が認めるか」
この問答は、昔も一度行った。
叶うはずのない理想のために今を犠牲にする――そんなものを、カグラは認めないと。
そう、結論を出して。
カグラは、確かにな、と呟く。
「どこまでいこうと平行線だよ、俺たちは。……それで? 結局何が言いたいんだよテメェは?」
「なに、どこまでもままならない世界だ、と思ってね」
クライムは両手を広げ、宣言する。
「だからこそ私は闘争の道を示すのだよ、カグラ・ランバード。弱者を救うなどと謡いながら結局強者が勝つ世界に比べれば、その方が遥かに素晴らしい」
「傲慢だな」
「そうでなければ救えないのであれば私は悪魔にでもなろう。私は、世界を救う」
言い切ったその言葉に、一片の迷いも虚偽もなかった。
本気だ。
それがわかる。わかるからこそ、カグラは否定する。
「俺はテメェを認めない」
彼が戦うのは。
弱い者たちのため。
一時でも長い、平和のためだから。
「殺さなきゃ止まらねぇことは知ってる。テメェはあの日、あの時に死ぬべきだった。……こんなわけのわからねぇ幕は今すぐ降ろしてやる。それが、俺の役目だ」
地面を蹴る。
殺したはずの男が生きていた――だからこそ、こんなことになってしまった。
ならば。
――ここで、その過ちを正す!
「死にやがれっ!」
カグラが吠える。その拳が、再びクライムを狙う。クライムは障壁を展開、防ごうとする。
そして、拳が触れる瞬間。
――ニッ。
カグラが笑みを浮かべ、拳を引いた。そのまま空中で身を翻し、距離を取る。
「…………?」
クライムが疑問符を浮かべる。カグラは笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。
「テメェの正体が割れた以上、正面からやり合う気はねぇ。今の俺じゃあ勝てやしねぇからな」
かつてならともかく、今のカグラでは勝てない相手。
冷静にカグラは言い切った。そして、タバコを咥える。
「相応のやり方で――いかせてもらうぜ」
不意に、爆発音が響き渡った。艦が大きく揺れる。
同時、カグラの姿が消えていく。彼のレアスキル『虹色吐息』による迷彩だ。
そして、カグラの姿が見えなくなり。
クライムが、ポツリと呟いた。
「……本当に、楽しませてくれる」
酷く、楽しそうに――
◇ ◇ ◇
「……侵入者、ね。リヴァイアスはどないしとる?」
「自室に。水を差されたことが相当、気に食わなかったようですね」
「おいおい、ガキか」
エリアの冷静な言葉に、ホムラは頭を掻きながら苦笑した。あの男も本当に極端である。
「ちゅーか、この艦大丈夫か? 流石に沈むやろ。テンリュウも戦っとるし」
「……先代、ですか」
「せや。……正直、な。あの日、あいつを誘ったこと――後悔しとるよ」
ホムラは、呟くように言った。
テンリュウが仲間になった日。あの時、テンリュウの望みを知りながら、だからこそあのように言葉を紡いだ。
死者の蘇生――それこそが、テンリュウの望みだと思ったから。
「義理堅いからな。アルハザードについてはクライムとグリスが詳しかったからいけると思ったんやけど……まさかなぁ、そもそも人間やないんてどんでん返し、いくらなんでも無茶苦茶やろ」
「人間では……ない?」
「グリスからな、聞いたんや。テンリュウ・シンドウ……いくら強いゆーてもあれは理不尽過ぎる。どんなカラクリがあるんかと思えば、まさかなぁ。『概念』ってのは行き過ぎやろ流石に。ま、そのせいでテンリュウの願いが叶うことはないとそういうわけや。戦っとんのも、それが理由やろ」
ホムラは苦笑する。その笑顔が、酷く無理をしたもののように見えて。
エリアは、主、と言葉を紡いだ。
「主は……納得できるのですか?」
「できひんよ。けど、そもそもから間違っとるんや。死者を生き返らせる? 軽く言うてええことやない。それは決して踏み込んではいけない場所や」
ホムラは、寂しそうな表情を浮かべた。
トモエ・イルハート。
ホムラが喪った、エリアにとっても友人であった女性。
彼とて、取り戻したいと思ったことはあるはずだ。
それでもそれを願わぬ彼だからこそ、その言葉に重みがある。
「人の蘇生は有史以前からの人類の夢や。せやけど、同時に最大の禁忌でもある。人は死んだら生き返れない。その禁忌を破れば悲劇が襲ってくる。……ゼスト、やったか? あの騎士とレジアスもそうや。本来なら騎士ゼストが死んで終わりやったはずのことが、あの変態のせいで余計に二人も犠牲者を出し、地上を混乱させることになってしもた」
ゼスト・グランガイツ。
先のJS事件でジェイル・スカリエッティによって強制的に蘇ることになり、騎士シグナムに討たれることになった人物だ。ただ、彼は本来死者であった。それ故に彼が求めていた、レジアス・ゲイズ中将の回答は得ることを許されず、そればかりかレジアスは命を落とす結果になる。
それが――摂理だ。
かの大魔導師プレシア・テスタロッサも、死者蘇生を夢見た果てにこの世から姿を消したのだから。
「望んだらアカンのや、そんなことは。死者を蘇らせるために、その蘇った死者ごと全部失うなんてのは、阿呆の所業や」
「ならば……何故、主は止めなかったのですか?」
カンッ、カンッ、という音が鳴り響く。二人は階段を昇りながら、会話をしているのだ。
ホムラは、んー、と唸るような声を上げた。
「止められんよ。あんなん。わしが止めてどうこういうような奴やない。それに……あいつは例外や。『蘇ってくれるのであればどんな結末も受け入れる』……はっきり言うけど、正気やないぞあれは。自分が死のうとどうなろうと、どうでもええと本気で考えとる。破滅的や」
ホムラが立ち止まる。扉だ。
この艦の屋外に出るための、重厚な扉である。
「ま、それはええ。今は――こっちや」
その扉を開け、ホムラは外へと出る。風が吹き抜け、ホムラとエリアの髪を揺らした。
艦の屋外。随分と広い甲板には、数十人からなる戦闘機人たちが円を作って臨戦体勢にあった。その中心には、火を点けずにいるタバコを咥えた男が佇んでいる。
「……久し振りやな、カグラ」
「おお。遅かったな。待ってたぜ」
ここに来るまでに戦い、負傷したのだろう。バリアジャケットはボロボロで、額が割れ、血が流れている。
しかし、そんなことは欠片も気にする様子もなく、その男は丁度いい、と口にした。
「――お前に、伝えたかったことがある」
◇ ◇ ◇
決着は着かない。このままでは。
テンリュウは、大きく深呼吸をした。そうしてから、ロードを見る。
「あなたを取り戻せるのであれば、私はたとえこの命が終わっても良かった。たった一言、たった一言だけ、あなたに伝えたかったことがありました。しかし、それが許されぬならば。それが、この世界の回答だというのであれば」
テンリュウは、『桜花』と『血桜』を床に突き刺した。その足下に、巨大な魔法陣――オリヴェント式の陣が展開される。
「最早世界など、私にとって価値なきもの。そして――ここが、私の終着点」
グリスはすでにいない。二人の戦いの余波に耐え切れず、撤退している。
だが――どの道、観覧席にいられるのはここまでだ。ここから先は、誰も立ち入れない世界の戦いになる。
「ならば――『始まりの場所』で決着を」
――風が流れる。風穴が開いているとはいえ、屋内だというのに、暴風のような風が。
空に浮かぶ、紅の光。
無数の浮かぶそれらは線を生み出し、二人を取り囲むようにいくつもの魔法陣が展開される。
「……望んだものは、刃」
テンリュウが、謡うように言葉を紡いでいく。ロードは、まるで聞き惚れるかのように動かない。
――我、右手に薙ぎ払う刃を、左手に守る刃を――
――心に賜りし想いを、愛を、願いを――
――我は孤独、ただ一つの刃、されど、無敵の軍勢なり――
――なればこそ、この身一つで運命を切り開かん――
かつて、一人の男は世界に願った。
たとえ自らの命が果てようと、魂が燃え尽きようと、守りたい人がいると叫び、力を望んだ男。
その者は、文字通り世界と契約した。人の体では成し遂げることができないこと――たった一人で『聖王』、『覇王』、『軍神』、『雷帝』、『黒王』、『聖母』など、古代ベルカ時代において覇を争っていた者たちから『聖人』を守るために。
その時、男は世界にあることを捧げる。
――『自らの世界』、である。
契約を交わしたその場所、その時間を、丸々自身の中に呑み込んだのである。世界と契約し、概念となる――それはつまり、世界と同化することに等しい。
故に、『世界を呑み込む』必要があった。
そして、呑み込んだ世界はかの『闇の書』が、かのフェイト・T・ハラオウン執務官に発動したように一つの精神世界として機能する。
敵と自分を『終わってしまった世界』へと誘い、徹底的に殺し合うという、究極の魔法。
それが、『神道天龍』が紡ぐ、最強にして最後の奥義。
「開け、永久に停滞せし死の地獄。――永遠終端(エターナル・デッド・エンド)――」
――世界が変わる。
硬質的だった床や風穴を開けられた壁は全て消え去り、代わりに現れたのは一つの戦場。
燃え盛る大地。
川のように流れる、夥しい量の血液。
積み上げられた、いくつもいくつも見かける死体の山。
煙によって閉ざされた、暗い空。
正に――死山血河。
「愛刀『血桜』は、ここと世界を繋ぐためにあちらに置いて参りましたが。しかし、それで十全でしょう」
テンリュウは『桜花』を構えながら、言葉を紡ぐ。
パチパチと音が響く。ここは戦場だった場所。それも『神道天龍』が古代ベルカの時代に戦い、『軍神』と呼ばれたとある人物の、万を数える軍勢をたった一人で退けた場所だ。
切り取られた場所であるが故に歴史には刻まれていないのだが、しかし、ここは罪の証として今も『最強』の心に残り続ける。
全ては、ここから始まったのだから。
「この世界を紡ぐ――それだけで私の魔力の大半は使用してしまいます。しかし、ここにある数多の命、その全ては私の力となる」
オリヴェント式――命を使う術式。『神道天龍』が最強である理由は、ここに積み重ねられた命を使えるからこそだ。それに抗うには、それこそ『運命』でも操らなければ不可能である。
ここに至った時、テンリュウ・シンドウは文字通りの怪物に成る。
「最早言葉さえ届かぬのであれば、せめて。私たちの始まりであるこの場所で。『神道天龍』という、我らを縛る名前が世界と成った、この場所で」
ロードは、変わらず無言。
そして、二人は激突する。
観客はいない。
ただ。
同じでありながら殺し合う二人がいるだけ。
「――推して参る」
その言葉が、紡げたことを。
テンリュウは――悲しんだ。
◇ ◇ ◇
「なあ、ホムラよ。俺はな、どうしようもなく無能だよ」
珍しく、本当に珍しく、タバコに火を点けながらカグラは言った。まるで、懺悔でもするかのように。
「トモエは、俺とお前の対立を望まなかった。なのに、俺とお前はこうして敵同士でいる。管理局についても、なんとかするなんて調子のいいことを言っておきながら、結局何もできてない。何が『英雄』だ。本当に……一人の力ってのは、知れてやがる」
「せやな。本当にそう思う。事実……お前はここで殺されるんやしな。一人きりで」
ホムラが鋭い視線をカグラに向ける。カグラは苦笑した。
「怖いな、おい」
「脅しやない。こんだけのことをしでかした上に、お前は敵や。生かしとく道理もあらへん。ここは高度一万メートルの上空や。たとえSランク魔導師でも、飛び降りて無事に済むことはあらへん」
「諦めろ、カグラ・ランバード」
双剣を構え、エリアが一歩だけ歩み出る。そちらに視線をやりながら、カグラは確かにな、と呟いた。
結界装置によって力場が保たれているが、本来なら立っていることさえできない高度だ。普通に考えて、飛び降りれば緩やかに死ねるだろう。
そういう、運命が待っている。
だが、だからこそだ。
運命というものに対する回答を、すでにカグラは持っている。
故に――
「――ホムラ。お前に、トモエの遺言を伝える。それが、伝えたかった」
カグラはタバコを捨て、踏み躙ると、笑顔を浮かべた。
「『運命は変えられる。悲しい未来は、打ち壊せる』――あの日、トモエが言った言葉だ。だからよ、ホムラ、エリア」
――懐から、カグラは掌サイズの何かを取り出す。手榴弾だ。
それを、戦闘機人たちの一角へと投げつける。
爆発。道が、開ける。
「――諦めるってのが、まずありえねぇんだわ」
甲板の手すりに足をかけ、よじ登る。そうしてから、カグラは振り返った。
「それじゃあ、縁があったらまた会おうぜ。――相棒」
――浮遊感。
カグラの体が、墜ちていく。
ホムラが、何かを叫んでいる。戦闘機人たちが身を乗り出し、こちらを狙っていた。
カグラは、笑みを浮かべる。
「トモエ。遅くなったけど……伝えたぞ」
カグラは、呟き。
――その体を銃弾が貫いたのは、その瞬間だった。