魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第三十章〝何がための戦い〟

 

 遥か遠くの空より迫り来る戦闘機人の軍勢。その姿を確認しながら、フェイト・T・ハラオウンは彼女の側で同じように空を見上げるソラ・ウィンガードに声をかけた。

 

「ソラ。さっき言ったこと、お願い」

「……避難については任せてください。隊長も、気をつけて」

「うん」

 

 フェイトは頷く。彼女と彼女が預かる部隊の任務は最前線における敵の足止めだ。対し、ソラの任務は一般人の避難誘導である。ソラ・ウィンガード個人としてはどうでもよいことであっても、そこは与えられた仕事だ。給料分は働く。

 防衛部隊の割り振りは単純である。第二大隊、第三大隊――本来ならヴィータとはやてが直接の指揮を執るべきこの二つの部隊の統括を一時的にゲンヤ・ナカジマ二等陸佐に与え、前線指揮をフェイト・T・ハラオウンが担当。その上でフェイトの指揮下に第二砲兵隊が、ゲンヤの指揮下に第三砲兵隊が入るという形になっている。

 目的はあくまで防衛だ。守るための戦い――むしろ、これが管理局の本来の在り方なのだろうが。

 

「お前のほうも気を付けろ、ソラ。……言いたくはないが、最近、管理局はあまり良い印象を抱かれていない。スムーズにはいかないぞ」

 

 声をかけてきたのは、眼帯を着けた銀髪の少女だ。チンク・ナカジマ。ナカジマ一家の一人である。ソラ自身、かつて陸士108部隊に所属していたためにナカジマ一家全員と面識があったりする。そんな気心が知れた相手に、ソラは大丈夫ですよ、と頷いた。

 

「他の人たちならともかく、わたしが担当するんで。……柄じゃないし、器じゃないけれど。泥被るのは上の役目です」

「また卑屈なこと言ってんなテメェは」

「うん。そうだね」

 

 呆れたように言うのは、ノーヴェとディエチだ。ソラは、いやいや、と苦笑した。

 

「卑屈も何も客観的な評価ですよ?……それに、心配すんなら俺より――」

 

 ソラが、チラリと視線を送る。その視線の先にいるのは、自分たちから離れた場所で睨むように敵が来る方向を眺める赤髪の女性だ。

 ウエンディ・ナカジマ。

 普段ならナカジマ家の末っ子としていつも笑顔を浮かべている彼女はしかし、その表情から欠片も普段の明るさを見出すことができない。

 

「……頼みますよ。ウエンディさんに何かあったら、リューイさんキレますし」

「あいつはウエンディでなくてもキレるだろ」

「そう思います?」

 

 ソラは即座にノーヴェの言葉に対して切り返す。

 

「リューイさん馬鹿ですけど……意外と鋭いですよ。少なくとも自分に好意向けてくる人が傷ついたらそれこそ我忘れてキレそうです」

「ほう……それは姉としては聞き逃せないな」

「えっ。じゃあリューイ、気付いててあれやってるの?」

「最低だな」

「どうでしょうね。……というか、気付かない時点で十分最低な気がしないでも――」

 

 不意にソラの言葉が途切れる。チリチリと、嫌な気配がする。

 

 ――――ッ!!

 

 頭上を、小型の艦が猛スピードで通り過ぎた。それはしばらく進んでから旋回し、戻っていく。

 だが、そんなものはどうでもいい。

 

「…………」

 

 みな、一様に無言でそれぞれの獲物を構えた。陣形としては、一番前にフェイト。その斜め後ろにノーヴェ。中間地点にソラ、チンク。一番後ろにディエチといった形だ。誰かの指示ではない。ただ、気が付けばこの形になっていた。

 ただ、ウエンディだけは、少し離れた場所からぼうっとした顔で空を見上げていたのだが。

 そして。

 

 ドンッ!!!!!! 

 

 轟音が響き渡った。地面が揺れ、土煙が舞い上がる。

 現れたのは――二人の魔導師。

 

「戦場、嗚呼愛しき戦場!! そうだ、そうだそうだそうだそうだこれなのだ!! 俺様が求めていたものは!! ただ殺すだけならば羽虫にもできよう!! ただ群れるだけならば獣にもできよう!! だが!! 敵を殺すため以外の用途を持たぬ武器を集団で振るい!! 敵を余さず打ち倒さんと吠える生物がこの世のどこにいる!? おらぬよ!! おりはせぬ!! 我らだけだ!! そう、我らだけが殺し合うためだけの殺し合いをする!!」

 

 吠えるのは、禿頭の、鎧を纏った一人の男。

 殺し合うためだけの、殺し合い。

 どんな生物でも本能的に避ける行為――同族殺し。それを、人間という生物はさも当然のようにやろうとするし、やってきた。その醜さは歴史の一ページを紐解くだけで十分に理解できてしまう。

 確かにその通りだと、ソラは冷静に思った。

 人間ほど、この世で救い難い生き物はいないと。

 

「くくっ、あははははははははははははははははははははははははははははっ!!」

 

 そして、もう一人。

 高々と壊れたように笑う男に、ソラは見覚えがあった。

 ギレン・リー。

 体を機械で補強した、犯罪者。

 ただ、ソラはその姿を見て眉をひそめる。ギレンの瞳……そこに、光がない。

 

「くくっ、さあ、我が怨敵よ!! 宿敵たちよ!! 踊るとしよう!! 血を撒き散らし!! 憎悪を吐き出し!! その先に地獄を!!」

 

 戦斧が唸る。そこへ。

 

「ウエンディ!?」

 

 叫んだのは、誰だったのか。

 ――ウエンディが、リヴァイアス・バルトマカリへと突撃していた。その表情は、例えようのない感情を写している。

 対し、リヴァイアスは力任せに振るわれたウエンディのIS――ラインディングボードを受け止め、高々と笑い声を上げる。

 

「もう我慢できないか管理局の走狗!? いいだろう踊ってやる!! 銀月よ!! 我が導きの光よ!! 感謝を!! 憎悪を!! さあ付いてこい小娘!! このまま地獄へと邁進する!! 殺してみせろ!! この心臓に!! この脳髄に刃を突き立ててみろ!! 貴様らが平和を望むと謡うならばこの俺様を終わらせてみろ!! 人の業、その果てであるこの俺様を!! 敵よ!! 愛しき愛しき怨敵よ!!」

「うあ、ああ、あああっ!!」

 

 絞り出すようなウエンディの声。リヴァイアスは力任せに振り抜かれたそれを受け止め、僅かに後退する。

 

「お前なんかに!! お前なんかが!!」

 

 ウエンディが吠える。それに呼応するように、ギレンが動いた。その手に持ったライフルの銃口をウエンディに向ける。しかし。

 

《Jet Zanber》

 

 ギレンがその引き金を引く前に、雷の刃が彼を吹き飛ばした。金色の刃――それを放った人物であるフェイトが声を張り上げる。

 

「迎撃開始!! ギレン・リーは私が相手をする!! 総員、かかれぇぇっっっ!!」

「「「おおおっ!!」」」

 

 念話も使って下された命令に、一斉に反応する魔導師たち。それに対応するように、リヴァイアスたちに続いて戦闘機人たちが上陸してきた。

 ――戦闘開始だ。

 

「IS・ランプルデトネイター」

 

 パチン、とチンクが指を鳴らした。瞬間、リヴァイアスを中心に爆発が起こる。

 

「ぬうっ!?」

「あうっ!?」

 

 ウエンディはその余波で吹き飛ばされたが、それをノーヴェが救助し、事なきを得る。チンクは続けざまに指示を飛ばした。

 

「砲兵隊、一斉掃射!!弾幕を途切れさせるな!!」

「「「了解ッ!!」」」

 

 放たれる無数の魔法弾。その最中でもフェイトとギレンは高速で戦闘を行い、物凄いスピードで戦場を海上へと移していく。

 ギレン・リー。様子はおかしかったが、実力は本物だ。下手な魔導師が向かっていったところで、無駄に犠牲を出すだけ。フェイトがどうにかするというなら、それが一番だ。

 それらのことを瞬時に判断すると、ソラはさて、と吐息を零す。

 

(こうなる前に引っ込むつもりだったが……)

 

 ここでのソラの仕事は本来存在しなかった。しかし、こうなれば話は別。

 

(――やるか?)

 

 いつも通り適当に覚悟を決めてソラがデバイスを握り締めた瞬間、チンクがソラの前に立った。右手を横に出し、まるでソラを止めるような恰好をしている。

 

「お前の戦場はここではない。ここは任せろ。お前は戻れ」

 

 簡潔な言葉だった。ソラは、頷く。

 

「――わかりました」

「迷わないか。……やはりお前は、どこか外れている」

 

 チンクは苦笑し、だが、と呟いた。

 

「望むものは同じと、信じているぞ」

 

 チンクの手からナイフが放たれ、爆発を起こす。リヴァイアスの笑い声が轟き、それをチンクたち『N2R』が迎え撃つ。

 戦闘機人と魔導師たちが、本格的な衝突を始める中で。

 ソラは、走り出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一般人の避難は転送ポートを使って行われる。そもそもミッドチルダにいるということ自体が危険なのだ。他の世界へ逃げるしかない以上、状況的にも転送ポート以外の手段はない。

 しかし、だからといって避難が思うように進まないのも現実。

 その全てが、今までの管理局の素行が理由だ。

 

「うっせぇ! 信用できるかよ!」

「管理局の偉い奴はとっくに逃げてんだろ!?」

「あんたら魔導師なんだろ!? だったらさっさと戦えよ!」

 

 積もり積もってきた管理局への不信。それが、最悪の形となって顕現していた。

 先の戦いにおける実質的な敗北も響いているのだろう。管理局の言う『安全』を、誰も信用しようとしない。

 

(まあ……当然か)

 

 避難する者たちの中でその様子をぼんやりと眺めながら、リューイ・エンドブロムは内心で呟いた。相手の使用する質量兵器の恐ろしさはここにいる市民たちが一番理解している。現場の魔導師たちに次いで凄惨な戦場を見たのは彼らなのだから。

 それに、彼らにしかわからない恐怖もある。

 

「相手は銃持ってんだろ!? なのに俺たちは武装することさえ許されねぇのか!?」

 

 そう――これだ。

 魔導師なら、魔導という戦いの力がある。しかし、一般人にそれを求めるのはあまりにも酷だ。たとえSAなどの格闘技を習得している人物がいたとしても、実践とスポーツは違う。

 殺すか、殺されるか。

 魔導であっても、万能ではない。相手を殺傷することはある。

 殺す覚悟。

 それを宿すからこその軍人であり、魔導師なのだから。

 

「テメェの杖を寄越しやがれ!!」

 

 ぼんやりとしていたリューイの思考を覚醒させる大声が響き渡った。見ると、一人の男性が武装局員の杖を奪い取ろうとしているところだった。

 

「ちょっ、何を――」

「うるせぇ!! テメェらが信用できねぇんだ!! 自分の身は自分で守るしかねぇだろうが!!」

 

 周りの者たちは男の方の味方らしい。止める気配はない。むしろ今にも彼ら自身が動き出しそうだ。

 リューイはちっ、と舌打ちを零す。

 

(正論だな。正論だが……気に入らねぇ)

 

 リューイはそこへ割って入ろうとする。その前に。

 一人の少年が、その二人へと近付いていった。鮮やかな陽光のバリアジャケットを纏った魔導師。見覚えのあるその背中。

 

 ――マズいっ!!

 

 直感が、警鐘を鳴らした。リューイは全力で地面を蹴り飛ばし、その背中に迫る。

 

 ――ダンッ!!

 

 鳴り響いたのは、一発の銃声だった。場の空気が固まり、直後、ドサッ、という鈍い音が響く。

 戦闘機人が一人、頭を銃弾で撃ち抜かれて倒れていた。建物の上から奇襲を仕掛けようとしていたらしい。少年の体に返り血がかかり、その顔が朱に染まる。

 直後、魔導師が一人駆け寄ってきた。

 

「隊長!! 申し訳ありません!! 一人、守備を突破していった戦闘機人が……!!」

「大丈夫ですよ。処理したんで」

 

 血を拭いながら、淡々と少年――ソラは告げた。そのまま彼は彼自身の部下へと何の感情も載せずに指示を出す。

 

「なるべく時間を稼いでください。避難までもう少しかかりそうなんで」

「――了解しました」

 

 そうして、魔導師は駆けていく。リューイは、おい、とソラに声をかけた。しかし、ソラはリューイの方を向かず、手にした拳銃――正真正銘の質量兵器のグリップを、男へと向ける。

 

「どうぞ」

 

 簡潔な一言だった。血に濡れた十五の少年は、言葉を続ける。

 

「デバイスを持ったところで、魔導の心得がなければ鈍器としてしか扱えません。しかし、これなら引き金を引くだけで殺せますよ。手を貸してくれるんでしょう?」

 

 どうぞ。もう一度、ソラは言葉を紡いだ。男は杖から手を離し、一歩、後ずさる。他の者も同様だった。

 誰もが、化け物でも見るかのような目でソラを見ている。ソラは、しかし、感情の乗っていない声で言葉を続けた。

 

「わたしたちが信用できないのはごもっともです。その上で自分の身を守りたいならご自由に。……正直こっちも余裕ないんでね。避難したくないと言う人の相手してられないんですよ。したくないならどうぞ。勝手に死んでください」

 

 ソラは肩を竦める。男が、なっ、と声を漏らした。

 

「それでも管理局か!」

「管理局を否定したのはそっちでしょうに。都合が良いとは思いませんか? まあいいです。どっちにせよこのままならこの世界は滅ぶんですよ。……正直、俺だって逃げたい。けどな、あんたらを避難させるのが仕事で、そのために俺はいるんだ。でもま、仕事は仕事。無理強いするのは仕事じゃない。死にたきゃ死ね」

 

 きっぱりと言い捨てるソラ。その肩を、リューイは掴んでいた。ソラはリューイの姿を確認すると一瞬鬱陶しそうな目をし、すぐにいつもの表情に戻す。

 

「リューイ先輩? なんでここに?」

「白々しいなテメェ。……ちょっと歯ぁ食い縛れ」

「――お断りします」

 

 鈍い音が響いた。ソラの顔面目掛けて放たれたリューイの拳が受け止められた音だ。リューイはちっ、と舌打ちを零す。

 

「可愛げのねぇ野郎だ」

「本性バレてる人に猫被る意味もなし、ってね」

「腹黒が。……気に入らねぇ野郎だったが、ここまでとはな」

 

 リューイは手を離すと、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

 

「仕事だから、だと? ふざけんのも大概にしろボケ。俺たちはな、管理局はな、そんなもんのために戦ってんじゃねぇんだよ。守るために、誰かのために戦ってんだ」

「……押し付けないでもらえませんか、暑苦しい」

 

 ソラはため息と共に呟いた。周囲の者たちは息を呑み、二人を見守っている。

 リューイは、押し付けじゃねぇ、と言葉を紡いだ。

 

「押し付けなんかじゃねぇよ。ファイムの野郎も、ここにいる魔導師も、テメェ以外はみんなそうなんだよ」

 

 守るために。

 管理局の魔導師は、そのためだけに力を望む。

 そうでなければ、命など懸けられない。命を懸けるだけの理由があるからこそ、命を懸けるのだから。

 しかし、ソラはそれを否定する。

 

「現場はそうでしょうね。けど、上層部は違う。……別に上官を侮辱する気なんてありませんが、リューイ先輩。だったら教えてください。管理局の上層部は、ファイムさんや大将をこの戦場に放り込んだあいつらは、あんたと同じような理由で戦ってるんですか?」

「…………ッ、それは」

「そう、そんなわけがない。それを肯定すれば、先輩たちへの侮辱になる。……別にどうでもいいですけどね。管理局が正義であろうとなかろうと。俺は命を懸けてますよ。安い安い給料に」

「上層部も同じだってのか?」

「いいえ? ここまで即物的じゃないでしょう。権力とか利権とか、理由は様々。……結局、そういうことなんです。何に命を懸けるかなんて、その人次第。ただ俺は管理局が正義であろうとなかろうと、外道であろうと鬼畜であろうと、安い賃金のために働くんです」

 

 ソラはリューイに背を向ける。リューイは、ソラ、とその背中に声をかけた。

 

「管理局は正義だよ。テメェ自身が示した通り、質量兵器は百害あって一利なしだ。……嫌われ役を買って出て、楽しいか?」

「何のことやら」

 

 ソラは肩を竦める。リューイは、ふん、と鼻を鳴らした。

 途中で気付いたことだ。ソラ・ウィンガード。気に入らない男だが、その性質は理解している。彼は自分の利益のために動く人間でも、他人の利益のために動く人間でもない。ただ、彼が決めたことをするだけだ。

 そして今の彼が『決めている』のは、給料の分だけ働くこと。

 恥も外聞も、彼には関係ない。真似したくもない生き方だが、それも一つの在り方だ。

 認めようとは、思わないが。

 

「気に入らねぇな、テメェ」

「今更でしょうよ。……それじゃあ、俺、仕事に戻りますんで」

 

 言って、ソラは歩き出した。その背を見送ったリューイも、背を向ける。

 

「……それでは、避難ですが……」

 

 遠慮がちな声が聞こえた。振り返ると、魔導師たちが避難誘導を始めていた。しかし、今度は誰も逆らわない。

 ソラの見せた、『覚悟』の結果だろう。

 

「…………」

 

 それを複雑な表情で眺め、リューイは歩き出す。

 ソラとのやり取りとは別。こんなところまで戦闘機人が来ているということは、戦況がまずい状況にあるということだ。

 体は万全とは程遠い。しかし。

 

 ――誰かを守るために、戦う――

 

 そう、口にした以上は。

 戦わなければならない。それ以外の選択肢はない。

 リューイは、走り出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――惨劇。

 バリアジャケットを纏い、別の場所で戦っていたミリアムを強引に連れて最前線に来たリューイが見たのは、それだった。

 

「そんな、まさか……」

「くっ!」

 

 呆然としているミリアムをよそに、リューイは担架に乗せられて運ばれていく三人に駆け寄る。

 チンク、ノーヴェ、ディエチ……『N2R』のうちの三人が、重傷を負っていた。

 

「みなさん!」

 

 リューイが駆け寄る。チンクが薄く目を開いた。

 

「リューイ、か……? すまない。不覚をとった。あの男、想像以上に……」

 

 チンクが呻き声を漏らす。周囲を見れば、戦闘機人たちの進行をチンクの部下たちが押しとどめているのがわかる。しかし、突破されるのも時間の問題だ。相手の数が多過ぎる。

 

(加勢すべきか?)

 

 一人とはいえ、リューイ・エンドブロムという魔導師は空戦AAA+という高位魔導師である。更にいざとなればミリアム・エンドブロムというユニゾンデバイスもいる。活躍は十分に可能なはずだ。

 おそらく、ウェンディも戦っているはず。そう思い、その手に持った大剣を握り締めた瞬間。

 

「……リューイ、お前の戦場はここではない」

 

 身を起こし、チンクが言った。まるでリューイの思考を読んだかのように。

 隊長、と他の魔導師が声を上げる。チンクはずれていた眼帯を着け直すと、ふらつく体で立ち上がる。

 

「リヴァイアス・バルトマカリ……あの男を、ウェンディが追っていった。情けない話だが、私たちは負けた。――頼む、リューイ」

 

 チンクは、真っ直ぐにリューイを見据える。

 

「私たちは、罪人だ。だが、それでもこの街は、管理局は、私たちを受け入れてくれた。……正義など、私には語れない。しかし……それでも、守りたいものはある」

 

 チンクも、リューイも、経緯はどうあれ元犯罪者である。

 そのせいで幾度となく白い目を向けられてきたし、良いことばかりでもなかった。

 しかし、そんな場所でも優しくしてくれる人、笑っていられる場所があった。

 居場所がある。

 チンクは、それを守るために戦うのだという。

 だが、リューイは。

 

「正義はあります。俺が元犯罪者だとか、そんなことは関係ない。管理局は正義だ。そうじゃなきゃ、いけねぇんだ」

「――マスター」

 

 ミリアムが、呟くように言った。

 リューイとミリアムがユニゾンし、風が吹き荒れる。薄く輝くような金色の髪を揺らし、リューイは前を見る。

 

「俺に――俺たちに任せてください。ウェンディは、必ず助けます」

 

 姉妹の中で最も戦闘能力の高いチンクでさえこのダメージだ。ウェンディもきっと軽くないダメージを負っている。

 それでも戦うのは、きっと。

 

『ここはお願いします』

「ああ。任せておけ。姉が倒れているわけにはいかん」

 

 チンクが頷く。彼女の傷は深い。しかし、それでも立ち上がる。

 リューイは、空へと駆け上がる。

 

 ――爆発音。

 

 遠くから響いてきたのは、聖王教会の方面だ。リューイは速度を上げる。

 それが彼の、全力だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「シスター・シャッハ! 防衛ラインが突破されました!」

「ッ、避難状況は!?」

「まだ半分ほどしか……!」

 

 その報告を聞き、トンファー型のデバイス『ウィンデルシャフト』を携える紫髪のシスター、シャッハ・ヌエラは歯噛みした。彼女たちは教会内にいる孤児たちや司祭たち、参拝に来ていた者たちを避難させるための時間稼ぎをしているのだが、あまりにも手が足りない。

 

(聖王騎士団は少数精鋭……数で押されると、やはり脆い……!)

 

 管理局との衝突を避けるため、聖王教会は『騎士』という名の戦力の数を抑える傾向にある。少数精鋭というのは動く際には動き易いが、こういった防衛戦ではそれが短所となってしまう。

 結局のところ、単純な『数』という論理は圧倒的な力を持っているのだから。

 

『シャッハ、聞こえますか?』

「騎士カリム!?」

 

 聞こえてきた念話に、シャッハは声を上げる。カリム・グラシア。理事たる自分が先に逃げるわけにはいかないと、セインと共に避難誘導をしている人物だ。

 

『セインたちもよくやってくれていますが、まだ時間がかかります。そちらはどれくらい保ちますか?』

「……第二防衛ラインを突破されました。戦闘機人たちがここに到達するまで、おそらくそう時間はありません」

 

 四重の防衛線を引いて待ち構えていたが、すでに二つも突破されている。今はオットーとディードの二人が中心になって第三防衛ラインで抑えているが、それもどこまでもつか。

 

『……状況は芳しくないようですね。仕方ありません。私が――』

「いけません騎士カリム! あなたは戦ってはなりません!」

『しかし、シャッハ』

「いかに騎士団最強の騎士とはいえ、あなたは何があっても喪ってはならぬ人。戦ってはなりません」

 

 シャッハは言い切る。騎士カリム。彼女は現代の騎士団において最強を謳われる人物だ。しかし、彼女の持つレアスキル、そしてその影響力はここで失っていいものではない。故に。

 

「ここは私たちが守ります。何があっても、何が来ようとも」

『シャッハ――』

「それでは」

 

 強引に念話を切り、シャッハは息を吐く。そうしてから、前を見据えた。

 彼女の周囲には、彼女と同じようにここで戦う騎士やシスターたちがいる。シャッハは、そんな彼女たちに言葉を紡いだ。

 

「私たちの、騎士の本懐を遂げる時が来ました」

 

 シャッハは、迷わない。

 

「我らは剣であり、盾である。右手に剣を。左腕に盾を。この胸に、退けぬ信念を。――守りましょう、我らの背には、我らを信じてくれる彼らの想いがある」

 

 ウィンデルシャフトを掲げ、シャッハは言う。

 

「ここから先へは、誰も通しません。ここが、我らの死に場所です」

 

 そして、騎士たちがその想いを一つにした瞬間。

 

 

「――ならば、俺様を止めてみせろ」

 

 

 声が響いた。同時に、ドサッ、と何かが地面に落ちる。

 ――オットーと、ディードだった。

 

「オットー、ディード!?」

 

 シャッハが声を上げる。地面に倒れた二人は、呻き声を上げた。

 

「すみ、ません……、シスタ………シャ…ハ…………」

「あの、男……に……」

 

 二人を騎士たちが起こし、すぐさま後方へと運んでいく。その光景を一瞥すると、シャッハは男を睨み付けた。怒気と殺気を孕んだその瞳を受け、男は壮絶な笑みを浮かべる。

 

「そこの二人は中々楽しませてくれたぞ。そこの小娘、次は――貴様か?」

「……報告は受けています。リヴァイアス・バルトマカリですね」

「――知っているのなら、話は早い」

 

 ズンッ、とリヴァイアスが地面を大きく踏み締める。リヴァイアスが纏う鎧は所々傷があり、本人のダメージは決して少なくないはずだ。しかし、その魔力に衰えというものはない。

 今にも――この場の全員を食い殺そうとでもしているかのような、圧倒的な威圧感。

 

「さあ、俺様を楽しませろ!! 死ぬか!! 逃げるか!! 蛮勇を見せるか!! この場で決めろ騎士共!!」

 

 笑い声をあげるリヴァイアス。シャッハは、じりっ、と僅かに後退した。無意識のうちに。

 ――瞬間。

 

「ぬっ!?」

 

 四発のシューターが、リヴァイアスを狙い撃った。リヴァイアスは誰だ、と声を張り上げる。シャッハたちも振り向いた。

 そこに、いたのは。

 

「ほう……小僧か。死んだと聞いていたがな?」

 

 リヴァイアスが笑みを浮かべる。現れたのは、一人の少年。

 ウィル・ガーデンズ。その少年がデバイスを構え、立っていた。

 

「反逆か? 俺様は構わんが……銀月が見れば、何と言うかな?」

「…………考えたこと、なかったんだ」

 

 ウィルは槍の形をしたデバイス――アルガンツァの柄を強く握り締める。その体は、僅かに震えていた。

 当たり前だ。リヴァイアス・バルトマカリの凄まじさは味方であった彼が一番よく理解している。勝てないことも、十分に。

 しかし、彼はここに立った。

 立って、いる。

 

「俺だけじゃなかったなんて。誰にだって大切なものがあるんだって。管理局にだって守りたいものがあるんだって。ちょっと考えればわかるのに。わかったはずなのに。俺だけが、俺だけが辛いわけないのに、それなのに」

 

 知ったから。

 厳しい人生の過程で壊れてしまって、それでも、人間のフリをする男を。

 誰にでも、守りたいものがあるのだということを。

 リヴァイアスが、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「それさえわからぬから、貴様は小僧なのだ。しかし……だからどうした? 互いの守りたいものが違うならば、ぶつかるならば、争うしかなかろう。それさえもわからん、などとほざくなら戦場に出るな。時間の無駄だ」

「そうですね……けど、あんたは違う」

 

 ウィルは、デバイスの切っ先をリヴァイアスに向ける。

 

「あんたは破壊するだけだ。壊すだけだ。奪うだけだ。……守るなんて発想、あんたにはないんだろ? だったら、あんたは違う。俺たちとは、違うんだ!」

 

 決意の咆哮。まるで自分自身を奮い立たせるかのように、ウィルは吠えた。

 だって、そうだ。

 彼の力は、リヴァイアスに届かない。

 それでも、戦うのは――

 

「俺はあんたを認めねぇ! おっさんなら! エリアさんなら! テンリュウさんならわかる! あの人たちには守りたいもんがある! けどあんたは違う! そんな奴に奪わせてたまるか……奪われてたまるかよ!」

「吠えたな小僧。しかし、ここに貴様の守るべきものなどなかろう」

「関係ねぇよ。あんたを認めない。理由なんて、そんだけで十分だ」

 

 震える体で、ウィルは言った。リヴァイアスが、笑う。

 

「くくっ、吠えたな? 吠えたな小僧? いいだろう――殺してやる」

 

 魔力が吹き荒れる。リヴァイアスは、笑った。

 

「異端の我に居場所などない!! 俺様はリヴァイアス・バルトマカリ!! 戦場の申し子!! 裏切り謀反は戦の華よ!! さあ、来るがいい!! 俺様は一切の躊躇もなく、貴様の覚悟を打ち砕く!! さらばだ、かつての戦友よ!!」

 

 吹き荒れる魔力。限界など一片も感じさせないそれを前に、ウィルの体が震える。思わず後退りしてしまいそうになるほどの威圧感。だが不意に彼の隣に一人の女性が立った。

 ――シャッハ・ヌエラだ。

 

「正直、あなたがこうして加勢してくれることに驚きを禁じえません。……信じ、頼ってもよいのですね?」

「……正直、管理局も聖王教会も好きじゃねぇ。けど、ここがなくなると困るんだろ?」

 

 ウィルは、だったら、と言葉を紡いだ。

 

「手を貸すよ。柄じゃねぇけど、さ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ソラ・ウィンガードは、空を飛んでいた。聖王教会の避難が滞っていると連絡を受け、増援に来たのだ。

 そして、もう一つ。

 リヴァイアス・バルトマカリがそちらへ向かっていると聞いて、急いでいる。あの男は要注意人物だ。何せ『N2R』が敗北を喫するような相手。流石に、歴戦の勇士ともなればレベルが違う。

 

「……怪獣でも通ったかのような痕だな」

 

 ソラの表情が引き攣る。おそらく、リヴァイアスが戦闘を行いながら進んだ結果だろう。見下ろした地上は、無茶苦茶に荒らされていた。……死体も、転がっている。

 魔導師も。

 一般人も。

 戦闘機人も。

 これが――戦場。

 普通なら、精神的に追い詰められて嘔吐でもしてしまいそうな惨状を前にしても、しかし、ソラは表情を変えない。

 受け入れてしまっている。

 

「……やっぱり、異常なのかねぇ。こういう時、平静なのは」

 

 適当に呟き、ソラは速度を上げる。今は、そんなことを考えている場合ではない。

 ――教会の方で、轟音が響いた。

 断続的に響く轟音と、煌めく閃光。急げ、とソラは自身に命じる。

 しかし、こんな時でも、彼の心は冷めている。

 酷く冷静に――相対した時のことを考えている。

 

 ――そして。

 

 ソラは、教会に辿り着いた。

 目を――見開く。

 

「シャッハさん!?」

 

 思わず、声を上げた。

 壁に寄りかかり、血を流して座り込む女性。ソラが知る中でも最強の一人である魔導師が、敗北していた。その周囲にはオットーやディード、騎士やシスターたちが倒れている。

 戦闘機人たちの姿はない。つまり、たった一人の魔導師にやられたということだ。

 そして。

 一人の少年が、その魔導師に斬りかかる。

 だが――

 

「……貴様は、馬鹿だ」

 

 ――ズンッ、と戦斧の刃が鈍い音を響かせ、その体に食い込んだ。

 少年は――ウィルは血を吐き出し、動きを止める。

 

「この、大馬鹿野郎めが。地獄で待っていろ。――俺様も、すぐに行く」

 

 ――――。

 

 放り捨てられ、ウィルが、地面に落ちる。

 致命傷。助かる見込みは――ない。

 

「さて――」

 

 幾人もの猛者たちの返り血でその身を染め上げた男が、上を見上げる。

 ――一閃。

 凄まじい金属音が、空気を揺らした。

 

 フルドライブ、モード――『ブレイドマスター』。

 

 短期決戦のためだけの一撃を、ソラが叩き込んだのだ。デバイス『ヴィクトリア』に、ソラの魔力負荷による罅が入る。

 

「――問答無用か。よいだろう、来い」

 

 返答は必要なかった。ソラのただならぬ気配を察したのだろう。リヴァイアスは笑みを消し、得物を構える。

 そしてそれに応じるように、ソラの奥義が放たれる。

 

「我流極星――『流れ星』」

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