魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第三十一章〝終わった場所〟

 

 ミッドチルダ上空にある種異様な雰囲気を纏いながら浮かぶ、『史上最悪の質量兵器』――失楽園シャングリラ。

 その内部は人の踏み入るべきではない場所であり、全てが終わった場所でもある。

 

「争うことも競うこともいがみ合うこともない場所。……成程、確かに『終わった』場所だ」

《高めることも極めることもできない代わりに永遠の平穏を……この場所は、確かに一つの意味で完成しています》

 

 内部を移動しながら得た結論を口にするファイム・ララウェイの言葉に、彼の相棒たるデバイス、リンネクロウズ・ナイトメアが応じる。

 ――『失楽園シャングリラ』。

 少し前にユーノがファイムに用意した資料に入っていたその情報の裏が取れてきた。

 完成した、終わった場所。

 その意味は、至極単純。

『進歩しない』。

 ……進歩の裏には、必ず争いがある。それが平穏を脅かし、その代わりに発展をもたらす。故に、『進歩』という概念を排除した。その場にとどまり、固定することを選んだ世界。

 それが――この場所。

 失われた、楽園。

 

「皮肉だね」

 

 一人歩を進めながらファイムは呟く。時間がないという状況からファイムたち突入組は分かれて行動している。誰もが正真正銘のエースやストライカーだ。一人であっても、大抵の苦境は突破するだろうしその辺りについてファイムは心配していない。むしろメンバーの中ではファイムが一番危険なくらいだとさえ思っている。

 まあ、ファイム自身がそれを心得ている時点で滅多なことにはならないだろうが。

 

「向こうの主張は『進歩のために管理局を潰す』だったはず。……ここはその『進歩』を否定している場所だ。なんというか、色々とおかしいよね」

《確かに……しかし、そんなことは度外視して単純に戦力だけを求めたのではありませんか? あまり認めたくはありませんが、ここにいる無数の機械人形たちの戦力は侮れません》

「戦闘機人もいるしね。……考え過ぎか。まあ、確かに色々とおかしいけど――」

 

 ファイムの目が、鋭い色を宿す。瞬間、その体が跳ねた。

 同時、ファイムが立っていた場所に無数の弾痕が刻まれる。前を見ると、二門のガトリング砲を備えた機械人形――まるで戦車のような威容をした質量兵器がこちらを狙っていた。

 

「厄介そうなのが出てきたね」

《――解析。動力に魔力装置が使われていますが、そのほとんどが質量兵器のそれです。如何しますか?》

「あまり魔力消費もしたくないし――」

 

 ――ギョムン。

 

 カメラ・アイが、ファイムを捉える。ファイムは右腕のワイヤーを解き放つと、すぐさま防御用の魔法陣をワイヤーで構築。眼前に展開した。

 そして、応じるようにガトリング砲が火を噴く。

 明らかに対人ではなく対物用に設計されているであろうそのガトリング砲の威力は圧倒的で、障壁も長くはもたないだろう。

 

 ――抜かれる!

 

 そう判断したファイムは左手に持っていた杖――ナイトメアを一度回転させると、思い切り体をひねり。

 投げた。

 

《Storm Line》

 

 リンネが魔法を紡ぐ。同時にファイムは障壁を消すとその場で飛び上がり、弾丸の嵐を避けた。天井が高いのが幸いした。通常ならばすぐさまその砲門がこちらを向くのだろうが、一瞬だけ稼げればいい。

 そして。

 暴風を内包した杖が機械兵器に突き刺さり、炸裂する。

 

 ――轟音。

 

 吹き荒れた風により、前面部分が炸裂。その車体がひしゃげていた。ガトリング砲も片方が壊れ、銃弾に引火したのか爆発を起こす。

 

《Protection》

 

 密閉空間における爆発は、圧倒的な殺傷力を発揮する。リンネはそれを考え、ファイムを守ったのだ。彼らがいるのはシャングリラ内部の通路。天井は高くとも密閉空間に違いはない。

 駆動音。ファイムは眼帯を外すとその土煙の中を見た。戦闘機人の瞳で見た世界――そこには健在なガトリング砲を向けてくる機械兵器の姿がある。

 

(頑丈だね。だけど、そういう武器を持ってるのは僕だって同じだ!)

 

 凄まじい金属音が響き渡った。ワイヤーがガトリング砲の方針を捕らえ、強引に向きを変えられた音だ。見当違いの方向にばら撒かれる無数の弾丸。ファイムは腰回りに隠すように装着していたホルスターから、二丁の得物を取り出す。

 自動機関小銃――『フレア』。

 小難しい名前をしているが、要するにただのマシンガンである。以前ファイムが使った『ボルケーノ』と同じく、魔力を込めた弾丸を撃ち出すという管理局法ギリギリのラインを走る武器だ。

 

「――――」

 

 引き金を引く。連続で引く必要はない。引き続ければ秒速三十発という凄まじい速度で弾丸が放たれる。

 響き渡る金属音。装甲が硬い。闇雲に撃っても無駄だ。

 ――ならば、先程の爆発で破壊した場所を狙う。

 そう判断した瞬間、マシンガンが弾切れを起こした。ファイムは即座に空になった弾倉を廃棄すると、腰に着けられた次の弾倉をセットする。しかし、その行動の隙を相手は見逃さない。

 

 ――ギュルルッ!!

 

 突如、機械兵器がこちらに向かって直進してきた。ワイヤーでガトリング砲を逸らしているとはいえ、それで止められるような質量はしていない。ファイムは即座にワイヤーを全て解放。様々な場所に巻き付けると、機械兵器の行く手を阻んだ。

 

 ――ギャギッ、ギャルルルルルッ!!

 

 物理法則を利用し、強引に止めたのだが――流石にこの質量の質量兵器。長くはもたない。そう判断すると、ファイムは躊躇なく地面を蹴り飛ばした。

 

《Wind Move》

 

 最高速で機械兵器に接近。マシンガンの先端に装備された、小型のナイフを強引に突き刺すと、引き金を引く。

 響き渡る銃声。跳弾によってファイムの体に傷がつくが、彼は少しも気にしない。

 そして。

 弾丸が強引に装甲を抉じ開け、内部を蹂躙する。そうなれば、もう決着だ。

 動きを止める機械兵器。その内部を見、ファイムは呟いた。

 

「……やっぱり、か」

 

 そこにいたのは――戦闘機人。

 死体となった、それだった。

 

「この機動が全部機械のものとは思えなかったけど……成程ね、こういうことか」

《……妙ですね。この質量兵器は『失楽園シャングリラ』のガーディアンのはず。そもそも、ここは人がいられる場所ではありません。だというのに、『人のための兵器』があるはずがありません》

「そうだね。だけど……目の前に存在してる」

 

 ファイムは呟く。パイロットである戦闘機人は絶命している。そのため反撃の心配はない。警戒を緩めつつ、内部を見る。

 ――『失楽園シャングリラ』。

 ここは『聖人』が生み出した彼女と『唯一人の軍勢』のためだけの場所だ。そして、彼女たちを守るためだけに存在するガーディアンたちは『人が乗る』という状況をそもそも想定していない。なのに――

 

「きな臭いね。前提条件が破綻してる」

《マスター。おそらくは、あの男でしょう》

「……グリス・エリカランか」

 

 ファイムは呟く。ファイムとは数多くの因縁を結ぶ、悪魔のような少年。『アンリミテッド・デザイア』の継承者。

 ジェイル・スカリエッティと『同じ』である彼が、この原因を握っている。

 

「何にせよ、決着は急がなくちゃいけない。急ごう、リンネ」

《Yes,my master》

 

 ファイムは、走り出した。

 ――亡骸を、燃やしていくことを忘れずに。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「キャハハ♪ これは中々、怖いねぇ?」

 

 モニターを見ながら、グリスは笑う。ファイムの今の行動の全てを監視していたのだが……やはり、厄介だ。

 

「まあ、答えに到達することはないだろうけどね~。『アルハザード』を夢物語と思ってる間は、無理無理」

 

 キャハハ、と楽しそうにグリスは笑う。

 計画は順調だ。ここに至るまでが問題だったが、幸い『ロード』という綱渡りも渡り切ることができた。彼を失ったのは少々想定外だったが、その代わりに最大の難敵であるテンリュウ・シンドウは抑え込めた。

 ならば、後は。

 世界を掌握する力を、手にするだけだ。

 

「首尾は上々。後はタイミングだね。……ん? 何これ?」

 

 ほくそ笑んでいたグリスだったが、不意にその表情を変えた。視界の端、モニターに妙なものが映っていたのだ。

 

「……小型船?」

 

 シャングリラの壁面に、突き刺さるように顕現する一基の小型船。だがその船体はひしゃげており、あれでは中の者も無事ではないだろう。

 

「管理局の増援かな? まあいいや。気にしても仕方ないし」

 

 ――どうせ、大したことないし。

 呟き、グリスはモニターに目を通す。

 その瞳には、正しく狂気が宿っていた。

 

 狂気に『正しい』という言葉が当てはまるのかどうかは、わからないのだが――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 スバル・ナカジマとエリオ・モンディアルは、偶然にも合流を果たしていた。そして二人はかつて六課で培ったコンビネーションで突き進んでいたのだが――

 

「ッ、はあっ、はあっ……キリがないね。エリオ、大丈夫?」

「ッ、はい。スバルさんこそ、大丈夫ですか?」

 

 二人して肩で息をしながら、互いの状況を確認する。二人共が音に聞こえた『ストライカー』だが、流石に進む度に戦っていては疲労も蓄積していく。

 ちなみに、二人の周囲には先程ファイムが何とか一基破壊した戦車型の機械兵器が六基ほど沈黙している。

 スバルは周囲の斬勝ちたちを見回すと、苦笑しながら言葉を紡いだ。

 

「大丈夫。それに、ティアたちにも頼まれたしね。地上のみんなも、頑張ってくれてる」

「そうですね……急ぎましょう」

 

 エリオが頷く。地上の魔導師たちも自分たちを送り出してくれた旅団の者たちも、必死で戦っている。それは、信じてくれているからだ。

 自分たちがここを制圧してくれると。あの男を、止めてくれると。

 

「……もう、あんな思いはしない」

 

 スバルは、ギュッ、と拳を握り締める。

 エレン・ローグ。

 目の前で死なせてしまった、一人の女性。

 あんなことは、もう、繰り返さない。

 そして、行こう、とスバルが口にした瞬間。

 

 ――――。

 

 エリオが、後方へと大きく吹き飛ばされた。鈍い音を響かせ、壁を砕き、空気を吐き出す音と共に座り込む。薄っすらと、頭部から血を流していた。

 

「エリオ!?」

「――余所見とは余裕だな、嬢ちゃん?」

《Bady!!》

 

 鈍い音が響いた。スバルのデバイス、マッハキャリバーが強引にスバルの右腕を動かし、攻撃をガードする。

 

「へぇ……良いデバイスじゃねぇか」

 

 相手は笑みを浮かべながらそう言葉を紡いだ。その人物を見て、スバルが驚愕する。

 

「えっ、そんな、嘘……?」

「嘘じゃねぇよ。目ェ見開いてよく見やがれ」

 

 相手は笑う。その笑みは、見覚えがあるもので。

 同時に、見たことがないほど狂暴だった。

 

「カグラさん……!?」

 

 そこにいたのは、カグラ・ランバード。

 生死不明となっていた、英雄だった。

 

「何故あなたがここに!?」

 

 スバルが声を張り上げる。カグラは、んー、と鬱陶しそうに唸り声を上げた。

 

「別に大した理由じゃねぇよ。……世の中な、ままならねぇことが多い。それだけだ」

 

 ふっ、と寂しげな表情を見せ、ファイティングポーズをとるカグラ。スバルは応じるように構えながら、言葉を紡ぐ。

 

「わ、わかりましたっ! 人質を取られてるんですね!?」

「――馬鹿野郎。誰を人質に取るんだよ」

 

 ――一閃。凄まじい速度で放たれた蹴りをスバルはギリギリで受け止めた。速度に恥じない圧倒的な威力。力を損ねたという話が信じられないほどだ。通常の人間よりも遥かに頑丈であるはずの自分の身体から、ミシミシと何かが軋む音が聞こえてくる。

 

「全部、俺が選んだんだよ」

 

 拳打の応酬。カグラの戦闘方法は全て我流だという。普通なら荒が目立つはずのそれはしかし、実践で磨かれ、研ぎ澄まされてきたが故に一つの流派として完成している。

 

「――――ッ!」

 

 スバルは攻撃を何とか凌ぎ、反撃に出るが、大した結果は得られない。その時、不意にスバルの横を赤髪の少年が駆け抜けた。

 

「ストラーダ!!」

《Ja!!》

 

 エリオの咆哮と共に振り抜かれる槍。その一撃はカグラを吹き飛ばし、エリオはスバルの隣に着地する。

 

「エリオ!? 大丈夫なの!?」

「心配をおかけしました。大丈夫です」

 

 グイッ、と血を拭いながらエリオは言う。そうしてから彼は鋭い瞳でカグラを見た。

 

「……どういうことでしょうか?」

「……わかんない。けど、それを問いただす余裕はなさそうだよ」

 

 スバルは呟く。二人の視線の先には、無傷の姿のカグラ・ランバードがいる。

 力を損ねた?――どこがだ。

 この、どうしようもないくらいの絶対性。まるで、あの人のようだ。

 まるで――『エース・オブ・エース』高町なのはのような、憧れのあの人のような、強さ。

 嗚呼、とスバルは納得した。

 あの人のような強さ?……当たり前だ。

 

「…………」

 

 無言で、スバルは拳を握る。

 この人も――『エース・オブ・エース』なのだ。

 

 全力でやらねば――殺される。

 

 全霊の戦いが、幕を上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 八神ヴィータは『鉄槌の騎士』と謳われる優秀な騎士である。その力は、今更説明するようなものでもない。

 事実、ヴィータは襲い来る質量兵器たちを文字通り一撃必殺で粉砕していた。彼女の周囲には無数の残骸が転がっている。

 

「……ちっ、鬱陶しい野郎共だな」

 

 ヴィータは息を吐く。体力も魔力もまだ問題ないが、こうも行く手を邪魔され続けると流石に精神的にやられてしまう。だが、これだけ数多くの邪魔が入るということは目指す方向が間違っていないという証拠でもある。

 ――『ゆりかご戦役の英雄』。

 ヴィータに対する周囲の評価で一番に上がるのは、やはりそれだ。『聖王』をたった一人で打ち倒した『エース・オブ・エース』と並び称される、『ゆりかごを墜とした』英雄。

 その彼女だからこそ、こうして再び動力炉を目指している。

 そこを破壊することが第一目標であり、彼女の任務。

 

「カートリッジもまだ残ってる。時間は……あと、14時間か。急ぐぞ、アイゼン」

《Javowl》

 

 そして、ヴィータが進もうとした瞬間。

 

 

「ヴィータちゃん!」

 

 

 不意に現れた高町なのはが、ヴィータの隣に降り立った。ヴィータは、なのは、と声を上げる。

 

「お前、どうしてこっちに?」

「にゃはは、私の方は行き止まりで……別のルートを通ってきたら、ヴィータちゃんの姿が見えたから」

 

 右手でレイジングハートを持ち、苦笑しながらなのはは言う。ヴィータはそうかよ、と苦笑した。

 

「奴らには?」

「うん。まだ誰にも会ってない」

「そーかよ。じゃあ、さっさと動力炉潰して後輩共とファイムの援護に行こうぜ。あいつら、まだまだ頼りないからな」

 

 なのはに背を向けながら、ヴィータはどこか楽しそうに言う。

 

「特にファイムの野郎は、放っとくとどんな無茶するかわかんねぇし。なぁ、なのは――」

 

 

 ――ドスッ。

 

 

 鈍い音が響き渡ったのは、その瞬間だった。ヴィータは、自分の体から生えた刃に目を白黒させる。

 振り返ると、そこには笑顔を浮かべながら『右手に持った』レイジングハートを刃へと変え、ヴィータを貫くなのはの姿がある。

 

「は、ははっ……」

 

 ヴィータは、ごふっ、と血を吐き出しながら、呟く。

 

(なにやってんだよ、あたし……?)

 

 朦朧とする意識。その中で、ヴィータは自分自身を叱責する。

 

(なのはは、『左利き』じゃねーか……!)

 

 ――ズルッ。

 引き抜かれる刃。なのはは――偽物のそいつは、更に一撃を加えようとしてくる。ヴィータは、全力でグラーフアイゼンを振り抜いた。

 

「アイゼン!!」

 

 ――ゴキンッ!!

 

 鈍い音が響いた。ヴィータの腕に、嫌な感触が残る。なのはは壁に叩きつけられ、地面に倒れる。その顔は、血に濡れていた。

 

「ヴィータちゃん……どうして……?」

 

 なのはが、右手を伸ばしてくる。

 

「てめぇ、いつまで、なのはの、姿を……ッ!!」

 

 息を切らし、血を吐き出しながら、ヴィータは吠える。

 なのはは、どうして、と手を伸ばしてくる。

 

「ひどい、よ……」

 

 ビクッ、とヴィータの体が震える。

 ――違う。

 必死に、ヴィータは否定する。

 ――なのはじゃない。うろたえるな。

 グラーフアイゼンを、振り上げる。

 ――なのはじゃない!

 

 

「うああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 

 ――振り下ろされた鉄槌は。

 彼女の大切な何かを、打ち砕いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「キャハハ♪ 良い三文芝居だったね~♪」

 

 モニターを見ながら、この全てを仕込んだ犯人は――笑う。

 卑しく、狂おしく。

 ただただ――嘲笑う。

 

「さてさて、鉄槌の騎士さん……キミはさ、そのボロボロの体でどこまで耐えれるのかな?」

 

 ピッピッ、とモニターの一つにヴィータを中心に無数の光点が映し出された。その数は百を超えている。

 全て――戦闘機人たちだ。

 

「見知った者……それがたとえ偽物であってもキミたち人間は戦うことを躊躇する。甘いよねぇ、本当に甘い。けれど、そのおかげでボクは見ることができる」

 

 クスッ、とグリスは笑みを浮かべた。

 

「――心が壊れる、綺麗な音を」

 

 笑う。笑い続ける。

 楽しそうに、本当に楽しそうに、彼は笑う。

 そして。

 

「さあ、『運命』通りに戦いは始まる……そろそろ、ボクも動こうかな」

 

 彼が一瞥した画面には。

 地上と空の『エース』が、別の道を行く映像が映っていた。

 

 決着が――迫る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………?」

 

 高町なのはは、不意に振り返った。虫の知らせ、とでも言うのだろうか。心が、ざわめく。

 ――何だろうか。何か、後ろから――……

 

「どうかされましたか?」

 

 その思考を引き戻したのは、一人の青年の言葉だった。視線を前に戻すと、そこには黒髪の青年――ファイムがいる。

 高町なのはとファイム・ララウェイ。個別で進んでいた二人は、今、二人がいる広大な空間で鉢合わせした。ちなみにその時、なのはは『エクセリオンバスター』の一閃で戦車型の機械兵器を六基、まとめて粉砕した直後であり、ファイムは頬を引き攣らせるという一幕があったのだが。

 そしてその二人は今、一つの選択を迫られている。

 

「……この意匠……おそらくですが、この先が玉座でしょう」

 

 精緻な意匠に手で触れながら、ファイムが言う。古代ベルカの聖王のシンボル――それを『逆さ』にしたような意匠が刻まれたそれは、巨大な扉だ。

 玉座でないにしても、何か重要な部屋であることは間違いない。それ故に進むことに異議はないのだが、それには問題があった。

 

「この、もう一つの扉は何でしょうか?」

 

 一回り小さい扉が、二人が入ってきた扉とは別にもう一つあるのだ。可能性としては二人がこうしてここに来た道とは別の道があるというのが一番あり得る。しかし、それは所詮推測だ。違う可能性も捨てきれない。

 なのははそうだね、と呟くと、レイジングハートに視線を落とした。

 

「レイジングハート、どう?」

《エリアサーチは全て遮断されました。しかし……遮断されたということは、『何かがある』ということにもなります》

「そうだね。……あまり、時間もない」

 

 なのはは呟く。予告の時間まで、後たったの12時間しかない。それまでに『失楽園シャングリラ』の制圧、そして動力炉の破壊をしなければならないのだ。猶予はないと言ってもいい。

 

「ファイムくん。私は、こっちに行く。そっち、任せていい?」

 

 決断は早い。なのはが指差したのは、一回り小さいほうの扉だ。ファイムは、わかりました、と頷く。そして、ただ、と言葉を繋げた。

 

「そうやって、自分自身を一番危険な場所へ送る癖……やめた方がいいですよ」

「……よく言われるよ。けどね、私はそうじゃなくちゃいけないと思うんだ」

 

 なのはは、レイジングハートを握り締める。

 ――『エース・オブ・エース』。

 歴代の英雄たちが背負い、引き継がれてきたその異名。それは、ただの称号ではない。

 

「昔はね、どうして私が――って思ったこともあったよ。『エース・オブ・エース』……自惚れから墜ちちゃった私が背負っていいのかな、って」

 

 力だけがあった、あの雪の日。私は――高町なのはは、墜ちた。

 敗北し、墜ちてしまった。

 今でも夢に見る。だけど、だけどだ。そこで立ち止まるわけにはいかなかった。

 それだけは――できなかった。

 

「けれど、私は『エース・オブ・エース』高町なのはだから。――この肩には、管理局の全てが懸かってる」

 

『エース・オブ・エース』とは、そういう名前である。管理局の誇り。魔導師たち全ての想い。その全てを背負い、空を舞う。

 負けることも、屈することも許されない。

 ――不屈の心。

 高町なのはがその胸の内に秘めていたそれは、何度も奇跡を引き起こしてきた。

 諦めない心だけが――奇跡を生む。

 だからこそ彼女は『エース・オブ・エース』なのであり。

『エース・オブ・エース』が高町なのはなのだ。

 

「だから、私が行かなくちゃいけない。この先へは」

 

 高町なのはは決意する。彼女は子供ではない。自分の立場と、その意味の全てを正しく理解している。

 たとえこの先に待つのが『最強』であろうと『先代』であろうと。

 彼女は屈してはならない。敗北してはならない。

 彼女の敗北は、『管理局の敗北』なのだから。

 

「私が、止める」

 

 決意の言葉。ファイムは、一瞬、様々な意味の込められた瞳をなのはに向け。

 ――最後に、微笑んだ。

 

「わかりました。あなたがそう言うなら、是非もありません」

 

 そして、ファイムは進んでいく。

 

「――武運を」

 

 短い言葉と共に、彼は往く。なのはは頷くと、扉を開けようと一歩前へ進んだ。瞬間。

 

 ――ギギ、ギッ……。

 

 鈍い音を響かせ、扉が開いた。

 まるで――誘うように。

 

《……来い、ということでしょうか?》

「だろうね。いくよ、レイジングハート」

 

 そして、なのはは歩みを進める。ゆっくりと。

 広大な廊下のような通路が続く。床には絨毯が敷き詰められており、壁には無数の柱が規則的に立っている。

 そして。

 広大な空間に、ひっそりと備え付けられた玉座が目に入った。やはりというべきか、最奥の壁には聖王のシンボルを逆さにしたものが描かれている。

 

「……古代ベルカの時代、『聖人』は『聖王』の友人やったらしいわ」

 

 声が響いた。玉座から少し離れた場所で、壁に寄りかかる男がいる。

 ホムラ・イルハート。

 先代、エース・オブ・エース。

 砲撃魔導師の基礎理論を構築した、『正真正銘の天才』。

 

「詳しい話はわからへんけど、あの時代にあって利益を顧みない親友同士ってとこやったらしいな。美しい友情や。『唯一人からなる無敵の軍勢』も『覇王』とは仲が良かったらしいし。……せやけど、あんな時代にそれが許されるはずがあれへん」

 

 言って、ホムラはタバコを取り出すと火を点けようとライターを取り出した。しかし、火は点かない。ホムラは、ああ、と呟いた。

 

「そういや、そういう『運命』が設定されとるんやったか? 禁煙を強制されるって……まあ、ええけど。美味いもんでもないし。あのアホはようこんなもん、いっつも咥えとるな……」

 

 何やら呟き、ホムラはタバコの箱を握り潰した。そして、その視線を玉座の方へ向ける。

 そう――聖王のシンボルを貶める、『逆さ』のシンボルへ。

 

「きっかけも理由も知らへん。ただ、『聖人』は『聖王』を殺そうとした。……このシンボルは、その決意表明らしいわ。反逆――たった二人の反逆や。当時の『聖王』と『覇王』の連合の規模を考えれば、自殺だとはわかっとったやろうにな。ま、結果として『ゆりかご』によって『楽園』は封じられ、今に至る。――どうや、似とるやろ?」

 

 ホムラは微笑んだ。そして、壁から背を話す。

 その背に背負うのは、『聖王』への『反逆』を象徴するシンボル。

 なのはは、『それ』の意味を急速に理解した。

 

 あれは――管理局。

 ホムラが反逆するのは、世界そのもの。

 

 世界を敵に回したかつての英雄が、現代の英雄と対峙する。

 

「お前らには、わからへんやろ? わしの理由なんざ。意味なんざなぁ。それは後の歴史でも同じや。結局、『何故か』で片付けられるやろう。そらそうや。わしの理由は決して表沙汰にできないものが理由になっとるし、する気もあれへんからや。勝とうが負けようがな。……せやけど、それでええ。わしの理由はわしだけのもんや。誰にも渡さへん」

 

 奪われたから、とカグラは言っていた。なのはもそうなのだろうと話を聞いて頷いた。

 しかし――大きな、大きな思い違いをしていたとなのはは気付く。

 奪われたのは、あくまできっかけだ。

 ホムラの理由は、違う。

 

「……そうだね。私には、推測はできても、あなたの気持ちはわからない。話してもらわなくちゃ、何もわからない」

 

 なのはは、言う。最後のピースを求めて。

 しかし、ホムラは拒絶する。

 

「言葉なんざ、結局何も伝えられへん。それはもう、嫌というほど思い知っとる。……わかり合えると思った。志は同じやと信じとった。ずっと、親友でいられると思っとった。せやけど、世界はそれを許さへんかった。あいつに言葉は届かへんかった」

「――身勝手だね」

 

 なのはは、首を振って否定する。ホムラの言葉は、あまりに身勝手だ。

 おそらくホムラが言っているのはカグラのことだ。だが、彼にも理由があるし、彼自身も戦っている。だからこそ。

 

「独り善がりな考えで、あなたはこんなことを?」

「正義であろうと悪であろうと最後は結局独善的なもんやで、後輩。それに、身勝手なんは重々承知や」

 

 ホムラがデバイス――ライジングサンを構える。

 

「せやけど、世界はこんなにもままならへん。思い通りにならへんのや。なら……もう、こんな方法しかあらへん」

 

 既存のルールをぶち壊すために。

 そのために、ホムラは『楽園』を再びこの世に召喚した。

 

「『運命』ってのは、要は世界のルールや。それを掌握し、世界を捻じ伏せる」

「その先に何が待ってるか……わかってるの?」

「知らんよ、そんなん。……ちゅーか自分ら勘違いしとるけどな。わしもお前もどんだけ天才だろうと所詮は一人の人間や。できることなんて知れとる。で、そのできることが知れとる人間程度のせいで世界が滅びるんならええんちゃうか?――滅びたら、別に」

 

 吹き荒れる魔力。なのはは一度、大きく息を吸い込んだ。

 そして、その足下に魔法陣が現れる。

 

「わかった。だったら、私はあなたを止める」

 

 何が、だったら、だったのか。

 それは、なのはにもわからなかった。

 ただ。

 この世界が、なのはにとっては大切な世界で。

 大切な人がいる場所であることは、確かで。

 それだけで――十分だった。

 

「世界は確かに不条理で、理不尽で。こんなはずじゃなかったことばっかりで……でも、だからこそ私たちは生きてるんだ。歯を食いしばって、俯くのを必死で堪えて。それでも前に進むんだ!」

 

 ホムラは無言。言葉は不要と断じたらしい。

 二人は、同時に叫ぶ。

 

「「オーバードライブ!!」」

 

 最初から、手加減無用の全力全開。

 一撃一撃が必殺となる、世界最高峰の魔法戦闘。

 制限など欠片もない戦いが、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 運命というものを、信じたことはない。

 波乱万丈――果たしてそう呼んでいいのかはわからないが、それなりに数奇な道程を歩んできたが故にファイムは思う。

 いくつもの偶然に助けられた。

 いくつもの奇跡に救われた。

 だから、『運命』と聞いても首を傾げてしまう。

 だって。

 神様というのが本当にいるのなら――

 

 

「…………」

 

 無言で、ファイムは歩みを止めた。無駄に――というとあれだが、正直広過ぎる廊下の終わりに、その人が座っていたためだ。

 テンリュウ・シンドウ。

 壊れた機械兵器の上に座り、じっと黙している。

 ――空気が、張り詰めた。

 

「……立ち去りなさい」

 

 こちらを見ずに放たれた最初の言葉は、それだった。テンリュウは、言葉を続ける。

 

「この道が正解、とは言っておきましょう。この先には制御ルームがあります。そこを制圧すれば動力炉の位置の特定、破壊も容易い。しかし、貴方はそこに辿り着くことはできません」

「…………」

「むしろ、この場所に五体満足で大した怪我も負わずにいるだけで奇跡です。自分自身でも理解しているのでしょう? あなたはここに相応しくありません。そのような力で、どうしてここまで来たのです?」

 

 厳しい言葉。それが全て、ファイムのことを示している。

 ――ファイム・ララウェイは普通より少し上程度の凡人である。

 今まで彼がどうにかやってこれたのは、周囲のサポートがあったからこそだ。本来の彼は、こんな場所で生き残れるほど強くはない。

 少なくとも――テンリュウ・シンドウを相手にして生き残れる道理はない。

 今まで生き残ってきたのは、数多くの偶然に助けられたからこそなのだ。

 だから、ファイムは苦笑する。

 

「わかっていますよ。だから、ここに僕がいるのは蛇足です。僕とあなたの戦いなんて、あってもなくても同じものです」

 

 英雄となるのは、ファイム・ララウェイの仕事ではない。

 彼の仕事は、ここにはない。

 それでも――

 

「それでも、僕はここにいる。ここにいることが、できている」

 

 なればこそ。

 答えは。

 

「無意味であっても、戦うんですよ」

「何の『答え』を得るために?」

「僕の存在理由を。ここに、僕がいる理由を知るために」

 

 ……一体、どこで、いつから間違ってしまったのだろう。

 今の僕には思い出せないし。

 意味も、ない。

 世界と契約して、人を捨て、こんな姿に成り果てて。

 やり直すことなんて、できやしない。

 

「誰も見ていませんよ。あなたの輝きを。命とは、燃え尽きる瞬間にこそ爆発する。しかし……それを看取る者はここにはいない」

「いいんですよ。それで。……見せたくないので」

 

 ファイムは拳を握り締める。テンリュウは舌打ちを零した。

 

「――弱者のくせに、どうしてそこまで」

 

 辛辣な台詞。突き刺さるような殺気を感じる。

 

 

「僕はまだ、『生きて』いない」

 

 

 その全てを捻じ伏せて。

 ファイムは、言い切った。

 

「『生きたい』と願ったあの日から、僕はまだちゃんと生きていない。戦うことに意味を見つけた。失いたくないものができた。嘘ばっかり吐いて、負けてばかりで、情けない人生だったけど。きっとそれは、このためだから」

 

 ファイムは、踏み出す。

 必死の、戦場へ。

 

「もう、嘘は吐かない。ここで、僕は戦う。その先に、僕の未来がなくても」

 

 テンリュウは、立ち上がった。そうしてから、初めてファイムに視線を向ける。

 

「……私は、ここの運命に支配されています。もう一歩、踏み出せば――私はあなたを、殺さなければならなくなる」

「…………」

「これが最後です。――答えは?」

 

 ――踏み出した。

 瞬間、体が浮く。

 

「――――ッ!!」

 

 悲鳴さえ上げることは許されなかった。血を吐き出す。体が軋む。

 テンリュウに、顔を掴まれた。みしみしと、頭蓋が軋む音がする。

 ファイムは反射的に腰へ手を伸ばすと、二丁の自動小銃を抜いた。杖――ナイトメアは、手放してしまっている。

 ――一閃。

 引き金を引くより速く、二筋の閃光が駆け抜けた。自動小銃が斬り飛ばされ、同時にファイムの体が浮く。

 

 ――ズドンッ!!

 

 大砲の弾でも着弾したかのような音が響き渡った。ファイムの体が瓦礫に埋もれる。

『失楽園シャングリラ』を構成する材質は、今や失われた技術によって生み出されたものである。それこそ、普通なら大砲を撃ち込んだところで焦げ目程度しか付かないという凄まじい代物なのだが、そんなものはテンリュウ・シンドウという『絶対』の前では意味を為さない。

 

「……ッ、うっ……!」

 

 ファイムは杖を手に取り、立ち上がろうとする。そうして前を見た瞬間、テンリュウの掌が視界を覆い尽くした。

 

「――眠りなさい」

 

 呟くような声。光が、ファイムを包み込む。

 

「夢幻抱擁」

 

 ファイムの体が――消える。

 テンリュウは、大きく息を吐くと、先ほどまで彼女が座っていた場所に座り直した。

 つうっ、と一筋の汗が彼女の頬を伝い、床に落ちる。

 

「流石に、師との戦いから間を置かずに戦えば……厳しいものがありますね」

 

 そうして、彼女は虚空を見上げる。

 

「知っていますか? 答えとは『得られる』ものではなく、『突きつけられる』もの。……幸福を突きつけられて、あなたはそれを拒絶できますか?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――ここは、どこだ。

 最初に思ったのは、それだった。

 道の真ん中に、一人、ポツンと佇んでいる。

 

「ファイムくん!」

 

 不意に、名を呼ばれた。振り返ると。

 

「もう、どないしたん? いきなり立ち止まって」

「はやてさん? いや、ええと……」

「早く行かんと、みんな怒るよ? ほら、はよ行こう」

 

 言って、はやてが手を引っ張ってくる。ファイムは、はい、と頷いた。

 そうだ。これから、予定があったんだ。

 

 ――チリッ、と、違和感のようなものが駆け抜けた。

 けれど――それだけだった。

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