魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第三十二章〝狂気と狂気〟

 

 ボクたちに対する世界の評価は、たった一言で説明できる。

 ――『狂気』。

 ボクも彼も、狂った存在。心が壊れ、修復不能なほどに痛んでいる存在。

 

 馬鹿にするな。

 

 狂気とは、ボクだ。ボク自身だ。ボクこそが人類の生み出した狂気。

 彼は違う。彼はただのエゴイストだ。彼の願う夢が、理想が、やり方がどれだけ狂気的であろうと――彼は正常な人間。そう、『マトモ』なのだ。

 

 笑えてくる。笑ってしまう。

 

『自己』が。

『狂気』に。

 

 どうして勝てるというのかな?

 

 さあ、始めよう。

 エゴイストには過ぎた舞台だ。もう十分、喜劇は見た。

 

 

 ――――――ここから先は、狂人のステージだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――◇ ◇ ◇――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――失楽園シャングリラ、最奥部。

 本来なら『聖人』のみしか立ち入ることが許されないその場所に、二つの影があった。

 クライム。

 アリア・シュヒテンダーク・オリヴェント。

 共に今回の戦いにおいて中心にいる人物だ。

 いや、アリアは多少違うのかもしれない。もっとも、こんな少女が『失楽園シャングリラ』を制御、操作しているというのだからある意味中心なのかもしれないが。

 

「ふふっ、それにしても見事なものだ」

 

 クライムが笑みを隠さずに呟く。彼の視線の先にはいくつものモニターが展開されていた。そこでは世界に名を馳せる魔導師たちの戦いが起こっている。

 文字通り、世界最高の決戦風景。

 笑みが――止まらない。

 

「やはり闘争こそ人間のあるべき姿だ。――実に、美しい」

 

 楽しそうに、クライムは言う。

 ――結論から言えば、クライム……正確にはアリアは『勝敗を操作する』ことが可能である。『運命操作』、もしくは『運命改変』と呼ばれる力は『因果の連鎖を無視して結果を固定する』能力。要するに『過程でどうなろうと結果が定められる』ということだ。

 つまり、『勝つ』とアリアが定めれば結果は『勝利』になる。もっとも、その過程がどんなものかはわからず、無傷の勝利ということはありえない。

 本来の『運命操作』ならばその過程さえも操作できるのだが、そこは操るのがあくまで人間という制限がある。『結果』の決定は終着点――つまりは白か黒かであるが故にやりやすい。しかし、『過程』というのは複雑怪奇だ。一ミリ立ち位置がずれただけで変わってしまうようなものである。結果、そこまでの演算ができる者はいない。

 故に、クライムはこの戦いの勝敗を決定はしなかった。流れに任せているのである。

 まあ、結果が決められる以上『勝とうが負けようが同じである』ため、定める意味がないというのもあるのだが。

 

「さて……計画も大詰めだ。アリア・シュヒテンダーク・オリヴェント――その力、貰い受けよう」

 

 バシッ、という鈍い音が響いた。棒立ちの、光のない瞳を有したアリアの右腕を覆っていた衣服が全て弾け飛んだのだ。

 現れたのは――奇怪な右腕。

 複雑怪奇な記号がびっしりと刻まれた、異形の腕だ。

 

「……アルハザードでキミの力に行き着いた時、私は疑問を抱いた。『運命操作』――それほどの力をたかが人間が何故制御できているのか、とね。かつて暴走の果てに『聖人』はここを創り出したというが……それはつまり、それまでは暴走の一つさえ起こさなかったということだ」

 

 考えてみれば、異常である。

 時間操作さえも机上の空論であり、過去にも未来へも人は渡れないとされているというのにそれを飛び越えて『運命』などというものを操れるときた。

 それは最早、人の力ではない。神の御業だ。

 途方もない力である。望めばおそらく世界の崩壊をも招く。いや、むしろ招いてしかるべきなのだ。しかし、それは起こらなかった。

 それは、つまり。

 

「強引に封じ込めたか。……右腕の魔法刻印。成程、私は思い違いをしていたようだ。『聖人の末裔』? 違うな。キミは『聖人本人』なのか」

 

 心を奪われたアリアには言葉を発する力も自由意志もない。クライムは、ふっ、と笑みを零した。

 

「思えば簡単だった。『唯一人からなる無敵の軍勢』が世界と契約したならば、『聖人』とてその方法を手にしていたはずだというのに」

 

 ――神道天龍。

 最強たる存在がそうしたように、『聖人』もまた世界と契約することで自分自身の能力を抑え込んだのだ。この右腕の刻印は、おそらくそのためのものだろう。

 神の奇跡に等しい力を、『聖人』は右腕に封じ込めた。

 世界のために。

 彼女が憎み、それでも尚、愛した世界のために。

 

「しかし、そこまでしても抑え切ることはできなかった。キミの発する力はおそらく『運命改変』の欠片。……欠片でさえあの『剣聖』を封じ込めるというのだから脱帽する」

 

 漏れ出した、極少量の力。それだけでアリアはこの『失楽園シャングリラ』を制御し、テンリュウ・シンドウを封じ込めている。

 ――『そうであると定めている』からだ。

 ならば、答えは単純だ。

 

「なればこそ――貰い受けよう」

 

 クライムの手が伸び、魔力が高まる。そこへ。

 

 ――カツン。

 

 音が響いた。クライムが振り返る。一人の少年が、立っていた。

 グリス・エリカラン。

 いつものような笑みを、いつも以上の邪悪さをたたえて浮かべる少年――グリスが、小さな笑みを零す。

 

「間に合ったみたいだねぇ? 良かった良かった♪」

「……キミには、仕事を与えていたはずだが」

「ああ、ストライカー二人の足止め? あれなら済ませたよん♪ ボクの試作品が相手してるよ?」

 

 張り詰める空気。二人の表情は柔らかいが、気配は酷く硬い。

 グリスの視線が移り、アリアに据えられる。その笑みが、より一層深くなった。

 

「そういえば、宗主にはボクの願い事について話したことなかったっけ?」

「ふむ。聞いたことはないが」

「じゃあ、教えてあげよっか?」

「教えてくれるのならば、聞かせてくれんかね?」

 

 クライムは、無意識のうちに一歩下がった。グリス・エリカランは精々AAランク程度の魔力しか持っていない。対し、クライムはかつてあの全盛期のカグラ・ランバードと互角以上にやり合った魔導師である。戦いになれば、負けることはまずないだろう。

 だというのに。一瞬、恐怖した。

 目の前の少年を相手に、体が無意識のうちに警戒に入っている。

 グリスはキャハハ、と酷薄に笑うと、両手を広げて宣言した。

 

「――この世界だ」

 

 たった一言でありながら。

 あまりにも途方な、その言葉を。

 

「ボクはこの世界が欲しい。世界の全てを掌握したい。無限の欲望の果てはそこだ。全てを手にしたその先に何があるのか、ボクは知りたいんだ」

「……狂っている」

「宗主がそれを言うの?」

 

 グリスは首を傾げる。そうして、言葉を続けていく。

 

「自分の都合で世界を否定する宗主と、自分の都合で世界を手にしようとするボク。差なんてないと思うけどね」

「違うな。私の願いは世界のためのものだ。キミのような個人のためのものではない」

「それを誰かが頼んできたの?」

 

 グリスは挑戦するように問いかけてきた。クライムはむっ、と言葉に詰まる。グリスは続けた。

 

「英雄は『祀り上げられるもの』で、変革者は『称賛されるもの』だけど……どちらも始まりは個人のエゴだ。宗主のそれは未来を見据えてるかもしれないけど、結局争いを起こしてる。なら、それはエゴだよ。自分にとって都合のいい世界を創るためのね」

 

 都合のいい世界。

 今が許せないなら、変えるしかない。それだけのこと。

 世界のためと、クライムが語った『ソレ』を。

 グリス・エリカランは正面から否定する。

 

「真実と虚構なら、ぶつかり合えば真実が勝利する。二つの意志、理想同士が衝突すれば、劣る側が妄想に堕ちるは必然」

 

 チリチリと、妙な気配が肌を焼く。

 

「エゴだと理解している者と、そうでない者……この差、結構大きいよ?」

 

 だからさ、とグリスは言った。

 まるで――断罪の死神であるかのように。

 

「――死んで頂戴。夢のために」

 

 金属音が鳴り響く。突如出現した、盾のようなフォルムをした無数のビット――あのエレン・ローグが使っていたものと同型のもの。それが、20機も出現していた。

 

「理論値では、6機でAAランク魔導師と互角に渡り合える。それはスパイさんも実証してくれた。そしてボクの理論では20機という数字がSランク魔導師に匹敵すると出ているんだよね」

「理論は所詮、理論に過ぎん」

「そうだね。だからここで実験する。スパイさんはあくまで自分自身の改造を拒否したから6機が限界だったけど……ボクにそんな倫理はない。それじゃあ、始めようか。一世一代の賭けをね」

「いいだろう。掛け金は?」

「――ボクの夢」

 

 20機のビットが、同時に火を噴く。クライムはその場から高速で退避すると、グリスの背後を取った。

 

「ならば、私はコールだ」

 

 掌が突き出され、砲撃魔法が紡がれる。しかしグリスはビットを四つ背後に回すと、それを防いだ。

 轟音。破壊の嵐が撒き散らされ、部屋に敷き詰められていた無数のコードが全て弾け飛ぶ。グリスが笑みを浮かべた。

 

「ただの砲撃で四層抜くか……無茶苦茶だね」

「紙切れに等しい。……あと四発だな。これでSランク魔導師に匹敵とは、笑わせる」

「まあ、理論は理論だからねぇ?」

 

 響き渡る銃声。しかし、クライムという男はそもそも魔導師としてはSランク魔導師――かつては『エース・オブ・エース』と互角以上の殺し合いを演じたような男である。普通に考えて多少の兵器が通用するような相手ではない。

 魔導師とはその九割が一発の銃弾で倒れるような『少々特殊』程度の存在だが、一握りはそれこそ最新鋭の質量兵器を個人でねじ伏せる程の力量を有している。

 いかにグリスが凶悪な兵器を制作しようと、クライムはそれを粉砕する。

 それだけの力と経験を、クライムという男はその身の内に秘めているのだ。

 

「さて――後二発」

 

 放たれた砲撃により、ビットが更に8機吹き飛ばされる。圧倒的な力だ。だが、グリスの表情に焦りはない。

 

「そんなに怖い? 焦って壊そうとするくらいに」

「…………」

 

 グリスの言葉に対し、クライムは無言。更なる砲撃魔法を展開する。

 そこで終わる――はずだった。

 

「――――」

 

 ごふっ、という、生理的に嫌悪を抱く音が響き渡った。クライムは、それが自分の発した音なのだと他人事のように感じる。

 ――血に濡れた華奢な腕が、クライムの体を貫いていた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、クライムが振り返る。そこにいたのは、一人の少女。

 ――アリア・シュヒテンダーク・オリヴェント。

 死人のような瞳をした少女が、クライムの体を貫いていた。

 

「キャハハ♪ ホント、単純だねぇ?」

 

 ズルリ、と、気色の悪い音を響かせながら腕が引き抜かれる。様々な刻印が刻まれた腕――『運命操作』を為す、『運命』を手にする力。

 スローモーションのように見えるその光景を見ながら、ああ、とクライムは妙に納得した。

 クライムは、自身の周囲に魔法による障壁を展開している。ちょっとやそっとでは貫けない強固なものだ。

 それが、こうも容易く貫かれたのは――

 

(因果の崩壊……それを、自身の身で体感することになるとは……)

 

 どこかで、甘く考えていたのかもしれない。

『運命』――人には理解も、制御もできないもの。それを無理に理解しようとして、勝手に貶めていた。

 こんなにも、単純なのに。

『抗えない』。

 ただ、それだけだったというのに。

 

「運命を操るだか何だか知らないけど、結局そこに指向性を持たせるのは人の精神だ。そして『生前のボク』が専門にしていたのは心の制御。まあ、操れない道理はないね」

 

 かつてあまりにも残虐な手口――精神を操作し、人の心をいくつも砕いてきた狂人は、そう言って笑う。

『緑風事件』も然り。人の心を弄ぶからこそ、彼は狂人なのだ。

 

「――さて、勝負はボクの勝ちだ。景品は頂いていくよ?」

 

 

 ――――――――。

 

 

 鮮血が、空を舞う。

 無機質な床を、命を感じさせない壁を、零れ出た命が朱に染めていく。

 

「うふふ♪」

 

 自らの右腕を、ビットに装備されていた刃で断ち切った狂人が、笑みを零す。身に纏った白衣が朱に染め上げられ、凄惨な様相を呈していた。

 グリスは自身の腕を微塵に引き裂く。傍から見ると思わず目を背けたくなるような行為だが、グリスは笑っていた。

 そうしてから、今度はアリアの右腕に触れる。

 

「じゃあ――貰うね?」

 

 鮮血。

 再び、世界が朱に染まる。

 アリアの右腕が肩口から斬り飛ばされ、宙を舞う。アリアは瞳を閉じ、倒れ込んだ。クライムのすぐ隣へと。

 グリスはそんなアリアから切り離された彼女の右腕を掴むと、壮絶な笑みを浮かべた。

 

「キャハハ♪ キャハハハハハハハハハハハハハハハッ♪」

 

 狂ったように笑うグリス。いや、ように、というのはおかしいか。

 彼はすでに、狂っている。

 そして。

 グリスの右肩に、アリアの腕が触れた。

 

 ――生まれるのは、最悪の存在。

 

『史上最悪の概念兵器』とされる、かつて世界を砕かんとした遺産――『失楽園シャングリラ』。

 だが、それを操る『聖人』はあくまで純粋で温和な人間だったという。だからこそ、最後の最期に『聖王』に敗れたとも。

 しかし。

 もし、『聖人』が自らのためならば他人を殺すことを是とするような人物だったなら――

 

「さあ、ここから先はボクの舞台だ。精々無様に這い回って欲しいね」

 

 グリスは、その右腕を動かす。痛みはあるし、本来の腕ではないが故の拒絶反応――特に創られた体は万全ではない。

 しかし、今はその痛みさえも心地よい。

 

 

「かかってきなよ、人間。『運命』に、勝てるなら」

 

 

 最悪の具現が、狂気を纏う。

 加速する物語は――止まらない。

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