魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第三十四章〝笑えるはずだ〟

 

 騎士の本懐とは、主のためにその命を使うことである。

 自らの剣を捧げた唯一無二の主がために……そのために散ることこそ、彼らの本望。

 

 だからこそ、剣を握り。

 なればこそ、敵を屠る。

 

 しかし、それで本当に良いのかと思うことがある。

 主は私に『幸福になれ』と仰った。そう、幸福にだ。

 幸せが何たるかを教えてくれた、大切な主。あの人のためならば、たとえ死んだとしても私は笑っているだろう。

 しかし、今この瞬間が幸福か、と聞かれれば即答はできない。

 未練がないかと問われれば、間違いなく否と言う。

 

 あの人の傍にいられれば。

 ずっと、隣にいられれば。

 それだけで、幸福でいられる。それは真実だ。

 

 だがそれは、騎士としてなのか。

 それとも――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 氷と炎が激突する。圧倒的な剣戟と、魔力の衝突。

 片や古代ベルカにおいて『史上最悪のロストロギア』と呼ばれた『闇の書』の騎士。

 片や近代ベルカにおいて最強を謳われた、蒼き騎士。

 ――一騎当千。その誉れが何より似合う二人が、正面から衝突する。

 

「はあっ!」

「ふっ!」

 

 振り抜かれる一閃。二人の戦いは激化する度に場所を移動し、失楽園シャングリラの上空、地上問わずあらゆる場所で衝突している。

 

(強い……!! これが古代ベルカの騎士と融合騎か……!!)

 

 シグナムの一閃を双剣で受け止め、後退しながらエリアは内心で称賛の言葉を紡いだ。

 エリア・カリアの体には、ある特殊な装置が埋め込まれている。重大な欠陥が見つかったために名前さえ与えられなかったそれは、結論から言えば『意志無きユニゾンデバイス』だ。

 古代ベルカの産物であるユニゾンデバイス……その力は圧倒的なものがある。それはシグナムという騎士が体現しており、その有用性については論じるまでもない。

 だが、強力であるが故に問題も数多い。一番の問題はやはりユニゾンにおける相性だ。ユニゾンできれば相当な力を発揮するが、そのユニゾンができる魔導師というのがまず少ない。先天的な資質に依存するこの傾向こそ、ベルカ式という術式が廃れていった理由である。

 千の魔導師よりも、一騎当千の猛者を一人。

 それこそが、ベルカの理念である故に。

 そして現代の騎士たちは、そのリスクを知りながらも再びユニゾンデバイスを望むこととなった。

 理由は酷く単純で、管理局と聖王教会のバランスだ。聖王教会には教会騎士団と教会聖歌隊という戦力がある。前者は騎士で、後者は魔導師による編隊だが、これに管理局が難癖をつけてきた。

 ――曰く『戦力を持つことは平和を乱す要因である』と。

 無論聖王教会は反発したが、そのまま揉めては本当に争いになってしまう。そこで、数ではなく質を求めたのだ。千の魔導師に匹敵する騎士が一人いれば、数では一人でも実質は千というロジックが完成する。

 しかし――現実はどこまでも残酷だった。

 意志が邪魔になると考えられ、それを排除することで生み出されたユニゾンデバイスの後継機となるはずだった存在。それはしかし、多くの騎士たちの命を奪うことになる。

 ――拒絶反応。

 急激な魔力の強化に耐えられた騎士は、当時ではたった二人しかいなかった。その過程で二十人もの騎士が命を落とすことになる。

 

 エリア・カリア。

 カリム・グラシア。

 

 耐えきることができた、たった二人の騎士。その二人の騎士には、共通項があった。

 曰く――

 

「紫電――」

 

 一瞬、エリアの意識が別の何かに逸れた。その隙を衝き、上空からシグナムが剣を振る。

 

『「一閃ッ!!」』

 

 凄まじい轟音が響き渡り、エリアはまるで水切りの石のように何度も地面をバウンドし、失楽園シャングリラの上にある湖に着弾した。

 ゴポッ、と水の音が響いた。揺らめく視界。水の中から上を見上げる。

 

「…………」

 

 エリアは、静かに目を閉じた。そうしてから、自身の胸元に双剣を握る手を当てる。

 

 ――我が、主。

 私は、何のために戦うのでしょうか?

 

 おおよそ、エリアという騎士に似つかわしくないことを、エリアは内心で呟く。

 何のために戦うか。

 それは、彼女自身が誰よりもわかっているというのに。

 

 ――我が主のために。

 

 ずっと、それだけのために戦い続けてきたのだ。ずっと、そう、ずっとだ。

 しかし――だ。

 それを、あの人が望んだことはあったのか?

 

(――戯言を)

 

 浮かんできた迷いを、全て一笑の下に切り捨てる。

 あの日。

 我が剣を捧げた日。

 

 あの方は――言ってくれた。

 

『わしの知らんとこで死なんのやったら、ええよ』

 

 受け入れてくれた。

 剣を受けてくれたのだ。

 

 さあ――行こう。

 主との約束だ。

 私はまだ――ここでは死ねない!!

 

 死ぬのは――あの方の隣でだ!!

 

 

 ――――――――!!

 

 

 荘厳な音が鳴り響く。撒き散らされた氷の魔法が湖の全てを氷結させ、一つの世界を創り出す。

 それはあまりにも美しく。

 同時に、圧倒的だった。

 ――ツウッ、とエリアの口から一滴、血が滴り落ちた。

 負傷の傷ではない。これは、リミットが近付いている証だ。

 

(時間がない。ならば……)

 

 一撃必殺。

 ベルカの神髄を以て、古代の騎士を踏破する。

 

「――参る」

 

 飛来した烈火の将と、剣を打ち合わせる。

 衝撃で、世界が割れた。

 

 ――吹き飛ぶ氷塊が、更なる戦いの激化を謡う。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 空に描かれる、二つの軌跡。

 共にその力を誉れと共に謳われる二人の騎士の戦いは、知らず、見る者を魅了する。

 はやてが指揮する魔導師たちも。

 戦闘機人たちでさえも。

 騎士とは、斯くも精錬で美しい。

 ただ、その剣を振るうのではない。彼らには、彼らにとっては何よりも大切なものがある。

 

 誇り、とそれを人は呼ぶ。

 

 大切な主のために。

 剣に誓った、想いのために。

 あまりにも純粋で、真っ直ぐで、そして、その刃でこそ想いを語るからこそ、彼らは美しい。

 

「シグナム……アギト……」

 

 はやての唇から、吐息のような言葉が漏れた。

 大切な家族。二人だけではない。今、自分とユニゾンしているリィンフォースも、地上で戦っているザフィーラとシャマルも、先行して内部に突入しているヴィータも、大切な家族だ。

 信じている。

 信じていない――わけがない。

 だから今、自分がすべきことは戦いを見守ることではない。

 

「砲兵隊前へ!!」

 

 はやては声を張り上げる。同時に、複数の魔力スフィアを展開。

 ――ブレイズカノン・トライデント。

 魔力量において、八神はやては高町なのはをも上回る。文字通り戦略級の力を有しているのだ。

 個人でそんな力を持つことが是であるかどうかはわからない。しかし、ただ言えるのは個人としての魔力ならばかのテンリュウ・シンドウをも凌駕する魔力を八神はやては内包しているということ。

 

『展開、ターゲット設定。――行けます!』

 

 リィンフォースが告げる。狙うは敵陣営の中心。はやては、その有り余る魔力を振りかざす。

 

「煉獄の焔へ――撃ち抜け!!」

 

 はやての眼前に魔力スフィアが融合し、巨大になったそれが三つ、展開される。

 

『「ブレイズカノン・トライデント!!」』

 

 放たれたのは、紅蓮の閃光。

 三つの射線で世界を走り抜けるそれは大気を焼き、大地を蹂躙し、戦闘機人たちを呑みこんでいく。

 

「放てぇぇぇっっっ!!」

 

 そこへ、迸るような号令がかかった。砲兵隊の隊長、ティアナ・ランスターだ。魔導師たちが一列に並び、はやてが蹂躙した戦闘機人たちの一団へ、更なる追撃を叩き込む。

 

 轟音と、閃光。

 

 一個中隊――5、60人のAランク相当魔導師による一斉掃射だ。その威力は凄まじく、大地を蹂躙していく。

 ただ驚くべきなのは、中隊の砲撃よりも八神はやてのそれの方が凄まじい威力を発揮したという事実だ。

 故にこそ――魔導は、才ある者が用いれば世界を食らう。

 

「フリード!」

 

 誰もが息を吐こうとした瞬間、キャロが叫んだ。見れば、生き残りの戦闘機人たちが戦車型の機械兵器を操り、特攻を仕掛けようとしていた。

 先程から何度も相手にしているあの兵器――中々に凶悪である。その馬力はAランクの前衛魔導師が数人がかりでなければ抑えることはできず、その砲撃も純粋な質量兵器だ。ガトリング砲と榴弾。二種類のタイプがいるらしく、ガトリング砲は無論、対人榴弾を使うタイプは相当厄介だった。

 ガトリング砲はその連射能力によって戦線をこじ開けるのに対し、対人榴弾は広範囲の殺傷兵器だ。当たると炸裂するそれは無数の破片を撒き散らし、敵を殺傷する。事実、初見の際には相当な被害を被った。

 そして、一番厄介なのはその装甲だ。魔法による強化は勿論、何やら普通とは違う材質を使っているらしく、相当硬い。

 しかし――それには、フリードリヒが実に役立ってくれた。

 

「ブラストレイ!!」

「――――!!」

 

 キャロの命に応じるように発された咆哮。吐き出された熱線が、機械兵器を蹂躙する。

 飛竜、フリードリヒ。

 若年竜とはいえ、その破壊力は圧倒的。流石は古代より数々の伝説に歌われる伝説の存在である。その力は、あまりに圧倒的だった。

 機械兵器たちが沈黙する。非殺傷、などというものに気を払う余裕はなかった。

 

「……終わった、かな?」

 

 はやてが呟く。敵の姿はない。エリアサーチにも特に反応はなかった。

 はやてはそれを確認、声を張り上げる。

 

「負傷者の確認や! 見張りと救助部隊に分かれて動けるメンバーを確認! 部隊を編成し次第突入するよ!」

「「「はい!!」」」

 

 魔導師たちが声を張り上げる。瞬間。

 

 ――――――――。

 

 凄まじい轟音が響き渡った。世界の温度が、急激に下がっていく。

 

「――――ッ!?」

 

 弾かれたように、はやてはそちらを見る。覚えのある感覚。この、極冷の圧力は。

 世界が――氷に閉ざされる。

 曇天の下、絶対零度の無限氷牢が、大地を覆っていく。

 

「――シグナム」

 

 はやては、呟いた。

 彼女が絶大の信頼を寄せる烈火の将――大切な、家族の名前を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――強い。

 その一言しか紡げぬ自分に、また、紡がせる相手にシグナムは思いを馳せる。ベルカ式という術式は、あまりにも才能に頼り過ぎる術式である。それ故に古代ベルカにおいて隆盛を誇りながらも現代では廃れてしまった。

 しかし、だ。

 今ここにいるのは、間違いなくベルカの騎士。

 一騎当千を理念とし、それを体現することを目指し、同時に到達した騎士。

 

(いかんな……口元が緩む)

 

 この状況では、一瞬の油断が命取りだ。それはシグナムも理解している。

 だが――

 

(これほどの強者と戦える……それに喜びを覚えている私がいる)

 

 バトルマニア、とシグナムはよく彼女と同じ夜天の騎士であるヴィータに揶揄される。それに対し、普段から表立って否定しないのは、それを彼女自身が認めているからだ。

 もっと、もっと。

 更なる力を。無限の剣戟を。

 幾千の猛者を打ち倒し、ただ一人佇んだかつての戦場のように。

 この身を削る、地獄のような殺し合いを――!

 

(やはり歪んでいる。しかし――)

 

 エリアと亜音速の剣戟で切り結びながら、シグナムは口元に笑みを浮かべた。

 フェイトや剣の友であるシスター・シャッハとの模擬戦は実に心躍るものだ。高町なのはと戦った戦技披露会は実に楽しかった。

 しかし、それは所詮『模擬戦』である。

 殺し合いには程遠い。必殺の意志がない。

 どこかでそこに不満を感じていた自分がいた。何故なら彼女が駆け抜けてきた古代ベルカの戦乱を始めとする昏き日々は、殺すか殺されるかの殺伐としたものだったのだから。

 そして、そこで戦ってきたからこそ、シグナムは思う。

 

 ――そうだ、これだ、と。

 

 望んだものは、必殺の意志。

 問答は不要。躊躇いは捨て置く。

 この手に握るは、断ち切るための刃。

 

「アギト!! レヴァンティン!!」

 

 シグナムが叫び、カートリッジがロードされる。二発の薬莢が、宙を舞う。

 

「クリスティナ!!」

 

 対し、エリアも応じる構え。双剣のそれぞれから一発ずつ、合計二発の薬莢が宙を舞う。

 そして、放たれるは必殺の一撃。

 躊躇いも、憂いも、全てを置き去りに。

 騎士の頂点たる二人が、その全霊を賭して刃を振るう――!!

 

『「紫電!! 一閃!!」』

「氷姫!! 轟閃!!」

 

 

 ――――――――ッ!!!!!!

 

 

 響き渡る轟音が世界を揺らした。あまりの衝撃に二人が吹き飛ばされ、距離が離れる。シグナムは地面に叩き付けられ、肺から空気を吐き出す。アギトが声を張り上げた。

 

『シグナム!?』

「ぐっ……大丈夫だ、案ずるな。――――むっ!」

 

 シグナムの眉が跳ね上がる。濃密な魔力の気配。感じるのは、明確な危機。

 

「――――」

 

 見上げると、少し離れた中空にエリアが佇んでいた。二振りの刃を十字に交差させ、目を閉じている。

 ――圧倒的な魔力。

 その口元からは血が滴っており、満身創痍であると窺えた。故に、これは必殺の魔法。

 

 最後の――一手。

 

「決着だ。騎士シグナム。……あなたと刃を交えたこと、誇りに思う」

 

 二人の距離は遠い。しかし、不思議とその声ははっきりと聞こえた。

 シグナムは私もだ、と頷き、自らの得物を構え、立ち上がる。

 

「そもそも、初めて見えた時に殺し合いを果たすべきだった。何の因果か、決着はここまで先延ばされたが……それもまた、互いの徳が故。しかし、騎士エリア。違えるな。最後に立つのは――」

 

 二人の視線が交錯する。焼けるような気配。濃密な殺気が世界を支配し。

 ――そして二人が、宣言する。

 

 

「「私だ」」

 

 

 勝つのは己と。

 信じる刃は、必ず敵を討つと。

 魔法が、紡がれる。

 

「凍てつけ!! 極氷の彼方で永劫眠れ!!」

《Eternal Coffin!!》

 

 紡がれたのは、最強の氷結魔法。

『エターナル・コフィン』――かつて、『闇の書』を封印せしめるために生み出された魔法。その破壊力は、『史上最悪のロストロギア』と謳われる『闇の書』を、理論上とはいえ半永久的に封じることさえ可能とされた。

 かの、歴史上唯一SSSランク魔導師の名を冠したギル・グレアムの弟子であるクロノ・ハラオウンが譲り渡された『氷の杖デュランダル』でしか実現不可能であるはずの大魔法。しかし、エリアはそれを行使する。

 そこにどんな無理があったのか、シグナムは知らない。

 そこにどんな想いがあるのかも、シグナムは知らない。

 知る必要など――ない。

 

「アギト!」

『おう!』

 

 相棒が応じ、魔力が噴き出す。全身全霊の一撃を放つ覚悟だ。

 

「レヴァンティン!」

《Jabowl!!》

 

 理由など、想いなど、知るだけ無駄だ。

 理解などできないし、する必要もない。相手は、全霊を賭して戦ってくれている。ならば、私が。

 

 八神シグナムという騎士が、すべきことは――!

 

《Borgen Form!!》

 

 レヴァンティンの形が変わり、弓の形をとる。一点突破――これは確か、ファイムの言葉だったか。

 

「駆けよ!! 隼!!」

 

 シグナムが吠える。そう、これだ。これでいい。

 騎士としてエリアに報いる方法は、たった一つ。

 ――全霊を以て、その全てを打ち破る!

 

「――おおおっ!!」

 

 炎を纏いし隼が、氷の世界を駆け抜ける。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『エターナル・コフィン』……おそらく現代に紡がれる魔法では、最強の魔法の一つだろう。その威力はあまりにも圧倒的であると同時に、破壊的である。

 エリアがこの魔法を知ったのは、聖王騎士団を去る少し前だ。『闇の書』――彼女にとって親友とも呼べる女性を奪った憎きロストロギアを破壊した。その知らせを聞き、すぐさまその戦闘記録に目を通したのがきっかけ。

 ――圧巻だった。

 二人の『幼きエース』を中心とし、数多の猛者たちがその奇跡を成し遂げた。管理局には八神はやてとその騎士『ヴォルケンリッター』を『闇の書』のことについて嫌うという風潮が一部ではあるようだが、彼女は違った。

 

 ただただ痛烈に――憧れた。

 

 主と仰ぐ、最強と信じる魔導師。

 その魔導師と唯一肩を並べることを許された、英雄。

 その二人でさえ敵わなかった因果を、呪われた歴史を、自らの手で八神はやてと『ヴォルケンリッター』は断ち切った。その美しいまでの奇跡に心打たれぬはずがない。また、騎士として、憧れなかったはずがない。

 私は……終ぞ、主の苦しみを和らげることができなかった。

 癒すことが、できなかった。

 誰よりも側にあると言いながら、『ヴォルケンリッター』がそうしたように、自らその呪いの連鎖を断ち切ることができなかった。

 なればこそ、力を求めた。

 もっと、強く。

 もっと、もっとと。

 

 いつか、主を救い出せる日が来るようにと。

 

 だから、試す。

 

(『闇の書』をも終わらせた、絆の奇跡……この目で)

 

 願うのは、それだけだ。

 騎士シグナムの強さは圧倒的。それは幾度となく紡いだ打ち合いで理解した。更に言えば、相手には自分とは違い時間制限がない。総合的に見れば、やはりあちらの方が上だろう。

 しかし、それで戦いが決まるわけではない。だからこそ、エリアは最後の切り札を抜いたのだ。

 自身の命――本来、生み出せる以上の魔力を擲ったことによって使用できる、究極の魔法を。

 

「決着だ!! 騎士シグナムッ!!」

 

 再び、彼女は吠える。何となく、結末は予測できていた。

 永遠の氷河が、エリアを中心に広がっていく。呑み込まれた者は永遠の牢へと幽閉される魔法。人間を一人、ロストロギアごと封印しようとして生み出された魔法だ。その威力は決して侮れない。いや、普通ならば抗うことさえ許されない。

 しかし――

 

 

「駆けろ!! 隼!!」

 

 

 轟く咆哮。やはりシグナムは一歩も退かなかったらしい。――それでこそ、至高の騎士。

 そして、放たれた矢が氷の世界を食い破る。

 

 

 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――。

 

 

 駆け抜けた、紅蓮の一閃。氷の世界を食い破りながら、それは、一切の衰えも見せずに飛来する。

 

 ――パキイィィンン……!!

 

 エリアのデバイスであるクリスティナが砕け散る。受け止めた矢の勢いは、それでも止まらない。

 そして。

 

「――すみません、主」

 

 ――その体を、深々と矢が貫いた。

 ごふっ、とエリアは夥しい量の血を吐き出す。

 

「私は、負けました」

 

 その体が――墜ちていく。

 

 氷の世界が、砕け散った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 氷が砕けていく。数時間もすれば、全て跡形もなく消滅するだろう。シグナムは、横たわるエリアを見ながら息を吐いた。

 

「私の勝ちだな、騎士エリア」

「……そのようだ」

 

 エリアは苦笑を浮かべる。その体は満身創痍で、体の至る所に傷が刻まれていた。その鎧も所々が砕け散り、無残を晒す。

 しかし、その姿には一片の無様さも見受けられない。

 倒れ伏そうと、そこにいるのは間違いなく誇り高き騎士。

 

「見事、その一言しか……浮かんでこない。なんだろうな、これは……主のために戦うと、そう、大義を掲げ、負けたというのに……しかし、納得している。やはり、と……私の見た奇跡は、やはり、美しいと……」

 

 その瞳から、涙が零れ落ちた。後悔はない。全身全霊で戦い、敗北した。これはただ、力が足りなかったという結果に過ぎない。

 しかし――無念である。

 

「……泣くならば、泣け」

 

 パシュン、という音がした。ユニゾンを解いたシグナムは納刀すると、エリアに背を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「そして、泣くだけ泣いたなら、自分にできることを考えろ。この状況で、この場所で。……別に、お前だけにしかできないことである必要はない。大切なのは、お前がどうしたいかだ。それがわかれば、きっと――」

 

 アギトを連れ、シグナムは去ろうとする。

 

「――笑えるはずだ」

 

 それは、厳しくも、優しい言葉。

 エリアは、そんなシグナムに言葉を紡ぐ。

 

「……私は、愚かなる騎士だ。いや、騎士を名乗ることさえ許されまい。私は主が過っていると知っていて……それでも、止めなかった」

「――是非もない。私も、かつては間違っていると知りつつ剣を取り、戦った。だが」

 

 振り返り、強い意志を称えた瞳でシグナムは言う。

 

「悲しい過去があろうと、消せない傷痕が残ろうと……生きる意味を失わなければ、人は強く生きていけるものなのだと、そう思うようになった。お前と、お前の主の生きる意味。――もう一度、考えてみろ」

 

 ――苦笑。

 エリアは、手を伸ばして地面に触れる。

 

「フリーズ・ブレイク」

 

 キィン、という静かな音が響いた。エリアを中心に、氷の結界が展開。その姿が、消える。

 それを見送ったシグナムに、アギトが言葉を紡いだ。

 

「いいの、シグナム?」

「構わんさ。決着は着いた。大局に影響はない。……私も、変わったものだ」

 

 空を見上げ、シグナムは言う。

 

「かつての私であれば、躊躇なく命を絶っていただろう。……ここまで甘くなったのは、主のおかげか。何故かな」

 

 苦笑。どこか嬉しそうに、シグナムは笑う。

 

「弱くなったのに、喜んでいる私がいる」

 

 良いな、とシグナムは呟いた。

 これは実に良いことだ、と。

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