我流極星、流れ星。
『英雄』カグラ・ランバードがその名付け親であるソラ・ウィンガード必殺奥義は、その尋常ならざる速さと力で敵を討つという至極単純なものだ。しかし、シンプルであるということはそれだけ完成されているということであり、事実、子の一撃は凄まじい威力を誇る。
――だが、これは諸刃の剣だ。
ソラ自身には多少の負荷がかかる程度であり、それこそ連発でもしない限り特に問題はない。しかし、彼の刃たるデバイス『ヴィクトリア』が耐えきれないのだ。
『ヴィクトリア』は新世代のデバイス、その実験機である。あまりにも多様な変形機構を備えたそれは、その多様な機能を得る代わりに耐久力を捨ててしまった。結果、本人は否定しているが『天才』に相応しいだけの魔力を有しているソラの『全力』を受け止めきれないのだ。
――『全力を出さない魔導師』。
いつしかソラに付いてしまったこの名は、その全てが彼のせいであるとは言い難い。彼にも原因はあるが、全力を出せないデバイスを与えた管理局にこそその咎はあるだろうともいえる。
まあ、何にせよだ。
要は現状において『使えば武装を失う』技なのである。つまり、文字通り決着を着けるその瞬間にのみ使用されて然るべき技だということ。放ち、仕留められなかった時、ソラは丸腰で敵と向き合うことになるのだから。
だから――これは本来、有り得ないことだった。
「我流極星――『流れ星』ッ!!」
咆哮と共に放たれる、必殺の一撃。圧倒的な威力を誇るそれは、陽光の軌跡を纏いながら突き進む。
――狙うは、リヴァイアス・バルトマカリ。
ソラ・ウィンガードは酷く聡い少年だ。客観的、というのだろうか。感情というものがそもそも希薄なのだ。普段の彼は人懐っこく、同時によく笑う少年であるが……しかし、一度戦闘に入ると恐ろしいまでの冷静さ、冷徹さを発揮する。
自分自身さえも、駒の一つ。命を天秤にかけ、賭けるべきか否か、踏み込むべきか否か、退くべきか否かを冷徹に判断する……ある種の機械兵器のような思考。
あまりにも落ち着いたその思考は本来、十五の少年が得られるそれではない。しかし、ソラはやってのける。
まるで、それが――それこそが『自己』であるかというかのように。
だから、おかしいのだ。
初手の一撃から、ソラ・ウィンガードが倒せる確信もないままに『最後の一撃』を放つのは――
「ぐうっ!?」
リヴァイアスが声を上げる。彼はソラの一撃を堪えようとしたが、突き抜けた衝撃は防ぎきれるものではない。Sランクに匹敵する威力のそれだ。まともに受ければ、吹き飛ぶのは道理。
――ズドンッ!!
吹き飛ばされたリヴァイアスが家屋に直撃する。聖王教会の棟の一つだ。既に避難は完了しているという前提でリヴァイアスをそこに叩き込んだソラは息を吐く。同時。
ヴィクトリアが――砕け散る。
刀身が砕け散り、柄だけになった二振りの剣。ソラはその柄を握り締めたまま踵を返すと、一人の少年の下へと走り寄った。
「おい!! しっかりしろ!!」
大声で呼びかける。無理に体には触れない。夥しい量の血液が、地面を濡らしていた。
「う、あ……」
ごほっ、という音と共に、少年――ウィルが血を吐き出した。抉るようにして刻まれた傷。リヴァイアスの戦斧による一撃が、彼に致命傷を与えていた。
――これはなんだ、とソラは思った。
ウィル・ガーデンズは敵であった存在であり、今は捕虜のようなものだ。それが何故、リヴァイアスに斬られる?
更に、どうして、まるで味方であるかのように、彼は倒れている?
わけが――わからない。
「くそっ、傷が深い……! ヴィクトリア!」
《ッ、坊やも人使いが荒いねぇ。……無理だよ。あたしもアンタも治癒魔法の心得なんてないだろう?》
「だが!」
ソラは叫ぶ。諦められない。諦めきれない。
この少年には、まだ――!
《危ない坊や!!》
警告の言葉。ソラは反射的に折れた得物を手にした。瞬間、凄まじい衝撃が体を打ち、地面を削りながら後退する。
至近距離に――リヴァイアスの姿があった。
「ほう! 我が刃を柄のみで受けるか! 良いぞ小僧――実にいいッ!!」
「がっ!?」
力を込めただけ――それだけでソラは踏ん張ることさえ許されず、吹き飛ばされる。
壁に打ち付けられ肺から空気が絞り出されるソラ。しかし彼は、それでもリヴァイアスを見据えた。
「テメェ――」
「良い目だ。実にいい。そうだ。それだ。その気迫、殺意をもって刃を振り下ろせ。俺様が望むのはそれよ。さあ、地獄を。もっと――地獄をッ!!」
「何故味方を斬った」
吠えるリヴァイアスに、立ち上がりながらソラは声を絞り出す。リヴァイアスは、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「何を今更。裏切り、反逆の結末など決まっている。その覚悟をもって成すからこそ、意味がある。それだけのことだ」
リヴァイアスは吐き捨てる。それは、つまり。
ウィルは――自ら、こちら側へ?
「その小僧程度では暇潰しにもならなかったがな。……さあ、貴様の疑問には答えた。次は俺様の望みに応えてもらおうか!!」
――轟音。
凄まじい力でリヴァイアスが戦斧を振り下ろす。ソラはそれを受け止めるが、すでに限界であった『ヴィクトリア』は受け切れず、柄さえも粉々に砕け散る。それを確認すると同時にソラは瞬時に後ろへと飛び退いたが、避け切れずに体を斬られてしまった。
鮮血。
その体から噴き出す血が、視界を染め上げる。
「温い」
そして、リヴァイアスがソラへと更なる追撃を加えようとした瞬間。
「IS・エリアルレイド!」
それを阻害するように、いくつもの魔法弾が放たれた。リヴァイアスは咄嗟に飛び退く。彼の視線の先にいたのは、自らのISを展開するウェンディだ。リヴァイアスは、ほう、と言葉を漏らす。
「追ってきたか――追ってきたか!! 良いだろう良いだろう!! あれでは足りぬか小娘!! ならば――更なる地獄を見せてやる!!」
ゴバッ、という音と共に、地面が抉られる。荒れ狂う暴虐の嵐。その中心に立つリヴァイアスにはしかし、疲れの様子は微塵も見られない。
ソラは痛む体を動かし、ウィルの下へ行く。そうしてから、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
「目ェ、覚ませ。……それとも、もう、死ぬか?」
「ぐっ……」
ウィルが、僅かに声を出す。そうして、ソラの服を掴んだ。
弱々しく、しかし――それでいて強い力で。
「たの、……たの、む…あ……アリアを…、守っ、て……く……」
げほっ、と、ウィルは血を吐く。再び、ソラの中に疑問が芽生えた。
――なんだ、これは?
ウィルの傷は致命傷だ。この状況では正直助かりようがない。今にも零れ落ちそうな命。それはウィル自身が一番理解しているはず。なのに、ウィルは言ったのだ。
『守ってくれ』
自分ではない他人を、死の淵に想っているのだ。死を前にすると、は驚くほど素直になり、正直になるものだ。だから、これは格好つけたわけではなく、ウィルの本心だということだろう。
死ぬことよりも。
終わることよりも。
ウィル・ガーデンズという少年は。
――誰かを、想った。
「…………ッ、おい!」
ソラは声を張り上げる。ウィルは自身のデバイスを強く握ると、ソラへと押し付けるように差し出した。ソラが、その柄に触れる。
――瞬間。
「…………」
ウィルの瞳が閉ざされた。その手が、力なく地面に落ちる。
キュウ、という声を聞いた。小型状態の黒竜サリヴァルム――サリヴァが、小さく鳴いて――いや、泣いていた。
「おい」
ソラは、ウィルに呼びかける。しかし、反応はない。
こんな、こんな――
「ふざけんな、こんなもん押し付けて、お前」
キュウ、とサリヴァが泣きながら縋り付いてきた。
その声は弱々しく、しかし、縋り付くその力は強い。
嗚呼、そうか。
嗚呼、そういうことか。
「…………」
サリヴァを撫でる。リヴァイアスの一撃でソラ自身も深い傷を負っていた。しかし、溢れ出る血を魔法によって強引に止血する。応急処置くらいなら、自分程度の魔導師にも可能だ。
サリヴァを撫でながら、ソラは呟く。
小さく、小さく。
それでいて――激烈に。
――お前も、悔しいか?
そうか、これが『悔しい』か。
――お前も、辛いか?
そうか、これが『辛い』か。
そして。
そして。
そして――……
――これが、『怒り』かッ!!
「行くぞサリヴァ。俺が強引に封印を解いてやる。敵を討つぞ」
「キュウ!」
応じると同時、ソラは魔法陣を展開。胸の奥が熱い。まるで燃えているかのようだ。
対し、頭は酷く澄み切っている。血を流したせいだろうか。頭から血が抜けている。
――上等。上等だ。いいだろう。
別に、ウィルという少年は敵同士だ。それについて怒る道理はない。道理はないが、どうにも許せない。
ただただ感情が滾っている。
戦えと。進めと。
――立ち止まるなとッ!!
「限定解除。痛いけど、いいよな。我慢するよな。俺だって――キレてんだ」
「キュウ、キュウ――ギャオウッ!!」
竜が吠える。それは悲しみの咆哮。竜の慟哭。
その竜と共に、友ではなく、敵であるはずの少年の武器を取り、ソラは駆ける。
「行くぞッ!!」
裂帛の気合と共に、戦いが激化する。
◇ ◇ ◇
結局、何のために戦っていたのか。
考えることも放棄して、ただ、勝手に世界を憎悪して。
そうして――生きてきて。
歩んできた軌跡に、意味はあるのだろうか?
紡いできた言葉に、想いはあるのだろうか?
今なら、あの――赤髪の魔導師に負けた理由もわかる。俺は、ただの子供だった。
こんな、何も知らないような子供が生き残れるほど、世界は甘くない。
――この結末は、当然だ。
だけど。
たった、一つだけ。
アリアの、ことだけを。
俺には、もう、守れないから。
……嗚呼、なんだろう。
酷く、眠い。
――おやすみ。
◇ ◇ ◇
ウェンディは溢れそうになる涙を必死で堪えていた。敵――リヴァイアス・バルトマカリ。ウェンディの標的は、最初からあの男だけだった。彼を殺すためだけにここへ来たのだ。
ファイムに聞かれた時、ウェンディは一つ、嘘を吐いた。
『リューイをこんな風にしたのはホムラ・イルハート』――あれは嘘だ。止めをさしたのはホムラかもしれないが、実際にリューイを傷つけたのはリヴァイアスだ。
だからこそ、ウェンディは悔しさに涙を流しそうになる。
ファイムに嘘を吐いてまで――そんなことをしてまで戦いに来たのに。
それなのに、自分は――!
(どうして、どうして、どうして……ッ!?)
一体、何発の弾丸を叩き込んだのか。リヴァイアスは全く堪える様子がない。
騎士たちも立ち上がり、シスター・シャッハを中心にリヴァイアスに攻撃を加えている。それなのに、リヴァイアスは息一つ乱さない。
(私は、私はっ――!)
ウェンディは、引き金を引き続ける。それがいつか、打倒に届くと信じて。
しかし――暴虐の狂戦士はそれを許さない。
「温いっ!! その程度か!!」
リヴァイアスが自身の身体を大きく横向きに回転させるようにし、周囲を薙ぎ払う。まるで竜巻のようなそれに巻き込まれ、騎士たちが吹き飛ばされる。
「ギャウ!!」
そこへサリヴァが熱線を放つ。だが、あろうことかリヴァイアスはそれを戦斧を振るうことで弾き飛ばすと、笑みを浮かべた。
「若年竜か……ッ!! それでも温い!! 俺様に刃を突き立てんとするならば!! もっと命を賭してみろ!!」
轟音。サリヴァがリヴァイアスの一撃によって巨体を薙ぎ払われ、そこへ攻撃を仕掛けようとしたソラも吹き飛ばされた。
そこへシャッハが彼女の得物であるトンファー型のデバイス『ウィンデルシャフト』を構えて突撃する。その前に、一人の女性騎士が得物である長い棒状の武器を以てリヴァイアスを穿たんと突きを繰り出す。
だが、リヴァイアスは笑みと共に戦斧を振り上げ、女性騎士――シスターかもしれない――は、そのデバイスごと吹き飛ばされた。
「マリア!!――貴様ッ!!」
シャッハが叫び、カートリッジをロード。放たれる一閃。
――しかし、リヴァイアスに届かない。
「はははっ!! どうした!? 殺してみせろ!! この俺を、殺してみせろッ!!」
「あうっ!?」
シャッハが薙ぎ払われ、宙を舞う。そのまま彼女を一瞥すると、リヴァイアスは戦斧を全身全霊を以て地面に振り下ろした。
「ぬんっ!!」
――ゴパッ!!!!!!
全てが砕け散る音が響き渡った。リヴァイアスを中心に、まるで地震でも起こったかのような衝撃波が発生。ウェンディを含めたその場の全員が吹き飛ばされる。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
リヴァイアスの笑い声が響き渡る。何という理不尽。この圧倒的なまでの強さ……最早、無双。
この男――リヴァイアス・バルトマカリは、S-ランクの魔導師だという。だが、これを目の前にしてはそのレベルで収まらないのが良く理解できた。
正しく、怪物。聖王騎士団の猛者と、教導官、戦闘機人を同時に相手取ってこれだ。理不尽にもほどがある。
「――――ッ!」
ウェンディは、それでも引き金を引き続ける。その弾丸は確実に当たっている。それなのに、ダメージを与えている様子はない。
「いじらしいな小娘。退けぬ理由でもあるというのか?」
カートリッジがロードされ、リヴァイアスの戦斧が鎖により伸びてくる。それは正確にウェンディの武装を吹き飛ばし、その衝撃で彼女の体を薙ぎ払った。
いや――ギリギリで、直撃をもらわなかっただけで大したものだろう。しかし、それでもリヴァイアスの攻撃力は凄まじい。倒れ伏したウェンディは、その激痛から動きを奪われる。
「おおおっ!!」
そこへ、槍を携えた満身創痍の少年――ソラが突撃を敢行した。その姿を一瞥すると、リヴァイアスは戦斧を振りかぶる。
幾度目かもわからない、衝撃と轟音。
大気が揺れる。衝撃でめくれ上がった地面は、元の美しさを完全に失ってしまっていた。
果たして、敗北したのは――ソラ。
「――――」
悲鳴さえ上げることを許されず、その体が壁へと叩き付けられた。
――全滅。
正しく、ここにいた戦士たちはたった一人の狂気に敗北した。
「…………ッ」
ウェンディは歯を食い縛る。
情けない己が。こんなところで倒れている自分が。戦うための体を授けられていながら、何もできない自分に、涙を流す。
その、時だった。
使用を禁じられ、同時に自らももう二度と使わないと決めていた力を――彼女が使用したのは。
――悔しい……!!
痛覚遮断。
――悔しい、悔しいよ……!!
神経回路、再構築。
――私は、私たちは……!!
死滅細胞、排除。現行細胞、限界起動。
――私たちは、なんのためにこんな体に!?
己の感情のままに。
一人の女性が――機人となる。
戦闘機人モード、起動。
◇ ◇ ◇
渇きが癒えない。どうしようもなく、ただ、渇く。
幾人もの猛者と争うことになろうと。
幾年もの月日、戦いに身を投じようとも。
ただ――渇く。
血を。
血を。
強者の血を。
吸血鬼、という生物がいるという。伝説上の生物だ。
血を吸う、鬼。
成程――それは、俺様のことだ。
吸血鬼は高潔な種族だという。――ふざけるな。
鬼であると名乗るなら、理性など放り投げろ。戦え。戦い続けろ。
血を。
血を。
幾千の返り血と、自身の流血を。
敵と己の血が混じり合った時、俺様はただただ、歓喜する。
さあ、戦場を。
地獄のような戦場を。
俺様の果ては、そこでいい。
そこならばきっと、渇きは癒える。
嗚呼。
嗚呼。
嗚呼……。
いつになれば、癒えるのだ。
この、果てのない渇きは――……
◇ ◇ ◇
ウェンディの瞳が、黄金の煌きを映し出す。戦闘機人モード。自身の体が壊れることさえ厭わず、その代償に僅かな時間なれど圧倒的な力を発揮する禁じられた機能。
「あああっ!!」
その感情の全てを乗せた声でウェンディが吠え、同時に無数の魔法弾が放たれる。先程までとは段違いの数と威力を纏う魔法弾。しかし、その代償として内出血が皮膚を破り、出血が起こっているが……今の彼女にはその痛みさえも届かない。
「ぬんっ!!」
リヴァイアスがその魔法弾の全てを打ち払う。その瞳は、明確にウェンディを敵と見なしていた。
ウェンディは、再び吠える。
――犯罪者は、誰にも助けてもらえないッスか?
かつてウェンディはファイムにそう問いかけた。その時に、悟ったことがある。
犯罪者は――どこまで行こうと犯罪者だ。
何を成しても。どれだけの努力を積もうとも。
人を判断する上層部の人間が、そういうレベルでしか人を見ていないのだから変わりようがない。
ならば、どうするか。
変わっていくしかない。
自分自身を守れるように、なるしかない。
辛く、厳しく、険しい道。
だけどそれさえも、選んだ道だから。
「うわあああっ!!」
ウェンディが吠える。しかし――
「――温い」
衝撃が、全身を駆け抜けた。
ウェンディの体が浮き上がり、次いで地面に叩き付けられる。
「気迫は見事。だが、生半可な力ではこれが結末だ。せめて苦しまぬよう送ってやろう。この私は走狗だ。なればこそ、道具の処理は道具がすべきだろう」
「…………」
ウェンディは這い蹲りながらリヴァイアスを睨む。その眼は死なない。
無様でも、無残でも。
ウェンディ・ナカジマは――諦めない。
それこそが、かつての彼女たちを倒し。
そして今の彼女が、『彼』に教えてもらったことだから。
「良い目だ。だが、悲しいかな。正しい者が勝者になるのではない。勝者こそが――正しいのだ」
リヴァイアスが歩み寄ってくる。その姿を睨みながら、ウェンディは自分自身の体を叱責する。
立て、と。
しかし、無情にもその体は動かない。
(私は、まだ……ッ!)
――立て。
足音が近付く。
――立って。
足音が止まる。
――立ち上がって!
斧が振り上げられる音が、響く。
「……どうして」
ウェンディの瞳から、涙が零れ落ちる。
――無念の、涙が。
「どうして――立てないんスかあッ!?」
溢れ出る涙と共に紡がれた言葉。
刃が――振り下ろされる。
「立たなくていい」
――金属音。
現れたその背中は、格好良くて。
逆光に照らされたシルエットは、怒りを称えているようだった。
嗚呼、とウェンディは納得する。
この背中に――惚れたのだと。
◇ ◇ ◇
――ふざけるな。
最初に浮かんだ言葉は、それだった。
「――――」
上段より振り下ろされた斧を受け止めた体勢で、金髪の青年――リューイ・エンドブロムは何事かを呟いた。
――エクスプロージョン。
僅かに、ほんの僅かにリヴァイアスに届いた言葉。
世界が――朱に染まる。
響き渡る轟音。爆発により、リューイとリヴァイアスの二人が吹き飛ばされる。リヴァイアスが壮絶な笑みを浮かべた。
「来たか――来たか小僧ッ!! 待ち侘びた!! 待ち侘びたぞ!! さあ殺し合うぞ殺し合うぞ!! あらゆる悦楽がこの一瞬の前には下らぬ座興となる!! さあ――徹頭徹尾、殺し合うぞ!!」
「…………なんなんだよ、テメェは」
爆発によって負った傷から流れ出る血を拭い、リューイは言う。
「テメェ、何やってくれてんだよ。ふざけんな。何の理由があって――なんの正義があってこんなことしてんだよ!? 答えろクソ野郎!!」
「正義など――愚か者の戯言に過ぎん」
リューイの言葉に、リヴァイアスはふん、と鼻を鳴らした。
「正義とは結果だぞ小僧。それは何かを為した結果として付随する称号の一つに過ぎん。成程、人はそれを目指すのだろう。だが、正義を掲げたその瞬間、それは欺瞞となる」
――この世に悪はなく、あるのは幾千の正義のみ。
――一人殺さば犯罪者だが、百人殺せば英雄だ。
人の矛盾。誰もが追い求める正義というものは、誰もが追い求めるが故に多くの形がある。価値観の話だ。
『正義』とは『悪』というものがあって初めて成立する概念である。明確な悪だと相手を糾弾することにより、こちらは正義となる。そういう理論を正義と呼ぶ。
だが――それでいいのか?
例えば、一人の貧しい少年がいたとする。彼は生きるために犯罪と知りつつ盗みをした。それは悪か? 選べなかった事実さえ、悪と断ずるのか?
そして、その少年を無理やりに更正させようとするのは、正義なのか?
正義とは価値観である。そしてそれは目指すべきものであって掲げるものではない。
正義を掲げた時、相手は悪となる。その時、人は話を聞かなくなる。
――『あなたとわたしは違う』。
闘争にある根本へと触れるそれは、それこそが、悪だ。
相手を理解しようとさえせず、正義という欺瞞を振り翳す――それだけで、悪だ。いや、それこそが悪なのだ。
だが、そんなことはリューイにもわかっている。
「……知ってんだよ。掲げた正義が悪になることぐらい」
知っているのだ。正義のために、犠牲になり続けてきた男を。
それを切り捨てようとした管理局が――正義を掲げる組織が、どれほど醜いかも。
だが、そんなことじゃないのだ。
――リューイ・エンドブロムの『正義』は、そんなに難しいものじゃない。
「信念がどうとか。理念がどうとか。偽善だろうが偽悪だろうが欺瞞だろうがどうでもいいんだよそんなもん。そういう小難しいことは頭いいやつに任せとけ。俺が言いてぇのはそういうもんじゃねぇ」
リューイは自身のデバイス――大剣型のデバイス『ブラッディハウンド』を構える。
「泣いてる奴に手を差し伸べたり。困ってる奴に手を貸したり……そういうのは、正義だろうが」
簡単な話だ。仁義、と呼ばれるものに近い。
困っている人を助けて、相手も自分も笑う――それがリューイ・エンドブロムが掲げる『正義』だ。
「ささやかだよ。ちっぽけだよ。……けどな、そんなもんしかこの手には掴めねぇんだよ。そんな風にしちまったのはテメェらだろうが。小難しい理屈ばっかり口にして、結局自分を正当化してるだけじゃねぇか。『そんなもん』、必要ねぇ。笑う時は笑って、泣く時は泣いて……怒る時は怒る。それでいい」
それだけでいい、とリューイは言った。そして。
「世界を救うとか、そんな大それたことは英雄の仕事だ。俺は俺の日常を守る。俺の正義はそれでいい。理由なんてその程度でいい。それだけあれば――テメェを殺せる」
そして、金髪の青年が吠える。
その姿――エンシェント・ベルカの騎士に恥じぬ想いをその身に抱いて。
「ミリアムッ!!」
『はい!! 風よ――!!』
リューイとユニゾンしているミリアムの声。同時に彼の刃であるブラッディハウンドに風が纏わりついた。
そして――一閃。
暴風が、刃となってリヴァイアスを襲う――!
「ぬうっ……この程度で俺様を殺せるとでも思ったか!? なめるなよ小僧!!」
ぶつかり合う二つの得物。あまりの威力に、衝撃波と火花が周囲に撒き散らされた。撃ち合いは一瞬。されど、その一瞬でリューイは理解する。
――このままでは負ける、と。
そもそも実力差が明確なのだ。そこにリューイは体調が万全からは程遠いという事実がある。ならば、どうするか。
(一撃必殺……! 切り札しかねぇ!――ミリアム!!)
(はい!)
《Explotion》
ガシャン、と二発のカートリッジがロードされる。刃に美しい金色の焔が宿った。澄んだ金色の焔を纏うその姿はまさに、黄金の剣。
そこへミリアムの風が更に纏わりつく。リヴァイアスが笑みを浮かべた。
「ほう――美しい。やはり、いいな。実にいい。人間とは斯くも――美しい」
そして、リヴァイアスも戦斧を構える。そこへ――
「放てッ!!」
轟く叫び声が響き渡った。シスター・シャッハの号令により、騎士たちが一斉に魔法弾を放つ。リヴァイアスは、鬱陶しそうにそれを打ち払った。
「ふん!! 鬱陶しい!!」
「IS・へヴィバレル!!」
そこへ一直線に走る閃光が迸った。その砲撃は狙い違わずリヴァイアスを穿ち、轟音が周囲を支配する。
――ディエチだ。
「まだ抗うか!! 羽虫共ッッッ!!」
「IS・ランプルデトネイター!!」
吠えるリヴァイアス。その体にいくつものナイフが突き刺さった。正確には鎧に突き刺さったのだが、それらはパチン、という指を鳴らす音と共に起爆する。
チンク・ナカジマのISの能力だ。
「ぬうっ!?」
「おおおっ!!」
そこへノーヴェの射撃が追撃を賭ける。ガトリング砲に匹敵する連射速度を誇るそれが、リヴァイアスを釘付けにした。
しかし、痛む体を引きずり、ここまで辿り着いた彼女たちの必死を込めてさえ、リヴァイアスという暴風は抑え切ることができない。
「鬱陶しいッ!! 塵に還れッ!!」
衝撃波。再び彼を取り囲んでいた者たちが吹き飛ばされる。元々満身創痍なのだ。耐えられる道理はなかった。
「レクイエム――」
更にリヴァイアスは体を捻り、大きく構えた。
――あれは……マズい!?
リューイが身構える。瞬間。
「――――!?」
だが、リヴァイアスはいきなり弾かれたように自身の右側を見た。そこにいたのは、尋常ならざる魔力を纏い、ウィル・ガーデンズのデバイスをまるで槍投げでもするかのように構えるソラの姿。
リヴァイアスがその場から飛び退こうとする。しかし、その足を縫いとめるように魔法弾が数発、飛来した。
「貴様ッ――!」
――ウェンディ・ナカジマ。
倒れ伏しながらも、彼女は、彼女の為すべきことを果たした。
そして、『本気を出さない魔導師』が、その全身全霊を込めた投擲を――為す!
――――――――。
それは、正に破壊の一撃。圧倒的な威力を込めて放たれた投槍は、文字通り世界を蹂躙した。
飛来するその一撃が正確にリヴァイアスの両腕を穿つ。純粋な質量と魔力による一撃は、リヴァイアスの両腕を奪い去った。
「……行け」
それは、誰が呟いた言葉だったのか。
空に舞う、一人の騎士。
未熟なれど、若かれど。
その在り方に――過ちはない。
「「「行けぇぇぇっっっ!!」」」
――振り抜かれた一撃は、二人の騎士を巻き込む大爆発を起こした。
◇ ◇ ◇
――リヴァイアス・バルトマカリ。
彼の半生には謎が多い。出生、そして教導隊に入るまでの彼の記録が一切合財失われているのだ。
いや――初めから、記録はなかったというべきだろう。
特殊制圧部隊。通称、屍部隊。
いるはずのない魔導師。それがリヴァイアス・バルトマカリという魔導師の在り方だった。
しかし。
彼はその人生の中でホムラ・イルハートと出会う。
圧倒的な魔導。美しいその光。
その男は、彼に言った。
『戦うことしか知らん、か。なら……戦場を用意したる。お前が後悔するぐらいの、ドロドロでぐちゃぐちゃな戦場を。そこで後悔したら、やり直せ』
だから――歩んできた。
地獄のような戦場。戦場という地獄。
嗚呼、とリヴァイアスは呟いた。
迫り来る敵。濃密な死の気配。
あの男は、少しも嘘を吐かなかった。
「くくく……そうか、これが……死か……」
――ここが、地獄だ。
死という、地獄――。
「何もかもを懸けたその先に……こんなものが……くくっ、だが……銀月よ。俺様は、後悔などしていない」
後悔したら、とあの男は言った。
後悔はない。満足だ。
ただ、ただ、満足だ――
「実に、実にいい……良い、戦争だった」
そして、リヴァイアスは。
狂気の鬼は――嗤う。
「そうか、そうか……これが――敗北か」
瞳から光が消えていき、その命が尽きていく。
「……声が……聞こえる……銀月…、いと、高き……恩寵を……俺様は――先に逝く」
そして、命は燃え尽きる。
戦場を望み、戦場にのみ生き続けた男は、そうして散った。
「いい、戦争だった?」
エクスプロージョン・ブレイク。風の魔法による急激な酸素供給により文字通り爆発させた炎により、敵も自分も吹き飛ばすという、諸刃の奥義。気安くなど使えないそれを使い、深い火傷をその両手に受けながら、リューイは言った。
「ふざけんな。ふざ、けんなッ!!」
叫ぶように、哭く。
「こんなもんが!! こんなことが!! 認められていいわけがねぇだろうがッ!!」
「――死者の前です。静かにして頂けませんか」
響いたのは冷淡な声だった。リューイが振り返る。そして目にしたのは、ソラが跪く姿と、手を組み、眠るようにして死んでいる一人の少年。
「あの化け物を倒すのは……こいつが、ウィル・ガーデンズがいなければ、できなかった」
そう言ったソラの傍には、ウィルの得物――リヴァイアスの両腕を吹き飛ばした槍型のデバイス『アルガンツァ』が突き立っている。黒い飛竜も傷ついた身でウィルを眺めていた。その眼は酷く寂しそうである。
「――シャッハさん」
「はい」
シャッハが歩み寄る。リューイはウェンディに肩を貸し、立ち上がらせると、その光景を見た。
――その場の全員が、黙祷し、一人の少年のために祈りを捧げる姿を。
これが、ウィル・ガーデンズが手にしたもの。
一人の人間が経てきた人生の価値はその死の瞬間にわかるという。この少年は、これだけの人が祈りを捧げるに足ることをした。
聖王騎士団。
管理局。
この二つと共に、迷いながらも、守るために――戦った。
そして、シャッハの祝詞が終わる。
「――そうあれかし(アーメン)」
「「「そうあれかし(アーメン)」」」
祈りの時間が――終わる。
ソラ・ウィンガードは『アルガンツァ』を手に持つと、天を見上げた。その視線の先にあるのは――楽園。
失われし、最後の戦場。
「どうする気だ、テメェ」
「頼まれたんで。……礼には礼を。無礼には無礼を――受けた恩は返さなければ」
リューイの言葉に冗談めかしてソラは答える。リューイはふん、と鼻を鳴らした。
「上等だ。俺も行く」
「リューイ!?」
ウェンディが声を上げる。リューイは苦笑した。
「行かなくちゃなんねぇんだ。……このふざけた戦いを、終わらせるために」
「無理してますね」
「してねぇよ」
リューイは言い。
そして――羽ばたく。
「ちょっと、行ってくる。――待っててくれ」
「リューイ!!」
ウェンディが声を張り上げるが、リューイは苦笑を漏らすのみ。
ただ一言、彼は彼女に言い残した。
――ごめん、と。
戦場で数多の命が散っていき、その様相が変わっていく。
戦いは、最終局面へ。